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2014年9月14日 (日)

「大いなる沈黙へ グランド・シャルトルーズ修道院」:そして、大いなる眠りへ

140914
監督:フィリップ・グレーニング
フランス・スイス・ドイツ2005年

今季最大の期待外れ作品と言っていいだろう。
予告は面白そうで、長~い上映時間も乗り越えてup見に行きたくなったのだが……。岩波ホールの上映期間に、もういい加減すいているだろうと思って行ったら、満員御礼fullでヤラレタ~ッ(><)状態であった。で、他の映画館で一時間前にチケット入手して行ったですよ。

フランス・カトリック修道院のドキュメンタリーとなれば、当然その中でどんなことをしているのか? そして、戒律が非常に厳しい(日常は会話も許されない)というなら、どうしてわざわざそこに行くことを望んだのか--ということが分かるだろうと期待しちゃうじゃないの。
だが(!o!)ここにはほとんどそういう類のことは出て来ないのだ。なんてこったいbomb

大部分は修道士たちが祈ってる場面と食事している場面で占められている。それと、イメージフィルムみたいに周囲の自然や院内を漠然と撮った映像だ。正直言って、かなり違和感を感じた。これでは長編になってしまうのも当然だ。しかも、特別な照明などは使えないので恐ろしく荒い映像も頻出する。
これでは睡魔にとらわれても仕方ない。

食事の場面は食ってるところを背後から接写するのみ。私なんか「そのスープの中に何が入っているのか知りたいっ(゜o゜)」と思うのだが、そういう部分については監督は興味ないようだ。
パンやチーズもあって、自給自足しているはずだろうけど、それを作っている光景は一切ない。
こちらの、よく言えば知識欲、ぶっちゃけ言えば好奇心を満たしてくれるような内容は何もないのであった。例外は盲目の老修道士のインタビューだけだ。

想像するに、監督は修道院の気分を観客に味わってもらおうとしたのだろうか。そういう癒し映像を求めている人には向いているかもしれない。
しかし、私は食事を各部屋に配る場面でなぜか学校や刑務所を連想してしまった。この三つの施設は共に規律を重視する場である。共通するものがあるのだろうか。

修道院についてだったら、青池保子の『修道士ファルコ』の方がよほど面白い。この映画の中で若い志願者が二人入ってくるが、『ファルコ』の中の同じような場面で老尼僧たちが「新鮮な精気をチューチュー吸って、若返るのじゃ~」と喜んでいるのを思い出して笑いそうになってしまった。

ところで、納屋みたいな所に生息しているネコcatたちは丸々と太っている。どうやら修道院の質素な食事とは別メニュー(ネズミかニャ)を取っているらしい。


清貧度:9点
内部事情度:採点不能

【追記】
旧約聖書の「列王記」からの一節が何度か引用されてて、これはよかった。恥ずかしながら、こんなのがあるんだと初めて知った。

主の前で大風が起こり 山を裂き 岩を砕いたが 
主は おられなかった

風のあと地震が起こったが 
主は おられなかった

自身の後 火が起こったが
主は おられなかった

火の後 静かなやさしい
さざめきがあった (列王記上 19・11・12)

日本の新共同訳だと若干ニュアンスが違う。なんでもフランス語訳聖書をさらに訳したものらしい。
なんだか大きな災害の後の光景が思い浮かんだ。

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