「エレナの惑い」:開放された部屋、閉ざされた家族
監督:アンドレイ・ズビャギンツェフ
出演:ナジェジダ・マルキナ
ロシア2011年
冒頭、無人の部屋が映し出される。チリ一つなく整然としたモダンなインテリアの超豪華マンションの一室である。(なにせ冷蔵庫も作り付けだ)
陽光は射しこんでいるが、冷え冷えとした雰囲気だ。
住人は初老の夫婦で、夫の方は仕事を引退したらしく優雅な隠居生活を送る。毎日決めたスケジュール通りに動き、その生活ぶりも整然としている。妻はかいがいしく主婦業をこなし彼に仕えているようだ。
彼女は後妻で、失業中の自分の息子を援助してくれと頼むが断られる。夫の方にも放蕩生活を送る娘がいて、その点については後ろめたい。
やがて、二人は同居生活を送っているのは10年間だが、正式に結婚したのはわずか2年前だったというようなことが徐々に判明してくる。説明的なセリフではなく、さりげない会話から徐々に事情を分からせるのが巧みだ。
これだけ書くと傲慢な金持ち男が、豊かではない階層出身の献身的な妻を仕えさせている--という図式に思えるが、実はそんな単純なものではない。
妻は自分の息子を溺愛しているが、これがまたどーしようもないボンクラ息子_| ̄|○で、その言動は高校生の自分の子どもとほとんど変わりない(この息子役の男優さんは「地」かと思えるほど全身からボンクラ電波を漂わせている)。母親の溺愛に対し、自分から応えようという気もない。しかし、彼女はそれを意に介してもいないのである。
正直、「奥さん、あんた育て方を間違ってるよ<`ヘ´>」と言いたくなる。
一方、夫の方は冷戦状態だった娘と、それなりの距離を保った和解を遂げる。それとは対照的である。
貧富、男女、親子、世代、社会構造……様々にねじくれて、一筋縄ではいかない物語だ。そして結末は極めて皮肉としかいいようのないラストシーンを迎えるのだった。
映画のチラシには「今なお男性優位主義のロシア」とあるが、日本でもあれぐらいの年代の夫の、妻に対する態度は似たようなもんだろう。彼女が足しげく息子の家に行くことも皮肉を言うぐらいで、止めたりはしていない。
その息子一家が住んでいるのが、狭苦しい郊外の団地である。しかも、原子力発電所が隣接しているのだ。こういう所の描写は容赦がない
語り口は抑制のきいた静かなトーンが支配し、極めて淡々と全てが進む。映像も静謐で冴え冴えとしている。フィリップ・グラスの音楽をうまく使用している。
見ていて、ダルデンヌ兄弟とM・ハネケを合わせたようだと感じた。特に終盤はハネケの『愛、アムール』を思い起こさせるところが多い。だが、製作年度はこちらの方が一年早いのだよ(!o!)
監督はようやく長編三作目で寡作なようだ。しかし新作は既に完成していて、なんとゴールデン・グローブ賞の外国映画賞を獲得したのであるヽ(^o^)丿メデタイ! アカデミー賞にもノミネートされているので、ぜひ取って(『イーダ』にも取って欲しいが……)日本でも公開してほしい。……公開してくれるよね(^人^)オネガイ
しかも、新作はロシア政府からは「反愛国的」と批判されたという。「非国民」上等ますます見たくなった。いずれにしても、これから注目の監督に間違いない。
この映画はチラシの宣伝文句を読んでも今一つピンと来なくて見るつもりはなかった。気が変わったのは新聞の批評を読んだからである。
それでも、年も押し迫って行った『マップ・トゥ・ザ・スターズ』が満員御礼になって入れなかった--という事態にならなかったら、未だに見ていなかったかも。偶然とは恐ろしいもんである。
その時は新宿武蔵野館から渋谷のユーロスペースまで18分で行った。我ながら綱渡り、かつ場当たり的であるよなあ(@_@;)
ダルデンヌ度:8点
ハネケ度:9点
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