「JR上野駅公園口」
著者:柳美里
河出書房新社2014年
出版された時に幾つか書評で取り上げられて興味を持ったが、その後大きく評判になることもなく過ぎてしまった。気になっていたのでようやく読んでみた。
が、実際読んでみるまで、ここまで幻想性が強い小説とは予想しなかった。
語り手の男は上野公園のホームレスで、公園の一画に座って通り過ぎる人々の会話に耳を傾けているらしい。その合間に自分の過去を回想する。しかし、それは時代を何度も行き来して、読者は断片的にしかつかめない。
彼の意識は浮遊し、取り留めもなく巡回する。
上野には東北出身のホームレスが多いそうだ。男も福島県の鹿島の出身である。家族のために彼の人生のほとんどはオリンピック工事に始まる出稼ぎに次ぐ出稼ぎで、37年間のうち家に戻った日数を合わせると一年分にしかならないという。その半生は日本の高度成長期に重なっている。
回想と共に上野公園の歴史も語られる。西郷さんの銅像や上野の彰義隊など。正式名称は「上野恩賜公園」であり、天皇から下賜されたものだ。
そして、男の人生の節目節目に天皇の事が思い起こされる。そもそも今上天皇と同い歳だし、皇太子と同じ日に息子が生まれて名前をちなんで付けた。また少年の頃にお召し列車から現われた昭和天皇に万歳を叫んだこともある。
だが、その息子を不幸が襲う。
そして皇室関係者が上野を訪れる度に行われる「山狩り」。ホームレスは区切られた時間は公園から退去しなくてはならないのだ(荷物や段ボールを預けるスペースも設定される!とは知らなかった)。
読み進むうちに、この男が果たして生きているのかそれとも既に死者なのかも怪しくなってくる。
過去と現在(それは一体いつのことなのか)を行き交ううち、飛翔する男の魂が最後に故郷の地で目撃したものは……。
終盤、公園口改札前で天皇の御料車を見かける場面で私は涙目になってしまった。山手線で吊革に捕まって読んでいたにもかかわらず、である。
哀切極まりない一編に違いない。
私の実家は上野に比較的近かったので、小学校の社会見学とか写生大会ではよく上野公園に行った。そのころの記憶というと、地下道に「浮浪者」がゴロゴロ寝ていたのが記憶に強く残っている。
しかし、それ以後はほとんど足を運ぶことはなくなってしまった。
歳取ってから、コンサートや美術館に行くので上野で降りることがまた多くなった。それこそ改札は「公園口」をよく出入りする。
あの地は聖俗貴卑入り乱れ判然としないエネルギーが常時発散されているように思える。東京のどの他の公園にも感じられないものだ。その成り立ちを考えれば(それこそ博物館・美術館のそもそもは見世物小屋の類から始まる)当然の事かも知れない。
それを思うとこの小説はまさに上野の地にふさわしい作品だと言えるだろう。
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