「フォックスキャッチャー」:愛撫と攻撃は紙一重
監督:ベネット・ミラー
出演:スティーヴ・カレル
米国2014年
カンヌ映画祭で監督賞獲得、アカデミー賞では5部門ノミネートの、実話に基づいた作品である。ならば、見た人の感想も高評価--と思いきや、賛否両論でかなり差が激しいのであった。
主要登場人物は3人で、レスリングの選手でオリンピックに出場して優勝した兄弟と、大財閥の後継者で素人ながら自前のチームを作った男である。彼は最初に弟の方に声をかけ、やがて兄も招く。しかし、彼はマザコンでコンプレックスの塊のような人物だった。
一方、選手は1980年代半ばではまだアマ規定が厳しかったはずで、金メダルを取っても生活がカツカツ状態で、練習もままならない状態である。
もっとも兄の方は妻子を持ち、指導者としても優秀で如才ない。融通の利かない弟は引け目を感じているのだった。
金があれば栄誉も買える。なんの実績も才能もなくても、男は金を使って指導者のように振る舞う。ここら辺の描写はかなり見ててイタい ただ、そのイタさが笑いではなく恐怖を見る側に引き起こすのだ。
この三人の関係が淡々と描かれる。内面に踏み込まず、完全に表面をなぞっていくようにである。彼らが互いに何を考えているかは観客側が推測するしかない。
唯一の例外は弟の回想シーンである。本当に短いショットでうっかりすると見落としてしまうが、中に男との同性愛関係を暗示する場面が挿入されていた(モデルである本人が非難したというのは多分このシーンだろう)。
そういう関係にあったのかどうかはともかく、「寵愛」が憎悪へとねじくれてもはや競技どころではなくなっていく。それは選手としては致命的である。
このような人間関係の描き方で思い出すのは、アスガー・ファルハディだ。彼の監督作品に似ている。逆に言えば、ファルハディの映画が嫌いな人はこちらも最初から見ない方が吉と出るだろう。
印象に残ったのは、兄弟だけで黙々と練習をする冒頭部分。なんだか、レスリングの攻撃とは、愛撫と区別がつかないのが象徴的である。
ラストの事件はすぐに起こったように見えるが、実際は8年後とのことである(ただ、奥さんの持ってた電話は時代的に合ってるもよう)。
結局、事件の原因は最後まではっきり分からない。ヌエ的な事件をヌエのままに描いて終了するのである。
スティーヴ・カレルはコメディ演技を封印、まったく別人のように狂気を演じて、評価を得たのも当然だろう。ただ、キューブリック作品での狂気の描写を批判した精神科医の春日武彦なら、こちらにも厳しくナタを振るうかも知れない。
弟役のチャニング・テイタムは身体つきも身振りや話し方も完全にレスリング選手になり切っている。マーク・ラファロに至っては、とてもあの『はじまりのうた』のヘラヘラヨレヨレしたプロデューサーと同一人物とは信じられん(;一_一) 役者というのはスゴイもんだなあと改めて感心した。
健全な身体度:8点
健全な精神度:2点
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