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2015年5月17日 (日)

イタリア映画祭2015

150517
会場:有楽町朝日ホール
2015年4月29日~5月5日

毎年、連休に開催されるイタリア映画祭。今回はすぐ近くでやってるLFJの合間に行くような感じだった。

★「レオパルディ」
監督:マリオ・マルトーネ
出演:エリオ・ジェルマーノ
イタリア2014年

レオパルディってどういう人物だ?--と思ったのは映画が始まってからだった(!o!)
私が見た回はアフタートークがあって出演していた女優さん(妹役?)によると、イタリアでは必ず教科書に載っているような国民的詩人で、業績の範囲も広くてレオナルド・ダ・ヴィンチに匹敵するような人物らしい。日本だと夏目漱石と森鴎外と島崎藤村を合わせたような感じか。

18世紀末に伯爵家の長男として生まれたジャコモ・レオパルディは弟や妹と共に、厳しい父と恐い母の下、田舎町でひたすら学問の毎日を送る。詩作が評判になり都市に出ようとするが、病弱のためもあって両親や親戚から阻止される。
しかし、やがて出奔。仕送りも断たれて窮乏生活の中でも、文壇では名を上げる。しかし脊椎が曲がる病状は進行し歩くのもままならない中、生活のため各地を転々とする。性格も偏屈さが増していく。
さらに作品は「古くさい」「暗い」などという批判も受けるようになる。

かような半生がジックリと綴られる。ジックリし過ぎてダラダラ続くような印象だ。さらに加えて、心象風景と共に彼の詩が朗読されるというシーンが何回かある。こうなると、長過ぎとしかいいようがない。開会式とアフタートークを入れると3時間半近くで長かった……。かなり疲れてしまった。
主役のエリオ・ジェルマーノを始め、役者は熱演なんだけど。
加えて音楽の付け方も変。クラシックな曲が使われたかと思えば、現代のポップスが流れる。

それと、彼は時代的に文学だけでなく政治思想の面でもかなり活動していたようで、そこら辺は当時のイタリア史を知らないと理解が難しい。

主人公の評論がつまらないと批判された時に、知人が「彼は身体の調子も悪いし--」のような意味の弁護をすると「個人的な事情など関係ない!」と彼は怒り出すのだが、その割にはこの映画は病気による困苦がかなり強調されて描かれているのはどうなのかと思った。
颯爽と文壇に登場した時期だってあったはずだと思うのだが、その時代のことはすっ飛ばされているのである。
とはいえ、「初体験」のために売春窟へ向かう件りは泣けました(T_T)ウウウ

レオパルディのことは調べようにもネットにもほとんど出ていないと聞いた。しかしsign01書籍の人名辞典を調べるとかなりのスペースで載っているではないか。さすが、紙メディアまだまだ捨てたものではない。
それによると、彼を支えた若い友人は編集者とのこと。映画だとジゴロが商売かと思っちゃった(^^ゞ

まあ、全然知らなかった他国の偉人のことであるが、映画のおかげでまた一つ知識が増えましたflair


私が見た回はちょうど開会式が上映前にあった。ゲストの監督や役者が14~5人壇上に登場して、一人ずつマイクを回して挨拶したが、結構長く喋る人がいたので30分強かかってしまった。(通訳あるので倍の時間かかるclock
ほとんどは「日本に来られてうれしいです」みたいな挨拶だったが、中で一人F・オズペテク監督が、以前日本公開された自作の邦題が『あしたのパスタはアルデンテ』で、今回の作品は『カプチーノはお熱いうちに』になってしまったので、さらに次は「ティラミス」になるかも、とジョークを言って笑わせた。
といっても、日本人の反応は冷汗と共にトホホホ(^_^;)笑いだったのは言うまでもない。


★「人間の値打ち」
監督:パオロ・ヴィルズィ
出演:ファブリッツィオ・ベンティヴォリオ
イタリア・フランス2013年

投資銀行で巨額の財産を得ている富裕な一家と、自動車事故をめぐるトラブルを描く。
一家の若い息子にガールフレンドがいて、彼女の父親はツテでなんとか無理な投資を頼もうと画策している。
息子の母親は夫にも息子にも軽く扱われていて、常に鬱屈を抱えている金持ち夫人状態である。
ガールフレンドの女の子は、実際は息子とは別れているのだが、相手は未練たらたらで何かとちょっかいを出してくる。

この三者ははた目から見れば何のトラブルもなく満ち足りているようなのだが、それぞれにしてみれば危うい状況を綱渡りしているのだ。
冒頭の自動車事故の顛末が三人の視点から描き出され、その真相が明らかになっていくという趣向である。同じ場面でも視点が違うと、全く異なる意味だったことが分かる。

しかし、それはすなわち観客にしてみれば、三回同じ場面を繰り返して見ることを意味していて、よほど編集をうまくやらないと飽きてしまう。その点ではちょっと冗長に思えた。

一家に財産を失う危機が訪れるが、その金額に比べれば人間の生命の価値など取るに足らないもの……という皮肉な結末を迎えて終わる。拝金主義もここに極まれりという様相が容赦なく描かれている。いずこの国も同じような状況なのかね(;一_一)

ただ私は本筋に関係なく、常に独りでは生きられない男たちの尻ぬぐいばかりさせられている少女のことが気になった。本人はそれが「愛」だと信じて疑わないだろうが、私はひたすら暗澹たる気分になってしまったのである。

残り時間10分強でLFJのコンサートが始まってしまうので、エンドクレジットが始まった途端に会場を飛び出した。すいませーんm(__)m

以上の2本以外に『いつだってやめられる』と『黒い魂』というのを見たかったんだけど、時間がうまく合わなくて見られなかった。
やはりLFJとイタリア映画祭両方制覇は無理ですな。


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