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2015年10月10日 (土)

バッハ・コレギウム・ジャパン第114回定期演奏会:ゾンビ現われて舞台死す?

151010
世俗カンタータ・シリーズ6
会場:東京オペラシティ コンサートホール
2015年9月26日

今宵の世俗カンタータは『農民カンタータ』である。有名曲だが、いざナマ公演となると過去にはこちらで聞いたことがあるぐらい。この記事内でBCJで聞いたと書いているが、プログラムによると今回初めて演奏するとのことなので、他の演奏団体と勘違いしてたようだ。

「農民」は後半で、前半の方はバスとソプラノ、それぞれイタリア語による独唱カンタータだった。
BWV203は器楽はチェンバロのみというバッハのカンタータとしては珍しいもの。実際バッハ作かどうか疑われているそうだが、聞いてみると確かになあ……と思ってしまう。ものすごく細かくて技巧的なチェンバロ(雅明御大が弾いてた)に、D・ヴェルナーのバスの歌が乗っかっているという印象。チェンバロに耳を持っていかれてしまう。

BWV209は既にネットでは話題沸騰だったソプラノのモイツァ・エルトマン登場。なるほど美人shineであ~る。
オペラで主に活躍してる人だそうだが、確かに宗教カンタータにはやや「濃い」歌唱である。曲自体がイタリア風ということもあってここではピッタリ。菅きよみのトラヴェルソも同じくらいの活躍だった。

ご存じ「農民」は新領主を祝って、若い農民の男女が夫婦漫才風にゴマをすったり、税金まけてチョーダイ(^人^)などと喜劇仕立てで歌うという設定である。
エルトマンは美人fuji過ぎて、まるで若いおねーさんが農民コスプレをしているように見えた。しかし、さすが演技はお手の物風である。ヴェルナーは若者という年齢には見えないが、いつもの謹厳実直とは正反対のおとぼけイメージで笑わせてくれた。

途中では天使風の衣装を着た菅きよみが踊りながら笛吹いたり、ホルンの福川伸陽がエルトマンにキスされちゃったり(大変だ~kissmark)というドタバタぶりである。

開始して少ししてから黒服黒帽子黒メガネの男が登場し、望遠鏡で二人を眺めながら舞台上をウロウロしだす。私は最初、新しい領主さんが下々の生活を覗いているという設定を表わしているのかと思った。
だが終盤になると、5、6人の同じように黒服黒メガネの男女が出現し、舞台の真ん中へと進んでくるのだった。彼らはゾンビみたいなメイクと動作、歩き方をしていた。ここに至ってようやく、プログラムの巻頭言に鈴木雅明が紹介していた「アクトゥス・トラギクス」の演出を模したものだと判ったのだった。すなわちバッハのカンタータを通して「私たちの日常が地下室の骸への道筋でしかない」示すことである。
だけど、日常に潜む「死」がゾンビとは……あまりに直球過ぎではないでしょかpunch

意図はわかるけど、演出家を置いてまでやったにもかかわらず、正直成功しているとは言い難かった。
この公演の感想を幾つかネットで読んだが、そもそも黒ずくめの集団が何なのかも分からない人もいたようだ。私はたまたま事前に巻頭言を読んでて、前方の席だったから分かったけど、そうでなくて後方の席にいたら黒メガネの人々がウロウロしているとしか見えないだろう。
さらに、折角エルトマン&ヴェルナーのコンビが絶妙の喜劇的演技を見せて(聞かせて)くれてるのに、気が散って甚だ興がそがれた。台無しだ~(;一_一)

どうせだったら、最後に黒集団が二人に襲いかかって舞台暗転→照明が付くと、二人がゾンビメイクになってたぐらいしてくれないと、中途半端で面白くない。

BCJには余計な小手先の「演出」などせずに、正攻法で邁進していただきたいもんである。


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