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2016年2月27日 (土)

元祖文壇ゴシップ

知人が小島政二郎の本を読んでいたのをきっかけに、私も読んでみた。恥ずかしながら、それまで彼の名前を聞いたことがなかった(一応、学校ではその方面を専攻したんですが(・・;))。

小島政二郎は1894年生まれ、同い年には江戸川乱歩、高群逸枝がいる。戦前戦後と直木賞の選考委員を長くやっていたが、トラブルが多くて委員を辞めた時には一同がバンザイヽ(^o^)丿を叫んだ--というのは本当かい。

読んだのは『鴎外荷風万太郎』(文藝春秋新社刊、1965年)で、そのタイトルで想像つくように5人の作家についての回想録となっている。もっとも、一部は「見てきたような嘘を言い」ではないが、第三者が知りえないような部分が小説もどきで書かれている(荷風と芸者富松の会話など)。

文書は読みやすくて、これがまためっぽう面白い。身近に付き合っていた芥川龍之介が死に傾いていく様子や、軍服を着てカイゼル髭の森鴎外を電車の中で初めて目撃したエピソードなど、丁寧に描かれている。この二人についてはだ……。

一方、鈴木三重吉となるとこりゃひどい(!o!) これを読んだ誰もが「三重吉サイテーとんでもないDV野郎だ。雑誌『赤い鳥』の話なんて二度と聞きたくない」と思うに違いない。

私はこの年になるまで、三重吉ほど冷酷で無慚な人間を見たことがなかった

と断言しているほどなのだから相当なもんである。

続いて荷風については若いころ読んで心酔したと書きながら、荷風が鴎外の「舞姫」事件について自分なら女に後を追わせるようなヘマはしない、と自慢げに語るのを聞くと思ったのは

いつでも女があとを追ってこないように用心して付き合っていたからだ。(中略)主人公の女に対する態度を見るがいい。一人として女を自分と対等に見ている者はいない。荷風ほどの文明批評家が、女を見ること無頼漢に等しい。

最後の一文など実に痛烈な批判である。まさに二重規範のというものの一面をついて現代でも通用しそうだ。しかも、本人に向かって言ったら激怒されたそうな。……本人に言うかね(^^;)

なお、学生時代には勉強もしないで荷風を読みふけっていたために、父親に本を庭に投げ捨てられたそうだ。しばらく前にネットで、子どもがさぼったためにゲーム機を親に壊されたというのが話題になっていたが、昔荷風で今ゲーム機(^O^) 親のやることは本質的に変わっていないようである。

久保田万太郎に関しても手厳しい。

一面センチメンタルであるくせに、一度弱い立場に立った者に対しては、実に冷酷無慙だった。

そして若い頃は「気が弱く、女々しい、移り気な」で生活下手で、作家としてだけ生きていたら落伍していただろうが、戦後に演劇界、芸能界に勢力を築き君臨し「文化勲章を背景に翳した偉大なボス」となったのを皮肉交じりに描いている。

もっとも、万太郎にしても荷風にしてもキビシイことを書いていても、愛憎半ばという様子がチラチラする。
てなわけで非常に面白かった。

小島政二郎のヒット作となった「食いしん坊」も少し読んだが、冒頭、下戸の甘いもの好きとあって、現在も東京にある老舗の和菓子屋について書いている。
それらの店の餡を「震災後からダメになって、戦争後はもっとひどくなった」などとクサしている。震災というのはもちろん関東大震災のことだ。餡が小豆の味がしないのだという。
そんな昔からダメなら現在となってはもっとひどいのだろうか

それを読んでいるうちに、私の母親の作ったお汁粉を思い出した。母親は、実家から送ってきた小豆をゆでて、甘さを控えて小豆がた~っぷり入ったお汁粉を作って食べさせてくれた。今でもあの小豆の舌触りを覚えている。
あのお汁粉をもう一度食べたーい(>O<)

なに?自分で作ればいいじゃないかって? そんなことができれば苦労はせんよ

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