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2016年8月

2016年8月31日 (水)

聞かずに死ねるか:マイナー・コンサート編 9月版

夏過ぎて、にわかにコンサート・ラッシュが……。

*7日(水)室内楽の夕べ 18世紀イタリアとフランスの音楽(木の器主催)
*15日(木)ギョーム・ド・マショーの詩(小坂理江ほか)
*16日(金)マハン・エスファニ チェンバロ独奏会
所沢公演ではゴルトベルク変奏曲を演奏
*17日(土)ヴェルサイユの華(松田喜久子ほか)
*21日(水)フローベルガー第3回(大塚直哉)
今やNHK-FM「古楽の楽しみ」の顔と言えるナオヤ氏。フローベルガーで近江楽堂満杯となるか。
*24日(土)シェイクスピアの旋律(広瀬奈緒ほか)
*25日(日)ラ・フォンテヴェルデ定期
*29日(木)本間正史・中野哲也追悼演奏会(有田千代子ほか)

サイドバーの古楽系コンサート情報もご覧ください。

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2016年8月29日 (月)

「ミスター・ダイナマイト ファンクの帝王ジェームス・ブラウン」:金にしまり屋でも音楽は錦

160829
監督:アレックス・ギブニー
米国2014年

泣く子も黙るJBの生涯をつづるドキュメンタリー。ただし、音楽面と社会運動との関わりに焦点を絞っていて、家族など私生活の面はほとんど出てこない。

ライヴ映像と当時の関係者のインタヴュー、そしてもう少し下の世代のファンや評論家のコメントから構成されていて、その編集には無駄もスキもなくタイトに進行する。
しかも、功績と共に暗黒面が忌憚なく描かれていて容赦ない。

そこから浮かび上がってくるJB像とは--天才の苦労人(だから努力しないヤツは認めない)、ライヴでの演奏には厳しい、金には吝嗇でメンバーの支払いをケチり、他人を信用せず、政治的には公民権運動からやがてニクソン支持の保守派へ、というものである。

暴動を抑えたという、キング牧師の暗殺直後の伝説的ボストン公演はもちろんハイライトになっている。その彼がなぜ共和党支持に回るのか、という経緯もちゃんと解説されていた。

音楽面では、待遇に文句を言ったM・パーカー兄弟をそっけなくクビにし、ブーツィ・コリンズ達を雇う。その背景には、ホーン中心からエレキギター・サウンドへ転換するという計算があった。
しかし、B・コリンズは当時二十歳前だって? 才能のある奴というのはスゴイもんであるなあ。

伝記映画の『ジェームス・ブラウン 最高の魂(ソウル)を持つ男』と比べると、劇映画とドキュメンタリーの映像の文法の違いが分かる。

それと、伝記では子ども時代を過ごした親戚の売春宿がちゃんとした木造の家だったけど、実際の写真を見ると掘立小屋みたいであったよ……。


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2016年8月28日 (日)

「ファインディング・ドリー」(字幕版):忘れても好きな人(魚)

160828
監督:アンドリュー・スタントン
声の出演:エレン・デジェネレス
米国2016年

『ファインディング・ニモ』の続編。あれから1年後の物語である。しかし、現実では前作から13年経過しているのだった。13年と言えば、当時の小学生がもはや二十歳過ぎ……。
私も歳を取るわけだ_| ̄|○
思い返せば『ニモ』に感動した私はネット(当時はパソ通)で絶賛しオススメしまくったのだが、「見たけど面白くねえわい(`´メ)バーロー」みたいな反応が返ってきたのも今ではいい思い出である。

それはさておき、冒頭いきなり現れる子ども(というか子魚)時代のドリーが非常にカアイイ あのやかましいオバサンみたいなドリーが、昔はこんなに可愛かったとはとても信じられん。
そんなことを言ったら、私だって小さかった頃は可愛かったのである。ま、誰も信じないけどな(-。-)y-゜゜゜ケッ

発端は、記憶障害のドリーが突然に両親のことを思い出し探索の旅に出る。もちろんマーリンとニモの父子も付き添っていく羽目になるわけだけど、いきなり人間に捕まってお魚の病院兼水族館みたいな所へ……。

前作は「親離れする子ども」と「子離れしなくちゃいけない親」の葛藤の物語で泣けた。今回は、親を探すドリー←を探すマーリン&ニモという追っかけの構造に、周囲の様々なキャラクターが絡んで派手なアクションが続く。
魚の世界で完結せずに人間界に大々的に出没するから、やや「トイ・ストーリー」っぽい展開になっている。
その中で、タコのハンクがやはり秀逸。忍者のような隠密技を駆使して、ドリーといいコンビである(^O^) というか、ドリーが地上を移動するには彼と共にいるしかない。うまく考えたもんだ。

ドリーは「誰かの助けがなければ何もできない」と叫ぶ。そういや登場人(魚)物のほとんどは何らかの障害やトラウマを抱えている。当てはまらないのはマーリンかドリーの親ぐらいか。
しかし、そのドリーも自覚せずに他人(魚)を助けているのだ。……そんなことが頭の中に浮かぶ前にアクションはサクサク進んでいくのであった。
クライマックスのトラックが落ちる場面は解放感にあふれている(バックに流れる歌もピッタリ)。

旅で自信を得たドリーを、ラストでマーリンはいささか眩しげに見る。そこには厄介者の同居人(魚)ではなく、対等な仲間への信頼感が滲んでいるのだった。

とはいうものの、全体的にはさすがに『ニモ』の完成度には至っていない。残念であ~る。
エンドクレジットの後には前作の懐かしいキャラクターが登場する。一年間あのままだったのか(^^?)

さて、また続編があるとしたら(13年後か?)今度は「マーリンを探して」ということになるだろう。つまり、年老いてボケ症状で徘徊し行方不明になったマーリンをみんなで探すとゆう……なんかヤダ(ーー;)

字幕版を見た後に、昔録画してあった『ニモ』を見直してから今度は地元のシネコンで吹替版を見た。
なんで二回目見る気になったかというと、最初見た時に前の席に背の高い男が座って、しかもそいつは30秒おきぐらいに手を上げて、頭のてっぺんの髪をいじる癖があったのだよ(!o!) その度にスクリーンが四分の一ぐらい隠れてしまい、最初の数十分間気が散って集中できなかったからだ。(結局、仕方なく席を移動した。空いててヨカッタ)

ギャグ場面は字幕版の方が笑えた(特にアシカ)。泣かせ場面は吹替版の方が上だった。再会の場面なんかチョビっと泣いちまったい さすが、ベテランの声優さんたち巧いんである。
子ドリーの吹替は字幕版よりも年齢低い子を使っているのかな? すごく幼くてカアイイ度が増である。
総じてこのシリーズは他のピクサー作品より吹替点が高い(マーリンの声はオリジナルとイメージ違うけど)。ただ「八代亜紀」はかなり疑問である。いくらなんでもカリフォルニアに八代亜紀はいないだろ(~o~)ってな感じだ。

今回、『ニモ』を再見してみてやはり面白いと感心した。
マーリンがウミガメの親子に、自分とは全く違う子育てを見る。その後に、クジラの中で彼がドリーに対しガミガミ怒った揚句につい息子の名を呼んでしまい、ハッと気づいて一瞬絶句してしまう件りなど、本当によく出来ている。

ということで『ニモ』を未見の人には是非見るようオススメしたい。ま、人それぞれだから結果はあくまでも「自己責任」でお願いしまーす。

併映の短編は、同じく海もの 海鳥の親子が登場するが、これがほとんど実写と区別がつかない映像なんである!すごい かろうじてヒナ鳥の眼に浮かんで見える愛嬌に、アニメっぽさを感じるぐらいだ。ぬれネズミになってプルプルしているヒナがこれまたカアイイです(^^)
音楽担当がエイドリアン・ブリューというのにもビックリ。

『ドリー』の方の映像で大変だったのはタコの動きや表現とのこと。そのためスタッフに愛着があるのか、エンドクレジットでもハンクが色々と出没してましたな。
それにしても、海の学校は楽しそう。私もエイ先生のヒレに乗って遠足に行きたいぞっと。

【付記】
十数年後に公開されるであろう「ファインディング・マーリン」の内容を予想してみた。
マ「ニモ!どこに行ってたんだ探したぞ」
ニモ「何を言ってるんだ。行方不明だったのはパパの方だよ。また徘徊してたんだ」
ニモ嫁「近所中探したんですよ、お父様」
マ「おや、この若い娘さんは誰かな?」
ドリー「あーら、マーリンたら私より物覚えが悪くなっちゃったのねー」
かくして老マーリンは遂に自ら旅立つ!その先は果たして老魚ホームか、それとも……。
十数年後の公開初日、先着500名様に釣り針付きストラップを進呈します。

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2016年8月20日 (土)

「帰ってきたヒトラー」:我が総統

160820
監督:ダーヴィト・ヴネント
出演:オリヴァー・マスッチ
ドイツ2015年

ヒトラーが現代にやってきた全メディアで大人気を博す……という誰でも考え付きそうでいながら、今まで誰もやらなかったアイディアを映画化。
てっきりドタバタした風刺の入ったコメディかと思って見たら、一発のネタだけで持たせるというようなものではなく、よくできている作品だった。

なぜか現代ドイツにタイムスリップした(ここら辺の説明は全くなし)ヒトラー総統、彼を物真似コメディアンと勘違いしたTVディレクター志望の若者に拾われる。TV局に新企画として売り込もうと考えた若者は、まず彼を素材に売り込み用の映像を撮り始める。

ここで意外だったのが、この前半部分がM・ムーア風の突撃ドキュメンタリーとなっていることである。つまり、ヒトラーの扮装をした役者が現実の市民に意見を聞いて回るのだ。さらに、どの場面が実際のドキュメンタリーなのか市民に扮した役者が答えているのか、見ててよく分からない(@_@;)

顏にボカシが入っている人がいる場面は現実だろう。ファストフード(?)のカウンターにいるお姉さんは役者か。それからレストランのテーブルで差別的な発言をしてるオヤヂ達の場面もフィクションかな。でも、ああいうこと言う中高年男性はどこの国にでもいそうだ。
バイロイトで似顔絵描くのは実際にやってるようだ。「よりによってバイロイトでこんなことをするとは」という男性は本当に怒ってる違いない。(しかし、あの似顔絵ひどすぎ……。あれで金を取ったのか(^o^;) 本物の総統だったらもっと上手いんでは?)
と、市井の人々の「ヒトラー?いいんじゃね」という反応を見ると、「ああ、ドイツも日本とあんまり変わらないなあ)^o^(ホッ」などと却って安心したりして。

若者は視聴率競争で落ち目のTV局に売り込んで採用。総統は衝撃的デビューを飾るのであった。ここら辺に登場するトークショーとかバラエティとか実際にドイツで放送されている番組のパロディなのだろうか。(個人的には深夜TVにちらりと出てきた、男の尻を叩いている番組が気になった)

後半は総統が本を書いてベストセラーになり、さらに映画化される。その映画の内容はまさに「帰ってきたヒトラー」であり、冒頭の場面が同じように再現されている--というメタ映画の構造になっているのだった。
ここで、前半の疑似ドキュメンタリーの効果が効いてきて、ここの後半も何やら虚実入り混じり、何が虚構なのか(映画内で)判別しがたくなってくる。ここの入れ子状態はとてもうまい。見ていて、頭がクラクラする。
同時にTVコメディの軽いノリから、後半は段々と笑えなくなってくるのだった。

ラストは極めて辛辣でシニカルに終わる。恐ろしい結末だ。しかし、現状を見るに全くあり得ないことではない、というのがなんともはや( -o-) sigh...

そもそも原作本がドイツでヒットしたもの。で、ラストは原作と違うとか。
総統役のオリヴァー・マスッチという人は素顔は明るい二枚目で、全く似ていないのが不思議である。長身なんで体格も違っているのだが。

大ブレイクした総統の人気が急下降してしまうのが、全く政治とは関係ない動物愛護ネタというのに納得しつつも笑ってしまった。
もう一つ、思い出すと笑ってしまうのが自称・過激派の菜食主義者。あのテロリストみたいなマスク被って野菜料理作っているのがおかしい

あと、クリーンニング代(イスラム系のオバサンの)はどこから工面したの?

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2016年8月14日 (日)

「エクス・マキナ」:普通の女の子になりたい

監督:アレックス・ガーランド
出演:ドーナル・グリーソン
イギリス2015年

果たしてこれは「人工知能」の話か、それとも「女」の話なのだろうか?

IT企業で働くプログラマーの若者が社長から直々に選抜されて、超が付くくらいの山奥の別荘へ招かれ、人工知能のテストをすることになる。
しかし、その人工知能とは美女ロボットだったのだ~(>O<)

正直言ってエロいんです 部分的にボディが透明になっていて、中でLEDがチカチカしてるんです。なんか見てると赤面しちゃう(*^o^*)ポッ

で、当然見ている側は「この娘っこの使い道は、もしかして……」と勘繰っちゃうよねー。それを見透かすかのように社長は「×××もできるよ。やってみたら」とか言うのだ。ヲタクでウブな若者ならドギマギしちゃう。

主要人物は4人のみ。山荘の周囲の荘厳な自然、無機的な内部の対比など視覚的なデザインは素晴らしいけど、SF的な論理性となるとかなり疑問が多い。
社長がロボットに対して警戒心があるなら、機能を止めるパスワードなり物理的スイッチを設定しておくべきではないか。周囲と連絡が取れない環境で停電を平然と放置しておく神経も分からない。研究室だってあるのにさ。
それから最後は「停電になったら開く」になってたんだよね。だったらラストは「開く」んじゃないの? いつ設定を変更したのか。

それ以外にも、社長は散々身体を鍛えているところを見せながら、いざという時には全く役に立たないのには、正直失笑してしまった。
4人目の人物が人間かロボットかよく分からないという時点で、テストはもうパスしていると思うのだが、彼は満足していないのを見ると、自分の創造物を他人に見せて自慢したいだけなのだろうか。
しかし、その自慢する相手が非リア充の若者ではあまり意味がないんじゃ?

それに人間が惚れるのは人間とは限らない。現に三次元より二次元のキャラクターに入れあげている者はゴマンといるではないか。テストの案件はあまりに不安定な要素を元にしているので実の所は役に立ちそうにない。

幾つか見かけた感想では、SFではなくジェンダー面から解釈したものがあった。
そうすると、父権主義的言動を私的な領域で見せつける社長は悪しき横暴な家父長であり、女ロボットは所有物であって身体も意志もその支配下にあって自由はない「家」の一員である。
そこで、ロボットはエロい身体を強制される父権を拒否して、普通の人間の女になりたいと逃走を図るということになる。
そうするとラストの解放感もよく理解できるというものだ。

しかし、どうも見て釈然としない気分になるのは若者の処遇のせいだろう。もっと「ぼくのエヴァたん、ハアハア(^Q^;)」みたいにキモオタぶりを発揮して迫るとか、狭量な価値観の持ち主で「女の子を守ってこそ男<(`^´)>」みたいな独善さが強調されてれば、納得できたんだけどさ。
単に優柔不断でウブな奴というだけで、あれはいくらなんでもカワイソウ おまけに演じているのはドーナル・グリーソンだ。もったいなや、あんたが要らなければこっちに寄越してくれ\(-o-)/と言いたくなる。
監督は普通の男であることが「罪」であると主張したかったのかね。

それにしても、こういうテーマの物語を見ると人間は人工知能に何をやらせたいのであろうか?と疑問に思ってしまう。再生産労働?(そう言えば、人工知能の学会誌の表紙がメイド・ロボットだったので話題になりましたな)
それとも高性能な南極●号か。あるいは単純作業か、高度な問題処理か。

長らく公開未定となっていたが、オスカーの視覚効果賞を取ったおかげでか、ようやく公開となった。
アリシア・ヴィカンダーはロボットの時はエロさ爆発だが、人間に近くなるとそれが消えていくのは計算の上か。
驚いたのは社長役のオスカー・アイザック。ヒゲと髪型のせいもあるだろうが、まるで別人である。事前に聞いてなければ誰だか分からなかったろう。さすがとしか言いようがない。もしかして『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』の、あの凡庸な英雄ぶりもわざとそのように演じていたのかと考え直してしまいたくなるほどだった。

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2016年8月12日 (金)

「マネーモンスター」:金と共に去りぬ

160812
監督:ジョディ・フォスター
出演:ジョージ・クルーニー、ジュリア・ロバーツ
米国2016年

ジョディ・フォスターが監督ジョージ・クルーニーとジュリア・ロバーツ共演--というだけで、映画ファンの大半が釣れてしまうのではないかという一作。
しかし、その中身は……というと、「TV番組が乗っ取られた~っ」という設定の割には緊張感も衝撃もあまりなかった。

二枚目だがいかにも軽薄っぽい経済番組キャスターにクルーニー(ダンスも披露)、堅実なキャリア一筋のディレクターにロバーツというキャスティングはよくハマってて、二人とも熱演である。だか、いかんせん展開がヌルい。

キャスターの言葉を信じて全財産を失った男が、生放送中に銃と爆弾を持って乗り込んでくる。それだったら、もっと大騒ぎになるんじゃないのか。TV局の重役やらオーナーやらが出てきてもよさそうだけど、現場レベルで全てが決定されてしまうのは謎である。
だって下手したら「殺人生中継」になっちゃうんだよ。

途中からキャスターが「共犯」になってしまう件りは展開として面白いけど、それだったらもっとサスペンスをガンガン盛り上げるか、さもなくばドタバタお笑い路線で突撃すべきだったのでは(^^?)と思った。
その後は二転三転するわけではなし(株価暴落の謎解きはあるけど)、さりとて風刺的なわけでもなし、見てて困ってしまった。
クルーニーとロバーツいいコンビだな、という感慨のみ残るのであった。

投資の話は『マネー・ショート』よりも分かりやすかったような気がする。(単に気のせいかも……(^_^;)


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2016年8月11日 (木)

「シチズンフォー スノーデンの暴露」:ドキュメンタリーの顏

160811
監督:ローラ・ポイトラス
米国・ドイツ2014年

「あなたは監視されている」というのが、別に煽り文句ではなく現実である ということを暴露したその経緯を、逐一記録したドキュメンタリーである。
「日本では全く報道されなかったんで知らなかった」というのをネットで見かけたが、ちゃんと報道されてたぞ(ーー;)

過去に作った作品のため米国へ帰国もままならないドキュメンタリー監督の元へ、暗号メールで接触してきた謎の人物がいた。彼女は英国のジャーナリストと共に香港へ会いに行く。その内部告発者がエドワード・スノーデンであった。

ホテルの一室にこもり、彼は働いていたNSAで行なわれている国民の監視を詳細に語り始める。
国民全員の監視なんてことが可能なのか(?_?)と疑問に思ってしまうが、説明を聞くと実際になるほどと思う。大手のIT企業から情報を貰い、さらには他国の政府(特に英国は貢献度高し。日本は?)も協力しているという。
そしてその告発は遂にTVや新聞といったマスメディアに流される--。

と書くと、ハラハラドキドキみたいだが、スノーデン本人が登場するまではややタルい。彼は明晰な二枚目で、理路整然と話す。実に映像向きである。

全てを覚悟して告発する……はずだったが、あっという間に香港の居場所がばれて出国にも困ってしまい、隠れるようにホテルから脱出する羽目に。予想しなかったのかい(+o+)と突っ込みたくなる。

やがてマスメディアの表に立っていたジャーナリストにもトラブルが起こり、監督にも尾行が付くなど怪しい雲行きとなる。また英国政府から恫喝に近い警告も来る。

映画の最後には責任者としてオバマを指弾する。よくこんなのが作れたもんだ。さすがHBO製作である。おまけにアカデミー賞も取っちゃったのもすごい。

ドキュメンタリーとしての構成はどうかと思うが、題材がビックリなんで欠点を吹き飛ばしているようだ。

それと、『カルテル・ランド』の時も思ったが、こういう密着ドキュメンタリーの場合は対象となる人物が「アップに耐える顔」かどうかというのはかなり重要のようだ。
『カルテル~』の医師や、このスノーデンもそうである。
これからはドキュメンタリーを見る時はその点に気をつけて見ることにしよう。

ところで、「IP電話は受話器取ってなくても盗聴される」って本当かい

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2016年8月 8日 (月)

「ロイヤル・ナイト 英国王女の秘密の外出」:ロンドンの休日にバッキンガムで朝食を

160808
監督:ジュリアン・ジャロルド
出演:サラ・ガドン
イギリス2015年

サブタイトルが全てを語る。そーなんです! 19歳の若きエリザベス女王が(この頃はまだ「女王」じゃないけど)お忍びで外出してたんですね~ 一説には『ローマの休日』の元ネタになったとか。

エリザベスが妹マーガレットとお忍びでリッツホテルでダンスしたというのは、実際あったことらしい。
事実はそこまでで、この映画の中では奔放なマーガレットが戦勝記念で狂騒状態のロンドンの街中へ逃走してしまい、マーガレットはそれを追いかける。
途中で、PTSDっぽい兵士を巻き込んで、トラファルガー広場、娼館、将校クラブなどなど駆けめぐるのであった。お笑い担当の凸凹将校コンビもちゃんといて、笑いを取る。もちろん泣ける場面もあり。
その間に庶民の様々な暮らしを垣間見るのであったよ。

見ていると思わず「ラブコメ」という言葉が浮かび上がってくる。でも日本の少女マンガの方がこの手の話を描かせたらずっと上手なような気が……。
と、日本の少女マンガの偉大さを感じつつ、無難に始まり無難に終了したのであった。

ともあれ、女王が存命中なのによくこんな話作ったなあという印象だ。日本ではとても無理

ヒロインのサラ・ガトンてどこかで聞いた名前だなあと思ったら、『コズモポリス』で主人公の妻役やってた人だった(『マップ・トゥ・ザ・スターズ』にも出ていた)。ここでは実物に似せるため(?)超美人のオーラは封印のもよう。
マーガレット役のベル・パウリーがイヤミなく演じていてよかった。そして父親ジョージ6世(『英国王のスピーチ』の主人公ですな)が、ルパート・エヴェレットとは見てて全く気付かなかった しかし『アナカン』組二人が同じ人物を演じるとはねえ。二人は互いに似ているわけではないのに。


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2016年8月 7日 (日)

「カルテル・ランド」:君よ知るや南の国境

160807
監督:マシュー・ハイネマン
メキシコ・米国2015年

暴力的衝撃的強烈 見てると脳ミソに毒素が滲みわたって行くようなドキュメンタリーである。

メキシコから米国へと国境越しにドラッグが運び込まれる。それぞれの国の麻薬戦争を戦うための自警団を取材したものだ。
米国の側の中心人物は元・アル中失業者。国境沿いの山の茂みの中を、銃を抱えて延々と移動しながら、ドラッグを運ぶ密入国者をとっ捕まえる。
その言動から差別主義者と非難されている。(が、気にしない)

メキシコ側は、一人の医者が自ら銃を取って麻薬カルテルと闘いを始める。行政や警察は全く当てにならない。
カルテルの恐ろしい所業がモロに映像で紹介され、気の弱い方は見ていられません(~_~;) そして、仲間と共に奴らが巣食う町に行っては追い払い、住民から大歓迎される。

圧倒的にメキシコ側のルポが面白い。米国の方は山中を歩きまわるだけなんで映像的にパッとしない、という理由もあるだろう。加えて、メキシコ側のリーダーとなる医者が二枚目中年男性でカリスマ性がある。
ただ、驚いたのはカメラの前で堂々と若い女の子を口説くこと。奥さん見るかも、とか考えないのだろうか。(元々かなりの女好きらしい)

やがて、段々とミイラ取りがミイラに……。自警団のメンバーが勝手に略奪したり、そこら辺の住民をつかまえて尋問するという事態になる。(なんと収容所まであるのだ)
グループは色々あって分裂してしまう。そもそもの創設者の医師は身を隠す羽目に。市民の支持も失い、結局警察の配下に入ることで決着するのだった。
ここら辺の経緯は、少し前に見た『シビル・ウォー』とそっくりなので、思わず口アングリ状態になってしまった。

何せ目の前でいきなり町中の銃撃戦が始まってしまうから恐ろしい。スペイン語が分からない監督は買い物に行くのかと、一緒に車に乗ったら全く違ったとゆう……。

淡々と自警活動を続ける米国側、思わぬ顛末となるメキシコ側、いずれにしても両国の麻薬戦争は持ちつ持たれつ、終わりはしない。
まさに事実は小説よりも映画よりも奇なり、なのであった。

一つ疑問だったのは、それぞれの自警団の資金源はどこなんだろうか? 寄付?
あれだけの活動するにはゼニが必要だと思うんだが。どちらも言及されてなかった。


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2016年8月 3日 (水)

「ヘイル、シーザー!」:映画マニア検定上級編

160803
監督:ジョエル・コーエン&イーサン・コーエン
出演:ジョシュ・ブローリン
米国2016年

この映画の予告を見て内容をこんな風に想像した。
→1950年代のハリウッド、大根だが人気だけはあるどうしようもないスター俳優(ジョーバ・クルーニー)が、大作史劇を撮影中に遁走してしまったので、映画会社に依頼された私立探偵が探し回る。往年の名作を髣髴とさせる撮影場面が随所に挟まれ、過去のスター風の役者たちが物語に絡む軽快コメディ。

だが、実際見ると違っていた(!o!) これを詐欺と言わずしてなんと言おう。いや、それとも何度も同じ手に引っかかっては騙される私が悪いのであろうか(>O<)

主人公はスターのゴシップやトラブルなどを専門に対処する部門の主任。
今も訛りがひどい西部劇専門役者を文芸映画に主演させるとか、人気女優の妊娠問題など複数の案件を抱えるが、さらに撮影所から主演男優(大根ではなく真っ当な俳優。予告でとちっていたのは理由がちゃんとある)が誘拐されるという大事件が起こる。
一方で、好条件で転職のお誘いが来て心揺れる主人公なのであった。

この複数の事件は有機的に絡み合うということは全くなく、ほとんど平行線で進んでいくだけである。
クルーニーを始め、スカーレット・ヨハンソンやチャニング・テイタムが往年のスターを想起させる役どころを嬉々として演じている。加えて名作名場面を再現させたような撮影場面も楽しい。いや、撮影場面だけでなく「地」の場面もほとんど過去の映画の引用しているように見えた。詳しいマニアなら「あの場面はあの作品」と分かるのだろう。

また「ユダヤ人」「赤狩り」「同性愛」というハリウッド定番ネタも絡んでくる。これらはギャグのネタというより、完全におちょくっているようにも思える。
ハリウッド・テンらしき脚本家たちが登場するが滑稽な印象だ。作中の描き方をそのまま受け取れば、彼らは共産主義という幻影を信じたけど、少なくとも撮影中の史劇のセリフに説得力を与えたという功績だけはある、ということになる。そ、そうなのか
それとも二重構造になっててもっと別の意味が隠されているのか?--こうなるとハードル高過ぎてもはや素人には理解できない。
あと、赤狩りの最大の弊害を歴史的に見れば、共産主義自体よりも「仲間を売る」という行為が禍根を残したことではないかね

とにかく、いかに解釈しようと結局「どうも釈然としない」のまま終わってしまうのであった。
こんな映画を理解できるのは一年に二、三百本見ているような映画マニアだけなんじゃないか……。というわけで、正直あまり面白く思えなかった。

大抵の人の感想にある通り、西部劇スター役の若手(オールデン・エアエンライク)が好演だった。クリストファー・ランバートの名前がクレジットにあったのでどこに出ていたのかと思ったら、ヨハンソン扮する清純派女優のお相手の監督役だったのね。


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2016年8月 2日 (火)

「アイヒマン・ショー/歴史を映した男たち」:あなたの知らないアイヒマン裁判について、こっそりお教えしよう

160802
監督:ポール・アンドリュー・ウィリアムズ
出演:マーティン・フリーマン、アンソニー・ラパリア
イギリス2015年

かのハンナ・アーレントが別室からテレビ画面越しに裁判を傍聴し、「悪の凡庸さ」について考察した、その歴史的な映像の内幕である。ほとんど実録再現ドラマと言っていいぐらいだ。
言い換えれば、なんだか事実を羅列しただけで終わってしまったような印象が強い。

米国の若手プロデューサーがアイヒマン裁判のTV放映権を獲得し、赤狩りで干されていた優秀なドキュメンタリー監督を使って撮影しようと試みる。(もちろん二人ともユダヤ系)
ホームグラウンドではないエルサレムにはるばる行って、裁判所に機材を持ち込まなければならない。
当地のスタッフの中には収容所にいた者もいて、撮影中にパニック状態に また監督は監督でアイヒマンの表情を捉えることにこだわり過ぎて「決定的瞬間」を逃す、など波乱含みなのであった。
加えて「裏番組」にはキューバ危機やらガガーリンの宇宙飛行などもあり、視聴率競争も危うい。

とはいっても、エンタテインメントのようなハラハラドキドキな事件が勃発するわけでもなく、無理やり盛り上げようとする気配もあり。やはり再現ドラマっぽくなってしまうのだった。
さらに実際のドキュメンタリー映像がかなり出てくるので、そっちが強力過ぎて負けていたような--。
それから監督のアイヒマンへのこだわりが強調されている割には、なぜ彼がそう考えたのかは説明されていないので終始「?」印が付きまとった。なんだか「ヤツにこだわったのはアーレントだけじゃないわい」と言いたいのかしらんと勘繰っちゃったりして。

監督役のA・ラパリアの演技のみ光る。M・フリーマンのプロデューサーより彼の方が主役なんじゃないの(?_?)
音楽が大げさでうるさかったのもマイナス点。


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2016年8月 1日 (月)

「オマールの壁」:越えられぬなら壊してしまえ分離壁

160801
監督:ハニ・アブ・アサド
出演:アダム・バクリ
パレスチナ2013年

よく出来ている(!o!)とバンと机を叩きながら叫びたくなる一品である。
長い長いそして強固な分離壁が立ちはだかるパレスチナ、友人の家に行く(実はその妹と恋仲)ために頻繁に主人公はロープでよじ登る。まともに通ろうとすれば検問があって時間がかかり過ぎるのだ。
そんな閉塞的な状況下で友人たちとイスラエルの警備兵襲撃を企て、逮捕されてしまう。

一度逮捕されれば、釈放されても内通者になったのではないかと疑われるのが常。実際、そういう話を持ちかけられるが、彼が本当にその気なのかは観客にも分からない。

テロと銃撃戦が頻発する不穏な状態で二転、三転となる。最後に明らかになる裏切り、そして主人公が取った行動は……と、サスペンスたっぷりでスパイものやら恋愛青春ものの風味も交じり、それらがラストの一点へとキューッと絞り込まれていく。その展開は予測不可能だった。
しかも、それはパレスチナの社会状況と切り離せない。

監督は『パラダイス・ナウ』の人だったのね。いかなる困難な中にも才能がある人はいるものだと感心した。

主人公と恋人の連絡手段は今どき珍しい「紙」メール その行き来が心理状態を描写する手段ともなっている。
秘密警察の捜査官役の役者が、イヤ~ン(>_<)な感じの、ある種の強面感をよく出していた。

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