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2017年3月

2017年3月19日 (日)

「沈黙 -サイレンス-」:わたしが・棄てた・神

170319
監督:マーティン・スコセッシ
出演:アンドリュー・ガーフィールド
米国・イタリア・メキシコ2016年

スコセッシが遠藤周作の『沈黙』の映画化を熱望しているという話を耳にしたのは十数年前だろうか。しかしその話は立ち消えになったり復活したり……その度に出演者として上がる名前も変わっていったように記憶している。
ロケ地がニュージーランドから台湾に変更されたのも、途中で大物プロデューサーが手を引いてしまったかららしい。大変である。

その間に彼は雇われ仕事作品の『ディパーテッド』でオスカーを取ってしまった。その後もあきらめることなく、まさに執念の一言であろう。
実際には原作を読んだのは28年前ということで、その長さにさらに恐れ入る。

私が原作を読んだのは、昔の「狐狸庵先生」ブームのおかげで、そこから読み始めてシリアスな作品に至るというパターンだった。やはり『イエスの生涯』を読んだ高校の同級生と共に「イエス萌え~heart01」になったりした。
しかし、あまりにも読んだのが昔過ぎて(ウン十年前)原作の『沈黙』はおぼろげにしか覚えていないのであった。

人によって感想は様々なこの映画、私は感動よりも見ててウツになった。
『闇の奥』よろしく異文化の未知の土地に上陸した若い司祭二人が住民と関わり、その地の海辺から緑深き山の中を徘徊した揚句、片方の主人公がたどり着いたのはオドロオドロな恐怖の王国--ではなくて整然とした奉行所、清潔なお白洲、人情のかけらもなき役人が支配し、強固な官僚主義が存在するゆるぎなき帝国だったのであるsign03 全くもってイヤーンな「日本」そのものだ。これでウツにならずして何であろうか。(しかも史実を元にしている)

加えて、そこで繰り広げられる言説が「日本スゴイ」っぽいものから踏絵を「踏めばよいのだ、踏めば」とか「彼らが苦しんでいるのはお前のせいだ」まで、現在でも立派に通用している論理ならぬ理屈ばかりである。
期せずして(いやもしかして意識して?)、監督は原作にもあった「日本イヤンng」な部分を描き尽くしているのであった。

民衆にしてもお上にしても異文化たる宗教を飲み込み同化していく。その圧力の「洗礼」を受けて遂に屈して踏み絵を踏んだ後の、A・ガーフィールド扮する主人公の呆けたような表情が印象に残る。(或いは彼の師フェレイラの後ろめたい表情も)
とすれば、ラストシーンはまさに主人公が完全に日本に「同化」できたということなのだろうか。つまり、日本的なキリスト教の受容を会得したという意味で、彼は真に日本人になったということか。

「踏み絵」について「そんなもの踏むだけなら踏めばいいじゃないか」という意見を幾つか見かけたが、警察によるでっち上げで有名な「志布志事件」では「踏み字」や「踏み絵」(一説に家族の写真を使用したとか)が使われたというから、現代でも十分に使用可能な手段なようである。

かようにシリアスでヘヴィな題材ではあるが、過去の日本の描写はガイジンにここまで描かれちゃっていいのか~sweat01、日本映画負けてるよsign01と思ってしまうレベルなので、一見の価値はあると言っていいだろう。
ただ、主人公が水面に映る自分の顔をイエスに重ねる場面とか、踏み絵をやった後の衝撃描写などはやや「やり過ぎ」に思えた。
登場する日本人がみんな英語(劇中設定はポルトガル語)うまいのは……突っ込まない方が吉であろう。

見ていて「こりゃ、客入らないだろうなあempty」と思ったのも事実。有名俳優が出ているとはいえ、ウツ展開であまりに暗い話だ。
実際、監督が28年間かけた渾身の一作、米国ではコケてしまい次作はネットドラマを撮る羽目になったとか……(-_-;) 当地で公開が遅れたそうで、アカデミー賞に撮影賞しかノミネートされなかったのもマイナスだったか。

役者に関しては窪塚洋介やイッセー尾形の世評が高いが、後者についてはオーバーアクトにいささか辟易した。ただでさえ芝居がかった人物なのに、それを芝居っ気タップリに演じたら屋上屋を重ねてどうするよtyphoonってなもんである。
窪塚のキチジローはなんか子どもっぽくて何も考えてない印象。あれ(?_?)原作ではもっと狡猾で複雑なキャラクターだったんじゃないの(かなり記憶薄れているが)と疑問に感じた。
どこかで見たようだなあと思ったら、なんと『アーロと少年』の「少年」を連想したのだった。
そもそもワンコぽい。飼い主にワンワンと付いてきて、他所からエサをぶらつかされると我を忘れてそちらに走って行ってしまい、食い終わるとまた飼い主にワンワンとすり寄ってくる。飼い主は「トホホ、しょうがないなあ」と頭をなでてやるしかないのだ。

よかったのは塚本晋也と笈田ヨシだろう。失礼ながら塚本晋也がこんなにうまい役者だとは知らなかった。大昔に『鉄男』見たきりで……すいません、『野火』はコワくていまだに見てないんですう(>y<;) 許してー。あの海での処刑の場面には驚いた。CGとは思えないし、ホントにやってるのかdanger 死ぬ~(@_@;)
笈田ヨシは最初の登場場面から目を引く。まあ、彼ぐらいの年季の役者なら当然ですかね。
ガイジン勢ではアダム・ドライヴァーが、あれこの人こんなだったっけ(?_?)と思うぐらいになんだか顔つきが違って見えてビックリ。『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』でライトセーバーでコンソールぶっ叩いていたヤツとは別人としか思えん。

あと、片桐はいりの老婆とスモウレスラーのような刑吏が登場するところは、数少ない笑う場面ということでよろしいんだろうか(^○^) PANTAも出ていたらしいが、全く分からなかった。

音楽はほとんどノイズか環境音楽か?と言っていいほど、目立たない使い方をしていた。そもそも「音楽」だったのかearも分からん。冒頭とラストの虫の声と合わせているみたいだ。

それにしてもスコセッシはつくづく「青二才」の人物が好きなんだなあと感じた。映画マニアに熱狂的な彼のファンがいるのもこういう点からかと納得した。


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2017年3月12日 (日)

ヘンデル「デイダミーア」:英雄、色よりも戦いを好む

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主催:日本ヘンデル協会
音楽監督・演出:原雅巳
会場:東京文化会館小ホール
2017年2月25日

毎年お馴染みの日本ヘンデル協会のオペラ・シリーズ。前回行ったのは2015年の「フラーヴィオ」であった。

今回はヘンデル先生最後のオペラと銘打たれた「デイダミーア」である。なんと客の入りが悪くて3回しか上演されず、これ以降はオラトリオへと活動を移したという因縁の作品なのであった。

これまでと同様、登場人物はヘンデル先生時代の衣装を着けてジェスチャー付きで歌う。大西律子をコンミスとしたオーケストラは舞台の右端に陣取り、全体の指揮は原雅巳がやっていた。
内容はギリシャ神話から題材を取っており、トロイ戦争を背景に英雄アキレウスやオデュッセウスが登場するというものである。

タイトルロールの王女・藤井あやは堂々の貫禄を見せて(聞かせて)くれました。その親友役の加藤千春は対照的に明るく、ややコケットな印象が好感。
英雄(将来の)アキッレ(民秋理)は女に化けてる若者という設定だから、子どもっぽく線が細くっても納得だが、ウリッセ役の佐藤志保はちょっと現役の英雄には見えないのが難だった。
バリトンの春日保人はプレイボーイ英雄役なのだが、毎度この手の人物にはホントにハマリ役である。あまりにハマリ過ぎなので思わず笑ってしまった。

身勝手で子供っぽい男に振り回されて苦労するヒロインはヘンデル作品には定番だが、この物語では遂にヒロインは救われずアンハッピーエンドで終了(!o!) ええー、これで終わりですかsign02と驚いちゃう。
一方で、女同士の友情は強調されているのだが。

とはいえ、他のヘンデル作品と比べて詰まらないということは決してなく、なんで3日で終了しちゃったのか謎である。解説を読むと、当時の政治情勢などが絡んでいるとのこと。色々あるんですねえ(=_=)

全体的には完成度高く、カッチリとヘンデル先生の世界を再現して見せてもらえました。また来年もよろしくgood

ところで、アキッレが女装している姿がどうも既視感あるなあと思ってみてたら、終盤になってようやく思いついた。そう「竹の子族」\(◎o◎)/!(死語) 髪型や衣装がクリソツなのであった。


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2017年3月 5日 (日)

「ブルーに生まれついて」「MILES AHEAD/マイルス・デイヴィス 空白の5年間」:吹く前に吸え!

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「ブルーに生まれついて」
監督:ロバート・バドロー
出演:イーサン・ホーク
米国・カナダ・イギリス2015年

「MILES AHEAD/マイルス・デイヴィス 空白の5年間」
監督:ドン・チードル
出演:ドン・チードル
米国2015年

誰でも思わず比較してしまうこの2本、同時期に活躍した有名なジャズ・ミュージシャンを取り上げたものである。生涯を描く「伝記」形式ではなく、特定の数年間を切り取って描く手法も似ているという--。偶然としたら驚きだが、製作年が同じなのでどちらかがパクったということもなさそうだ。

「ブルー~」はイーサン・ホークがトランぺッターのチェット・ベイカーになり切り演技している。
チェットは主演映画を撮ろうというぐらいに人気はあれど、クラブで先鋭的な演奏を繰り広げるマイルスを聞かされるとどうも分が悪い。
おまけにヤクがらみの暴力沙汰で顎を骨折して楽器を吹くこともできない羽目になる。

が、捨てる神あれば拾う女あり。役者志望の女性が現れて彼を支える--はずであるが、彼女は架空の存在ということだ。その後ラブロマンスと再起の物語が展開する。
ラストはミュージシャンの業を感じさせるものだ。素晴らしい演奏ができるのなら、十字路で悪魔に魂を売ることぐらいなんだというのか。かくして愛に背を向けて再び破滅の道へ進むのであった。
このラストには思わず涙目になっちまったい(/_;)

ただ、実際のチェットはどーしようもない人間だったみたいで、ここに描かれたエピソードは彼の音楽のイメージにふさわしく、かなり甘味にコーティングされたもののようだ。
楽器の演奏は現在のミュージシャンが吹いているそう。
納得いかないのは、父親から「オカマのような声で歌う」とケナされた高音の歌声なのに、イーサン・ホーク自身が普通の声で歌っている点だ。ぜひとも再現してほしかった。


「マイルス~」の方となると、ストーリーはもっとハチャメチャだ。実際にあった活動休止の「空白の五年間」に何があったのか、を明らかにするという趣向。その時盗まれた新作テープを探して、銃を振り回し車で追跡劇をしたり暴れたりするアクションもどきになっている。
珍道中のお供は落ち目の音楽ライター(ユアン・マクレガー)であるよ。

主演のドン・チードルに至っては監督・製作も担当というのめりこみ振りだ。
実際にあったマイルスの逸話の断片がちりばめられていて、ファンならより楽しめるらしい。そのせいか客席の9割が中高年男性だった。
トランペットの演奏は実際のマイルスの録音を使用。ラストは時間を超えたセッションnotesとなり、歳取ったH・ハンコックやW・ショーターと《ドン・チードル》マイルスとの夢の共演が繰り広げられる。音楽担当のR・グラスパーも嬉しそうに参加していた。(ついでながらベースの女性がカッコ良かったshine

「ブルー~」との共通点をあげると、特定の期間を取り上げていること以外に、
過去の回想が錯綜する。
妻の活動(こちらはダンサー)を妨害する。
主役のなり切り度高し。
事実をあえて変えている部分も多い。
共演者の支えが大きい。ユアン・マクレガーはユーモラスでいい味出している。「ブルー~」では妻役のカーメン・イジョゴ(「ファンタスティック・ビースト」の議長役でしたな)が非常に魅力的で、評価5割増しにしたくなるぐらい。
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どちらもミュージシャンとその音楽が生み出す、ファンの妄想をそのまま映像にした印象だ。
例え、事実と違ってもどうだというのだgoodと開き直っているようである。確かに、ファンの数だけミュージシャン像は存在するのだろう。


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2017年3月 4日 (土)

聞かずに死ねるか:マイナー・コンサート編 3月版

花粉の季節がやってまいりました~(> <)

*4日(土)チェンバロの魅力5(大塚直哉):神奈川県民ホール小ホール
*5日(日)室内楽の楽しみ アンネ・フライターク氏を迎えて(木の器):近江楽堂
*8日(水)フックスとその周辺(リクレアツィオン・ダルカディア):近江楽堂
*12日(日)ソプラノとオルガンによるチャリティコンサート(野々下由香里ほか):神田キリスト教会
行ってみたいが、電話かけるのが面倒な私(^^ゞ
*17日(金)「ティツィアーノとヴェネツィア派展」記念コンサート1(つのだたかしほか):東京都美術館講堂
*21日(火)国際音楽学会記念演奏会 古楽の夕べ(大塚直哉ほか):東京藝術大学奏楽堂
藝大のホールは立派だけど、古楽アンサンブルには広過ぎなんですよね。
*  〃   フリードリヒ大王の宮廷音楽(前田りり子ほか):近江楽堂
*31日(金)「ティツィアーノとヴェネツィア派展」記念コンサート3:(太田光子ほか)東京都美術館講堂
*  〃  バッハ 無伴奏ヴァイオリン全曲演奏会(桐山建志):近江楽堂
バッハ先生お誕生日10日後記念birthday

これ以外には「古楽系コンサート情報(東京近辺、随時更新)」をご覧ください。

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