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2017年5月

2017年5月21日 (日)

「海は燃えている イタリア最南端の小さな島」:異なる世界の片隅に

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監督:ジャンフランコ・ロージ
イタリア・フランス2016年

ベルリン映画祭で受賞したということでも話題になったドキュメンタリー。
イタリアの端っこののどかな島の生活と、小型船に定員の十倍も乗り、地中海を渡ってきてその近海に流れ着くアフリカ・中東の難民たちの姿を捉える。

難民は直接島に漂着するわけではないから、島民とは接触することはない。唯一の例外が島の医師で、彼はかなりの数の難民の検死を行なうそうである。

島の生活はまるで昭和の日本のよう。島民は漁で生計を立て、ラジオからはイタリア歌謡としか形容しようがない音楽が流れる。一人の少年の日常に密着するが、ネットもゲーム機もなし。廃墟となった家に潜り込み、木の枝を削ってパチンコを作り、戦争ごっこに興ずる。
一体いつの時代だ~(@_@;)

一方、救助を求める難民船に入ったカメラは船の最下層に積み重なる数々の死体をとらえる。生き延びた人々も茫然としパニック症状で震えが止まらなかったり、泣きだしたりする。
こちらの方の映像は極めて衝撃的だ。見ていて冷汗が出る。
しかし、カメラはあくまでも淡々と、決して交わらぬ島民と難民の姿を並行して撮っていくだけだ。同じ時、同じ場所に、両極端に異なる世界が互いに接することなく存在する不思議。

難点は島民の描写に明らかに演出が入っていること。そうすると、この平穏さも作為的に強調されたもんじゃないの?などと疑わしく思ってしまう。
さらに延々と日常生活を撮っているもんだから(スパゲティ食べてるところとか)、退屈過ぎて映画館内を眠気虫が跋扈し、文字通り「沈没」してしまうのであった。
こういう対比が「わざとらしくてイヤng」という意見が出てきても致し方ない。

個人的にはもう少し島の場面を削って短くしてほしかった(上映時間は2時間弱)。ただ、この「退屈さ」こそが監督の意図したところかもしれないが。

第2次大戦中に島の沖を軍艦が通った話が出てきたが、それを考えるとこの島は歴史的に海上交通の要衝にあるのかも知れない。
そういう部分ももう少し知りたかった。


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2017年5月20日 (土)

ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン 2017

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会場:東京国際フォーラム
2017年5月4日~6日

今年のLFJのテーマは「ラ・ダンス 舞曲の祭典」ということで、古楽系の公演も多いのではないかと期待したが、あっさりと裏切られた。
ガイジン勢が2組、国内組が鈴木秀美と中野振一郎だけというお寒い状況だった。これでは、もうテーマの如何に関わらずLFJには期待できないなと思ってしまった。

★「ファンダンゴ・バロック」(No.333)
演奏:テンベンベ
会場:ホールB5
5月6日

メキシコのバロック&民族音楽を演奏するグループで、器楽演奏者4人と女性歌手1人という編成である。もっとも、バロック・ギターを弾いていた輝かしいflair頭の人以外は歌も担当していたもよう。

「ラテン・バロック炸裂impact」というような形容詞は、まこと彼らにこそふさわしい。
スペインの宮廷音楽家だったムルシアの作品やコレッリのラ・フォリアと、メキシコの民謡を全く違和感なくつなげて演奏してしまうのだ。実際、バロック曲が海を渡って当地の音楽に影響を与えたらしい。

そのパフォーマンスは躍動的で力強い。最後の曲では向かい合った男女の求愛ダンスと歌が始まったかと思うと、男性の方が這いつくばってイグアナダンスを踊るのだった。これは会場でウケていた。
さらにアンコールでは、女性歌手が客席にいた若いメキシコ人(?)の関係者を引っ張ってきて、ステージで踊ったりもした。

楽器も珍しいものが登場。リーダーのレオナルド氏が座っている巨大な木箱みたいな楽器の側面には、薄い鉄琴みたいなのが付いていて、これを叩いて演奏する。
また、動物の顎の骨を使ってるらしいリズム楽器やちっこいモスキート・ヴァイオリンなどもあった。

やはりラテン物はご当地の人にかないませんと、ヒシと感じた。もし、再度来日することがあればぜひタブトゥーラとガチンコ対決共演してほしい。もちろん、イグアナダンスに対抗する踊りも用意して、だ(^o^)丿


★「大衆音楽から宮廷音楽へ:パッサカリア、シャコンヌ、フォリア、ミュゼット、タンブラン」
演奏:フィリップ・ピエルロ&リチェルカール・コンソート
会場:ホールB5
5月6日

テンベンベと同じ会場、次の公演は常連のリチェルカール・コンソートだった。
メンバーは4人でピエルロ(ガンバ)以外はR・ツィッペルリング(ガンバ、「ツィパーリング」じゃないの?)、E・エグエス(テオルボ、「エグウス」じゃないの?)、F・ゲリエ(チェンバロ)という顔ぶれだった。

曲目はテンベンベでも登場したムルシア、オルティス、サント・コロンブ、そしてマレとラモーが二曲ずつだったが、その中に様々な舞曲が登場する。
聞きごたえがあったのは、ガンバ・デュオによるサント・コロンブ、そしてマレの「スペインのフォリア」。後者はピエルロの熱演で場内を圧倒した。

同じプログラムの4日の公演はNHK-FMで生中継されたので、聞いた人も多いと思うが、実際に目の前で見、耳の前で聴いてみると、今回のプログラムはピエルロのワンマンバンド、ならぬワンマングループ的な性格が強いものだった。ちと驚いたです(^^ゞ

ゲリエなんかあまり活躍するところが少なくて、勿体ないと思えてしまった。ゲリエ個人のファンもいるだろうから、夜遅くの時間帯でもいいので独演会やって欲しかったな~。

拍手は鳴りやまず、ただでさえ時間オーバーだったが、短いアンコール(フォリアの最終部分)もやってくれたですよshine
曲順がプログラムの記述と変わっていたのに、ハッキリとした案内がなかったのは不親切。一言アナウンスしてくれればいいのに(掲示してあったらしいが分かりにくい場所)。

5日は別プログラムで、さらに奏者が2人増えて、ピエルロはトレブル・ガンバを弾いたらしい。こちらも聞きたかったが、チケット獲得に出遅れて無念であった(;_:)


テンベンベの後に少し時間があったので、無料のエリアコンサートというのに行ってみた。弥勒忠史と佐藤亜紀子による初期バロックの歌曲集である。
同じ時間帯に地下のホールで「栄華のバロックダンス」というのもやっていたのだが、使用楽器がピアノになってるので敬遠した。
プログラムには場所が「新東京ビル」になっているが、当日に国際ビルに変更された。サイトでは修正されてなくて、私は弥勒氏のツイッターで知った。

ビルの一階は高級ショップが並んで入っているような場所で(ほとんど休店日だったもよう)弥勒氏の高音のみが天井にガンガンと反響し、リュートはよく聞こえない状態だった。おまけにロープが張られた正面のみだけしか立てず、横から見ることは許されないので、チビの私はほとんど何も見えないのである。
加えて、背後の自動ドアから人が出入りする度に湿気のある熱風が吹いてくるので(リュートの調弦は大変だったろう)早々に退散した。
やはりタダほど高いものはない、とはよく言ったものよ。


そのうち中止になるのではないかという噂もあるLFJだが、来年は「エグザイル」(亡命)というテーマで無事開催するとのこと。
亡命というか放浪というか、あちこち渡り歩いた音楽家も含むらしいので、ヘンデル先生はピッタリと適合かpass あとダウランドなんかも? バッハがないことは確かだろう。
まあ、期待しないでおく方が精神衛生上よろしいようである。


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2017年5月13日 (土)

「大塚直哉チェンバロリサイタル」:文化の曙光

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ミュージックラボはじめてのチェンバロ むかしの楽器と音楽を楽しむ
会場:ウェスタ川越 リハーサル室
2017年5月3日

これは、NHK-FMの「古楽の楽しみ」でもお馴染み大塚直哉が各地で精力的に行っている、チェンバロ普及活動(多分)の一つのようである。この日の会場は文化果つる地、埼玉は川越であった。

コンサート自体は2時半からなのだが、その前に「チェンバロ解体新書」というレクチャーを45分間やり、コンサート後には「チェンバロを弾いてみよう」という初心者向け公開レッスンを行なったのであるsign01(コンサートのチケットで前後とも聞ける) さらにコンサート直後にはサイン会までやっていたsign03
休憩時間があるとはいえ、午後1時から6時までご苦労さんですm(__)m

私はレクチャーはパスしてコンサートから参加である。
冒頭、カベソンとバードをヴァージナルで演奏した。ヴァージナルって形は小さくともかなり大きな音が出るんですな。
そのまま前半はヨーロッパ諸国巡りといった感じで、各国の作曲家の作品が続いた。前半のシメはヘンデル。一番良かったのはやはり華麗なるクープラン。ウットリと聞いてしまったですよshine

後半は「バッハ家の音楽帖から」ということで小曲をいくつか。そしてイタリア協奏曲へ。
曲ごとに大塚氏は丁寧に客席へ解説をしていた。なんとあまり大きくない会場とはいえほぼ満員だった(!o!) 会場は確かにリハーサル室というそっけない作りだっだが、残響がかなりあり、話す声の方が聞き取りにくいくらいだった。

私は公開レッスンというのを見たことがないので、その後も残ることにした。客は関係者以外はほとんど帰ってしまったようだ。
チラシには定員8名とあったが最終的には受講者は10名であった。年齢順らしく小学生の女の子から開始した。後の方ではピアノを学んでいるらしい学生人や、さらには中年の方も登場した。

ほぼ全員チェンバロは初めてにようで、やはりピアノ譜を使っていくらピアノで練習してきても、いきなりチェンバロに向かうとかなり混乱してしまうようだ。途中で止まっちゃう生徒さんは結構いたし、そもそも鍵盤の位置がよく分からないらしい子もいた。
それと、なぜ難しい曲を選んだ(?_?)と思ってしまう人も。

大塚先生は弾く横で歌を歌いつつなどして熱心に指導。さらには楽譜からオリジナルの楽譜を持ってきて見せたり。もう熱意に頭が下がっちゃうんであります。
また、「バッハは隙間恐怖症」(スキあらば音符を詰め込まないではいられない)とか(うかつにバッハを弾くと)「曲にはじき飛ばされてしまう」などという至言(?)も聞くことができた。

できれば、将来この受講者の中から文化果つる地の埼玉に輝くチェンバロの星fujiが出現することを切に願うぞ!(^^)!
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2017年5月 7日 (日)

映画短評その2

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★「ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち」
監督:ティム・バートン
出演:エヴァ・グリーン、エイサ・バターフィールド
米国2016年

原作は児童文学のファンタジーかな? ティム・バートン節炸裂impactと言いたいところだが、そういうわけではなかった。
導入部がちょっと長い。主人公の少年がペレグリンの屋敷に入ってから、ようやくおなじみ奇妙奇天烈バートン世界が展開する。

しかし、どうも見た後にスッキリしない。この手の設定が複雑なファンタジーというのは、その枠組みを構築して維持し、それに沿ってストーリーを成立させるだけで大変な労力が必要で、息切れ状態になってしまう。
読者や観客の方は、理解しようとするだけで訳ワカラン状態になるのが常。似たようなのが『ライラの冒険』だった。

で、全体の印象はとっちらかって求心力なし--というところか。よく分からんけど、結局ハッピーエンドってことで終わるのであったfujiメデタシよ。

ジュディ・デンチやサミュエル・L・ジャクソン(悪役なのに迫力なし)はもったいない使い方。パイプをふかすエヴァ・グリーンはカッコ良かったが。
それから、ルパート・エヴェレットは全く気付かなかった。エンド・クレジットを見て、えっあの人物なのかい(^^?)状態である。
少年役のエイサ君が、背が伸びちゃってビックリ。成長期の子はあっという間に変わっちゃうね。
過去の映画のパロディがたくさん出て来てたようだけど、分かったのは『シャイニング』と『アルゴ探検隊の大冒険』ぐらいだった。
遊園地の場面に監督本人が出てたよね)^o^(


★「ラビング 愛という名前のふたり」
監督:ジェフ・ニコルズ
出演:ジョエル・エドガートン、ルース・ネッガ
米国2016年

異人種間の結婚を違法とする法律が1950年代の米国には、州によって存在していたsign03とは驚きだが、それに対して裁判を起こした夫婦がいた。最高裁で勝訴するまでが描かれる。

一貫して夫婦愛だけをピンスポット的に取り上げていて、背景の社会の動き(公民権運動とか)は意図的にカットされている。そこが「声高に差別を訴えない」として好評だったようだ。
だが、一方で背景が描かれていないとよく分からないところがあって隔靴掻痒の感がある。

1人目の弁護士は売名行為で声を掛けてきた? ワシントンになじめなかった理由はなんなのか? バージニア州に戻ってきて隠れ住んでいたのに逮捕されなかったのは何故? 子どもを学校にやってたらバレるんじゃないのか。
……などなど表で語られなかった部分が多数あるように思える。

そんな部分を主役の二人の演技が救っているようである。ジョエル・エルガートンは外見はほとんど変わっていないのに、若い時の朴訥とたイメージから中年になって頑固おやじ雰囲気を醸し出している。ルース・ネッガはそれを支えるしっかり者の奥さん風。二人ともアカデミー賞候補となった。ヨカッタgood


★「パッセンジャー」
監督:モルテン・ティルドゥム
出演:ジェニファー・ローレンス、クリス・プラット
米国2016年

なんだか珍品SFを見せられたという気分。いや、SFにもなってない「SF未満」であろうか。

120年もかけた宇宙旅行。その間、大勢の乗客はコールドスリープしているのだが、なぜか一人だけ早く目覚めてしまった男……なんと残り時間90年(☆o◎;)ガーン!! こりゃないよ~と驚くのは当然だろう。
前半『シャイニング』や『2001』の引用が出てきて、心理サスペンス的展開になると思いきや、恋愛もの→アクションという予想外の方向に行ってしまうのだった。

さらに、元々結末は違ったのを変更したんじゃないかという疑惑も出現。船長にアンディ・ガルシアをキャスティングしておきながら一瞬しか登場しないのである。

実際結末まで見ると、これじゃあ別の案があったのだったらそっちの方がよかったのでは?と思ってしまう。ところが、とあるサイトで紹介されてたオリジナルの結末は、予想をはるか斜め上を行くトンデモなものだったのだ。こりゃ、SF未満どころか「超SF」だいっtyphoon

宇宙船の造形は面白いし映像もキレイ。比べて、宇宙船内のデザインは平凡。船員の制服はスタトレか(?_?)
主演のジェニファー・ローレンスとクリス・プラットがもったいなかった。

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2017年5月 6日 (土)

「未来を花束にして」:参政権ないぞ、議会逝ってよし

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監督:セーラ・ガヴロン
出演:キャリー・マリガン
英国2015年

今から100年前英国で起こった婦人参政権を獲得するための闘争を、一人の平凡な女工の存在に仮託して描いている。ヒロインが参加することになった運動は中でも過激に先鋭化した急進派だと思われる。なにせ爆弾作って爆破事件まで起こすんだから。それ以外の団体は登場しないので運動の全体像は分からない。

工場でのセクハラ事案、母親には親権がないとか、ヒロインがハンスト中に食物を流し込まれる場面など見ていてへこむ。さらに運動に参加する女たちに投げつけられる誹謗の言説は、現在とあまり変わらないのでウツになる。
その割には主な男性陣(ブレンダン・グリーソンの警部、ベン・ウィショーの夫)がひどい奴には描かれていないので、男性も安心してご覧いただけます(^<^)
そのせいか、観客の男女比が半々だったのは意外であった。

メリル・ストリープが出演時間は短いながら、存在感たっぷり。あれ以上長く出てたら助演女優賞候補になっちゃったりしてflair
彼女の扮するパンクハースト夫人はアジ演説で「もう50年も待った。私たちはこれ以上待てない(*`ε´*)ノ☆」と檄を飛ばす。
それにならって、現代日本を顧みれば「保育園落ちた、日本死ねpunch」から一年余。未だに改善されていないのだから、もう待てん<`ヘ´>やはり爆弾でも作るしかないのだろうか。

邦題が原題に比べて詰まらないというので、ネットの話題になったが、この手の邦題の最大の問題は当たり障りの無さから「後で思い出せなくなる」「区別が付かなくなる」ことである。「花束を未来にして」とか「未来へ花束から」でもなんら変わらないのだ。

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2017年5月 3日 (水)

映画短評

最近どうにも忙しくて、土・日曜にもブログ更新できないことが多々あり。未だ書いていない映画の感想が増えていく一方である。ただ、一旦書き始めると今度は長くなってしまう。困ったもんだ( -o-) sigh...
そこで書きそこなっていたのをここにチョコチョコと書きたい。

★「ガール・オン・ザ・トレイン」
監督:テイト・テイラー
出演:エミリー・ブラント
米国2016年

3人の女をめぐるサスペンス。一見幸せそうに見えても実は……と数組のカップルの醜い真実と、「家庭」なるものの虚無が露わになってくる。
中心となるエミリー・ブラントのヒロインはアル中で挙動不審、陰々滅滅な展開で引っ張っていくが、ラストで呪縛が解けてなんとか救われた気分になる。
原作は読んだことはない。小説なら3人の女たちを立場をじっくりと描けたんだろうと想像できるけど、映画ではそうはいかぬ。なので、ラストがやや性急な印象だ。

とはいえ113分間、見ごたえあり。
メガン役のヘイリー・ベネットは顏も雰囲気もジェニファー・ローレンスに似ている。役柄も年齢的にちょうどローレンスにぴったり合ったものだ。(当て書きした?)
ルーク・エヴァンスはイヤな男がよく似合うのう(^O^;)


★「五日物語-3つの王国と3人の女」
監督:マッテオ・ガローネ
出演:サルマ・ハエック
イタリア/フランス2015年

『ゴモラ』『リアリティー』のガローネ監督が、なぜかファンタジーを作った(^^?)
原作は17世紀初めに書かれたナポリの民話集とのことで、3話のオムニバス形式になっている。ただ、使用言語はイタリア語じゃなくて英語なんである……。

美しくて残酷なファンタジーshine だがここには萌えとかフェチとかロマンとか一切なく、そういうものに全く拘泥していない。あたかも『パンズ・ラビリンス』からオタク要素を抜き去ったような作風である。ただただ冷徹だ。

ロマンスに憧れる姫がドジな父王の失態で「鬼」にヨメにやられてしまう物語は、「ゲーム・オブ・スローンズ」の異民族(野蛮な)の王との政略結婚を思い出させた。このエピソードの教訓は「幸せは自分で勝ち取らなければダメng」ってことだろうか。
関係ないけど、このお姫様が弾いてた楽器はビウエラかね?

世界遺産になっている城など古い建築の映像も美しい。


★「ミス・シェパードをお手本に」
監督:ニコラス・ハイトナー
出演:マギー・スミス
イギリス2015年

ホームレスのオバサンに軒を貸したら、なんとそのまま15年(!o!)
劇作家が実際に体験した話を芝居にし、さらにそれを映画化したものである。主演の二人は舞台と同じ役者らしい。
予告やあらすじだと感動系の話だと思ってしまうが、全く違う。実際にはかなり辛辣で皮肉たっぷりの英国風ユーモアに満ちている。

見ていて、ミス・シェパードがどうしてピアノを禁止されたのか今一つ分からなかった。ともあれ、彼女を演じたマギー・スミスの演技にひたすら感服。若い女優が束になってもかなわないという印象だ。さすがである。

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