« 「遠藤利克展 聖性の考古学」 | トップページ | 聞かずに死ねるか:マイナー・コンサート編 9月版 »

2017年8月27日 (日)

「哀しきよろこび」:背中は見えども音は遠い

170827
フランスの古歌を旅する
演奏:夏山美加恵ほか
会場:近江楽堂
2017年8月10日

サブタイトルの通り、中世からルネサンスのフランス世俗歌曲コンサート。
古くは吟遊詩人アダン・ド・ラ・アル、マショーから始まり時代順にバンショワ、オケゲム、セルミジ……などが続く。ラストはゲドロンである。

歌手は各声部一人ずつで、それに器楽がフルート、ヴィオール(とフィーデル)、リュートの3人だった。テノールの及川豊やバリトン根岸一郎は他のグループでもおなじみだ。
楽器は中世とルネサンスを使い分けていて、その境目がバンショワとデュファイの間というのが興味深い。二人とも生年は同じなのだが。
中世リュートというのは初めて見た(聞いた)。ウードと同じような長細いバチを使って弾いていた。ウードはリュートの祖先というから、バチも似ているのかね。

全体に雅な雰囲気で、サンドランの「甘い思い出」とそれに対するセルトンの返歌「よろこびは去った」なんてのもあるのが、平安時代の和歌のやり取りみたいでますます宮廷っぽい。
ステージは真ん中に設定されて、楽器の奏者も歌手も円形に座っている。客はさらにその周りを取り囲むように座るようになっていた。曲ごとに歌手は立って位置を変えたりしつつ歌うという次第。

ただ、この方式は眺める分にはいいのだが聞くことについては、どこに座るかでかなり違ってくるのが難である。特に楽器は位置を変えないので、リュートを奏者の背後から聞く羽目になったりする。
歌手についても同様で、曲によって歌う位置を変えることによって、聞こえ方の均等性を保つのは難しくなる。歌手としての技量を試されてしまう羽目になるだろう。普通に壁の片側にステージをセッティングしていればもっと「音楽」が届いたかもしれない。(近江楽堂は不均等な8角形、でいいのかなsweat01

まあ、なんでこんなことを言うかというと、最初に座った座席の側に演奏中にひっきりなしにチラシやプログラムをバサバサしているヤツが複数いて移動したからであるannoy で、場所を移ったら聞こえ方が全然違うので驚いたのだった。
全体の構成は面白かったので、そこが残念な点だった。

いつもはエアコン効きすぎで寒い近江楽堂、なぜかこの日は珍しく暑かった。中央部にある楽器にエアコンの風が直接当たらないようにするため(?_?)かな。


|

« 「遠藤利克展 聖性の考古学」 | トップページ | 聞かずに死ねるか:マイナー・コンサート編 9月版 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/82416/65717368

この記事へのトラックバック一覧です: 「哀しきよろこび」:背中は見えども音は遠い:

« 「遠藤利克展 聖性の考古学」 | トップページ | 聞かずに死ねるか:マイナー・コンサート編 9月版 »