「セールスマン」:ショウ・マスト・ゴー・オン それでも芝居は続く
監督:アスガー・ファルハディ
出演:シャハブ・ホセイニ、タラネ・アリドゥスティ
イラン・フランス2016年
『ある過去の行方』をフランスで撮った後、再びイランへ戻ったファルハディ監督、この新作はトランプ大統領の移民政策がらみで、アカデミー賞の外国語映画部門受賞の際にも話題になった。
冒頭、マンションの倒壊事件が起こってその住民だった夫婦が、住居探しを始める。知り合いに紹介してもらったマンションの一室に入居するが……前の入居者の荷物が残っていたりなど、どうも不審さが漂う。
そんな時に妻のレイプ事件が起こる。夫はいきり立つが、妻は警察には行きたくないと言い張る。やり場のない怒りに彼は自分で犯人探しを始める。
夫婦の思惑は常に行き違いすれ違い、修復不可能なほどの亀裂が生じる。二人は夜、所属する劇団でA・ミラーの『セールスマン』でやはり夫婦役を演じているが、劇の顛末が二人の関係を暗示しているのだろうか。
見てて、息苦しい((+_+))つらい(>_<)倒れそう_(:3」∠)_
唯一の息抜きは、女優の子どもと子猫(カワユイ)が登場する場面ぐらいだろう。
とはいえ、教師の夫の授業風景、乗合タクシーでの会話、冒頭の倒壊場面と終盤が重ねあわされていること(これは他の人の指摘で気付いた。ボーッとしております(^^;ゞ)など、脚本も担当のファルハディ監督は用意周到に亀裂を浮かび上がらせていく。
ネットの感想で「夫の怒りは妻を思っているのではない。彼自身の尊厳が傷つけられたからだ」という意見があって、これは大いに納得だった。
サスペンス場面の描写もなかなかにコワイ(ドアが開くところとか)。チラシに使われている場面も、緊張を醸し出す画面の分割具合が完璧である。ヒロイン役のタラネ・アリドゥスティが「監督は完全主義でキビシイ」と語っていたが、なんとなく分かるような。
ただ、唯一の問題は犯人像である。冷静に考えればとても犯行を実行できるとは思えないんだが……。
さて、妻が警察沙汰を断固拒否したのは、イスラム社会の厳格さが原因だという意見を幾つも見かけた。しかし、本当にそうだろうか?
--ということで、この手の犯罪対処に関して「先進国」でありそうな米国の事例を見てみよう。
『ミズーラ』(ジョン・クラカワー)によると、性暴力にあって警察に届け出る人の割合は20%だという。つまり残りの80%は届け出ていないのである。なお、この本は大学町でフットボールのスター選手によって起こされたレイプ事件を扱っている。もちろん周囲からは非難轟々であった……訴えた女性の方が。こんなんではとても訴える気にはならないだろう。
一方、日本ではとある統計によると被害にあって他人に相談する人は半数以下。さらに警察に届けるのは4.3%だという。
全くもって、この映画は他人事ではないのである
そういや、大昔に友人が「レイプにあっても絶対警察には行かない」と断言していた。その時理由は聞かなかったけど。(警察への不信か)
イラン国内問題としては、むしろ劇団の内部事情の描写の方が厳しい。検閲官が来るとか、シャワーを借りてたという設定の隣人女性役のセリフが見た目とかけ離れていたりとか、辛辣である。
(この文章を書いてて気づいたんだが、「シャワー」の部分も事件と芝居を重ね合わせてるのかね?)
トランプ騒動の余波で賞が取れたなどという意見もちらほらあるが、いずれにしろファルハディは次作も要チェックな監督であるのは間違いない。
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