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2018年4月 9日 (月)

「デトロイト」:ミッドナイト・モーテル 暴動の響き

180409
監督:キャスリン・ビグロー
出演:ジョン・ボイエガ
米国2017年

おお、久しぶりの社会派バリバリのドラマだ~shine--と期待して映画館に駆け付けたのだが、それは全くの見込み違いであった。

1967年に起こった黒人暴動を背景に行われた警官3人+警備員1人による事件。多くが存命中の各人の証言を元に復元(?)されているので、不明瞭な部分は不明瞭なままなのである。裁判沙汰になったのだから、ウッカリしたことは言えないだろうから曖昧になってしまうのは仕方ない。
ただ、映画の方も不明瞭になってしまっては元も子もないのではないか。

例えば、警備員(黒人)が持ち場から離れて、犯罪の舞台となったモーテルまで行ってウロウロしていたのはなぜなのか。いくら暴徒を警戒するったって、やり過ぎでは(?_?)と思っちゃう。

それから白人警官たちが発砲事件尋問で行う「死のゲーム」も謎である。これはそのモーテルにいた全員が発砲を見たという仮定でなければ成り立たない。
早い話が、たまたま「死人」役の男が実は単独で隠れて発砲してたのだったら、他の者は何も知らないのだから、長い時間かけて幾ら脅しても無駄である。
となれば、このゲームは単にその場にいた住人たちをいたぶるためにやっていたに過ぎないのでは?……というような当然の疑問については、この作中では言及されない。
「玩具の銃」についてもよく分からない。

煮え切らない証言をそのまま再現した映画は、煮え切らないままに終了するのである。
別に唯一の「正解」を求めるわけではないが、「えーと、あなたのお考えではどうなんで?」と作り手側に聞きたくなっちゃう。

さもなければ、これは尋問に合った黒人たち(+白人女性2人)の理不尽な恐怖だけを観客に体験させるものなのであろうか。だとしたら、社会派風に見せるのはやめてホラー映画だと言っていただきたい。

ただ、尋問場面をウリにするには前半が長過ぎだった。
それと群像劇の形を取っているが、視点が分散し過ぎてとっちらかっている。心情を描くのは歌手だけにしといた方がよかったのでは?

過去に見たビグロー監督の作品(「ハート・ロッカー」「ゼロ・ダーク・サーティ」)いずれもやはりおなじ印象を受けた。
どうも、ビグローとは相性がよくないようだ。

日本ではアカデミー賞候補確実flairと見込んで時期をずらして公開したようだが、残念ながら全く候補に入らなかった。そもそも米国では全くオスカー狙いではない早い時期の公開だから無理だったろう。
「悪い警官」役のウィル・ポールターは助演男優賞にノミネートされてもよかったかも。でもサム・ロックウェルと役柄がかぶっちゃうから、どのみちダメだったろうね。


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