« ラ・フォル・ジュルネTOKYO 2018 | トップページ | 「ギエルミ・アンサンブル」 »

2018年5月25日 (金)

「リメンバー・ミー」(字幕版):ノー・ミュージック、ノー・ライフ 瞼の爺

180525
監督:リー・アンクリッチ、エイドリアン・モリーナ
声の出演:アンソニー・ゴンサレス
米国2017年

ふと気付いたら2カ月間も日本の映画興収ベスト10に入り続けた本作、さすがピクサーだ……というより、日本人こういうのが好きなんだなあ(!o!)なんて思っちゃいました。

『ブラックパンサー』が全編アフリカ押しだったのと同様、こちらは完全「メキシコ押し」。舞台やキャラクター、声を演じる役者もみな完全統一だ。

少年ミゲルは家業の靴屋より音楽をやりたいが、なぜか家では音楽はタブー。原因は大昔にミュージシャン目指して妻子を捨てた爺さんの爺さん(曾々爺さんてことですね)にあった。
彼はひょんなことから死者の国に迷い込み、曾々爺さんを探す羽目になる。

今回の特徴は鮮やかなネオンカラー。当地のお祭り「死者の日」や死者の国の描写で、ふんだんに美しく使われている。
もう一つは人物の顔の造形だ。『トイ・ストーリー』から幾歳月。昔は人間や生き物は今一つな出来だったが、ここでは本物の人間よりも(?)表情豊かだ。男の子が大人に対して不満を抱きムッとした顔をするあたりはお見事。こちらに感情が伝わってくる。
曾ばあさんのシワシワな顔の変化も見どころだろう。

死者の国では過去に亡くなった親類縁者がホネホネ状態で生活(?_?)している。伝説の大物スターの大邸宅には警備員がいて--というところで「この死人たち、生きてる時も警備員だったのかしらん」などと思ってしまった。あの世に行っても働かなきゃいけないのかいsweat01

本作はアカデミー賞の長編アニメーション賞と歌曲賞を獲得した。公開前にTVでアカデミー賞の中継を見た私は「なんかパッとしない曲だなあ」と正直思った。セットは作中のコンサート場面を復活させてて(というのは映画鑑賞後に分かったが)豪華だったけど、曲自体はかな~り地味である。事前の下馬評で受賞確実crownだったというのが疑問だったほどだ。しかし……

私が悪うございましたm(__)mガバッ

終盤で改めてこの歌が使われる場面になって、もう号泣である(T^T) 客席を見回すとみんな泣いていた。映画見てこんなに泣いたのは久し振りである。泣かすな、バカ~annoyと言いたくなるぐらいだ。また、そこまでと違って素朴なトーンで歌われるのもいい。
てなわけで、涙のラストが全てのわだかまりを押し流したのであったよ。

靴屋か音楽かみたいな強制をする「家」とはどんなものよngという意見を見かけた。確かに、「昼は靴屋で、夜は流しのギター」に変身してもいいんじゃないかと思う。ラストでは靴屋やめちゃってたっけ? そういう極端な家に生まれたという設定かも)^o^(
ただ、曾々爺さんは音楽の道あきらめて戻ってきても、きっと2、3か月もするとムズムズしだしてまたどっか行っちゃう可能性大と見た。

犬のダンテと猫(名前忘れた)は何者(^^?)

字幕版で見たのだが、少年が逃走中に死者男の腕だけ持って先に来ちゃう場面、予告でもやっててその時はセリフがジョークっぽい訳で(確かこっちも字幕?)笑わせたはずなんだが、本編では普通の訳になってた。残念である。


冒頭上映の短編は「アナ雪」の、短編というより番外編(20分近くある)だった。布の感触とか素晴らしかったが、もっと寒い時に見たかったですよ(+_+)


|

« ラ・フォル・ジュルネTOKYO 2018 | トップページ | 「ギエルミ・アンサンブル」 »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/82416/66757387

この記事へのトラックバック一覧です: 「リメンバー・ミー」(字幕版):ノー・ミュージック、ノー・ライフ 瞼の爺:

« ラ・フォル・ジュルネTOKYO 2018 | トップページ | 「ギエルミ・アンサンブル」 »