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2018年10月10日 (水)

「ROMEO&JULIETS ロミオとジュリエットたち」:五重人格、ならぬ五倍人格

181010
演出振付:金森穣
出演:Noism1+SPAC
会場:彩の国さいたま芸術劇場大ホール
2018年9月14日(金)~16日(日)

どうもダンスの公演は苦手なのである。見ていると「ダンサーのこの動きの意味はなんなのだ?」なぞと考え始めてしまい、目の前のステージに集中できない。音楽を聞いている時はそんなことにならないのだから、多分受容しているのが右脳と左脳(どっちがどうなのか忘れた)、部位が異なるのであろう。

しかし、この公演はSPACも出ていて「劇的舞踏」と銘打たれているのだから、きっと演劇の成分も多いのだろうと考えて、行ってみることにした。
ノイズムと金森穣については「えーと新潟のりゅーとぴあの……」ぐらいの知識しかなかった。完全シロートですいません(@_@;)

さらに知らなかったのは、今回の作品がシェイクスピアの戯曲というよりプロコフィエフのバレエを元にしているということ。当然、使用する音楽もこちらから取っている。バレエの世界にも疎いので、オリジナルの存在自体初めて知ったのだった。

そんなシロートの感想である。
背景の設定は病院で、登場人物は患者か看護師・医者であり、同時に「ロミオとジュリエット」の役と重なっている。役者は芝居のセリフを喋るが、ダンサーが割り当てられている役は当然セリフはない(字幕が出ることもある)。

ロミオを演じているのはSPACの役者で、車椅子に乗っている患者という設定なので、行動には制限がある(多くは看護「婦」に押してもらっている)。逆に話すことについては能弁--というより、話すことしかできない。ほとんどの場面で彼は行動面からは傍観者である。
唯一、ティボルトを殺す場面は例外だが、それも混乱に巻き込まれウロウロしているうちに成り行きでヤッチマッタ(>_<)ような印象である。

対するにジュリエットは、タイトルが「ジュリエットたち」となっているように、なんと5人の女性ダンサーによって踊られる 彼女はロミオとは逆に、喋ることができず手話で意志を周囲に伝えるしかない。
その言語として発せられない若い感情は爆発するように身体の動きとなって、舞台中に噴出し吹き荒れる。しかも5倍のパワーをもってだ。これは強烈である。

一方で、両親に対しては結婚を勝手に決められても反論する言葉を持たず沈黙し、ただ不満そうな様子を見せて立ち尽くすのが精いっぱいな14歳の小娘なのである。その対比が痛々しい。

ジュリエットに仮死の薬を渡す神父は病院の医者であり、しかも身体が半分機械のマッドドクターっぽい。
看護「婦」役は3人いて--これが昔のモロに「看護婦」といういでたちなので、あえてこう書くのだが--2人は役者が演じており、それぞれ胸と尻にパッドを入れてありえないほど戯画的に強調している。
対称的にもう一人は女性ダンサーで、セリフはなく機械のような動作を見せて、どうやらロボットらしいのだ。このダンサーが実にスラリとしていて美しく動きも鋭くかつ佇まいは優雅で、思わず見入ってしまった。とても私と同じ人間とは思えねえ~(>O<) 後で配役表見たら看板ダンサーの人なのね。納得です。

若者二人の悲劇は芝居の通りに進行するが、さらにその後、外郭の「病院」でも悲劇的結末が付け加えられる。
これを解釈するなら、こうなるだろうか。
言葉に障害を持つ少女と車椅子の若者が患者同士で恋に落ちる。これまで若者の最も傍らにいた看護ロボットは彼に恋していたが、それをただ眺めるしかない。若者が少女の後を追うように亡くなった時、ロボットもまた自らの存在の範疇を超えて死へと向かう。

しかし、言語でこのように語ってもあまり意味はない。--というぐらいに感情を揺さぶり視覚的インパクトがあった。
ただ、舞台上の情報量あり過ぎで一度見ただけではとても「見た」とは言い切れない状態である。
私は彩芸の大ホールはよく知らなくて(音楽ホールはよく行くが)H列の座席を取ったらなんと前から4列目であった。これでは全体を俯瞰できない。ステージ上だけでなく、奥の方にスクリーンがあって、セリフの字幕が出たり、4分割画面で観客からは見えない部分が映し出されたりして、そちらも見なくてはならなかったのに。もっと後ろの席にすればよかったと後悔した。

ところで、シェイクスピア作品で舞台設定が病院というと、昨年に東京芸術劇場で見た『リチャード三世』もそうだったのを思い出した(周囲の壁が崩れる所も似ている)。
シェイクスピアには病院がよく似合う……のか

以下は余談。「大公」はスクリーン上に単純な黒いアイコンと共に字幕のセリフが出るだけなのだが、なんか「悪の帝王」みたいで笑ってしまった(^◇^)
ジュリエットの母親が「私がお前の歳には、お前を産んだのですよ」と娘に言う場面があって、「ということは母親はまだ28歳……」と感想を書いてた人がいた。しかし、その後でアレサ・フランクリンは12歳で子どもを産んだというのを知って、ビックリして腰を抜かしそうになった。

私が見たのは金曜日の公演だった。最初は他に予定もなかったので平日でいいやと思ってチケットを買った。だが、その後から昼間に初台でのコンサートが入ってしまい、新宿経由で与野まで急いで移動するはめに。
夕方の新宿駅のホームは電車が20分遅れとかで、人があふれていて通勤客と観光客でごった返し、前にも後ろにも進むこともできぬ阿鼻叫喚の騒ぎ 通勤で使う人は毎日こんななのか。ご苦労様です_(_^_)_
これじゃ、さいたま劇場へ平日夕方に都心から行くのは大変だとヒシと感じた。

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