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2019年2月20日 (水)

「ホイットニー オールウェイズ・ラヴ・ユー」:成功と醜聞は表裏一体

190220a 監督:ケヴィン・マクドナルド
イギリス2018年

ホイットニー・ヒューストンといっても、活躍してた当時は歌手としてはあまり関心がなく、ラジオやMTVでよくかかっていたのを漠然と聞き流していた程度だった。
個人的には音楽面より映画『ボディガード』の出演がハマリ役で印象が強い。ただ、ケビン・コスナーの方が株の上昇度は大きかったかも(人気が決定的となった)。
従って、その後のスキャンダル(夫のB・ブラウンがらみ)や2000年代に入ってからの凋落ぶり、さらには突然の死についてもあまりよく知らない。風の噂に聞く程度であった。

そんな彼女の生涯についてのドキュメンタリーである。監督のケヴィン・マクドナルドは『ラストキング・オブ・スコットランド』で知られるようになったが、過去にドキュメンタリーもよく撮っている。実は見たのも忘れていたのだが、『敵こそ、我が友 戦犯クラウス・バルビーの3つの人生』が、今回の作品に一番近いかも知れない。

ホイットニーと言えば、モデルやっていたというぐらいの容姿で、周囲に母親や親戚のディオンヌ・ワーウィックなど歌手として活躍してる者も多いということから、てっきり音楽ファミリーのサラブレッドのような印象を持っていた。しかし実際は全く違っていた。
母親はバック・ヴォーカリストとして巡業の日々で不在、子どもの頃は兄弟と共に他の家へ預けられていたというツラいものである。

ようやくレコードデビューを果たすも、回りは猛母、金に細かい父(マネージャーをやっていたが決別)、ダメ兄とドラッグ兄に囲まれ、結婚したボビ夫はDV野郎であった。
そんな身近な人物のエピソードをインタビューによって容赦なくほじくりかえしていく。ナレーションもなく後は過去映像をかぶせるぐらい。まことドキュメンタリーのお手本のようで、その容赦ない手腕に感心する。これで遺族公認とは驚いてしまう。

いくら稼いでも周囲に金がジャブジャブと流れ出していき、父親とは訴訟騒ぎ、無二の親友とは結婚後疎遠に、タバコにドラッグ、一人娘は不安定、歌唱力も低下--と全てが悪い方向に転がっていくのであった。

2時間強の長さだが途中でだれることもなく、最後に衝撃の事実に至る。これは米国で出ている伝記本にも書かれたことがない話らしい。見終わった後なんともいえない気分になった。

『ボディガード』で彼女には輝かしい華があったのは確か。日本でも大ヒットして満員のロードショー館で見た。あのイメージが残っている。
考えてみると、ミュージカル出身以外の歌手で当時映画に出て大成功した数少ない例かも知れない。プリンスもマドンナもうまく行かなかった。音楽と映画の両方で活躍する人はいるが、どちらか片方にギャップがある。最近ではレディー・ガガくらいだろうか。
なお、あの大ヒット曲「オールウェイズ・ラヴ・ユー」は実はカントリー・ソングで、最初に作曲して歌ったのはドリー・パートンだったそうだ。小林克也の番組でD・フォスターが話しててビックリ。知らなかった

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こうして見ると、彼女の生涯はほとんど「山岸凉子」案件だと気付いた。山岸マンガの登場人物に彼女はピッタリと重なる。猛母、強権父、家庭の不和、DV、児童虐待、離婚などなど、短編でもよく取り上げられた要素がテンコ盛りである。そのまま山岸凉子が彼女の伝記を描いてもおかしくないほどだ。

多くの山岸作品では、特別な能力を持つ天才や異才が共同体の中で自らの力を発揮しようとして成功する、あるいは挫折するという構造が中心となっている。その行く手を阻むのは共同体内の軋轢であり、決して同等の才能を持つライバルではない。
かつて、橋本治はそれを「主人公とその従者」という観点で分析したが、後の作品からは「従者」がいなくなってしまった。
今連載中の『レベレーション』でも主人公のジャンヌ・ダルクを支える従者はいない。これから火刑に向かって暗い坂を転がり落ちていくだけのジャンヌの姿に、ホイットニーが重なるのである。

 

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