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2019年2月 8日 (金)

「メアリーの総て」:美女と怪物 天才と俗物

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監督:ハイファ・アル=マンスール
出演:エル・ファニング
イギリス・ルクセンブルク・米国2017年

言わずと知れた「フランケンシュタイン」の作者メアリー・シェリーが、作品を生み出すまでの物語。といっても執筆したのは18歳(これでホラーとSFの元祖な小説を書くとは大したもん)という若さなので、その描かれている年数自体は短い。

ここでの若きメアリーはヒラヒラした長い金髪で、墓地で墓石に寄りかかって夢見るように文章をノートに綴る--と、これぞ文系女子の憧れを凝縮させた姿で登場(#^.^#)
父親は堅実な文化人ながら義理の母親とはうまく行かず。悶々とする彼女の前に現われたのが今を時めく詩人のシェリー--なのだが、どう贔屓目に見ても「ちょっと、そこのお嬢さん、そいつ絶対ボンクラ男だからやめとき」とオバサンモードになって小一時間は説教したくなるようなヤツなのだった。

従って、見ててメアリーが一体彼のどこに惹かれたのかよく分からない。「シェリーはシェリーだからいい」としか描かれていない。極端に言えば、家から連れ出してくれるなら誰でもよかったんじゃないのと思っちゃう。
彼に付いて行ったはいいが金が尽きるし、悪い友人が出入りするしで散々である。

一緒に家出した義理の妹クレアの縁で、バイロンの別荘へ。この状況に集う三人の男を紹介すると--
*バイロン:軽薄でムラ気、何も考えていない。
*シェリー:言葉だけで実(じつ)がない。
*ポリドリ:真摯だが面白みがない。
となる。
点数付けると、外見・性格を共にポリドリが一番になっちゃうのが困ったもんだ。
伝説化したあの「ディオダディ荘の怪奇談義」もなんだかよく分からないうちに、バイロンにまとめられちゃって終了である。
全体的に直球過ぎてひねりなし、盛り上がりに欠けたままだった。かなりの長さのはずの『フランケンシュタイン』もあっという間に薄いノートに書いちゃうし、夫のシェリーも改心しましたよ\(^o^)/で終了--ではなんとも面白味に欠ける。

ロクでもない男たちに邪魔されつつも、なんとか『フランケンシュタイン』出版にこぎつける彼女の才能と努力を称揚し、女性パワーを描くのはいいけど、その割にはクレアの描き方はひどくないか? メアリーにくっ付いてるだけの、まるっきり粗忽で愚かなミーハー娘扱いである。

監督はサウジアラビア映画『少女は自転車にのって』のハイファ・アル=マンスールである。
えー、母国出てこういう作品を撮ったんだ。男に行動を妨害されても頑張る女を描くという点では一致しているかもしれないけど……。

エル・ファニングは18歳の閨秀作家(←死語)という年齢的にもピッタリな役であった。美少女だし ポリドリ役はただ今『ボヘミアン・ラプソディ』でも評判のベン・ハーディ、好感です。

なお、この映画を見た人は是非ケン・ラッセルの『ゴシック』も見ていただきたい。何せ、こちらはバイロンがガブリエル・バーン、シェリーがジュリアン・サンズだっ ポリドリ役のティモシー・スポールは残念無念だけどな。
『ゴシック』は一度目は恐怖におののき、二度目以降は笑えるという一粒で二度おいしい作品であるよ。ただソフト出ているか不明……(ーー;)

なお「『フランケンシュタイン』は過去の名作をつなぎ合わせただけの小説だ」というような意見を見かけたが、過去の映画をパクリまくってつなげたような作品で評価を得た映画監督もいるんだから、いいんじゃね=^_^=

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←やはりビデオ再生専用機、買うべきか。

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