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2019年4月22日 (月)

「天才作家の妻 40年目の真実」:ベスト・カップル ぺンとしゃもじは一度に両方握れない

190422監督:ビョルン・ルンゲ
出演:グレン・クローズ
スウェーデン・米国・イギリス2017年

予告や事前情報を見て、妻が書いた作品を夫が横取りしたような話かと思ったが、実際には少し違っていた。

夫婦は元々、教授と教え子という関係でどちらも作家志望である。しかし、妻の方が文章がうまく有望視されるも発想がうまくないということで、夫が着想と編集者、妻が文を書くという分業体制を取り、夫の名で出した小説は幾つもベストセラーとなる。
遂にノーベル賞を取ることになり、ここで妻の方が爆発するのであった。

しかし、この設定にはどうも無理がある。若い頃には妻が執筆している間、ダンナの方が家事や育児(ついでに浮気も)してたというのに、年取った今では彼はあたかも自分が書いた(心からそう思い込んでいる)ようにふるまっているのである。

しかも今では日常生活が何事もルーズな夫はケアや家事を妻の方に頼りきりだ。この事自体は老年夫婦にはよくある光景だが、その逆転はいつ起こったのか。彼は一度病で倒れてその後は半ば引退生活を送っているようだから、その時からなのか。
いずれにしろ若かった時の輝きはもう存在はない。

とはいえ、全体のタッチは深刻ではなく下世話で軽妙。夫婦ゲンカしては何か起こってうやむやになり……を繰り返す。他所の家の夫婦をチョイと覗き見する気分である。ラストの大ケンカは手持ちカメラでグルグル回って撮り、これでもか👊と迫る勢いだ。

ここに至って、私が期待していた「小説家の業」みたいのは関係ない、いやそもそも作家じゃなくても成り立つ話だと理解したのであった。
早い話、この夫婦の家業が「町工場」とか「パン屋」でも全く構わない。夫婦で作り出した独創的なパンを発売して評判になりコンテストでも賞を取ったパン屋の亭主が、「いやー、ウチの女房はパンに触りもしない」などと喋ったらどうなるか、という事である。

ただし役者は素晴らしい。グレン・クローズは惜しくもオスカー逃したけど、取ってもおかしくない迫力。相手役のジョナサン・プライスは本当にイヤ~ンな加齢臭漂ってくるような見事なオヤヂ演技だった。
ルポライター役をやったクリスチャン・スレイターはいつの間にかG・オールドマン風狡猾さを身に着けていて、これもよかった。

まあ、全体としては私の期待とはズレていたんで仕方ないってことですね。
ラストシーンはまだ自分で書く気マンマンとも解釈できるが、どうなのだろうか。だって一番おいしいネタが残ってるじゃないの。

 

作家の夫婦って難しい(円満な人もいるが)。日本だと高橋和巳・たか子、生島治郎・小泉喜美子あたりが有名だろうか。後者は夫が妻の才能を恐れて書くのを禁じたという噂もある。
T・S・エリオットはそれこそ「妻が半分書いた」説があり。以前見た映画『愛しすぎて 詩人の妻』では完全に悪妻になっていた。

最近明らかになったのは、井上光晴の奥さんである。彼が締め切りに追われた時に代理で短い随筆や旅行記を書いていたのとのことだ。
娘の井上荒野によると文才はあったのに、井上光晴が書かせなかったということだ。そういう「作家の妻」の怨念の物語をもっと知りたいのだ。

 

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