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2019年6月 8日 (土)

「あなたはまだ帰ってこない」:ファントム・オブ・ラブ 死者に繋がれ生きるのなら

190608 監督:エマニュエル・フィンケル
出演:メラニー・ティエリー
フランス・ベルギー・スイス2017年

予告や宣伝を見ると、戦争中の夫婦愛を謳う悲劇作っぽいものになっていたが、原作がマルグリット・デュラスとあっては絶対違うだろう(>o<)と行ってみたら、予想通りやはり違っていた。

原作は戦争中の日記や手記をそのまま載せたというだけあって、明瞭な起承転結があるような物語ではない。
ナチス占領下のパリで密かに夫と共にレジスタンス活動をしていたデュラスであったが、ゲシュタポに夫を逮捕されてしまう。一体夫はどこへ連行されたのか。不確かな情報として流れる他国の収容所の噂。そこで何が行われているのか。

そこへゲシュタポの男が彼女に接触してくる。向こうは夫の情報をちらつかせ気があるそぶりを見せるが、互いに秘密を探ろうともする。

これらの描写はかなり幻想的だ。アウトフォーカスや鏡を使った場面も頻出し、デュラスの心象風景が執拗なまでに描かれる。

パリが解放されても夫は帰ってこない。収容所の残酷な噂も、人々は気にしてないようだ。浮かれるパリに違和感を感じつつ彼女は夫の影を探し回り街をさまよう。
期せずして、私は大貫妙子の『Tango』にある「激しく不在にさいなまれて」という一節を思い浮かべてしまった。

ここで意外だったのは--いや当時としては当然のことなのかもしれないのだが、パリ市民は近隣国の収容所で虐殺が行われているなどということは想像もしてなかったということだ。聞いたとしてもそんなバカなことをするわけがない❗と思うのが普通の反応なのだろう。

その後、結末にいたる彼女の言動は不可解である。不可解ではあるが、不可解であるということは理解できる(変な言い方だが)。
果たして不在こそが愛の実在だったのか。そして幻想が全てを覆う。

監督は日本では作品初公開らしいが、息苦しいまでのデュラスの惑乱を見事に描いていた。
すっぴんメイクのメラニー・ティエリーもその世界になりきっている。
一方、ゲシュタポ役のブノワ・マジメルにはビックリである。ものすごく恰幅よくなっちゃって、そのまま暗黒街の顔役になれそう(!o!) 『グリーンブック』のヴィゴは太ってても分かったけど、こちらは事前に出演していると知らなければ確実に気付かなかったに違いない💥それほどに別人感あり。
別に太ってるのが必要な役柄とは思えんが……今は素でこんな体格なのか(?_?)

字幕の訳者として寺尾次郎のクレジットが出てきたのは驚いた。映画の公開は死後数か月経った頃だと思う。よほど前から訳していたということだろうか。


さて、結末についてだが、ちょうどこの映画を見たのと同じ頃にマーガレット・アトウッド『昏き目の殺人者』を読んでたのだが、それぞれのラストシーンがすごくよく似ているのだ。以下、引用する。

だが、女は見られない。男に焦点を定めることができない。男はじっとしていない。輪郭がぼやけて、キャンドルの炎のように揺れているが、明るさはない。ああ、彼の目が見えない。
 死んでいるのだ、当然。当然ながら死んでいる。だって、訃報を受け取ったではないか?

これはどういうことか。監督がアトウッドに影響受けたのか? それともアトウッドの方がデュラスをなぞったのか。(原作を読んでいないので不明)

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