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2019年10月28日 (月)

「Tommy/トミー」:ケバい・派手・悪趣味の三重楽

191027 監督:ケン・ラッセル
出演:ロジャー・ダルトリーほかザ・フーの皆さん
イギリス1975年

『ロケットマン』の公開記念?それとも原作であるザ・フーのアルバムが発売50周年だからなのかは不明だが、HDリマスター版でリバイバル上映! ケン・ラッセル監督のファンとしては見に行かずばなるまいて。
年齢が分かってしまうけど、ロードショー公開時に見ている。もちろんまだ学生の頃である。(←なぜか強調) その後ビデオソフト買って何度か見ているがデッキが壊れしまい今はそれもできない。(ブルーレイ入手できるなら買おうかな)

第二次大戦中の英国はロンドン、少年トミーの父親は出征して戦死、その後母親は他の男と付き合い始める--というところに突然、死んだと思っていた夫が帰還。二人が父親を殺す現場を目撃した少年は三重苦の世界へ……。
ザ・フーのアルバムはロックオペラと銘打たれてはいるが、明確なストーリーがなく、ケン・ラッセルが脚本を書いて肉付けしたらしい。原作では第一次大戦だったのを変更、またそもそも殺されるのは愛人男の方だった。

それでも正直分かりにくい話ではある。虐待されて成長するも、ピンボールゲーム始めて突然回復、奇跡として持ち上げられて新興宗教の教祖に。金儲け主義が祟り信徒が反乱して全てを失う。たった一人残された彼は山中で覚醒するのであった。
……というようにかなり宗教的である(特に後半)。昔見た時も首をひねったが、今回もよく分からなかった。
ただし、終盤の高揚感はすごい。ロジャー・ダルトリー扮する主人公が裸足でグイグイ岩山を登っていき(スタント無しだったとは信じられない)、朝日に向かう一連のシーンは名曲のせいもあっておおーっ(>O<)と気分がアガるのだった。

後から考えてみると、これは終始父親を求める息子の話となっている。誕生時には既に父は不在で、再会したと思えば殺されてしまう。折々に彼の幻想に父親が現れる。
私は見てて気付かなかったのだが、冒頭で父親が山登りして朝日を見る場面とラストでのトミーの姿は完全に重なるのだという。
とすれば、父を求めて青年期に教団を率いる→破壊行為にあって全てを失う→復活して父親と合一……これってイエス・キリストの復活譚と重なるのでは?
そも、原作の設定と異なり実の父親が殺されることへとケン・ラッセルが変更したことからして怪しい。この違いは大きい。ピート・タウンゼントはよく認めたもんである。

だからといってシリアスなわけではない。全編ケンちゃん流のド派手でケバい映像と毒々しさが躁病的に展開する。
パンの代わりに錠剤を与えるエリック・クラプトンの怪しげな伝道師、注射器構えるティナ・ターナーの娼婦風アシッド・クイーン、キラキラ眼鏡に巨大なブーツ履いたエルトン・ジョンのピンボールの魔術師、あとミュージシャンじゃないけどジャック・ニコルソンのうさん臭くてイヤらしい目つきの医者も見どころだ。
当時の雑誌に「皆あまりにそのまんまっぽい役」と書かれていたぐらいのハマり具合だが、なんと最初はアシッド・クイーンはD・ボウイ、ピンボールの魔術師はS・ワンダーが予定されていたと聞いて驚いた(!o!) えーっ信じられん。

クラプトンの教会はM・モンローが聖像になっていて、あの有名なスカートがめくれるのを押さえているポーズを取っている。以前見た時は気付かなかったのだが、その台の表面は鏡張りになっていて、信徒が腰をかがめて像の靴の部分にキスするとスカートの中身の奥が鏡に映って見えるようになっているのだった。(もちろん何も履いていない)
なんたる不謹慎、改めてケンちゃんの悪趣味に感心した💕

ミュージカル定番のモブシーンは踊りではなく、破壊と暴力が荒れ狂う。こうでなくちゃね(^^)
なお、作中ではタウンゼントの定番ギター壊し場面もちゃんと見られる。

役者では母親役のアン・マーグレット(美しい)が迫力。チョコレートまみれになってのたうち回る場面で耳の穴までチョコまみれの狂躁的熱演を見て、昔「役者ってスゴイなあ」と感じたのを思い出した。その甲斐あってアカデミー賞候補になったのは当然のことだろう。
ケン作品常連のオリバー・リードは歌唱はナンだがアクの強さは抜群で存在感。
今回認識を新たにしたのは父親役のロバート・パウエル(『マーラー』で主演)である。ケンちゃん好みの繊細な顎、そして薄幸そうな蒼い眼……う、美しい(^0^;) 『マーラー』も再見したいもんだ。
ロジャー・ダルトリーは演技の経験なくて自信がなかったそうだが、立派なもんである。浴槽に沈められたのはご苦労さん。

当時、英米で大ヒットしたのだがザ・フーのファン、映画ファンにはあまり評判がよろしくない。「ケン・ラッセルはロックが分かってない」などなど批判多数。ザ・フーのメンバーもピート以外はクサしていた。今、ネットの感想サイト覗いてみても評価は低い。
それではケンちゃんマニアはどうか?と昔買った特集本引っ張り出してみたが、こちらも「ケンらしさが希薄な映画」などと言われちゃってるではないの。

ケンちゃんマニアが評価しなくってどうすると言いたい。まさに傑作✨かつ怪作♨(やっぱり)に間違いなし。
「駄作」と評する人も多いけど、名作・佳作・良作・問題作・珍作・奇作・迷作……はあっても駄作だけはあり得ない!!と断言したい。
ケンちゃんのケバケバしく毒々しい映像の光を浴びて全身の細胞が賦活、10歳ぐらい若返った気分となった。あー、やっぱり好きだなあとつくづく感じた。
もっとケンちゃんをプリーズ! 他の作品の再上映、ソフト再発を望む。


さて本作で当時聞いたウラ話と言えば、この映画は英米でかなりヒットした……のはいいが、日本ではザ・フーは知名度が低い。公開されるか微妙だったのを、配球会社の若手社員が「これは絶対にヒットする!」と力説して公開されることになったという。
しかし結果は……日本では惨敗であった(T^T)クーッ
件の若手社員氏がクビにならずその後も活躍できたことを祈る。

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