« 2020年5月 | トップページ | 2020年7月 »

2020年6月

2020年6月30日 (火)

「スキャンダル」「ザ・ラウデスト・ボイス」:家族は大事だ!

200630a 「スキャンダル」
監督:ジェイ・ローチ
出演:シャーリーズ・セロン
米国2019年

「ザ・ラウデスト・ボイス アメリカを分断した男」
出演:ラッセル・クロウ
米国2019年
*WOWOWで放映

米国のFOXニュース社でのセクハラ事件を扱った問題作--といっても、米国では有名でも日本では知られてない事件である。私なんかそもそもFOXニュースとは?という基礎知識から欠けている。
また、中心となる三人の女性のうち二人は人気キャスターで「お茶の間の顔」だったらしいが、それ故のスキャンダル騒動は想像するしかない。本人を知らないからどれほどのそっくり度なのかも分からない。折角のアカデミー賞獲得のメイクも有難味が薄い。

そんな問題は色々あるが、十分面白かった。
発端は、ベテラン・キャスターのグレッチェン・カールソン(ニコール・キッドマン)が辞職して、CEOのエイルズをセクハラで訴えたこと。
看板キャスターのメーガン・ケリー(シャーリーズ・セロン)はそれを傍観。超保守系のFOXニュースだけあって、平気で「イエスは白人男性」などと番組で発言する人物だが、選挙討論会の司会でトランプと激突してひどい侮辱を受ける。
さらに、新人のケイラ・ポスピシル(マーゴット・ロビー)は野心満々、キャスターの座を獲得する夢を持っているが、エイルズからセクハラされる。

この三人のバラバラの行動が交互に描かれる。チラシや広告には三人がエレベーターで一緒になる場面が使われているが、多分この場面以外に揃う場面はなかったと思う。
つまり、予告を見て想像する「三人の女性が手を取って共にセクハラと闘う」というような内容ではないのだ。
三者がそれぞれに格闘する「連帯なき共闘」なのである。

実のところ三人とも共感できるかどうか微妙だ。(特にその保守的スタンスに同調できない者にとっては)
この三人がまとっている人工めいた美。その向こう側に保守系アイドルの実像が、隠されたメッセージとして言葉を介さずに浮かび上がってくる。怖いね~。

さて、ケイラは唯一実在ではない人物で、複数いた被害者を代表するようなキャラクターだ。
彼女がセクハラにあう場面は迫力である。それまでテンポよく進んでいた映画なのに、突然時間が停滞したようになって恐ろしさが凝縮され、極限まで引き延ばされる。
状況を理解できない(したくない)感情と笑って冗談にして済ませようとする意志が、M・ロビーの表情にモザイク状に入り混じる。
恐らく実際にセクハラの被害者はあの場面を見るとフラッシュバックしてしまうのではないか。要注意場面💥である。
彼女の演技はなるほどアカデミー賞候補になるだけのことはあった。

ここに冷静にあぶり出されるセクハラの真実とは、支配と暴力の構図である。
さらに、エイルズの周辺にいるベテランの秘書や女性スタッフは明らかにその構図に協力している。ケイラの同僚(レズビアンで民主党支持なのになぜかFOXにいる)は保身のために彼女を突き放す。
「女たちの共闘」などとというものが一筋縄でいかないことが描かれている(ここら辺は『ハスラーズ』とは正反対)。従って勝利しても感動は全くない。

ジョン・リスゴーは『ザ・クラウン』のチャーチルの時もそうだったが「鼻持ちならない傲慢な統治者」を演じたらうまい。M・マクダウェルはどこにいるのと思ったらマードック役だったのね。
セロンの主演女優賞ノミネートはメイクアップの力もありか?


『ザ・ラウデスト・ボイス』は同じ年に米国で放映された全7話のTVドラマシリーズである。『スキャンダル』を見てどうも判然としなかった部分がこれを見てよく分かった。
原作はノンフィクション書で、主人公はロジャー・エイルズ。ラッセル・クロウがメイクアップだけじゃない、お得意の体重増量を行なったとおぼしき鬼気迫るソックリぶりで演じている。

1995年、マードックの依頼を受けてFOXニュースを立ち上げる。最初から、リベラルな既存メディアがこれまで相手にしてこなかった「残りの半分」である保守層をターゲットにしている。
これはもはやジャーナリズムではなく、あおりと言っていい。それまでのニュース局の常識では考えられなかった手段を次々と取る。
経験のない若手をツッコミの良さだけでスカウトしキャスターに仕立てる。何も具体的な論拠や意見を述べず、ただ映像をつないでイメージをでっちあげる。

911が起こればありもしない大量破壊兵器を喧伝し戦争を起こさせる。宿敵オバマ大統領にはイスラム教徒疑惑とか「福祉詐欺」と大量報道し、遂には他メディアまで同調させ窮地に追い込む(ここら辺の執念深さはすごい)。
これでは、火のない所に煙を立てるどころか「煙もない所に強引に火事を起こす」状態である。
さらにはトランプに注目、大統領にしようと画策し、ヒラリーをあらゆる手段で攻撃しまくる。ここまで来ると、本当か❗と思っちゃうほどだ。

その一方、社内では暴君として君臨。腹心の部下でも気に入らないことがあればすぐに追放し、マードックからは経営権をもぎ取る。
セクハラは日常茶飯事、オフィスでは女性キャスターのスカートをまくり上げ、部下を愛人同様に囲う(その行為は『スキャンダル』でケイラが一部を電話で語っている通り)。

『スキャンダル』では脇に置かれていたグレッチェンの事件の一部始終が描かれる。長年キャスターとして活躍してきたのに、エイルズから性的な誘いと「トウが立ってきた」などと攻撃を同時に受けるのだ。まさにパワハラとセクハラは表裏一体である。
ここら辺の葛藤はナオミ・ワッツが熱演、クロウに劣らぬ迫力だ。
訴訟を起こして最後は和解に至り、事件については守秘義務を負っている……はずなんだけど、どうして詳細が知られているのかは不明である(^^?

さて『スキャンダル』を見てよく分からなかった点が二つあったが、こちらを見て納得できた。
疑問その1「どうしてエイルズはメーガンにトランプ攻撃を容認したのか」
その2「ひどいセクハラ野郎だが、病気になった従業員の面倒を見るような善い人物でもあるのは?」

エイルズは自分の出身地で新聞を出すため若い編集者を連れてきて身近に住まわせる。自身の父親に虐待された話をしながら、彼に「家族は大事だ」と語るのだ。
この「家族は大事」、なんか前にも聞いたことあるような--と思ったら、なんと同じくセクハラで訴えられたH・ワインスタインの発言だった。
ポン・ジュノが『スノーピアサー』を監督した時にプロデューサーのワインスタインから漁師の出てくる場面(そんな場面あったっけ(;^_^A)20分間カットしろと要求されたそうな。
そこでポン・ジュノはとっさに「父親が漁師なのでできない」と真っ赤な嘘をついたら、彼は「なんだそうだったのか、早く言え。家族は大事だ」と要求を引っ込めたという。

つまり、このようなセクハラ&パワハラ気質の人間にとっては身内かそうでないかは重要であり、身内の囲いの中にいる者は家族として認定し世話をしてやるが、同時に身体を撫でまわしたり性行為を強要するのもやって当然なのである。だって自分のモノなんだから。そこに基本的に差はない。

疑問1について、実際はメーガンは事前に言わずにトランプを攻撃したのだが、エイルズにとってはトランプは身内ではなく、単なる将棋の駒で他に交換が効くどーでもよい者である。だから身内のメーガンには何をしても許してかばうという態度を取る。
疑問2については上に書いた通り、別に善人なのではなく単に「身内しぐさ」に過ぎない。

というわけで、見ごたえありのTVシリーズだった。『スキャンダル』と合わせて見ると面白さ二乗であろう。
200630b

|

2020年6月22日 (月)

【回顧レビュー】第13回〈東京の夏〉音楽祭’97

200605t1 平常が戻るまで昔の公演を振り返る。

会場:天王洲アートスフィアほか
1997年7月4日~23日

この年のテーマは「神話そして伝説」で古楽系は「預言者ダニエル物語」の三回公演がメインだった。他にはゲイリー・スナイダー、高千穂・韓国・アイヌのそれぞれ神話によるパフォーマンスがあった。

「ダニエル」は12世紀に成立し、それ以降パリ北部の町で歌い継がれてきた聖書の音楽劇を再現したパフォーマンスである。10世紀の写本に描かれている絵の光景をそのままに衣装や舞台を忠実に復活させたのが見ものだった。実際、囚われているダニエルの頭上に羽をはやした天使が宙吊りで飛んだりした。

歌手はブリュノ・ボテルフ、ミリアム・ルジェリなど多数。演奏はニューヨーク古楽アンサンブル。コーラスやダンサーも参加してとにかく豪華だった。引っ越し公演だったらしいが当時だから可能だったので、今の不景気なご時勢となってはもはや二度と拝めないプロジェクトだろう。
ボテルフ氏はクレマン・ジャヌカン・アンサンブルではヴィスの隣にいると目立たなくなってしまうが、大いに才能を発揮してみせた。
会場が天王洲のアートスフィアというのも珍しかった。

同じ音楽メンバーで「媚薬から聖杯へ」というのもあり、これはレクチャーコンサートで中世歌曲を扱ったものだった。そしてエール・ド・クールの「フランス宮廷歌謡の花束」。こちらにはスキップ・センペが初来日で参加。彼はソロ公演もやった。(この頃の写真を見るとロン毛である)
200605t2

|

2020年6月21日 (日)

「ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密」:真実を吐け!

200621 監督:ライアン・ジョンソン
出演:ダニエル・クレイグ
米国2019

お屋敷で起こる不可解な老作家死亡事件!果たして自殺か他殺か。怪しい奴には事欠かぬ--てな具合で始まる。クリスティー風本格推理ものと思わせて、遺産をめぐる醜い肉親間の争いへ突入する。差別丸出しな言動も頻出だー。

D・クレイグ(好演)の探偵が真実を解明した後も二転三転、見てて気が抜けねえ~。
一癖二癖ある個性豊かな登場人物たちを役者が楽し気に演じているのもよい。途中でやはり文庫本によくある人物リストが欲しくなった(^^ゞ
個人的にはドン・ジョンソンの「うだつの上がらないムコ」感が絶妙だった。

殺された老作家は果たして善人なんだろうかと見てて疑問に思った。結構意地悪いし、子どもたちがあんな風に育ったのは、父親にも責任があるんじゃないの(?_?)

本格推理ものってどうしても理屈っぽくなって映画に向いてないと思っていたのだが、これは合間にサスペンス風味が入り社会問題もチクチクと来て、という技ありでよく出来ている。
同じ探偵でシリーズ化を希望したい。ただ、単に原題をカタカナにしただけの邦題は何とかしてほしい。

それと、この映画を筆頭に(?)「若い女が吐く」場面が出てくる作品が以後続いた。なんなのだ💨

|

2020年6月15日 (月)

【回顧レビュー】第2回北とぴあ国際音楽祭1996

200527t 平常が戻るまで昔の公演を振り返る。

会場:北とぴあ
1996年10月14日~29日

この年は「サヴァール祭り」で、彼はラ・カペラ・レヤル・デ・カタルーニャとエスペリオンXXを率いて数回の公演を行なった。
他にはヒロ・クロサキ、A・シュタイアー、マドリガル・ド・プロヴァンス合唱団、池辺晋一郎など。

私が行ったのはオープニングの「黄金時代のスペイン音楽」、マレとサント・コロンブ作品ヴィオール合奏、そして「モンテヴェルディの愛と祈り」である。
モンテヴェルディにはヒロ・クロサキもゲスト参加したが、サヴァールの完全ラテンのノリに戸惑っていたような印象だった。
それとは別にヒロ・クロサキ中心のヴァイオリニスト4人だけによるテレマン、パーセル演奏会があり、聞いた後に「もっと低音を……低音が欲し~」と思ったり。

ファイナル公演は前半がリュリの数作品より抜粋、後半がラモーの「ピグマリオン」全曲だった。
歌手はハワード・クルック、イザベル・プルナールなど。バロックダンスがふんだんに使われた美しい舞台で、これ以降何回かは寺神戸亮が中心となってフランス・バロックオペラを上演することが定番となった。

確かこの年だと思うが(他の年だったかも)、ステージはもちろん客席にも古楽関係者が多数ひしめいていて「もし今ここで火事が起こって全員焼死したら、日本古楽界は全滅だろう」などという不謹慎なジョークがもれ聞こえてくるほどだった(^◇^)
200527t2

|

2020年6月14日 (日)

映画落ち穂拾い 2020年前半その1

「モンスターズ 悪魔の復讐」
監督:クレイグ・ウィリアム・マクニール
出演:クロエ・セヴィニー、クリステン・スチュワート
米国2018年

DVD鑑賞。邦題がアレな感じだが19世紀末米国で起こった有名なリジー・ボーデン事件を題材とした映画(原題は『リジー』)。猟奇犯罪ものなのか!!と思って見ると大違い。ジワジワと家族殺人という犯罪に追い詰められていく女たちを、あくまでも静かに美しい映像と音楽で描くのだった。

そのためか緊張の盛り上げ方が今一つだった。それと描きたいものが旧弊な地域社会に抑圧される女たちの反撃なのか、父権的な狭い家族関係で追い詰められた心理なのか分からない。どちらにしても不十分な印象だった。
一方、殺害シーンは非常にリキが入っているので見てておののいちゃう💦 おまけに全裸だし……こっちまで緊張。
それから、なんとチラシやパッケージに使われている場面は作中には存在しない! 適当にコラージュしたな~(`´メ)

クロエ・セヴィニーは実物のリジーに似せているらしい。
メイド役のクリステン・スチュワートははかなげで可憐な美しさ。ファンは必見ですね(^^)
父親役はどこかで見たような……と思ったらドラマ『ロー&オーダー クリミナル・インテント』の上司であった。

なお、同じ事件を2014年にクリスティーナ・リッチ主演でTVムービー化したらしい。こちらのタイトルも『モンスター』(原題も?)だと。なんとかしてほしい。


200613「9人の翻訳家 囚われたベストセラー」
監督:レジス・ロワンサル
出演:ランベール・ウィルソン
フランス・ベルギー2019年

えーと(^^;;;これって書物をめぐるトンデモミステリですか?なんて思っちゃった。
ベストセラー確実という小説が流出しないように各国の翻訳家を集めて訳させる、という前半はいいんだけど。後半の展開を見るとコメディにした方がよかったのではないかと言いたくなるぐらいに突飛である。見ててえええ~っ❗とびっくりした。
フランス映画でミステリものってこういう感じだよなと思い出した。

『薔薇の名前』に比べられるような格調高く難解な推理小説を、あのノルマで訳すのは難しいのではないか。昔懐かしい「超訳」を思い浮かべたりして。超訳も「一日××ページ」でやってたに違いない。

後半は編集がまずいのか、時系列がこんがらかってスッキリしなかった。老化脳の人は追いつけないのでDVDで確認しながら見るといいかも。ただもう一度見直す気力はない。

翻訳家9人の中に日本が入っていなかったのは残念である。20年以上前の海外ミステリブームの時代なら入ってただろう。
その代わり、コピー機をホメられた(*^^)v 日本製スゴイのだ💥

この感想で、ネットに接続できなければ訳せないだろうというのを幾つか見かけたけど、ネットの存在しない時代もちゃんと翻訳書は出ていたんだから、そんなことはないだろう。
作者に質問する場合はファックスを送る、その前の時代は手紙だよね。


「ディリリとパリの時間旅行」
監督:ミッシェル・オスロ
声の出演:プリュネル・シャルル=アンブロン
フランス・ベルギー・ドイツ2018年

アニメ作品をDVD鑑賞。ベル・エポックの時代、ニューカレドニアからパリにやって来た溌溂とした少女が配達員の若者と共に「男性支配団」の陰謀に挑む。
男性支配団は街の至る所で少女誘拐事件を起こしている極悪集団だ。だが警察の対応はよくない。自分たちで謎を解き明かさなくちゃね。

写真のようなリアルな当時のパリの街並みを背景に鮮やかな色彩のアニメの人物が駆け抜ける。日本の商業アニメにはないきわめて個性的な映像である。(監督は『キリクと魔女』の人)
パリの観光名所はもれなく登場、人物は当時の文化人知識人ばかり。ロートレック、ピカソ、エッフェル、プルースト、サラ・ベルナールなどなど数えきれない。

キラキラ光る飛行船が美しい。ファンタジー風の楽しい冒険物語--のはずなのだが、ワルモノどものアジトは思いがけず暗くてコワイよ~(>y<;) 夢に出てきそう。少女誘拐して何をさせているかというと……💢(気分悪し)
私も誓いたい(*`ε´*)ノ☆打倒・男性支配団!
日本語版テーマ曲を大貫妙子に作って歌ってほしいぞ🎵


|

2020年6月11日 (木)

【回顧レビュー】ロマンチカ「奇跡御殿」

200521t 平常が戻るまで昔の公演を振り返る。演劇編。

会場:シードホール
1991年9月

ロマンチカは当時女性だけの劇団だった。これはジャン・ジュネの複数作品を構成し、5人の女優が浮浪者の少年たちを演じたものだ。
「女が演じるんじゃジュネは喜ぶまい」という人もいたが、果たしてどうか。
役者も美術も脚本も完璧。汚濁と崇高--その先鋭的な美意識が空間に充満し、見ている間ジワーンと恍惚感が頭の中に反復しているようであった。

冒頭とラストに全く同じ場面が繰り返し演じられるのだが、同じはずなのに二度目になった時には全く意味が異なって見える、という手法も衝撃的だった。
渋谷の街を興奮して帰っていったのを今でも覚えている。

こう書いてきて思い出すのは、踊るように素早く動く彼女たちの身体の動きと裸足の足がひらめく様である。そして舞台に響く微かな足音。
振り返って考えてみると、この足音こそナマの舞台にしか存在しないものではないか。

映画やTVには舞台同様の笑いや涙や叫びやため息も音楽もなんでもある。しかし、ナマの役者が舞台上で動いて立てる音が床板に反響し、さらに会場へ僅かなエコーと共に伝わっていく、あの感覚は存在しない。

演劇に限らず「舞台」というものにはそれがある。そして他のメディアでは決して生じないのだ。もしあったとしてもただのノイズとされるだろう。あれこそがライヴというものの存在の証明であるように思える。

|

2020年6月10日 (水)

「隣の影」:芝生が青けりゃ木もデカい

200610 監督:ハーフシュテイン・グンナル・シーグルズソン
出演:ステインソウル・フロアル・ステインソウルソン
アイスランド・デンマーク・ ポーランド・ドイツ2017年

公開時に見損なったのでDVD鑑賞。
見れば誰でも『パラサイト』を思い浮かべるだろう(日本公開はこちらが先)。
あちらは高台の邸宅と半地下でタテ関係の階層格差を扱い、夫が中心に話が動く。
こちらはモダンなテラスハウスの隣人で横関係、女同士がいがみあう。しかも「息子が芝生にテント」もあり!……と言っても、こちらの「息子」はあの資産家一家の父と同じぐらいの年齢の中年男だけど(^^;ゞ

テラスハウスは同じ構造の住宅が壁をくっつけて幾つも連なっている。マンションとも一戸建てとも微妙に異なる。住宅環境は全く同じ、だからこそなのか隣家同士でトラブルが発生。
ただならぬ事件が幾つも続き、互いに相手のせいだと主張するものの、果たして真実がどうなのか分からない。
さらにテラスハウスだけでなく、息子が住む団地っぽいマンション、元カノが住む高層マンション、保育園、そして小さな娘を連れていくイケアの隣の空き地--色々な場所が登場する。

にじみ出る人間不信。イヤ~な状態が続き後味悪く終わる。ラストは呆気にとられるのは確実だ。
ただ、母親の不安定な精神状態に罪をかぶせ過ぎているのでは?という気もした。

監督は観客に不快な感情を起こすのに長けているようだ。映画の尺が89分と短いのは、こんなの長々と見ていられねえー(>O<)からだろう。
アイスランド映画、やはりおそるべしである。
猫と犬が重要な役で登場するが、ワンコ好きな人は見ないことをオススメする。。


振り返れば、実家(東京の下町)も隣家と50年間ぐらいに渡りもめていた。こういうのはもう理屈じゃないのだよね。

|

2020年6月 3日 (水)

【回顧レビュー】第1回北とぴあ国際音楽祭1995

200516ta 平常が戻るまで昔の公演を振り返る。

会場:北とぴあ
1995年10月20日~30日

初回だけあって豪華な内容だった。ルネ・ヤーコプス、RIAS室内合唱団、吉松隆、ボストン・カメラータなど。「ピアノの100年」という連続コンサートでは小島芳子、ジョス・ファン・インマゼールが登場。

オープニングはヤーコプス指揮でRIAS室内合唱団による「ロ短調ミサ」。合唱はさすがの大迫力で、弦の音が異様なほどに気持ちよかった。(オーケストラは日本人中心で一部海外勢)
ファイナルはこの年没後300年ということでパーセルの「ダイドーとエネアス」だった。

指揮・ヴァイオリン寺神戸亮、鍵盤にシーベ・ヘンストラ、歌手は波多野睦美、サンドリーヌ・ピオーなど。ナタリー・ヴァン・パリスのダンスも参加して美しく静謐な舞台だったと記憶している。
この頃は来日演奏家もみな無料コンサートやっていたのだった。

余談だがロ短調ミサの時に隣に若いカップルが座っていて、男性の方はウットリして聞いていたのだが、女性はどうも必死に我慢して座っているように見えた。
音楽は人によって好き嫌いが分かれるのでデートに誘う際は注意。「一生こんな音楽聞かされるのはゴメン」と思われたら終了である(^^;)

もう一つ記憶に残るコンサートはボストン・カメラータの「トリスタンとイズー」である。有名な伝説をジョエル・コーエンが12世紀ごろの複数の資料を突き合わせ当時の歌曲でつなぎ再構成したものだ。

確か3種類の言語!が使われ5人の歌手に器楽は7人。さらに詩の朗誦者も入るという構成。字幕はないのでプログラムの歌詞と舞台を交互に見るのが忙しかった。
衣装も装置もなく(「舟」だけはあった)極めて簡素な舞台ながら、原初的な神話の情動に満ちていた。

アフタートークでコーエンは、同じ題材のワーグナーは高尚過ぎだとチラともらしていた。確かにこの12世紀の伝承では、王との結婚がイヤなのでイズーは侍女に身代わりに寝室へ行けと命じる。ここには上品さのかけらもない。
だが、この荒々しい物語が聴衆に深い感銘を与えたのは事実である。

近くに座っていた中年夫婦の奥さんの方が終わった時に「よかったわねえ……」ともらしていたのをよーく覚えている。タイムマシンで時間をさかのぼってもう一度見て(聴いて)みたい。
200516tc

|

2020年6月 2日 (火)

「マザーレス・ブルックリン」:猫をもっと出せ

監督:エドワード・ノートン
出演:エドワード・ノートン
米国2019年

エドワード・ノートンによるハードボイルド風味のサスペンス。主人公は探偵社で働き、障害を持っているが同時に探偵向きの才能を持っているというのが特徴。
探偵もので原作が1990年代なのを1957年に移したらしい。なので、もっとフィルムノワールっぽいかと思ったら全くそんなことはなかった。
意外にもカラフルで健全な印象。ロバート・フランクだと見ていたら、結局ソール・ライターだったというような……。

登場人物が多数でカタカナ名前が飛び交って頭が混乱(老化現象か)。小説だとページ戻って確認できるが映画館上映ではそうもいかない。そんなこともあって退屈ではないけどかなり長過ぎに感じた。
で、陰謀は結局どうなった?

見ものは豪華助演陣である。マナコ👀をぎょろつかせるウィレム・デフォーに、モロにトランプなアレック・ボールドウィン、寄る辺ない主人公のボスにして父親代わりはブルース・ウィリス。トランペット吹いている(陰で)のはウィントン・マルサリス。挿入歌はトム・ヨークだ。

ソール・ライター風だけあって映像は美しい。ニューヨークの街並み、デフォーのアパートの下の帽子屋など。
なおニューヨーク公共図書館で新聞記事の写真を切り取るシーンがあるが、良い子はもちろん悪い子も真似してはいけません(一一")

|

« 2020年5月 | トップページ | 2020年7月 »