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2021年3月

2021年3月28日 (日)

「フランスバロックの粋 美の陰影 2」:終焉の暁

210327 演奏:高橋奈緒、福澤宏、山縣万里
会場:近江楽堂
2021年3月19日

久し振りのコンサートである。
この「粋」シリーズ、第1回目がドイツバロックでこれが3回目らしい。私は初めて見参した。(聴参?)

ヴァイオリン+ガンバ+チェンバロという王道の組み合わせで、クープランからラモーへ、後期フランス・バロックの道筋をとたどっていくものだった。
フランクールという作曲家になるとバロックからロココ調への変化を感じ取れる。そのヴァイオリン・ソナタにフランス革命前の栄光の残滓を受け取れるのであった。ゆ~ったりと終焉に近付いていくが如く。
それだけに「落ち着き過ぎ」なプログラムという印象もあった。

会場の人数は収容人員の3分の2ぐらいだろうか。
自由席で座席の位置の選択を誤ったせいなのか?(難しい)やや楽器のバランスが悪いように聞こえた。

オペラシティのコンサートホールが真っ暗で不景気この上ない……と思ったら、改修中とのことだった。早くまた賑わいが戻ってほしいものだ。

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2021年3月26日 (金)

「ストレイ・ドッグ」:怒りをこめてぶち壊せ

210326 監督:カリン・クサマ
出演:ニコール・キッドマン
米国2018年

ニコール・キッドマンがアル中やさぐれ中年刑事になって薄汚れたLAの街を徘徊する。そのやさぐれ度・ヨレヨレ度が中途半端ではない。「え~~っ❗あのニコールが。うっそーΣ( ̄□ ̄ll)ガーン」という衝撃が発生するほど、まるで別人だ。

しかし、かといって超人的な活躍をするヒーローというわけではない。ひたすら地べたを這いずり回るように捜し歩く。あまりに強引な無法刑事ぶりにはビックリだ。
他者も自分も顧みることなく突き進む様子は邦題の「野良犬」よりも原題の「デストロイヤー」の方がふさわしいだろう。自分の娘がいてもその関係は完全に壊れている。

そんな風になったのは、過去にFBIと組んだ潜入捜査で致命的なトラブルが起きたためである。長年経っても彼女はその失敗を忘れられず片を付けようとする。
彼女が常に内心に怒りを抱いているのは恋人を殺した犯人に向けてか、それとも破滅へと誘った自分自身へなのか。彼女にも分からないようだ。

一方で、回想の中のニコールの姿は美しくてその落差がスゴイ(!o!) NHKでやってたトム・クルーズについてのドキュメンタリーで若い頃の彼女が回顧映像に登場するが、その時よりも可憐に見える。特に男を悪事に誘う時の青い眼が美しい。

その行き着いた果て、終盤の展開にはあっと驚かされた。これまた衝撃である。某有名監督の初期作品を思い出した。(タイトル出すとネタバレになりそうなのでヒミツ)
ただ、さらにその後の雪山のくだりは取って付けたような気がしなくもない。
何より彼女の怪激演が突出し過ぎてて、映画の他の要素が追い付いていないのではと思った。それと主人公の無法度があまりにひどくて観客が置いてけぼりになってしまいそうだ。

おかげで彼女は2018年のゴールデン・グローブ賞にノミネートされた(受賞したのは『天才作家の妻』のグレン・クローズ)。
セバスチャン・スタンは登場時間の割には儲け役である。ファンは要チェックだろう。
クサマ監督にはぜひマイクル・コナリーの女刑事もの『レイトショー』の映画化(またはTVシリーズ)をやってもらいたいもんである。

ところで2018年の映画が2年経って今さらのように日本で公開されたというのは、新作米国映画が入って来なくなったせいなのかね(?_?)
まだ隠し玉があるのならさっさと出してくれ~👊

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2021年3月21日 (日)

「マーティン・エデン」:進むも後悔戻るも絶望

210321 監督:ピエトロ・マルチェッロ
出演:ルカ・マリネッリ
イタリア ・フランス・ ドイツ2019年

原作は作者J・ロンドンで舞台は米国、それをイタリアに移して映画化したものである。
文字もろくに読めぬ無学な船乗りの若者がブルジョワ階級のお嬢様と知り合い、知識と教養を身に付けて変貌していく。作家を志して苦労の末に人気と富を得るが、結局は幸福ではなく虚無にとらわれるというストーリーだ。

港町ナポリを舞台にし全体に古めかしい印象で、見る者がネオレアリズモを想起するような画作りになっている。しかし、いささか変なところがある作品でもある。
突然脈絡もなくイタリア歌謡ヴィデオクリップ風な場面があったり、モノクロ記録映像が挿入されるのだ。

さらに時代が全く判然としない。冒頭、作家である主人公がオープンリールのテープレコーダーに口述で吹き込んでいるのを見ると60年代かと思える。前半はその彼が若い頃というのだから40年代末か50年代初めあたりだろうか。
だが戦後ではなく、第一次大戦と第二次大戦の間の出来事といってもおかしくない。
一方、令嬢宅で知り合った老紳士に連れられて行ったサロンは19世紀末っぽい退廃さを醸し出しているし、大時代的な決闘の場面に至ってはバロック期の仮面劇の扮装で登場する。
このような不明確な混乱した時間の描き方は『未来を乗り換えた男』を思い起こさせる。こういうの個人的に好き(^o^)

一人の男の変転にあたかもイタリア近現代史がミッチリと凝縮されているようだ。
無垢な時代を過ぎれば、当然ながら政治や階層格差とも無縁ではいられない。集会で組合活動を批判した彼は逆にコミュニストだと誤解され、令嬢の母親から敵視される。
後年、人気作家となった彼の前に再び現れた母娘は……正視できないほどに皮肉な展開となる。
いずれの時代であっても主人公は満足と幸福を得ることはできない。一つを得れば他の一つを失う。絶望と後悔が付きまとい、遂には無学で何も知らないままでいる自分の姿を夢想するが所詮は虚しい。そのような世界である。

だが、それにしては一体このラストはなに(^^? まるで安っぽい青春映画のようにベタ過ぎではないか。最後でこれはないだろう💥
と思ったけれど、他の人の感想を読んでなるほどと考え直した。右に移民家族、左にファシスト、そして戦争の始まりを告げる声……となれば、彼はああするしかないのだ。
やはり一筋縄ではいかない映画だった。

それにしても、主役のルカ・マリネッリである⚡
彼の吸引力はすごい。長身で精悍な身体、目ヂカラが強く、その容貌はある時はアラン・ドロン、またある時はヘルムート・バーガーに似て見える。時代を超越した無垢と退廃が矛盾なく同居している。久々に現れた「ブロマイドが似合う男優スタア✨」といえよう。あと往年の手書き映画看板にも映えそうだ。
まさに絶妙のキャスティング。彼なくしてこの映画も成立しないと思えるほどにハマっている。彼の存在自体が映画の手法である「時代の惑乱」を体現しているといえる。
ヴェネチア国際映画祭の主演男優賞を獲得したのもむべなるかな、だ。

おかげで見終わった後に「俳優の身体における表象」ということをつらつらと考えこんでしまった。単なる「見かけ」とか「外見」とは異なる話である。

ということで、いつになったら大型ポスターとブロマイド5枚組発売してくれるのよ~。もう待てなーいO(≧▽≦*)Oキャー

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2021年3月13日 (土)

「大塚直哉レクチャー・コンサート 5 フーガの身体性」:同じバッハなら踊らにゃソンソン

210312 オルガンとチェンバロで聴き比べるバッハの”平均律”
出演:大塚直哉、小尻健太
会場:彩の国さいたま芸術劇場音楽ホール
2021年2月14日

ついに5回目となったこのシリーズ、今回は平均律第2巻の7~12番である。
今年度は異なるジャンルのゲストを呼ぶという趣向で、ダンサー小尻健太が共演だった。この人のことを全く知らなかったが、少し後にさい芸で公演を行うとのこと。
これまでのこのシリーズよりも客席に女性や若い人が多かったのは、彼のファンが来ているからのようだった。(なお客席は市松模様でなく普通に入れていた)

平均律の第11・12・9番をいつも通り解説と共にチェンバロとオルガンで弾いた後に、小尻氏が登場してトーク・タイム。
ここで面白かったのは、本日の曲のテーマが音楽というより体の動き、ジェスチャーのようなものがあるという大塚氏に対して、小尻氏は逆に「歌」であると言ったこと。これはダンスにおいては「動き」こそが感情の発露だからではないかと思った。

そして、なんと大塚氏は前半に弾いたフーガのテーマで即興で踊るように頼むという無茶ぶりを発揮したのであった(!o!)
ナオヤ、語り口は穏やかながら実はコワい子💥 鬼ですか~っ(>O<)と言いたくなるが、小尻氏は実際踊っちゃったのだから大したもんである。

後半ではいよいよ第8・10番のフーガでダンス&オルガンのがっぷり四つ共演。
8番はテンポが速くてひねくれた曲。どう踊るかと思ったら、照明を使って三声を影で表し4声目をダンスするという荒業だった。
実はどうにも踊りにくい曲なので照明を使ったとのこと。

10番は逆にテンポゆったりで、それぞれ4声に引っ張られるような感じで楽譜が進んでいくように踊った。
フーガの中のバッハのエネルギーを引き出していた、とはナオヤ談であった。

さらにアンコールではゴルトベルクでダンス🎶という大盤振る舞い。チェンバロを使ってかなりロマンチックな演奏でそれにふさわしく抒情的なダンスであった。場内は拍手大喝采だ。
これがレオンハルトみたいな演奏だったらラジオ体操になっちゃうかも(^-^;;;;などと思ったのはナイショである。

実に興味深く面白いコラボレーションだった。これでチケット2000円(セット価だけど)とは安過ぎだいっ。
次回のテーマは映像とバッハとのこと。楽しみであーる。

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2021年3月 9日 (火)

映画落ち穂拾い ケナしてスマヌ編

映画人が心血注いで作った作品でも詰まらない時がある。万人がほめたたえる映画でも「金と時間を返せ(>O<)」と言いたくなることもある。ケナしてもいいかな(^^?
だって超弩級の映画史に残る傑作も、思い出したくもないZ級以下の駄作も、払うお金はみな同じ。面白くなかったら面白くないと言わせてちょーだい。
ケナしてゴメンね。

210309a「異端の鳥」
監督:ヴァーツラフ・マルホウル
出演:ペトル・コトラール
チェコ・ウクライナ・スロヴァキア2019年

第二次大戦中、東欧らしき国、ユダヤ人少年が虐待を受ける、という題材を取り上げているならば褒めなくちゃいけないような義務感にかられる💨 おまけにそうそうたる顔ぶれの名優たちが脇役を演じているし。
--のであるがどうにも長い。上映時間169分(@_@;) とはいっても『ある画家の数奇な運命』よりは短いのだ。でもあちらより長く感じるのはなぜだと問いたい。

本作も少年が双六のように様々な女たち(と一部は男たち)の間を転がっていく。ありとあらゆる暴力がこれでもかと降りかかり、最初は純朴な少年が獰猛な悪ガキになって「上がり」を迎える。悲惨さ「全部のせ」状態である。
動物と子どもがいぢめられるのが耐えられない人は見ない方が幸せだろう。

いつになったら終わるのかと思っても「予告にあったあの場面が出てこないからまだだなあ(+o+)」なんて調子だ。あまりに長いので、刺激の強い場面だろうがなんだろうが退屈さが画面の隅々からにじみ出てくる。
さらにモノクロの映像がなんだか妙に鮮明さに欠けてて、背後に色味まで感じてしまうのは私の乱視の目のせいか。

こういうのを見ると、D・リンチの暴力とかハネケのイヤミはちゃんと芸があるなあと思わざるをえないのう。


210309b「スパイの妻」
監督:黒沢清
出演:蒼井優、高橋一生
日本2020年

前評判がよかったので友人を誘って見に行った。予想していたよりはよかったけど、評判ほどではないというのが率直な感想である。
スパイについてがテーマかと思ったらそうではなくて中心は「妻(と夫)」の方だった。ラストの展開は確かに「お見事!」と思うが、観客がそれを思う前にヒロインが口に出して言っちゃうのはどうなのよ。

多くの人が指摘しているが、満州に行ったりする割にはかなり舞台が限定的でドメスティック。空間に広がりはないのでそのまま演劇になりそうだ。主要人物は3人だけだし、密室での会話がほとんどを占めて展開する。
そして映像も含めて「レトロ」ではなく「曖昧」である。

一方、友人の方は完全に批判的。
「私が大好きな蒼井優にこんな役をやらせるなんて~(>O<) 恨んでやる」と怒り爆発💢である。そして「いくらでもこの映画をけなすことができる。どんと来ーい👊」と豪語するほどだ。

例えば、蒼井優が戦前のいい家の奥様には到底見えない。
一番気になったのは彼女が旅館で座布団の上に立ってからコートを脱ぐ場面。普通なら部屋に入る前に廊下でコートは脱ぐもので、こんなことはあり得ない⚡という。
NHKは朝ドラでは「所作指導」をつけているけど、この作品(元はNHKのドラマとして制作)にはつけなかったんですかね(^^;ゞ

さらに批判その2「山育ち」とか「コスモポリタン」などとセリフで言ってるだけで、何の実質もない。
その3、映画館のロビーに実際の衣装が展示されていたのを子細に観察したが、薄っぺらくて安物っぽい。『ダウントン・アビー』の衣装とは比べものにもならない💥

などなど、キリがないのでこれぐらいにしておこう。
そういや、舞台が神戸なのにほとんどの人物が標準語で話していたのは謎であったなあ。


「ブルータル・ジャスティス」
監督:S・クレイグ・ザラー
出演:メル・ギブソン、ヴィンス・ヴォーン
カナダ・イギリス・米国2018年
DVD鑑賞

メル・ギブソンとヴィンス・ヴォーンの刑事コンビが悪行に走った顛末を描く。全ての描写がダラーンとしててダラダラした会話は面白い。が、イヤな場面まで長く引き伸ばされているので見ててマイッタ。そのせいで上映時間2時間39分は長すぎである。

特にとある描写が神経に障って一晩中頭から離れず困った(キイを探す場面ではない)。カンベンしてくれ~。
とある女の描き方がゴミ扱い、どころかゴミ袋扱いだった。もしかして「女でも容赦なくこんな風に描いちゃう、オレって天下無双」なんて思ってるんだろうかね。こういう「タラ坊系」はどうにも肌に合わん。見たのが間違いだった。でも見てみないと分からないのよなあ。
オージェイズなど使ってる音楽は好みだけどさ。
邦題はわざわざ原題とは全く異なるカタカナにしているが「ジャスティス」じゃないだろう。看板に偽りあり、だ。

ウド・キアが特出。ここ数か月の間に彼が出ている映画を見たのは4回目。不穏なご時勢が今ウド・キア祭りを呼んでいるのであろうか💕なんちゃって。

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2021年3月 7日 (日)

「小池百合子 権力につかれた女」

ドキュメント東京都知事の1400日
著者:和田泰明
光文社新書2020年

著者は「週刊文春」の記者だそうである。都庁や都議会の取材を続けているとのことで、あの『女帝』とは異なる観点から描いているのではないかと思って読んだのだが……💦

内容は都知事に立候補するあたりからのことだが、大部分が国会の方も巻き込んだ政治家同士の勢力争いなのには驚いた。こんなに勢力争いに力と時間を費やしているのでは、都の政策を立てて計画・実行する暇なんかないのではと思えるほどだ。
誰それと手を結んで、その後は別の勢力に接近し、次はあの人物を切り捨て--この繰り返しに終始する。

そんな都知事を著者は批判していると見せて、実はほめているようでもあり、明確にしないことで結局は肯定しているようである。週刊誌の数ページの記事ならそういう書き方もアリだろうけど、独立した一冊の本なら書き手の考えや認識を明確にさせてくれないとさ。
こんなでは、『女帝』の便乗本と言われても仕方ないだろう。ガックリだ~。

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2021年3月 1日 (月)

アンサンブル・クセノス第2回演奏会「Vanitas vanitatum 空即是色」:異次元のジェズアルド

210301 イタリアルネサンスの不協和的情感
会場:日本福音ルーテル東京教会
2021年2月9日

やって来ました~、平日夜の新大久保✨ さすがに緊急事態宣言下とあって新大久保にしては格段に静かであった。まあそれでも他に比べれば賑やかな方ですかね。
久し振りのルーテル東京教会であります。でも以前のような長椅子一つに5~6人というようなことはなく、市松模様配置の座席になっていた。

アンサンブル・クセノスは櫻井元希が中心になって始めた5人組声楽グループとのこと。皆さん、ソロで堂々と勝負できる実力の持ち主ぞろいだ。
この日のプログラムはジェズアルドを中心とした同時期のマドリガーレなどアカペラの多声歌曲だった。テーマは「愛」「死」だという。
個人的にはジェズアルドはなんとなく苦手……どうも「現代音楽っぽい」所があるせいだろうか。どうしても敬遠しちゃう。

しかし、ここでは全く違う様相であった。普通はマドリガーレというとまず声楽のアンサンブルという形態が思い浮かぶところが、それぞれが独唱者でおのおの心情を吐露するという体と受け取れる強い身振り・表情で歌う。見て(聞いて)いるとドラマティックが過ぎるほどである⚡
とっつきにくいはずのジェズアルドが打って変わって、そのようにして聞くともはや異次元の彼方の存在と言ってよい(言い過ぎかしらん(;^_^A)。いやあ~、とにかく驚いた。

他の作曲家はモンテヴェルディ、ネンナ、パッラヴィーノ(←ここら辺は知りませんでした💦)などなど。
3曲歌われたマレンツィオの大胆過ぎぬ平静さが良い対比で、逆に心にしみるものがあった。

終演後は歌手の皆さんがロビーでお見送りしてくれたが、マスクして声を出さずにスマホに録音した「ありがとうございました~」なのには笑った。
なお、この公演の録音を販売中とのこと。次回公演もジェズアルドを予定。

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