「レベレーション 啓示」/「王妃マルゴ」
★「レベレーション 啓示」全6巻
著者:山岸凉子
小学館(モーニングKC)2015年~2020年
★「王妃マルゴ」全8巻
著者:萩尾望都
集英社2013年~2020年
フランスを舞台にした歴史マンガ二作について、いつか感想を書こうと思いつつここまで、引き延ばしてしまった。なんとか書いてみたい。
まずはジャンヌ・ダルクを主人公にした『レベレーション』である。
元々は「神がかった人間はどういうものなのか」を描きたいという動機があったとのことだ。候補は3人いたが「モーニング」連載の話があって、男性読者にウケるならジャンヌ・ダルクがいいかと選んだそうな。すると候補の他の二人は男ということになる。一体誰だったのか知りたくなる。
さらに毎月はキツイという理由で隔月連載にしてもらったら、同時期に『王妃マルゴ』を毎月連載中の萩尾望都から「隔月って、残りの一か月は一体何をしているの」と言われたとか(^▽^;)
山岸の長編作品の特徴として、社会や共同体の中で特異な能力を持った人物がその能力を発揮して成功する、あるいは失敗する過程を描くものが多い。この作品でもそれは同様である。
神の声を聞くという力に目覚めた「羊飼いの娘」ジャンヌは父親が持ってきた結婚話を拒否して、声に突き動かされ自ら複雑な政治的・宗教的対立の中に分け入っていく。女・農民・若年--とすべての面で当時の体制からは外れている存在であり、本来なら相手にされなくて当然だ。さらに男装しているとあれば異端でしかない。
その幻視能力、嫌がらせに近い審問や試練にも耐える機転、権威や権力を恐れず、そしてなにより強い信念により、軍隊を率いるまでになる。
しかし、その後に複数の勢力の思惑の中で孤立するのもまた信念の強さのためである。
フランスの領土を取り戻しシャルル7世の戴冠に大きく貢献したとあれば救国の英雄だろう。しかし、その彼女を最後に待ち構えていたのは44人のオヤジ(若い者もまざっているが)による異端審問であった……💣
それすなわち身分も地位もある高僧が字も読めぬ娘っ子をいぢめるという図に他ならない。
ジャンヌは回想の中で、故郷に帰り「羊飼いの娘」に戻る機会があったのに戻らなかったと認める。「正直今はパンをこねたり糸を紡ぐ自分は考えられない」と突き進んだのだと……。
「女に男の服を着られるだけで侮辱を感じる」という時代となれば、素朴な農民の娘から逸脱、どころか侵犯してきた男装の女戦士を社会は許すはずもなく、魔女と認定され火刑に処せられるしかない。
それでも、信念を貫き通した彼女にとっては悲劇ではなかった--と結末は訴える。そして、そこに中世からルネサンス期の狭間という大昔に生きた少女が今現在においても、生々しく立ち上がってくるのだった。
それにしても第1巻あたりの神の啓示場面は限りなくホラーに近い。夜中に見たら心臓に悪いぐらいである。さすが霊感を持つという山岸凉子💦と言いたくなるぐらいだ。
さて『レベレーション』冒頭は1425年に始まり、1431年に終わる。当時の英仏絡んだ歴史的背景は複雑だが、カトリック×プロテスタントの宗教対立まで絡んでくる『王妃マルゴ』の背景も極めて複雑である。
こちらは130年ほど後、マルゴことマルグリット・ド・ヴァロワが6歳の時から始まる。ジャンヌが貧しい農民の娘なら、一方マルゴはフランス国王の美しい娘である。天と地ぐらいの差だ。
加えて政争と戦乱の中で62歳まで長生きしたというのもジャンヌと対照的である。
「一番ステキな夢は美しい王子様と結婚すること」と愛を夢見る少女のマルゴだったが、残念ながら王族の一人であるからそんな自由はない。初恋の相手とは引き離され、国家と宗教の間で政略結婚をさせられるのみ。
しかも肝心の結婚相手のアンリ(4世)はあらゆる意味で信頼できない男であった💢
さらに、その背後には恐ろしい猛母たるカトリーヌ・ド・メディチが存在する。息子たちを次々に王位につける中で隠然たる支配力を奮う。それは敵どころか自分の子どもでさえ暗殺することも辞さない、非常に恐ろしい母親である。読んでいてコワ過ぎて泣きそうなぐらいだ。
マルゴも自分の母親に殺されるのではないかと常に戦々恐々とする。この恐るべき母を描く萩尾望都の筆致は実に容赦がない。まさに真骨頂と言えるだろう。
その血で血を洗う複雑な勢力関係の荒波の中で、夢見る少女はやがて自らの美貌と肉体を武器にすることを辞さぬまでになる。
後世に彼女は「華麗なる恋愛遍歴」、別の言い方をすれば「淫乱」などと評されたようだ。しかしそのような人物像ではなく、作者は天寿を全うするまでただ一人の男への愛を貫いた純粋な女としての一代記を描いたのである。
この作品は驚いたことに萩尾望都の初の歴史ものだという。「ポー」シリーズなどで様々な時代を風俗にこだわって描いているので、てっきり歴史ものも描いていると思ったのだが違ったのね(;^ω^)
しかも最初の掲載誌が休刊になり、別の雑誌に引っ越し連載という災難にあった。そのせいか終盤が駆け足っぽくなってしまったのはちと残念である。
ベテランのマンガ家が二人揃ってフランス史に残る女性(しかし極めて対照的な)を描いたことは奇遇としか言いようがないが、その背後に存在するテーマは若い頃からこだわってきたものと不変であり、「三つ子の魂百までも」なのが読み取れる。
そして、自らの信仰と意志を貫き逸脱したジャンヌが二十歳前に早世し、身分と政治の境界の中で流されてサバイブしたマルゴが長生きしたというのも、何やらいつの世であっても変わらぬ女の行く末を描いているようだ。
【オマケ】
ついでに関連した音楽を紹介しよう。
ジャック・リヴェットが1994年に作った『ジャンヌ・ダルク』前・後編のサウンドトラック。音楽担当はジョルディ・サヴァールで、「ロム・アルメ」(武装した人)をモチーフに使い、当時の写本の曲、デュファイの作品、そしてサヴァールのオリジナル曲から構成されている。
公開当時、サンドリーヌ・ボヌールのジャンヌがナウシカみたいだと話題になった。ここにもハヤオの影響が(!o!)
ルネサンス期作品をレパートリーとするデュース・メモワールによる、デュ・コーロワの作品集。彼はアンリ4世(マルゴの元夫)の宮廷楽団の音楽監督だった。
2枚組の片方に、暗殺にあったアンリ4世の葬儀で演奏された「国王のためのレクイエム」を収録している。(司祭の説教まで付いている)
演奏の水準は高く極めて美しく、何度でも聞きたくなる。
付属のブックレットには、暗殺時に乗っていたものとおぼしき国王の馬車の写真が載っている。実物が残ってるんでしょうか。
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