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2022年3月

2022年3月26日 (土)

「パワー・オブ・ザ・ドッグ」:大いなる西部で叫ぶ

220325 監督:ジェーン・カンピオン
出演:ベネディクト・カンバーバッチ
米国・イギリス・ニュージーランド・カナダ・オーストラリア2021年

本来ネトフリ配信作品であるが、開始前の映画館特別上映で見た。
1920年代のモンタナで牧場を営む兄弟。威圧的で容赦がない兄に対し従順で大人しい弟--正反対の二人であったが、長年共に過ごしてきたらしい。

驚くのはいい歳した兄弟なのに同じ一つのベッドに寝ていることである(狭苦しい💨)。部屋がないわけではなく、住んでいるのは立派な大邸宅なのだ。しかし、弟が近隣に住む未亡人と結婚したことから関係が揺らぐ。
前半は突然に変化した生活に、兄フィルに扮するカンバーバッチの悶々としたアップが続く。同時に再婚相手のローズにとっても同じ屋根の下に暮らすのは大きな圧力だった。

そして彼女の連れ子の少年が牧場に現れたことでさらに変化が生じ、後半は何やらサイコホラーかサスペンスか、みたいな雰囲気になってくる。『2001』のリゲティを思わせるJ・グリーンウッドの音楽が煽ってさらに拍車をかける。
そして、中心の4人の誰もが最初に見た通りの人物ではないことが徐々に明らかになるのだった。

その中でも特に浮かび上がってくるのは一人の孤独な男の肖像である。宣伝の段階で過去の別の映画が引き合いに出されていて「こりゃネタバレだっ(!o!)」問題が生じたけど、それよりも連想するのは『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』だろう。

傲慢で粗野と見えて実は大学出で教養があり手先も器用、何一つ表面には見せないという矛盾に満ちた人物像をカンバーバッチは的確に演じている。
対するキルステン・ダンストのローズは、幸福を願いながら細いヒールの足元みたいに不安定。弟(ジェシー・プレモンス)の優しさと穏やかさは無神経と紙一重、そして軟弱な息子役のコディ・スミット=マクフィーもジワジワと来る。
彼ら4人の演技は全くもってケチが付けようがない。

こんな内容ではネットフリックスでしか資金を出してくれないなーと思う。一方、モンタナの広大な風景(実際のロケ地はニュージーランドだが💦)の美しさは大スクリーンで見なけりゃソンソン👀のレベルだろう。
案の定、サム・エリオットがこんなのはカウボーイじゃない<(`^´)>とケチをつけて話題になった。同じくモンタナの牧場とカウボーイたちを描く(と言っても、現代のだが)TVシリーズ『イエローストーン』を作っているテイラー・シェリダン監督ならなんと言うだろうか。聞いてみたいところだ。

問題は、兄弟のバックグラウンドが仄めかされるだけでよく分からない部分があること。両親との関係も不明である。
それと前半のテンポがゆったり過ぎなのが難点だ。

今年のアカデミー賞では最多11部門ノミネートとなった。はてどのくらい取れるだろうか。俳優部門は4人とも入っているけど難しいようだ。カンバーバッチは主演男優賞確実と思ったものの、ウィル・スミスの方に行くのかな……(?_?)
スミット=マクフィーは、まるで金子國義描く若者みたいで思わずスクリーンをガン見してしまった。


さてその後、物語の背景を詳しく知りたくなって原作小説を読んだ。
版権の関係なのか、なぜか角川文庫と早川書房のハードカバー版が数か月の差で出版された。しかも書名が、冒頭に「ザ」があるかないかという微妙な差をつけている。
値段を考えれば文庫版一択だ……が、本屋で散々迷って見比べた挙句(スイマセン)早川の『ザ・パワー・オブ・ザ・ドッグ』(山中朝晶訳)を選んだ。説明的な部分の訳文が丁寧な印象を受けたからである。値段は3倍だけどな(;^_^A

原作小説はトマス・サヴェージが1967年に出したものだ。読んでみて映画はかなり原作に忠実だったことに驚いた。
ローズの食堂でのトラブルや、終盤のフィルと少年が関わる過程はわりとあっさり短めの記述である。映画の方が長く膨らませている。

原作に詳しく描かれているのは、ローズと先夫のなれそめと結婚生活だ。夫がどのように死に至ったのかはかなり重要だろう。
それから兄弟の若い頃のエピソード。特に面白かったのはフィルが西海岸の名門大学に入学した時の「事件」だ。資産家の子弟ということで、数多ある友愛会から勧誘がひきも切らず招待された。しかし、入会決定最終日に彼は学生たちに小バカにした態度を見せて全てを否定して立ち去ったのである。
そのとばっちりで二年後に弟が入学した時には、期待して待ち構えていたのに誰も誘ってくれなかったという……(^O^;)

とにかく彼は「俗物」が嫌いなのだ。その代表は自分の両親であり、結局牧場から追い出してしまう。そして今や「俗物」の最たるものがローズなのである。
彼女の未熟なピアノも我慢ならない(元々は映画館で無声映画の伴奏をやっていた)。映画内でも描かれていたが、芸術の才能にも秀でた彼はバンジョーで楽譜なしで彼女より遥かに正確に同じ曲を弾ける(ちなみに、バンジョーは非常に演奏が難しい楽器らしい)。
またフィルは年にニ、三回しか床屋に行かない(弟が車に乗せて町へ出かける)とあるが、そうなると行く直前は手入れなしのロン毛にモジャモジャ髭という恐ろしい外見になってたはず⚡

というようにフィルとローズの心理状態はかなり詳細に描写している。ローズが大邸宅の中で孤独に追い詰められていく様子はまるで『レベッカ』のようである。
あと先住民の父子について二章をさいて描いているが、映画では一瞬しか登場しない。

全体としては異なる人物の異なる時期の各エピソードのつなげ方がやや乱暴に投げ出されているような気がした。そのせいか読後は映画よりアッサリ感がある。
もっとも「衝撃のラスト」を事前に知って読んだせいかもしれないが。
発表当時、舞台となっている1920年代は既に古めかしい過去の時代となっていただろう。しかし懐古するのではなく、突き放した極めて現代的な物語となっている。

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2022年3月19日 (土)

「巨大映画館の記憶」

著者:青木圭一郎
ワイズ出版2021年
https://www.honyaclub.com/shop/g/g20475818/

新聞書評欄で短く紹介されたのを見かけたのだが、たまたま検索したら意外にも地元の図書館に入っていた。それでとりあえず借りてみた。

東京にかつてあった巨大映画館をもれなく詳しく紹介。歴史・変遷から写真、座席表まで載っている。全体の半分以上のページを主要劇場の全上映作品リスト(もちろん戦前から)が占めているということで、読むというより資料としての要素が高い。
映画自体の研究だけでなく、昭和時代を舞台に小説とかシナリオ書く人にも役立ちそうな内容だ。

戦前は芝居・音楽の実演と映画上映を並行してやっていたのが普通だったらしい。二千席以上の劇場も珍しくなく館数も多かったが、現在ではゼロになってしまった💨
新宿コマ劇場も昔は映画をやっていたと初めて知った。

専門家でもない私は単純に昔行った映画館をチェックしてみた。よく行ったのはやはり新宿プラザやミラノ座あたりかな。
ミラノ座一日最大入場者数は1986年『ロッキー4』の22323人だって(◎_◎;) 当時の座席数1500弱だから立ち見を入れてギュウギュウだったはずだ。新宿プラザは『スター・ウォーズ』のえぴ4~6ロードショーでは必ず行った。

というわけで、資料としての用途以外は昔を懐かしむ映画ファン向けだろう。著者は5年ぐらい前に東京の名画座についての本を出している。

大昔、ケン・ラッセル『アルタード・ステーツ』のロードショーを日比谷(多分)の大映画館で見た時、恐ろしいほどの不入りだった。外は連休で人が大勢さざめき歩いているのに館内はニ、三十人しかいなくて冷気が漂っていた💦のを記憶している。

それがどの映画館だったか確認したくて、当該年月日の上映作品リストを眺めたのだが出ていない。他の地区のリストも探したがそもそも『アルタード~』自体見つからないのだ。
もしかして闇歴史として葬られたかしらん(^^?

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2022年3月17日 (木)

「宮廷の華 リコーダー音楽の愉しみ」

220316a 演奏:辺保陽一ほか
会場:ウェスタ川越リハーサル室
2022年2月12日

リコーダーによるバロック名曲でヨーロッパを巡る内容のコンサート。
ヘンデルのソナタから始まりフランスへ行ってクープラン、後半はバッハそしてシメはコレルリの「ラ・フォリア」だった。(フォリアを縦笛で吹くのは大変そうだ)

間にチェロ長瀬拓輝、チェンバロ鴨川華子の独奏も入った。ボワモルティエの鍵盤曲「蚤」は本当にノミっぽかった(^◇^)ピョン⤴

全体に初心者から笛愛好者までオッケーな手堅いプログラムだったといえよう。ただもうちょっと響きのある会場だったらよかったなと思った。
辺保氏は複数の縦笛を使用して、それぞれ解説もしていた。なんと椅子の上に電気座布団(?)を置いて笛を温めていた。なんでも象牙を吹口に使った笛は寒いと非常に冷たくなってしまうので(まさかクチビルがしもやけとか?!)温めるのだそうだ。知らなかった💦

2時間コンサートやってから、さらに続けてワークショップとマスタークラスも開催。お疲れ様でした。

220316b ←チェンバロの装飾がとても美しかった。

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2022年3月14日 (月)

「ほんとうのピノッキオ」「ホフマニアダ ホフマンの物語」:よい子には見せられねえ~!古典名作映画化作品

「ほんとうのピノッキオ」
監督:マッテオ・ガローネ
出演:ロベルト・ベニーニ
イタリア2019年

「ホフマニアダ ホフマンの物語」
監督:スタニスラフ・ソコロフ
ロシア2018年
*TV録画視聴

よい子は絶対鑑賞禁止💥 悪い大人にだけ推奨の2作を紹介したい。

まず、最初は『ゴモラ』『ドッグマン』などのマッテオ・ガローネ監督が、自国の超有名童話を実写映画化した『ほんとうのピノッキオ』である。
「ピノキオ」といやあ誰でも知っているよ(^O^)bと言いたいが、実際に原作をちゃんと読んだ人は少ないのではないか。私も小さい頃に絵本で読んだ気がするが、ほとんど覚えてない。かろうじて記憶しているのは鼻がのびるところぐらいだ。

原作が出たのは19世紀末、その当時の社会をあくまでもリアルに小汚く描き、背景として奇想天外な教訓話が進行していく。
木片の時から暴れん坊(^^?なピノッキオは、作り主のジェペット爺さんが質入れして買ってくれた教科書を持って学校へ向かうはずが人形芝居小屋へ行ってしまう。
こりゃ、悪い子というよりは欲望と好奇心に素直に従って気まぐれに動いているような感じだ。おかげで波乱万丈な物語は紆余曲折して続くのであった。

その世界は醜悪で精緻、グロテスクと華麗さ、卑俗と潔癖が同居している。
子どもたちを集めて売り払う人さらい、厳しく代償を要求する雑貨屋、虐待と紙一重な体罰の学校などが登場するが、実際に当時存在したものだろう。
そんな写実の中にカタツムリの侍女(かなり不気味)、忠告・説教するコオロギ、サルの裁判官などどれも違和感なく溶け込んでいる。人形芝居の操り人形たちはあくまでも糸が付いたまま動くのだった(^▽^;)
最後はメデタシメデタシで終わるが、なんとなく湧き上がる「これでいいのか」感も含めて、まさにそのままの映画化といえる。

ただ、ワルモノのネコとキツネだけは人間っぽい外見なのはなぜなのだろうか。しかも、彼らの食い意地の迫力と終盤のヨレヨレと哀れな姿の描写は全くもって容赦がない。
なおピノッキオたちを海で助けるマグロ(?)には久しぶりに「人面魚」という言葉を思い出した(^^;;;コワイヨ~

ジェペット爺さん役は『ピノッキオ』にこだわりを持つロベルト・ベニーニ。なに、今年70歳だって? 若い💡

もうこの「ピノキオ」が本場もんで本命、これ以上のものはないっ❗……と断言したいところなのだが、ロバート・ゼメキス監督、爺さん役トム・ハンクスで映画化進行中らしい。(ただし、ディズニーなんで過激な描写は期待できず)
それどころか、ギレルモ・デル・トロもストップモーション・アニメ製作中だとか。
今なぜピノキオなのか? その謎を解くためにはさらにオタクの密林奥深く探検隊が進まねばなるまいよ。


ドイツの作家E・T・A・ホフマンというとオペラ『ホフマン物語』バレエや『くるみ割り人形』『コッペリア』で知られるのだが、そのどちらの世界にも疎いのでこれまで名前を聞いたぐらいだった。
『ホフマニアダ』は彼が夢想した物語群を、作者自身の境遇と共に映像化したロシア製ストップモーション・アニメである。
この手法は『ホフマン物語』と同じものらしいが、取り上げられている小説は異なるようだ。

しがない官吏生活に汲々とするホフマンは、歌劇場に就職を目指しつつ幻想的かつ悪夢的な物語を綴る--。
それらは彼自身を取り込んで、陰鬱な生活の周囲に万華鏡のように断片として散りばめられ、観る者を幻惑する。
その映像の印象はコワい・キモい・エロいの三拍子~🎵 こりゃ圧倒された。

特に「砂男」の部分はドロドロした悪夢のよう。映画館の大画面で観たら恐怖で震え上がりそうだ。良い子にはとても見せられねえ。夜中にうなされちゃう。
木の枝に絡んだヘビ娘の色気たっぷりの妖しい動きよ。見ていいのは悪い大人だけ!
渾身の力を込めて描かれたいかがわしさに感動するのは間違いない。

作ったのは老舗アニメスタジオだそうだけど、これからもプーチンの横暴に負けずエロくてコワい作品を出してほしい。

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2022年3月 5日 (土)

映画落穂拾い2021年後半これでラストだ編

落穂拾い感想についてはこれで2021年鑑賞分はようやく最終となります。(1本立てはまだまだ続くよ💦)

220305a「リスペクト」
監督:リーズル・トミー
出演:ジェニファー・ハドソン
米国2021年

アレサ・フランクリンの伝記映画--といっても描いているのは半生のみ。少し前にドキュメンタリーとして公開されて評判となった教会でのゴスペル・コンサート、その再現がクライマックスになっている。

若くして歌手として注目されるも、高名な牧師である強圧的な父親から逃れた先はダメ男なDV夫であった……というのは才能ある女の宿命なのか。
それに反するように、女の自立と団結が曲で歌われる。その時々の境遇や信条にふさわしい歌をうまく当てはめて使用されている。
さらにJ・ハドソンの熱演&熱唱と、父役のF・ウィテカーのサポート演技が光る。

音楽関係の場面も見どころが多い。最初の録音のスタジオでのどうにもうまくいかない雰囲気。
そしてよく知られるマッスル・ショールズ録音場面は、これまで伝え聞くのみだった。それが、これまた有名な(?)殴り合いシーンも含めて実際に目にできる嬉しさよ✨である。

ただ、ちょっとたるみを感ずる部分もあった。ハドソンの声はやはりアレサ本人とは違うなーと思ったり。でも歳を取るにつれて貫禄の付いた歌い方にしていくような小技は、さすがと言える。

映画のラストは30歳ぐらいだっけ? その後も色々と紆余曲折あったはず。なにせ私が初めてラジオで彼女を聞いたのは、さらにこの数年後である。ライヴ場面で盛り上げて終わりとしちゃうのは最近の流行りのようだ。

帰宅してミュージック・マガジン誌のアレサ特集を掘り出してみた。テッドについては「ほぼ女衒」と書いてあって、そりゃ大変だ~💥


「悪なき殺人」
監督:ドミニク・モル
出演:ドゥニ・メノーシェ
フランス・ドイツ2019年

「藪の中」だと事前に聞いてたが、そうではなくて人物ごとに同じ事件の経緯を繰り返して最後に玉ネギをむくように真実が明らかになるという仕様だった。そこには「幻想の愛」という一つのテーマがある。

そこで「予想もつかなかった」「そう来たか!」と感心するのか。それとも「いくつかの話を無理につなげただけじゃないの」「なんだかなあ」と思っちゃうか。人によるだろうけど、私は後者だった。
どうもフランス流のユーモアは苦手かも。

冒頭のヤギの場面はいつの時点なのか結局分からなかった。(最後の最後なのかな)
なお、犬を熱愛する人には鑑賞をオススメできません。


220305b「ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男」
監督:トッド・ヘインズ
出演:マーク・ラファロ
米国2019年

マーク・ラファロがプロデューサー兼主演で大企業を撃つ❗といった趣な、実話を元にした映画である。

「テフロン」加工で有名なデュポン社による環境汚染と健康被害の責任を追及した実在の弁護士が主人公だ。係争は長期にわたり未だ継続中である。
普通ならばドラマチックに盛り上げそうだが、そうはならずに淡々とした語り口だ。
事件に関わることによっての逡巡や悩みがジリジリと続く。それは勇壮なヒーロー像とは異なるものである。敵はあの手この手を繰り出し、現実の闘いはスッパリと終わらない。

ラファロは惑う男を演じて、演技賞ものであった。ティム・ロビンスも忘れちゃいかん。ビル・プルマンは見て最初分からなかったですよ(;^_^A

見ていて複数の日本の公害事件を思い出さずにはいられなかった。従業員に対して事実を隠して工場内で人体実験を行うとは、人間のやることではない(>O<)
ここでも出た!膨大な箱詰め文書。それにしても文書が残っていることは大切である。

……のではあるが、昔CNNで耳にした(別の作品の)映画評のフレーズ「ためにはなるが旨みのない、自然食のような映画です」というのを思い出してしまったのも事実。身体に悪いものも食べたくなっちゃうのよ~🍔

ところで、舞台のウェストバージニアって米国内でどういうイメージなんでしょうか?

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