「パワー・オブ・ザ・ドッグ」:大いなる西部で叫ぶ
監督:ジェーン・カンピオン
出演:ベネディクト・カンバーバッチ
米国・イギリス・ニュージーランド・カナダ・オーストラリア2021年
本来ネトフリ配信作品であるが、開始前の映画館特別上映で見た。
1920年代のモンタナで牧場を営む兄弟。威圧的で容赦がない兄に対し従順で大人しい弟--正反対の二人であったが、長年共に過ごしてきたらしい。
驚くのはいい歳した兄弟なのに同じ一つのベッドに寝ていることである(狭苦しい💨)。部屋がないわけではなく、住んでいるのは立派な大邸宅なのだ。しかし、弟が近隣に住む未亡人と結婚したことから関係が揺らぐ。
前半は突然に変化した生活に、兄フィルに扮するカンバーバッチの悶々としたアップが続く。同時に再婚相手のローズにとっても同じ屋根の下に暮らすのは大きな圧力だった。
そして彼女の連れ子の少年が牧場に現れたことでさらに変化が生じ、後半は何やらサイコホラーかサスペンスか、みたいな雰囲気になってくる。『2001』のリゲティを思わせるJ・グリーンウッドの音楽が煽ってさらに拍車をかける。
そして、中心の4人の誰もが最初に見た通りの人物ではないことが徐々に明らかになるのだった。
その中でも特に浮かび上がってくるのは一人の孤独な男の肖像である。宣伝の段階で過去の別の映画が引き合いに出されていて「こりゃネタバレだっ(!o!)」問題が生じたけど、それよりも連想するのは『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』だろう。
傲慢で粗野と見えて実は大学出で教養があり手先も器用、何一つ表面には見せないという矛盾に満ちた人物像をカンバーバッチは的確に演じている。
対するキルステン・ダンストのローズは、幸福を願いながら細いヒールの足元みたいに不安定。弟(ジェシー・プレモンス)の優しさと穏やかさは無神経と紙一重、そして軟弱な息子役のコディ・スミット=マクフィーもジワジワと来る。
彼ら4人の演技は全くもってケチが付けようがない。
こんな内容ではネットフリックスでしか資金を出してくれないなーと思う。一方、モンタナの広大な風景(実際のロケ地はニュージーランドだが💦)の美しさは大スクリーンで見なけりゃソンソン👀のレベルだろう。
案の定、サム・エリオットがこんなのはカウボーイじゃない<(`^´)>とケチをつけて話題になった。同じくモンタナの牧場とカウボーイたちを描く(と言っても、現代のだが)TVシリーズ『イエローストーン』を作っているテイラー・シェリダン監督ならなんと言うだろうか。聞いてみたいところだ。
問題は、兄弟のバックグラウンドが仄めかされるだけでよく分からない部分があること。両親との関係も不明である。
それと前半のテンポがゆったり過ぎなのが難点だ。
今年のアカデミー賞では最多11部門ノミネートとなった。はてどのくらい取れるだろうか。俳優部門は4人とも入っているけど難しいようだ。カンバーバッチは主演男優賞確実と思ったものの、ウィル・スミスの方に行くのかな……(?_?)
スミット=マクフィーは、まるで金子國義描く若者みたいで思わずスクリーンをガン見してしまった。
さてその後、物語の背景を詳しく知りたくなって原作小説を読んだ。
版権の関係なのか、なぜか角川文庫と早川書房のハードカバー版が数か月の差で出版された。しかも書名が、冒頭に「ザ」があるかないかという微妙な差をつけている。
値段を考えれば文庫版一択だ……が、本屋で散々迷って見比べた挙句(スイマセン)早川の『ザ・パワー・オブ・ザ・ドッグ』(山中朝晶訳)を選んだ。説明的な部分の訳文が丁寧な印象を受けたからである。値段は3倍だけどな(;^_^A
原作小説はトマス・サヴェージが1967年に出したものだ。読んでみて映画はかなり原作に忠実だったことに驚いた。
ローズの食堂でのトラブルや、終盤のフィルと少年が関わる過程はわりとあっさり短めの記述である。映画の方が長く膨らませている。
原作に詳しく描かれているのは、ローズと先夫のなれそめと結婚生活だ。夫がどのように死に至ったのかはかなり重要だろう。
それから兄弟の若い頃のエピソード。特に面白かったのはフィルが西海岸の名門大学に入学した時の「事件」だ。資産家の子弟ということで、数多ある友愛会から勧誘がひきも切らず招待された。しかし、入会決定最終日に彼は学生たちに小バカにした態度を見せて全てを否定して立ち去ったのである。
そのとばっちりで二年後に弟が入学した時には、期待して待ち構えていたのに誰も誘ってくれなかったという……(^O^;)
とにかく彼は「俗物」が嫌いなのだ。その代表は自分の両親であり、結局牧場から追い出してしまう。そして今や「俗物」の最たるものがローズなのである。
彼女の未熟なピアノも我慢ならない(元々は映画館で無声映画の伴奏をやっていた)。映画内でも描かれていたが、芸術の才能にも秀でた彼はバンジョーで楽譜なしで彼女より遥かに正確に同じ曲を弾ける(ちなみに、バンジョーは非常に演奏が難しい楽器らしい)。
またフィルは年にニ、三回しか床屋に行かない(弟が車に乗せて町へ出かける)とあるが、そうなると行く直前は手入れなしのロン毛にモジャモジャ髭という恐ろしい外見になってたはず⚡
というようにフィルとローズの心理状態はかなり詳細に描写している。ローズが大邸宅の中で孤独に追い詰められていく様子はまるで『レベッカ』のようである。
あと先住民の父子について二章をさいて描いているが、映画では一瞬しか登場しない。
全体としては異なる人物の異なる時期の各エピソードのつなげ方がやや乱暴に投げ出されているような気がした。そのせいか読後は映画よりアッサリ感がある。
もっとも「衝撃のラスト」を事前に知って読んだせいかもしれないが。
発表当時、舞台となっている1920年代は既に古めかしい過去の時代となっていただろう。しかし懐古するのではなく、突き放した極めて現代的な物語となっている。
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