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2022年7月

2022年7月31日 (日)

「古楽系コンサート情報」8月分更新

「古楽系コンサート情報」8月分(東京近辺)更新しました。
左のサイドバーにもリンクあります。ライヴ配信などは入っていません。

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2022年7月25日 (月)

「大塚直哉レクチャー・コンサート バッハ"平均律"前夜」:少年老いやすく楽譜写し難し

220725a 月明りのもと書き写した楽譜たち
演奏:大塚直哉
会場:彩の国さいたま芸術劇場音楽ホール
2022年7月3日

これまで7回に渡りバッハの平均律第1集・第2集をチェンバロとオルガンで弾き比べしてきた本シリーズも完了した。(1回目7回目
この番外編は時代をさらにさかのぼってバッハ先生の若い頃……どころか少年時代のバッハをオルガンとチェンバロに加え、クラヴィコードも使ってたどるという豪華版だ。

9歳の時に両親を亡くして、28歳の兄の下に引き取られたバッハ少年。有名な逸話として伝わっているのは、教えられた分だけではもの足らず、鍵のかかった棚に入った兄の楽譜を夜中にこっそり取り出して書き写したという。

まずその時に書き写された可能性が高い曲を大塚直哉が3台の鍵盤を使って演奏した。
後年、バッハとの演奏対決を直前に逃走したというエピソードが残るマルシャン、フローベルガー、ケルル、パッヘルベルである。
ケルルはクラヴィコードを使っての演奏だが数百人のホールではさすがにキビシイ。聞こえないということはなかったけど。
パッヘルベルのオルガン曲は良曲なのに録音があまり出ていないようなのは残念である。

さて、そこでゲストの羊皮紙研究家八木健治登場。しかし第一声が
「今日は羊皮紙研究家として来ましたが、実はバッハは羊皮紙を使ってないんです」
聴衆「な、なんだって~(>O<)」ドドーッ(←一斉に椅子からコケる音)

220725b では羊皮紙の代わりにどのような筆記具を少年バッハは当時使ったのか--ということで俄かに舞台上が実験室に変身、となったのであった。

代わりに使用していたのは古着を回収して作った手すき紙だそうな。インクはなんと虫こぶから作成(実際に製造過程をやってみる。仕上げは赤ワイン🍸よ)。
最後には照明を月明り程度に暗~くし、当時の紙、インク、羽ペンを使用してナオヤ氏が手稿譜を書き写してみるという追体験を行なったのであった。(一応書き写すことができた)

トークならぬ実験の後は当時のバッハ作品「最愛の兄の旅立ちに寄せるカプリッチョ」が演奏された。この曲はタイトルのせいだろうか有名だけど、なかなか実演で聴く機会は少ないので新鮮だった。あと、旅立った「兄」は実の兄のことではなくて「近所のおにーさん」らしいというのは初めて知りました(!o!)

これで前半終了したが既に1時間半近く経っていた。
220725c 続いて後半はやはり八木氏が登場して今度は専門の羊皮紙について解説。実際の道具など持ち込んで製作工程をたどって見せた。作るのに手間がかかるし、羊一匹でA4サイズ6枚しか作れないという効率の悪さ。しかも値段は高い。ただ丈夫なので楽器の部品・補強にも使われていたというのは驚きの史実だった。

その後の演奏は、バッハが「平均律」でテーマを借用したらしいフィッシャー、寄宿生時代に勉強したであろうベームの作品に続き、トッカータニ長調(BWV912)でシメとなった。

全体に普段あまり演奏されることの少ないバッハの先輩格作曲家たちの作品を色々と聞けてよかった。
レクチャー部分も聞きごたえ十分。毎度のことながら2200円は超お得価格であった。
手すき紙と羊皮紙の見本(小片だけど)貰えたのも良かった。
羊皮紙はかなり固いのでビックリ。手すきの方は厚めの和紙っぽい。実物に接しないと分かりませんなあ。


さて、まもなくさい芸は2年間の休館になる。しかしポジティフ・オルガンを使った企画を他のホールへ移動して続けるということで、一年後を予定しているらしい。一年と言わず、ぜひ半年後ぐらいにやってほしいものよ。
しかし会場がもし埼玉会館だったら……(;・∀・)ビミョー
2年もの間、埼玉は文化不毛の地と化すのであろうか💧

220725d

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2022年7月21日 (木)

「ゲルハルト・リヒター展」

220720a 会場:東京国立近代美術館
2022年6月7日~10月2日

今季話題の展覧会の一つには間違いないだろう。6月末に、暑かったけど素早く行ってきた。事前学習のために買った「ユリイカ」も「BT」もろくに読んでないままという無謀さである。
地下鉄の駅から美術館まで徒歩数分しかないのだが、この日はその距離でも全身の血液が沸騰しそうな猛暑だった。

会場配布のリーフレットには「順路はない」と書いてあるが、やはり入口に近い「アブストラクト・ペインティング」か連作「ビルケナウ」から見てしまうのは仕方ないだろう。
初期(1965年)の写真を元にした「モーターボート」のような古い作品もあるが、大半は2000年代に入ってからのものである。それでもかなりの多様性があり、70歳過ぎてからも相当精力的に制作し続けていたらしいのがよく分かる。
これではすべての年代を網羅した回顧展なぞやったら大変なことになりそうだ。

220720b 他には幾何学的な面を見せる「カラーチャート」シリーズと横長に超大な縞々「ストリップ」も目を引く。ラッカー塗料とガラス板から成る偶然の産物の「アラジン」、風景写真の絵葉書(?)に異化作用のように油絵具を塗った「オイル・オン・フォト」など--ずっと見ていくと絵の色や形よりも、その画材の質感こそが一番重要だと思えてくる。
しかしそれは印刷物や他のメディアを通してではなく、実物を見てみないと分からないものなのだ。

「アブストラクト~」で、ある部分はヘラでこそぎ取られ、またある部分は照明を反映してギラリンと輝く油絵具。チラシにも220720c 使われている「エラ」の絹の表面のような質感。ツルリとしたガラス絵。
それらは表象を超えて、あたかも材質こそが本質であるかのように見る者に迫ってくる。
そういえば、リヒターが鏡やガラスにこだわりを持った作品を作り続けているのも初めて知った。

そう考えると、どうとらえていいのか分からないのはやはり「ビルケナウ」である。
ユダヤ人収容所内をとらえた恐ろしい4枚の写真--といっても、物的にはモノクロのボケたスナップなのだが、作者が長年こだわり続け作品にしようとし、遂には全てを塗りこめてしまった4つの大作だ。
外見的には「アブストラクト~」の範疇に入るだろう(色彩の傾向は若干異なる)。しかし部屋の入口に写真が展示され、それを下敷きにして描かれたと解説してあれば見る者は当然4枚の絵画を凝視し、その悲惨な光景を必死で透かし見ようとするのは当然だ。
でも、それはできるはずがない。元の絵は完璧に塗りこめられているのだから。

さらに謎なのは、反対側の壁にその4作の完全原寸大写真コピー(ただし区切り線が入っている)を対置していることなのだ。
さきほど私は「材質こそが本質」と書いたが、ここでは当然オリジナルの材質感は完全に消去されツルリンとした表面となっている。
これはどういうことなのだろうか? すべての質感を消し去った先に何があるのか。

塗りこめられた過去の恐怖と、その物体としての存在感を消し去った写真コピー。そのはざまが「見る」という行為の意味を激しく問いかけてくる。
そして部屋の奥の薄暗い巨大なガラス(鏡?)が両者の間で戸惑ってウロウロとする鑑賞者の姿をぼんやりと映し出すのだった。

なおホロコーストを題材にした大作というと、キーファーの「マイスタージンガー」を思い出してしまった。「ビルケナウ」は抽象画だが、こちらはあくまで具象画である(とはいえかなり抽象度が高い)。しかし両者とも塗り込め度の執念はかなり似ている。
「マイスタージンガー」はタイトル以外の情報がないまま見たとしても何やら怖い。歌合戦の場面だろうと思って見てもやっぱりマジに怖い。

220720d そこに抽象と具象の差異があるのだろうか。🎵抽象と具象の間には深くて暗い河がある🎶と言ってよいのか。

所要時間は意外に短くて45分ぐらいで一回りできた。おかげで行ったり来たりして、「ビルケナウ」は三回も見てしまった。土日は混んでいるだろうから分からないが。9月あたりにもう一度見たい気もする。
だが入場料2200円⚡で「ユリイカ」、「BT」、図録と揃えたら、諭吉が一枚飛んでっちゃう。文化的生活を送るには金がかかるのであるよ(+o+)

なお、コレクション展の2階にもリヒターの小コーナーがあるのでお忘れなく。
同じフロアに会田誠や村上隆の昔の作品(日韓の女子高生が旗振ってる屏風と、タミヤのシリーズ)があってもはや「懐かしい」という感じだった。光陰矢の如しとはこのことだいっ。
常設展は冷房効き過ぎて、半袖では震え上がりそうだった。


ところで昔はよく買っていた「BT」誌、隔月刊だったのがこんどは季刊になっちゃうのを編集後記で知った。やはり雑誌メディアは厳しいのだな。
「芸術新潮」みたいに年に一度ヌード特集(さもなくば春画特集)やればよかったのかも💨

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2022年7月12日 (火)

「ドンバス」:不道徳かつ不健全な真実

220712 監督:セルゲイ・ロズニツァ
出演:タマラ・ヤツェンコ
ドイツ・ウクライナ・フランス・オランダ・ルーマニア・ポーランド2018年

今見ずしていつ見るか👀というテーマのロズニツァ監督作品、登場である。
ドキュメンタリー「群衆」三部作は面白いんだか面白くないんだか判然としないままに全作つい見てしまったのだが、彼が作る劇映画というのはどういうものなのか、一度見てみたいと思っていた。
それがロシアによるウクライナ侵攻によって急遽、緊急公開となったらしい(もっとも、そもそもはドキュメンタリー『マイダン』をやるつもりだったとか)。

内容はオムニバス形式で13のエピソードを円環状につないだもので、一部の人物が次のエピソードに登場したりするがほぼ相互関係なく続いていく。舞台は2014年から親ロシア派が支配するウクライナ東部ドンバス地方である。
いずれも実際に起こった出来事を元にしたというが、少し前だったら正直バカバカしすぎて「こんなんあるか👊」と信じがたい不条理な内容ばかりだ。でも最近のウクライナのニュース映像を見た後だと、ほとんどそのまんまなのである(゜o゜)

地下シェルターで暮らす人々、検問所、破壊されたバス、捕虜をいたぶる市民、フェイクニュース、突然襲う砲撃(音響がすごい)←特にこれは少し前に見た香港のジャーナリストが砲撃受ける映像が、ほぼ同じような感じだった。コワ過ぎである。

しかしながら、それらの出来事はブラックユーモアを混ぜて突き放して描かれていて、そこには社会性とかヒューマニズムとか感動の類いは何もない。そういうものを期待してはイカンのである。
結婚式の場面に至ってはただただ醜悪でバカらしい。しかも、新郎新婦役を演じているのが本物の夫婦だという……💨

一番イヤ~ッ(>O<)と思ったのは、取材に来たドイツ人ジャーナリストが兵士たちから「ファシストファシスト」と呼ばれた挙句「お前はファシストじゃなくても、お前のじーさんはファシストだったろ」と詰められる場面。
日本人も所と場合によっては似たようなことを言われそうかも(?_?;

逆に言えば、今回の戦争がなかったら果たして日本公開されたかどうか分からないほどの取っつきの悪い内容である(そもそも紛争の背景とか地理関係とかほとんど理解できなかったかも)。
ここまで人間の醜悪さを見せる作品であるから観客を選ぶことは確かだろう。心してご覧くだせえ。


なお、ロズニツァ監督はベラルーシ生まれで、ウクライナ育ち。学校を出て当地で働いていたが、ソ連崩壊後にモスクワの映画学校に入ったという複雑な経歴である(現在の本拠地はドイツ)。しかも母語はロシア語で名前もロシア語読みだという。
ウクライナ侵攻が始まった時にヨーロッパ映画アカデミーのロシアへの対応がぬるいと批判して退会を表明。
一方、ウクライナ映画アカデミーがロシア映画ボイコットを呼び掛けた際に、自国政府を批判するロシア人監督の作品まで含めるのはおかしいと異議を唱えたところ、こちらは除名処分にあってしまった。

さらに今年の秋に日本公開予定のドキュメンタリーは内容的にかなり問題作だったもよう。
「私はこれまでの人生で、いかなる共同体、グループ、協会、または、「圏」を代表したことはありません」(プログラムより引用)
しばらくロズニツァから目が離せないようである。

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2022年7月 3日 (日)

「古楽系コンサート情報」7月分更新

「古楽系コンサート情報」7月分(東京近辺)更新しました。
左のサイドバーにもリンクあります。ライヴ配信などは入っていません。

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2022年7月 2日 (土)

映画落穂拾い2022年前半編その1

忘れた頃の落穂拾い、期せずしてアニメ特集となりました(^^ゞ

「ロン 僕のポンコツ・ボット」
監督:サラ・スミス、ジャン=フィリップ・ヴァイン
声の出演:ザック・ガリフィナーキス
米国2021年
TV放送視聴

孤独な少年にプレゼントされた、みんなが持ってる友達ロボット。ずっと買ってもらえずに自分一人だけが持ってなかったので、喜んだのはいいものの贈られたのは不良品だった💥--というCGアニメ。
SNS依存の代わりに、子どもたちはロボット依存が甚だしくて全生活を頼り切っている。いかにも現代のお子様向きのテーマかもしれないが、あと10分ぐらい短い方がよかったんじゃないのと思ってしまった。

主人公がトムホっぽかったんで、ついスパイダーマン連想したりして。
友達みんなのため、さらには世界の平安のために大切なものを失うのをあえて認めるというのも似通っている。これも大人へ向かう試練というやつか。
悪役がS・ジョブズに似ているのは何か恨みがあるのだろうか(^^?と思ったりして。

結局、「ロボットが不良品」という一点だけで突破を図ったような気がしなくもない。ロボットはカワイイけどな。

しかしこのロボット、子どもより独居老人向けなんじゃないのか。話相手になって、荷物を代わりに運んでくれたり、杖代わりになったり、「えーと、向こうから来る人誰だっけ?」という時に「前の町内会長ですよ」と教えてくれたりして……孫より大事に思っちゃうかも。


「ミラベルと魔法だらけの家」
監督:バイロン・ハワード、ジャレド・ブッシュ
声の出演:ステファニー・ベアトリス
米国2021年
VOD視聴

こちらはディズニーアニメ。メガネのヒロインはチャーミング、家族のキャラクターも多様、音楽は良し、映像の色彩や動きは驚くほど(特にミュージカル部分の自在さ)……なんだけど、後半の展開についていけず肝心のテーマがよく理解できなかった。

バラバラになった家族が雨降って地固まるってことなのか(?_?)
家族の再生の話としても、どうにも複雑で回りくどく、遠くまで引っ張った挙句に元通りとは、納得いかない気分でモヤモヤする。
裏に何か意味があるんだろうとは思うものの、そこまで追求する元気も興味もないのであった。

結局ミラベルは「何者」なのか? 主人公は彼女じゃなくておばーさんの方だという説もあるし、ますます不明。音楽・映像に目が(耳が)くらみ脳ミソがついていかない。
というわけで前半9点、後半5点みたいな配分。分かる人だけに分かるミュージカル・アニメかな。
なお作中歌の「秘密のブルーノ」は大ヒット、再生回数で「アナ雪」を抜いてディズニー作品の中でトップになったとか。でも、アカデミー歌曲賞の候補になったのはこの曲ではなかったんだよね。


「アンネ・フランクと旅する日記」
監督:アリ・フォルマン
声の出演:ルビー・ストークス
ベルギー・フランス・ルクセンブルク・オランダ・イスラエル2021年

要するに「アンネの日記」のアニメ化ね--と思って興味が今一つ持てなかったが、そんな一言でまとめられるような単純なものではなかった。
さすがに『戦場でワルツを』のアリ・フォルマン監督、というところか。

現在、観光スポットと化しているアムステルダムの博物館、そこに保存されている事物のアンネの日記から少女が突然現れ、そして街中を歩き回る。

彼女は日記内に描かれるアンネの空想上の友達だった。しかし、彼女はアンネがその後どうなったか知らない。当然だ、日記はそこまで書かれる前に終わってしまっているのだから。

周囲の観光名所の数々に名が付けられ、象徴となってしまった「アンネ」現象に向ける視線は辛辣である。まるで本人に代わって批判しているようだ。

迫害から逃れ屋根裏に隠れ潜むユダヤ人と、警察の取り締まりを避け廃屋に集まり住む現代の難民や不法移民を重ね合わせるのは、まさに「今」にアンネを立ち現わせる試みと言えるだろう。
難民を迎えに来たバスがウクライナを連想させてウツウツとなってしまった。

結構クセのある作風なので、見る人を選ぶかもしれない。
ドイツ軍と戦う神話の軍団が「アベンジャーズ」みたいなのでちょっと笑ってしまった。

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