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2022年8月

2022年8月25日 (木)

「PLAN75」:明日なき制度

220825 監督:早川千絵
出演:倍賞千恵子
日本・フランス・フィリピン・カタール2020年

超高齢化社会の日本で75歳以上の安楽死推進法案が可決💥--という近未来SFぽい設定だが、脚本も兼ねている監督によると近未来の話ではないそうである。確かにSF的な要素もない。まさに「現在」なのである。

公共施設で流れる安楽死制度のCMを見ると、保険や投資の宣伝みたいで明るく前向きで……あまりに前向き過ぎるのがコワい。
富裕層向けのプランも紹介されるが、この制度の主要対象は貧しい身寄りのない高齢者であり、そちらの方向へ転がり落ちていくように社会全体の構造ができているようだ。
実際、現在の日本の高齢単身女性の半数が貧困状態にあるというから全くもってこれは絵空事ではない。

役所が行なう(多分)困窮者の炊き出し会場にもさりげなくブースが設置されて、高齢者が吸い込まれていく。しかも最後まで「いつでもキャンセルできますよ」と親切めかして付け加えるが、実際には選択した者の自己責任を強調しているのだ。

もっとも「実際には今の日本ではこんなちゃんとしたシステムは作れない」と書いている感想を見かけたが、私もそう思った。役所が直接担当せずに、怪しい団体が中抜きしてヨレヨレした仕様になっているに違いない。

主人公の78歳の女性は失業してから職を探すことができずプランへと追い込まれていく。身寄りのない年寄りには冷たい社会である。
主人公の台所が最初は洗剤やら調味料やら色々置いてあったのが、きれいに片付けられていくのが律儀な性格を表しているが、そのようにいくら誠意を尽くしキチンとした暮らしを全うしても無駄になるだろう。

一方、フィリピン人介護士のコミュニティはそのような日本社会とは対置して描かれているようだ。しかし彼女が「センター」で担当する所持品の場面は、ユダヤ人収容所を想起させゲンナリとしてしまう。
他に登場する若者二人は疑問なく淡々とプランの業務をこなしていくが、担当した相手を身近な人物として知ってしまえばもはや今まで通りには行かない。
合同葬儀の「おまとめプラン」(かな?名称忘れた)の真相にはヒエーッ⚡となった。

架空の制度に仮託して、現実の世界を明確に切り取って提示しているのは見事である。そしてラストの主人公は……私は世評に反して寂し~く感じたのだがどうだろう。
ただ、終盤の展開はやや強引過ぎるように思えた。それと役者の演技をじっくり撮ってみせて、観客になんらかの感情を引き起こそうとするタイプの描写は個人的に苦手なのよ。だから「あと15分ぐらい短くなるのでは」などと思ってしまったです(-_-;)
なお、費用節約のためわざと周囲をボカシて撮っているという批判をいくつか見かけたが、全てを明確に映さない作風でわざとやっているそうだ。

見ているうちにとあるマンガ作品を想起させる場面があって、もしかして影響を受けているのかしらんと思った。しかし、さらに後でTVシリーズ『ハンドメイズ・テイル 侍女の物語』を見たらそちらにも似ている部分を感じもした。

主役の倍賞千恵子は演じている年齢より実際は上だとはとても思えない(!o!) あの年齢でスッピンでアップを撮られても、やはり元から美人な人は歳を取っても違うのだなあ👀などと感心してしまった。

この内容では日本で製作資金が集まらなかったのは仕方ない。しかし、カンヌで評価されて凱旋上映大公開なのはメデタイ(でいいのかな)。
映画館は75歳になったらお呼びがかかりそうな中高年が多数。私もそのうちお呼びがかかりそうです。イヤ~ッ(>O<)

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2022年8月19日 (金)

ディミトリス・パパイオアヌー「トランスヴァース・オリエンテーション」

220819 会場:彩の国さいたま芸術劇場大ホール
2022年7月28日~31日

ギリシャ出身のアーティストであるパパイオアヌー(どういうイントネーションで読んだらいいのか未だに分からず)、アテネ五輪の開閉会式の演出を手がけて一躍有名になったというのは後で知った。
それまで名前も知らなかった彼の振付・演出を担当するこのパフォーマンスを見ようと思ったのは、音楽ホールのコンサートに来た時に記録映像の上映会をやっていて、そのポスターがとても「変」だったからだ。(これとかこれですね)

さて実際見てみると……「夏だ!牛だ!全裸祭りだ、ワッショイヽ(^o^)丿」というのは半分は冗談だけど、残り半分は正しい、かも。やはりとてつもなく「変」(一部お笑いあり)だった。

そもそも見せるのがダンス・パフォーマンスではなかった⚡ 「素人には到底できないような動作」である。
現場猫に注意されそうな危険な脚立の使い方をしてドキドキしたかと思えば、金網だけで出来た簡易寝台に身体ごと二つ折りになって挟まって、そのままウロウロした挙句バタンと倒れて解放されるとか(なぜ怪我しないでいられるのかよく分からない(;^_^A)。

内容は一貫したテーマがあるとはいえ、色々なエピソードをつないだような形式を取っている。なんとなく昔TVで見たコントを思い出すところもあったりした。
ミノタウロスの伝説を元にしているようなのだが、恐ろしいほどのイメージの現出を生身のパフォーマーたちを使ってやってしまうのがすごい。
当然ながら照明や装置もハイレベルで凝りに凝っている。

ただそこに描かれているのは泰西名画のような美的構図であり、ほとんどのパフォーマーたちの均整の取れた肉体であり、完璧で隙がない。そして鑑賞する側に西洋文化のシンボルとかアレゴリーの知識がないと理解しにくい点があるように感じた。

あと個人的に失敗したのは座席の選択である。前から5列か6列目ぐらいだったか。舞台全体が視角に入らないし、床面を見ることもできない。特にラストの〈水〉の場面の展開が完全に分からなかった。私の周囲では背を伸ばして必死に見ようとしていた人多数だった。
少なくとも中央から後ろ半分の座席でないと無理だろう。まあ「全裸」をよく観察したければ別だが(^▽^;)

音楽は全てヴィヴァルディを使用--というのも個人的に注目点だったが、曲を流すというより部分的に引き延ばしてサンプリングしたような使い方だった。ある意味、ヴィヴァルディの特質に即した使用法かもしれない(と言っちゃっていいかな💀)。

かように刺激的で、言語に変換できない表現が色々とあったパパイオアヌー。しかし、それとは別の文脈で一番印象的だったのは、巨大発泡スチロールの場面である。行楽地(?)みたいな明るい浜辺で男女がキャイキャイ騒ぎながら楽し気に上に乗りながら転がしていく(これ自体、普通の人間には無理な動作)。
その後に今度はネクタイ姿のビジネスマン風の男が現れて、一人でヒイヒイ言いながら小さ目のスチロールを、やはり上に乗って舞台の端から端まで転がしていくのである(これまたシロートにはできない)。
これを延々と見せられながら、私の頭の中に思わず「社畜」という言葉が浮かんだ。つらい、つら過ぎる……(T^T)

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2022年8月11日 (木)

「ヘンデルのいたロンドン」:テムズ河と青い空

220811 バロック室内楽の愉しみ
演奏:鈴木秀美ほか
会場:としま区民センター小ホール
2022年7月21日

鈴木秀美を筆頭とする4人が「古楽の原点ともいえる昔懐かしいトリオ・ソナタなどを楽しむプログラム」を演奏するという内容である。(今後も続く?)
今回のテーマはヘンデルとロンドン--同時期にかの地に出没し活躍していた作曲家(主にイタリア出身)たちの作品も共に紹介された。

ヘンデル作品の中心はトリオ・ソナタとはいえ、上尾直毅による「調子の良い鍛冶屋」の調子の良い💫独奏もあった。調子が良すぎて鼻歌が出そう(*^▽^*)
同時代のライバルやヘンデルと共演した音楽家としてはペプシュ、ヴェラチーニなどが取り上げられた。ヒデミ氏はジェミニアーニのチェロ・ソナタを選択した。

それぞれ曲によって編成を変えての演奏だったが、一貫して若松夏美の力強いヴァイオリンの音色には驚くばかりであった。もう一人のヴァイオリン担当、廣見史帆はニコラ・マッテイスの短い独奏曲を弾いたけど、ナツミ氏はアンサンブルで常に剛腕を発揮してみせていた。
なお、歌曲ではゲストの鈴木美登里も登場して2曲+アンコールを歌った。オルガンが置いたままになっていて、ずっと「いつ使うんだろう」と思っていたけど、最後のヘンデル「サルヴェ・レジーナ」でようやく音が聞けた。
全体としてベテランならではの安定感ありのコンサートだった。

この会場は初めてだった。池袋駅を出て徒歩数分というのはかなりの利点だが、使われたスペースはイベント用という印象である。同じフロアは企業向けの貸し研修室風の部屋が通路沿いに並んでいて通路も狭かった。
余計な残響がなくて音がダイレクトに伝わってくる一方で、少し潤いに欠ける音だという印象も受けた。難しいね💦

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2022年8月 6日 (土)

「FLEE フリー」:真実からの逃走

監督:ヨナス・ポヘール・ラスムセン
デンマーク・スウェーデン・ノルウェー・フランス2021年

アフガニスタンで生まれ育った少年が政変を逃れ、共産主義体制が崩壊したばかりのロシアに家族と共に亡命する。そんな過酷な半生を語るドキュメンタリーである。
その手法が全編アニメーションで描くというものだ(実写は当時のニュース映像が時折入るぐらい)。過去に起こった出来事は後から撮影はできないからアニメで再現するのは「あり」だが、現在の生活やインタビューの姿も恐らく一度実写で撮影したものを描きなおしている。
個人を守るためにそのような形にしたのだという。

カブールでの子ども時代、父は不在でも楽しかったけどすぐに終わりを告げる。逃亡先のロシアでの生活も恐怖と一体だ。
苦難の末、結局彼は家族と離れたった一人で異国の地に立つことになる。危険なので自分のこと家族のことの真実は話せない。虚偽で固めた「自分」を守るしかない。

あまりにつらい話が続くので見ているだけでも段々とへこんでくる気分だ。
そのような体験は大人になった彼の精神の中に暗く影を落としているのが、段々と明らかになっていくのだった。
さらに自分がゲイであることが分かったら、唯一のよりどころである家族からさえも拒否されるのではないか--この煩悶は苦しい。ウウウ(=_=)

鬱屈を抱える彼へ、最後の最後に救いが出現する。俄かにこの場面こそドキュメンタリー+アニメという手法が最も有効な瞬間となる。
いざ、過去の影より抜け出て明るい日々へ--✨


なお、誰でも鑑賞後に「おにーちゃん、疑ってすまなかった。あんたはエエ人や」m(__)mガバッと土下座したくなるのは確実であろう。

それにしても、モスクワのマクドナルド第一号店開店のお祝い騒ぎの横であんなことが行われていたとは(>y<;)

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