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2022年10月

2022年10月25日 (火)

「アザー・ミュージック」:音楽が終わる前に

221101 監督:プロマ・バスー、ロブ・ハッチ=ミラー
出演:マーティン・ゴア、ジェイソン・シュワルツマン
米国2019年

音楽関係ドキュメンタリーのブームもあってか、こんな作品も公開。ニューヨークの名物レコードショップの歴史をたどる映画である。監督は元スタッフだったカップルとのことだ。

1995年、レコードショップの従業員たちが独立して超マニアかつマイナーな品揃えの店を開く。場所はなんとタワー・レコードの向かい側という大胆さだ。タワーに来た客が流れてくるのを狙った選択である。

自らもマニアで専門知識では他に負けないスタッフが複数いて対応、オススメ盤を聞けば瞬時にササっと出してくれる。女性店員の割合が多いのも特徴だ。おかげで小さな店には様々な人々が訪れて混雑し、レジの前には行列ができる。そこにはあたかも親密なコミュニティが形成されているようだった。
また当時行われたインストア・ライヴの映像も紹介される。ほとんどが私の知らないミュージシャンだ。毛布をかぶって客の前に現れた男には笑った。
もっとも経営自体は大変だったらしい。

そのように賑わい輝いていた時代が過ぎ去るのを告げたのは、皮肉にもタワーレコードの閉店だった。配信時代が始まり大手CDショップが撤退すると、もはやこれまでのコミュニティの存在自体が崩れていくのだった。
知識豊富な店員の存在はネットの検索で事足りる。今やマイナーなバンドの演奏も映像と共に聴くことができるのだ。

そのような時代の変遷がこの小さな店に凝縮して表わされているように思えた。実際に店に行ったことのある人はまた違う感慨を受けるだろうけど。

さよなら、21年間ありがとう✨--そんな風に言われる店が私の身近にもあったらよかったのに(文化果つる地埼玉じゃ無理だけどな)。
都内の輸入盤や中古盤の店はガチなマニア対象という感じで、こういう親しみやすさはなかったような。中央線沿線あたりだとまた違うかもしれない。

エンドクレジットの後には監督とオーナー二人からの、日本へのメッセージが付いていた。
終わった後には客席から拍手が起こった。(*^^)//""パチパチ

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2022年10月17日 (月)

「ガラスの動物園」:父親のいない半地下

221017 作:テネシー・ウィリアムズ
演出:イヴォ・ヴァン・ホーヴェ
出演:イザベル・ユペール
2022年9月28日~10月2日

正直に言うとテネシー・ウィリアムズって芝居を観たことないし、戯曲も読んだことがなかった。それをなぜチケット取ったか、「生ユペール」見たさとイヴォ・ヴァン・ホーヴェ演出だからである。
彼の演出作は『オセロー』『じゃじゃ馬ならし』(こちらは記録映像)を見たことがある。いずれも非常に過激だった。でも『ガラスの動物園』は死人も暴力もなし、どんな演出をするのだろうかと興味大だ。
なお、公演自体はコロナ禍で二回延期になったものである。

実際にはこの作品をほとんど知識なしに見たのは失敗だった(+o+)トホ これまでの解釈や演出と今回はかなり異なっていたそうなのだが、どこがどう違ったのか分からない。さらにラストも変えていたらしい。

特に娘ローラの造形について、本来は脚が悪いからほとんど外出しない内気な少女のはずが、こちらではもろに「引きこもり」っぽく描かれている。そして脚が悪いというのは外見では明示されない(セリフのみで語られる)。
彼女は常に鬱屈して何かを内部にため込んでいるように見える。それはユペール扮する母親が全て先に喋り倒してしまい、彼女や兄に語る隙を与えないのである。
舞台上には母親が支配する立派な(かつリアルな)台所とカウンター以外にほとんど家具がなく、ローラは何か嫌なことがあると床に敷いた毛布に潜り込んでしまう。

母は自分では現実的でやり手だと自負している。しかし過去の娘時代の栄光にとらわれて夢の中をフワフワと漂っている。かつて失踪した夫が戻って来るかもという微かな望みでどこかへ行くこともできない。おもりの付いた風船🎈みたいだ。そのような閉塞感が立ちはだかる。
壁中に薄くシミのように描かれた幾つもの夫の顔(戯曲ではちゃんとした肖像写真らしい)がむしろ妄執の証のようである。

そんな状況のところへ、母からローラのためにと頼まれて兄が職場の同僚を連れてくる……。

ヴァン・ホーヴェ演出は過激ということはなく(オーソドックスでもないが)ストレートに迫ってきた印象だった。
特に照明が美しく、雨漏りの水滴を受けるために床に置いた幾つもの空き缶が、終盤になって闇の中でボヤーッと光を反射していた(放っていた?)のには驚いた。まるでランタンのようで幻想的な光景だった。

ローラが普段は壁の金庫にしまい込んでいるガラスの動物たちは、中で電球色の光を浴びて黄金に光って見える。それを階段の踊り場の空間に出すと、月光の冷たいスポット照明を浴びて銀色に輝く。
来客のために彼女が着たドレスはその時同じ月明かりを浴びて、ガラスの動物たちと同じような美しい光を放つ。しかし一歩室内に戻ると、そんな輝きは消え失せてしまうのだった。

舞台装置もかなり異色だった。幕の下りるギリギリの位置まで壁があって、アパートの部屋はそこから映画のワイドスクリーン型に奥に向かって掘り進んだような形状なのだ。下方に迫った天井も明確に作り込まれている。
玄関のドアへは階段を上って行く。外を眺められるのは中庭の窓からのようだ。
終演後に近くにいた客が「半地下だね」と指摘したのを聞いて、思わず「そうか(!o!)」ポンと手を打ってしまった。おまけに雨漏りもそれらしさを増す。どん詰まり感を的確に描き出していた。

母親はまさしく子どもを抑圧する口うるさい「毒母」である。優れたキャリアのベテラン女優ならば「毒母」を演じるのはお茶の子さいさいだろう。それをユペールはいつまでも夢を忘れられない現実離れした人物として、ひょうきんなおかしみさえ滲ませて演じていた。
ネットの感想を後で検索したら「この作品で笑う人がいるなんて信じられない💢何を考えているんだ」と怒っている人がいてビックリした。実際、そういう風にクスッと笑える部分があったと思うんだけど……???

ところで兄役のアントワーヌ・レナールという人、『ダブル・サスペクツ』こと『ルーベ、嘆きの光』の若い刑事役だったらしい。全く気付かなかった💦

最終結論としては、見られてヨカッタ(^.^)b
もう一つ失敗はオペラグラス持っていくべきだった。最近、視力が衰えが甚だしい。老化現象だわな。

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2022年10月10日 (月)

「大江戸バロック ルクレールの愉しみ」:多彩にして難しい……ヤツ

演奏:桐山健志、大塚直哉&大西律子
会場:日本福音ルーテル東京教会
2022年9月26日

既にコンビを組んで長~い二人による大江戸バロック、諸般の事情によりなんと2か月ぶりに行ったコンサートとなった。
鉄壁コンビにさらに大西律子が客演で参加してルクレールとなれば、聞かずばいられないのよ(>O<)

プログラムは4巻あるソナタ集から各1曲ずつ、それ以外のトリオの演奏を3曲というものだった。
こうして聞いてみると、ルクレールのヴァイオリン曲は数が多くしかもヴァラエティに富んでいるのだなと実感する。技巧を重視した部分、かと思えば美メロが登場する甘美な流れ、生き生きとした掛け合い……など様々な面を聞くことができた。

それも桐山氏の着実な弓さばきがあってのことだろう。またそれに大西氏が細かく多彩な色どりを添えるのであった。

かようにルクレールの新たな面を発見することができたコンサートだった。とことん満足できた💯
でもセンスとテクニックがないとつまらない演奏になってしまう難しい作曲家なのかも、とも感じた。だから実演ではあまり聞く機会がないのかしらん(^^?

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2022年10月 1日 (土)

「古楽系コンサート情報」10月分更新

「古楽系コンサート情報」10月分(東京近辺)更新しました。
左のサイドバーにもリンクあります。ライヴ配信などは入っていません。

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