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2023年9月27日 (水)

「アシスタント」:告発すれば唇寒しビルの風

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監督:キティ・グリーン
出演:ジュリア・ガーナー
米国2019年

朝まだ暗いうちに職場に一番先に出勤し最後に帰る。映画会社のワンマン会長の下っ端女性アシスタントの一日に密着する。90分弱で描かれるのはこの一日だけだ。

アシスタントとは名ばかりで実際は雑用係である。いい大学を出て、心から望んで数か月前に就職した夢の職場だったはず。しかし現実には程遠い。
蛍光灯を付け、フロアにあるPCの電源を端から入れていく。お茶入れ、コピー取り、スケジュール管理、同室の先輩アシや会長の昼食も注文しておかねば--。その味気なさに、見ているこちらの気力も段々と削がれてくる。

会長の妻からの詰問に近い電話を取ってはぐらかすのも役目だ。もっともワンマンに振り回されているのは彼女だけではない。他の社員も同様なのだ。
さらに隣の会長室ではどうもセクハラが行なわれているらしき気配が……👂

これぞまさに体験型映画だといえるだろう。特撮もCGもなく、つらい仕事の石を噛むがごとく殺伐とした一瞬一瞬を観客に味合わせてくれる。こんなのイヤだー(>O<)

同時にセクハラ・パワハラがなぜ見過ごされるのかが明かされる。なぜ周囲の者は分かっていて黙っていたのか。
同じ事件を扱った『シー・セッド』は後年にジャーナリストが外側から調べて事実へと攻めていった。一方『スキャンダル』は直接の被害者による被害のリアルタイムな様相である。
しかし本作は当事者ではない立場からの目撃談だ。単に近くにいただけに過ぎない。全ての出来事の輪郭が曖昧で確実な証拠は何一つなく、言葉にすればすべてがハラハラと霧散していく。これでは上司を告発など不可能である。
実際、主人公は人事部(?)に訴えようとするがその顛末は……やっぱりイヤだー(>O<)

彼女の名は「ジェーン」(匿名としてよく使われる名前)とクレジットされているが実際に作中でそう呼ばれたのか記憶がない。誰も彼女を名前で呼ばないのだから。もっとも先輩アシスタント2人に至っては最初から「名無し」だ。
ラストクレジットを見るとこの映画が多数の人々の証言から構成されているのが分かる。それも「匿名」の所以なのだろう。

ドキュメンタリー畑出身の監督によると、ルーティン・ワークを淡々と画面に映していくのは『ジャンヌ・ディエルマン』の手法の影響らしい。た、確かにそういわれると(ーー;)
もっともあちらは200分だが、本作は87分。退屈の反復に巻き込まれていく心配はない。
代わりに全編を寒々とした閉塞感が覆う。こんな世界で生きるしかないのか。そんな思いを観る者に確実に抱かせる映画である。
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