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2023年10月

2023年10月30日 (月)

「層・LAYERS」:あるいは年輪の如く

231030 西洋世界における器楽音楽の夜明け
演奏:オリーブ・コンソート
会場:としま区民センター多目的ホール
2023年9月10日

オリーブ・コンソートはケース・ブッケ+ヴァルター・ファンハウヴェ+田中せい子+ダニエレ・ブラジェッティによるリコーダー四重奏団。

前回のプログラムはルネサンス期の作品を中心だったが、今回のテーマは「西洋世界におけるポリフォニーの起源」で、中世末からルネサンス期まで層を成すように発展した経緯を音でたどるものだった。

全体に3パートに分かれそれぞれの冒頭に作者不詳のオルガヌムが演奏される。それぞれのパート内は「1200年から1500年にかけて残されている手書き譜」から構成されるとのこと。一番新しいのはM・アグリコラによるカノンですかね(^^; 「歴史上初の器楽コンソートの例」だそうだ。
常にオルガヌムに立ち戻っていくというような構成になっており(ラストもオルガヌム)、意欲的かつ斬新な構成である。

バロック期作品の情感の表出とは異なる世界が広がっていく--いや、積み重なっていくというべきか(^J^)
それにしても大ベテラン二人の超然とした演奏は胸にジワジワとしみるものがあった。
アンコールはキャンピオン(かな?)の「マスク」で、4人の笛の音が回転木馬みたいにグルグル🌀回っていた。
休憩なしの正味65分であるが、中身が詰まって充実度高かった。前回と同様にCDが出るのだろうか。


この日の会場のとしま区民センターはいつも使われる6階ではなく8階の多目的ホールだった。こちらは初めて入った。
二階席まであって収容人数は500名弱のようだが、ステージの壁に巨大モニターが設置されていてプレゼンや講演会向きに作られているようだ。
音楽向きかどうかは微妙なところである。楽器の種類やジャンルを選ぶかも。

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2023年10月27日 (金)

「ヨーロッパ新世紀」:熊のような人のような

231027 監督:クリスティアン・ムンジウ
出演:マリン・グリゴーレ
ルーマニア・フランス・ベルギー2022年

冒頭、字幕が言語によって色分けされているという注意書きが出てギョッとする。ルーマニア語、ハンガリー語、英・独語などその他の言語……加えて字幕が出ない言語もあるのだ。

舞台はルーマニアの森林迫る地方の村だ。過去には村内にいたロマを追い出し、移住者であるハンガリー人とは共生しつつも反目の種を抱えている。
描かれている時期はクリスマスから新年にかけてだが、それらの祭りも遠い昔の隣国との「因縁💥」がにじみ出てくる。

トラブルは地元のパン工場が従業員としてスリランカ人たちを雇ったことから噴出する。村人は報酬のいいドイツへ出稼ぎへ行くので、賃金が安くて誰も来ないのだ。
しかし自分たちも他国に出稼ぎしているのに、地元にスリランカ人が来るのは我慢できない。しまいには「触ったパンを食べたくない」などと言いだす。

彼らがカトリックにもかかわらず村民の声に押されて教会から排除する神父、やる気のない警察も問題だが、ネットで不穏な空気が流れているのに全く気に留めない工場オーナーもいい加減だ。

たまりにたまった不満と憎悪が村長を迎えて開かれた住民集会シーンで爆発する。ここは固定カメラによる17分間の長回しで紛糾が迫力だ。背景にEUの政策も関係していて、NGOのフランス人もその矛先から逃れられない。
だが東欧ではなく日本でもこのようなことはいつでも起こるだろうと思ってしまう。(既に起こっている?)

どこにでもいる普通の人々の偏見と対立を容赦なく描いたのはお見事。
ただ前半のスローペースぶりはやや参った。しかも中心人物は出稼ぎ先で失敗した粗暴で子どもっぽい男--そいつに延々付き合わされるのには辟易である。別に主人公に好感を抱く必然はないが、見ててイライラしてしまうのは精神衛生上よろしくない。
さらに、あれこれあった後に少年が喋りだす場面は陳腐……(--〆)

そして多くの人が解釈に困るラストシーンのくだり、これは何❓❓
正直、訳分かんねえ~~(>O<)

結論は前半グダグタ、集会シーンは一見の価値あり。でもラストの意味不明さが全てを台なしにしてしまう。

以下、ネタバレモードでラストについて考えてみよう。

 

★★この先はネタバレになります★★

 

終盤の一連のシーン。
主人公と付き合っている工場の女性経営者が風呂から出てきて服を着る。その横にフランス男がいる--ということは二人は深い関係だろう。男がライフルを受け取って主人公のところへ返しに行く。
付き合っている男から借りたものを他の男に返させるというのは、こりゃ絶縁状の代わりである。そして長い付き合いの女が、そんなことをしたら主人公がどういう反応をするか予想が付かないはずがない。

主人公は銃を持って女の家へ行くが、なぜか玄関のドアには鍵が掛かっていない。しかも裏口のそばで背を向けてわざとらしくチェロを弾いているではないか。
女は初めて気づいたように謝りながら、裏口から外へ後ずさる。そこで男が銃を撃つがそれが女に向けたのか、背後に出現したクマに向けたのは分からない。さらに進むと数匹のクマが男を迎える。ただそのクマは中に人間が入っている着ぐるみにしか見えない。

ここから導き出されるのは、女は他の者と共謀して男をおちょくった。銃は空砲に入れ替えていた(そんな描写はないが)としか思えない。
しかし、だとしてもどうしてそんなことをするのかは理由は不明である。
それとも何かを象徴しているのだろうか(?_?)

朝日新聞のインタビューで監督は「果たして自分は人間なのか動物なのか。悪は自分の外にあるのか、内にあるのか。それを見極める瞬間」であると語っているが、そんなことは全く窺えなかったのは確かだ。

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2023年10月22日 (日)

「音楽風刺劇 オスペダーレ」:金は万病の薬

231022 演奏:ラ・フォンテヴェルデ
会場:ハクジュホール
2023年9月8日

イタリアにて手稿譜の中から発見された作曲家不詳の音楽劇、本邦初演である。17世紀中期~後半に作られたらしいが、台本作者は分かっているものの作曲者は不明、上演記録も明確ではない。

まず発見者の松本直美の解説が冒頭に数十分あり、演奏は正味1時間10分ぐらいだった。口上役(俳優)が登場して日本語で健康と身体について長々と持論を述べる。

舞台は精神病院--というより救護院と言った方がよいかな、患者である貧者、愚者、過労死寸前の社畜状態の役人、重度恋煩いの女がそれぞれに窮状を訴える。
部外者である「外国人」(鈴木美登里)が医者について警告を発して去った後に、満を持して期待を背負って医者が現れる。もちろん警告通りにいい加減で役に立たないヤツだ。
この医者は実質主役と言っていいほどの大役(?) 演じる小笠原美敬は歌っていて付けたチョビ髭が吹き飛ぶほどの熱演&熱唱🔥で、ドリフターズを思わせるコメディアンぶりだった。

患者役では一番大柄な上杉清仁が大きなクマ人形を抱えていてカワユイなんて思っちゃった(#^o^#) 谷口陽介はすっかり背後に貧乏神を背負った様子でまさに全身不景気である。着用していた「貧乏」Tシャツ思わず欲し……くないな。
官畜ならぬ官吏の中嶋克彦、恋わずらいというよりストーカーっぽい染谷熱子も堂に入ったなりきり歌唱だった。
結論は貧乏につける薬はない、有効なのはただ現金💰のみで他の病気も同様ということ。今の日本も全く同じじゃないの。

興味深いのはギャグの多くは尾籠ネタだった(医者の話だからか)。
当時の(も?)医者は「偉そう」「金を儲けている」と思われていたのだろうか。モリエールも医者ネタを多くやってたようだし、信用されてない職業ナンバーワン(*_*;なのは古今東西変わりなしのようだ。

器楽陣はなんとチェロ・チェンバロ・ハープだけというのに驚いた。鈴木秀美・上尾直毅・伊藤美恵の3人は完璧に演者陣を支えていた。感服いたしましたm(__)m

こんな滅多に接する機会がないような作品を上演してくれたのはありがたいこってす。
雨の中電車が30分も止まったりしたが、行けてヨカッタ✨

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2023年10月18日 (水)

「ハント」:誰がスパイであろうとも

監督:イ・ジョンジェ
出演:イ・ジョンジェ、チョン・ウソン
韓国2022年

『イカゲーム』のイ・ジョンジェが主演&初監督……といっても未だに『イカゲーム』見れてませーん(><)
過去に見た韓国の社会派作品や現代史謀略アクションを期待して行ったが、話が複雑過ぎかつ登場人物多過ぎで、ただでさえ老化脳なのに追いつけず頭の中が混乱の極みとなってしまった。

KCIAの後身である安全企画部、その内部に北朝鮮のスパイがいる(!o!)ということで各部門が互いに疑心暗鬼に陥る。
中心人物の二人を互いにわざと似せているので一瞬「これは……どっちだ?」(前髪の微妙な形で判定)となったり、終盤に出てきた人物について、あれこの人誰だっけ💦状態になったりとか。

しかもその間に激しい銃撃戦や暴力シーンが何回も挟まり死屍累々、展開の無茶ぶりや裏切りの積み重ね、どんでん返しの連鎖……は既視感あり。こ、これは韓流というより往年の香港アクションではありませんか\(◎o◎)/!
道理で事前に某有名香港映画の名前が引き合いに出されてたわけだわなあと納得した。
ただスパイものでどんでん返しが続くと、しまいには誰がスパイでもどうでもよくなっちゃう……のは私だけかσ(^_^;?

登場人物の名前は架空のものだが、1983年前後の韓国社会状況や事件を前提に作ってあるので事前の予習は必須だろうか。全体的に現在から過去を撃つという趣きあり。
階段落ち場面と終盤の爆破場面は一見の価値ありのド迫力でした。

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2023年10月15日 (日)

「A.チェスティ生誕400年記念演奏会」:両天秤は難しい

231015 オペラでたどる作曲家・聖職者の肖像
演奏:ディスコルシ・ムジカーリ
会場:豊洲シビックセンターホール
2023年9月6日

このグループのコンサートにはバルバラ・ストロッツィの生誕400年記念に行ったことがある。
今回のチェスティはトスカーナ出身で17世紀中ごろに活躍し、作曲家と聖職者という二足の草鞋を苦労して履き続けた人物である。その生涯をオペラ作品でたどる。
前半は5作品から一曲ずつ、後半は名作とされる『金の林檎』から抜粋がドーンと演奏された。間に主催者の佐々木なおみの詳細な解説が挟まるという構成だった。

子どもの頃から音楽的才能を発揮し有力者に認められるも、教会に所属している身分では世俗作品を演奏したり作ったりするのは問題ありとされたらしい。当時は聖俗の均衡を取るのは大変なようだ。

聴きごたえは大いにあった。彼のオペラ作品を通しで見て(聴いて)みたくなった。もっとも大昔に『オロンテーア』は見たことがあるけど。その時はどんな作曲家とかは気にしてませんでしたな(^^ゞ

代表作『金の林檎』では阿部早希子のソプラノ力がアリアで大いに発揮された。器楽勢も手練れが多く万全の演奏。
しかしあらすじ読むとこのオペラ、ストーリーに直接関係ないキャラが12曲も歌うというのはどうなのであろうか。当時のエンタメ系か🌟

この時期コンサートが多かったせいか、会場の大きさの割に客があまり多くなくてちと寂しかった。内輪の方が多いようだった。

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2023年10月 9日 (月)

「大いなる自由」:逃走と脱出

231009a 監督:ゼバスティアン・マイゼ
出演:フランツ・ロゴフスキ、ゲオルク・フリードリヒ
オーストリア・ドイツ2021年

濃厚&濃密にして今期断トツの見ごたえあり作品に間違いなし。しかし同時に打ちのめされた(*_*;

冒頭、小汚い公衆便所にいわくありげに男たちが出入りする映像から始まる。彼らは同性愛者でいわゆるハッテン場というヤツだ。しかし、この当時ドイツでは同性愛は犯罪であった。
この法律のために二十数年間の間に三回投獄された男ハンスが主人公である。しかし映画の構成は単純ではない。その三回の期間を三種の縄が複雑に絡み合ったように前後し往復して描く。
序盤こそ1945年、まだ彼が少年でその後ずっと関わり合うことになる長期囚の男と同房になるいきさつが登場するが、その後は時間通りには進まない。

三つの時代とも似たような監獄、囚人、運動場、懲罰室などが登場し、ほとんど変わり映えしない。同じ光景、繰り返される出来事、不条理な懲罰、闇の中のタバコ--それが微妙な色彩の差と俳優たちの演技によって不思議と混乱はしないのだ。

ハンスと共にいて逮捕された男たちや、ゲイ嫌いだが腐れ縁ともいえる同房の男、その関わりの流れの中に「自由」や「愛」が浮きつ沈みつする。
特に終盤のクラブの場面から続く結末には衝撃を受けた。
この結末の解釈は複数成り立つ。監督はどのように受け取っても構わないと述べているが、やはり「自由を捨てて愛を取った」という解釈はなんだかなー(・へ・)である。自由と愛は対立項ではないはず。

法律が改正され人々が開放感で沸くクラブ、その地下へと進むうちに「自由」が変質してしまったのを感じる。あれほど望んでいたのに。
そういえば同房の男はようやくこぎつけた仮釈放が目前に迫ってくると、自由の前でひるんでしまうのだった。
かくも重荷の如き「自由」、その意味がラストで問いかけられる。そして観客は見終わった後に苦いそれを噛みしめることになるだろう。

それにしても同性愛者としてナチスの収容所へ送られ、戦後そのまま解放されることなく刑務所へ直行というのはあんまりではないか。体制が変われど罪は変わらずということなのだろうか。
それを知った男が態度を変えてハンスの刺青を消してやろうとするくだりは、作中一番印象に残る場面だった。彼の腕を膝に乗せて無心に消す男とその息づかい、それをチラと上目遣いに見るハンス……何やらエロチックでドキドキして思わずギャー(>O<)と叫びたくなった。

主役のF・ロゴフスキは10代の少年から中年期近くまで複数の時間軸の中で演じきり、『未来を乗り換えた男』同様に時代と場所を横断する身体を示したのだった。今年度主演男優賞候補に上げたい🌟
監督はこれで2作目だとのこと(日本では前作は未公開)。次作にも期待である。

謎なのは某場面でモロに「物体」が出現してもボカシがかかっていなかったこと。映倫のレーティングはR15+なんだけど……(^^?
『聖地には蜘蛛が巣を張る』も同じような箇所があったがやはりボカシはなかった。どういう基準なのかよく分からぬ。

劇伴音楽は感情を排したやや環境音楽っぽい印象で、殺風景な監獄に合っている。
一方、クラブで演奏されているフリージャズは強烈で、今まで敬遠していたジャンルだったが実にカッコよかった。
サックス奏者は有名な人らしいが既に亡くなっているそうだ。ベーシストの使っているピックアップはあの時代にない新しい物ということで、あの場面だけ「現在」なのかもよ。


この映画で初めて移転後のル・シネマに行った。前の座席に巨大過ぎる大男に座られてしまい席を移動したのは仕方ないとしても、「匂いの強い食べ物はロビーで食べてください」とアナウンスが出た途端に場内に広がるスナックの匂い。予告時間に化粧し直す女。さらに上映中に堂々とスマホをチェックするオヤジ……。
まあ、ある意味渋谷らしいと言いましょうかね💥
231009b

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