「ヨーロッパ新世紀」:熊のような人のような
監督:クリスティアン・ムンジウ
出演:マリン・グリゴーレ
ルーマニア・フランス・ベルギー2022年
冒頭、字幕が言語によって色分けされているという注意書きが出てギョッとする。ルーマニア語、ハンガリー語、英・独語などその他の言語……加えて字幕が出ない言語もあるのだ。
舞台はルーマニアの森林迫る地方の村だ。過去には村内にいたロマを追い出し、移住者であるハンガリー人とは共生しつつも反目の種を抱えている。
描かれている時期はクリスマスから新年にかけてだが、それらの祭りも遠い昔の隣国との「因縁💥」がにじみ出てくる。
トラブルは地元のパン工場が従業員としてスリランカ人たちを雇ったことから噴出する。村人は報酬のいいドイツへ出稼ぎへ行くので、賃金が安くて誰も来ないのだ。
しかし自分たちも他国に出稼ぎしているのに、地元にスリランカ人が来るのは我慢できない。しまいには「触ったパンを食べたくない」などと言いだす。
彼らがカトリックにもかかわらず村民の声に押されて教会から排除する神父、やる気のない警察も問題だが、ネットで不穏な空気が流れているのに全く気に留めない工場オーナーもいい加減だ。
たまりにたまった不満と憎悪が村長を迎えて開かれた住民集会シーンで爆発する。ここは固定カメラによる17分間の長回しで紛糾が迫力だ。背景にEUの政策も関係していて、NGOのフランス人もその矛先から逃れられない。
だが東欧ではなく日本でもこのようなことはいつでも起こるだろうと思ってしまう。(既に起こっている?)
どこにでもいる普通の人々の偏見と対立を容赦なく描いたのはお見事。
ただ前半のスローペースぶりはやや参った。しかも中心人物は出稼ぎ先で失敗した粗暴で子どもっぽい男--そいつに延々付き合わされるのには辟易である。別に主人公に好感を抱く必然はないが、見ててイライラしてしまうのは精神衛生上よろしくない。
さらに、あれこれあった後に少年が喋りだす場面は陳腐……(--〆)
そして多くの人が解釈に困るラストシーンのくだり、これは何❓❓
正直、訳分かんねえ~~(>O<)
結論は前半グダグタ、集会シーンは一見の価値あり。でもラストの意味不明さが全てを台なしにしてしまう。
以下、ネタバレモードでラストについて考えてみよう。
★★この先はネタバレになります★★
終盤の一連のシーン。
主人公と付き合っている工場の女性経営者が風呂から出てきて服を着る。その横にフランス男がいる--ということは二人は深い関係だろう。男がライフルを受け取って主人公のところへ返しに行く。
付き合っている男から借りたものを他の男に返させるというのは、こりゃ絶縁状の代わりである。そして長い付き合いの女が、そんなことをしたら主人公がどういう反応をするか予想が付かないはずがない。
主人公は銃を持って女の家へ行くが、なぜか玄関のドアには鍵が掛かっていない。しかも裏口のそばで背を向けてわざとらしくチェロを弾いているではないか。
女は初めて気づいたように謝りながら、裏口から外へ後ずさる。そこで男が銃を撃つがそれが女に向けたのか、背後に出現したクマに向けたのは分からない。さらに進むと数匹のクマが男を迎える。ただそのクマは中に人間が入っている着ぐるみにしか見えない。
ここから導き出されるのは、女は他の者と共謀して男をおちょくった。銃は空砲に入れ替えていた(そんな描写はないが)としか思えない。
しかし、だとしてもどうしてそんなことをするのかは理由は不明である。
それとも何かを象徴しているのだろうか(?_?)
朝日新聞のインタビューで監督は「果たして自分は人間なのか動物なのか。悪は自分の外にあるのか、内にあるのか。それを見極める瞬間」であると語っているが、そんなことは全く窺えなかったのは確かだ。
| 固定リンク | 1