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2024年2月

2024年2月26日 (月)

「クリーデンス・クリアウォーター・リヴァイヴァル トラヴェリン・バンド」:音楽は永遠に若い

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監督:ボブ・スミートン
米国2022年

CCRについてはしばらく前に1970年4月英国での(幻の)公演のテープが50年ぶりに発見されたということが話題になった。それはディスクでは既に発売になっていて、私はすぐに買って聞いていた。
ところがなんと映像も残っていたというのである。BBCが収録放送したとのことだ。

このドキュメンタリーで初めの3分の1ぐらいはまずバンドの成り立ちが語られる。「中学時代に同じクラスになって--」だそうな。そこにヨーロッパ・ツァーでの映像・インタビューが織り交ぜられている。
強行スケジュールで観光する余裕もなかったということもあり、4人揃っている映像はあまりなかった。フランスの庭園を歩いてる場面ぐらいかな。ジョン・フォガティだけホテルに籠ってたりとか。

彼らの当時の立ち位置について、ビートルズにことさら結び付けようとしていたのは若い人向けの説明だろうか? まあ確かに4人組なのは同じだけどさ。
当時はあまりそういう印象はなかったと思う。

その後は全12曲のコンサート記録を丸ごと投入だ。演奏曲目やアンコールをやらなかったのはツァーの全公演で同じだったらしい。
映像で改めて接するとジョン・フォガティの揺るぎなき才人ぶりをまざまざと見せつけられたという印象だ。全曲パワー溢れるボーカルを取り常にギターの強烈なリフを繰り出してバンドをリードし、さらに全てオリジナル曲では作詞作曲を担当なのだから相当な才能である。思わず興奮っ\(◎o◎)/!

もっとも実際にバンドを支えていたのはドラムのダグだというのが定説らしい。確かに的確にして力強い演奏、そしてジョンを常に注視している。
この一年後ぐらいにはバンドは空中分解状態になってしまうから、既にこの頃はガタガタしていたはずだがそんな事はとても信じられないほどの演奏である。

傑出したワンマンバンドの常である不協和音、加えて兄弟バンドという不吉にして不和な要素、解散そして訴訟……といったその後のトラブルには踏み込まず、ライブの高揚した終了と共に映画もスッパリ終わっちゃうのであった🈚

思えば傑出した天才であってもその才能が発揮されるのは、バンドのアンサンブルがあってこその話かもしれない。その相互作用がどのように働くのかは全く推測もできぬ。
独立して生き生きと活動する者がいれば、その同数ぐらいバンド時代ほどにパッとしないままになってしまう者もいる。難しいもんである。

作曲担当とそれ以外のメンバーの対立という点ではザ・バンドに似ているように思えた。年齢はザ・バンドの方が数年年上だが大体同じ頃にアルバムを出してスポットライトを浴びるようになった。CCRが若いといっても(まだ25歳ぐらい?ジョンはヒゲもはやしてなくてツルリンとしている)中学の頃から不動のメンバーでやってきたというから、この時は既に十年選手なのだった。

アンディ・ウィリアムズ・ショーに出演した映像があって驚いた。
全曲訳詞が付いていてヨカッタ。あらためてジョンの歌詞は意味深だなあと感じる。
♪いい知らせを聞くといつも影が後ろから忍び寄る
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2024年2月23日 (金)

ラモー「レ・ボレアード」:上演成功なれど、未来の波高し

240223 北とぴあ国際音楽祭2023
演奏:寺神戸亮&レ・ボレアード
演出:ロマナ・アニエル
会場:北とぴあ
2023年12月8日・10日

寺神戸亮の宿願であった本作、遂に上演である。なんでもラモーの死の前年にリハーサル上演は行われたけどなぜかそのままお蔵入りになってしまい、後年は楽譜についてゴタゴタがあり、全曲演奏が行なわれるのはこれで史上4回目とのこと(!o!) こりゃ驚いた。

セミ・ステージ形式ということでオーケストラは舞台の奥に位置する。演出・振付は去年と同じくバロックダンスを前面に押し出しての上演となっている。
ただ直前にテノール歌手の来日がキャンセルとなり、急きょ代役を立てるというアクシデントが起きた。抜擢されたのはこちらの公演でヘロデ王をヨイショする曲を感動的に歌い上げた大野彰展であった。

神話伝説の類いで女王が結婚相手を選ぶのは波乱含み--というのは定番の設定なのだろうか。女王の責務か揺れる恋心か💕 ラモーのオーケストレーションは微に入り細に入り登場人物の心の襞々に添うような印象で繰り広げられる。
一方、神様も絡めば天変地異に祝祭もなんでもあり。それが舞台の上で4人のダンサーたちによって事あるごとに華麗に展開する。一番面白かったのは大きな布を使って水中のダンスを模した場面。泳いでいる振付(一部溺れてたりして)で色々と笑わせてくれた。

ただ休憩中に「オーケストラが舞台の奥過ぎてよく聞こえない」と不満の声が聞こえてきた。確かにそれはあったような……。今一つパンチ不足な印象があり。
それと後で「ホルンが下手過ぎ」という感想をいくつか見かけた。そんなひどかったっけかな(?_?) 個々の楽器までちゃんと聞き分けられなかったけど、ナチュラルホルンならば通常運転ではないだろうか❓ハテ。

主役のカミーユ・プールは激しく揺れる女心を見事に表現。相手役大野彰展は突然の代役お疲れさまでしたm(__)m 谷口洋介は「鼻持ちならない求婚者その2」を完璧に演じて笑わせてくれた。堂に入っているとはこのことか。
ダンサー4人のうち若い方の男性は背が高くて細身でおまけに小顔。10~12頭身ぐらいかってなもん。まるで金子國義の描く若者みたいでしげしげと見ちゃった👀

よくぞ上演してくれました、ありがとうと言いたいところではありますが……
問題点その1-字幕が両脇過ぎて見るのが大変だった。結構ステージを見やすい座席が取れて喜んでたんだけど。あれだとステージ前の真ん中のエリアの人たちは字幕見るのあきらめてたのかな。
問題点その2-昨年同様に男性歌手陣の衣装が手抜きなこと。少なくとも配役に入っている人は何とかしてほしかった。神様の血を引く求婚者たちと、どこの馬の骨か分からない正体不明の若者の衣装が色違いだけというのはいくらなんでもあんまりだー(・・;)

しかし、文句を言っているどころではない事態になったもようだ。
例年プログラムの最後のページには翌年のオペラの演目と海外の出演予定者が掲載されているのだが、それが今回はなかった。
衝撃である💥
北とぴあは改修工事に入るそうだが、さらに翌年なので関係ないはずだ。区長が変わって緊縮財政で予算減らされちゃったのかしらん。どーなるの。
北区民の人なんとかして🆘と文化果つる地埼玉県民としては他力本願で祈るばかりであります(>人<)

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2024年2月19日 (月)

「コカイン・ベア」:シングルマザー強し

監督:エリザベス・バンクス
出演:ケリー・ラッセル
米国2022年

ある日~森の中クマさんに♪
時は1985年、密売人が飛ばしていたセスナ機から山中にコカインが投下された。地元のギャングが回収するはずだったのが、なんとクマが食べてしまったという。このような実話に基づいて作られた映画であります。
しかし実話ベースなのは「食べた」までで、その後はテキトーな方向へ暴走します。
そもそも事件解説の出典がウィキだと堂々と記されているいうところから笑わせてくれちゃいますね。

コカインでラリったのは子連れの母グマ、人間が近寄ろうものなら容赦なし⚡ 襲撃する描写はかなりエグくリキが入っております。はっきり言って襲われるのは善人悪党関係ない💀
一方人間同士も殺し合いに余念がありません。ブツを回収しようとする男たち、売人のボス、ギャング逮捕に執念を燃やす刑事、森林公園の管理官など。
その間をウロウロしてしまうのが迷子を探す母親であります。
そして最後はパワハラ・ボス親父と子連れ母の闘いに収斂していく。ここで母グマと人間の母親が相似的に対置されているのは言うまでもないでしょう。母の強さと恐ろしさが伝わってきます。

かなり死人が出まくるとはいえ、それぞれ「殺されるには訳がある」的な描写をしっかり入れているので後味はスッキリ--とまではいかずも、悪くはないという配慮がなされております(^O^)

B級映画っぽいクサみもありますが、何といってもクマの迫力と毛並みの描写はA級並み。ぜひ上映環境の良い鑑賞をオススメしたい。
それからなんとボス役のレイ・リオッタについては遺作とのこと。ご本人は「しつこい悪役」を楽しんでやっているようなので、ファンは必見ですね(^^)b
それから彼にこき使われる黒人の手下役はアイス・キューブの息子だそうで……あまりにソックリなので「クローン❓❗」とか思っちゃった。

日本でもクマの被害が続出しておりますが、それはひとまず置いといて、別ものとしてゆるく気を抜いて楽しめる一編と言えましょう。
なお念のため、ワンコは無事です🐶

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2024年2月18日 (日)

「もっと知りたい!もっと聴きたい!テレマン 2」:集え!テレマニア

240217 ダルムシュタットの手稿譜から
解説:佐藤康太
演奏:宇治川朝和ほか
会場:松明堂音楽ホール
2023年12月2日

「その1」の時は行ってないけれど、会場が埼玉県内という単純な理由で行ってみた。
ヴィオール×2、リコーダー、チェンバロという編成でテレマンとダルムシュタットの宮廷との関りを聞くという内容。
ヴィオール2名と言っても、ドゥシュ・ド・ヴィオールことトレブル・ガンバ(森川麻子)とバス・ヴィオール(譜久島譲)の組み合わせだ。前者はフルートやヴァイオリンの代わりに使われたという。
リコーダーは宇治川朝和、チェンバロ福間彩である。

そして誰が呼んだか「テレマン博士」--多分自称だろうけど(^O^)「日本で一番テレマンに詳しい」という音楽学者の佐藤康太が曲の合間に登場して解説を行なった。

かの地の宮廷ではテレマン作品の楽譜が多く保存されていて、その中から様々に編成を変えて演奏。うち一曲だけは当地の宮廷楽長をやっていたグラウプナーのチェンバロ曲だった。
彼はテレマンと実は仲悪かった説ありというのは興味深かった。そういやライプツィヒのトーマス教会の音楽監督新規採用候補1番目はヘンデル、2番目はグラウプナーだった(結局3番手のバッハに決定した)。そういうところも因縁があるのだろうか。

パワポを使って博士の質問コーナーもあり。テレマンの巧みさと変なところが様々な側面から浮かび上がってくる内容だった。まだまだこのシリーズは続くらしいからやがて彼の全貌が明らかになるのだろうか。ただ博士は個性強すぎるのが難ですな😑
そのうち「テレマン噂の真相」とか「弟子は見た!テレマンの素顔」なんてのもやってほしい。

宇治川朝政が最前列に座って博士のジョーク(というよりギャグ?)を一番大きな声で笑っていたのがおかしかった(^◇^)

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2024年2月15日 (木)

「熊は、いない」:国境線は見えずとも消えているわけではない

監督:ジャファル・パナヒ
出演:ジャファル・パナヒ
イラン2022年

イラン政府から映画製作禁止&出国禁止中にもかかわらず、新作を発表するパナヒ監督である。近年の作品同様、自ら自身を模した役で主演している。

主人公は出国できない監督、でも映画は撮る。舞台は隣国で偽パスポートでさらに遠くへ逃げようとするカップルの話だ。自分は行けないからスタッフを送り込み国境近くの小さな村からリモート監督している。
加えてその作品は演じている二人の役者自身が、作中の境遇と重なっているという半分ドキュメンタリーのようなものらしい。冒頭から事実と虚構が錯綜する。
しかし、当然ながらそんな田舎の村ではネット環境は極めて悪い。パソコン持ってウロウロヽ( ̄△ ̄ゞ=ヾ ̄△ ̄)ノ さらに怪しい政府の回し者が出没する。果たして映画は完成できるのか。

自らをネタに混乱と偏狭と抑圧を描く根性は大したものと言わねばなるまい。テーマや展開はかなり絶望的なものだが、なぜか飄々としてシニカルである。
村人たちは「先生」と呼んでくれるがその実際は--と最初からイヤミが炸裂💥こういうところが好きだ~。そして村の閉鎖性が主人公をどんどん詰めてくる。

闇に溶け出す国境。気付かないうちに越えている。しかし見ている者はどこからか見ているのだ。追い詰められる者はどんどん追い詰められる。おまけにここは熊が出るかもしれない🆘 もはやどこにも行き場なし。そんな状況だ。それが観客にも伝わってくる。
それでも儀式の場で余計な一言を言わずにいられないのが彼の本分だろう。

そんな性格のせいではないだろうが(多分)、なんと本作完成後に監督は収監されてしまったという。早期の釈放を願う。

ところで後から騒動のタネになるあの「撮影」は実際のところどうだったのかな。あの場面、よく覚えていないのよ。
一番タルくて気を抜いたような場面が重要だったとは……(~_~)ウムムム

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2024年2月 9日 (金)

「藝大プロジェクト2023 仮面 第2回 パルナッソスの山のいただき」:床を目指せ!

240209 会場:東京藝術大学奏楽堂
2023年11月25日

「藝大プロジェクト」とは、毎年特定のテーマを設けて多角的視点からアプローチを試みる企画とのこと。もう10年以上前からやっていて、過去には「元禄時代」「シェイクスピア」の公演に行ったことがある。
今年のテーマは「仮面」で第1回は「アジアの伝統芸能」だったそう。この日の第2回はヨーロッパ編でイタリアの古典仮面喜劇コメディア・デラルテを取り上げたものだった。

ヴェッキ作曲のマドリガル・コメディ『ランフィパルナーソ』を再構成してストーリーを分かりやすくしたとのこと。で、マドリガル・コメディというのは作品によってはコメディア・デラルテの定番キャラクターを登場させて音楽劇として上演したそうな(なんだか少し分かりにくい)。

音楽はあくまで歌手や奏者が担当、役者は芝居パートを専念ということらしい。
芝居パートはほとんどが現役の藝大学生である。それも建築科とか絵画科もいてかなりシロートな若者たちだった(もちろん台詞は日本語)。
一方、合唱・器楽部門勢の多くはプロも含む卒業生や教員で、指揮は野々下由香里がやっていた(珍しい?)。さらに7人中鍵盤が3人という編成である。

恋人たちとその親たちのバカバカしい騒ぎを描いて約1時間。最初はどうなるのかなと不安だったがドタバタのノリも良くなり、奏者やコーラス隊もずっこけポーズに加わったりして笑わせてくれました。
アルレッキーノ役の人は芝居と合唱の両方を忙しくこなして感心した。女中役の人はかなりコメディ演技がうまかった。なんと藝大でチェンバロ専攻している人だそうな。
これからのご活躍を期待しております(^^)/

さて、ここからは苦言モードになります。
このコンサートについて3000円のチケット代を取る価値があるのかという感想を見かけた。確かに正直なところ「学園祭」企画ノリの印象は否めない。
この直前に聞いた北とぴあ音楽祭ではカテリーナ古楽合奏団4500円、スティラ・マリス3000円である。奏楽堂は大学内専用ホールだから会場代もそんなにかからないはずだよね(あくまでも推測)。果たして3000円の価値があったかはビミョーだ。
第1回のアジア編は海外から二つ団体を招いたそうで、充実した内容に見える。そちらに予算を取られてしまったのかね。

しかもパンフの解説はあたかもコメディア・デラルテは半分素人が右往左往しながら直前にでっちあげるコントであり、観客はそれを応援してはげましてやるものだと思っても仕方ないことが書いてある。そんなことはないだろー💢 やる前から予防線を張ったのだろうか(?_?)
加えて肝心の「仮面」について考えさせるところがほとんどなかったのも問題だった。

また会場がデカすぎなのも凶と出た(1100人収容)。芝居の空間というものは難しい。熟練していない者がやるにはスペースが広すぎる。
優れた役者や音楽家(ジャンルを問わず)はその身体の発するパワーをもって広い空間を制御する能力を持つものなのだとヒシと感じた。

この公演を見て大昔にマドリガル・コメディ見たのを思い出した。東京の夏音楽祭でクレマン・ジャヌカン・アンサンブルが出演した時である(他にはラ・フォンテヴェルデぐらいかな)。
この時はドミニク・ヴィスは歌と役者の双方をやっていて、もっと飛び回るようなアクションをやりたかったけど専門家じゃないからと止められたらしい。
とりあえず学生の皆さんはヴィスの足元の床ぐらいには及ぶよう目指して頑張ってくだせえ。

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2024年2月 6日 (火)

「クライムズ・オブ・ザ・フューチャー」:老いてますますアート

240206 監督:デヴィッド・クローネンバーグ
出演:ヴィゴ・モーテンセン
カナダ・ギリシャ2022年

お久しぶり!前作からはや8年、久々の新作はクローネンバーグ節が炸裂である。
人類から「痛み」の感覚が無くなった世界。体内に新しい臓器を生み出し、それを切除するパフォーマンスをアートとして見せる「特殊芸術家」の男が主人公だ。
彼の腹に内視鏡突っ込んでグリグリしたいのう💓 女たちは欲望にかられてやり方は異なれどそれぞれに突撃し、男たちもやる勇気はないけどつい周囲をウロウロしてしまう。C・スチュワートが純情乙女風にズイッと迫ってくるのと同様に、男も遠慮せず迫っちゃえばいいのに--と思うが、監督はそういう方向に興味はないようで。

映像的に見れば、主人公を演じるヴィゴの肉体を欲して男女関係なく隙あらば突っ込んでくるという状況。こりゃ、いかがわしさエロさ爆発で正視もできぬ(でもしちゃうが)。
そのためか彼は人目を避けて、常にニンジャのような黒衣をまとい背を丸めてこそこそと歩くしかないのであった。
そしてなぜか「情報屋」として街外れの廃墟で刑事と会って度々密告を行なう。これはもしかして「逢引き」というヤツでしょうかな(^^?

異様な設定の説明はセリフによるものが多く、気を抜くと理解できぬまま進行してしまう。変なヤツが複数登場するが何をなんのためにやっているのかもよく分からん。
主人公の身体が「老い」を表しているという説を後から知ったが、そう言われれば奇妙な形の寝台や食事椅子、解剖台は確かに介護用品ぽくてなるほどと思った。
古い油の匂い漂うような老朽化した世界に老いた男が生きる。そういう映画だろうか。(パートナー役のレア・セドゥはまだ若くてエロくピンピンしているけどな)

幾つか作中に登場するパフォーマンス場面は80年代アートシーンの流行を懐かしく想起させるものだった。廃工場みたいな場所で行われるのを含めて。少年の〇体の描写さえもだ。「耳男」👂には笑いました。
それが「昭和」っぽくならないのはさすがのクローネンバークであろう--まあそもそも日本人じゃないから関係ないか。

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2024年2月 3日 (土)

北とぴあ国際音楽祭2023から

240202「祝祭」
演奏:カテリーナ古楽合奏団
会場:北とぴあつつじホール
2023年11月19日

このグループ聞くのは久しぶりである。前回は2010年のBunkamuraでのミュージアム・コンサートだった。振り返れば中世ルネサンス音楽聞くこと自体も最近は少なくなっている。
なんと今年は結成50周年とのことだ。音に歴史あり。メデタイ🎊 日本の古楽演奏史とほぼ同じくらいか。ただしこの日は一人が急病(?)で調整が大変だったそうな。
で、総勢9名のところ一人欠けて8名、さらに過去にゆかりあるゲスト奏者3名が途中登場という布陣だった。

曲目で一番古いのは13世紀の写本から。そして最新はブレイドという英国の作曲家(1630年没)まで。その間の時代に伝わる様々な世俗曲・舞曲が演奏された。半分ぐらいは「作者不詳」である。
こういう時代のコンサートでは毎度のことだが、見慣れない楽器が多数登場で目も耳もビックリだった。

酒瓶みたいな短い笛「ラケット」というのは中が多層構造になっていて9倍の長さにあたる音が出るらしい(^^;
ハープの柱部分に弦を張ったような「トロンバマリーナ」は、ヴァイオリンの仲間ということらしいが弓で弾いた音は……工事現場のドリル音だーっ⚡
最も謎だったのは、カマボコ板の上面に金属板を乗せたような楽器。その角の部分を弓でこすった後に板を手で回すとさらに共鳴音みたいなのが発生する。一体なんなんですか、これは?
先日のサヴァール公演で目撃した(聞いた)白い短い棒二本によるパーカッションも登場した。この日の使い方は両手に一組ずつ指に挟んで持ってカスタネットのように鳴らしていた。

ダンスもあり。踊り手はバロックダンスの松本更紗だが、リーダーの雅隆氏と親子だったのね。知らなかった。

げに興味深い中ルネ音楽の世界。欧州にまたがる様々な音楽要素がごった煮のように存在する。目にも耳にも刺激になりました。
50周年ということもあってか満員御礼状態🈵 自由席なので開場前からかなりの熱気が発生だ。聴衆の方も様々でごった煮のようだった。

240202b
「幾たび別れても 名匠に彩られた旋律」
演奏:スティッラ・マリス
会場:北とぴあつつじホール
2023年11月23日

歌手1人を含む女性5人組によるルネサンス末に行なわれた「旋律装飾」によるコンサートである。当時の話題曲・流行歌に細かい装飾をつけて編曲するということがよく行われた。当時の編曲版だけでなく、新たにメンバーが作ったものもあった。
元ネタとなった作曲家はデ・ローレ、パレストリーナ、オルティスなど。
このグループは6月にも聞いたが、今回はさらにリュート&ギターの佐藤亜紀子が加わっていた。

リコーダーの浅井愛をはじめ皆さん聞かせどころには妙技を発揮していた。とはいえ、全員で歌を歌うなど和気あいあいとした雰囲気である。穏やかな時間が流れていきました。
ただ丁々発止とした演奏を求める分には物足りないかも、などと思ったりして。

開場時間に合わせて焦ってホールへと行ったら、なんとこの日は自由席でなくて指定席だった。またやってしまった(;^_^A


さて中世にしろルネサンスにしろ、時代が古くなるほどなぜか録音では物足りない--というか、実際にライヴで聞かないと魅力半減になってしまうのは不思議である。恐らく後から彼らのCDを聞いても別物のように思えるかもしれない。
音そのものや奏者の身体性によるものなのだろうか。

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