監督:アレックス・ガーランド
出演:キルステン・ダンスト
米国・イギリス2024年
米国では半年も前に公開されたのに、あえて大統領選一か月前まで日本公開を引き延ばしたというそのヤマっ気や良しっ👍
おかげで最近の洋画ではめっきり少なくなった公開週末の興収第1位というのはメデタイ限りである。
舞台は近未来--というより「近現在」の米国。冒頭で状況が早口でサーッと説明されるが、とても追いつかない。こういう時はパンフレット(千円ナリ)を参照だいっ。
広告の宣伝文句には「アメリカが2つに分断され」とあるが、正確には4つに分かれている。大統領が独裁体制を敷き3期目も居座る連邦政府、南部のフロリダ連合、カリフォルニアとテキサスがくっついた西部勢力、さらに新人民軍(「マオ派」が支配って、毛沢東主義者のこと?)という状況だ。
日本公開当時でも「カリフォニアとテキサスが同盟なんてそんなバカな」という意見があった。しかしその後実際の大統領選挙戦で共和党のガチ正統保守勢が民主党を支持なんてことが実際起きたし、当選したトランプは三期目やる気マンマンぽいし、「FBIをぶっ潰す⚡」などとこの映画の大統領と同じような言動をしているので、あながちデタラメというわけではない。
4人のジャーナリスト(うち一人は見習い中)が大統領のインタビューを敢行しようと、戦時警戒体制のニューヨークからワシントンへ混乱の中をドライブしていくというのが基本設定である。
『地獄の黙示録』が引き合いに出されているが、実際見てみると確かに物語の構造はほとんど同じだ。一人の人物を求めて進む道中に異様な場所と人々が次々と出現して彼らを惑わす。遊園地の狙撃戦や平穏を装う町の描写に至っては、シニカルなユーモアさえ感じられる。異なるのは舞台が米国なのと、中心人物が兵士でなくてジャーナリストであることだろう。
もっともカメラマンにとってカメラとは銃の代わりになるらしい。以前戦場カメラマンのインタビューで、カメラを持って兵士たちの後ろから付いていくと自分も銃を持っているような感覚で突撃してしまうという話を聞いたことがある。ある時、ふと気づくと自分が部隊の先頭に立って突進していたという(~_~;)
こちらもやがてそのような状態になる。しかもプレス印をつけていればどの側でも基本出入り自由で受け入れてもらえる……はず。うまく行かない時もあるけどな😑
しかしたどり着いた先のカーツ大佐ならぬ肝心の大統領が「中身がない」状態なのはどうしたことよ。現実の大統領を皮肉っているのだろうか。
途中まで引っ張ってきたベテランカメラマンのリーは報道最前線から自ら撤退し、若くて未熟だったジェシーが「決定的瞬間」をモノにする。そこで、見事に引き継ぎがなされたのを観客は思い知るのである。
どの場面も印象的な構図で思わず見入る。音響は銃声が耳にグサグサ突き刺さる。迫力充分だ。音楽のミスマッチな使い方も効果的である。賛否いずれにしても語りたくなる作品なのは確かだろう。ガーランド監督の手腕は認めるほかない。
リー役キルステン・ダンストの愛想ゼロの仏頂面がよかった。
思い返してみると、私がこの映画で引き付けられるのは社会的政治的な部分ではなく、黙々とワシントンへと移動する部隊、燃え上がる山火事、明るい陽光の下で「冬」を演じる遊園地、夜のホワイトハウスへの一斉突入--のようなシーンのイメージなのである。
それは脳ミソにじんわりとしみこんで離れないのだ……。
さて、この映画の設定だが冒頭に書いた基本事項はいいとしても、細かいところを見て行くと不自然なものがある。
*あんな自治体壊滅状態なのにインフラが生きているのはおかしい(ショッピングセンターなんか真っ暗なはず)。州都の周辺はまだしも田舎では水も電気も停止しているだろう。そもそもガソリンスタンドに給油車は来るのか、とか考えだすと止まらない。
ネットはどうか。思い返すと最初の方でホテルでリーがノートパソコンを開いて「速度が遅い💢」とブチ切れていたけれど、NYの外では使えないのか?
*作中でスマホを使っている場面がない(多分)のも不自然。ネットが繋がらなければスマホを使わないかというと、そんなことはないだろう。兵士たちはスマホで自撮りしまくってもおかしくないはず(敵を殲滅した時の記念とか)。
まあそれをやっちゃうと「誰でもカメラマン」状態になってしまいフォトジャーナリストを中心に据えた意味がなくなるだろう。それにスマホ掲げて敵に突進する姿はあまりに滑稽である。
*戦争描写でも最も陰惨な状況は注意深く避けられている。戦闘は基本的に武装した兵士・自警団同士で行われていて、年寄りや子供が犠牲になる場面は排除されている(実際の紛争の犠牲者では多いはず)。最も陰惨な赤サングラスの男登場場面でも犠牲者は成人だけのようだった。
また性暴力についても同じく描かれない。あのガソリンスタンドでてっきり「おっ、おねーちゃんが2人いるな(一人は年増だけど)。現金の代わりにこっち来いや」などと言われると思ってドキドキ(・・;)したが、そういうことはなかった。
これらを捨象した一種の幻想(ファンタジー)と考えられる。その点ではリアリティに欠け、かなり意図的に構築された世界だといえよう。
【追記】ついでに例の赤いサングラス男が「どのアメリカだ?」発言について。予告で見ると国内の勢力のどこを支持しているのかという問いに解釈されているが、本編では続けて「中南米も南米だってあるぜよ」と言っているので、ラテン系の記者(役者はブラジル出身)に対して米国人かどうかを問いただしていると思える。ここで「ブラジル」とか答えたら終了❌だろう。