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2025年2月 7日 (金)

美術ドキュメンタリー特集・その2「アンゼルム“傷ついた世界”の芸術家」

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監督:ヴィム・ヴェンダース
出演:アンゼルム・キーファー
ドイツ2023年

あれは30年前~♪(なぜか歌う)今はなきセゾン美術館にて開催されたキーファー展は、作品がデカけりゃ衝撃もデカい。その迫力は夢にまで出てきそうだった。
そんな恐ろしさがヴェンダースによりクリアな3D映像でスクリーン上で味わえる……と期待して行った💖

映画は二つの要素によって構成されている。一つは広大なアトリエでの制作活動の紹介である。広すぎて移動するのに自転車や運搬車で移動するほどだ。また、藁や鉛をどのように作品に使っているのか、巨大絵画を描く方法(クレーンみたいのを使っていて驚いた)など詳細な部分まで記録している。
もう一つは作品・作者のイメージ映像とでもいったらいいか。キーファーの半生の再現劇(彼の息子やヴェンダースの親類が演じる)や紆余曲折あった過去のニュース映像を積み重ね、近年の作品も加えてキーファー像を構築していく。

通常のアーティスト紹介なぞ「日曜美術館」に任せておけばいいと言っても、なんだかイメージに走り過ぎていて隔靴掻痒の印象は否めない。期待していたのはこんなもんではなかった、というのはお門違いだろうか。
もっとも、個々の作品の衝撃などそもそも映像で伝わるようなものではないのだから、アトリエ逍遥とイメージ映像に限定した監督の選択は正しいと言えるかもしれない。

とりあえず、私の脳内にあったキーファー像とはかなりズレていて釈然としないものを感じた。私は誤解していたのか、それとも単にヴェンダースと波長が合わないだけか。

G・リヒターがキーファーを全く評価してないというのは分かる気がする。対象の捉え方が異なるし、十数歳年上ということだから影響を受けたアートや戦前のドイツについての認識もズレるだろう。
今回、屋外の作品を見るとなんだかボルタンスキーにも似ているような……。同時代性ってことか。
なお3Dで見る意義はあまりなかった。林とか屋外設置作の奥行きは感じられたが。作品が生々しく見られるわけではない。


キーファーは大作が多いので投機の対象になった。美術バブルがはじけた後は日本も含めてどこかの倉庫に塩漬けになった作品が多数とか。
にもかかわらず国内の画集や研究書(雑誌や論文を除く)は未だに少ない。昔は洋書で見るしかなかった。それがまた値段が高くて手が出なかった。
今年、京都で大規模な新作展をやるそうな。はて、どうするべきか……🙄
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