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2025年2月 6日 (木)

美術ドキュメンタリー特集・その1「美と殺戮のすべて」

250205a 監督:ローラ・ポイトラス
出演:ナン・ゴールディン
米国2022年

ナン・ゴールディンは1970~80年代の作品がフェミニズム・アートとしてクローズ・アップされた写真家である。その文脈はあくまで自傷的なまでにさらけ出した「私」の部分にあったと思う。例えば男に殴られて目の周りにアザ作っているセルフ・ポートレートなど強烈な印象を残した。
その彼女が鎮痛剤の中毒問題について製薬会社へ抗議を行うという「公」の社会的行動は意外だった。自身も医者に処方されて中毒になってしまったそうな。

このドキュメンタリーは片方にナンの生い立ちとアート、もう片方に抗議活動(製薬会社と、その援助を受ける美術館に対する)の記録をVの字型に配置、交互に描いていくという構成を取る。そして最後に二本の線が合体するのだ。
そのVの字の根本に来るのがかつてエイズを題材にした展覧会を開こうとしたことである。過去にそのような例はなく猛反発を受け、「政治的な内容」に助成金は出せないと言われたそうな(最近の日本でも似たような事があったな)。
それに対して彼女が取った毅然とした態度こそが、後に製薬会社への忍耐強い抗議へとつながるのが描かれていた。

両親との軋轢、姉との関り、友人たち、ゲイカルチャー……彼女の写真作品にも表されてきた複雑な背景が浮かび上がる。
同時に鎮痛剤オピオイドは恐ろしすぎ💀 米国で20年間に50万人死亡って信じられないほどだ(確かプリンスの死の原因でもあったはず)。製薬会社側はそれを放置したのである。
会社オーナー一族から寄付を受ける美術館へのアクションは、同時にまた一つのアート活動のようでもあった。

背後に流れる音楽の選曲はかなり特徴的。冒頭はヘンデルの合唱曲だったかな?
邦題の「殺戮」というのがどうも今一つピンと来ない。作中の字幕では「苦痛」とか「血まみれの残酷」などと訳されていた。
アカデミー賞ドキュメンタリー長編賞候補&ヴェネチア国際映画祭金獅子賞。
監督は過去に『シチズンフォー スノーデンの暴露』を撮っている。この時にはアカデミー賞を獲得した。

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