「ブルータリスト」:男と男と女と建築
監督:ブラディ・コーベット
出演:エイドリアン・ブロディ
米国・イギリス・ハンガリー2024年
オスカー11部門ノミネートということで注目を集めた一作。
建築と建築家についての映画かと思って見に行ったらどうも違った。いや前半はそういう印象だったが、後半になると全く異なる方向へ。一体何を見せられているのかと思っちゃった。
しかも開始10分で、どうもこの監督とは相性が悪いと感じた。最後まで居心地悪かった。
様々な仕掛けがあり才気走っている。--とは裏返せばもったいぶっている、わざとらしいともいえる。そのくせ細部は雑なところがある。
加えてやはり長すぎるのは問題である。公開前から話題になっていたが215分で⚡間に休憩が入る。休憩が入るのはそれほど珍しいわけではないが、その間にも仕掛けがあるのだという。
そんな風にどうでもいい部分に時間をかけているような印象である。一方説明不足で通り過ぎてしまうところがあり。それでどうも見ていて判然としない。
大戦後のヨーロッパから米国に移住してきた才能あるユダヤ人建築家が、資産家の男に振り回されひどい目に会うが、実は作品自体に強烈なしっぺ返しを準備していた--という解釈でいいのだろうか。
長尺の中を小出しにして出してくるからあまり感じないが、資産家一家はあらゆる面で相当に腐敗しており「退廃の極み」といえる。
富と権力を持っているのに過去の苦労話をして共感を引き出そうとする--このガイ・ピアース扮する資産家男は日本でも政治家などにいるタイプだ。この人物造形はイヤ過ぎて逆に感心した。
最初見ていて気になったのは、やたらと男同士でイチャイチャペタペタ身体接触をすることである。ホモソーシャルも行きすぎだと思ってると、女との接触の方は妻も含めてなんだかなあ😦と思わざるを得ない。
しかも妻はなんだか陽炎みたいに実体がつかめないのだが、主人公のこうむった災厄に対して母親の如く立ち向かう終盤になって、ようやく真価を発揮する。監督は「母」が好きで「女」が嫌いなのかしらん。
エピローグは色々と問題があるとされているが(主人公のキャリアと年数が合わない、など)内容はいいとして、ラストショットが冒頭の尋問場面に戻ってくるのは意味不明だった。その直前に、主人公の車椅子の横に立つ成長した姪の娘(多分)を映すのだがそれを演じているのは……何か特別な意味があるのだろうか(?_?) 不明である。
そんな訳の分からなさで終始したのであった。
アカデミー賞は結局、主演男優賞、撮影賞、作曲賞を獲得した。今年は珍しく主演男優賞ノミネート作品をすべて見たが、他の人はともかくエイドリアン・ブロディの主男賞はどうかね……😑
彼の演技が良くないというのではなく、監督がどうも映像コンセプトが優先で、役者の演技に興味がないのではないか、あるいは生かそうとしない作風なのではと思わせるのだ。
しかし後で知ったのだが、監督は俳優出身だそうで(・・;) そんなものなのか。
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