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2025年9月

2025年9月23日 (火)

「ノー・アザー・ランド 故郷は他にない」:混迷と友情

250923 監督:バーセル・アドラー、ユヴァル・アブラハーム、ハムダーン・バラール、ラヘル・ショール
ノルウェー・パレスチナ2024年

場所はバレスチナのヨルダン川西岸地区。ここでの4年間(2019年~2023年10月)を当事者の立場から描くドキュメンタリー。
「入植」という理由を付けて、イスラエル側の暴力はとどまることがない。家を破壊、井戸をコンクリで埋める。皆で建てた学校をぶち壊す--などなど。
活字メディアの記事などで読んだことはあるが、見ると読むでは迫力違いである。やはり文字よりも映像の喚起力はすごい。特に覆面付けた入植者たちのおぞましさには震え上がる。

そんな情況を映像を配信する住民の青年とイスラエル人のジャーナリスト、立場が全く異なる若者二人が対話を繰り返す。しかしそれは融和というようなものではなく、むしろ「混迷」を感じさせる。いつまでたっても解決に至らないぐるぐる道のようだ。
宣伝では二人の「友情」が強調されていたがやや感触は異なる。それよりもそのような「情緒」に訴えないとダメなのか(見てもらえない?)というのが気になった。

はたして住居や学校を呑み込むブルドーザーや銃弾に対抗できる手段はあるのか。徹底的に強大な権力として支配者の姿が立ち現れる。
実際の上映時間よりも苦しく長く感じた。ついでに手持ちカメラやスマホ映像には目が回ってしまった。
だが長年にわたる災厄を考えれば一瞬にしかすぎないのだが。

アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞獲得。
取らないよりは取った方が良かったとは思うけど、よもやそれまでのガザへの冷淡な対応の免罪符代わりじゃないよね?
その後も苦難は続く。4人の監督一人(画面には登場しない)が入植者によって殴打され連れ去られたり、またスタッフとしてかかわった活動家が殺害された。
遂には今月2025年9月に若者の片方バーセル・アドラーの自宅が兵士によって襲撃されるという事件が起こった。本人は不在だったが家族が暴力を受けたとのこと。嫌がらせかいっ💢
誰かネタニヤフに、あのお決まりのフレーズ「どんな相手だろうと暴力は良くない」と言ってやってくれ。

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2025年9月19日 (金)

特集・放課後生活その3「ウィキッド ふたりの魔女」

250919 監督:ジョン・M・チュウ
出演:シンシア・エリヴォ、アリアナ・グランデ
米国2024年

原作本や舞台版について全く知らずに見に行った。
魔法の国の学園に入学した二人の対照的な少女あり(でもルームメイトになる)。エルファバへの無視やいじめの状況は先日見た「Playground/校庭」と重なってウツになる。
その後は怒涛の展開で押しまくり音楽もガンガンと響いて、面白いけど見てて少しくたびれた。情報量が多過ぎて歌をじっくり解釈する余裕もない。

意外だったのはグリンダのキャラクターだ。家柄よくルックスもよく友人が大勢いて注目されるのが大好き。しかし実際は自分の中身がそれに伴っていないことをよく自覚して焦っている。どう考えても多数の観客が憧れるような対象ではないと思うのだが、「明るくて天真爛漫な女の子💖」という感想を見かけて驚いた(~o~) どういうこっちゃ。私には理解不能である。

共に暮らす動物が排斥されて公職追放になるのは、赤狩りかユダヤ人差別か。いずれにしろ魔法の国は美しさと繁栄の陰に不穏な空気が渦巻いている。ただその構造があからさま過ぎて絵解きのようだと言われても仕方ない。これがどうなって『オズの魔法使い』へ繋がっていくかは後編待ちだ。

ミシェル・ヨーの役柄と演技が見ごたえあった。
アカデミー賞10部門候補。美術賞と衣装デザイン賞獲得。


終演後、見ず知らずの同年齢ぐらいのオバサンに突然話しかけられた。あまりに長いんでもう夜の8時くらいになってるかと思ったとか、シール貰ったけどどこに貼ったらいいのか分からないとか、まだ続編があるなんて知らなかったとかグチられてしまった😑

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2025年9月17日 (水)

特集・放課後生活その2「Playground/校庭」

250917 監督:ローラ・ワンデル
出演:マヤ・ヴァンデルベック
ベルギー2021年

ベルギーのフランス語圏(?)の小学校が舞台。きっと苦しい話だろうなと予想して見に行ったら、やはり終始一貫してつらかった。
小学校に入学する女の子、行くのがイヤでメソメソして兄や父と離れられない。やがてようやく友達ができて慣れてくるが、見たくない兄の姿を目撃してしまう。

少女だけに常にカメラの焦点を合わせ、他のものはぼやけている(「サウルの息子」に影響受けたって?)。「謝罪」の場面では起こっていること自体はスクリーンの外で、彼女の表情だけを追う。一方、学校特有の騒音は絶えずうるさく鳴り響いてくる。

大人たちは全く無力か見当はずれ。優しい教師や短気な父親は全く役に立たない。学校側のいじめの対応は日本と全く同じで暗澹とする。そういう部分も容赦なく描いている。
体育の授業が苦手だった者が見るとイヤ~な気分がさらに増すのは保証付きだ🆘

上映時間72分⌚ これ以上長かったら映画館の床に倒れそう。学校に通って社会化する、とは即ちつらみ、苦しみなのか。
ラストは希望があるとはあまり思えない。これからもつらいのよ、きっと(~_~)
子役たちの演技には感心するものの、こんなの演じさせていいのかという気もした。少女の表情になんとなくアナ・トレントを思い出した。

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2025年9月14日 (日)

特集・放課後生活その1「クラブゼロ」

監督:ジェシカ・ハウスナー
出演:ミア・ワシコウスカ
オーストラリア・イギリス・ドイツ・フランス・デンマーク・カタール2023年

裕福な子弟が通う私立高に来た新任の教師。彼女による栄養学のクラスが「意識的な食事」から始まり遂には「不食」へと暴走していく。若者の抱く親への不満や現状へのいらだちが、食欲という人間の基本的欲求の拒否という形になって噴出するのだった。

制服や教師の服装などファッションの配色が独特だ。ハイソが過ぎてイヤミに近い生徒の家、装飾のない直線的な学校建築、いずれも容赦のないモダンデザインの極みである。
一方、音楽はパーカッションと弦(コントラバス?)がシンプルながら不穏さをかき立てる。
見ていて非常に落ち着かない(・・;)

若者たちの不満を吸収して操る教師や最後まで事態を理解できない親たちの姿は、ハーメルンの笛吹き男を思い起こさせる。
途中でゲゲゲとなる場面があり万人にはお勧めできないし好悪分かれそうだが、強烈なヴィジョンを垣間見せている。あと学校のマーク(校章)のデザインもなんとなくヤバイではありませんか🆖
ただ教師の独白場面はいらなかったような。彼女の心中はブラックボックス化した方かよかった。

ハウスナー監督は十数年前に見た『ルルドの泉で』もよかった。その間に一作しか公開されてないのか……。

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2025年9月 8日 (月)

「影の軍隊」:地上波の罠

監督:ジャン=ピエール・メルヴィル
出演:リノ・ヴァンチュラ
フランス・イタリア1969年

この映画を見るのは5回目ぐらいだろうか? ギャングものはどうも好きじゃないのでこれ以外のメルヴィル作品は見たことがない。
若い頃、というか子どもの頃、地上波TV放送で数回見たが2時間枠だと実質70~80分間ぐらいか。当然編集しまくりになり「ボス」についてのエピソードが丸々カットされていた。

それを知ったのは後にレンタルビデオで初めて全編(140分)を見た時である。個々のエピソードが団子状に連なっているようだったのも、こちらでは滑らかに繋がっている。
今回数年前にハードディスクに録画したままだったのをまた見直してみた。

舞台はナチス占領下のフランス、レジスタンス組織に属する者たちを描く。同志の裏切り、密告、命がけの逃走、逮捕されれば拷問か死か。
考えてみればレジスタンスとギャングは似ていなくもない。限定された人間関係の中で、裏切り者は理由を問わず淡々と粛清するのみである。
映像は常に沈鬱を伝える。

途中の山場と言えるエピソード。シモーヌ・シニョレ扮する活動家が逮捕された仲間の救出計画を実行する。ドイツ軍の厳重警備の施設に堂々と軍関係者として乗り込むのである。幾重ものゲートを通る恐ろしい緊張感--その結果がどうなったかを含めて、全くもって派手なドラマ性を排しているといえるだろう。
しかしそのように有能かつ豪胆なリーターである彼女も、後に最も肝心なところでミスを犯す。これもまた皮肉である。

リノ・ヴァンチュラの主人公の「ボス」への崇拝は思慕としか言いようのない域に達している。これにはちと戸惑う。もっともヴァンチュラはメルヴィルが嫌いで何年も出演を渋っていたそうな。ええー(・・?
シニョレは貫禄の一言だ。

ラストの「走らなかった」が非常にかつ非情に効いている。ハードボイルド……。

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2025年9月 7日 (日)

「教皇選挙」:神か亀か

250907 監督:エドワード・ベルガー
出演:レイフ・ファインズ
米国・イギリス2024年

アカデミー賞主演男優賞候補シリーズ4作目。
主人公は創業2000年!世界各地に支店を持つ巨大企業の中間管理職。なんと社長が急死という事案が起こり、早いとこ新社長を決めねばならなくなる。自薦他薦候補者乱立し、各派閥入り乱れて足の引っ張り合い。創業者(イエスの弟子ペテロとのこと)の理念は今どこに行ってしまったのでありましょうか。

「奴は駐在員時代に……」「不正経理の証拠が出てきたとか」「あんな辺鄙な場所に支店出してたっけ」ヒソヒソ(ーー;)
そして、お茶くみコピー取りに甘んじていた有能なお局OL(死語)は陰から全てを見ていた👀

教皇選出というと以前何か見たような気が……と思ったら『ローマ法王の休日』というふざけた邦題の映画だった。ほとんど覚えてないが、内容の方もかなりふざけた話だったように記憶している。
一方、こちらはこちらはシリアス一直線、というかミステリ要素満載のサスペンスである。先代教皇の突然の死によって疑念が疑念を生み、外界から遮断された礼拝堂や宿舎に渦を巻いて流れる。

内容的に同じような服装の中高年男性が決められた空間でウロウロしているだけなので、間違えないようにキャラクターの性格、外見や主張をハッキリ描き分けをしている。これを単純化と断じる人もいるようだが、そもそも「選挙」なんだから明確にしてないと話も進まないだろう。

全体として映像、音響、俳優の演技、どれも堪能した。音楽は最初あおり過ぎかと思ったけど段々と気にならなくなった。色彩のコントラストも美しい。レイフ・ファインズをはじめベテラン勢の役者にはこのぐらいはお茶の子さいさいのもんだろう。
信仰についての論議は私の老化した脳力では追いつかず。再度見ても理解できないような気が。もっとも、そもそも神に縁なき衆生には無理なことか。

予告にも出てくるとある場面について。これは閉塞感に満ちた場が「これで風通しがよくなった」という解釈があるようだ。しかしそこは納得できない。
その前段にレイフ・ファインズの枢機卿が取りまとめ役をやめて自分が教皇になるべしと、スタンリー・トゥッチの親しい枢機卿に対し内心を明らかにする。地味なオヤジ二人のほのぼのとしたいいシーンである。
が、それを神は許さなかった(>O<) その結果があの場面なのである。神様のいけず~⚡あんまりだー💥

終盤の意外な展開については全く想像もせず。「とある人物が仕組んだ」説があることを後から知ったが、いくら何でもあまりに危険な賭けではないか。
それを信じることこそが信仰だと言われたらそれまでだが。私には無理である😑
しかも日本公開から一か月ぐらいで実際にフランシスコ教皇が亡くなって、TVではこの映画も盛んに取り上げられた。現実は映画よりも急展開、ですかね。
アカデミー賞8部門ノミネートで脚色賞受賞。

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