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2025年12月

2025年12月30日 (火)

「木の器クリスマスコンサート」:いつか当たるかプレゼント

演奏:櫻井愛子、宇治川朝政、福間彩
会場:日暮里サニーホールコンサートサロン
2025年12月23日

私にとって今年最後のコンサートである。
ソプラノの櫻井愛子をゲストに迎えてヘンデルとテレマン中心のプログラム。後半にクリスマス関連の曲を配して、華やかなカンタータと器楽曲が繰り広げられた。アンコールは「メサイア」から。
テレマンのリコーダーソナタの超が付くような技巧的な曲を、宇治川氏が気合を入れて演奏したのが印象に残った。

その後は、恒例のサンタが登場してくじの抽選によるプレゼントコーナーがあった。最後に全員で「きよしこの夜」を歌って終了。
こじんまりとしつつも親しみのあるコンサートだった。また来年もよろしく(^O^)/

それにしても折角プレゼント当たったのにいなかった人はどうしたんでしょうか。やはり帰っちゃったのかな?

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2025年12月29日 (月)

「迷宮」上・下

251228 著者:マイクル・コナリー(古沢嘉通・訳)
講談社文庫2025年

ロス警察の未解決事件班担当刑事レネイ・バラードのシリーズ新作である。
冒頭から銃とバッジを盗まれるという大ピンチに陥る。バレればクビじゃすまないという事態だ。なんとか取り戻そうと密かに犯人探しをするが……。

上巻の帯には「議事堂襲撃事件犯による大規模テロを阻止せよ」とあり、下巻は「ブラック・ダリア事件の真相に迫る」となっている。
車上荒らしというある意味チンケな犯罪から、そんな大事件(それも全く種類が異なるもの二件)に一作の中でつなげられるのかと思ったが、ちゃんとたどり着いているのには驚いた。
それはバラード個人の大活躍もあるが、それだけでなく同時に地道な捜査のたまものであることも示される。超人的なヒーローものではなく、あくまでも警察小説の形を取っている所以だろう。

後半にかなり驚く展開があり、そういうところをあざといまでの力業で成立させてしまうのがいかにもコナリーらしい。
やたらとうるさい上司、上層部同士の対立、他の部署との駆け引き--今回も捜査を阻む警察組織の暗部がいやというほど描かれている。

バラードの「師匠」である先輩元刑事のボッシュも老いたりとはいえ登場するが、それよりもボッシュの娘マディの活躍貢献度が大きい。私の脳内イメージでの彼女はTVシリーズと同じになってしまい困ったもんである。
ボッシュの方は明らかにTVのT・ウェリバーとは異なるタイプのはずだが(コナリーは人物の外見の描写をほとんどしないので確信はない)これも脳内が浸食されつつある(>_<)
今回新たに登場した警察本部長は「背が高く、男前」で黒人、スーツではなく制服を着て登場する。となるとどうしてもドラマの方の本部長役ランス・レディックの顔が浮かんでしまう。彼は2023年に亡くなっており、それが本作をコナリーが書いている途中だったかどうかは不明だが、意識的に「キャスティング」したのだろうか。

未解決事件班はバラード以外は皆ボランティアというのが強調されていて改めて色々考えた。警察側の理由は経費節減だろうが、ボランティアする側(引退した捜査関係者など)はいざ大事件となれば拘束時間が長くなるだろうから割に合わない気がする。
それとも捜査は三日やったらやめられない、損してもやりたいということだろうか。

次作はこれまでのシリーズに関係ない全くの新作だと訳者あとがきにあってビックリした。もちろん出たら読むけどさ。

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2025年12月24日 (水)

「ジャグラー/ニューヨーク25時」:走る父権

監督:ロバート・バトラー
出演:ジェームズ・ブローリン
米国1980年

1980年公開作を修復版でリバイバル上映したもの。
えらく一部で評判が高くて見に行ったが、今一つノリ切れなかった。多分、B級アクション風を期待していたのだが実際は違っていたからかな(自分でもよく分からぬ)。ヨーロッパの映画作家の影響を論じている人もいるから、そういう感触のせいかも。

まだ小汚くて騒然としていた時代のニューヨーク、ジョギングする人々が多数行き交う中で(あんな治安が悪い中でみんな走ってるのか?)少女が誘拐される。資産家の娘と間違われたのだ。それに気づいた元刑事の父親が走って追いかける。
走って走って走りまくり、道中には妨害する輩がワラワラと湧き上がっては消える。ゲリラ撮影やったのかと思える生々しく雑多、適当っぽいような臨場感である。同時に彼を助ける人々も突然出現する(その気がなくとも結果的にそうなった者も含む)。

彼が通れば車が壊れ、ドライバーが倒れ、銃撃戦が起こる。犯人よりも主人公が通った後の方が被害が大きいような混乱ぶりだ。その直進の歩みが止まってグルグルと円形の動きになる覗き部屋のシーンが笑える。

映画はこの父親がDV気質を持った男であるのを全く隠さない。こういうところがいかにも時代である。現在だったらこのままではヒーロー不適格だろう。しかし今の世に不満を持っている人間は彼に快哉を送るかもしれないね。
一方、犯人は冒頭から社会への不満を持つ男として登場するが段々と『サイコ』っぽい言動をして、最後にはロリコン野郎へと正体を現す🆘 しかも少女が自己肯定感が低い子どもだと分かるとそこに付け込んでくるいやらしさ。キモイよ~、コワいよ~(~o~;)
彼の主張はまさに排外主義と陰謀論である。今の日本と同じではないか。東京も当時のニューヨークのようになるんだろうか。それとも人口減少で廃墟となるのか。

父親は走って走って突撃して全ての障害を撃破する。その意味ではストーリーと手法が完全一致しているといえる。しかしどうも見終わってスッキリしないのはなぜだろうか。
疾走しまくり突進するその姿に何やら父権主義の香りが漂ってくるからかもしれない。

暴走タクシー運転手役で若いマンディ・パティンキンが登場。
マリアは「若くてキレイなおねーさんを一人ぐらい登場させなくちゃな」枠に思えたが違うかしらん。

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2025年12月20日 (土)

「ズートピア2」(字幕版):蛇皮の男

251219 監督:ジャレド・ブッシュ、バイロン・ハワード
声の出演:ジニファー・グッドウィン
米国2025年

年末最大のお楽しみ作はこれだっ。
前作から約10年も経っているとは信じられねえ。歳月の経過が速すぎだー。もっとも作品内ではわずか一週間後の話になっているんだけど……。

前作では晴れて警官となった真っ直ぐな田舎娘のジュディを、すれた都会派詐欺師のニックが引っ張り回すという感があったが、今作は逆転してジュディの爆走にニックが引きずり回されるのであった。

動物たちが暮らす楽園「ズートピア」--といっても爬虫類はいない。その理由はなぜなのか?という謎の根源に二匹がドタバタと転がり込んでいく。
平等と共生の理想と見えた国家の成立の背後に、暗い策謀と差別の影が存在するとはよくぞ描いたものである。感心したっ。

とはいえ次から次へと事件が起こって既に序章だけで情報量いっぱい。ここまで詰め込まなくても……と思うがぜいたくな悩みであろうか。字幕版だから余計に目が追い付かない。老化してきた脳ミソにはスピードが速すぎである。上映時間が長くないのはいいけどさ。
おまけにパロディもたくさん入っているようだ。「ようだ」というのは自分ではほとんど分からなかったせいで、「カールじいさんの杖」とか出されても覚えてないわい。一方、なぜそこで『シャイニング』😦などと驚いたりもする。

それにしてもあの市長、ラストの「豹変ぶり」は調子が良すぎないかね。それとまだ事件が片付いてないのに、長々と二人(二匹)の関係について自省の会話をしているのはいかがなものか。
ジュディのドレス姿かわいかった。特に耳が丸まってるところ(*^^*)
既にパート3も並行して作っているって本当か? まあ、どうせまた見に行くけど。

すっかり忘れていた前作のリアルタイム感想を貼っておく。
最初のうち日本ではそれほど評判がパッとしなかったところや、ニックがエラい人気だったことなど。

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2025年12月12日 (金)

ヘンデル「ロデリンダ」:フルートに涙す

251212 北とぴあ国際音楽祭2025
演出:小野寺修二
演奏:寺神戸亮&レ・ボレアード
会場:北とぴあさくらホール
2025年11月30日

昨年は守備範囲外のモーツァルトだったのでパスした北とぴあのオペラシリーズであったが、今年はヘンデルということで期待大で会場へ向かう。

演奏会形式で舞台奥に弦楽器と通底の奏者が並び、上手に赤じゅうたんの花道が伸びている。さらに右側に管楽器コーナーが設置されて途中で演奏者が出てきたり引っ込んだりした(忙しい)。

タイトルロールの王妃ロベルタ・マメリは予想以上にハマリ役だった。最初からゆるぎなし。失踪中の王様クリント・ファン・デア・リンデは、登場時はいま一つ冴えなかったが途中からどんどん調子を上げた。この二人の二重唱はまさに熱唱🔥であった。
改心する悪役のニコラス・スコットは靴下だけ赤いのが目を引き(なんのこっちゃ)、その家臣の中嶋俊晴は謎の髪型で神出鬼没。横からお家乗っ取りを企む大山大輔は新宿裏町のやさぐれ刑事ぽく、王の妹役輿石まりあはちょっと高慢が入った誇り高いお嬢様風であった。

オーケストラもそこまでやるかの盛り上げぶりだった。ガシガシと怒涛のように奏られ押し寄せる弦。ヘンデル先生、泣かせのツボを押さえまくりです。曲によっては思わずもらい泣きしそうになったり(;^_^A 特に一曲、前田りり子が吹いたフルートのソロは悲しく寂しく観客席にしみわたった。

二人のダンサーの使い方は面白かったけど中途半端なところがあって、どうせなら照明をもっとよく当てたら?と思う場面があった。影絵も何をしているのか不明なところがあり。

聴衆の反応は上々だった。私はコンサート用のメガネを忘れてしまい残念無念だった。仕方なく代わりにオペラグラス構えてしっかり見たけどな。
今年はBCJも「ロデリンダ」やったんだよね。そっちも見てみたかった。
同じ年に同じ演目が重なるっていうのはなんなんだ(?_?)と思ったけど、初演300年の記念イヤーだったのか。
来年はまたモーツァルトとのことで再び守備範囲外で残念である。


過去にMETライブで見た時の感想を貼っておく。もう十年以上も経っている。
この時のウヌルフォは「弟分」ぽかったから問題なかったけど、今回は他は2組のカップルができて、一人だけ余っちゃった感の寂しさがあったな。
なお、ベルタリードがしょうもない男だという感想は今回も変わらなかった。

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2025年12月 2日 (火)

「スプリングスティーン 孤独のハイウェイ」:明日なき迷走

監督:スコット・クーパー
出演:ジェレミー・アレン・ホワイト
米国2025年

私がかつて買った(リアルタイムで💦)スプリングスティーンのアルバムは「ザ・リバー」と「ネブラスカ」の2作だけである。現在はファンというわけでもなし、スプリングスティーンの映画をやると聞いた時に見ようかどうか迷っていたが、まさにドンピシャでその時期の彼を描いているということで、これは見ねばなるまいと行ってきた。

アルバム「ザ・リバー」の成功、ツァーも終了で新作への期待が周囲で高まっていく中、彼が地元の町に戻って一人で家に住む。--のだが、私なんか「こんな大きな家で一人で暮らすって、料理作ったり掃除したりって誰がやってるのかしらん」などと余計なことを考えてしまうのだった。
それはともかく、出来上がったのが最初は雑なデモテープのつもりでソロでカセットテープに録音した「ネブラスカ」だった。音質がひどいこの録音に彼は固執してそのままアルバムにすると主張をし、録音スタッフに無茶を押し通す。まさにスタジオの調整卓をガシャーンとちゃぶ台返しせんばかりの強引さである。

「ネブラスカ」と言えば内容は暗い😑つらい⚡苦しい💀の三連発。ロックが巨大産業化した時代だったから、アコースティックで暗~い内容のアルバムを出すのはただ事ではなかっただろう。おまけに宣伝もツァーもしないと主張する。
その背景には彼の精神状態の問題があったということが明らかになってくる。

マネージャーのジョン・ランダウ(ランドー?じゃないのね)の献身が非常に大きく、彼が変な医者を連れてきたり、儲けをかすめ取ったりするような悪徳マネージャーじゃなくて本当によかった(^^)
少年時代の家庭の不和については知らなかった。それは成長してからも彼の行動や対人関係に影をもたらす。

主役のジェレミー・アレン・ホワイトは素ではとてもブルースに似ているとは思えなかったのだけど、映画で見てみると表情や動作が当時の彼ににそっくりで驚く。さらに終盤で魚の死んだような目つきで登場した時は、役者とはすごいもんだなと感心してしまった。
マネージャー役のジェレミー・ストロング好サポートであった。

ただ全体的には「女無用の男たちの絆」っぽい面があるようにも思えた。うがち過ぎであろうか。
監督のスコット・クーパーは音楽ものでは『クレイジー・ハート』(未見)を作った人だそうだが、私が最近見たのは『荒野の誓い』『ほの蒼き瞳』という歴史ものばかりだったので意外に感じた。
「ネブラスカ」がマリックの『バッドランズ』に影響を受けた場面が描かれているが、それよりも『狩人の夜』が大きく取り上げられていたのは驚いた。
R・ミッチャム扮するあの恐ろしい悪党が自分の父親に重なって見えるとは、そりゃ正気ではいられないはずである。

なお作中で使用していた4トラックの録音機はティアック、カセットテープがマクセルである。今は昔の日本オーディオ産業の最盛期ですかね。

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