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2025年12月24日 (水)

「ジャグラー/ニューヨーク25時」:走る父権

監督:ロバート・バトラー
出演:ジェームズ・ブローリン
米国1980年

1980年公開作を修復版でリバイバル上映したもの。
えらく一部で評判が高くて見に行ったが、今一つノリ切れなかった。多分、B級アクション風を期待していたのだが実際は違っていたからかな(自分でもよく分からぬ)。ヨーロッパの映画作家の影響を論じている人もいるから、そういう感触のせいかも。

まだ小汚くて騒然としていた時代のニューヨーク、ジョギングする人々が多数行き交う中で(あんな治安が悪い中でみんな走ってるのか?)少女が誘拐される。資産家の娘と間違われたのだ。それに気づいた元刑事の父親が走って追いかける。
走って走って走りまくり、道中には妨害する輩がワラワラと湧き上がっては消える。ゲリラ撮影やったのかと思える生々しく雑多、適当っぽいような臨場感である。同時に彼を助ける人々も突然出現する(その気がなくとも結果的にそうなった者も含む)。

彼が通れば車が壊れ、ドライバーが倒れ、銃撃戦が起こる。犯人よりも主人公が通った後の方が被害が大きいような混乱ぶりだ。その直進の歩みが止まってグルグルと円形の動きになる覗き部屋のシーンが笑える。

映画はこの父親がDV気質を持った男であるのを全く隠さない。こういうところがいかにも時代である。現在だったらこのままではヒーロー不適格だろう。しかし今の世に不満を持っている人間は彼に快哉を送るかもしれないね。
一方、犯人は冒頭から社会への不満を持つ男として登場するが段々と『サイコ』っぽい言動をして、最後にはロリコン野郎へと正体を現す🆘 しかも少女が自己肯定感が低い子どもだと分かるとそこに付け込んでくるいやらしさ。キモイよ~、コワいよ~(~o~;)
彼の主張はまさに排外主義と陰謀論である。今の日本と同じではないか。東京も当時のニューヨークのようになるんだろうか。それとも人口減少で廃墟となるのか。

父親は走って走って突撃して全ての障害を撃破する。その意味ではストーリーと手法が完全一致しているといえる。しかしどうも見終わってスッキリしないのはなぜだろうか。
疾走しまくり突進するその姿に何やら父権主義の香りが漂ってくるからかもしれない。

暴走タクシー運転手役で若いマンディ・パティンキンが登場。
マリアは「若くてキレイなおねーさんを一人ぐらい登場させなくちゃな」枠に思えたが違うかしらん。

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