映画(タイトル「ア」「カ」行)

2020年5月29日 (金)

「エクストリーム・ジョブ」:クライム・オブ・チキンズ 犯人を揚げろ!

200529 監督:イ・ビョンホン
出演:リュ・スンリョン
韓国2019年

なぜか麻薬捜査班の警官たちがフライドチキン屋に!というワンアイデアだけで出来ちゃったような警察アクションものである。面白いけどバカバカしい。というか、バカバカしいけど面白いというべきか。ここまでバカバカしければ言うことなし。

刑事たちがマフィアの張り込みのために利用していたから揚げチキン店が突如閉店に。こりゃ困ると自分たちが店を引き継いで開業したら、なんと客が押し寄せる人気店になってしまった。
本業副業が逆転して、さあどうするよ--と、発想が面白くて前半はいいのである。

中盤以降、当のマフィアが絡んでくる部分の展開がスッキリしてなくて残念。主人公の班長はクビになって他のメンバーは謹慎処分ということでいいのかな(^^? でも謹慎中に副業やって構わないんかい?
なんて細かいことはどうでもいいですね、ハイ。

終盤の猛烈な団体格闘戦が見ものだった。悪役のおねーさんがモデルみたいでカッコエエんですけど有名な人なのかしらん。(韓国俳優については無知)
過去作のパロディが多数あったらしいんだけど、ほとんど分からず。『男たちの挽歌』なんて××年前に見たきりでもう忘れちゃったわい(^^;ゞ

最近は社会派もので評判になっているが、ポリスアクションもこれからは香港から韓国映画の十八番になっていく可能性大いにありだろう。

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2020年5月 2日 (土)

「家族を想うとき」:ステイ・ホーム 止めてくれるな妻よ子よ

200502 監督:ケン・ローチ
出演:クリス・ヒッチェン
イギリス・フランス・ベルギー2019年

ケン・ローチ83歳、参りました~(_ _) 前作の『わたしは、ダニエル・ブレイク』よりさらに強力になり、自己責任論の名の下に行われる搾取を直撃する作品である。

宅配ドライバーは形式上は個人事業主だが、実際にはノルマを課されて過酷な労働条件で働かねばならない。主人公は自分の家を持ちたいという願いをかなえるために、そんな世界に飛び込んでしまう。しかも、それは他の家族にも犠牲を強いるものであった。

車を売らざるを得なかった介護士の妻は訪問介護の仕事がうまく回らなくなり、元々そりが合わなかった息子は学校で問題行動を起こす。妹娘は一人やきもきする。
効率だけを求める劣悪な労働状況だけでなく、破綻しつつある家族の問題も同時に描かれているのに留意しなければならない。

そもそも夫はこれまでも家庭内で他を顧みず独断専行してきたふしがある。
例えば珍しく4人揃ってテイクアウトの夕食をとる場面があった。そこに妻が担当している高齢者から急な呼び出しの電話がかかってくる。夜なのでバスの時間を気にする母親を見て、息子が男に対して仕事用のトラックを出してくれと頼むのである。普段仲が悪いのに、非常にへりくだった感じで「もし父さんが良ければ……」と気を使いながら言うのだ。
しかし、妻が困ってれば夫の方から言い出すのが普通だろう。だが男はそれに思い至らない(思いついたとしても「なんでおれが(-_-メ)」とやる気にならないだろう)。ここに日常的なこの家庭内の非対称性が浮き彫りにされている。

このような状況で、男は父親の威厳をかけて極限まで突っ走って行くのである。この映画はそこを感情移入し過ぎず、突っ放しもせず冷静に描いているのだった。
それが印象的なラストシーンに凝縮されている。チラシには「感動作」と書かれているが、違うだろうと言いたい。

さて、妻は仕事に加えて、家庭内の感情ケア労働を常に担っている。学校から呼び出されればまず彼女が行き、夫と息子が険悪になるたびに間に立って取りなす。
このような場面が繰り返し登場するので、段々とモヤモヤした気分が募りこちらがイライラしてくる。なにか既視感があるなあと思ったら、この少し前に見たTVドラマシリーズ『トゥルー・ディテクティブ』の1作目だった。こちらでも父権をかざす夫と反抗する子どもの間を取りなす役割が妻だったのである。

しかし、疲れた「男」を慰めてやる余裕が女にもはや無くなる時がくる。そうなれば代わりにケアを行い家族を取り持とうとするのは「子ども」、すなわちこの映画で言えば妹の役割になってしまうのだ。しかし、子どもはそれに耐えられない。

さらに、追い立てられた男たちが常にガミガミしていてそれに対し女が気を使ってオロオロしている--というやはり見てて疲れる構図も見覚えがあった。『ブレッドウィナー』である。
英国とアフガニスタン、遠くて離れて体制も違う国のはずが、どちらも「家族」を背景にして社会の行きづらさが明らかになる。いずこも同じなのだろうか(+_+)

邦題には賛否があるがやはり微妙に違うと思った。肝心の所から逸れているような……。ラストに判明する原題の意味を日本語にするのはかなり難しいだろうけど。
なんだか、搾取のシステムの実像を家族愛の物語として回収してしまうタイトルではないか。それは監督の意図とは異なるだろう。
やはり同様に「この邦題、違うんでは(^^?」と感じた『人生、ただいま修行中』と同じ配給元ですね。なんとかしてくれい💥


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2020年4月24日 (金)

【回顧レビュー】「アンナ・マグダレーナ・バッハの日記」

200404t 監督:ジャン=マリー・ストローブ、ダニエル・ユイレ
出演:グスタフ・レオンハルト
西ドイツ・イタリア1967年

平常に戻るまで昔の公演を振り返るシリーズ。
コンサートではないがこんな映画のチラシが出てきた。言わずと知れたグスタフ・レオンハルトがバッハを演じた異色作だ。ケーテン公をアーノンクールがやってて二人で合奏の場面もある。
ドラマチックな表現を完全に消去した「伝記」(しかも演者の外見がモデルに全く似ていない)は衝撃であった。それまで多く作られてきた、そしてこの後もやはり多く作られ続けた「伝記映画」の概念を揺るがす一作と言えるだろう。

この時代のチラシとかプログラムはどれも不思議なことに年の記述がなくて月日しかない。ただ「バッハ生誕300年記念」とあるので1985年12月公開だと分かる。映画館は移転前のユーロスペースだった。
チラシの裏には高橋悠治が書いた紹介文が載っている。

映画自体の製作は60年代末だが、日本でストローブ&ユイレが紹介されたのはこの時が初めてらしい。
2003年にリバイバル上映されたのは知らなかった。今やればもっと古楽ファンが見に来るかもしれない。
なお、DVDが出ているがタイトルが「アンナ・マクダレーナ・バッハの年代記」なのでご注意。

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2020年4月 9日 (木)

「ある女優の不在」:遠ざかる女たち

200409 監督:ジャファル・パナヒ
出演:ベーナズ・ジャファリ
イラン2018年

現在、国家より映画製作禁止🚫処分を受けているパナヒ監督……のはずが、なぜか次々と新作を発表している。この最新作もカンヌに出品されて脚本賞受賞をした。
前作の『人生タクシー』同様、自分や女優がそのまま出演するフェイクドキュメンタリー風の作りになっている。

ある日、パナヒに若い娘が自殺するスマホ映像が送られてくる。彼女は役者を志しているが家族に反対され、その道を断たれて絶望したというのだ。
娘が助けを求めていたという人気女優ジャファリと共に、彼はトルコ国境近くの村に赴く。

イランにおいてもド田舎の保守的な土地である。若い娘っ子が女優志望などとは家の恥と思われても仕方がない。
そんな土地柄のせいか、二人を迎える町の人々は純朴で人情味あふれる……一方で慇懃無礼なイヤミと毒を垣間見せる。ここら辺を飄々と描く監督も相当なヤツといえよう。

果たして娘の自殺映像は本物なのか?
やがて、革命で映画界を追われたかつての大女優が村で隠遁生活を送っているのを知る。ここで三世代の女優の人生が交錯するのだった。
しかし、男性で監督であるパナヒはそれを脇からただ目撃するのみ。決して踏み込むことはできない。そんな自身をも淡々と映す。

冒頭から長回しを多用しているが、それは映すに足る素材があってこそというのがよーく分かった。
あと、割礼の●皮の話ってイランでは普通なのか(?o?)ひえ~っ

ただ、途中でストーリーが飛んでいるような感じで戸惑った(路上の牛の後あたり)。いきなり二人の女が仲良くなってるし、突然封筒が出てきて解決策をいつ考えたのかも不明である。
上映時間を見るとカットされてるわけではないようだし、訳ワカラン状態だ。

牛が鳴く夜の村はずれを行く車とバイク。イランにも暴走族とかいるのかしらん。

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2020年3月11日 (水)

「国家が破産する日」:倒れる人儲ける人憤る人

監督:チェ・グクヒ
出演:キム・ヘス
韓国2018年

1997年に韓国で起こった未曾有の危機である通貨危機を虚実織り交ぜて描く。
経済ものには弱いんで『マネー・ショート』の時には理解しているか自分でいささか心もとなかった。内容についていけなかったらどうしようと思ってたが、実例付きで見せてくれたのでよーく理解できた(という気になれた)。

ほぼ相互に関係ない異なる立場の三者のエピソードが並行して描かれる。
韓国銀行の通貨政策の担当者、危機を見越して銀行を退職した金融コンサルタント、そして庶民代表である町工場の経営者である。
これによって事態が重層的に示される。特に町工場の状況は悲惨。景気がいいからと新しい製造機を発注した途端に危機が始まり……全てを失う。
まさに社会派映画のお手本のようだ。もうこの分野では日本映画はかないませんねえ(+_+)

危機が高まるとIMF(背後に米国あり)が出てきて、手を差し伸べるがそれは極めて悪条件であった。この交渉役にヴァンサン・カッセルが出てくる。このキャスティングはうまい。慇懃無礼でぴったりハマっている。
しかしこの悪条件って、日本でもいつの間にか全く同じ状況になってるじゃないの。非正規雇用とか保険の外資参入とか……⚡ どこの国にも「亡国の輩」「売国奴」はいるんだなあとよーくわかった。

財政局次官演じたチョ・ウジンの悪役演技はお見事なものだった。韓国銀行の女性担当者に対してモラハラ、セクハラ的言動やり放題💢 スクリーンに向かって物を投げたい気分になった。

この映画にも相手の年齢尋ねる場面出てくる。やはりこだわるのだな。

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2020年2月27日 (木)

「工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男」:敵の味方は味方の敵ならず

200227 監督:ユン・ジョンビン
出演:ファン・ジョンミン
韓国2018年

37度線を挟んだ男の友情を描くスパイ・サスペンス。元・軍人の男が工作員として任命される。
北京、黄昏、盗聴、ホテルの小部屋、口笛、男の涙……みたいな感じでスピーディに話が進む。南側の工作員である主人公は北朝鮮政府の要人に接触して信頼を得る。部内でも正体を知っているのは3人だけ。輸出を口実にして遂にはあの人と拝謁👑にまで至る。
だが真の敵は37度線の向こうではなくこちら側にもいたのであった。

てな具合でハラハラドキドキ💦が続き、心臓に悪いぐらい。これがなんと実話だというから驚き(!o!) 主人公のモデルは今でも健在である。金大中大統領誕生の陰にこんな事実があったとは驚きだ~。
政情不安だった韓国の過去を背景にしてこそ生まれたドラマであろう。
主人公の本心を隠すスパイの作り笑いがいつしか本心へと吸収されていく。思わず泣かされた。

137分の長さを忘れるほどに男同士の熱い友愛💖がてんこ盛りで萌えに燃えまくり。そちらの方も期待を裏切りません。

ところで、韓国映画で相手の年齢尋ねる場面をよく見るのだけど、これってどちらが目上・目下か確認するため? 数か月の差でも決まるのかしらん。

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2020年2月17日 (月)

「ある女流作家の罪と罰」:嘘つきは作家の始まり

監督:マリエル・ヘラー
出演:メリッサ・マッカーシー
米国2018年
DVD鑑賞

作家や有名人の書簡を偽造した実在の作家が主人公である。
作家の才能は尽き、金も友もなく、アル中っぽい上に性格は悪くて嘘と悪態つきっぱなし、部屋はけた外れに汚い(いわゆる汚部屋。ネコだけはいる)。ネコ以外にプラス要因全くなしという中年女にはとても共感できるものではない。
唯一のゲイの友人とは険悪に、にっちもさっちも行かなくなって昔パートナーだった女性にすがろうとするも、厳しく突き放される。

でも金が出来て余裕が生まれれば少しずつ全てが上向きに進むようになる。ただ、その金が偽造という犯罪によるものなのが問題なのだが。せっかく古書店の女主人と仲良くなっても騙し続けるしかない。
どうしようもない人物なのだが、見ていて段々と身につまされてチクチクとくるのだった。そして、遂に真実を語る時が来る。

日本で公開されずビデオスルーになってしまったのは、美男美女が全く出てこないということとや、涙の感動モノでもないということからだろう。残念である(=_=)

メリッサ・マッカーシー(コメディアン出身の人は演技の才能豊か)とリチャード・E・グラントは確かに演技賞ものだった。ただ、ほとんどがノミネートで終わってしまったけど……。
欠点だらけの人間を美化することなく欠点のまま演じられるのは大したものだ。
マッカーシーが出ているのでコメディだと勘違いしている人がいるようだが、これはコメディじゃないよ!

邦題はなんとかして欲しい。この年のワースト邦題第2位に値する。(1位は「ビリーブ 未来への大逆転」)

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2020年2月14日 (金)

「アイリッシュマン」:別れろ殺せはマフィアの時に言う言葉

監督:マーティン・スコセッシ
出演:ロバート・デ・ニーロ、アル・パチーノ、ジョー・ペシ
米国2019年

昨年の映画で話題性では一、二を争う本作。
その理由の一つはスコセッシが盟友の役者三人と共に作ったこと。もう一つはネットフリックス製作で本来なら加入者以外は見られないはずが、映画賞獲得のためか事前に(どころか配信開始後も)映画館で公開したことだ。
しかも尺が209分💨 映画館でイッキ見するにはつらいし、単品TVドラマ1本としても長い。帯に長くてタスキにはもっと長いのであった。

内容は実話で、数十年に渡り労働組合委員長とマフィアが協力して組合を牛耳り、年金を勝手に運用。やがて双方が離反して謎の失踪事件が起こる。
これは米国では有名な事件とのこと。いまだに元委員長のホッファがどこへ消えたのか分からない。この映画は彼を殺したと証言する男が主人公である。

時系列は戦後すぐ、失踪事件直前、さらに事件を主人公が老人ホームで回想するという三つの時系列に分かれている。
数十年に渡る話だが、昔の場面は若い役者を使うのではなく顔をCGで若返らせている。ただ、シワを減らしても髪形などはほとんど変わらないし、そもそも体格や歩き方は本来の年齢そのままに年寄りっぽいので正直あまり区別がつかないのであった。

長丁場で見応えあるものの地味すぎる。ネットで見たら中途脱落者が多いかも。
そういう意味では映画館向きか。ただ全体の97%がオヤジの顔ばかりで占められているので、ヒットは見込めそうにない。ハリウッドで企画が通らなかったのは「きれいなおねーさんの出番はないのか」という要請に応えられなかったからでは?なんて余計なことを考えたりして。

ストーリーとしては、第二次大戦以降の米国現代史を背景とした義理と人情の板挟み💥止めてくれるな娘よ、誓いの指輪が重たいぜ、みたいな調子だ。
ジョー・ペシのマフィアから、ホッファ(アル・パチーノ)に派遣された用心棒兼助手(?)のデ・ニーロの煩悶……スコセッシ的世界&人間関係を彼のお気に入りの役者を使って思うままに描くという、まさにスコセッシ節全開の作品と言えよう。

さぞファンは大喜び\(^^)/……かと思ったらそうでもないらしい。
例として挙げると→こういうことらしい。「暴力のアミューズメントパーク」を期待して行ったのに「有害な男性性」が描かれていて、しかもスコセッシは心ならずもそうせざるを得なかったというのだ。
これには驚いた。まともに見ていれば背景はマフィアの世界であっても、前作の『沈黙』にかなり近い作品だと分かるはず。すなわち周囲の世界の重圧と自らの信念の相克、である。このような監督のファンを自称してる人は『沈黙』をどう評価してるのよ(?_?)

役者の演技としては、攻めのパチーノ、受けのデ・ニーロといったところか(いかがわしい意味ではありません!)。そして怖いジョー・ペシ、彼は本物の迫力--確かコッポラ(だと思う)が「J・ペシは本物だ」と言っていた--をジワジワと発揮。
しかし一方で完全にブロマンスであり、フ女子が燃え上がっても仕方ない。意味ありげに三人の男の間で行き交う腕時計と指輪でさらに燃料投下🔥だ。

スコセッシも含め四人は様々な映画賞にノミネートされたが、多くは受賞はできなかった。彼らはオスカーも過去に貰ってるし……やはり世代交代ということですかね。元々スコセッシはオスカー運が悪いけど。

このホッファという人物は『ホッファ』(1992年)でジャック・ニコルソンが演じている。アカデミー賞とラジー賞双方の主演男優賞にノミネート。どんなものか、ちょっと見てみたいぞ(怖いもの見たさ)。

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2020年2月 5日 (水)

「永遠の門 ゴッホの見た未来」:額縁映画

200205 監督:ジュリアン・シュナーベル
出演:ウィレム・デフォー
イギリス・フランス・米国2018年

画家ゴッホが主人公の映画は複数あるらしいけど、やはり一番ポピュラーなのはカーク・ダグラス主演の『炎の人ゴッホ』だろう。といっても、子供の頃TV放映されたのを見ただけでほとんど記憶していないのだった。(監督V・ミネリ、ゴーギャン役のA・クインがアカデミー助演男優賞)
で、本作はゴッホ役がウィレム・デフォーだ💡 ヴェネチア映画祭で男優賞獲得、オスカーにもノミネート。監督は自らも画家のジュリアン・シュナーベルだから大いに期待してしまうではないか。

画家がフランスに来てからの後半生を描き、冒頭はカフェでの美術談義から始まる。しかしリアルな伝記映画というわけではない。ゴッホが自分の目で捉えた(であろう)光景をひたすら映像として再現するのだ。つまり「一人称」映像である。
畑、林、丘……。糸杉の上部だけに夕陽が当たって別の色彩に変わって見える。美しい光景である。

だが、さらに彼の目線を手持ち・超接写・ぶん回しカメラで展開--となると、見ていて目が回って気持ち悪くなってしまった。こんなのは『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』(古!)以来だ~。なるべくスクリーンを注視しないように努力し、忍の一文字。
彼の脳内そのままの再現なので、起こった出来事も明確には描かれず、因果関係もはっきりしない。

後半となって、彼の精神状態が悪化していくとスクリーンの周縁はぼやけ、まるで視野狭窄になったよう。画面中央の下方部分は横長半円形に(昔の遠近両用メガネみたい)歪んでいる。
これがゴッホの見ていた世界なのか(!o!)と思えればいいのだが、「これホントかい。もしかして彼は逆にあらゆるものが見え過ぎていたって可能性はないの?」などと疑ってしまった。
一方、彼と他者の対話は絵画の美についての禅問答に終始するようだった。

ゴッホの脳内グルグル感を観客に味わせるのが目的ならば、それは達成しているだろう。だがどうにも納得できない。
まあ、これは気分が悪くなってしまったからそう感じたのかも。映画館のスクリーンではなくて、TVモニターぐらいの大きさで美術館に飾ってあったらよかったかもしれない。

W・デフォーはさすがに凡百のそっくりさん演技とは完全に次元が違っていた。マイナー作品でもオスカー候補に挙がったのは(下馬評の順位は最下位だったが)故なきではなかった。
「密着ゴッホ24時」的手法が可能だったのは彼だからだろう。

もちろん、弟テオやゴーギャンとの場面など「三人称」の部分もある。村の小学校悪ガキに嫌がらせされるとか、死後に棺の周りで絵を売ったとか。
ゴーギャン(オスカー・アイザック)との連れションの件りには「男同士の友愛的身振り」を感じてしまった。これも「一人称」映像で撮ったらどうなったかな(^〇^)

「絵具を厚塗りし過ぎだ」などとゴーギャンが批判するのだが、「ひまわり」の実物を新宿の美術館で見た時に私もそう感じた。やっぱりゴッホとの相性、悪いのかしらん(;^_^A

ところで、最初フランス語で喋って、そのうち英語になって、また途中に時折フランス語が出てきたりするのはどういうこと?
どうせだったら最初から全編英語でやったらいいのでは。どちらかの言語に堪能な人は聞いてて気持ち悪いのではないか。

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2020年1月27日 (月)

没後20周年キュー祭り「キューブリックに愛された男」「キューブリックに魅せられた男」

200127a スタンリー・キューブリックに関するドキュメンタリー二本が公開! まとめてイッキ見した。

「キューブリックに愛された男」
監督:アレックス・インファセリ
出演:エミリオ・ダレッサンドロ
イタリア2016年

タクシー運転手をやっていて『時計仕掛けのオレンジ』の小道具(あまり人目にはさらせないあの物体)を運んだことをきっかけに、Q監督の専属運転手を30年間務めることになったイタリア人エミリオ・ダレッサンドロのインタビューを中心に構成。
既に回想録を出しているので、内容自体に衝撃の新発見の事実!みたいなのはないようだ。

近所に住んで運転だけでなく、私的な雑用係までやっていたとのこと。昼夜問わず電話がかかってきたり、メモで色々と指令が飛んできたりと、様々なエピソードを通して大変だったのが語られる。
一度辞めてイタリアに帰ろうとしたのにズルズルと2週間後のはずが2年引き止められたり、また英国に戻ったり。結局『アイズ ワイド シャット』にチョイ役で出たりしている。

ドキュメンタリーとしてはあまり出来は良くない。編集がうまくないし、Q作品の映像が使えずスチールだけなのも単調になってしまって寂しい。
ただ、エミリオ氏の屈託ない人物像(まさに愛されキャラか)に引っ張られ見てしまうのであった。
また、この人は保存魔でメモや箇条書きの指令書の実物を取ってあって、それを見られるのは面白い。あと個人的に撮ったスナップ写真も貴重だろう。

イタリアに戻ってから初めてキューブリック映画を見たそうだ。「どれが面白かった?」と本人から聞かれ、答えたのは……自作とは認められていないあの作品(^^;;


200127b「キューブリックに魅せられた男」

監督:トニー・ジエラ
出演:レオン・ヴィタリ
米国2017年

『バリー・リンドン』に主人公の義理の息子役で出演していたレオン・ヴィターリ、役者として評価され始めたのに、製作の仕事をやりたくてキューブリックの撮影現場で働くことを志願したのであった。

彼のインタビューを中心に、作品に出演した俳優たち(ライアン・オニール、リー・アーメイ、マシュー・モディンなど、お懐かしや)の話も挿入される。ステラン・スカルスガルドが出ている(結構含蓄のあることを喋っている)のは何故?と思ったら、これはレオンと『ハムレット』の舞台で共演してた関係らしい。

エミリオ氏同様、彼もアシスタント・雑用係兼任となり公私を問わず四六時中働くようになる。やはり電話と指令メモが矢継ぎ早に来る。あまりに頻繁なので、よくその電話やメモする時間があるなあと変なところで感心するほど。
『フルメタル・ジャケット』の時などはスゴ過ぎてドレイ状態に等しくなる。

とはいえ、そのように使われたのは彼が有能だからとも言える。
『シャイニング』の時はオーディションでダニー役を発見し、さらにはあの双子少女を見つけたのも彼だというのには驚いた。「ダイアン・アーバスみたいだ💥」と報告に行ったという。
加えて、全く経験ない効果音係を突然やれと命じられたとか(前任者が辞めちゃった?)、逸話は尽きず。その割には報酬をあまり貰ってないっぽいし、彼の子どもたちは父親を奪われた感じで恨み節なのであった。
ここまで来ると二人は共依存の関係にあったのではないかと思えるほどだ。

またキューブリックの死後は権利関係で色々あったらしい。まあ、これは利益と権利が絡んだりするとどこでも起こる事案だろう。

エミリオ氏の話も合わせて感じたのは、天才とは自身だけでなく才能や天分ある者を見つけて活用していくものだということ。そして才能なき凡才ならば決して近寄らず、遠くからその創造物を眺めていた方がいいということだ。

どちらの方に出てきたのか忘れたが『バリー・リンドン』(だっけ?)の「美術監督が倒れて担架で運ばれてった」なんてエピソードを聞くと、もっと他の人の言い分も聞きたくなった。

200127c なお、両作合同パンフレットはモノリス型の横長で、さらにひっくり返して後ろ側からも読むという凝った体裁。そのため、乱丁と勘違いした人がいましたよ。
同じ値段でオリジナル布製バッグも売ってて一瞬どちらを買うか迷った。



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