映画(タイトル「ア」「カ」行)

2017年7月 8日 (土)

「午後8時の訪問者」:エマージェンシー 堕ちた女医、真夜中の往診

170709
監督:ジャン=ピエール・ダルデンヌ、リュック・ダルデンヌ
出演:アデル・エネル
ベルギー・フランス2016年

ケン・ローチと同様にカンヌの常連、ダルデンヌ兄弟。その新作は珍しくサスペンスthunder そんな触れ込みで宣伝や予告もその線だったが……やっぱり違ったですよ(^^;)

町の小さな診療所で臨時の医師を務める女性医師。診療時間が過ぎた後にドアのベルが鳴った時、彼女は応対に出ず、若い研修医に対しても引き止める。しかし、それが翌日死体となって発見された若い娘だったことが判明する。
自責の念に駆られ、せめて娘の身元をハッキリさせて葬りたいと調べて回ることになる。

一体殺人なのか、殺人としたら誰が犯人なのか……作品の主眼はそこにはない。
彼女が娘の知り合いを探して街を歩き回るうちに様々なもの、そして人が浮かび上がってくるという次第だ。そういう点では前作の『サンドラの週末』と似ている。

『わたしは、ダニエル・ブレイク』と同じような社会問題を扱っていても、タッチは全く正反対。こちらは暗くて地味だし、話が進むにつれて人間の卑小さ、弱さがジンワリと滲み出してくるようだ。思わず机に突っ伏して泣きたくなっちゃう。
でもやっぱりケン・ローチよりこっちの方が好きなんです(*^^)b

サスペンスといやあ、電話(スマホ)の呼出音と診療所の入り口ブザー。鳴るたびにギャッと飛び上がっちゃったimpact

それにしても、いつもダルデンヌ兄弟の作品を見ていて引き付けられるのは、ストーリーとはさほど関係ないような、主人公の身振りである。
『息子のまなざし』で大工である主人公がスタッと家具の上に飛び乗ってしまう描写、『ある子供』の「子供」が所在無げに池の水をかき回す場面、『少年と自転車』の美容師のハサミと手の動き、あるいは『サンドラの週末』でまぶしい陽射しの中を歩き回るサンドラ……。
他の監督の映画ではここまで役者の動作が気になることはない。不思議である。

今作では、ヒロインは顔は常に愛想のない仏頂面をしていて喋る時もぶっきらぼうなのに、一方診察する動作は極めて相手に対して親密なのだ。診察場面以外でも「ああ、若い娘さんがトレーラーの中で見知らぬ男とそんなに接近してはイカン(>O<)」とオバハン心をハラハラさせてしまう。

そのような相反する人物像が導き出す結果は、やはり複雑で不条理で一つの面からは割り切れないものであった。

驚いたのは、診療所に医者一人しかいないこと。看護師も受付もいないのだ。医療事務なんかどうするの? ベルギーでは実際こうなのかねsign02
日本だったら、都市部にこんな診療所あったら待合室が常に満杯状態になりそうで、とてもやってられません。


余談だが、エンドクレジットやってる(客電ついてなくて暗い)時に、隣のオバサンがスマホ取り出して眺めててまぶしくてマイッタ。ダルデンヌ作品だから音楽も流れないし、画面見てないんだったら外に出ればいいじゃないの。他人には眩しいんだよannoy

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2017年5月28日 (日)

「おとなの事情」:知らぬが仏、知れば鬼

監督:パオロ・ジェノヴェーゼ
出演:ジュゼッペ・バッティストン
イタリア2016年

イタリア製喜劇。それもかなり黒~い笑いに満ちている。いや、それより笑うに笑えないというところか。

幼なじみの仲良し男四人組が、恒例の夕食会を行う。今宵も皆、奥さん同伴でメンバの一人の自宅マンションに集合。このマンションが低層でかつ広い!(うらやましい)
もっとも、バツイチのオタク系教員の男は恋人を連れてくると言いながら、病気で来れなくなったと一人でやって来たけど。

今では職業も家庭の事情も異なる彼ら、チクチクと不穏な会話が飛び交う。
そのうち、妻の一人が全員のスマホ・ケータイをオープンにしてやり取りを聞かせ合うゲームをしようと言い出した。全員、互いに秘密はないのだから、とok
そして食卓の上を電話とメールが入り乱れる。

結果は……恐ろしい秘密がボロボロと(ーー;) 明るみに出る不和annoyリアルタイムで広がる亀裂punch 見ているだけで冷汗が出てウギャーッ(>O<)となるのは間違いない。

しかし驚いたことに、ラストはそれまでの経緯を全てひっくり返すような意外なものになっているのだsign03 こりゃ、一体どういうこったい。

多くの人はこれを、登場人物が何もなかったことにしているのだと解釈してたが、そうじゃないだろう。この結末は、ある意味「並行世界」である。(SFじゃないけど)
作り手はハッキリと具体的に「異なる世界」だと示している。獣医妻の口紅とか、弁護士の妻が出て行った時間差とか、イヤリングの件とか。

パンフレットでは、監督が結末の方が実際に起こったことだと明言しているそうだ(私はパンフを買わなかったので詳細不明)。
虚偽と破滅、一体どちらがいいのかと観客に問うているようである。もっとも、いくら隠してても早晩バレそうな秘密もチラホラsweat01 いずれにしても安泰ではいられない奴もいるのは確か。

舞台はほとんどマンションの一室に限られている。しかも、ほとんど食卓に輪になって座って喋っている場面ばかり。しかし、セリフや編集が巧みで飽きさせることがない。
現場の撮影方法など疎くて知らないけど、1人がテーブルで喋ってる場面を切り返して反対側から撮ったら、向かい側のカメラが入っちゃわないのか? うまく隠しているのか、それとも同じ場面を繰り返して撮影しているの?(とてもそうは思えないが)
もちろん、役者の皆さんもリアリティのあり過ぎな演技で感心の一言である。

原題をそのまま英訳すると”PERFECT STRANGERS”となるらしい。意訳すれば「夫婦は他人の始まり」ってとこか。
まことに濃ゆい大人向けの皮肉なコメディである。さすがイタリアだね~。

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2017年5月21日 (日)

「海は燃えている イタリア最南端の小さな島」:異なる世界の片隅に

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監督:ジャンフランコ・ロージ
イタリア・フランス2016年

ベルリン映画祭で受賞したということでも話題になったドキュメンタリー。
イタリアの端っこののどかな島の生活と、小型船に定員の十倍も乗り、地中海を渡ってきてその近海に流れ着くアフリカ・中東の難民たちの姿を捉える。

難民は直接島に漂着するわけではないから、島民とは接触することはない。唯一の例外が島の医師で、彼はかなりの数の難民の検死を行なうそうである。

島の生活はまるで昭和の日本のよう。島民は漁で生計を立て、ラジオからはイタリア歌謡としか形容しようがない音楽が流れる。一人の少年の日常に密着するが、ネットもゲーム機もなし。廃墟となった家に潜り込み、木の枝を削ってパチンコを作り、戦争ごっこに興ずる。
一体いつの時代だ~(@_@;)

一方、救助を求める難民船に入ったカメラは船の最下層に積み重なる数々の死体をとらえる。生き延びた人々も茫然としパニック症状で震えが止まらなかったり、泣きだしたりする。
こちらの方の映像は極めて衝撃的だ。見ていて冷汗が出る。
しかし、カメラはあくまでも淡々と、決して交わらぬ島民と難民の姿を並行して撮っていくだけだ。同じ時、同じ場所に、両極端に異なる世界が互いに接することなく存在する不思議。

難点は島民の描写に明らかに演出が入っていること。そうすると、この平穏さも作為的に強調されたもんじゃないの?などと疑わしく思ってしまう。
さらに延々と日常生活を撮っているもんだから(スパゲティ食べてるところとか)、退屈過ぎて映画館内を眠気虫が跋扈し、文字通り「沈没」してしまうのであった。
こういう対比が「わざとらしくてイヤng」という意見が出てきても致し方ない。

個人的にはもう少し島の場面を削って短くしてほしかった(上映時間は2時間弱)。ただ、この「退屈さ」こそが監督の意図したところかもしれないが。

第2次大戦中に島の沖を軍艦が通った話が出てきたが、それを考えるとこの島は歴史的に海上交通の要衝にあるのかも知れない。
そういう部分ももう少し知りたかった。


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2017年5月 3日 (水)

映画短評

最近どうにも忙しくて、土・日曜にもブログ更新できないことが多々あり。未だ書いていない映画の感想が増えていく一方である。ただ、一旦書き始めると今度は長くなってしまう。困ったもんだ( -o-) sigh...
そこで書きそこなっていたのをここにチョコチョコと書きたい。

★「ガール・オン・ザ・トレイン」
監督:テイト・テイラー
出演:エミリー・ブラント
米国2016年

3人の女をめぐるサスペンス。一見幸せそうに見えても実は……と数組のカップルの醜い真実と、「家庭」なるものの虚無が露わになってくる。
中心となるエミリー・ブラントのヒロインはアル中で挙動不審、陰々滅滅な展開で引っ張っていくが、ラストで呪縛が解けてなんとか救われた気分になる。
原作は読んだことはない。小説なら3人の女たちを立場をじっくりと描けたんだろうと想像できるけど、映画ではそうはいかぬ。なので、ラストがやや性急な印象だ。

とはいえ113分間、見ごたえあり。
メガン役のヘイリー・ベネットは顏も雰囲気もジェニファー・ローレンスに似ている。役柄も年齢的にちょうどローレンスにぴったり合ったものだ。(当て書きした?)
ルーク・エヴァンスはイヤな男がよく似合うのう(^O^;)


★「五日物語-3つの王国と3人の女」
監督:マッテオ・ガローネ
出演:サルマ・ハエック
イタリア/フランス2015年

『ゴモラ』『リアリティー』のガローネ監督が、なぜかファンタジーを作った(^^?)
原作は17世紀初めに書かれたナポリの民話集とのことで、3話のオムニバス形式になっている。ただ、使用言語はイタリア語じゃなくて英語なんである……。

美しくて残酷なファンタジーshine だがここには萌えとかフェチとかロマンとか一切なく、そういうものに全く拘泥していない。あたかも『パンズ・ラビリンス』からオタク要素を抜き去ったような作風である。ただただ冷徹だ。

ロマンスに憧れる姫がドジな父王の失態で「鬼」にヨメにやられてしまう物語は、「ゲーム・オブ・スローンズ」の異民族(野蛮な)の王との政略結婚を思い出させた。このエピソードの教訓は「幸せは自分で勝ち取らなければダメng」ってことだろうか。
関係ないけど、このお姫様が弾いてた楽器はビウエラかね?

世界遺産になっている城など古い建築の映像も美しい。


★「ミス・シェパードをお手本に」
監督:ニコラス・ハイトナー
出演:マギー・スミス
イギリス2015年

ホームレスのオバサンに軒を貸したら、なんとそのまま15年(!o!)
劇作家が実際に体験した話を芝居にし、さらにそれを映画化したものである。主演の二人は舞台と同じ役者らしい。
予告やあらすじだと感動系の話だと思ってしまうが、全く違う。実際にはかなり辛辣で皮肉たっぷりの英国風ユーモアに満ちている。

見ていて、ミス・シェパードがどうしてピアノを禁止されたのか今一つ分からなかった。ともあれ、彼女を演じたマギー・スミスの演技にひたすら感服。若い女優が束になってもかなわないという印象だ。さすがである。

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2017年4月 9日 (日)

「哭声/コクソン」:恐怖の三択

監督:ナ・ホンジン
出演:クァク・ドウォン
韓国2016年

國村隼が出演し男優賞を受賞して話題となった韓国製ホラー。あまりにも話題なので行ってみた。

ひなびた山村で一家殺戮という猟奇的な殺人事件が起こる。犯人はその家族の一員で、さらに他所で殺された別の男の死体も一緒に見つかる。毒キノコを食べたための錯乱が原因という結論になるのだが、山の奥の小屋に住みついてる謎の日本人がどうも怪しいという噂が広がるのだった。

そのうち新たな一家の殺戮事件がおこり、さらに主人公である警官の小学生の娘にも、犯人に共通する悪魔付きのような症状が出る。焦る主人公は暴走punch

聖書の引用から最初はミステリっぽく始まって、てっきり閉鎖的な村で日本人の男をめぐる疑心暗鬼がグルグル渦巻いていくような展開になるのかと期待していたら、そうはならずにイッキに不条理なホラーへと突入する。
いくらいい加減な性格とはいえ、警官としてどうよ的な放りっぱなし多過ぎ。日本人男のパスポートをスマホで撮ったはいいが、その後どうなったのか? また、同僚の警官が小屋で証拠になるようなものを見つけたのに何も言わずに出てきてしまうのも変だ。(操られていたとか言わないでくれい)

それを除けば「ド派手なもんを見せてもらいました」という気分である。祈祷師のお払いの場面はあまりに派手すぎて(ガムラン入ってた?)笑っちゃうくらいだし、ゲロ場面はこんなすごいのは見たことねえ\(◎o◎)/!とあっけにとられて感心してしまう(ここも笑った)。

それに子役の女の子のハイテンション演技も見ものである。國村隼に引けを取らない怪演であろう。
いや、全てにおいてハイテンションでテンコ盛り。あまりに過剰なんで展開から目が離せないけど疲れてしまう(上映時間も長い)。結局それに尽きる。韓国映画パワー恐るべしimpact

あと、私はつくづくホラーは性に合わないと自覚した。見ててイライラして腹立ってきちゃうんだよねえ。一応、昔のホラーの名作なんかは見てるんだけどsweat01
で、謎が明確に解決されずに放置されて終了してしまう。最近のホラーはこんな感じなのか。まあ、見た人同士で謎についてワイワイやり合うにはいいだろうが。

祈祷場面で互いに攻撃しているようで、実は……というひっかけのあたりは面白い。しかし、「読者への挑戦」があるような本格推理小説なら全ての情報が提示されていなくては「フェア」ではないけれど、この手の映画では情報を出すも隠すも作り手の勝手、胸先三寸である。

以下に取りあえず思い出せる謎を列挙。

家に下がっている干からびた巨大ブルーベリー(?)みたいな植物の役割は何か。
死者がいた軽トラの周囲のローソクは誰が何のために置いたのか。
そもそもゾンビはなんの目的なのか。
被害者の持ち物は何のために使われたのか。
終盤に謎の女と主人公が話している時に挿入される自宅のシーンはリアルタイムで起こっているのか、それとも主人公の想像か。
逃走する祈祷師に虫を送ったのは誰?
ラストの日本人男の変貌は助祭の幻想かリアルなのか。

主人公の周囲に出没する謎の三者が上記の謎にどう関わっているかで解釈は違ってくるし、三者同士の関係も一部不明である。それどころか湿疹事案だって誰が起こしているのか怪しい。
だからと言って、それらの謎が解明されたところでこの映画への評価が変わるわけでもないのだ。

ということで、やはりキノコ説が一番説得力ありそう(^^;)

観客は老若男女一つの層に片寄らず入っていたが、謎なのが数年ぶりに映画館来たような中高年女性を複数見かけたこと。座席指定の入替制を知らないぐらいである。國村隼のファンかsign02

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2017年4月 2日 (日)

「アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男」:凡庸ならざる悪

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監督:ラース・クラウメ
出演:ブルクハルト・クラウスナー
ドイツ2016年

近年「アイヒマン」ブーム到来(?_?) というわけでもなかろうが、アイヒマン関連の映画がまた一つ。これはあの裁判の前日譚である。あの裁判に至るまでは実は大変な困難があったのだpunchという実話だ。

1950年代の末、フランクフルトで鬼検事長である主人公が、戦犯アイヒマンがアルゼンチンにいるというタレこみの手紙を受け取る。だが、検察や政界もナチの残党がいるので妨害され逮捕できない。
インターポールに依頼するも、政治犯は対象外とのこと。で、遂にイスラエル秘密警察モサドに接触するのだった。バレれば国家反逆罪になってしまう。

とにかく主人公のオヤジ検事が強烈なキャラクターである。「正義のためなら台所がなんだ!」とか「憲法があるだけで安心してはダメだ」などキビシイ主張をし、テレビ番組にも出たりする。(冒頭、実物が出演した番組の映像から始まる)

彼の原動力は、戦前収容所に入れられたが「ナチに協力する」と証文を書いて出してもらった--という自らの過去への激しい後悔であったのが途中で明らかになる。
これに、協力する部下の若い検事(架空の人物とのこと)が罠に陥れられる話が絡んで来る。
主人公が持つもう一つの「秘密」を共有するこの部下が、若い頃の彼が過去にありたかった姿を投影している、という感想を読んで、なるほどと思った。

というわけで、感動というよりも重いという雰囲気が全編覆っているのだった。映像もそれに合わせたか、なにやらフィルムノワールっぽい暗い色調である。

戦後のドイツをナチが牛耳っていたというのは知らなかった。当然、彼の行動は監視されていた。
この後の時代の話が『顔のないヒトラー』になるらしい。どのようにドイツが変化したのか、見逃してしまっていたので今度見てみたい。

ところで、ここに登場するアイヒマンは「凡庸」ではなく真に「悪」に見えるのだが、実際どうだったんでしょな(?_?)

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2017年2月25日 (土)

「アイ・イン・ザ・スカイ 世界一安全な戦場」:安全でも楽じゃない

監督:ギャヴィン・フッド
出演:ヘレン・ミレン
イギリス2015年

ケニアにいるイスラム過激派(イギリス国籍)のテロリストを捕えるために、イギリスが主導して米国、現地政府軍と共同作戦を立てる。
現地以外はすべてそれぞれ自国から指令を下し、無人戦闘機で遠隔操作の爆撃を行うというものだ。

舞台は四つに分かれる。ヘレン・ミレン扮する大佐が自宅から出勤して計画を遂行する英国の基地、それを見守るアラン・リックマンの国防相と政治家たちがいるロンドン、そしてドローンを操作するネバダの米軍基地、現地の工作員がいるナイロビだ。
離れてはいても、ネットでつながり情報を共有し、同時進行する。

小規模なピンポイント爆撃で捕獲するという計画だったのが、状況が急に変わり、大爆発で殺害してしまう上に近隣住民の少女を巻き込まざるを得なくなるという事態に。
だが、このまま放置すれば自爆テロを起こして民間人の犠牲者が多数出る……という二律背反状態である。さあ、どうする(!o!)

単純に被害者の数を比較すれば、自爆テロを防ぐという結論になるが、政治的には民間人の少女を事前に分かっていながら見殺しにすれば、国民から非難轟々となるので躊躇する。
もっとも、これは政治というよりは人間の心証の問題だろう。

ということで今度は英国政府側がてんやわんや。国内の閣僚はもとより、一緒にいる米国籍の人間も殺害してもいいか米国側の承認を得なければならない。
米国側がいかにも「当然だろ」みたいに簡単にOKしちゃう様子は、ちと英国流のイヤミを感じたけど、うがちすぎかしらん)^o^(

なんとか強引に計画を実行したい大佐、少女の姿を間近に(映像で)見て動揺する米軍の兵士、議論が紛糾する国防相と政治家たち、敵陣で危ない橋を渡らざるを得ない現地エージェント……四つ巴の様相である。
どう決着をつけるのかドキドキheart01してしまう。

結局のところ、少女のことを一番考えて行動したのは現地の人間だった。他所の人間ではない。なんと武装派グループの人間さえ、助けを求められるとジープの銃座から機関銃を外して怪我人を病院へ運ぶのである。(この場面は意表をついていた)

ドローン操作担当の兵士の消耗振りも印象に残る。最近報道されたニュースで知ったのだが、実際この操縦者は離職希望が多いそうで、引き留めるために報酬を増額したのだとかdollar
離職の理由は、戦場ではないこちら側の日常との落差が激しいことと、被害の状況が手に取るように鮮明に見えてしまうからだそうだ。遠隔操作なのがかえってストレスらしい。

「TVゲームのよう」という形容が付く現代の新しい戦争の様相を、手堅い俳優たちを使って地に足ついたものとしてうまく描いていると言えよう。
ヘレン・ミレンの大佐はカッコエエけどコワ過ぎです(>y<;) アラン・リックマンは映像として姿を見せているものとしては遺作になるらしい。
監督のギャヴィン・フッドは『ツォツィ』を取って評判になった人だが、その後ハリウッドで監督した『ウルヴァリン』『エンダーのゲーム」』は全くパッとしないもんだった。ようやく本領発揮か。

ところで、アラン・リックマンの国防相が対立した政治家に最後に「私は地雷でやられた仲間の兵士の死体を拾い集めた。軍人にそういうこと(遠方から論議しているだけ)を言ってはいけない」というような意味のことを述べる。これが他の感想を見ると、結構共感を得ているようだった。
だが、上には上がいるものだ。『ハウス・オブ・カード』という政治ものTVドラマでは大統領夫人が同じようなことを言われてこう切り返すのである。「なによ、あなたなんて誰かに命令されて立っていただけじゃないの。私の夫は毎朝、必死で大きな決断を下しているのよ」だそうだ。

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2017年1月29日 (日)

「インフェルノ」:地獄に仏か、はたまたラングドンか

170129
監督:ロン・ハワード
出演:トム・ハンクス
米国2016年

このシリーズ、原作は読んでいないけど映画の方は『ダ・ヴィンチ・コード』『天使と悪魔』と、ちゃんと見ていたのであった。

その度に「トンデモ」と感想書いているのだが、すっかり忘れてまた見に行ってしまう私は学習能力ゼロと言われても仕方ないであろう。
もちろん今作も間違いなくトンデモであったよ(@∀@)

色んなアクシデントが起こって、あまりにテンポが速く、様々な人物が出現しては消えてチャカチャカと進む(しかし、その割にラブシーンは長くてかったるい)。一応事件の説明はあったかもしれないのだが、よく分からない。単にこちらが理解できてないだけか。

そもそもウィルスばらまき騒動をたくらむ富豪の意図がよくわからん。人口減らしてどうするの? そんなことやったら社会のインフラが消滅して一気に原始時代に逆戻りではないか。
あと、WHOがまるで世界の保健衛生を守るためには先頭も辞さずみたいな武闘派組織になっているのには笑った。
そのWHOのアフリカ系職員の立場が不明。なんか別の組織に属してたっけ?
富豪の依頼を引き受ける企業(組織?)のインド系のボスは、大勢の部下がいるのになんで一人で現れるの?

主人公ラングドンは「宗教象徴学」の教授としてイタリア史についてウンチクを語るが、ほとんどイタリア語が理解できないというのはいかがなものか。幾らなんでもラテン語はできるんだろうがな。
ダンテのデスマスクを素手でひっつかんで持ち逃げ--って、あれはイタリアの国宝級のものではないのか? イタリア人、怒るんじゃないの。
まあ、どうでもいいことばかりですが)^o^(

かくなる上は、ラングドン教授にはぜひ日本に来て三種の神器を持って暴れて欲しいもんである。なに(^^?)日本ではキリスト教ネタがないって?
いや、青森にキリストの墓があるではないかsign03 しかし、そうなると頭にすぐ浮かんでしまうのは「みなでぱらいそさいくだ」という諸星大二郎の「稗田礼二郎シリーズ」の名場面なのであった……。
彼が日本で活躍する余地はなさそうである。


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2017年1月10日 (火)

「歌声にのった少年」:ビザはなくとも歌えば英雄

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監督:ハニ・アブ・アサド
出演:タウフィーク・バルホーム、カイス・アタッラー、
パレスチナ2015年

2013年にエジプトのTV番組「アラブ・アイドル」(中東版「アメリカン・アイドル」)で、優勝して一躍ヒーローとなったのが、ガザ出身のパレスチナ青年ムハンマド・アッサーフ。彼の生い立ちを映画化したものである。事実80%、フィクション20%とのことで、かなり実話率は高い。

なんでこれを見に行く気になったかというと、監督を『オマールの壁』のハニ・アブ・アサドが担当しているからだ。

子ども時代、活発で頭が良くてガキ大将の姉と共にバンドを始める。婚礼などのイベントで演奏しながら日銭を稼ぐも、なんと姉が突然病気で亡くなってしまう。
一度は音楽をあきらめかけるが、成長してタクシー運転手をやりながら歌手を目指すのであった。

スカイプでオーディション番組に参加するも電力事情が悪くて停電で中断ng--なんて笑っちゃいかんが笑ってしまう。
意を決してビザを偽造してエジプトへ行き「アラブ・アイドル」に参加しようとするが、なんとチケット(応募券&整理券みたいな感じか)がないと入れなかったban さあどーするよ。

……と、完全に立身出世物語のフォーマットを取っている。監督の過去作とは違って、のんびりとした演出・編集だ。依頼を受けて作ったんで作風も変えたということか。

実際にガザ出身の子どもを起用した子役たちは元気いっぱいで、見ているとこちらも活力を貰えるようだ。一方で、主人公が青年になってからのガザの撮影は当地にロケしたそうだが、ガレキだらけの街の光景に言葉を失う。

そんな状態だから主人公が優勝したというのは、パレスチナを鼓舞してエライ騒ぎになったらしい。
なぜか最後のステージ場面で、それまで俳優が演じていたのが突然ご本人にすり替わって登場(!o!) さらにものすごく熱狂する市民の姿も、実際にその時撮影された映像が使われているのだった。

感動的ではあるが、ここで当然疑問が浮かぶ。
最後にご本人がすり替わって登場するなら、むしろ最初から実物のムハンマド君を主役にして撮ればよかったんじゃないの(^^?)
ところが、本人はオーディションを受けたが合格しなかったらしい--ということはよほど演技が下手だったのかね。(劇中の歌も本人の吹替えではない)
ちょっと、このラストはビックリしてしまった。

伝記ものよりもアラブ歌謡愛好者に推奨。途中で歌われている歌の歌詞には字幕付けて欲しかった。当然、その場面に合わせて選曲されているはずだろうに。手抜きであるよ。

子ども時代にパーティーでバンド演奏している場面で、男たちは乱闘寸前みたいに歌って踊り狂っているのに、ヘジャブ姿の女たちはじっと片隅に座って無表情で聞いている光景が何度も出てきて、なんだか強く印象に残った。

ところで、公開に合わせた監督のインタビューを読んだら、なんと『オマールの壁』はまだ資金が回収できていないとのこと。
えーsign03どうしてじゃっ(~_~メ) あんなに出来がいいのに~。
監督によると、どこでも客が入るのはハリウッド・エンタテインメントのような娯楽大作で、アート系劇場で公開されるような作品は採算が取れないらしい。寂しい話である。


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2017年1月 7日 (土)

「コロニア」:予想せぬ衝撃

170107
監督:フロリアン・ガレンベルガー
出演:エマ・ワトソン、ダニエル・ブリュール
ドイツ・ルクセンブルク・フランス2015年

チリに移住した元ナチスが作った、実在したカルト集団を題材にしたサスペンスである。そこでは軍事政権と結びつき銃器・化学兵器などを製造し、閉鎖的な施設内では暴力や少年虐待が横行していたという。

ドイツの航空会社で客室乗務員を務めるヒロインは、チリで社会運動にも関わるドイツ人カメラマンと付き合っている。ちょうど彼女がチリにいる時に軍事クーデターが勃発impact 恋人は逮捕されてしまうが、カルト集団の施設に送られたことを突き止める。
かくして、彼女はその施設へ潜入するのであった。

ショッキングな史実に基づいていて、映画の中でも暴力的な教団の内部が描かれているけど、どうも展開に今一つ説得力がない。恐らく脚本のせいだろう。
教祖役はスウェーデン版の『ミレニアム』に出ていたミカエル・ニクヴィストが演じているんが、怪物的であってもカリスマ的魅力がある人物には全く見えない。ちょっと演説したぐらいでみなが熱狂したりひれ伏したりするようには思えず、「教祖だから教祖なんだ」と納得するしかないのである。そういう描写が全く入ってないからだ。

それに終始ムスっとした表情でやって来て、つっけんどんに口上を述べるヒロインを教祖が受け入れるのも謎である。アヤシイのを承知で入れたのかと思ってたら、そういう訳でもなかった。
まあ、サスペンス場面ではハラハラはしたけれど、よくよく考えると登場人物たちが無鉄砲な行動をして突っ走るのが原因なのであった。無理やりハラハラさせんな<`ヘ´>

折角のエマ・ワトソン&ダニエル・ブリュールの組合せだというのに今一つ……どころか今五、今六……今十downぐらいに思ってしまった。

それよりも衝撃的だったのは、まだ事件が起こる前の二人がいちゃついている場面だ。なぜか突然、ブリュールの「裸○プロン」が出現するのであるdanger 

な、なぜに裸エ○ロン!(☆o◎;)

これには驚いた。
はい、そこの奥さん、他の映画なんて見てるどころじゃないよ。彼の出演映画は数あれど、裸エプ○ンが拝めるのはこの『コロニア』だけ! ファンなら絶対見なきゃソンソン。

推測するに「エマ、君が脱ぐなら僕も脱ごう」なんてことに勢いでなったのであろうか。だが、ラブシーンがあるというのにエマ・ワトソンの方はこれっぽっちもempty何一つngかすりもせずban見せないのだよ。
一体どうなっておる(-"-) これでは期待していたエマたんファンはガッカリであろう。それとも「エマが脱がないなら代わりに僕が脱ぐpunch」とダニエルが漢気を発揮したのかもしれない。

彼が達者な演技を見せる場面もあり。ということで、ダニエルのファンには猛プッシュで推薦したい一作である。
……えーと、なんの話だっけ(^^?)。

ちなみに教祖は逮捕されたものの、この教団は現在も存続中だそうだ。恐ろしいban
エマたんは60年代スッチー姿よりひっつめ髪の方が似合っていたので、歴史物なんかが向いているんじゃないかな、なんて思いましたよ。

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