映画(タイトル「ア」「カ」行)

2020年3月11日 (水)

「国家が破産する日」:倒れる人儲ける人憤る人

監督:チェ・グクヒ
出演:キム・ヘス
韓国2018年

1997年に韓国で起こった未曾有の危機である通貨危機を虚実織り交ぜて描く。
経済ものには弱いんで『マネー・ショート』の時には理解しているか自分でいささか心もとなかった。内容についていけなかったらどうしようと思ってたが、実例付きで見せてくれたのでよーく理解できた(という気になれた)。

ほぼ相互に関係ない異なる立場の三者のエピソードが並行して描かれる。
韓国銀行の通貨政策の担当者、危機を見越して銀行を退職した金融コンサルタント、そして庶民代表である町工場の経営者である。
これによって事態が重層的に示される。特に町工場の状況は悲惨。景気がいいからと新しい製造機を発注した途端に危機が始まり……全てを失う。
まさに社会派映画のお手本のようだ。もうこの分野では日本映画はかないませんねえ(+_+)

危機が高まるとIMF(背後に米国あり)が出てきて、手を差し伸べるがそれは極めて悪条件であった。この交渉役にヴァンサン・カッセルが出てくる。このキャスティングはうまい。慇懃無礼でぴったりハマっている。
しかしこの悪条件って、日本でもいつの間にか全く同じ状況になってるじゃないの。非正規雇用とか保険の外資参入とか……⚡ どこの国にも「亡国の輩」「売国奴」はいるんだなあとよーくわかった。

財政局次官演じたチョ・ウジンの悪役演技はお見事なものだった。韓国銀行の女性担当者に対してモラハラ、セクハラ的言動やり放題💢 スクリーンに向かって物を投げたい気分になった。

この映画にも相手の年齢尋ねる場面出てくる。やはりこだわるのだな。

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2020年2月27日 (木)

「工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男」:敵の味方は味方の敵ならず

200227 監督:ユン・ジョンビン
出演:ファン・ジョンミン
韓国2018年

37度線を挟んだ男の友情を描くスパイ・サスペンス。元・軍人の男が工作員として任命される。
北京、黄昏、盗聴、ホテルの小部屋、口笛、男の涙……みたいな感じでスピーディに話が進む。南側の工作員である主人公は北朝鮮政府の要人に接触して信頼を得る。部内でも正体を知っているのは3人だけ。輸出を口実にして遂にはあの人と拝謁👑にまで至る。
だが真の敵は37度線の向こうではなくこちら側にもいたのであった。

てな具合でハラハラドキドキ💦が続き、心臓に悪いぐらい。これがなんと実話だというから驚き(!o!) 主人公のモデルは今でも健在である。金大中大統領誕生の陰にこんな事実があったとは驚きだ~。
政情不安だった韓国の過去を背景にしてこそ生まれたドラマであろう。
主人公の本心を隠すスパイの作り笑いがいつしか本心へと吸収されていく。思わず泣かされた。

137分の長さを忘れるほどに男同士の熱い友愛💖がてんこ盛りで萌えに燃えまくり。そちらの方も期待を裏切りません。

ところで、韓国映画で相手の年齢尋ねる場面をよく見るのだけど、これってどちらが目上・目下か確認するため? 数か月の差でも決まるのかしらん。

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2020年2月17日 (月)

「ある女流作家の罪と罰」:嘘つきは作家の始まり

監督:マリエル・ヘラー
出演:メリッサ・マッカーシー
米国2018年
DVD鑑賞

作家や有名人の書簡を偽造した実在の作家が主人公である。
作家の才能は尽き、金も友もなく、アル中っぽい上に性格は悪くて嘘と悪態つきっぱなし、部屋はけた外れに汚い(いわゆる汚部屋。ネコだけはいる)。ネコ以外にプラス要因全くなしという中年女にはとても共感できるものではない。
唯一のゲイの友人とは険悪に、にっちもさっちも行かなくなって昔パートナーだった女性にすがろうとするも、厳しく突き放される。

でも金が出来て余裕が生まれれば少しずつ全てが上向きに進むようになる。ただ、その金が偽造という犯罪によるものなのが問題なのだが。せっかく古書店の女主人と仲良くなっても騙し続けるしかない。
どうしようもない人物なのだが、見ていて段々と身につまされてチクチクとくるのだった。そして、遂に真実を語る時が来る。

日本で公開されずビデオスルーになってしまったのは、美男美女が全く出てこないということとや、涙の感動モノでもないということからだろう。残念である(=_=)

メリッサ・マッカーシー(コメディアン出身の人は演技の才能豊か)とリチャード・E・グラントは確かに演技賞ものだった。ただ、ほとんどがノミネートで終わってしまったけど……。
欠点だらけの人間を美化することなく欠点のまま演じられるのは大したものだ。
マッカーシーが出ているのでコメディだと勘違いしている人がいるようだが、これはコメディじゃないよ!

邦題はなんとかして欲しい。この年のワースト邦題第2位に値する。(1位は「ビリーブ 未来への大逆転」)

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2020年2月14日 (金)

「アイリッシュマン」:別れろ殺せはマフィアの時に言う言葉

監督:マーティン・スコセッシ
出演:ロバート・デ・ニーロ、アル・パチーノ、ジョー・ペシ
米国2019年

昨年の映画で話題性では一、二を争う本作。
その理由の一つはスコセッシが盟友の役者三人と共に作ったこと。もう一つはネットフリックス製作で本来なら加入者以外は見られないはずが、映画賞獲得のためか事前に(どころか配信開始後も)映画館で公開したことだ。
しかも尺が209分💨 映画館でイッキ見するにはつらいし、単品TVドラマ1本としても長い。帯に長くてタスキにはもっと長いのであった。

内容は実話で、数十年に渡り労働組合委員長とマフィアが協力して組合を牛耳り、年金を勝手に運用。やがて双方が離反して謎の失踪事件が起こる。
これは米国では有名な事件とのこと。いまだに元委員長のホッファがどこへ消えたのか分からない。この映画は彼を殺したと証言する男が主人公である。

時系列は戦後すぐ、失踪事件直前、さらに事件を主人公が老人ホームで回想するという三つの時系列に分かれている。
数十年に渡る話だが、昔の場面は若い役者を使うのではなく顔をCGで若返らせている。ただ、シワを減らしても髪形などはほとんど変わらないし、そもそも体格や歩き方は本来の年齢そのままに年寄りっぽいので正直あまり区別がつかないのであった。

長丁場で見応えあるものの地味すぎる。ネットで見たら中途脱落者が多いかも。
そういう意味では映画館向きか。ただ全体の97%がオヤジの顔ばかりで占められているので、ヒットは見込めそうにない。ハリウッドで企画が通らなかったのは「きれいなおねーさんの出番はないのか」という要請に応えられなかったからでは?なんて余計なことを考えたりして。

ストーリーとしては、第二次大戦以降の米国現代史を背景とした義理と人情の板挟み💥止めてくれるな娘よ、誓いの指輪が重たいぜ、みたいな調子だ。
ジョー・ペシのマフィアから、ホッファ(アル・パチーノ)に派遣された用心棒兼助手(?)のデ・ニーロの煩悶……スコセッシ的世界&人間関係を彼のお気に入りの役者を使って思うままに描くという、まさにスコセッシ節全開の作品と言えよう。

さぞファンは大喜び\(^^)/……かと思ったらそうでもないらしい。
例として挙げると→こういうことらしい。「暴力のアミューズメントパーク」を期待して行ったのに「有害な男性性」が描かれていて、しかもスコセッシは心ならずもそうせざるを得なかったというのだ。
これには驚いた。まともに見ていれば背景はマフィアの世界であっても、前作の『沈黙』にかなり近い作品だと分かるはず。すなわち周囲の世界の重圧と自らの信念の相克、である。このような監督のファンを自称してる人は『沈黙』をどう評価してるのよ(?_?)

役者の演技としては、攻めのパチーノ、受けのデ・ニーロといったところか(いかがわしい意味ではありません!)。そして怖いジョー・ペシ、彼は本物の迫力--確かコッポラ(だと思う)が「J・ペシは本物だ」と言っていた--をジワジワと発揮。
しかし一方で完全にブロマンスであり、フ女子が燃え上がっても仕方ない。意味ありげに三人の男の間で行き交う腕時計と指輪でさらに燃料投下🔥だ。

スコセッシも含め四人は様々な映画賞にノミネートされたが、多くは受賞はできなかった。彼らはオスカーも過去に貰ってるし……やはり世代交代ということですかね。元々スコセッシはオスカー運が悪いけど。

このホッファという人物は『ホッファ』(1992年)でジャック・ニコルソンが演じている。アカデミー賞とラジー賞双方の主演男優賞にノミネート。どんなものか、ちょっと見てみたいぞ(怖いもの見たさ)。

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2020年2月 5日 (水)

「永遠の門 ゴッホの見た未来」:額縁映画

200205 監督:ジュリアン・シュナーベル
出演:ウィレム・デフォー
イギリス・フランス・米国2018年

画家ゴッホが主人公の映画は複数あるらしいけど、やはり一番ポピュラーなのはカーク・ダグラス主演の『炎の人ゴッホ』だろう。といっても、子供の頃TV放映されたのを見ただけでほとんど記憶していないのだった。(監督V・ミネリ、ゴーギャン役のA・クインがアカデミー助演男優賞)
で、本作はゴッホ役がウィレム・デフォーだ💡 ヴェネチア映画祭で男優賞獲得、オスカーにもノミネート。監督は自らも画家のジュリアン・シュナーベルだから大いに期待してしまうではないか。

画家がフランスに来てからの後半生を描き、冒頭はカフェでの美術談義から始まる。しかしリアルな伝記映画というわけではない。ゴッホが自分の目で捉えた(であろう)光景をひたすら映像として再現するのだ。つまり「一人称」映像である。
畑、林、丘……。糸杉の上部だけに夕陽が当たって別の色彩に変わって見える。美しい光景である。

だが、さらに彼の目線を手持ち・超接写・ぶん回しカメラで展開--となると、見ていて目が回って気持ち悪くなってしまった。こんなのは『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』(古!)以来だ~。なるべくスクリーンを注視しないように努力し、忍の一文字。
彼の脳内そのままの再現なので、起こった出来事も明確には描かれず、因果関係もはっきりしない。

後半となって、彼の精神状態が悪化していくとスクリーンの周縁はぼやけ、まるで視野狭窄になったよう。画面中央の下方部分は横長半円形に(昔の遠近両用メガネみたい)歪んでいる。
これがゴッホの見ていた世界なのか(!o!)と思えればいいのだが、「これホントかい。もしかして彼は逆にあらゆるものが見え過ぎていたって可能性はないの?」などと疑ってしまった。
一方、彼と他者の対話は絵画の美についての禅問答に終始するようだった。

ゴッホの脳内グルグル感を観客に味わせるのが目的ならば、それは達成しているだろう。だがどうにも納得できない。
まあ、これは気分が悪くなってしまったからそう感じたのかも。映画館のスクリーンではなくて、TVモニターぐらいの大きさで美術館に飾ってあったらよかったかもしれない。

W・デフォーはさすがに凡百のそっくりさん演技とは完全に次元が違っていた。マイナー作品でもオスカー候補に挙がったのは(下馬評の順位は最下位だったが)故なきではなかった。
「密着ゴッホ24時」的手法が可能だったのは彼だからだろう。

もちろん、弟テオやゴーギャンとの場面など「三人称」の部分もある。村の小学校悪ガキに嫌がらせされるとか、死後に棺の周りで絵を売ったとか。
ゴーギャン(オスカー・アイザック)との連れションの件りには「男同士の友愛的身振り」を感じてしまった。これも「一人称」映像で撮ったらどうなったかな(^〇^)

「絵具を厚塗りし過ぎだ」などとゴーギャンが批判するのだが、「ひまわり」の実物を新宿の美術館で見た時に私もそう感じた。やっぱりゴッホとの相性、悪いのかしらん(;^_^A

ところで、最初フランス語で喋って、そのうち英語になって、また途中に時折フランス語が出てきたりするのはどういうこと?
どうせだったら最初から全編英語でやったらいいのでは。どちらかの言語に堪能な人は聞いてて気持ち悪いのではないか。

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2020年1月27日 (月)

没後20周年キュー祭り「キューブリックに愛された男」「キューブリックに魅せられた男」

200127a スタンリー・キューブリックに関するドキュメンタリー二本が公開! まとめてイッキ見した。

「キューブリックに愛された男」
監督:アレックス・インファセリ
出演:エミリオ・ダレッサンドロ
イタリア2016年

タクシー運転手をやっていて『時計仕掛けのオレンジ』の小道具(あまり人目にはさらせないあの物体)を運んだことをきっかけに、Q監督の専属運転手を30年間務めることになったイタリア人エミリオ・ダレッサンドロのインタビューを中心に構成。
既に回想録を出しているので、内容自体に衝撃の新発見の事実!みたいなのはないようだ。

近所に住んで運転だけでなく、私的な雑用係までやっていたとのこと。昼夜問わず電話がかかってきたり、メモで色々と指令が飛んできたりと、様々なエピソードを通して大変だったのが語られる。
一度辞めてイタリアに帰ろうとしたのにズルズルと2週間後のはずが2年引き止められたり、また英国に戻ったり。結局『アイズ ワイド シャット』にチョイ役で出たりしている。

ドキュメンタリーとしてはあまり出来は良くない。編集がうまくないし、Q作品の映像が使えずスチールだけなのも単調になってしまって寂しい。
ただ、エミリオ氏の屈託ない人物像(まさに愛されキャラか)に引っ張られ見てしまうのであった。
また、この人は保存魔でメモや箇条書きの指令書の実物を取ってあって、それを見られるのは面白い。あと個人的に撮ったスナップ写真も貴重だろう。

イタリアに戻ってから初めてキューブリック映画を見たそうだ。「どれが面白かった?」と本人から聞かれ、答えたのは……自作とは認められていないあの作品(^^;;


200127b「キューブリックに魅せられた男」

監督:トニー・ジエラ
出演:レオン・ヴィタリ
米国2017年

『バリー・リンドン』に主人公の義理の息子役で出演していたレオン・ヴィターリ、役者として評価され始めたのに、製作の仕事をやりたくてキューブリックの撮影現場で働くことを志願したのであった。

彼のインタビューを中心に、作品に出演した俳優たち(ライアン・オニール、リー・アーメイ、マシュー・モディンなど、お懐かしや)の話も挿入される。ステラン・スカルスガルドが出ている(結構含蓄のあることを喋っている)のは何故?と思ったら、これはレオンと『ハムレット』の舞台で共演してた関係らしい。

エミリオ氏同様、彼もアシスタント・雑用係兼任となり公私を問わず四六時中働くようになる。やはり電話と指令メモが矢継ぎ早に来る。あまりに頻繁なので、よくその電話やメモする時間があるなあと変なところで感心するほど。
『フルメタル・ジャケット』の時などはスゴ過ぎてドレイ状態に等しくなる。

とはいえ、そのように使われたのは彼が有能だからとも言える。
『シャイニング』の時はオーディションでダニー役を発見し、さらにはあの双子少女を見つけたのも彼だというのには驚いた。「ダイアン・アーバスみたいだ💥」と報告に行ったという。
加えて、全く経験ない効果音係を突然やれと命じられたとか(前任者が辞めちゃった?)、逸話は尽きず。その割には報酬をあまり貰ってないっぽいし、彼の子どもたちは父親を奪われた感じで恨み節なのであった。
ここまで来ると二人は共依存の関係にあったのではないかと思えるほどだ。

またキューブリックの死後は権利関係で色々あったらしい。まあ、これは利益と権利が絡んだりするとどこでも起こる事案だろう。

エミリオ氏の話も合わせて感じたのは、天才とは自身だけでなく才能や天分ある者を見つけて活用していくものだということ。そして才能なき凡才ならば決して近寄らず、遠くからその創造物を眺めていた方がいいということだ。

どちらの方に出てきたのか忘れたが『バリー・リンドン』(だっけ?)の「美術監督が倒れて担架で運ばれてった」なんてエピソードを聞くと、もっと他の人の言い分も聞きたくなった。

200127c なお、両作合同パンフレットはモノリス型の横長で、さらにひっくり返して後ろ側からも読むという凝った体裁。そのため、乱丁と勘違いした人がいましたよ。
同じ値段でオリジナル布製バッグも売ってて一瞬どちらを買うか迷った。



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2019年12月13日 (金)

燃える秋のパイク祭り「プライベート・ウォー」&「エンテベ空港の7日間」

191213a「プライベート・ウォー」
監督:マシュー・ハイネマン
出演:ロザムンド・パイク
イギリス・米国2018年

ロザムンド・パイクが戦乱の地を取材した実在のジャーナリスト、故メリー・コルヴィンに扮して半生を描いた映画。「バハールの涙」で登場した女性カメラマンのモデルとなった一人でもある。

英国の新聞記者として紛争地を巡っていたが、スリランカで地雷のために片目を失う。その後PTSDで入院したり、終始タバコを手離せずやアルコール依存、さらに夫とは離婚……というような状況が、回想とも幻想とも付かぬ状態でフラッシュバックと共に入り乱れるのだった。

リビア、シリア、アフガンなど戦闘状態の描写が恐ろしく迫力ありすぎて「こ、こんな所で取材するんか」と震え上がってしまった。--と思ったら監督はこれまでずっとドキュメンタリー畑だった「カルテル・ランド」の人だった。特に最後のシリアは本当に恐ろしい。こんな所で一日も暮らせないとヒシと伝わってくる。
戦闘下の病院で取材される役のエキストラは実際に難民だった女性たちを起用したとのことだ。

演出スタイルは戦場とPTSDの描写が続く中、「情」と「事実」の均衡がやや危うくなっているように思えた。
戦場や難民の描写は迫力あるのだけど、それ以外の心理描写や感情表現などは割と類型的なパターンで終わってしまっているような。その点が今ひとつだった。

上司である編集長の意図が不明。単にスクープ記事が欲しかったのか、そうではないのか。結果的に彼女を死地に追いやったように見えた。

ロザムンド・パイクは「荒野の誓い」とはまた異なる方向の熱演で圧倒。ニコ中アル中オバサン演技に全裸も辞さずである。実話ものによくあるように、最後に本人の映像が登場するが非常にそっくり。話し声も区別が付かないほどだ。
なお、彼女の死は爆撃に巻き込まれたようだが、ピンポイントで狙われた暗殺という説があるらしい。

予告を見た時に、これから公開の「エンテベ空港の7日間」と合わせて「秋のパイク祭り」と出たのには笑ってしまった。
ただチラシの「挑む女は美しい」のコピーは野暮の極みですね👊


191214b「エンテベ空港の7日間」
監督:ジョゼ・パヂーリャ
出演:ロザムンド・パイク、ダニエル・ブリュール
イギリス・米国・フランス・マルタ2018年

同じくパイク祭り💥……とはいえ主役はD・ブリュールの方である。
1976年の史上有名なハイジャック事件を、発端からイスラエル軍部隊が突入する「サンダーボルト作戦」までの顛末を描いたものだ。といっても、犯人の心理や政治の駆け引きが中心で、過去に三回映画化されたようなアクション・ファンが見てスッキリするような軍事ものではない。

イスラエル人が多数乗った飛行機をハイジャックした犯人4名のうち、ドイツ人の二人をブリュールとパイクが演じている。
クールマン(パイク)は過激派同志のマインホフを信奉しており、冷徹でユダヤ人に差別的で容赦ないのだが、もう一人のボーゼは元・編集者という「文弱の徒」だけあってどうもフラフラと逡巡して定まらない。
ハッと気付けば自分のやってることはナチスと変わらないではないかと悩み、パレスチナ人の仲間からもなじられる始末。
鬼💢のパイクに揺れるブリュール--といった調子である。彼はこの手の弱気演技をやらせたら天下一品といえるだろう。

彼らは所詮「ガイジン部隊」に過ぎなかったのか。背後にPFLPや着陸地ウガンダの悪名高きアミン大統領などの思惑が交錯する。
イスラエル側ではラビン首相と国防相のペレスが対応を巡ってチクチクとやり合う。ペレスを演じているE・マーサンは普段いい人役が多いが、ここでは老獪さを巧みに見せていて注目だろう。

結局、イスラエル軍がウガンダ完全無視で勝手に突入するが、ここら辺の戦闘描写はあっさりとしたものだ。人質の死者はほとんどなく、イスラエル軍が1名。
なのにウガンダ兵の死亡者が45名⚡と、桁違いに多かったのがラストで明らかにされる。これは驚いた。他国の紛争が原因で殺されては浮かばれまい。なんだかなあという気分になってしまった。
なるべく事実に即して描いているということで、まさにヒーローのいない闘いなのだった。監督は若手のブラジル人。これからも期待である。

さて、兵士の一員の恋人がダンサーという設定で劇中にそのダンスシーンが数回挿入されている。チラシや宣伝などを見ても全く言及されてなくて知らなかったのだが、イスラエルの有名なバットシェバという舞踏団とのことだ。
これがネットの感想を見ても批判が圧倒的に多い。ラストの突入シーンには交互にステージ本番を迎えたダンスが入る。クライマックスに余計なものを入れるなという意見だろう。
しかし私には非常に面白くて興奮した。むしろ現在からの批評的な視点を感じさせ緊張感を高めているのではないか。

ずらりと並べた椅子に座った人々が順繰りに同じ素早い動きを行い、服を脱ぎ捨てていくが、一人だけ同じに出来ずに何度も床に倒れ伏してしまう。人々が着ているのが伝統的なユダヤ教徒の服装であることから、監督は世界の和平への動きについていけないイスラエルの孤立を表すと考えているそうだ。
だが、一方で逡巡する主人公の姿を表しているようにも見えた。他の人々はみな良きにつけ悪しきにつけ自分の確たる考えを持ち突き進んでいくのに、自分だけは同じようにできずに傷つき倒れてしまう。そんな焦燥感を感じさせた。

エンドクレジットの「ウサギとカメ」みたいなダンスも面白かった。常に速い速度を保ってきれいなフォームで走っている者はいつまでもゴールにたどり着けない。
しかし、まともに真っ直ぐには進めず這うようにして歩き、コースを外れてフラフラと曲がりくねりつつ行く者の方が先に到着する……これまた極めて示唆的である。

このダンス絶対ナマで見たい!来日したら必ず行く(!o!)と思ったら、なんと3月にさいたま芸術劇場に来るではないの❗ なんだよ~、どうせだったら映画がらみで宣伝してくれればいいのにさ。大人の事情とかあるのかしらん。
191214c

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2019年11月18日 (月)

「アルツハイマーと僕 グレン・キャンベル音楽の奇跡」:音楽が終わった後も

191118 監督:ジェームズ・キーチ
出演:グレン・キャンベル
米国2014年

グレン・キャンベルってヒットチャートでは耳にしてきたが、それ以上に接することはなかった。活躍するジャンルがカントリーというのも理由の一つだ。
だがそもそもはセッション・ギタリストとして活動を始め、ビーチボーイズにも短期間だけど参加していたというのは知らなかった。

彼がアルツハイマー病にかかり、あえてそれを公表してラストツアーを決行する。その行程を記録したドキュメンタリーである。ステージだけではなく診察や日常生活も映像として公開することで、この病に関する啓蒙活動とするのを意図したようだ。

病気がなくてももういい歳だというのに、1年以上かけて全米150カ所回ったというのはすごい。だが、ツアーが進むにつれて病気も段々と進行する。それでも音楽は続く。続けられたのは年下の奥さんがまだ若くて元気なのと、子ども達がバンドのメンバーに入っていて側で支えたからだろう。

演奏中にカンシャク起こしたり、メンバー紹介で子どもの名前言えなくなったり、同じ曲を二度やろうとしたり……(^^; しかし聴衆は最初から分かって来ているので、優しく見守っている次第。
ステージを見て感激したP・マッカートニーが楽屋を訪れる場面があるけどあれ、もしかして誰が来たのかキャンベルには分かっていないんじゃないかと怪しく思った。「どっかで見たヤツだな、まあいいか🎵」みたいな感じだ。
病状の進行を順々に見せられて正直つらいところあり。最後にはスタジオで歌詞一行ずつしか歌えなくなる。
しかし本人が良しとしてればそれでいいのだろう。まさにミュージシャンの魂、百までもである。

クリントン元大統領やスティーヴ・マーティンを始め、色々な人が登場してコメントしているが、レッチリのフリーやスプリングスティーンも出て来たのは意外だった。二人とも家族がアルツハイマーだったとのこと。

歌詞にちゃんと字幕の訳がついてたのは良かった。どうせなら曲名も出してくれたらありがたかったのに--って、贅沢言いすぎかな(^^ゞ

これを見る気になったのは、彼が亡くなった時に山下達郎のFM番組でキャンベルのラストアルバム「アディオス」(日本未発売)を紹介したのを聞いたからだ。この映画を作っているのと同時期(?)に録音したようである。
アルバムに最後に収録されているのはジミー・ウェッブ作のまさに(リスナーに別れを告げる)「アディオス」(-o-)/~~~であった。元々は1989年にリンダ・ロンシュタットが歌ってヒットした曲だ。
私は最近ウェッブを好きでよく聞いているので、それを知って興味を持ったのである。

キャンベルは彼の作った歌をよく取り上げている。大ヒットとなった「恋のフェニックス」「ウィチタ・ラインマン」「ザ・ムーンズ・ア・ハーシュ・ミストレス」などなど。いずれも名曲揃いだ。
映画でウェッブは友人として登場しコメントしたが、ほんの数秒だけだった。残念。

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2019年11月10日 (日)

「ある少年の告白」:矯正を強制して共生せよ

191110 監督:ジョエル・エドガートン
出演:ルーカス・ヘッジズ
米国2018年

シビアでつらい物語、というか実話である。
大学生活で同性愛が発覚した若者が、閉鎖的な矯正施設に送られてしまう。そもそも父親が牧師だからとても許されない。
事前の予想よりストーリー上の宗教の比重が大きかった。まあそもそも同性愛が禁忌とされたのは聖書にあるからだが。

いったん終わるかと思わせてまだ続きがあったのは意外な展開。父母と息子の物語でもあることが分かる。そこまではニコール・キッドマンが母は強し演技で目立っていて、父親役のR・クロウはパッとしなかった。
しかしラストでちゃんと彼は不安定な父親像を演じて見せた。やたら太ってて大丈夫かい!と思ったら、実際の父親があの体型らしい。(そこまで似せなくても)
主役のヘッジスも繊細な演技。ラストで怒りを見せるところもうまかった。

レッチリのフリーが恐ろしい施設職員役で出演していたけど、結構小柄でやせてて驚いた。ステージの映像だとすごく巨大&強力に見える。
エドガートン扮する施設長は、最後の字幕でその本質が明らかにされる。うっかり見逃す可能性があるのでご注意。

邦題は原題(「消された少年」)を生かした方がよかったのではないか。
日本だったらあの矯正施設は「」ではなくて、某ヨットスクールみたいに「根性」で打ちすえるのだろう。イヤダー(>y<;)

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2019年11月 6日 (水)

「荒野の誓い」:ビッグ・カントリー 広くても行き場はない

監督:スコット・クーパー
出演:クリスチャン・ベイル
米国2017年

時は19世紀末の米国、長年先住民との戦争を戦ってきた騎兵隊大尉の主人公は、かつての宿敵である族長を刑務所から居留地に護送するように命令される。
このような設定だと想像できるのは、激しくいがみ合う両者が道中で予期せぬ襲撃などアクシデントに遭って、互いに理解し合うようになる。
--と思ったらちょっと違った💨

主人公は積年の恨みに決着付けようと首長に決闘を挑むのだが、相手は孫までいて家族と静かに暮らしている上に、大病を患っている。もはや闘う気は皆無なのであった。彼の憎悪は空回りしてしまう。
もちろん別の部族が襲撃してきたり、家族が襲われ一人生き残った人妻を救出というようなアクシデントは起こる。

見ていくうちに、これは西部劇の形式を取ってはいるものの実は戦争の帰還兵や後遺症を描くという、極めて現代的なテーマを持っていることが分かってきた。退役が迫ってくる年齢になっても、戦争の影から逃れられず平和な生活など送れそうにはない。そんな陰々滅々とした思いが、ワイエスの絵のような美しく悠揚たる自然を背景に描かれる。
さらに殺人の罪で逮捕されたかつての部下の護送も途中で依頼される。この男がまた以前の自分の分身であり、過去の亡霊の如きで兵士たちを苦しめるのだった。

平和になった現在において過去についてどう折り合い、謝罪と和解ができるかどうか。一人の男の変容を通して、明確に答えを出しているといえるだろう。これは他国の過去だけの話ではないのはもちろんである。
唯一の救いはラストのラストでわずかにホッとできるということか。ただ、あの少年がこれからうまくやっていけるのかはちょっと不安。

設定や展開はよくできているとは思ったのだが、どうも脚本が今ひとつの部分がある。人物が会話で説明過剰と思えば、説明少なくてよく分からない場面もあり。死人も多すぎるんではと思う。
救出された後、砦に着いたのに女性がその後も部隊に同行する理由がよく分からなかった。(同行しないと話が進まないというのは分かるが)
それから、主人公や戦友の内心の動揺の描写が中心となっているため、どうしても先住民側の描写が薄くなってしまったのは残念だった。

主役のクリスチャン・ベイルはまさに「鬼気迫る熱演」とはこのことか!としか言いようがない演技で全てを圧倒していた。最後の殺人の後の姿はあまりの迫力で正視するのも恐ろしいぐらい。
さらに『バイス』とどちらを先に撮ったのか不明だが、あの映画と比べると痩せこけてて胴回り三分の一、顔の幅は半分くらい(^O^;)と言っていいだろう。とても同一人物とは思えません。
人妻役ロザムンド・パイクの、狂気でイっちゃった眼も負けずにコワかった。さらに元部下のベン・フォスターも出番は短いが見事な悪役ぶりである。
出番が短いと言えば、チョイ役でティモシー・シャラメが出ていたのには驚いた❗ あっという間に退場しちゃうのだが、2017年製作なので彼がブレイクする直前に撮ったのだろうか。

さて邦題についてだが、これがまた問題(原題は「敵対者たち」)。この手のタイトルは後から区別が付かなくなる案件なのである。例えば「誓いの荒野」でも「荒野の決意」でも全く変わらない。正確に思い出せなくなってしまう。
もっとも「タイトル見ただけで西部劇と分かる」という意見もあり、なるほどそういう面はあるかと思った。確かに場内は西部劇ファンとおぼしき高齢男性多数であった。
『マルリナの明日』でも高齢男性の観客がやたら多かったのだが、あれは西部劇(というかウェスタン)ファンだったのだなと思い至った。

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