映画(タイトル「サ」「タ」行)

2020年12月29日 (火)

「幸せへのまわり道」:ホノボノのホは、ホラーのホ

監督:マリエル・ヘラー
出演:トム・ハンクス
米国2019年

米国に国民的子ども向け番組あったそうな。その名は「ミスター・ロジャースのお隣さん」。三十数年も続いた長寿番組だ。
この映画は大人気司会者のロジャースにまつわる感動実話である……と思ったら大違いですのよ、奥さま(!o!)

主人公は「エスクァイア」誌の記者で、皮肉でシニカルな記事を得意としているらしい。しかも私生活では家族を捨てた父親を恨んでいて、姉の結婚式で殴り合いを始める始末。家でも子どもが生まれたばかりで妻とはどうもうまく行っていない。要するに暗くてうっとうしいヤツなのである。
それがロジャースの取材を命じられる。時は1998年、既に番組は30年続いていて超有名人。だが主人公は子ども番組なんか興味はないと不満ブツブツ💢だ。

かなり変な映画である。作品全体がカウンセリングみたいで、主人公のアンガー・マネジメントをやっているような構造なのだ。
さらに件のTV番組はミニチュアの町に住むロジャースがお隣さんを招いて悩みを聞くという形式を取っている。その番組自体の形式とも重なるのである。

怒りを内心にため込んでいる主人公はしぶしぶ取材に行って、謎対応をされる。自分が質問しても逆に探られているようだ。果たして内面を探っているのは自分なのか、それともロジャーズの方なのか段々と怪しくなってくる。
ジワジワと染みてくるイメージ。あるいはブラックホールみたいに吸い込まれていく感じ……(>y<;)

一体、彼は世間がそう見ているように、本当に裏表なき「善人」なのだろうか。そもそも、それほどの善人がこの現実に存在しうるのか。全くつかまえ所がない。
こんな男が独裁者とか新興宗教の教祖じゃなくてよかった。もしレクター博士がこのロジャースみたいだったら、1万人血祭りにあげても誰も気にしないだろう。
そんな人物をトム・ハンクスが神技で演じている。

このように繊細で不気味な演技を彼ができるとは今まで知らず。月影先生なら「トム、恐ろしい子!」と言うだろう。オスカーとゴールデン・グローブの候補になったのも納得だ(ブラピに負けちゃったけどな(^^;)。

笑ったのは二人で地下鉄に乗る場面だ。主人公が「いつも使っているんですか?」と驚いていると(この頃のニューヨークは治安が非常に悪かったはず)周囲の乗客が一斉に番組の主題歌を歌いだす。戸惑ってあたりを見回せば、絶対に子ども番組には縁のなさそうな黒人のアンチャンたちまで楽し気に歌っているではないか。そりゃそうだろう、彼らだって昔は子どもだったのだから。
それにノレずに自分一人だけ疎外感を味わう気まずさ。うわー、いたたまれねえ~💨

一方、コワかったのは「古ウサギに会いたい」とロジャースが操る人形に言われるところ。この時、画面の中心にあって主人公に迫ってくるのは、操る彼ではなく人形の方なのである。記憶に隠された内奥のさらに奥まで侵入してくるこれは何か。まさにニーチェの「深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ」そのままではないか。
私はこの場面を見た時にあまりの恐ろしさに「ギャーッ(>O<)」と叫びたくなった。
これは感動実話ではない。最恐のホラーである。

人形と言えば最初にTVのスタジオを訪ねた時に、彼が姿を隠して人形を操っているのを半分だけ見せる(表情は見えない)場面も印象的だった。
監督は誰かと思ったら『ある女流作家の罪と罰』のマリエル・ヘラーではないですか。他の役者の演技の引き出し方もうまい。音楽の使い方も。

ロジャースは主人公の悩みを解き放つ。彼の番組の「お隣さん」のように。そして主人公が住む家もまた彼のミニチュアの中に納まったのだ。
でもロジャース自身は幸福になれたのかな……(^^?

この映画のチラシはゲットし損ねたのだが、宣伝やソフトのパッケージに使われている写真は、まさに番組にお隣さんとして招かれた主人公が幸せそうに微笑んでいる場面だ。しかしこんな場面は作中には存在しないんだよね。
この写真もそれを知って見るとジワジワと来る。


実は見るかどうか長いこと迷っていて公開期間の終了ギリギリになってしまったけど、見てヨカッタ(^.^)b
ただ、なんでこういう邦題にしたのかは全く不明である。いい加減にしてくれー👊

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2020年12月15日 (火)

「シチリアーノ 裏切りの美学」:我が追憶の犯罪

201215 監督:マルコ・ベロッキオ
出演:ピエルフランチェスコ・ファヴィーノ
イタリア・フランス・ブラジル・ドイツ2019年

マフィア実話ものであるが、コッポラやスコセッシの米国製とは全く異なる感触の作品。さすが本場イタリアもんは濃い~のなあ♨

主人公はシチリア島のマフィアの派閥リーダーの一人。抗争のため海外で逃亡生活を送るも、故郷では身近な者が次々と殺される。
ここら辺は義理も人情もヘッタクレもなしの殺戮戦(死者数のカウントが画面に出てきて冷汗である💦)であり、その描写は『仁義なき戦い』を思わせる。
しかし現地警察に逮捕されて本国へ移送。そこで、マフィアの一掃を目指す判事に協力を依頼され、組織を裏切ることにするのだった。

一転、後半は彼が証言する裁判劇となりまさに「仁義なき法廷」となる。よく映画で様々な国の裁判を見るとそれぞれに違うなあと感心することが多い。ここでも密告で逮捕された大勢のマフィア(100人ぐらい?)が法廷内の鉄格子のはまった小スペースに入れられて立ち会うというオドロキの状態だ。しかもヤジを飛ばし放題。まさに「野獣の檻」である。

こりゃ話を面白くするための誇張ではないの(^^?と思っちゃうが、新聞のインタビューで、ベロッキオ監督は裁判のマフィアたちの醜態は実際あった通りだと語っていた。
本作の副題に「美学」とあるが果たしてそんなものはあったのだろうか。そんな疑問を抱くのは間違いない。

その後の展開もヒヤ~ッ(;・∀・)となるようなもの。車の爆破場面はあまりに恐ろしくて呆気に取られてしまった。(あれって高架ごとやったんだよね?)

抗争勃発から経過をたどり、終盤には主人公は老境に達して回想モードとなる。思い起こすは自らの行なった犯罪である。
--というのはどこかで見たような(?_?) 思えば『アイリッシュマン』のラストもそんな感じだったな。あれも実話が元だが、犯罪と共に生きた人間は似通うのか。
製作時81歳のベロッキオ、老境どころか濃すぎる映画を作ったのだった。

難点は、人物が多数現れては消えていくのでとても覚えられないこと。特に最近とみに物忘れがひどくなってるんでキツイ(^^;ゞ
なお主人公の最後の回想に出てきた人物が誰だか分からない、という感想を幾つか見かけたが、「いつも息子と一緒にいる男」ですよ。あの場面があるとないとでは大違いだ。

シチリアの方言のなまりが強すぎて法廷で理解できないと苦情続出という場面があった。日本公開では普通に字幕が出ていて理解できたんだけど、吹替えはどうするのだろうか。いっそハナモゲラ語に……💥

それから「カミカゼ」という言葉が出て来たのも驚いた。『バハールの涙』のクルド語に続いてイタリア語でも使われているのだ。「カロウシ」と共に完全に国際語になっているのかね。
日本コワイよ(>_<)

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2020年11月 9日 (月)

「SKIN/スキン」:チクチク来る

監督:ガイ・ナティーヴ
出演:ジェイミー・ベル
米国2019年

白人至上主義者の若者の実話だそうである。今なおBLM問題密かに進行中、差別する側に焦点を合わせ密着して描いた本作はまことに時節に合っているといえよう。

冒頭に同じタイトルの短編(アカデミー賞獲得)が併映になってて、先にそれを見ただけでもう倒れそうになってしまった。内容は本編とは異なるのだがあまりにも驚異的な描写である。

その後にさらにプラスして本編2時間弱はヘヴィ過ぎだった。
少年の頃に白人至上主義グループのリーダー夫婦に拾われ、親代わりと思って活動してきた主人公。その身体には差別的なシンボルのタトゥーだらけだが、しかし心の方は段々と疑問を抱くようになっていた。

重苦しくて耐えられなくてつらい--このつらさを見続けるのは限度を越える。結末が前向きだからかろうじて救われるが、正直もう少しテンポよく短くしてほしかった(=_=)
それと、どうして主人公がグループを受け入れがたく思うようになったのかが描かれていない。(シングルマザーと出会う前から既に兆候があった)
差別主義グループを描いた映画としては『帰ってきたヒトラー』の監督の過去作『女闘士』の方が完成度は高かったかなあ。
ただタトゥー除去の場面は……絶句としかいいようがない⚡

ヴェラ・ファーミガが暖かくて冷たい矛盾した存在の「ママ」を好演。メアリー・スチュアート・マスターソンが出ていたのに全く分からず、後になって知ってようやくFBIか(!o!)と気付いた。
なおワンコ🐶が好きな人は見ないことをオススメする。

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2020年10月26日 (月)

「透明人間」:見えなきゃ怖いが見えたらもっと怖い

監督:リー・ワネル
出演:エリザベス・モス
米国2020年

『アップグレード』がB級ぽいとはいえ好評だったリー・ワネル、新作は立派にA級の完成度だった。
既に古典と化している透明人間ネタとストーカーの恐怖を合体させた発想はお見事である。

DV男である恋人の豪華な邸宅から女が密かに逃走する。友人の家に匿ってもらうのだが……誰もいないはずが何かの気配が(>O<)
「誰かがいる、見張られている!」とヒロインが主張しても、観客以外の人物にはその恐怖はノイローゼか精神錯乱としか見えない。

周囲で不可解な出来事が起こり平静が保てず、身近な人間をどんどん失っていくつらさと絶望はまさにストーカー被害者の孤立だろう。そして最大の恐怖とは女の心身を支配したいという相手の男の欲望に他ならないことが明らかにされていく。
何もない空間を意味ありげにとらえるカメラ、波の轟音から微細な気配まで感じさせる音響が巧みだ。(音の良い映画館がオススメです)
音楽もかなりなもん。エンドクレジットで弦の音がグルグルとスクリーンを囲んで回っている(ように聞こえる)のには仰天した。

展開も二転三転、気が抜けずにハラドキしながら注視である。
ほぼ出ずっぱりのE・モスはスクリーンを一人で背負って立つ力演だった。正気を失った表情が迫力あり。
監督にはこれからも期待したい。

ただ、主人公と刑事の関係が今一つ不明だった。「異性だけど親しい友人」でいいのかな?(説明なかったような) 本当なら女刑事にした方がシックリくると思うのだが。それだと「男対女」みたいになっちゃうから避けたのか。

予告に出てくる場面なので書くが、この透明人間は白いペンキをかけられるよりコーヒーの粉の方が効果があるのでは?
監督の前作でも本作でも、孤独な若い富裕な男が超モダン建築な家(海辺というのも同じ)に住んでいるのだが、モダン邸宅ってこの手の映画では定番過ぎの設定だろう。
たまには緑と自然あふれるベニシアさんの庭✨みたいな家に住んでる富豪が見たいのう。

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2020年10月24日 (土)

「ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語」:結婚は女の墓場か花道か

201024 監督:グレタ・ガーウィグ
出演:シアーシャ・ローナン
米国2019年

恥ずかしながら原作未読であります(^^ゞ
ということで事前にあらすじと作者オルコットの生涯について解説してある求龍堂グラフィックの「若草物語 ルイザ・メイ・オルコットの世界」を図書館で借りてきて、手っ取り早く予習した。

その上でこの映画を見ると、作者自身の実話とジョーを完全重ね合わせたメタフィクションの構造となっている。で、公開決定時から「なんじゃ、この邦題は~💢」と非難轟轟だったタイトルが、この構造を実は示していた事に驚いた。……でも、やはりサブタイトルに回した方がよかったとは思うがな。
それも含めて美術や衣装から役者のキャスティングまで色々な要素がよく出来ていて完成度が高かった。
だからと言って手放しでほめたいかというと微妙である。まあ単に好みの問題だが。

あと、過去と現在形の部分を映像の色調を変えているけど区別しにくいし、過去の方が暖色系というより黄色っぽくて汚ならしい色なのが難点である。

テーマについては、「女」の問題は現代も昔も変わらないねえ。
「結婚は女の花道」とか「自立か従属か」とか「先立つものは金」とか……。
ここに口出してくるローリーって、鬱陶しいヤツだなと思っちゃった(^^;ゞ 原作でもあんな感じの男なのかしらん?

彼は長女のメグに合コン(?)目的のダンスパーティーで出会って、難癖付けて偉そうに説教するんだけど、この場面でピンクのドレス着たエマ・ワトソンがまたよく似合っててかわいいんだよねー。(衣装さん、もっとダサいドレス選んで~🆑……アカデミー賞の衣装デザイン賞取ったけどさ)
お前のようなチャラ男には言われたくねえな~(`´メ)という感じだ。逆に、女が美貌を武器にエエ男を探して何が悪い👊すっこんでろと言いたくなっちゃう。
もちろん、演じているT・シャラメはそのイヤミな部分もちゃんと出していて適役だと思いましたよ(^^)

四姉妹でどう見てもベスよりエイミーの方が年上に見えるのはわざとなのか。役者の実年齢もそうらしいけど。ベス役は『シャープ・オブジェクツ』の妹役だった。だから「妹」感が強いのかな。
脇も母親ローラ・ダーンに伯母メリル・ストリープという最強の布陣のキャスティングである。ただ、クリス・クーパーは分からなかったですよ……💦

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2020年10月13日 (火)

「その手に触れるまで」「ルース・エドガー」:男のいない男たちの世界

201012a 「その手に触れるまで」
監督:ダルデンヌ兄弟
出演:イディル・ベン・アディ
ベルギー・フランス2019年

「ルース・エドガー」
監督:ジュリアス・オナー
出演:ナオミ・ワッツ
米国2019年

今回のお題は「構ってほしい、異文化のはざまに立つ良い子の少年」である。共通項は「女教師」「母親」「女の子」だ。

『その手に触れるまで』はカンヌの常連ダルデンヌ兄弟がやはり監督賞を獲得した新作。
ベルギーに暮らす移民(モロッコ系?)の少年アメッド、少し前まではゲームに夢中だったのに今はネットでイスラム過激思想にはまり、地元の指導者の元に通いだす。そして母親や言葉や勉強を教えてくれた女性教師に反発するのであった。

まだ13歳なのでその直情ぶりは融通が利かず笑っちゃうほどなのだが、教師への敵意はただならぬもの、しかもシツコイとなると話は違ってくる。
とはいえ、いくら彼が幾ら信仰の鎧で身を固めてようと、現実の少女の前では崩壊してしまうように付け焼刃である。あるいはそんな中二病的世界観では健康で無邪気な牧場女子のリアリティに太刀打ちできないというべきか。

純粋ゆえの過激と無謀さを淡々と描き、そのように幼い価値観があちこちにフラフラと曲がってはぶつかる様子を見守る映画である。
もっとも私は根が疑り深い人間なので、ラストに至っても「まだやる気か(!o!)」などとドキドキしてしまったですよ、トホホ(^^;ゞ
そのラストで邦題の意味が判明するが、それでもなんだか生ぬるい感じがするこのタイトルはどうにも気に食わねえ~っ👊

言葉ではなく反復する動作を積み重ねていくのは、いつものダルデンヌならではである。
少年がイスラムの教えに沿って執拗なまでに手洗い(といってもコロナウイルス以降の世界では珍しくもなくなったが)、口の中を洗う動作の反復、そして農作業の身体の動きの積み重ね……。
こういう単純な動作をダルデンヌは撮るのがうまい。つい見入ってしまうのであった。


201012b さて、『ルース・エドガー』は宣伝や広告でかなり観客をミスリードしているが、実際には『その手に触れるまで』と構図や設定がほぼ同じである。予告がサスペンスっぽい作品のように見せていても全く違う。

主人公の高校生は常に賢くてよい子である。というのも元はエリトリア(?)の少年兵という出自で、今は米国中産階級の白人夫婦の養子になっているからだ。「更生」の証として、また養父母の期待に応えるためにはそう振舞わねばならない。そのような状況ににウンザリしている
その不満からか、身近にいる女性教師に敵意を向けるようになる。

もっとも大人をなめくさって自らの能力に疑いを持たない傲慢な若者はどこにでもいる。ただこの場合常軌を逸している。『その手~』のアメッドと同様で異様なほどに執拗なところまでそっくりだ。

『その手~』では少年の父親は不在ということだったが、こちらには身近な男性がいることはいる。しかし場当たりな反応の養父や調子のよい校長はいてもいなくても存在でしかない。
結局のところ若者の相手をしてやっているのは、やはり女性教師と母親と同じ学校の女の子であり、彼が敵対するのも利用するのもみな女なのだった。

これはまたもや「不満を抱く若者を構わざるを得ないのは女」事案ではないか。(過去の例→『ブレッドウィナー』『家族を想うとき』
「なんで女にばかりコマッタ若いもんの尻ぬぐいをさせるかなー。どうしてそんなに女に頼るの。男もちゃんと相手してやればいいのに」と思ってしまったのは事実である。

原作は芝居ということで、ほとんどは役者の会話で進行する。ここはダルデンヌ兄弟とは大きな違いだ。そして(日本でも同様なのだが)この手のあえて不愉快さをまき散らすタイプの芝居を書く者の、鼻持ちならない尊大さに辟易してしまった。

さらに加えて人種差別を扱っていながら、別の偏見を強化するような内容なのはどうよ。出自や生育環境が複雑な人間は信用できないとか、子どもの頃に暴力的な環境に育った人間は本質的に変わらず暴力的であるとか--そういう言説を半ば肯定しているのではないか。
また作り手のミソジニーがにじみだしているような部分も感じる。標的の教師はフェミニストっぽいし、東洋系のガールフレンドはまるでエイリアンのように不気味な存在に撮られている。そして母親は「愚か」である。

ナオミ・ワッツやオクタヴィア・スペンサーをはじめ、いい役者を揃えているのにねえ。モッタイナ~イ💨

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2020年9月22日 (火)

「囚われた国家」:売国ならぬ売星の輩

監督:ルパート・ワイアット
出演:ジョン・グッドマン
米国2019年

B級SF設定プラス『影の軍隊』的レジスタンスものという、かなり珍しい取り合わせの映画。といってもかなり地味な作りで、もしコロナウイルスの影響で洋画の新作が入って来なくなったという事態がなければ、大々的な公開はなかったろう類の作品である。

異星人に侵略支配された近未来の地球、侵略者は地下で地球の資源を発掘奪取して自星に送る一方、地上では傀儡政権を操り人々を支配しているのであった。
--ってモロにナチス占領下のフランスっぽい。
なのでテーマは「抵抗」、レジスタンス物の名作『影の軍隊』を引き合いに出す人がいるのも納得だ。

かつての戦争の名残か、湖岸(舞台はシカゴだからミシガン湖?)に巨大戦闘ロボの残骸が残されたままになっている光景が面白い。
人々には監視装置が付けられていて、立入禁止区域に行ったりすると異星人の探索隊がすっ飛んでくる。一方で、「昔はひどい状態だった」と侵略者を支持する人間も多いのである。

そんな中でレジスタンス活動が進められていき、ストーリーは二転三転どう進んでいくのか読めなくてドキドキしながら見ていた。
アッと驚く結末で、見ごたえ大いにありの良作だった。

難点はエイリアンの造形がキモ過ぎて、とても支持する人間がいそうには思えないこと。
それから、レジスタンスではない普通の市民の描写がもう少しあってもよかったのではないか。最近のSFなど突飛な設定を描く作品で、そういう描写を飛ばしてしまうパターンが多い。そういう背景を描かないと設定の説得力に欠けると思う。

重低音の効いたサウンドもさらに迫力を増加していた。ただ、カメラを意味もなく振るのは勘弁してほしかった。
役者ではヴェラ・ファーミガがいい味出してました。
それにしても、壁を築き格差を広げ資源を収奪する異星人とは何者を表しているのだろうかね(^^?

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2020年7月31日 (金)

「ジュディ 虹の彼方に」:スタア再生

200731 監督:ルパート・グールド
出演:レネー・ゼルウィガー
米国2019年

ジュディ・ガーランド47歳、この世を去る直前に行なったロンドンでのショーを中心に、彼女の境遇と最後の日々を描いている。
酷使され悲惨だった子役時代の回想が現在と交互に挿入され、なぜそのような状態になったのかを観客によーく分かるようになっている。

かなり泣かせる内容だ。特に二人組の部屋で歌うところで涙(T^T)
子役時代のエピソードはまさに未成年虐待だろう(さらにセクハラ、あるいは性的虐待も仄めかされている)。常に他人にコントロールされる人生で、その体験が彼女の内部を長年支配してきたことが、終盤のケーキのシーンに表れているようだ。想像するとツライ(>_<)

金銭的に困り、子どもたちと離れてツアーに出かけざるを得ず、ヨレヨレとして精神的に不安定、ロクでもない男に引っかかる--という状態のジュディを、レネー・ゼルウィガーは完璧に演じている。歌ってる場面にも説得力あるのがよい。
アカデミー賞をはじめ主演女優賞連続獲得は確かに納得の出来である。

最後をコンサート場面で盛り上げるのは最近の流行りなのかな(^^?
ミッキー役はロビー・ロバートソンに似ているような気がした。

原作は舞台だったそうである。となると主役の女優の独り舞台的なものになるのだろうか。ステージ上で実力が試されるシビアな作品となるだろう。舞台版も見てみたい。
美空ひばりのAI復活みたいなものでは絶対不可能である。

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2020年6月30日 (火)

「スキャンダル」「ザ・ラウデスト・ボイス」:家族は大事だ!

200630a 「スキャンダル」
監督:ジェイ・ローチ
出演:シャーリーズ・セロン
米国2019年

「ザ・ラウデスト・ボイス アメリカを分断した男」
出演:ラッセル・クロウ
米国2019年
*WOWOWで放映

米国のFOXニュース社でのセクハラ事件を扱った問題作--といっても、米国では有名でも日本では知られてない事件である。私なんかそもそもFOXニュースとは?という基礎知識から欠けている。
また、中心となる三人の女性のうち二人は人気キャスターで「お茶の間の顔」だったらしいが、それ故のスキャンダル騒動は想像するしかない。本人を知らないからどれほどのそっくり度なのかも分からない。折角のアカデミー賞獲得のメイクも有難味が薄い。

そんな問題は色々あるが、十分面白かった。
発端は、ベテラン・キャスターのグレッチェン・カールソン(ニコール・キッドマン)が辞職して、CEOのエイルズをセクハラで訴えたこと。
看板キャスターのメーガン・ケリー(シャーリーズ・セロン)はそれを傍観。超保守系のFOXニュースだけあって、平気で「イエスは白人男性」などと番組で発言する人物だが、選挙討論会の司会でトランプと激突してひどい侮辱を受ける。
さらに、新人のケイラ・ポスピシル(マーゴット・ロビー)は野心満々、キャスターの座を獲得する夢を持っているが、エイルズからセクハラされる。

この三人のバラバラの行動が交互に描かれる。チラシや広告には三人がエレベーターで一緒になる場面が使われているが、多分この場面以外に揃う場面はなかったと思う。
つまり、予告を見て想像する「三人の女性が手を取って共にセクハラと闘う」というような内容ではないのだ。
三者がそれぞれに格闘する「連帯なき共闘」なのである。

実のところ三人とも共感できるかどうか微妙だ。(特にその保守的スタンスに同調できない者にとっては)
この三人がまとっている人工めいた美。その向こう側に保守系アイドルの実像が、隠されたメッセージとして言葉を介さずに浮かび上がってくる。怖いね~。

さて、ケイラは唯一実在ではない人物で、複数いた被害者を代表するようなキャラクターだ。
彼女がセクハラにあう場面は迫力である。それまでテンポよく進んでいた映画なのに、突然時間が停滞したようになって恐ろしさが凝縮され、極限まで引き延ばされる。
状況を理解できない(したくない)感情と笑って冗談にして済ませようとする意志が、M・ロビーの表情にモザイク状に入り混じる。
恐らく実際にセクハラの被害者はあの場面を見るとフラッシュバックしてしまうのではないか。要注意場面💥である。
彼女の演技はなるほどアカデミー賞候補になるだけのことはあった。

ここに冷静にあぶり出されるセクハラの真実とは、支配と暴力の構図である。
さらに、エイルズの周辺にいるベテランの秘書や女性スタッフは明らかにその構図に協力している。ケイラの同僚(レズビアンで民主党支持なのになぜかFOXにいる)は保身のために彼女を突き放す。
「女たちの共闘」などとというものが一筋縄でいかないことが描かれている(ここら辺は『ハスラーズ』とは正反対)。従って勝利しても感動は全くない。

ジョン・リスゴーは『ザ・クラウン』のチャーチルの時もそうだったが「鼻持ちならない傲慢な統治者」を演じたらうまい。M・マクダウェルはどこにいるのと思ったらマードック役だったのね。
セロンの主演女優賞ノミネートはメイクアップの力もありか?


『ザ・ラウデスト・ボイス』は同じ年に米国で放映された全7話のTVドラマシリーズである。『スキャンダル』を見てどうも判然としなかった部分がこれを見てよく分かった。
原作はノンフィクション書で、主人公はロジャー・エイルズ。ラッセル・クロウがメイクアップだけじゃない、お得意の体重増量を行なったとおぼしき鬼気迫るソックリぶりで演じている。

1995年、マードックの依頼を受けてFOXニュースを立ち上げる。最初から、リベラルな既存メディアがこれまで相手にしてこなかった「残りの半分」である保守層をターゲットにしている。
これはもはやジャーナリズムではなく、あおりと言っていい。それまでのニュース局の常識では考えられなかった手段を次々と取る。
経験のない若手をツッコミの良さだけでスカウトしキャスターに仕立てる。何も具体的な論拠や意見を述べず、ただ映像をつないでイメージをでっちあげる。

911が起こればありもしない大量破壊兵器を喧伝し戦争を起こさせる。宿敵オバマ大統領にはイスラム教徒疑惑とか「福祉詐欺」と大量報道し、遂には他メディアまで同調させ窮地に追い込む(ここら辺の執念深さはすごい)。
これでは、火のない所に煙を立てるどころか「煙もない所に強引に火事を起こす」状態である。
さらにはトランプに注目、大統領にしようと画策し、ヒラリーをあらゆる手段で攻撃しまくる。ここまで来ると、本当か❗と思っちゃうほどだ。

その一方、社内では暴君として君臨。腹心の部下でも気に入らないことがあればすぐに追放し、マードックからは経営権をもぎ取る。
セクハラは日常茶飯事、オフィスでは女性キャスターのスカートをまくり上げ、部下を愛人同様に囲う(その行為は『スキャンダル』でケイラが一部を電話で語っている通り)。

『スキャンダル』では脇に置かれていたグレッチェンの事件の一部始終が描かれる。長年キャスターとして活躍してきたのに、エイルズから性的な誘いと「トウが立ってきた」などと攻撃を同時に受けるのだ。まさにパワハラとセクハラは表裏一体である。
ここら辺の葛藤はナオミ・ワッツが熱演、クロウに劣らぬ迫力だ。
訴訟を起こして最後は和解に至り、事件については守秘義務を負っている……はずなんだけど、どうして詳細が知られているのかは不明である(^^?

さて『スキャンダル』を見てよく分からなかった点が二つあったが、こちらを見て納得できた。
疑問その1「どうしてエイルズはメーガンにトランプ攻撃を容認したのか」
その2「ひどいセクハラ野郎だが、病気になった従業員の面倒を見るような善い人物でもあるのは?」

エイルズは自分の出身地で新聞を出すため若い編集者を連れてきて身近に住まわせる。自身の父親に虐待された話をしながら、彼に「家族は大事だ」と語るのだ。
この「家族は大事」、なんか前にも聞いたことあるような--と思ったら、なんと同じくセクハラで訴えられたH・ワインスタインの発言だった。
ポン・ジュノが『スノーピアサー』を監督した時にプロデューサーのワインスタインから漁師の出てくる場面(そんな場面あったっけ(;^_^A)20分間カットしろと要求されたそうな。
そこでポン・ジュノはとっさに「父親が漁師なのでできない」と真っ赤な嘘をついたら、彼は「なんだそうだったのか、早く言え。家族は大事だ」と要求を引っ込めたという。

つまり、このようなセクハラ&パワハラ気質の人間にとっては身内かそうでないかは重要であり、身内の囲いの中にいる者は家族として認定し世話をしてやるが、同時に身体を撫でまわしたり性行為を強要するのもやって当然なのである。だって自分のモノなんだから。そこに基本的に差はない。

疑問1について、実際はメーガンは事前に言わずにトランプを攻撃したのだが、エイルズにとってはトランプは身内ではなく、単なる将棋の駒で他に交換が効くどーでもよい者である。だから身内のメーガンには何をしても許してかばうという態度を取る。
疑問2については上に書いた通り、別に善人なのではなく単に「身内しぐさ」に過ぎない。

というわけで、見ごたえありのTVシリーズだった。『スキャンダル』と合わせて見ると面白さ二乗であろう。
200630b

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2020年6月10日 (水)

「隣の影」:芝生が青けりゃ木もデカい

200610 監督:ハーフシュテイン・グンナル・シーグルズソン
出演:ステインソウル・フロアル・ステインソウルソン
アイスランド・デンマーク・ ポーランド・ドイツ2017年

公開時に見損なったのでDVD鑑賞。
見れば誰でも『パラサイト』を思い浮かべるだろう(日本公開はこちらが先)。
あちらは高台の邸宅と半地下でタテ関係の階層格差を扱い、夫が中心に話が動く。
こちらはモダンなテラスハウスの隣人で横関係、女同士がいがみあう。しかも「息子が芝生にテント」もあり!……と言っても、こちらの「息子」はあの資産家一家の父と同じぐらいの年齢の中年男だけど(^^;ゞ

テラスハウスは同じ構造の住宅が壁をくっつけて幾つも連なっている。マンションとも一戸建てとも微妙に異なる。住宅環境は全く同じ、だからこそなのか隣家同士でトラブルが発生。
ただならぬ事件が幾つも続き、互いに相手のせいだと主張するものの、果たして真実がどうなのか分からない。
さらにテラスハウスだけでなく、息子が住む団地っぽいマンション、元カノが住む高層マンション、保育園、そして小さな娘を連れていくイケアの隣の空き地--色々な場所が登場する。

にじみ出る人間不信。イヤ~な状態が続き後味悪く終わる。ラストは呆気にとられるのは確実だ。
ただ、母親の不安定な精神状態に罪をかぶせ過ぎているのでは?という気もした。

監督は観客に不快な感情を起こすのに長けているようだ。映画の尺が89分と短いのは、こんなの長々と見ていられねえー(>O<)からだろう。
アイスランド映画、やはりおそるべしである。
猫と犬が重要な役で登場するが、ワンコ好きな人は見ないことをオススメする。。


振り返れば、実家(東京の下町)も隣家と50年間ぐらいに渡りもめていた。こういうのはもう理屈じゃないのだよね。

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