映画(タイトル「サ」「タ」行)

2018年10月23日 (火)

「スターリンの葬送狂騒曲」:バトル・フィールド 継ぐのは誰か

181023
監督:アーマンド・イアヌッチ
出演:スティーヴ・ブシェミ
フランス・イギリス・ベルギー・カナダ2017年

「ヒトラー」の次は「スターリン」映画ブーム来たるsign03というわけではないだろうが、近現代ヨーロッパ史における最悪独裁者一、二の座を争う人物といえる。その彼の死をめぐるドタバタ劇である。コメディ仕様となっているが、シリアスな調子でやったらとても正視できぬ陰惨な史実だ。

強権を振るう彼が別荘で倒れるが、優秀な医者はみんな粛清してしまったんでロクな治療も受けられない--ってマジですか(^^?)と疑いたくなるようなエピソードが続く。
死後は別荘の使用人や警護の兵士は連行&殺害。スターリンの息子は挙動が変で、周囲の後継者争いは熾烈を極める。
その騒ぎの中でフルシチョフは虎視眈々と策謀をめぐらすのであった。

フルシチョフ役のS・ブシェミ他、芸達者な面々がドタバタと権力闘争を繰り広げ、笑い声も随所に上がった。個人的にはもっとブラックな感じが好きだが、事が事だけに調子に乗ってあまり事実と異なることも描けないだろうとは思う。
でも、国葬の棺の横でブシェミが横歩きする場面は、思い出すたびに笑ってしまうのであったよ(^◇^)
監督は英国人でTVシリーズの監督などやっていたらしい。いかにも英国流のユーモアである。

事前にこのあたりのソ連戦後史を予習しておけばよかったと後悔。なお、映画館は満員御礼状態fullであった。


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2018年9月30日 (日)

「スパイナル・タップ」:バンドあるある

監督:ロブ・ライナー
出演:クリストファー・ゲスト
米国1984年

あの伝説のロック映画が今、初の正式公開!ということで見てきた。もっともソフトでは出ていたらしい。
今でいう「モキュメンタリー」、疑似ドキュメンタリーの走りで、英国のバンドの米国ツァーを取材するという体裁を取っている。もっともらしく、バンドの歴史やインタビューも登場。
監督のロブ・ライナーも実際に監督役で顔を出している。

元々は地元の友人同士のフォーク系(?)デュオが、時代に即して姿を変え、その後ビートルズ風→サイケデリック・ロック→ハードロック/ヘビメタ*今ココflairという変遷を遂げて、晴れてツァー開始\(^o^)/という状況から始まりだ。
バンドを見ていて(聞いて)思い浮かぶは、チープ・トリック、キッス、ヴァン・ヘイレン、AC/DC……まあ、特定のバンドではなくそれらのイメージを混ぜ合わせたものと言っていいだろう。
音楽自体も、いかにも当時はやっていたサウンドや曲である。そして歌詞はものすごくバカバカしくて笑える。これが全部オリジナルで作ったというから大したもの。

そしてバンドを次々と襲うトラブルdanger
歴代ドラマー謎の連続死。アルバム・ジャケットのデザインでもめて発売中止。メンバーの女が音楽に口を出す。
ツァー中に、主要メンバー仲たがい(そういや、実際に来日中にメンバーの一人が帰っちゃったバンドありましたな)。大規模豪華セットを作ったはずが使えず。ホテルの部屋撮り損ない。
マネージャー辞職。人気がなくなって音楽性の方向を変える。軍の基地にドサ回り。

と畳み掛けられれば気付く。なるほどこれは「バンドあるある」だっ(!o!) バンドにまつわるどこにでも起こる事案を笑いと共に積み重ねているのである。
しかし、楽屋を出て迷子になってステージにたどり着けず--なんて本当にあるの?

さらにトラブルで解散寸前のバンドが日本経由で復活fujiって、なんかどっかで聞いたことがあるような……と思ったら「アンヴィル!」だった。でも向こうはもっと後に作られた実際のドキュメンタリーなんだけど??

ロックファンなら必見の笑いと感動の一作に間違いない。
この、バンドであるスパイナル・タップは実際にバンドとしてコンサートにも出てたとか。まさに虚実の間をすり抜ける奴らであろう。
しかし、あの恥ずかしい歌詞を歌ってたのか。まあ、どこのバンドも似たようなもんですかねdash

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2018年9月24日 (月)

「ザ・ビッグハウス」:見えない所に真実はあり

180923
監督:想田和弘ほか
米国・日本2018年

想田監督のドキュメンタリー、過去に見たのはこちら→(『精神』『Peace ピース』『選挙2』

この度のテーマは米国文化の華ともいえるフットボールである。ただ、いつもと異なるのは、大学の授業として学生たちを含めて総勢17人で撮影したということだ。フットボールの試合という取材場所は同じでも、どこに目をつけるかはそれぞれの撮影者次第なのである。(ただし編集は想田監督)
ということで、単にスポーツの試合というだけでなく、多面的に対象が浮かび上がる結果になった。

舞台となる《ザ・ビッグハウス》とは、ミシガン州アナーバー市にある巨大スタジアム。驚くことに収容人数は全米最大の10万人で、市の人口とほぼ同じとのこと。州立ミシガン大学アメフトチームの本拠地で、試合となると各地から観衆が集まってくる。
見ていると、その規模の大きさに驚いてしまう。

大きな人波に地元は大賑わいで、飲食店も繁盛。
道端では辻説法、選挙の応援、各種宗教の勧誘、ストリートミュージシャンなどなどあらゆるものが押し寄せるのであった。
スタジアム前ではチョコレート売りの黒人の親子が。父親が指導して男の子に売らせる様子に『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』を思い出してしまった(娘を連れて観光客に香水を売りつける場面あり)。

スタジアムの内部は厨房(すごい量の料理)、救急士、清掃員、高額なVIP席、さらには場内アナ、チアリーダー、マーチングバンド、試合にも華麗なチアリーディングshineにも背を向け監視する警備員など、あらゆるものが画面に登場する。。
しかし、肝心の試合だけはこの中にほとんど描かれることはない。

チームの監督のインタビューや、試合に合わせたホームカミング・パーティー(結局同窓会みたいなものなのね)の様子によって、これほどの巨大なイベントが成立する背景が分かる。
州立大とはいえ、予算のほとんどは裕福な卒業生の寄付に頼っていて、アメフトチームの成績によって額が左右されるという。
チームが大学の存在を支え、市の主要産業の一つとなっているのだ。したがって、チームの監督が高給を得て、選手がハリウッドスター並みに人気があるのも当然である。

--と、このような実相がナレーションもない中、明らかになっていくのだった。
多くの人々が集まり楽しむ巨大なパワーが集積する試合の陰に、シビアな現実が潜む。大いに見ごたえありのドキュメンタリーだった。
まあ、しかしこれだけ巨大なのも米国ならでは、という感がある。

話はそれるが、かつて読んだドキュメンタリー本『ミズーラ』には、モンタナ州立大学のフットボール選手のレイプ事件が取り上げられている。犯人はスター選手で、本を読んだ時にはピンと来なかったが、この映画に描かれているのと同様な地元の英雄で、やはり大学の名声や価値を担っていたのだとしたら、被害者がそれを訴えるのは相当な勇気が要っただろう(実際、誹謗中傷にさらされる)。それを実感した。

さて、この手法で日本を描くとしたら題材は何がいいだろうか?

N大アメフト部……(>y<;)イヤダー
大相撲……(・o・)エエーッ
目線を変えて
国会……(@_@;)ナンダカナー
それなら
コミケsign03……(!o!)これだっ
巨大イベントで、、国内外で興味を持つ人多数いるはず。その裏側にはみな興味津々。ドキュメンタリーを作る価値は充分あり。(作る方は大変そうだが)面白そう。
ぜひお願いします(^人^)


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2018年7月14日 (土)

「タクシー運転手 ~約束は海を越えて~」:ドライヴ・トゥー・フリーダム 決死取材は片道切符

監督:チャン・フン
出演:ソン・ガンホ
韓国2017年

光州事件、当時新聞で見た記憶があるもののその内容はほとんど知らなかった。
韓国でも現在の政権になって風通しが良くなったせいだろうか、過去の事件の内実を暴いたものが堂々と作られてヒットしているようだ。

事前の宣伝だと、在東京のドイツ人記者が民主化運動弾圧の噂を聞きつけ、韓国へ。そこで出会ったタクシー運転手と共に、事件が起こる光州へ潜入する。その二人の絆を描く実話……というような印象だったが、若干違った。
これは「タクシー運転手同士」の絆の話だったのであるsign01

こういう過去の大事件を取り上げつつもエンタメの基本を押さえているのには恐れ入る。笑い、涙、サスペンス、アクション、社会性--ありとあらゆるものが入っている。ラストは怒涛のような感動である。
137分とは思えないほど。見ててあっという間に経ってしまった。

しかし、正直なところ事件自体が悲惨で衝撃的である上に、感情表現が過多なので、そのタブルパンチで見てて倒れそうになってしまった。もうお腹いっぱい、これ以上何も入らねえ~(@_@)
いや、けなしているわけではないんですよsweat01

作中ではソン・ガンホ演じるタクシー運転手はかなりいい加減な奴であり、金になりそうな仕事なので、英語もロクに出来ないのに他の運転手から依頼を横取りした、という設定である。
しかし、実際には以前から記者とは知り合いで、英語も話せて外国人ジャーナリストをよく乗せていた人だったという。

また、ハラハラドキドキと感動をさらに5割増しさせ、運転手の絆を強調するラストのカーチェイスもフィクションとのことだ。
一方、ドイツ人記者の方は何を思いどう考えていたのか、ほとんどその内奥は描かれない。徹底的な他者である。従って、運転手仲間の方に比重が置かれ感情移入するのは当然だろう。

毎度ながらソン・ガンホは名優ぶりを発揮。「いいヤツ」で子ども思いだが、ずる賢く打算的なのが、終盤に向かって変化していく--というような役柄だ。こういうある意味ベタな役をやっても嫌みがない。
それを支える他の運転者役の「地味顔」(←誰かの感想で見かけた表現)な方々(韓国映画でよく脇役で見かけるけど、いまだ名前憶えてないm(__)mスマヌ)もグッジョブであった。

ところで、邦題の「約束は海を越えて」について「韓国とドイツは地続きだ!」という指摘あり。確かにそうだわ(・o・) まさに日本の「島国根性」的表現というところか。

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2018年4月24日 (火)

「シェイプ・オブ・ウォーター」:イリーガル・エイリアン 鰓から愛して

180424
監督:ギレルモ・デル・トロ
出演:サリー・ホーキンス
米国2017年

遂にヲタク監督がアカデミー賞をcrown しかも監督賞と作品賞だっ。感動と涙に包まれた授賞式fujiおめでとうヽ(^o^)丿
もちろん期待を目いっぱい大きくして映画館へ向かったのは言うまでもない。

しかし、またも期待は裏切られたのだよ(ーー;)
シリーズ「期待したけどダメだった」パート3だ。(なおパート1パート2はこちらであります)

『美女と野獣』をひっくり返したような「美人でもない中年女と半魚人」の恋である。事前にあらすじを耳に挟むにつれ、こりゃ、どうもおとぎ話的ファンタジーじゃないということが分かってきた。
となると、私としては「卵生の魚と人間では生殖器の構造が違い過ぎて、どうやって××致すのであろうか(^^?;)」な点がすごーく気になってくるのだったdash
実際見てみると、冒頭からヒロインの風呂での○○場面が出てきて、エロさ回避しません宣言がなされるのである。

彼女はロクに姿も見てない(オスかメスかどうかも不明)囚われの半魚人を、積極的に自分から誘う。どうして誘うかは不明である。
もっとも、相思相愛的雰囲気になってからは純愛モードになる。しかしドタバタの脱出劇の行く末は、グロと暴力となるのだった。

ハンディキャップを持つヒロインを助けるは同僚の黒人女性、隣人のゲイの画家、ソ連のスパイ。対する敵役は--M・シャノン演じる男は、かつて彼が『ボードウォーク・エンパイア』で演じた捜査官をそのまま持ってきたようなヘンタイ野郎である。

冷戦下の時代だから軍の陰謀やスパイ話が出てきても不思議ではないが、マイノリティの問題を入れて、「美女と野獣」だけでなく「人魚姫」や「シンデレラ」、あるいは往年のミュージカル映画の数々(ヒロイン名は『マイ・フェア・レディ』?)など様々な要素を散りばめて、さらに全体の雰囲気はJ・P・ジュネ(&キャロ)っぽいという荒業は見事なもんである。よく出来ていると感心した。

しかしながら、納得できない点が多々あり、感心もいささか薄まってしまう。
そも冒頭から一瞬しか見てない半魚人を誘惑しようとしたのか描かれてないし、同僚は彼女から××したと聞いても全く驚かないし(いくらなんでも少しぐらい驚くんじゃないの)、半魚人は終盤では全知全能の神様みたいになっちゃうし……だったら最初からその力発揮しろよと思っちゃう。
風呂の場面もなんだかわざとらしくて白けてしまった。S・ホーキンスがやはり出ていた『パディントン』でも似たような場面があったが、参考にしたんだろうか。まあ、雰囲気は全く異なるけど。
それから、川で捕まったのになぜ塩が必要なのか(?_?)という案件もありましたな。
おとぎ話って、別にいい加減な話ということじゃないよな。なんだか、B級物語をA級の技術で描いたみたい。

というような事情で、今一つ素直にノレなかったのだった。
もちろん、役者の皆さんの演技はA級。段々キレイになっていく主役のサリー・ホーキンス、手話で必死に喋る所は迫力だ。
オクタヴィア・スペンサーは定番の「善意の隣人」ならぬ「善意の同僚」役だが、ここまで来ると立派な職人芸である。M・シャノンのヘンタイ悪人も職人の技であろう。

さて、もう一つこの映画は「美人でもない中年女の性欲を素直に肯定している」ということでも評価する意見がある。
しかし、ひっくり返して考えてみると美人で若くてキラキラした女の子shineがヒロインだとして、そんな娘さんが風呂の中で○○したり半魚人を誘惑したり、どこかへ行っちゃう……などという話を許容できるだろうか。よーく考えてみて欲しい。

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2018年4月16日 (月)

「スリー・ビルボード」:ファイア・パトロール 非のない所に看板は立たぬ

180416
監督:マーティン・マクドナー
出演:フランシス・マクドーマンド
イギリス・米国2017年

町はずれに立つ、3枚の古く巨大な赤い看板。そこにレイプ殺人の事件捜査が遅々として進まぬことへの警察批判が掲げられた。怒り発心annoyで広告会社に依頼したのは、被害者の母親である。田舎町は大騒動に……。
こりゃ面白そうだ。おまけに映画賞に幾つもノミネートされ、二人の役者はアカデミー賞大本命(私が見た時点では。その後受賞した)。詰まらないはずがないnotes

しかし、期待は裏切られたのだよ(ーー;)

極端な設定で話を次々と展開していくのはいいけど、いかんせんわざと過ぎるところが目立ちすぎませんか(^^?)

署長はあんなにマメに手紙を書いたんだから、ついでに新聞社に「今回の件は彼女と関係ありません」ぐらい送ってやれよ。→主人公、さらに窮地に。
犯罪者でもない人を一人窓からブン投げてお咎めなしの警官。いや、これは米国のド田舎は実際そんなもんかも(>y<;)コワー
そしてブン投げられても許す男。ここは感動的場面と決まっている。
さらに改心する男。ここも上書きで感動だ。
突然の鹿登場。抒情的場面(やはり感動)。

それから火事……私は『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス』の冒頭で、小枝グルートが踊ってる場面を思い出して笑ってしまった。だって、あれで気付かないって不自然じゃないのsign02 あと「裏口はないのか?」とも思っちゃった。

監督脚本は英国人の劇作家らしいが、わざと不自然なほどに極端な設定をした上で、それをひっくり返すような行動をさせたり、異なる一面を見せれば感動が生まれる--というのが彼の作劇術なのかね。

まあ、自分の性格&体質に合わんものを見てしまった(+o+)ということで仕方なかろう。
それでも役者の方々の演技は立派。主役のフランシス・マクドーマンドと「悪い警官」役のサム・ロックウェルがオスカーを手にしたが、特にマクドーマンドの後ろ頭の剃り上げがスゴイshadow 触ればジョリジョリと手に刺さりそう。
ルーカス・ヘッジズが真面目な息子役で地味ながら登場。実はこの子が一番とばっちり受けてんじゃないの?という印象だった。


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2018年4月 9日 (月)

「デトロイト」:ミッドナイト・モーテル 暴動の響き

180409
監督:キャスリン・ビグロー
出演:ジョン・ボイエガ
米国2017年

おお、久しぶりの社会派バリバリのドラマだ~shine--と期待して映画館に駆け付けたのだが、それは全くの見込み違いであった。

1967年に起こった黒人暴動を背景に行われた警官3人+警備員1人による事件。多くが存命中の各人の証言を元に復元(?)されているので、不明瞭な部分は不明瞭なままなのである。裁判沙汰になったのだから、ウッカリしたことは言えないだろうから曖昧になってしまうのは仕方ない。
ただ、映画の方も不明瞭になってしまっては元も子もないのではないか。

例えば、警備員(黒人)が持ち場から離れて、犯罪の舞台となったモーテルまで行ってウロウロしていたのはなぜなのか。いくら暴徒を警戒するったって、やり過ぎでは(?_?)と思っちゃう。

それから白人警官たちが発砲事件尋問で行う「死のゲーム」も謎である。これはそのモーテルにいた全員が発砲を見たという仮定でなければ成り立たない。
早い話が、たまたま「死人」役の男が実は単独で隠れて発砲してたのだったら、他の者は何も知らないのだから、長い時間かけて幾ら脅しても無駄である。
となれば、このゲームは単にその場にいた住人たちをいたぶるためにやっていたに過ぎないのでは?……というような当然の疑問については、この作中では言及されない。
「玩具の銃」についてもよく分からない。

煮え切らない証言をそのまま再現した映画は、煮え切らないままに終了するのである。
別に唯一の「正解」を求めるわけではないが、「えーと、あなたのお考えではどうなんで?」と作り手側に聞きたくなっちゃう。

さもなければ、これは尋問に合った黒人たち(+白人女性2人)の理不尽な恐怖だけを観客に体験させるものなのであろうか。だとしたら、社会派風に見せるのはやめてホラー映画だと言っていただきたい。

ただ、尋問場面をウリにするには前半が長過ぎだった。
それと群像劇の形を取っているが、視点が分散し過ぎてとっちらかっている。心情を描くのは歌手だけにしといた方がよかったのでは?

過去に見たビグロー監督の作品(「ハート・ロッカー」「ゼロ・ダーク・サーティ」)いずれもやはりおなじ印象を受けた。
どうも、ビグローとは相性がよくないようだ。

日本ではアカデミー賞候補確実flairと見込んで時期をずらして公開したようだが、残念ながら全く候補に入らなかった。そもそも米国では全くオスカー狙いではない早い時期の公開だから無理だったろう。
「悪い警官」役のウィル・ポールターは助演男優賞にノミネートされてもよかったかも。でもサム・ロックウェルと役柄がかぶっちゃうから、どのみちダメだったろうね。


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2018年3月12日 (月)

「残像」:戦争に勝ち革命に裏切られ権力に負けた

180312
監督:アンジェイ・ワイダ
出演:ボグスワフ・リンダ
ポーランド2016年

アンジェイ・ワイダ渾身の遺作は、ポーランドの画家ストゥシェミンスキの最後の数年を描くものだ。
この画家は第一次大戦で片手、片脚、片目の視力を失ったという。その後、画家としての名声を得て、第二次大戦終了後は大学で美術を教えている。面白そうな授業が、短いながら描かれる。

しかし、そこへソ連の影が覆い始める。アトリエの窓に赤い旗が降りてきて、部屋が真っ赤になってしまうのは極めて印象的な場面だろう。
アヴァンギャルドな抽象絵画を描く彼に大学は共産主義を賛美するリアリズム作品を求めるが、それは到底無理な話だ。かくして、展示室から彼の作品は外され教授の職もクビになってしまう。無職では配給切符も貰うことができず食料も絵具も入手できない。
支える教え子たちも逮捕されたりして周囲から去っていく。

誠に陰々滅滅とした展開といえよう。ラストシーンに至ってはさらに追い打ちをかけるようだ(> <)
半身を国家に捧げたにもかかわらず、最後はこの仕打ちである。体制の如何を問わず、権力が個人をやすやすと叩き潰せるのを容赦なく描いている。
画家の人生に託して監督自身を描いているからだろうか、何やら恨みの感情がヒシヒシと伝わってくるのであった。

もっとも、娘(中学生ぐらい?)が登場するエピソードはまた別の色合いを見せていた。母と共に別居していた少女は体制に順応して生きているが、父親の愛人の存在にはガマンできない。まあ、娘としては仕方ない反応かと思うが、彼は笑ってやり過ごすのである。(正直、この娘の存在をどうとらえたらいいのかよく分からん)

ラストのクレジットの背景には彼の作品の色鮮やかなコンポジションがアニメ化されて、躍動的に動く。しかしバックに流れる曲は陰鬱だdown

芸大の講義で、彼はゴッホの絵のスライドを見せながら「絵画とは認識である」と語るのが面白かった。そして「人は認識したものしか見ていない」とも。
そういや、将棋の藤井四段(当時)は中学校で、なんで美術を勉強しなければならないのかと質問したそうだが、こういう風に答えれば良かったかもね(*^^)b


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2018年2月13日 (火)

「少女ファニーと運命の旅」

監督:ローラ・ドワイヨン
出演:レオニー・スーショー
フランス・ベルギー2016年

ドイツ占領下のフランス。親元から離れて暮らすユダヤ人の子どもたちの施設が摘発される。鉄道で逃亡を図るが、大人とはぐれてしまい子どもだけでスイス国境を目指すことになる。ほとんど放浪状態である。

子どもばかりが画面の大半を占める作品だが、極めてシビアな話だ。途中で様々な大人たちと出会っては別れる。密告する神父もいれば、親切な農夫もいる。

子役がうまくて感心。また、年齢ごとに微妙に異なる行動や反応をうまく演出で描き分けている。
同じく実話で、やはり親とはぐれたユダヤ人の少年を描いた『ふたつの名前を持つ少年』を思い出した。当時、こんな風にさまよったユダヤ人の子どもが多かったのであろう。

小さい子が「ユダヤ人って悪いの?ならやめちゃえばいいのに」と無邪気に質問する場面がさりげなくツラい。

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「静かなる情熱 エミリ・ディキンスン」

180213
監督:テレンス・デイヴィス
出演:シンシア・ニクソン
イギリス・ベルギー2016年

名前だけは有名だが、日本では今一つポピュラーとは言えない米国女性詩人の生涯を描く。最も米国でも評価されたのは死後だったとのこと。事件らしいことはほとんどなく内省的な日々をひたすら綴るものだ。

19世紀の清教徒的な生活とはこういうものかと思った。夜、詩を書くのも父の許可を得なければならない時代ならば、家に引きこもるのも自分の魂を守るためであろうか。

ただ「静か」過ぎるのが難。会話の切返しの繰り返しが続く場面が多く、そういう意味では「退屈」かも。観客の中にさかんにあくびするオヤジがいた。
また、見ている場面が何歳ぐらいの時なのかという説明がなくて分かりづらかった。

主演のシンシア・ニクソンは自ら望んでいた役柄ということで、まさに静かなる熱演であった。


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