映画(タイトル「サ」「タ」行)

2026年9月24日 (木)

「ジェイムズ・ブッカー 愛すべきピアノ・ジャンキー」:○○○の貸し借りは友情の証し

260924 監督:リリー・キーバー
出演:ジェイムズ・ブッカー
米国2013年

片目で黒人でゲイでヤク中アル中統合失調症--という天才ミュージシャンの生涯をたどるドキュメンタリーである。
しかしそもそもなぜ彼がなぜ片眼を失ったのかというところから、うさん臭い諸説が飛び交う。

半ば伝説化している人物だが、怪しい伝聞よりも確かなのは残された演奏映像を見れば誰もがその天才ぶりに納得するだろう。まあでも、天才の常とはいえこんな人物が身近にいたら大変だ。
彼はクラシックからジャズ、ブルースなどあらゆるジャンルを横断するというより、全て自分の「音楽」にしてしまうのがすごいと思えた。
ニュー・オーリンズというごった煮な土地だからこんな天才は生まれたのだろうか。

ただ、唯一の問題は私はどうも彼の音楽をあまり好きではないという事なんだよね。ブルースっぽい弾き語りはいいんだけどさ……。


笑ったのは、彼が病院へ行かなきゃならないのにパンツ履いてないっ!(ズボンではなく、文字通り下着のパンツ)困ったというので、彼の友人が「よし、俺のを貸してやるよ」と自分が履いているのを脱いで渡そうとしたという話。そんなんありか?

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2026年9月21日 (月)

「トイ・ストーリー5」(字幕版):たとえ「∞」になろうとも

監督:アンドリュー・スタントン
声の出演:トム・ハンクス、ティム・アレン
米国2026年

遂に5作目に突入……だが「蛇足」とまでは言わないけれど「スピンオフ」とか「番外編」という言葉が頭をよぎるではないか。
いわばお茶っ葉を出して出し尽くした後にまだ「もう一杯いけるかなー」と急須にお湯を注いでみる印象である。出がらし感ありまくり。

今回の主役はジェシー。今いる家の少女ボニーの部屋に新たに子ども向けタブレットが導入される。オールドなおもちゃたちは見向きもされなくなってしまう。この新たな危機に際し、前回で野良生活を始めたはずのウッディが戻ってくる。
で、復帰したのはいいけれど、ヤツはいてもいなくても同じじゃね(^^?と思えるのはどうしたことよ。バズに至っては中身空っぽ度がさらに増して一体どうなってるのかと思わざるを得ない。

ボニーと良い友達になれそうな少女を見つけたジェシーはなんとか二人を結びつけようとするが……別にお見合いの仲人じゃあるまいし、そんな必死にくっ付けようとしなくてもいいんでは?などと次々と疑問が湧き上がってくる展開だ。
そして彼女の過去の持ち主が思い出され、今度は泣かせにかかってくるという次第。
でも一番面白かったのは常連よりも、物置に打ち捨てられたトイレット・トレーニング用の玩具(スマーティー・パンツ、一応デジタル?)のトリオだったな(^O^)

後半は猛烈な追いかけっこもあり。そのあたりは見ごたえあったが、全体的には異性愛規範が強過ぎな話--というのは最近のディズニー作品はみんなそうだから仕方ないけど、女子がみんな結婚式を夢見るかどうかはビミョーである。
内容としては子ども向きというより親世代が見るのにふさわしいものだった。ちょうど「1」を若い頃に見た世代が親になって、身につまされるような印象である。
ともあれ「5」が大ヒットしたから「6」「7」も行けるぜ、となっても仕方ない。もちろん期待はできず。飛べなかったバズが遂に飛べちゃったんだからもはや語るべきこともないだろう。
ランディ・ニューマンの音楽もあまり出て来なくて寂しい限り。もう交代の時期でですかね。

トイレット・トレーニング用の玩具なんてものが存在するとは知らなかった。米国ではポピュラーな物なんだろうか?

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2026年9月12日 (土)

「シンプル・アクシデント/偶然」:愛国者は誰か

260911 監督:ジャファル・パナヒ
出演:ワヒド・モバシェリ
フランス・イラン・ルクセンブルク2025年

去年のカンヌでパルムドールを獲得。メデタイ!
とはいうものの、このパナヒ監督の新作はこれまで常にあった苦くて脱力系のユーモアが中盤には出てきはするが、全体的に見れば影を潜めていると言えるだろう。

かつて不当に投獄された男が収容者たちを虐待した看守を偶然に発見する--といっても目隠しされていたからそいつの顔は分からない。だが、主人公は衝動的に捕まえて監禁してしまう。でも本当にその看守本人なのか??
で、監禁はしたけれど……かつての収容所仲間たちを巻き込んで街中をウロウロしたり、なぜかその人物の家族を助けたりする羽目に。その合間にイラン社会の不条理や滑稽な面が描かれるという次第だ。

やがて結末に向けて徐々に過去の苦悩やトラウマが蘇り、そして「殺すか生かすか」への葛藤へとなだれ込む。
しかしそのように葛藤することこそが善人の証し。悪党だったら悩まないだろう。
固定したカメラの前で繰り広げられる終盤のシーンはあまりに苛烈な批判に満ち、その恐ろしさに私は震え上がった。
「こ、こんなものを撮ったら国は許さない……」

パナヒはこの映画の公開キャンペーンで欧米を回っていたようだが、帰国したら収監されるというのは分かっていたそうな。だから帰国せずに国外で映画を作り続けるという手もあったのではないのか--と部外者は勝手に考えたりして。
しかしパナヒはそれを承知で戦下の故国へ戻っていった。まこと彼こそ「愛国者」というべきであろう。

ところで街中のロケシーンが多くてそれはゲリラ撮影をしたらしい。ということは花嫁姿の女優さんを見て「結婚おめでとう」と声をかけた人たちは勘違いした本物の通行人だったのかな?

アカデミー賞脚本賞・国際長編映画賞ノミネート。日本の公開時には来てくれなくて残念であった。
平日の昼間とはいえ、観客がやたら高齢者ばかりで(しかも映画館に慣れていない)久々の「岩波ホール」状態だった。

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2026年7月23日 (木)

「そして彼女たちは」:兄弟仲良く映画を作る、手本は

260723 監督:ジャン=ピエール・ダルデンヌ、リュック・ダルデンヌ
出演:バベット・ファベーク
ベルギー・フランス2025年

あまり期待しないで見たが、ダルデンヌ兄弟は腐っても(腐ってないけど)ダルデンヌ兄弟であった。

映画の舞台は様々な問題を抱えた若い母親のための施設だ。どのくらい若いかというと未成年で、多くは家庭に問題があり母親とは仲が悪いか疎遠である。あるいは薬物依存などの問題を抱える者もいる。
そもそも自らの家族や自分自身について不全感を抱いている。なにせ彼女たち自身がまだ子どもなのだ。途中で母親の一人の年齢がハッキリ分かる場面があって、その未熟さも当然と納得してしまった。
自らも母親となってもなお「母親」を追い求め渇望する。

そんな十人十色の若過ぎる母親たちを群像として描くが、その筆致はあくまでも静かで落ち着いたものだ。遠からず近からず説教臭さもなく淡々と見据えている。

作中で二人の両極端で対照的な「祖母」が登場するが、その祖母役、若い俳優たち、施設のスタッフ役、いずれもドキュメンタリーかと思わせる演技だ。
加えて赤ん坊たちの「演技」には驚いた❗ 赤ん坊が機嫌よく無邪気に笑っていて、それ故に涙を誘う場面があるけれど、どうやってそんな場に即した反応を引き出せたのだろうか。謎である。
ダルデンヌ爺たちが「はいここで笑って。眠って。泣きわめいて~」などと指導しているのだろうか--などと想像して笑ってしまった。確か赤ん坊専門のトレーナーみたいな人がいるんだっけ(^^? さもなくば、本物の母親が背後にいて笑わせたりとか。

それて、これまた「何とかして欲しい邦題シリーズ」である。
英語タイトルも「若き母親の家」で地味だけどさ。少なくとも内容を的確に表してますよ。
カンヌ映画祭で脚本賞授賞。

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2026年3月28日 (土)

「センチメンタル・バリュー」:ア・ハウス・イズ・ノット・ア・ホーム

監督:ヨアキム・トリアー
出演:レナーテ・レインスヴェ 、ステラン・スカルスガルド
ノルウェー・ドイツ・デンマーク・フランス・スウェーデン・イギリス2025年

結論から言ってしまおう。私のような俗っぽい人間には高踏過ぎた😑 まあ見る前から予想はできたことだけど……。
過去に妻子を捨てた映画監督の父親、演劇の道を歩む姉娘、堅実に穏やかな家庭を築く妹。しかし、母親の葬儀に父が顔を見せたことから日常の小さな波紋が大きな波へと変わる。

姉は才能ある舞台俳優として主役を務めているが、開演直前に逃走しようとして皆が必死で止める。こういうのはコンサート関係では聞いたことがあるけど、演劇でも同じなんですかね(^^? 代役置いといたりしないの?
かつて巨匠と呼ばれた父親が十数年ぶりに映画を撮ろうとして娘に声をかけるのは、才能の枯渇を補うためとしか思えない。しかも映画の内容は自分の母親についてなのだ。当然、娘は断固拒否する。

演劇や映画好きにはハマる題材である。役者たちの好演、慈しむような映像、時折挿入される騙しカット。家から綴られる家族の歴史。既成曲の使い方も印象的だ。
この作中映画がネトフリ作品という設定なのが面白い。よくロゴの使用を許したものよ。

だが、この手の話では年老いた父親と娘が登場して「娘」の方が折れる(父を理解してやる)というパターンが多いのはどうしたことだろうか。そもそも父親と息子とか、母親と娘というのはあまり記憶がない。
偉大な映画監督の母親が突然現れて疎遠な息子に向かって「あんた映画に出て」とか言ったら、どうなるだろうかね。
ということでどうにも気に入らなかったのだった。主要な俳優4人がアカデミー賞候補になったけど、それほどのものかとも感じた。「家」は美しかったけどさ。

アカデミー賞国際長編映画賞獲得、8部門ノミネート。カンヌ映画祭グランプリ。


映画のモデルと俳優という点では互いに食うか食われるかという関係で、非常にバカバカしくて毒々しい『メイ・ディセンバー』みたいなのが気に入っている(感想は書いてない)。

また横暴な父と子ども(きょうだい)の関係を描いたものでは『白い刻印』というのがあった。もう20年近く前に見た映画なので詳しくは覚えてないのだが。
顔ぶれはジェームズ・コバーン、ニック・ノルティ、ウィレム・デフォーという恐ろしいもの。コバーンのコワい親父の重圧に、互いには正反対(長じて警官と大学教授になる)ながら手を取り合って耐え忍ぶ兄弟。その子ども時代が間接的に描かれる。もはやトラウマである。
本作が物足りなかった人には上記2作をオススメしたい。

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2026年1月20日 (火)

「世界一不運なお針子の人生最悪な1日」:道が幾つあろうとも

監督:フレディ・マクドナルド
出演:イヴ・コノリー
米国・スイス2024年

今年初映画館行きはこの作品だった。題名長すぎで覚えられないのは困ったもんであるが、評判を聞いて面白そうなので行った。

車もろくに通らぬ山中の路上で倒れている男二人、投げ出された白い粉と怪しいカバンあり🆘 仕事中にそこを通りかかった出張裁縫屋(?)の娘はいかなる行動を選ぶのか。
冒頭で早々に三つの選択肢とその後の顛末がそれぞれ示される。さて、どうなるよ--というものである。

軽妙で若干コミカルなタッチで展開するかと予想していたが、そういうわけではなくウツな母親エピソードや強圧的でコワ過ぎる父親が登場したりして、見ているとグツグツ煮詰まっていくような気分になるのだった。
とりわけ第3部はイヤ~な部分が長過ぎて「まだ終わらんのかな」なんて思っちゃった。スイスの山中、あまりに無法地帯過ぎる。恐ろしいねえ(><;)
発想は面白いけど、それに乗っかり過ぎでは? イヤミスが好きな人には推奨。

宣伝文句には「武器は針と糸だけ」とあるが最終的に主人公の役に立ったのかどうかは見てて微妙であった。

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2025年12月24日 (水)

「ジャグラー/ニューヨーク25時」:走る父権

監督:ロバート・バトラー
出演:ジェームズ・ブローリン
米国1980年

1980年公開作を修復版でリバイバル上映したもの。
えらく一部で評判が高くて見に行ったが、今一つノリ切れなかった。多分、B級アクション風を期待していたのだが実際は違っていたからかな(自分でもよく分からぬ)。ヨーロッパの映画作家の影響を論じている人もいるから、そういう感触のせいかも。

まだ小汚くて騒然としていた時代のニューヨーク、ジョギングする人々が多数行き交う中で(あんな治安が悪い中でみんな走ってるのか?)少女が誘拐される。資産家の娘と間違われたのだ。それに気づいた元刑事の父親が走って追いかける。
走って走って走りまくり、道中には妨害する輩がワラワラと湧き上がっては消える。ゲリラ撮影やったのかと思える生々しく雑多、適当っぽいような臨場感である。同時に彼を助ける人々も突然出現する(その気がなくとも結果的にそうなった者も含む)。

彼が通れば車が壊れ、ドライバーが倒れ、銃撃戦が起こる。犯人よりも主人公が通った後の方が被害が大きいような混乱ぶりだ。その直進の歩みが止まってグルグルと円形の動きになる覗き部屋のシーンが笑える。

映画はこの父親がDV気質を持った男であるのを全く隠さない。こういうところがいかにも時代である。現在だったらこのままではヒーロー不適格だろう。しかし今の世に不満を持っている人間は彼に快哉を送るかもしれないね。
一方、犯人は冒頭から社会への不満を持つ男として登場するが段々と『サイコ』っぽい言動をして、最後にはロリコン野郎へと正体を現す🆘 しかも少女が自己肯定感が低い子どもだと分かるとそこに付け込んでくるいやらしさ。キモイよ~、コワいよ~(~o~;)
彼の主張はまさに排外主義と陰謀論である。今の日本と同じではないか。東京も当時のニューヨークのようになるんだろうか。それとも人口減少で廃墟となるのか。

父親は走って走って突撃して全ての障害を撃破する。その意味ではストーリーと手法が完全一致しているといえる。しかしどうも見終わってスッキリしないのはなぜだろうか。
疾走しまくり突進するその姿に何やら父権主義の香りが漂ってくるからかもしれない。

暴走タクシー運転手役で若いマンディ・パティンキンが登場。
マリアは「若くてキレイなおねーさんを一人ぐらい登場させなくちゃな」枠に思えたが違うかしらん。

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2025年12月20日 (土)

「ズートピア2」(字幕版):蛇皮の男

251219 監督:ジャレド・ブッシュ、バイロン・ハワード
声の出演:ジニファー・グッドウィン
米国2025年

年末最大のお楽しみ作はこれだっ。
前作から約10年も経っているとは信じられねえ。歳月の経過が速すぎだー。もっとも作品内ではわずか一週間後の話になっているんだけど……。

前作では晴れて警官となった真っ直ぐな田舎娘のジュディを、すれた都会派詐欺師のニックが引っ張り回すという感があったが、今作は逆転してジュディの爆走にニックが引きずり回されるのであった。

動物たちが暮らす楽園「ズートピア」--といっても爬虫類はいない。その理由はなぜなのか?という謎の根源に二匹がドタバタと転がり込んでいく。
平等と共生の理想と見えた国家の成立の背後に、暗い策謀と差別の影が存在するとはよくぞ描いたものである。感心したっ。

とはいえ次から次へと事件が起こって既に序章だけで情報量いっぱい。ここまで詰め込まなくても……と思うがぜいたくな悩みであろうか。字幕版だから余計に目が追い付かない。老化してきた脳ミソにはスピードが速すぎである。上映時間が長くないのはいいけどさ。
おまけにパロディもたくさん入っているようだ。「ようだ」というのは自分ではほとんど分からなかったせいで、「カールじいさんの杖」とか出されても覚えてないわい。一方、なぜそこで『シャイニング』😦などと驚いたりもする。

それにしてもあの市長、ラストの「豹変ぶり」は調子が良すぎないかね。それとまだ事件が片付いてないのに、長々と二人(二匹)の関係について自省の会話をしているのはいかがなものか。
ジュディのドレス姿かわいかった。特に耳が丸まってるところ(*^^*)
既にパート3も並行して作っているって本当か? まあ、どうせまた見に行くけど。

すっかり忘れていた前作のリアルタイム感想を貼っておく。
最初のうち日本ではそれほど評判がパッとしなかったところや、ニックがエラい人気だったことなど。

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2025年12月 2日 (火)

「スプリングスティーン 孤独のハイウェイ」:明日なき迷走

監督:スコット・クーパー
出演:ジェレミー・アレン・ホワイト
米国2025年

私がかつて買った(リアルタイムで💦)スプリングスティーンのアルバムは「ザ・リバー」と「ネブラスカ」の2作だけである。現在はファンというわけでもなし、スプリングスティーンの映画をやると聞いた時に見ようかどうか迷っていたが、まさにドンピシャでその時期の彼を描いているということで、これは見ねばなるまいと行ってきた。

アルバム「ザ・リバー」の成功、ツァーも終了で新作への期待が周囲で高まっていく中、彼が地元の町に戻って一人で家に住む。--のだが、私なんか「こんな大きな家で一人で暮らすって、料理作ったり掃除したりって誰がやってるのかしらん」などと余計なことを考えてしまうのだった。
それはともかく、出来上がったのが最初は雑なデモテープのつもりでソロでカセットテープに録音した「ネブラスカ」だった。音質がひどいこの録音に彼は固執してそのままアルバムにすると主張をし、録音スタッフに無茶を押し通す。まさにスタジオの調整卓をガシャーンとちゃぶ台返しせんばかりの強引さである。

「ネブラスカ」と言えば内容は暗い😑つらい⚡苦しい💀の三連発。ロックが巨大産業化した時代だったから、アコースティックで暗~い内容のアルバムを出すのはただ事ではなかっただろう。おまけに宣伝もツァーもしないと主張する。
その背景には彼の精神状態の問題があったということが明らかになってくる。

マネージャーのジョン・ランダウ(ランドー?じゃないのね)の献身が非常に大きく、彼が変な医者を連れてきたり、儲けをかすめ取ったりするような悪徳マネージャーじゃなくて本当によかった(^^)
少年時代の家庭の不和については知らなかった。それは成長してからも彼の行動や対人関係に影をもたらす。

主役のジェレミー・アレン・ホワイトは素ではとてもブルースに似ているとは思えなかったのだけど、映画で見てみると表情や動作が当時の彼ににそっくりで驚く。さらに終盤で魚の死んだような目つきで登場した時は、役者とはすごいもんだなと感心してしまった。
マネージャー役のジェレミー・ストロング好サポートであった。

ただ全体的には「女無用の男たちの絆」っぽい面があるようにも思えた。うがち過ぎであろうか。
監督のスコット・クーパーは音楽ものでは『クレイジー・ハート』(未見)を作った人だそうだが、私が最近見たのは『荒野の誓い』『ほの蒼き瞳』という歴史ものばかりだったので意外に感じた。
「ネブラスカ」がマリックの『バッドランズ』に影響を受けた場面が描かれているが、それよりも『狩人の夜』が大きく取り上げられていたのは驚いた。
R・ミッチャム扮するあの恐ろしい悪党が自分の父親に重なって見えるとは、そりゃ正気ではいられないはずである。

なお作中で使用していた4トラックの録音機はティアック、カセットテープがマクセルである。今は昔の日本オーディオ産業の最盛期ですかね。

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2025年11月25日 (火)

「罪人たち」:悪霊の盆踊り

監督:ライアン・クーグラー
出演:マイケル・B・ジョーダン
米国2025年

♪チャンチャカチャンチャン♪
夜更けに勝手口からゴミ捨てに外へ出ると、威勢のいい音が聞こえてくる。
「盆踊りの練習か?」
いくら町はずれとはいえこんな時刻である。一体どこのどいつがやっているのか。つい音のする方向を覗き込んでみると……。
「で、出たぁ~👻」
あわてて家の中に戻りドアをピシャリと閉めて鍵をかけた。


時は1932年、第一次大戦で従軍していた黒人の双子の兄弟が、シカゴでヤバイ金を稼いでミシシッピの故郷に戻ってくる。そこで酒場をやろうと友人縁者を誘って準備を着々と始める。
さらに二人の若い従兄弟は厳格な牧師の息子ながら才能あるギタリストで、彼にも声をかけるのだった。

そもそも、いずれの宗教かを問わず厳格な信仰の下では酒と並んで音楽は正気を失わせるものでありタブーとなっている。そこに悪魔が付け入るスキがある。
気付けば死ぬまでに聞き終えることができるのか分からないような巨大CDボックスセットをポチってしまい、後悔してももう遅い。届いた箱を運び入れ、置き場所をなんとか見つけ出しては一安心し、また新たな獲物を探して--。
ん? そういう話でははない(>O<)

音楽🎵酒🥃ダンス💃が時空を超えて炸裂し、なぜか吸血鬼はびこるホラー話へとつながっていく。コワいものが登場するが、全て音楽がらみなのが面白い。そして差別と搾取の深層へと誘う。
その、時代が入り乱れるダンスシーンにまず目を奪われるが、民族対抗歌&ダンス合戦にも驚いた。「ロッキー・ロード・トゥ・ダブリン」には笑ってしまった😇

ホラーは苦手なので見ててギャーと叫びたくなり、座席の上で落ち着かず逃げ出したくなった。しかし最後にはなんだか悲しくなってしまった。仲間はいなくなり、肉親とは絶縁し、壊れたギター握りしめて、それでも故郷を捨てて行くしかない。悲しいではないですか。そしてその背後には音楽の悪魔が存在する。
それにしてもよくこんな話を考えたものよ。監督・脚本のライアン・クーグラーには驚かされた。

双子役でマイケル・B・ジョーダンはファンには二倍増しのサービスか。ギターを弾きまくる若者役のマイルズ・ケイトンは才能あり。その他意外な人物のゲスト出演も。
この時代の音楽的背景についてはP・バラカンあたりに話を聞きたいところだが、でもホラーは見ないだろうな……。

 

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