つらい職場特集・スポーツ界編「ボストン1947」
1936年のベルリン五輪マラソン競技で不本意ながら日本国籍の「孫基禎」として金メダルを獲得したソン・ギジョン。その時、ユニフォームの日の丸を隠したという理由で引退させられてしまった。しかも記録は「日本代表」のものなのである。戦後、コーチとしてボストンマラソンで若手選手を韓国として優勝させるまでの彼の復活譚をドラマチックに描いている。監督は懐かしや『シュリ』の人だ。
戦前の部分は日本人からすると冷汗をかく場面が出てくるかと思ったが、導入部として短めに通り過ぎた。コーチとなって途中までは選手発掘や資金集めの苦労を中心に人情路線多めの感動話となっていて、やや下世話な感じの展開である。庶民の貧しさの描写が半端ない。
ボストンマラソンへの出場を目指したものの、当時の韓国は米国占領下であり、初めは占領軍の支援を得られず資金もなし、困難に見舞われる。
ようやくボストンにたどり着いたら、今度は占領下なのだから星条旗を付けろ、さもなければ出場できないと言われてしまう。クリアすべき壁が次から次へと現れる。
そもそも日本が植民地化したことが原因でこんなことになったわけだが……(> <)
終盤のマラソン本番場面は予期せぬほどの迫力だった。手に汗握る立派なスポーツものである。ロケ地にオーストラリアが上がっているけど、当時のボストンの街並みはCGかな? とはいえ多数の見物客などレース復元には金がかかっている。
学生役の若者にまじって走った「先輩」役のペ・ソンウ(役は35歳だが実際は51歳だったらしい)はご苦労さんでした。
見ていて、国家・国旗・国歌とスポーツの関係についてつらつら考えさせられた。
ジョージ・クルーニーが監督した、戦前の大学ボート部がベルリン五輪に出場する映画『ボーイズ・イン・ザ・ボート』では弱小大学なのでやはり資金が集められず、裕福な伝統校に妨害されるというエピソードがあった。スポーツもカネと権力次第なようだ。
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