映画(タイトル「ナ」「ハ」「マ」行)

2017年3月 5日 (日)

「ブルーに生まれついて」「MILES AHEAD/マイルス・デイヴィス 空白の5年間」:吹く前に吸え!

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「ブルーに生まれついて」
監督:ロバート・バドロー
出演:イーサン・ホーク
米国・カナダ・イギリス2015年

「MILES AHEAD/マイルス・デイヴィス 空白の5年間」
監督:ドン・チードル
出演:ドン・チードル
米国2015年

誰でも思わず比較してしまうこの2本、同時期に活躍した有名なジャズ・ミュージシャンを取り上げたものである。生涯を描く「伝記」形式ではなく、特定の数年間を切り取って描く手法も似ているという--。偶然としたら驚きだが、製作年が同じなのでどちらかがパクったということもなさそうだ。

「ブルー~」はイーサン・ホークがトランぺッターのチェット・ベイカーになり切り演技している。
チェットは主演映画を撮ろうというぐらいに人気はあれど、クラブで先鋭的な演奏を繰り広げるマイルスを聞かされるとどうも分が悪い。
おまけにヤクがらみの暴力沙汰で顎を骨折して楽器を吹くこともできない羽目になる。

が、捨てる神あれば拾う女あり。役者志望の女性が現れて彼を支える--はずであるが、彼女は架空の存在ということだ。その後ラブロマンスと再起の物語が展開する。
ラストはミュージシャンの業を感じさせるものだ。素晴らしい演奏ができるのなら、十字路で悪魔に魂を売ることぐらいなんだというのか。かくして愛に背を向けて再び破滅の道へ進むのであった。
このラストには思わず涙目になっちまったい(/_;)

ただ、実際のチェットはどーしようもない人間だったみたいで、ここに描かれたエピソードは彼の音楽のイメージにふさわしく、かなり甘味にコーティングされたもののようだ。
楽器の演奏は現在のミュージシャンが吹いているそう。
納得いかないのは、父親から「オカマのような声で歌う」とケナされた高音の歌声なのに、イーサン・ホーク自身が普通の声で歌っている点だ。ぜひとも再現してほしかった。


「マイルス~」の方となると、ストーリーはもっとハチャメチャだ。実際にあった活動休止の「空白の五年間」に何があったのか、を明らかにするという趣向。その時盗まれた新作テープを探して、銃を振り回し車で追跡劇をしたり暴れたりするアクションもどきになっている。
珍道中のお供は落ち目の音楽ライター(ユアン・マクレガー)であるよ。

主演のドン・チードルに至っては監督・製作も担当というのめりこみ振りだ。
実際にあったマイルスの逸話の断片がちりばめられていて、ファンならより楽しめるらしい。そのせいか客席の9割が中高年男性だった。
トランペットの演奏は実際のマイルスの録音を使用。ラストは時間を超えたセッションnotesとなり、歳取ったH・ハンコックやW・ショーターと《ドン・チードル》マイルスとの夢の共演が繰り広げられる。音楽担当のR・グラスパーも嬉しそうに参加していた。(ついでながらベースの女性がカッコ良かったshine

「ブルー~」との共通点をあげると、特定の期間を取り上げていること以外に、
過去の回想が錯綜する。
妻の活動(こちらはダンサー)を妨害する。
主役のなり切り度高し。
事実をあえて変えている部分も多い。
共演者の支えが大きい。ユアン・マクレガーはユーモラスでいい味出している。「ブルー~」では妻役のカーメン・イジョゴ(「ファンタスティック・ビースト」の議長役でしたな)が非常に魅力的で、評価5割増しにしたくなるぐらい。
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どちらもミュージシャンとその音楽が生み出す、ファンの妄想をそのまま映像にした印象だ。
例え、事実と違ってもどうだというのだgoodと開き直っているようである。確かに、ファンの数だけミュージシャン像は存在するのだろう。


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2017年2月12日 (日)

「ヒトラーの忘れもの」:君よ知るや地雷の国

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監督:マーチン・サントフリート
出演:ローランド・ムーラー
デンマーク・ドイツ2015年

第二次大戦終了時、デンマークから敗走するドイツ軍が220万個もの大量の地雷を埋めていったという史実を元にしている。この数は他のヨーロッパの国よりも桁外れに多かったそうだ。
そして、その地雷の除去作業を捕虜となったドイツ軍の少年兵にやらせたpunchというのもまた実際に起こったこと。当然、ジュネーブ条約違反だ。その事実を知る人はデンマーク国内でも少なかったという。

とある海岸で4万個の地雷除去を命じられた数十名の少年たち、その監督に現われたのはドイツを憎む中年の鬼軍曹だった。食料も少なく爆死者も出る中で少年たちは故郷に帰りたい一心で砂の中を這いずり回る。

誠に不条理かつ殺伐としている。観客がふっと力を抜いた瞬間を見透かすように起こる爆発bomb いつ起こるか、次に誰がやられるのかとドキドキしてしまい、安心して見てもいられない(>_<)
それでも作業は続けなければならぬ。終了すれば故郷へ帰れるのだから。
軍本部の少年兵いびりも情け容赦ない。--といっても、少し前までは敵軍の兵士だったのだから致し方ないとはいえる。

一方で、軍曹は専門家が来るのかと思っていたら、素人の少年兵が来たんで内心とまどっている。その憎悪と優しさの間を揺れ動く演技が非常にうまい。

また舞台となっている海岸や草原が荒れて果ててはいるが美しい。その風景に比例するように、感情を表に押し出すのではなく、悲惨な話ではあるが全体にアッサリ味で描いている。
音楽も大仰なオーケストレーションを使わずにシンプルな音数の少ないものだ。

さて、ラストはそれまでの光景とは全く正反対の場面が現れる。色彩にあふれ、人物はこれまでにはなかった全く異なる行動を取る。

しかし果たしてこんな結末が可能なのだろうか。主人公の軍曹にそんなことができるとは思えないし、できたとしても彼がその後に無事ではいられないだろう。むしろ、これは主人公の幻想ではないかとさえ思えてしまう。

いや、それよりもこれはデンマーク人である監督(脚本も兼ねる)がこうであったらよかったのに、という願望を込めた場面だったのではないか。そんな風にさえ見えた。
思わず涙が出た(v_v)

それにしても自国の隠された黒歴史を堂々と描く精神には感服であるm(__)m
唯一の難点は邦題だろう。「忘れもの」というホンワカ感spaが内容に全くそぐわない。

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2017年1月15日 (日)

「ベストセラー 編集者パーキンズに捧ぐ」:書いても書いてもまだ足らぬ

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監督:マイケル・グランデージ
出演:コリン・ファース、ジュード・ロウ
イギリス2015年

フィッツジェラルドやヘミングウェイを担当した編集者が主人公--で、タイトルから推測すると、彼の功績を描いているのかと思ってしまう。しかし、見てみると「ベテラン編集者が見た天才作家の真実」みたいな物語である。もちろん実話ベースだ。ちなみに原題も「天才」である。

その天才の名はトマス・ウルフ。主人公のパーキンズは彼の分厚い持ち込み原稿を受け取り、その才能を確信し、添削校正(とにかく長いんで)して世に送り出して成功する。
若い作家と彼は疑似親子のような関係になり、自宅に呼んで食事したりするが、天才の常として奇矯で人付き合いは悪く、傍若無人でズケズケものを言い、トラブルを呼ぶのであった。

そもそも原稿を持ち込んできたのは、ウルフの愛人バーンスタイン夫人なのだが、彼女の立場が今一つ分かりにくかった。演劇の衣装デザインをやっていて、彼女の夫とは別居中(?)、ウルフと同棲しているということか。しかも、パーキンズとウルフの仲の良さに嫉妬して狂言自殺を図るほど執着しているのだ。
ニコール・キッドマン扮する彼女はいささか亡霊っぽくて怖い(>y<;)、『ツィゴイネルワイゼン』の大谷直子を思い出した。

ウルフが主人公や「世間」と関係がぎくしゃくしていく経緯の描写に付き合っていると、この映画は事前に予想してた「感動系」では決してなく、シビアで重たく感じるのであった。
そのせいか寝ている人多数sleepy

既にその世界で評価を得ている人物が、特殊な背景を持つ若き天才を引き上げる--というのは、ある種の定番なのか。私は見ていないがほぼ同時期に公開された『奇蹟がくれた数式』も似ているようだ。

パーキンズは実際にいつも帽子をかぶっていたそうで、この映画でも職場どころか自宅、さらにパジャマ姿になってもかぶったままである(!o!) ベッドでもかぶってるんかしらsign02などと疑ってしまった。
それ故、彼が唯一帽子を脱ぐ場面は感動的なはずなのだが、むしろわざとらしく思えた。監督は芝居の演出をやっていたそうだが、一つのモノに象徴的な意味を与えて扱うのは舞台では有効でも、映画だとやり過ぎになるかも。

米国の国民的作家の話なのに、なぜか主人公の妻役のローラ・リニー以外は英国かオーストラリア出身というのはどうしたことよ(+o+)……と思ったら、そもそも英国製映画なんですね。
押しのジュード・ロウ、引きのコリン・ファースといった印象の二人の演技合戦は一見の価値はある。

ガイ・ピアースのフィッツジェラルドが、書き過ぎなウルフとは逆に「今日も一行も書けなかった(T_T)」「『ギャツビー』はほとんど売れなかった」などといつも情けなくボヤいているのには笑ってしまった。

ウルフの小説の一節は作中に出てくるが、どうもあまりに詩的というか装飾過剰過ぎて読みたいとは思えない。昔、英文学の授業で「小説の文体はヘミングウェイが登場して劇的に変わった」という話を聞いたのを思い出した。そういう端境期だったのだろうか。


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2016年11月 6日 (日)

「ニュースの真相」:裏取り一秒、誤報一生

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監督:ジェームズ・ヴァンダービルト
出演:ケイト・ブランシェット、ロバート・レッドフォード
オーストラリア・米国2015年

2004年に米国で起こったブッシュ大統領軍歴詐称疑惑報道が実は誤報だった、という事件を映画化したもの。

CBSのニュース番組で決定的証拠となる文書を入手、裏取りをしてベテラン・ジャーナリストのダン・ラザーが報道するが、ネットで怪しいと炎上して騒ぎになる。

結果的にスタッフのほとんどはクビになってしまう。この騒動をケイト・ブランシェット扮するプロデューサーとロバート・レッドフォードのダン・ラザーを中心に描いている。結局のところ、最初のイチャモンで炎上した案件は言いがかりだったことが判明するのだが、もはや後の祭りであった。ただ、裏取りが不完全だったこともまた事実である。

原作はプロデューサーのメアリーが事件1年後に出した暴露本とのこと。主人公は彼女の方で、決して私は間違ってはいなかったという主張を貫いている。
実の父親に対し複雑な感情をもち、ダン・ラザーは彼女の父親代わりのような立場であった。幸福とは言えない家庭に育ち、強い意志を持ちながらも人間的な弱さをチラチラと見せるブランシェットの演技はやはりうまいfujiの一言だ。
ついでながら、後ろから支えてくれるダンナさんもエエ人やな~。

クビになっても報道陣としての矜持は捨てぬ<`ヘ´>という強い意志を示す終盤に、スター二人の共演を見に来た中高年層(客席のほとんどを占めていた)は、感動の涙を流していたのであった。
確かに感動的だったが、当時の事件を直に知っていると「おお、あの背景はああだったのか」と、新鮮だったかも。
TVドラマ『ニュースルーム』第2シーズンはこの事件も参考にしていたのかな(^^?)

退役軍人でニュースのスタッフという役をデニス・クエイドが演じていた。久しぶりに見た気がする。彼も一時期、トップスターの一人だったのだが……。

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2016年10月 1日 (土)

「ハイ・ライズ」:中層階の男

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監督:ベン・ウィートリー
出演:トム・ヒドルストン
イギリス2016年

J・G・バラードの原作をトム・ヒドルストン主演で映画化thunderとなれば、見に行かずばなるまいよ。ただし原作未読です(^^ゞテヘヘ

50階建ての高層タワーマンション。中にスーパーマーケット、ジム、プールなどがあり、職場に行く以外は自給自足状態となっている。そのまま階級社会の縮図であり、上階には富裕層、下の階は低所得層が住んでいる、という分かりやすい状態だ。
美しい庭園がある最上階に住む設計者にしてオーナーは神の如くであり、さらに周辺に同じようなマンションを幾つも建てて「世界」を構築しようと考えている。

原作は70年代中ごろに書かれ、この映画でも時代設定はその時期になっている。
医学者の主人公はちょうど中間の25階に引っ越してくる。下層階では電力不足が起こったり、プールが使えなかったりして不穏な空気が漂い始める。一方で上階では退廃的なパーティーが開かれ、彼は見下された扱いを受ける。(そこで給仕として働いているのは、彼よりさらに下層の住人)

オーナーからは目をかけられ、上階の住人達には駒のように扱われ、傲慢な美女からコナかけられ、下層の家族からは頼られる存在の主人公は、オールラウンドな人気(?)があるが、その内奥は虚ろのようだ。
スーツに身を固めたトム・ヒドルストンは、いかにもバラードの世界にピッタリのよう見える。

とはいえ、終盤近くで彼がこのマンションの「備品」だと他の人物から評されるセリフを聞いて、そうか彼は備品だったのか(!o!)と私は今さらながら驚いた。どうせだったら、セリフでなくて実感させてほしかった。
むしろ彼は危ういシーソーを支える中間の台のように思えた。マンションの秩序の崩壊と共に彼もまた変貌する。しかし、それがあまりに急で途中を端折ったようにしか見えないのは困ったものだ。

階下の粗野なジャーナリストはイヤな奴過ぎて(ルーク・エヴァンスが好演)、そのワイルドな暴力性がマンションの秩序を揺るがすと言われても納得できない。むしろ喜んでバルコニーから放り出してやりたくなる。

かくして何一つ納得できないまま終了するのだった。まあ、70年代っぽい話と言えばそうなのかも知れないんだが……。
トム・ヒドルストンのファンなら見て損しないということだけは確かである。


ところで、この映画のマンションほど高層ではないマンションの低層階に住んでいる者として実態を紹介しよう。上層階に行くほど価格が高くなるというのは事実である。最上階は購入価格がなんと一ケタ違うほどだ。それどころか、同じ階でもベランダから富士山が見えるかどうかで値段が違ってくるのだよfuji

エレベーターを使っていて、高層階のボタンを押す人がいると観察してみるのだが、別に外見では全く分からない(当たり前か(^<^)sweat01
それに低層にはメゾネットがあってここはまた価格が高いので高低はあまり指標にはならないだろう。
で、そのメゾネットに住んでる中年夫婦がまたいつも小汚い格好をして歩いている。どれぐらいかというと、下町の長屋の住人が庭の水やりにちょっと外へ出た--ぐらいの格好なのだ。謎であるsign02
それに停電になったら上階の方がかなり不利じゃないかと思うんだが……。。

それよりも、この映画で一番気になったのはバルコニーから火の付いたタバコやら空き瓶やらボンボン投げることだ。25階からやったら死人が出ます\(◎o◎)/!


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2016年9月25日 (日)

「ミモザの島に消えた母」:母を求めて30年

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監督:フランソワ・ファヴラ
出演:ロラン・ラフィット
フランス2015年

この映画、まったくノーチェックだったのだが、『生きうつしのプリマ』と同じような話でしかもこちらの方が面白い、という他人の感想があったので、気になって見に行くことにした。

妻子に逃げられたばかりの男が、30年前の子どもの頃に亡くなった母親の死を探ることに熱中し始める。あまりに熱中し過ぎて、事故を起こしたり、自分の娘に当たり散らしたり、勘当されたりして、仲の良い妹も引いてしまう。

謎がズルズルと出てくるのでサスペンスが盛り上がるというわけではない。メリハリないので長く感じてしまう。その間、主人公は母が死んだ別荘のある島を行き来しつつ、暴走したりカンシャクを度々起こすので見てて疲れてしまった。

謎が明かされた後は、兄よりも妹の方が激昂するのは意外だった。彼女もまた兄同様に何か感じていたのか。

家族というものの悪いところと良いところをコワく描いている、と言えるだろう。特に、とある人物の本性が分かる件りは家族不信になりそうだ。
そういう所を含めて、確かに『プリマ』とよく似ている。
父親が母について秘密を持っていて隠している。子どもがそれを探る。そして、男性の肉親同士のケンカ(身体的なpunch)がある。--という点まで一致するのだ。
ただ、タッチは全く異なるので言われてみないと気にならなかったかも。

で、どちらが面白かったかというと……うーむ(=_=)どっちもなあ、というのが結論であった。

妹役のメラニー・ロランは人気がある人なのか? チラシや広告では写真が大きく使われているが、時間的にはそれほど登場するわけではないのでご注意。


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2016年9月11日 (日)

「ブルックリン」:大西洋に掛ける二股

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監督:ジョン・クローリー
出演:シアーシャ・ローナン
アイルランド・イギリス・カナダ2015年

アカデミー賞の数部門にノミネートされて、日本でも評判がよかったので行ってみた。
アイルランドの田舎町に暮らす若い女性が、このままではロクな働き口もないということで、教会の斡旋で母と姉を残してニューヨークへ渡る。
そこで高級デパートの売り子となって働くが、どうも自信を持てない毎日が続く……。

時代が同じでニューヨークのデパート、ということで『キャロル』と似た所がある。さりげない衣装に力の入れ具合とかも。

やがて葬式があっていったん帰郷することになる。その頃には、ヒロインはもう有能な働き手として自信をつけ、洗練されたファッションをまとっている。もはや故郷は狭い田舎町に過ぎない。

そこに現われたるはエエお屋敷の息子shine かつては彼女を鼻にも引っかけなかったが今や積極的にアプローチしてくる。二枚目で屋敷付き庭付き、親は他所へ引っ越す予定、という超優良物件goodである。
ニューヨークに彼氏はいるが、心揺れるのであった。

身もふたもない言い方をすれば、二股愛ということになる。そこだけ見れば、ヒロインはずるいということになるが、ニューヨークでの変化などに描写を割いており、若者の成長譚としても見られる。

お屋敷の息子を選べば階層を上に昇ることができるし、ニューヨークのゴチャゴチャした街並みに比べ故郷の自然は美しい(海岸の描写に対比されている)。
しかし、無学なイタリア移民の息子とはいえ、働き者で誠実な青年も捨てがたい……って贅沢な悩みであるよ(~_~メ)

しかし、ニューヨークの彼氏はヒロインが帰郷する直前に結婚届を出していたのはヨカッタ。男の鋭い勘かthunder そうでなかったら、彼女はズルズルと故郷に残って結婚してしまったに違いない。いくら待っていても故郷から戻ってこないので、彼が金をためてアイルランドに渡って迎えに行った頃には子どもまで出来ていた(!o!)--という事態になっていただろう。

それから、雑貨屋のオバサンの言動に田舎の意地悪さと偏狭さを見るという意見があったが、本当に意地悪だったら本人に言ったりせずに、お屋敷の母親に直接ご注進するものだ。
「息子さんが付き合ってるあの娘、とんだ食わせ物みたいよ~)^o^(」なんちって。

個人的にもう少し、若い女性の生き方で悩む的な部分が多かったらよかったと思った。いくら評判が良くても自分のガラに合わんものを見てしまったのは失敗だったようだ。

ヒロイン役は『つぐない』の子役だったのか。立派な女優さんになりました。

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2016年8月29日 (月)

「ミスター・ダイナマイト ファンクの帝王ジェームス・ブラウン」:金にしまり屋でも音楽は錦

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監督:アレックス・ギブニー
米国2014年

泣く子も黙るJBの生涯をつづるドキュメンタリー。ただし、音楽面と社会運動との関わりに焦点を絞っていて、家族など私生活の面はほとんど出てこない。

ライヴ映像と当時の関係者のインタヴュー、そしてもう少し下の世代のファンや評論家のコメントから構成されていて、その編集には無駄もスキもなくタイトに進行する。
しかも、功績と共に暗黒面が忌憚なく描かれていて容赦ない。

そこから浮かび上がってくるJB像とは--天才の苦労人(だから努力しないヤツは認めない)、ライヴでの演奏には厳しい、金には吝嗇でメンバーの支払いをケチり、他人を信用せず、政治的には公民権運動からやがてニクソン支持の保守派へ、というものである。

暴動を抑えたという、キング牧師の暗殺直後の伝説的ボストン公演はもちろんハイライトになっている。その彼がなぜ共和党支持に回るのか、という経緯もちゃんと解説されていた。

音楽面では、待遇に文句を言ったM・パーカー兄弟をそっけなくクビにし、ブーツィ・コリンズ達を雇う。その背景には、ホーン中心からエレキギター・サウンドへ転換するという計算があった。
しかし、B・コリンズは当時二十歳前だって? 才能のある奴というのはスゴイもんであるなあ。

伝記映画の『ジェームス・ブラウン 最高の魂(ソウル)を持つ男』と比べると、劇映画とドキュメンタリーの映像の文法の違いが分かる。

それと、伝記では子ども時代を過ごした親戚の売春宿がちゃんとした木造の家だったけど、実際の写真を見ると掘立小屋みたいであったよ……。


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2016年8月28日 (日)

「ファインディング・ドリー」(字幕版):忘れても好きな人(魚)

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監督:アンドリュー・スタントン
声の出演:エレン・デジェネレス
米国2016年

『ファインディング・ニモ』の続編。あれから1年後の物語である。しかし、現実では前作から13年経過しているのだった。13年と言えば、当時の小学生がもはや二十歳過ぎ……。
私も歳を取るわけだ_| ̄|○
思い返せば『ニモ』に感動した私はネット(当時はパソ通dash)で絶賛しオススメしまくったのだが、「見たけど面白くねえわい(`´メ)バーロー」みたいな反応が返ってきたのも今ではいい思い出である。

それはさておき、冒頭いきなり現れる子ども(というか子魚)時代のドリーが非常にカアイイtulip あのやかましいオバサンみたいなドリーが、昔はこんなに可愛かったとはとても信じられん。
そんなことを言ったら、私だって小さかった頃は可愛かったのである。ま、誰も信じないけどな(-。-)y-゜゜゜ケッ

発端は、記憶障害のドリーが突然に両親のことを思い出し探索の旅に出る。もちろんマーリンとニモの父子も付き添っていく羽目になるわけだけど、いきなり人間に捕まってお魚の病院兼水族館みたいな所へ……。

前作は「親離れする子ども」と「子離れしなくちゃいけない親」の葛藤の物語で泣けた。今回は、親を探すドリー←を探すマーリン&ニモという追っかけの構造に、周囲の様々なキャラクターが絡んで派手なアクションが続く。
魚の世界で完結せずに人間界に大々的に出没するから、やや「トイ・ストーリー」っぽい展開になっている。
その中で、タコのハンクがやはり秀逸。忍者のような隠密技を駆使して、ドリーといいコンビである(^O^) というか、ドリーが地上を移動するには彼と共にいるしかない。うまく考えたもんだ。

ドリーは「誰かの助けがなければ何もできない」と叫ぶ。そういや登場人(魚)物のほとんどは何らかの障害やトラウマを抱えている。当てはまらないのはマーリンかドリーの親ぐらいか。
しかし、そのドリーも自覚せずに他人(魚)を助けているのだ。……そんなことが頭の中に浮かぶ前にアクションはサクサク進んでいくのであった。
クライマックスのトラックが落ちる場面は解放感にあふれている(バックに流れる歌notesもピッタリ)。

旅で自信を得たドリーを、ラストでマーリンはいささか眩しげに見る。そこには厄介者の同居人(魚)ではなく、対等な仲間への信頼感が滲んでいるのだった。

とはいうものの、全体的にはさすがに『ニモ』の完成度には至っていない。残念であ~る。
エンドクレジットの後には前作の懐かしいキャラクターが登場する。一年間あのままだったのか(^^?)

さて、また続編があるとしたら(13年後か?)今度は「マーリンを探して」ということになるだろう。つまり、年老いてボケ症状で徘徊し行方不明になったマーリンをみんなで探すとゆう……なんかヤダ(ーー;)

字幕版を見た後に、昔録画してあった『ニモ』を見直してから今度は地元のシネコンで吹替版を見た。
なんで二回目見る気になったかというと、最初見た時に前の席に背の高い男が座って、しかもそいつは30秒おきぐらいに手を上げて、頭のてっぺんの髪をいじる癖があったのだよ(!o!) その度にスクリーンが四分の一ぐらい隠れてしまい、最初の数十分間気が散って集中できなかったからだ。(結局、仕方なく席を移動した。空いててヨカッタ)

ギャグ場面は字幕版の方が笑えた(特にアシカ)。泣かせ場面は吹替版の方が上だった。再会の場面なんかチョビっと泣いちまったいsweat02 さすが、ベテランの声優さんたち巧いんである。
子ドリーの吹替は字幕版よりも年齢低い子を使っているのかな? すごく幼くてカアイイ度が増heart02である。
総じてこのシリーズは他のピクサー作品より吹替点が高い(マーリンの声はオリジナルとイメージ違うけど)。ただ「八代亜紀」はかなり疑問である。いくらなんでもカリフォルニアに八代亜紀はいないだろ(~o~)ってな感じだ。

今回、『ニモ』を再見してみてやはり面白いと感心した。
マーリンがウミガメの親子に、自分とは全く違う子育てを見る。その後に、クジラの中で彼がドリーに対しガミガミ怒った揚句につい息子の名を呼んでしまい、ハッと気づいて一瞬絶句してしまう件りなど、本当によく出来ている。

ということで『ニモ』を未見の人には是非見るようオススメしたい。ま、人それぞれだから結果はあくまでも「自己責任」でお願いしまーす。

併映の短編は、同じく海ものwave 海鳥の親子が登場するが、これがほとんど実写と区別がつかない映像なんである!すごいflair かろうじてヒナ鳥の眼に浮かんで見える愛嬌に、アニメっぽさを感じるぐらいだ。ぬれネズミになってプルプルしているヒナがこれまたカアイイです(^^)
音楽担当がエイドリアン・ブリューというのにもビックリ。

『ドリー』の方の映像で大変だったのはタコの動きや表現とのこと。そのためスタッフに愛着があるのか、エンドクレジットでもハンクが色々と出没してましたな。
それにしても、海の学校は楽しそう。私もエイ先生のヒレに乗って遠足に行きたいぞっと。

【付記】
十数年後に公開されるであろう「ファインディング・マーリン」の内容を予想してみた。
マ「ニモ!どこに行ってたんだ探したぞ」
ニモ「何を言ってるんだ。行方不明だったのはパパの方だよ。また徘徊してたんだ」
ニモ嫁「近所中探したんですよ、お父様」
マ「おや、この若い娘さんは誰かな?」
ドリー「あーら、マーリンたら私より物覚えが悪くなっちゃったのねー」
かくして老マーリンは遂に自ら旅立つ!その先は果たして老魚ホームか、それとも……。
十数年後の公開初日、先着500名様に釣り針付きストラップを進呈します。

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2016年8月12日 (金)

「マネーモンスター」:金と共に去りぬ

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監督:ジョディ・フォスター
出演:ジョージ・クルーニー、ジュリア・ロバーツ
米国2016年

ジョディ・フォスターが監督shineジョージ・クルーニーとジュリア・ロバーツ共演fuji--というだけで、映画ファンの大半が釣れてしまうのではないかという一作。
しかし、その中身は……というと、「TV番組が乗っ取られた~っ」という設定の割には緊張感も衝撃もあまりなかった。

二枚目だがいかにも軽薄っぽい経済番組キャスターにクルーニー(ダンスも披露notes)、堅実なキャリア一筋のディレクターにロバーツというキャスティングはよくハマってて、二人とも熱演である。だか、いかんせん展開がヌルい。

キャスターの言葉を信じて全財産を失った男が、生放送中に銃と爆弾を持って乗り込んでくる。それだったら、もっと大騒ぎになるんじゃないのか。TV局の重役やらオーナーやらが出てきてもよさそうだけど、現場レベルで全てが決定されてしまうのは謎である。
だって下手したら「殺人生中継on」になっちゃうんだよ。

途中からキャスターが「共犯」になってしまう件りは展開として面白いけど、それだったらもっとサスペンスをガンガンimpact盛り上げるか、さもなくばドタバタお笑い路線で突撃すべきだったのでは(^^?)と思った。
その後は二転三転するわけではなし(株価暴落の謎解きはあるけど)、さりとて風刺的なわけでもなし、見てて困ってしまった。
クルーニーとロバーツいいコンビだな、という感慨のみ残るのであった。

投資の話は『マネー・ショート』よりも分かりやすかったような気がする。(単に気のせいかも……(^_^;)


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