映画(タイトル「ナ」「ハ」「マ」行)

2020年6月21日 (日)

「ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密」:真実を吐け!

200621 監督:ライアン・ジョンソン
出演:ダニエル・クレイグ
米国2019

お屋敷で起こる不可解な老作家死亡事件!果たして自殺か他殺か。怪しい奴には事欠かぬ--てな具合で始まる。クリスティー風本格推理ものと思わせて、遺産をめぐる醜い肉親間の争いへ突入する。差別丸出しな言動も頻出だー。

D・クレイグ(好演)の探偵が真実を解明した後も二転三転、見てて気が抜けねえ~。
一癖二癖ある個性豊かな登場人物たちを役者が楽し気に演じているのもよい。途中でやはり文庫本によくある人物リストが欲しくなった(^^ゞ
個人的にはドン・ジョンソンの「うだつの上がらないムコ」感が絶妙だった。

殺された老作家は果たして善人なんだろうかと見てて疑問に思った。結構意地悪いし、子どもたちがあんな風に育ったのは、父親にも責任があるんじゃないの(?_?)

本格推理ものってどうしても理屈っぽくなって映画に向いてないと思っていたのだが、これは合間にサスペンス風味が入り社会問題もチクチクと来て、という技ありでよく出来ている。
同じ探偵でシリーズ化を希望したい。ただ、単に原題をカタカナにしただけの邦題は何とかしてほしい。

それと、この映画を筆頭に(?)「若い女が吐く」場面が出てくる作品が以後続いた。なんなのだ💨

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2020年6月 2日 (火)

「マザーレス・ブルックリン」:猫をもっと出せ

監督:エドワード・ノートン
出演:エドワード・ノートン
米国2019年

エドワード・ノートンによるハードボイルド風味のサスペンス。主人公は探偵社で働き、障害を持っているが同時に探偵向きの才能を持っているというのが特徴。
探偵もので原作が1990年代なのを1957年に移したらしい。なので、もっとフィルムノワールっぽいかと思ったら全くそんなことはなかった。
意外にもカラフルで健全な印象。ロバート・フランクだと見ていたら、結局ソール・ライターだったというような……。

登場人物が多数でカタカナ名前が飛び交って頭が混乱(老化現象か)。小説だとページ戻って確認できるが映画館上映ではそうもいかない。そんなこともあって退屈ではないけどかなり長過ぎに感じた。
で、陰謀は結局どうなった?

見ものは豪華助演陣である。マナコ👀をぎょろつかせるウィレム・デフォーに、モロにトランプなアレック・ボールドウィン、寄る辺ない主人公のボスにして父親代わりはブルース・ウィリス。トランペット吹いている(陰で)のはウィントン・マルサリス。挿入歌はトム・ヨークだ。

ソール・ライター風だけあって映像は美しい。ニューヨークの街並み、デフォーのアパートの下の帽子屋など。
なおニューヨーク公共図書館で新聞記事の写真を切り取るシーンがあるが、良い子はもちろん悪い子も真似してはいけません(一一")

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2020年5月24日 (日)

「プリズン・サークル」:罪と罰の狭間

200524 監督:坂上香
日本2019年

島根に新しい半官半民の刑務所があり、そこだけで唯一行われている犯罪者更生プログラムを取材したドキュメンタリー。
「初めて日本の刑務所にカメラを入れた」という惹句が誤解を招くかもしれないが、主題は刑務所ではなくあくまでもプログラムの方である。特別な刑務所だから許可が出たというのはあるだろうけど。

そもそもそのプログラムは、坂上香監督の過去作『ライファーズ 終身刑を超えて』が取り上げた米国のアミティという更生プログラムを参考にしたものなのだという。監督は半信半疑で取材に行って実際に見てビックリしたらしい。(この映画もプログラム参加者に見せていたそうな)

参加者は数十人だが、その中の若者4人を2年間かけて取り上げている。詐欺の受け子のような比較的軽い犯罪から傷害致死まで様々だ。
少女は夜明けに夢をみる』では厚生施設の少女たちがみな顔出ししているのに驚いたが、こちらでは受刑者の顔にはボカシが入っている。個々のインタビューの時間が長いのでどうなるかと思ったがそれほどの支障はなかった。

最初「傷害ならともかく窃盗のどこが悪いかわからない、自分もやられたし」と語る者や、プログラムが始まった頃に「まあ、こんなもんかな」といい気なことを言っている者がいて、なんだコイツ~(-_-メ)などと見てて怒りがわいてくる。
ところが課程が進むうちに、変わっていく。
犯した犯罪を「許したい自分」と「許せない自分」の二つ立場から語る課題では、段々と自分が許せなくなってくる。また、グループの中の一人の犯罪について、他のメンバーが被害者や迷惑をこうむった家族の役を演じて問いかけ語りかけるというのもあった。
これで双方の立場を理解する助けになる。

受刑者に時間と費用をかけてそんなプログラムを受けさせる必要はないという意見もあるだろう。しかし、これが無ければ刑期を終えて「どこが悪いかわからない」という認識のまま社会へ戻ってしまうのを考えると、この試みが必要なのを感じる。
一方で研修スタッフ(若い人もいる)がちゃんと支援しているのも驚いたり……。形だけ真似すると学校のグループ学習みたいになっちゃうよね。

4人に共通しているのは子どもの頃の家庭内の虐待と学校のいじめである。まるでセットになっているようだ。それからここへ来るまで、他者に自分の話をまともに聞いてもらったことがないというのも。
インタビューを見ているとかなりハードで、段々と自分の中にも何やらモヤモヤしたものが立ち昇ってくる。
「退屈だった」という感想を見かけたがいただけない。エンタメ映画じゃないんだぞ💢

同じ坂上監督の「ライファーズ」見逃しているんで見てみたくなった。(『トークバック 沈黙を破る女たち』の感想はこちら
なお「初めて刑務所にカメラが……」という件だが、かなり以前にTVでたまたま九州(?)かどこかの刑務所に取材したドキュメンタリーを見たことがあるので違うのではないでしょうか(^^?
その刑務所内にはなんと近くの公立中学校の分校があって、希望すると学べるというのだ。さらに特別に卒業式にも出席できるというのである。

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2020年5月20日 (水)

「フォードvsフェラーリ」:サーキット萌ゆ

200520 監督:ジェームズ・マンゴールド
出演:マット・デイモン、クリスチャン・ベイル
米国2019年

公開時絶賛の嵐だったので大いに期待して、近所の映画館でやっているのにわざわざ音響のいい都心のシネコンまで見に行った。
が……どうも私にはあまり合わなかったようだ。なんだか判然としない部分があまりに多すぎる。

タイトルだけ見るとフォードとフェラーリが産業界の覇権争いで激突か💥、予告を見ればカーレースで対決か👊みたいな印象だが、実際にはフォード内部の抗争(権力争い?)に終始する。
だが、その抗争の肝心の部分は何やらモヤモヤして曖昧模糊、きちんと描かれていない感が強いのであった。

社長にいつも取り入っている副社長が、レースで看板を背負っている主人公の二人をいつもいぢめるのは何故なのか。他のチームを贔屓にしているからか、二人を取り立てたのが対抗派閥のアイアコッカだからか?
一方、アイアコッカは最初だけ動くけど、後は立ってるだけで何も関わらない。ストーリー上はいてもいなくても変わらない存在である。

演技のうまい役者がいっぱい出てきて、友情やら愛情やら敵対やら人間関係はよく描かれているものの、その背景や理屈の説明はない。だからその関係自体に萌えられる人はいいが、そうでない人は何を見ているのかよく分からなくなる。
クルマやカーレースについてもやはり重要なところが欠けているようだった。これは私がその方面に無知だからか。

戦争映画を例にしてみよう。
気まぐれなエラい将軍がいてその下に将校たちがいてなんだか勢力争いがあるようだ。で、とある小隊の兵士二人が主人公なんだけど、大佐が嫌がらせしに来たかと思うと中佐は差し入れしてくれたりして、その理由はよく分からない。
部隊にはもっと他の兵士がいるはずなのだが、中心の二人以外は一人ぐらいしかまともに出てこない。
そのうち戦闘が始まってもう大騒ぎ、砲撃はドンパチ来るし銃弾はビュンビュンとかすって、音も映像もすごい迫力で見ててウワー⚡ってなる。
でも、作戦自体の経過はどこがどうしてどのように優勢だったのかはよく分からないし説明もない。ただ「勝敗が決まった(!o!)」と盛り上がった姿が描かれるのみ。
こういう調子で終始する。

あと、マット・デイモン扮する技術者が謎。相棒のレーサーといつもじゃれ合っているが、彼の奥さんに正対することができず、家の外の道路に停車して黙って待っているという始末。そのくせ街中を偉そうに轟音立てて車を走らせるとゆう……中学生ですか(^^? 実話だからそういう人物だと言われればそれまでだが。
しかも映画の作り手はこのような行動を微笑ましいとして好意的に描いているようだ。奥さんに彼らを寛容に見守らせているのはその証拠であろう。なんだか「男だけの世界」にすると女気皆無だから、とりあえず妻も入れてみましたみたいに感じるのはうがち過ぎか。

というわけで、わざわざ遠くで追加料金払って観た意味はあまりなかったのである。絶賛評が多いので、一人ぐらいこういう感想でもいいよね。

相棒役のクリスチャン・ベイルは、難しそうな人物をいつも強風のために折れ曲がったまま傾いて立っているカカシのように飄々と演じていて感心した。オスカー候補落選は残念無念。


観る前から「アイアコッカいわく~」というのが口癖の、TVドラマの登場人物がいたよなあ……とずーっと思い出そうとして思い出せず。見終わって1時間した頃にようやく頭にポッと浮かんだ。
『マイアミバイス』のうさん臭い情報屋だ!

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2020年5月11日 (月)

「パラサイト 半地下の家族」:ハイヤーグラウンド 高望みの芝生

200511 監督:ポン・ジュノ
出演:ソン・ガンホ
韓国2019年

2020年前半最大の話題作(あらゆる意味で)なのは間違いないだろう。カンヌからアカデミー賞まで各映画賞にノミネート&受賞、字幕作品の韓国映画としては珍しく米国ではランキング入り、日本でもロングランのヒットとなった。(コロナウイルスの影響で新作が公開されなくなったせいもあるが)

これまでダルデンヌなど貧困や格差問題を取り上げて映画祭で高評価をされても、いざ公開となると実際に見るのは少数の観客だけということが多かった。
しかし、これはエンタテインメント性もほぼ完璧というところが異なる。特に前半の「順調」感が突然転調して、後半の展開が予想できない方向に暴走していくところはお見事。
しかも細部に潜んでいるメッセージが色々と読み取れるので、観た後に色々と語り倒したくなる。映画マニアからそうでない一般客までそれぞれウケる要素があったといえよう。

様々な面からの感想や批評が出ており、特に格差問題については多数論じられているので、ここでは三者の「家長」について見てみたい。「父親」としたいところだが、全員が「父」かどうか不明(作中で言明あったかもしれないが、一度しか見てないのでよく覚えてないので(^^;)こう書く。

この三者は全員とも災難に遭う。それぞれに立場も階層も境遇も異なり、善人ではないがことさらに悪人というわけでもない。ある者は家長の務めを果たそうと無理をしているし、また頑張っていても頼りなくうまく行かなかったりする。
まずロクな職に就けず劣悪な環境の住居に住む半地下一家が、高台の豪邸に潜り込もうとするのが前半に描かれる。

資産家の住む邸宅は元々高名な建築家が設計して自ら住んでいて、亡くなった後に彼らが購入したという設定である。建築家に仕えていた家政婦はそのまま続けて雇われている。
ここで思い出すのがヒッチコックが映画化した『レベッカ』である。広大な屋敷に後妻として来たヒロインを脅かすのがコワい家政婦長だ。彼女は屋敷と一体化している。
一方、こちらの家政婦はちょっと天然ぽい資産家奥さんを適当にあしらいつつ、背後で操っているように見える。内心ではこの家にふさわしい住人たちではないと思っているのを、半地下息子が訪れた時に仄めかす。

本来は邸宅にふさわしくない、いるべきではない、しかし留まろうとする家族たちの間に目に見えぬ争いが起こりつつある。結果、それぞれの家長である男たちは家族から切り離されて消滅する。
皮肉なことに後からやってきて邸宅の住民となるのは完全に異質な外部の者である。彼らは闘争の対象とはならない。
もはや「家長」たる「男」はいない。果たして家をめぐる欲望が彼らを「家長」たらしめていたのか、それともその逆なのか。

半地下住居から脱出してまともな家に移るという一家の父の計画なき計画はついえた。それでも息子だけは父の「計画」を引継ぎ、邸宅の住人となることを夢見る。だが『家族を想うとき』の父親同様に家の獲得をかなえることはもはや不可能に近いのだ。

家や部屋が人物描写に重要な要素を占めている映画は近年多いが、単に雰囲気の描写ではなくテーマにまで深く関わっているのはあまりない。これはその数少ない一つだろう。
『レベッカ』で観客の前に立ち現れるのは陰鬱なゴシック調屋敷だが、こちらは明晰なモダン建築である。現代のホラーはこういう場所を背景にして生じるのか。

元々は演劇として構想されたという話を聞いたが、なるほどステージ上に全ての舞台を展開したら面白いかもしれない。そう言えば役者たちの演技も舞台仕様でアンサンブル的である。

それにしても辛辣にして冷徹、加えて毒に満ちている。笑いの要素がありエンタテインメントでもあり、だが人物に対して独特の距離感を保つというポン・ジュノ芸が大いに発揮されている。
さらに彼は毎度のことながら料理や食物の描写が鮮やか。『スノーピアサー』を見た時には突如出現したマグロの握り寿司にヨダレを垂らしてしまったもんである。今回も韓国の麺の使い方がうまくて思わず見入ってしまう。私は辛い物が苦手なので、食べたーい(^Q^)というところまでは行かなかったけど。


賞レースではかなりの成績を上げてアカデミー賞でも6部門候補になった。事前の予想では国際映画賞は確実だが、他の賞は無理だろうという印象だった。ところがフタを開けてみれば4部門獲得✨である。こりゃ驚いた。
最初に脚本賞を取った時に、ポン・ジュノは挨拶して次にもう一人の脚本家がスピーチしている間、その背後に隠れるようにしてオスカー像を上から下までジッと眺めていたのは微笑ましかった(^▽^;) 感無量というところか。 ※最初、脚本賞を編集賞と勘違いしたのを訂正。

さらに国際映画賞の次、監督賞の時にはまさしく「気配り受賞スピーチ」のお手本を披露。ここで会場が「え、監督賞まで持ってっちゃうの💦」みたいな雰囲気になりかねないところを、まず「学生の頃はげまされた」と本の一節を引用。通訳(←この人もグッジョブ💡)が英語に訳した後に韓国語で喋りかけるも、すぐに自分のブロークンな英語で「それはマーティン・スコセッシの本です!」と畳みかけると、会場全体がこのベテラン監督に対して総立ち喝采となったのだった。
『アイリッシュマン』で自らの監督賞を含めて10ノミネートされてたのに例の如くオスカー運が悪くて無冠だったのだから、これは嬉しかったろう。

スピーチの続き、今度は返す刀で「無名の時から取り上げてくれた」とタランティーノに感謝を捧げ、残りの二人の監督には「テキサス・チェインソーでオスカー像を5等分したい」とヨイショした。
こういう経緯で作品賞は『1917 命をかけた伝令』が本命と見られていたのを、初のアジア産外国語映画が獲得してもすんなりと受け入れられたと思える。
それにしても韓国作品は短編ドキュメンタリー部門でも候補に入っていたから大したもんである。

しかし、思えばこの時には既にコロナウイルスの影が忍び寄っていた。次回のアカデミー賞のノミネート基準は配信作品に緩くなったし、そもそも次の授賞式が通常通り行えるかどうかさえ分からない。
そう考えると、ステージ上で作品賞受賞に喜ぶ『パラサイト』一行の姿が、コロナ災厄以前の時代の輝かしい栄光の最後のイメージとして焼き付くのかもしれない。

でもきっとポン・ジュノならコロナウイルス後の新たな映画を送り出してくれるはず。今から次回作に期待(^o^)丿

ポン・ジュノ過去作の感想はこちらもあり。
グエムル 漢江の怪物』『母なる証明

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2020年4月21日 (火)

「失くした体」:手は口ほどにものを言い

監督:ジェレミー・クラパン
声の出演:ハキム・ファリス
フランス2019年

これもまたネトフリで配信前に限定公開されたフランス製アニメ。やはり数々の映画賞にノミネート・受賞するなど評価が高く、今年のアカデミー賞の長編アニメーション部門に候補に入った。

事前に、切断された手が「本体」である若者を探して街をさまようというストーリーだというのを聞いていた。だからミステリーがかった物語と思ったら、全く違って青春の悶々を描いたものだった。
「手」がかつての幸福な子ども時代や、家族の記憶、最近知り合った娘のことなど回想しながら、パリの街を横断していく。
移り変わる街の光景は美しく、音響も凝っているのでやはり映画館向き作品といえるだろう。

ではあるが「トイストーリー」ならぬ「手ストーリー」風に展開していき、雑然とした下町の路地などを手が這いずり回る✋ので、もし巨大G虫が登場したら死ぬ~(>y<;)とおののいてしまった(結局現れなかった)。
それ以外にも生理的に耐えぬ場面(肝心の手切断の経緯とか)が多く、そういう意味では配信で見る方がいいかも。フラッシュが点滅して目がチカチカするところもあるので要注意。

そもそも根本的になんで手があんな所にあるのよ~、普通は病院じゃないのか?などと下世話なことを考えてしまった。自分には向いてなかったようだ。

平日昼間のためか、なんと観客は私を入れて2名だった。もっと時期が後、アカデミー賞ノミネート発表の頃だったらよかったかもしれない。

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2020年4月16日 (木)

「ブレッドウィナー」:まぼろしの闘い

200416 監督:ノラ・トゥーミー
声の出演:サーラ・チャウドリー
アイルランド・ カナダ・ルクセンブルク2017年

原作は児童文学(絵本?)。原題の『生きのびるために』のタイトルでネトフリ配信されたアニメを、後になって劇場公開したらしい。
ブレンダンとケルズの秘密』を作ったカートゥーン・サルーンの制作で、監督もそちらで共同監督をやっていた一人である。

主人公はタリバン支配下のアフガニスタンに家族5人で暮らす少女である。戦乱の中で父親は教職を追放、持ち物を路上で売って生計を立てている。ところが父親が逮捕されてしまい、女が一人で外出することもできない社会では生きていくこともできない。
その時、友人が少年に化けているのを目撃する。

今まで水くみにも市場へ出かけるにも罵られ、ビクビクしながら隅っこを歩いていたのが、髪を切って「少年」になった途端に何でもできるようになる新鮮な驚きが綴られる。そして家族のために日銭を稼ぐのだった。

素朴な絵柄は恐らく原作の通りなのだろうが、内容は極めて苦しくシビアである。その中で苦難と闘いつつ幼い弟のために語る民話風の物語が、エンデの『サーカス物語』風に交互に挿入される。こちらは勇気を与える物語だ。切り絵風のストップモーション・アニメになっていて楽しい。

女が自由に生きる余地はないが、男も戦禍に巻き込まれるしかない。主人公に憎悪を向けるタリバンの若者があっけなく戦地に動員されるのはその象徴だろう。
見ていてつらくなるような世界である。
しかしそれでも生きていかねばならない。殺伐とした現実と色彩豊かな民話、それぞれの主人公は試練を生き延びることができるだろうか。

作品の完成度は高く、アカデミー賞をはじめ様々なアニメ賞にノミネートされたのも納得だ。

それにしても、女と子供だけになった一家が生活する手立てが、若い娘が嫁に行くしかないとは(=_=) 嫁以外の家族は付属物のように嫁ぎ先でぶら下がって寝食を確保するのだろうか。やはりつらい……💧

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2020年3月30日 (月)

「2人のローマ教皇」:宿命のライバル対決!ガラスの十字架

監督:フェルナンド・メイレレス
出演:アンソニー・ホプキンス、ジョナサン・プライス
イギリス・イタリア・アルゼンチン・米国2019年

これも『アイリッシュマン』同様、ネットフリックス作品で限定上映されたものである。アンソニー・ホプキンスが生前退位(700年ぶり❗らしい)した前教皇、ジョナサン・プライスが現教皇フランシスコを演じる。

フランシスコはカトリック教会内においては改革派だったのだが、ある日当時のベネディクト16世に呼び出される。後者は複数のスキャンダルが発覚し、批判にさらされていた。
対照的な二人が互いに腹を探り合い、チクチクとやり合ってやがて和解に至るという対話劇である。(実際にはこのような会見はなかったとのこと)
その合間に両者の背景や過去のエピソードが挿入される。反対の立場に立つ二人ではあるが、過去に脛に傷持つ身であることは共通なのだった。
ベネディクト16世は子どもの頃にヒトラー・ユーゲントに所属していたこと。フランシスコの方は自国の独裁政権に協力したことだ。

元は舞台劇ということで、なるほど台詞の応酬が続く。しかし豪華な教皇の別荘やシスティナ礼拝堂(ロケは許可されなくて、セットらしい。予算ありますなあ)と場所を変えるので閉塞感はない。
となれば、当然ふたりの教皇役の演技合戦となる。プライスとホプキンスは各映画祭でノミネート&受賞しただけあって横綱同士の対戦といったところか。
陰と陽、保守と改革、ドイツ対アルゼンチン(サッカー)というように対照的な実在の人物を、オヤジ名優たちの演技を通して垣間見る次第だ。

フランシスコが先日来日した時に赤い法被を着たことがあって「教皇にまで法被を着せる日本ってなに!?」という意見が流れていたが、実際は貰ったらすぐに着てしまうような性格なのだとプライスの演技を見て納得した。
二人はそれぞれ実物にそっくりに似せているらしいが、本物の前教皇は目付きがホプキンスというより「猜疑心に満ちたジョー・ペシ」っぽいような……(ーー;)

演出スタイルについては映画には長し、TVには物足りぬみたいな部分も感じさせた。どちらにしてもネトフリでなくては作れない作品だろう。扱っているのが教会の虐待事件など微妙な内容なのも、商業映画では難しい。

ローマ法王になる日まで』で描かれていた独裁政権下の恐ろしいエピソードが、こちらでも幾つか短いながら登場する。
あの映画ではぼかされていた、彼が管区長から左遷された理由がこちらではハッキリと分かった。それと、若い頃と歳取ってからが正反対の性格に見える理由もである。

さて、『ふたりの女王』ならぬ「ふたりの王女」ではないが、マヤと亜弓が「ふたりの教皇」を演じるとしたら月影先生はどう配役するかな?

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2020年3月20日 (金)

「ふたりの女王 メアリーとエリザベス」:不良女王と呼ばれて

200320 監督:ジョーシー・ルーク
出演:シアーシャ・ローナン、マーゴット・ロビー
イギリス2018年

DVD鑑賞。言わずと知れたメアリー・スチュアートとエリザベス1世の対立をフェミニズム的視点から見て、双方の和解を男たちが足を引っ張り阻んだとする重厚な歴史劇。まさしく「ヒストリー」ならぬ「ハーストーリー」なのだ。
若く奔放なメアリーと老練なエリザベス、両者を並行して描き、二人の対面は一度だけである。実際の撮影でもローナンとロビーはあの場面でだけの顔合わせとのこと。
演技合戦は迫力の一言。衣装やヘアメイクも素晴らしい。

監督が演劇畑の人ということで「なんか芝居っぽい。このまま舞台になりそう」と思ったのは事実だ。対面シーンの演出も舞台風である。映画的かというとちょっと疑問になってしまう(ーー;)
ストレートに見た面白さという点からいえば、同時期の「女王もの」である『女王陛下のお気に入り』の方に軍配が上がる。

邦題は『ガラスの仮面』に登場する劇中劇を意識してるのだろうか? マンガにならって配役するなら、エリザベスが亜弓でメアリーがマヤになるかね。

劇中のスコットランドでのダンスシーンや宴会シーンで使われている音楽は古楽系奏者を使っているもよう。ダウランドの曲が出てきたと思ったけど、なぜかクレジットには出てこなかった。

なお、DVDの特典メイキング映像を見ると、ローナンと侍女役の女の子たちは常に集団でキャイキャイしてて、映画の内容とは逆に周囲の男性陣(キャストとスタッフ)に脅威を与えていたらしい。若い娘っ子は群れるとコワイからなあ(>y<;)

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2020年1月 6日 (月)

「15ミニッツ・ウォー」:バスに向って撃て!

200106 監督:フレッド・グリヴォワ
出演:アルバン・ルノワール
フランス・ベルギー2018年

国際紛争による人質事件という実話を題材にしているのは『エンテベ空港の7日間』と同じだ。が、あちらは戦闘シーンが少なくて詰まんな~い(><)とお嘆きの諸氏諸嬢に、全力をこめてオススメしたい一作である。

舞台は1976年「フランス最後の植民地」💥ジブチで、独立派による小学校のスクールバス・ジャック事件が起こる。ソマリア国境近くにバスが移動し、このままだと子どもたちは殺されるか隣国に連れ去られるか、という事態になる。
そこで狙撃チームが招集され、現地へ急きょ向かうのであった。一同はいずれも優秀ながら「軍隊は規律が厳しくてやってられねえ」というはみ出し者ばかり。

さらに子どもたちを放っておくわけにはいかないと、小学校の女性教師がバスに自ら乗り込むという事態も発生。
しかしフランス本国政府は外交ルートで解決を目指していて、狙撃対が待機していてもなかなかゴーサインが出ない。彼らは緊張の中ジリジリしながら待つことになる。

ここで見てて混乱するのは、フランス軍に「外人部隊」と「憲兵隊」があって関係がよく分からないことである。狙撃チームのリーダーである主人公は元は軍にいたが、今は憲兵隊所属になっている。後で調べたら憲兵隊は半分軍隊で半分警察という組織らしい。

ということで、フランス側は組織ごとにバラバラで、犯人は犯人で隣国からの援助待ちで膠着状態が続く。
ラストはタイトル通りに終盤は期待に違わず怒濤のような銃撃が展開する。ものすごい迫力と銃弾使用量だ。『エンテベ』の時とは逆に、思わず「撃って撃って撃ちまくれー👊」と叫びたくなる。端緒となる狙撃シーンは狙撃兵だとここまでできるのかとビックリ。
一方、いくらなんでも味方にタマが当たらなさ過ぎだろう、とも思ったりした。

隊員一同の私生活の描写がほとんどないのも潔い。もろにサム・ペキンパー風の場面が幾つも登場するが、無常観あふれる後味などアルドリッチっぽさを感じさせるところもある。
ということで、この二人が好きなアクション・ファンは見て損無しだろう。

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