映画(タイトル「ナ」「ハ」「マ」行)

2017年5月 7日 (日)

映画短評その2

170507
★「ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち」
監督:ティム・バートン
出演:エヴァ・グリーン、エイサ・バターフィールド
米国2016年

原作は児童文学のファンタジーかな? ティム・バートン節炸裂impactと言いたいところだが、そういうわけではなかった。
導入部がちょっと長い。主人公の少年がペレグリンの屋敷に入ってから、ようやくおなじみ奇妙奇天烈バートン世界が展開する。

しかし、どうも見た後にスッキリしない。この手の設定が複雑なファンタジーというのは、その枠組みを構築して維持し、それに沿ってストーリーを成立させるだけで大変な労力が必要で、息切れ状態になってしまう。
読者や観客の方は、理解しようとするだけで訳ワカラン状態になるのが常。似たようなのが『ライラの冒険』だった。

で、全体の印象はとっちらかって求心力なし--というところか。よく分からんけど、結局ハッピーエンドってことで終わるのであったfujiメデタシよ。

ジュディ・デンチやサミュエル・L・ジャクソン(悪役なのに迫力なし)はもったいない使い方。パイプをふかすエヴァ・グリーンはカッコ良かったが。
それから、ルパート・エヴェレットは全く気付かなかった。エンド・クレジットを見て、えっあの人物なのかい(^^?)状態である。
少年役のエイサ君が、背が伸びちゃってビックリ。成長期の子はあっという間に変わっちゃうね。
過去の映画のパロディがたくさん出て来てたようだけど、分かったのは『シャイニング』と『アルゴ探検隊の大冒険』ぐらいだった。
遊園地の場面に監督本人が出てたよね)^o^(


★「ラビング 愛という名前のふたり」
監督:ジェフ・ニコルズ
出演:ジョエル・エドガートン、ルース・ネッガ
米国2016年

異人種間の結婚を違法とする法律が1950年代の米国には、州によって存在していたsign03とは驚きだが、それに対して裁判を起こした夫婦がいた。最高裁で勝訴するまでが描かれる。

一貫して夫婦愛だけをピンスポット的に取り上げていて、背景の社会の動き(公民権運動とか)は意図的にカットされている。そこが「声高に差別を訴えない」として好評だったようだ。
だが、一方で背景が描かれていないとよく分からないところがあって隔靴掻痒の感がある。

1人目の弁護士は売名行為で声を掛けてきた? ワシントンになじめなかった理由はなんなのか? バージニア州に戻ってきて隠れ住んでいたのに逮捕されなかったのは何故? 子どもを学校にやってたらバレるんじゃないのか。
……などなど表で語られなかった部分が多数あるように思える。

そんな部分を主役の二人の演技が救っているようである。ジョエル・エルガートンは外見はほとんど変わっていないのに、若い時の朴訥とたイメージから中年になって頑固おやじ雰囲気を醸し出している。ルース・ネッガはそれを支えるしっかり者の奥さん風。二人ともアカデミー賞候補となった。ヨカッタgood


★「パッセンジャー」
監督:モルテン・ティルドゥム
出演:ジェニファー・ローレンス、クリス・プラット
米国2016年

なんだか珍品SFを見せられたという気分。いや、SFにもなってない「SF未満」であろうか。

120年もかけた宇宙旅行。その間、大勢の乗客はコールドスリープしているのだが、なぜか一人だけ早く目覚めてしまった男……なんと残り時間90年(☆o◎;)ガーン!! こりゃないよ~と驚くのは当然だろう。
前半『シャイニング』や『2001』の引用が出てきて、心理サスペンス的展開になると思いきや、恋愛もの→アクションという予想外の方向に行ってしまうのだった。

さらに、元々結末は違ったのを変更したんじゃないかという疑惑も出現。船長にアンディ・ガルシアをキャスティングしておきながら一瞬しか登場しないのである。

実際結末まで見ると、これじゃあ別の案があったのだったらそっちの方がよかったのでは?と思ってしまう。ところが、とあるサイトで紹介されてたオリジナルの結末は、予想をはるか斜め上を行くトンデモなものだったのだ。こりゃ、SF未満どころか「超SF」だいっtyphoon

宇宙船の造形は面白いし映像もキレイ。比べて、宇宙船内のデザインは平凡。船員の制服はスタトレか(?_?)
主演のジェニファー・ローレンスとクリス・プラットがもったいなかった。

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2017年5月 6日 (土)

「未来を花束にして」:参政権ないぞ、議会逝ってよし

170506
監督:セーラ・ガヴロン
出演:キャリー・マリガン
英国2015年

今から100年前英国で起こった婦人参政権を獲得するための闘争を、一人の平凡な女工の存在に仮託して描いている。ヒロインが参加することになった運動は中でも過激に先鋭化した急進派だと思われる。なにせ爆弾作って爆破事件まで起こすんだから。それ以外の団体は登場しないので運動の全体像は分からない。

工場でのセクハラ事案、母親には親権がないとか、ヒロインがハンスト中に食物を流し込まれる場面など見ていてへこむ。さらに運動に参加する女たちに投げつけられる誹謗の言説は、現在とあまり変わらないのでウツになる。
その割には主な男性陣(ブレンダン・グリーソンの警部、ベン・ウィショーの夫)がひどい奴には描かれていないので、男性も安心してご覧いただけます(^<^)
そのせいか、観客の男女比が半々だったのは意外であった。

メリル・ストリープが出演時間は短いながら、存在感たっぷり。あれ以上長く出てたら助演女優賞候補になっちゃったりしてflair
彼女の扮するパンクハースト夫人はアジ演説で「もう50年も待った。私たちはこれ以上待てない(*`ε´*)ノ☆」と檄を飛ばす。
それにならって、現代日本を顧みれば「保育園落ちた、日本死ねpunch」から一年余。未だに改善されていないのだから、もう待てん<`ヘ´>やはり爆弾でも作るしかないのだろうか。

邦題が原題に比べて詰まらないというので、ネットの話題になったが、この手の邦題の最大の問題は当たり障りの無さから「後で思い出せなくなる」「区別が付かなくなる」ことである。「花束を未来にして」とか「未来へ花束から」でもなんら変わらないのだ。

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2017年5月 3日 (水)

映画短評

最近どうにも忙しくて、土・日曜にもブログ更新できないことが多々あり。未だ書いていない映画の感想が増えていく一方である。ただ、一旦書き始めると今度は長くなってしまう。困ったもんだ( -o-) sigh...
そこで書きそこなっていたのをここにチョコチョコと書きたい。

★「ガール・オン・ザ・トレイン」
監督:テイト・テイラー
出演:エミリー・ブラント
米国2016年

3人の女をめぐるサスペンス。一見幸せそうに見えても実は……と数組のカップルの醜い真実と、「家庭」なるものの虚無が露わになってくる。
中心となるエミリー・ブラントのヒロインはアル中で挙動不審、陰々滅滅な展開で引っ張っていくが、ラストで呪縛が解けてなんとか救われた気分になる。
原作は読んだことはない。小説なら3人の女たちを立場をじっくりと描けたんだろうと想像できるけど、映画ではそうはいかぬ。なので、ラストがやや性急な印象だ。

とはいえ113分間、見ごたえあり。
メガン役のヘイリー・ベネットは顏も雰囲気もジェニファー・ローレンスに似ている。役柄も年齢的にちょうどローレンスにぴったり合ったものだ。(当て書きした?)
ルーク・エヴァンスはイヤな男がよく似合うのう(^O^;)


★「五日物語-3つの王国と3人の女」
監督:マッテオ・ガローネ
出演:サルマ・ハエック
イタリア/フランス2015年

『ゴモラ』『リアリティー』のガローネ監督が、なぜかファンタジーを作った(^^?)
原作は17世紀初めに書かれたナポリの民話集とのことで、3話のオムニバス形式になっている。ただ、使用言語はイタリア語じゃなくて英語なんである……。

美しくて残酷なファンタジーshine だがここには萌えとかフェチとかロマンとか一切なく、そういうものに全く拘泥していない。あたかも『パンズ・ラビリンス』からオタク要素を抜き去ったような作風である。ただただ冷徹だ。

ロマンスに憧れる姫がドジな父王の失態で「鬼」にヨメにやられてしまう物語は、「ゲーム・オブ・スローンズ」の異民族(野蛮な)の王との政略結婚を思い出させた。このエピソードの教訓は「幸せは自分で勝ち取らなければダメng」ってことだろうか。
関係ないけど、このお姫様が弾いてた楽器はビウエラかね?

世界遺産になっている城など古い建築の映像も美しい。


★「ミス・シェパードをお手本に」
監督:ニコラス・ハイトナー
出演:マギー・スミス
イギリス2015年

ホームレスのオバサンに軒を貸したら、なんとそのまま15年(!o!)
劇作家が実際に体験した話を芝居にし、さらにそれを映画化したものである。主演の二人は舞台と同じ役者らしい。
予告やあらすじだと感動系の話だと思ってしまうが、全く違う。実際にはかなり辛辣で皮肉たっぷりの英国風ユーモアに満ちている。

見ていて、ミス・シェパードがどうしてピアノを禁止されたのか今一つ分からなかった。ともあれ、彼女を演じたマギー・スミスの演技にひたすら感服。若い女優が束になってもかなわないという印象だ。さすがである。

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2017年3月 5日 (日)

「ブルーに生まれついて」「MILES AHEAD/マイルス・デイヴィス 空白の5年間」:吹く前に吸え!

170304
「ブルーに生まれついて」
監督:ロバート・バドロー
出演:イーサン・ホーク
米国・カナダ・イギリス2015年

「MILES AHEAD/マイルス・デイヴィス 空白の5年間」
監督:ドン・チードル
出演:ドン・チードル
米国2015年

誰でも思わず比較してしまうこの2本、同時期に活躍した有名なジャズ・ミュージシャンを取り上げたものである。生涯を描く「伝記」形式ではなく、特定の数年間を切り取って描く手法も似ているという--。偶然としたら驚きだが、製作年が同じなのでどちらかがパクったということもなさそうだ。

「ブルー~」はイーサン・ホークがトランぺッターのチェット・ベイカーになり切り演技している。
チェットは主演映画を撮ろうというぐらいに人気はあれど、クラブで先鋭的な演奏を繰り広げるマイルスを聞かされるとどうも分が悪い。
おまけにヤクがらみの暴力沙汰で顎を骨折して楽器を吹くこともできない羽目になる。

が、捨てる神あれば拾う女あり。役者志望の女性が現れて彼を支える--はずであるが、彼女は架空の存在ということだ。その後ラブロマンスと再起の物語が展開する。
ラストはミュージシャンの業を感じさせるものだ。素晴らしい演奏ができるのなら、十字路で悪魔に魂を売ることぐらいなんだというのか。かくして愛に背を向けて再び破滅の道へ進むのであった。
このラストには思わず涙目になっちまったい(/_;)

ただ、実際のチェットはどーしようもない人間だったみたいで、ここに描かれたエピソードは彼の音楽のイメージにふさわしく、かなり甘味にコーティングされたもののようだ。
楽器の演奏は現在のミュージシャンが吹いているそう。
納得いかないのは、父親から「オカマのような声で歌う」とケナされた高音の歌声なのに、イーサン・ホーク自身が普通の声で歌っている点だ。ぜひとも再現してほしかった。


「マイルス~」の方となると、ストーリーはもっとハチャメチャだ。実際にあった活動休止の「空白の五年間」に何があったのか、を明らかにするという趣向。その時盗まれた新作テープを探して、銃を振り回し車で追跡劇をしたり暴れたりするアクションもどきになっている。
珍道中のお供は落ち目の音楽ライター(ユアン・マクレガー)であるよ。

主演のドン・チードルに至っては監督・製作も担当というのめりこみ振りだ。
実際にあったマイルスの逸話の断片がちりばめられていて、ファンならより楽しめるらしい。そのせいか客席の9割が中高年男性だった。
トランペットの演奏は実際のマイルスの録音を使用。ラストは時間を超えたセッションnotesとなり、歳取ったH・ハンコックやW・ショーターと《ドン・チードル》マイルスとの夢の共演が繰り広げられる。音楽担当のR・グラスパーも嬉しそうに参加していた。(ついでながらベースの女性がカッコ良かったshine

「ブルー~」との共通点をあげると、特定の期間を取り上げていること以外に、
過去の回想が錯綜する。
妻の活動(こちらはダンサー)を妨害する。
主役のなり切り度高し。
事実をあえて変えている部分も多い。
共演者の支えが大きい。ユアン・マクレガーはユーモラスでいい味出している。「ブルー~」では妻役のカーメン・イジョゴ(「ファンタスティック・ビースト」の議長役でしたな)が非常に魅力的で、評価5割増しにしたくなるぐらい。
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どちらもミュージシャンとその音楽が生み出す、ファンの妄想をそのまま映像にした印象だ。
例え、事実と違ってもどうだというのだgoodと開き直っているようである。確かに、ファンの数だけミュージシャン像は存在するのだろう。


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2017年2月12日 (日)

「ヒトラーの忘れもの」:君よ知るや地雷の国

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監督:マーチン・サントフリート
出演:ローランド・ムーラー
デンマーク・ドイツ2015年

第二次大戦終了時、デンマークから敗走するドイツ軍が220万個もの大量の地雷を埋めていったという史実を元にしている。この数は他のヨーロッパの国よりも桁外れに多かったそうだ。
そして、その地雷の除去作業を捕虜となったドイツ軍の少年兵にやらせたpunchというのもまた実際に起こったこと。当然、ジュネーブ条約違反だ。その事実を知る人はデンマーク国内でも少なかったという。

とある海岸で4万個の地雷除去を命じられた数十名の少年たち、その監督に現われたのはドイツを憎む中年の鬼軍曹だった。食料も少なく爆死者も出る中で少年たちは故郷に帰りたい一心で砂の中を這いずり回る。

誠に不条理かつ殺伐としている。観客がふっと力を抜いた瞬間を見透かすように起こる爆発bomb いつ起こるか、次に誰がやられるのかとドキドキしてしまい、安心して見てもいられない(>_<)
それでも作業は続けなければならぬ。終了すれば故郷へ帰れるのだから。
軍本部の少年兵いびりも情け容赦ない。--といっても、少し前までは敵軍の兵士だったのだから致し方ないとはいえる。

一方で、軍曹は専門家が来るのかと思っていたら、素人の少年兵が来たんで内心とまどっている。その憎悪と優しさの間を揺れ動く演技が非常にうまい。

また舞台となっている海岸や草原が荒れて果ててはいるが美しい。その風景に比例するように、感情を表に押し出すのではなく、悲惨な話ではあるが全体にアッサリ味で描いている。
音楽も大仰なオーケストレーションを使わずにシンプルな音数の少ないものだ。

さて、ラストはそれまでの光景とは全く正反対の場面が現れる。色彩にあふれ、人物はこれまでにはなかった全く異なる行動を取る。

しかし果たしてこんな結末が可能なのだろうか。主人公の軍曹にそんなことができるとは思えないし、できたとしても彼がその後に無事ではいられないだろう。むしろ、これは主人公の幻想ではないかとさえ思えてしまう。

いや、それよりもこれはデンマーク人である監督(脚本も兼ねる)がこうであったらよかったのに、という願望を込めた場面だったのではないか。そんな風にさえ見えた。
思わず涙が出た(v_v)

それにしても自国の隠された黒歴史を堂々と描く精神には感服であるm(__)m
唯一の難点は邦題だろう。「忘れもの」というホンワカ感spaが内容に全くそぐわない。

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2017年1月15日 (日)

「ベストセラー 編集者パーキンズに捧ぐ」:書いても書いてもまだ足らぬ

170115
監督:マイケル・グランデージ
出演:コリン・ファース、ジュード・ロウ
イギリス2015年

フィッツジェラルドやヘミングウェイを担当した編集者が主人公--で、タイトルから推測すると、彼の功績を描いているのかと思ってしまう。しかし、見てみると「ベテラン編集者が見た天才作家の真実」みたいな物語である。もちろん実話ベースだ。ちなみに原題も「天才」である。

その天才の名はトマス・ウルフ。主人公のパーキンズは彼の分厚い持ち込み原稿を受け取り、その才能を確信し、添削校正(とにかく長いんで)して世に送り出して成功する。
若い作家と彼は疑似親子のような関係になり、自宅に呼んで食事したりするが、天才の常として奇矯で人付き合いは悪く、傍若無人でズケズケものを言い、トラブルを呼ぶのであった。

そもそも原稿を持ち込んできたのは、ウルフの愛人バーンスタイン夫人なのだが、彼女の立場が今一つ分かりにくかった。演劇の衣装デザインをやっていて、彼女の夫とは別居中(?)、ウルフと同棲しているということか。しかも、パーキンズとウルフの仲の良さに嫉妬して狂言自殺を図るほど執着しているのだ。
ニコール・キッドマン扮する彼女はいささか亡霊っぽくて怖い(>y<;)、『ツィゴイネルワイゼン』の大谷直子を思い出した。

ウルフが主人公や「世間」と関係がぎくしゃくしていく経緯の描写に付き合っていると、この映画は事前に予想してた「感動系」では決してなく、シビアで重たく感じるのであった。
そのせいか寝ている人多数sleepy

既にその世界で評価を得ている人物が、特殊な背景を持つ若き天才を引き上げる--というのは、ある種の定番なのか。私は見ていないがほぼ同時期に公開された『奇蹟がくれた数式』も似ているようだ。

パーキンズは実際にいつも帽子をかぶっていたそうで、この映画でも職場どころか自宅、さらにパジャマ姿になってもかぶったままである(!o!) ベッドでもかぶってるんかしらsign02などと疑ってしまった。
それ故、彼が唯一帽子を脱ぐ場面は感動的なはずなのだが、むしろわざとらしく思えた。監督は芝居の演出をやっていたそうだが、一つのモノに象徴的な意味を与えて扱うのは舞台では有効でも、映画だとやり過ぎになるかも。

米国の国民的作家の話なのに、なぜか主人公の妻役のローラ・リニー以外は英国かオーストラリア出身というのはどうしたことよ(+o+)……と思ったら、そもそも英国製映画なんですね。
押しのジュード・ロウ、引きのコリン・ファースといった印象の二人の演技合戦は一見の価値はある。

ガイ・ピアースのフィッツジェラルドが、書き過ぎなウルフとは逆に「今日も一行も書けなかった(T_T)」「『ギャツビー』はほとんど売れなかった」などといつも情けなくボヤいているのには笑ってしまった。

ウルフの小説の一節は作中に出てくるが、どうもあまりに詩的というか装飾過剰過ぎて読みたいとは思えない。昔、英文学の授業で「小説の文体はヘミングウェイが登場して劇的に変わった」という話を聞いたのを思い出した。そういう端境期だったのだろうか。


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2016年11月 6日 (日)

「ニュースの真相」:裏取り一秒、誤報一生

161106
監督:ジェームズ・ヴァンダービルト
出演:ケイト・ブランシェット、ロバート・レッドフォード
オーストラリア・米国2015年

2004年に米国で起こったブッシュ大統領軍歴詐称疑惑報道が実は誤報だった、という事件を映画化したもの。

CBSのニュース番組で決定的証拠となる文書を入手、裏取りをしてベテラン・ジャーナリストのダン・ラザーが報道するが、ネットで怪しいと炎上して騒ぎになる。

結果的にスタッフのほとんどはクビになってしまう。この騒動をケイト・ブランシェット扮するプロデューサーとロバート・レッドフォードのダン・ラザーを中心に描いている。結局のところ、最初のイチャモンで炎上した案件は言いがかりだったことが判明するのだが、もはや後の祭りであった。ただ、裏取りが不完全だったこともまた事実である。

原作はプロデューサーのメアリーが事件1年後に出した暴露本とのこと。主人公は彼女の方で、決して私は間違ってはいなかったという主張を貫いている。
実の父親に対し複雑な感情をもち、ダン・ラザーは彼女の父親代わりのような立場であった。幸福とは言えない家庭に育ち、強い意志を持ちながらも人間的な弱さをチラチラと見せるブランシェットの演技はやはりうまいfujiの一言だ。
ついでながら、後ろから支えてくれるダンナさんもエエ人やな~。

クビになっても報道陣としての矜持は捨てぬ<`ヘ´>という強い意志を示す終盤に、スター二人の共演を見に来た中高年層(客席のほとんどを占めていた)は、感動の涙を流していたのであった。
確かに感動的だったが、当時の事件を直に知っていると「おお、あの背景はああだったのか」と、新鮮だったかも。
TVドラマ『ニュースルーム』第2シーズンはこの事件も参考にしていたのかな(^^?)

退役軍人でニュースのスタッフという役をデニス・クエイドが演じていた。久しぶりに見た気がする。彼も一時期、トップスターの一人だったのだが……。

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2016年10月 1日 (土)

「ハイ・ライズ」:中層階の男

161001_2
監督:ベン・ウィートリー
出演:トム・ヒドルストン
イギリス2016年

J・G・バラードの原作をトム・ヒドルストン主演で映画化thunderとなれば、見に行かずばなるまいよ。ただし原作未読です(^^ゞテヘヘ

50階建ての高層タワーマンション。中にスーパーマーケット、ジム、プールなどがあり、職場に行く以外は自給自足状態となっている。そのまま階級社会の縮図であり、上階には富裕層、下の階は低所得層が住んでいる、という分かりやすい状態だ。
美しい庭園がある最上階に住む設計者にしてオーナーは神の如くであり、さらに周辺に同じようなマンションを幾つも建てて「世界」を構築しようと考えている。

原作は70年代中ごろに書かれ、この映画でも時代設定はその時期になっている。
医学者の主人公はちょうど中間の25階に引っ越してくる。下層階では電力不足が起こったり、プールが使えなかったりして不穏な空気が漂い始める。一方で上階では退廃的なパーティーが開かれ、彼は見下された扱いを受ける。(そこで給仕として働いているのは、彼よりさらに下層の住人)

オーナーからは目をかけられ、上階の住人達には駒のように扱われ、傲慢な美女からコナかけられ、下層の家族からは頼られる存在の主人公は、オールラウンドな人気(?)があるが、その内奥は虚ろのようだ。
スーツに身を固めたトム・ヒドルストンは、いかにもバラードの世界にピッタリのよう見える。

とはいえ、終盤近くで彼がこのマンションの「備品」だと他の人物から評されるセリフを聞いて、そうか彼は備品だったのか(!o!)と私は今さらながら驚いた。どうせだったら、セリフでなくて実感させてほしかった。
むしろ彼は危ういシーソーを支える中間の台のように思えた。マンションの秩序の崩壊と共に彼もまた変貌する。しかし、それがあまりに急で途中を端折ったようにしか見えないのは困ったものだ。

階下の粗野なジャーナリストはイヤな奴過ぎて(ルーク・エヴァンスが好演)、そのワイルドな暴力性がマンションの秩序を揺るがすと言われても納得できない。むしろ喜んでバルコニーから放り出してやりたくなる。

かくして何一つ納得できないまま終了するのだった。まあ、70年代っぽい話と言えばそうなのかも知れないんだが……。
トム・ヒドルストンのファンなら見て損しないということだけは確かである。


ところで、この映画のマンションほど高層ではないマンションの低層階に住んでいる者として実態を紹介しよう。上層階に行くほど価格が高くなるというのは事実である。最上階は購入価格がなんと一ケタ違うほどだ。それどころか、同じ階でもベランダから富士山が見えるかどうかで値段が違ってくるのだよfuji

エレベーターを使っていて、高層階のボタンを押す人がいると観察してみるのだが、別に外見では全く分からない(当たり前か(^<^)sweat01
それに低層にはメゾネットがあってここはまた価格が高いので高低はあまり指標にはならないだろう。
で、そのメゾネットに住んでる中年夫婦がまたいつも小汚い格好をして歩いている。どれぐらいかというと、下町の長屋の住人が庭の水やりにちょっと外へ出た--ぐらいの格好なのだ。謎であるsign02
それに停電になったら上階の方がかなり不利じゃないかと思うんだが……。。

それよりも、この映画で一番気になったのはバルコニーから火の付いたタバコやら空き瓶やらボンボン投げることだ。25階からやったら死人が出ます\(◎o◎)/!


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2016年9月25日 (日)

「ミモザの島に消えた母」:母を求めて30年

160925
監督:フランソワ・ファヴラ
出演:ロラン・ラフィット
フランス2015年

この映画、まったくノーチェックだったのだが、『生きうつしのプリマ』と同じような話でしかもこちらの方が面白い、という他人の感想があったので、気になって見に行くことにした。

妻子に逃げられたばかりの男が、30年前の子どもの頃に亡くなった母親の死を探ることに熱中し始める。あまりに熱中し過ぎて、事故を起こしたり、自分の娘に当たり散らしたり、勘当されたりして、仲の良い妹も引いてしまう。

謎がズルズルと出てくるのでサスペンスが盛り上がるというわけではない。メリハリないので長く感じてしまう。その間、主人公は母が死んだ別荘のある島を行き来しつつ、暴走したりカンシャクを度々起こすので見てて疲れてしまった。

謎が明かされた後は、兄よりも妹の方が激昂するのは意外だった。彼女もまた兄同様に何か感じていたのか。

家族というものの悪いところと良いところをコワく描いている、と言えるだろう。特に、とある人物の本性が分かる件りは家族不信になりそうだ。
そういう所を含めて、確かに『プリマ』とよく似ている。
父親が母について秘密を持っていて隠している。子どもがそれを探る。そして、男性の肉親同士のケンカ(身体的なpunch)がある。--という点まで一致するのだ。
ただ、タッチは全く異なるので言われてみないと気にならなかったかも。

で、どちらが面白かったかというと……うーむ(=_=)どっちもなあ、というのが結論であった。

妹役のメラニー・ロランは人気がある人なのか? チラシや広告では写真が大きく使われているが、時間的にはそれほど登場するわけではないのでご注意。


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2016年9月11日 (日)

「ブルックリン」:大西洋に掛ける二股

160911
監督:ジョン・クローリー
出演:シアーシャ・ローナン
アイルランド・イギリス・カナダ2015年

アカデミー賞の数部門にノミネートされて、日本でも評判がよかったので行ってみた。
アイルランドの田舎町に暮らす若い女性が、このままではロクな働き口もないということで、教会の斡旋で母と姉を残してニューヨークへ渡る。
そこで高級デパートの売り子となって働くが、どうも自信を持てない毎日が続く……。

時代が同じでニューヨークのデパート、ということで『キャロル』と似た所がある。さりげない衣装に力の入れ具合とかも。

やがて葬式があっていったん帰郷することになる。その頃には、ヒロインはもう有能な働き手として自信をつけ、洗練されたファッションをまとっている。もはや故郷は狭い田舎町に過ぎない。

そこに現われたるはエエお屋敷の息子shine かつては彼女を鼻にも引っかけなかったが今や積極的にアプローチしてくる。二枚目で屋敷付き庭付き、親は他所へ引っ越す予定、という超優良物件goodである。
ニューヨークに彼氏はいるが、心揺れるのであった。

身もふたもない言い方をすれば、二股愛ということになる。そこだけ見れば、ヒロインはずるいということになるが、ニューヨークでの変化などに描写を割いており、若者の成長譚としても見られる。

お屋敷の息子を選べば階層を上に昇ることができるし、ニューヨークのゴチャゴチャした街並みに比べ故郷の自然は美しい(海岸の描写に対比されている)。
しかし、無学なイタリア移民の息子とはいえ、働き者で誠実な青年も捨てがたい……って贅沢な悩みであるよ(~_~メ)

しかし、ニューヨークの彼氏はヒロインが帰郷する直前に結婚届を出していたのはヨカッタ。男の鋭い勘かthunder そうでなかったら、彼女はズルズルと故郷に残って結婚してしまったに違いない。いくら待っていても故郷から戻ってこないので、彼が金をためてアイルランドに渡って迎えに行った頃には子どもまで出来ていた(!o!)--という事態になっていただろう。

それから、雑貨屋のオバサンの言動に田舎の意地悪さと偏狭さを見るという意見があったが、本当に意地悪だったら本人に言ったりせずに、お屋敷の母親に直接ご注進するものだ。
「息子さんが付き合ってるあの娘、とんだ食わせ物みたいよ~)^o^(」なんちって。

個人的にもう少し、若い女性の生き方で悩む的な部分が多かったらよかったと思った。いくら評判が良くても自分のガラに合わんものを見てしまったのは失敗だったようだ。

ヒロイン役は『つぐない』の子役だったのか。立派な女優さんになりました。

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