映画(タイトル「ナ」「ハ」「マ」行)

2021年3月21日 (日)

「マーティン・エデン」:進むも後悔戻るも絶望

210321 監督:ピエトロ・マルチェッロ
出演:ルカ・マリネッリ
イタリア ・フランス・ ドイツ2019年

原作は作者J・ロンドンで舞台は米国、それをイタリアに移して映画化したものである。
文字もろくに読めぬ無学な船乗りの若者がブルジョワ階級のお嬢様と知り合い、知識と教養を身に付けて変貌していく。作家を志して苦労の末に人気と富を得るが、結局は幸福ではなく虚無にとらわれるというストーリーだ。

港町ナポリを舞台にし全体に古めかしい印象で、見る者がネオレアリズモを想起するような画作りになっている。しかし、いささか変なところがある作品でもある。
突然脈絡もなくイタリア歌謡ヴィデオクリップ風な場面があったり、モノクロ記録映像が挿入されるのだ。

さらに時代が全く判然としない。冒頭、作家である主人公がオープンリールのテープレコーダーに口述で吹き込んでいるのを見ると60年代かと思える。前半はその彼が若い頃というのだから40年代末か50年代初めあたりだろうか。
だが戦後ではなく、第一次大戦と第二次大戦の間の出来事といってもおかしくない。
一方、令嬢宅で知り合った老紳士に連れられて行ったサロンは19世紀末っぽい退廃さを醸し出しているし、大時代的な決闘の場面に至ってはバロック期の仮面劇の扮装で登場する。
このような不明確な混乱した時間の描き方は『未来を乗り換えた男』を思い起こさせる。こういうの個人的に好き(^o^)

一人の男の変転にあたかもイタリア近現代史がミッチリと凝縮されているようだ。
無垢な時代を過ぎれば、当然ながら政治や階層格差とも無縁ではいられない。集会で組合活動を批判した彼は逆にコミュニストだと誤解され、令嬢の母親から敵視される。
後年、人気作家となった彼の前に再び現れた母娘は……正視できないほどに皮肉な展開となる。
いずれの時代であっても主人公は満足と幸福を得ることはできない。一つを得れば他の一つを失う。絶望と後悔が付きまとい、遂には無学で何も知らないままでいる自分の姿を夢想するが所詮は虚しい。そのような世界である。

だが、それにしては一体このラストはなに(^^? まるで安っぽい青春映画のようにベタ過ぎではないか。最後でこれはないだろう💥
と思ったけれど、他の人の感想を読んでなるほどと考え直した。右に移民家族、左にファシスト、そして戦争の始まりを告げる声……となれば、彼はああするしかないのだ。
やはり一筋縄ではいかない映画だった。

それにしても、主役のルカ・マリネッリである⚡
彼の吸引力はすごい。長身で精悍な身体、目ヂカラが強く、その容貌はある時はアラン・ドロン、またある時はヘルムート・バーガーに似て見える。時代を超越した無垢と退廃が矛盾なく同居している。久々に現れた「ブロマイドが似合う男優スタア✨」といえよう。あと往年の手書き映画看板にも映えそうだ。
まさに絶妙のキャスティング。彼なくしてこの映画も成立しないと思えるほどにハマっている。彼の存在自体が映画の手法である「時代の惑乱」を体現しているといえる。
ヴェネチア国際映画祭の主演男優賞を獲得したのもむべなるかな、だ。

おかげで見終わった後に「俳優の身体における表象」ということをつらつらと考えこんでしまった。単なる「見かけ」とか「外見」とは異なる話である。

ということで、いつになったら大型ポスターとブロマイド5枚組発売してくれるのよ~。もう待てなーいO(≧▽≦*)Oキャー

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2021年2月24日 (水)

「メイキング・オブ・モータウン」:音楽と産業、その深い仲

210223c 監督:ベンジャミン・ターナー
出演:ベリー・ゴーディ、スモーキー・ロビンソンほか
米国・イギリス2019年

米国はデトロイトの地に発するモータウン・レーベル。創始者ベリー・ゴーディJr.がスモーキー・ロビンソンと共に爺さん漫才して笑わせつつ、その音楽とビジネスの歴史を語るドキュメンタリーだ。
ゴーディが頑固オヤジ風なのに対して、ロビンソンの喋り方がなんとなくオネエっぽいせいもあって対照的でいいコンビである。
テンポよく進み……進み過ぎて全く知識のない人には付いていけない可能性はあるけど面白かった。

基本的には「光と影」ではなく「光と光」を描いている。ヒット曲を製作する方法をデトロイトの自動車工場から学ぶという発想が語られる。
また天才少年時代のマイケル・ジャクソンやスティーヴィー・ワンダーの映像が登場し、その輝きには目がくらむ。
一方、あの悪評ふんぷんだったダイアナ・ロス主演『ビリー・ホリディ物語』は名前が出て来たと思ったら、瞬時に通過であった。

70年代以降になると駆け足になってしまったのは、いかに「産業」を目指しても時代の変転についていくことは難しかったためか。それとも発祥の地デトロイトを離れたためだろうか。
それにしてもようやく今になってマーヴィン・ゲイの「ホワッツ・ゴーイン・オン」をしぶしぶ認めるとはゴーディもとんだ頑固者である。

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2021年2月21日 (日)

「真夏の夜のジャズ」:真昼のヨットハーバーにモンクの硬質なピアノが流れるのだ

210223a 監督:バート・スターン、アラム・アヴァキアン
米国1959年

コンサート映画の名作としてよく知られるドキュメンタリー。これで4回目のリバイバル上映だそうだ。ジャズは門外漢なので今回初めて見た。
1958年のニューポート・ジャズ・フェスティバルに加え、同時期に行われたヨットのレース場面、そして風光明媚な港町の光景が並行して(バラバラに)収められている。

一番驚いた点は「なぜにチャック・ベリーが出ているの?」である。当時だとまだジャンル分けが緩いのだろうか。バックのベテラン・ジャズミュージシャンたちがノリノリで共演している。特にクラリネットのソロのおじさんがド迫力の吹きまくりだ🎶

その後のチコ・ハミルトンは一転して情念と沈思渦巻く演奏を展開して、これまた引き付けられる。それから昼間の緩い時間に登場したアニタ・オデイが強烈だった。
ルイ・アームストロングやマヘリア・ジャクソンは生きてる姿を拝ませてもらっただけでもアリガタヤ(^人^)という感じ。

聴衆の場面は、明らかに仕込みや別撮りが多そう。ファッショナブルな客についてはモデルや役者に頼んだのかしらん。夜の公演で踊っている場面もアヤシイ。それだったら演奏の映像をもっと入れてくれと言いたくなった。
ヨットの試合場面も中途半端な挿入だし、オシャレな映画を目指したのかね。

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2021年2月 7日 (日)

ネトフリ温故知新「シカゴ7裁判」「Mank/マンク」

「シカゴ7裁判」
監督:アーロン・ソーキン
出演:サシャ・バロン・コーエン、エディ・レッドメイン
米国2020年

「Mank/マンク」
監督:デヴィッド・フィンチャー
出演:ゲイリー・オールドマン
米国2020年

ネットフリックス配信前の限定劇場公開作品で過去の事件を知る。便利な世の中になったもんです。

今は昔、1968年8月にシカゴで民主党大会の際に暴動あり。どこかで聞いたような気が……と思ったら、シカゴ(←こちらはバンド名)がこれを題材に曲を作ってましたな。
ベトナム反戦運動がらみで警官隊や州兵と衝突👊、首謀者とされて逮捕されたシカゴ・セブンこと、7名の裁判は米国法廷史に残るほどの悪名高いものであった。

市民デモと公権力の対決となると、本作公開時にまだくすぶっていたBLM問題を嫌でも想起せずにはいられない。まさに時節にあった内容と言えるだろう。
共謀したと訴えられても7人は立場も所属する団体も思想も異なっていて、告訴されたという以外はバラバラである。そんな7人や関係者を演じる役者はまさに「豪華出演陣」と強調文字で書きたくなる。
ただ人物が多過ぎで名前が覚えられない事案が発生。老化脳でスマン(^^ゞ

特に皮肉とジョークで全てをはぐらかせていくホフマン(サシャ・バロン・コーエン)と、真面目な活動家ヘイデン(エディ・レッドメイン)は衝突必至の対照が面白い。トム・ヘイデンて聞いたことある名前だと思ったらジェーン・フォンダと一時結婚してたのね。
それと裁判官のフランク・ランジェラの超悪役ぶりも見事だ。

アーロン・ソーキンは脚本を書いてスピルバーグの監督で話が進んでいたが、結局ダメで自分で監督することになったらしい。
題材は興味深いし、脚本にも文句はないけど、正直言って「もし他の人が監督していたら……」なんて想像してしまうのも事実である。終盤の盛り上がりが怒涛の勢いになるはずが、感動するより先に観客を置いてけぼりにして、音楽がうるさいほどに盛り上がってしまうのはかなりの問題ではないだろうか。


210207 続いての『Mank/マンク』はオーソン・ウエルズの『市民ケーン』の内幕を描く--となれば、オールドな映画ファンは見ずにはいられないだろう。
とはいえ、私は『市民ケーン』自体は昔(●十年前)に数回見たきりである。今さら見返すのもなんだかなあということで、あらすじをネットで確認するだけの手抜き復習で見に行ってしまった。

内幕と言っても、基本的には脚本家のハーマン・J・マンキウィッツが一軒家に閉じこもって(怪我をして動けない)『市民~』の脚本を書く経過をたどるだけである。
彼が監督のジョセフ・L・マンキーウィッツの兄とは知らなかった。一応、ウエルズと共同で書いたということになっているが実際には諸説紛々らしい。本作ではハーマンが一人で書いたことになっていて、ウエルズはほとんど登場しない。

そして戦前のハリウッド事情、モデルとなった資産家とハーストとその愛人マリオン、MGMのメイヤー、大恐慌などについてハーマンの回想が交錯する。かなり暴露的内容なので完成前から噂が噂を呼ぶ。
それだけにハリウッドの歴史を知らないと分かりにくいだろう。要・事前学習(人名も多いし)である。

モノクロ画面で冒頭のタイトルから当時の映画のスタイルをなぞっているのは大変なこだわりだ。レズナー&ロスの劇伴音楽もそれっぽいし。画面にフィルム交換のマーク(だよね?)まで入れているのは笑った。
ただ白黒のコントラストが少なくて照明も暗いので、かなり不明瞭な映像である。その割にはスクリーン・サイズがスタンダードではないのは手抜きではないか。配信前提だからかな(^^?

ゲイリー・オールドマン演じるハーマンはかなりアクの強い人物である。アルコールが手放せず、反骨精神に満ち誰に対しても常に皮肉満載の辛辣な物言いをする。
主人公とそっくりな人物どこかで見た(アル中と家族への態度以外)……と思ったら『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』だった。こういうのが理想の脚本家像なのであろうか。

分からないのは、事前に脚本家としてのクレジットは無しというのを念押しされて頷いてたのに、結局なぜそれを翻したのかである。それに関しては描かれていなかったような。
また、本来の「バラのつぼみ」の意味を分かって書いていながら、マリオンに対して「君のことじゃない」とどうして平然と言えるのか。そりゃ無理だろう、と言いたくなる。
さらにこの映画が何を描こうとしているのかも曖昧としている。つまらなくはないけど。
私としては、ウェルズとハーマンが共謀して「ケケケ、やったぞ。ざまーみろ」とほくそ笑むような話が見たかったかな(^◇^)

当時の選挙と捏造ニュースの件りについては、トランプ政権下の米国を重ね合わせていることがよーく分かった。ただ、公開された頃には既に選挙でバイデン勝利が決まっていたために、ちょっと時機を逸した感があったのは残念である。


さて、『市民ケーン』についてケネス・アンガーの『ハリウッド・バビロン』にどう書かれてるか見たくて本棚から必死に堀り出した。
「新聞界のおぞましき帝王」ハーストとマリオンについては「周知の事実でも、一度として新聞は、その関係を報じたことはない」。

そして自分のヨットでマリオンとチャップリンがイチャつくのを目撃したハーストは銃を発砲。しかし撃たれたのは別の人物で、病死としてもみ消してしまったのであった。
また彼女の演技をけなしたメエ・ウエストには、風紀団体を隠れ蓑にして誹謗中傷を繰り返した。

L・B・メイヤーは「イタチのようにずる賢く、根っからの女好き」。
「金物屋」から成り上がった彼はボクシングの腕に覚えあり、シュトロハイムとチャップリンをぶん殴ってKOしたエピソードが載っている。

映画公開されて、作中の主人公があの言葉をつぶやくことが性行為(どういう行為かはご想像)を思い起こさせるためハーストは激怒した。しかし「ピストル沙汰に及ぶこともなく、オーソンとマンキーウィッツはなんとか勝利をくすねとり、カネでは買えない栄誉をものにした」とある。

そして「『市民ケーン』、映画史上に燦然と輝く悪ふざけ」と締めくくっている。
やっぱりハリウッドって所は……(◎_◎;)


ネトフリで温故知新--『シカゴ7』は劇場公開する予定がコロナ・ウイルスのせいで配信に回されてしまい、『マンク』はフィンチャー監督が父親が書いた脚本をなんとか映画化したくてネトフリでようやく可能に、と経緯は異なれど作品自体の「帯に短しタスキに長し」という印象は相変わらずであった。

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2020年9月28日 (月)

「ハリエット」:聖女か闘士か紙幣の肖像か

監督:ケイシー・レモンズ
出演:シンシア・エリヴォ
米国2019年

米国で公開された時から「懐かしい(#^.^#)」と思ってぜひ見たかったものだ。
なぜ懐かしいかというと、子どもの頃小学校と中学校の図書館に新日本出版社の児童向け世界全集が入っていて(『世界新少年少女文学選』)、その中にこの映画の主人公であるハリエット・タブマンの伝記『自由への地下鉄道』があった。
それを気に入って、子どもなので何度も何度も繰り返して同じ本を読んだ。……とはいえ、××年も前の昔のことであり、内容はあまり覚えていない(^^;ゞ

時は19世紀半ば、ハリエットは米国中部メリーランド州の農場の奴隷だったが、南部に売り飛ばされそうになり脱走する。しかし逃げたままでではなく、奴隷たちを逃す「地下鉄道」の活動に参加。危険を承知で農場一帯と北部を危険を冒して行き来する「英雄」となる。
彼女はドル紙幣の肖像になることが決まっている(トランプは嫌がっているらしいが)ほどだ。

折しも米国から始まったBLM運動が世界を揺るがす真っ最中。意気込んで見に行ったのである。が、実際には歴史映画として社会構造に鋭く切り込むというような作りではなく、あくまで真面目な文科省推薦風「偉人伝」であった。教科書にそのまま載ってもいいぐらい……(・o・)
タイトル役のシンシア・エリヴォの顔力と歌声に引っ張られて見るような印象である。

恐らくは青少年が見てもいいように、農場主息子との関係が曖昧にしか描かれない(「大人は察してください」的)、ジャネール・モネイ演じる保護施設の女主人の描写が曖昧にぼかされているなど、物足りない印象がある。
とはいえ、年若い黒人の女の子たちはこの映画を見て勇気づけられることだろう。

初めて知ったのは、同じ農場の中に既に自由となっている解放された奴隷とそうでない者が混ざって働いていること。確かハリエットの夫も解放奴隷である。
あと「所有している奴隷の数で家の格が決まる」というのもオドロキであった。

史実を離れて見てみると『キャプテン・マーベル』『ハーレイ・クイン』と同じ構造を持っているのに気づく。すなわち「私に男の干渉も承認は要らない、所有もされない」だ。白人男はもとより同胞の男に対してもそういう態度を示す。
やはり同じくテーマは「女の覚醒と自律」なのである。

特徴的なのはかなり宗教性が強調されていたこと。彼女はジャンヌ・ダルクのように神がかりになって特別な能力を発揮し、象徴的存在として周囲からみなされる。
『自由への地下鉄道』ではそういう部分はなくて黙々と逃亡活動に従事していたように描かれていたので、こんな人物だったのかと驚いてしまった。

それから、黒人問題を扱った歴史ものだとこれまでメインキャラクターに一人ぐらいは「黒人を助ける善良な白人」が登場するものと思っていたけど、全く出てこなかったのは珍しい。(端役には登場する)
もはや「善い白人」は必要ないのか。あの、良い子には絶対見せられない恐ろしい『バース・オブ・ネイション』だっていたのに……。時代は変わったのであろうか?

ここにも最近流行の美男の敵役が登場。ハリエットにシツコク執着する農場主の息子は一部で人気のジョー・アルウィンが演じている。
白人の追跡者に協力する黒人の若者役(ヘンリー・ハンター・ホール)が若い頃のジミヘンを思わせる印象で注目だ。

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2020年9月18日 (金)

ナショナル・シアター・ライブ「夏の夜の夢」:ブランコに乗ってさかさまに

200918 作:ウィリアム・シェイクスピア
演出:ニコラス・ハイトナー
主演:オリヴァー・クリス、グェンドリン・クリスティー
上演劇場:ブリッジ・シアター

恐らく『夏の夜の夢』は、シェイクスピア作品の中でこれまで一番見ているものではないかと思う。実演もそうだが、映画化作品や舞台収録を含めるとさらに回数が増える。
だから、もうこれ以上見なくてもいいかなと迷っていたのだが、以前に斬新な『ジュリアス・シーザー』をやったN・ハイトナー演出で、使っている劇場も同じということで見に行った。

まさに行って正解✨ これまでの中でこんな涙流すほど大笑いしたナツユメはなかったと断言しよう。

冒頭に堅苦しい修道服やスーツを着たアテネ市民が現れ、列をなして聖歌を歌いながら行進する。ここではアテネは父権主義的な統制国家であり、人々の様子は『侍女の物語』を想起させるものとなっている。
そこでの若者たちへの意に添わぬ結婚の命令は、家父長制度の抑圧に他ならない(ように見える)。

さらに意表をついてきたのは、森に舞台が移ってから。なんと妖精の王オベロンと妃ティターニアを役割交替しているのである(!o!)
つまりパックを使役して惚れ薬を塗らせるのはティターニアの方で、職人ボトムを熱愛するのはオーベロン……(>O<)ウギャーッ 一緒に嬉しそうに泡だらけのバスタブ入っちゃったりして、王様としての沽券は丸つぶれ状態なのだ。これは抱腹絶倒。
一方、ティターニアは『ゲーム・オブ・スローンズ』でも活躍したグウェンドリン・クリスティーなので威厳あり過ぎだ。

今回も客のいるフロアが上下してどんどん変形するステージになっている。立ち見の観客は森の住人&アテネ市民としてすべてを目撃だ。客のノリもよい。
加えて、妖精たちは空中ブランコに乗って人々の頭上を飛び回ってさらに盛り上げる。パック役の俳優は猛特訓したと語っていた。

「夏夢」というと、これまでどうも終盤の職人たちの素人芝居の部分の存在が腑に落ちなかった。さんざん二組のカップルがバカ騒ぎをした後に重ねて、あの間の抜けた芝居を見せられるのはなぜか(^^?
紹介のあらすじ文を幾つか読んでみたけど、どれもこの部分はカットして書いている。あってもなくても意味なくない?と思うのは仕方ないだろう💦

過去に見たジュリー・テイモア版の「夏夢」ではシロートの芝居にも胸打たれる瞬間があった--という解釈だった。
こちらではアテネ公の硬直した父権主義を揺るがすきっかけになる、というもので重要な位置を占めている(芝居自体はあっさりしているが)。
果たしてシェイクスピアの意図は不明だが、これを見て初めて職人たちの芝居の存在意義が分かったような気がした。単なるドタバタじゃないのよ。

というわけで大いに楽しめたナツユメだった。大満足である(^^)

 

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2020年9月 7日 (月)

「ナイチンゲール」:地と人心の果てで

監督:ジェニファー・ケント
出演:アシュリン・フランチオージ
オーストラリア・カナダ・米国2018年

19世紀イギリスが囚人流刑の地としていたタスマニア。彼らを植民地の労働力として使役するのである。そこに送られたアイルランド女性の悲惨な物語だ。
彼女は監獄を出してもらいその地で伴侶を得たが、同時に流刑地を管理している英国軍の将校に「愛人」扱いされている。
とあるきっかけで将校たちにレ●プされた上に夫と子どもを殺される--というのが発端。
復讐に燃える彼女は先住民の若者をガイドとして雇い、将校たちを追跡する。

と、まるで西部劇そのままの展開である。西部劇といってもマカロニ・ウエスタン仕様。繰り広げられる陰惨な暴力、あまりにも残酷な場面ばかりなので見ていて消耗してしまった。また出会う白人のほとんどが凶悪で残酷な奴ばかりなんだよねー。
追跡の過程で、最初は差別意識と嫌悪丸出しだったヒロインが先住民の若者と理解しあっていくのもやはり西部劇の定番といえる。

後半の展開はやや迷走気味か? 観客の方はテンションを保持して見続けるのにかなり気力が必要だ。
主人公が歌うアイルランド民謡(タイトルはその曲名)と先住民の踊りと歌が並行して扱われ、幻想的な光景が描かれる。現実がどうしようもない時に幻想(ファンタジー)へと行きつくしかないのがつらい。

悪役である将校は二枚目でルックスはよい(これまた最近の映画の傾向)、かつどうしようもなく差別的で卑劣な男権主義者。そのような役柄を熱演⚡とホメたくなる。
あとレ●プシーンはこれからの時代、何か別の描き方が欲しい。監督が女性であるならなおさらである。これも定番と言えばそれまでだが。

アイリッシュ・トラッドの歌が美しくて悲しい。エンドシークレットでチーフタンズの名前を見かけたような(^^?

 

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2020年9月 5日 (土)

「娘は戦場で生まれた」:想像の埒外

200905 監督:ワアド・アル=カティーブ、エドワード・ワッツ
イギリス・シリア2019年

2012年から激動するシリアの状況をスマホで撮り続けたドキュメンタリー。
アレッポ大学在学中に反政府デモ活動に参加した女性が、空爆が激しくなる中も反体制派の拠点であるアレッポに留まり撮影し、それを発信していく。

その間に、負傷者を治療する救急病院の医師と結婚しマイホームを得て娘も誕生する。そんな日常のホームビデオっぽい映像が全く境がなく、そのまま激しい砲撃が襲う街に繋がっていく。その落差に衝撃を受ける。
その悲惨な状況は、あまりに怪我人が多いので病院に運ばれてきてもベッドがなくて床の上で診断を下すしかないほどだ。

病院で撮影していると運び込まれた負傷者の母親が突然「撮っているの!」と彼女に向かって叫ぶ。当然、そんな時にカメラを回しているなんてひどい💢と怒るのかと思いきや、「(この有様を)全部撮って」と言うのである。

あまりにも恐ろしい状態で、見ててボー然とする。自らの想像力の限界に倒れたくなってしまった。

それにしても、このような中で家庭を作り共に生きていこうとする意志の強さに心を打たれる。
彼女は娘を生んだから強くなったのか、強いから娘を生めたのか--平和な日本では考えもつかない。

ところで同じくやはりシリアを撮って共にオスカーの長編ドキュメンタリー賞(2019年)候補になった『ザ・ケーブ』(監督は『アレッポ 最後の男たち』の人)の方は結局公開ないんですかねえ。

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2020年8月23日 (日)

「ハーレイ・クインの華麗なる覚醒 BIRDS OF PREY」:凶暴なだけじゃダメかしら

200823 監督:キャシー・ヤン
出演:マーゴット・ロビー
米国2020年

『スーサイド・スクワッド』の後日譚、というかスピンオフ?
実は私見ておりません...((((((((( ((;-o-)コソコソ
それでも話はよーく分かったので見てない人でも大丈夫。
いやもうほんとにバカバカしくてくだらなくてメチャクチャでデタラメな内容。よい子はもちろんよい大人にも見せられねえ~💣

泣く子も黙るジョーカーの女として好き勝手していたハーレイ・クイン、突如フラれて追い出される。これまではジョーカーの威光で何をされてもおとなしくしていた街中の悪党たちは、積年の恨みを今こそ晴らさんと次から次へと襲撃してくるのであった。
気が付けば周囲は敵だらけ~(゚∀゚)という次第。

敵と鉢合わせする度に、相手に対して彼女がやったことが箇条書きになってズラズラと画面に出てくる。それを見る限り向こうが怒っても当然としか思えないものも多い。
中でも「激おこ」状態なのがユアン・マクレガー扮するブラックマスクで、彼に対する悪行の箇条書きが多すぎてスクリーンからはみ出してしまうほど。(当然字幕版では追いつきません)

なんとか撃退していくものの、遂に窮地に至り追い詰められるが……。
一人の男の庇護下にあった女がそれを失った時に、また別の男に依存しようとするが、それではイカンと反省し自立へと「覚醒」する--というのが本作のキモである。
そしてたまたま「協力」せざるを得なくなった女たちとともに、悪党どもを迎え撃たんとするという次第だ。
だから、男を敵視しているという意見は全くの誤解なのよねっ(・∀・)b

ただアクが強くてブラックなノリなので、日本人向きではないかも。あまりのバカバカしさはもはや爽快の域に達しているが、真面目な人は怒り出しそうだ。
特に終盤に登場する遊園地が変テコで、ディズマランド(バンクシーの)っぽくてそのイカレ具合に爆笑してしまった。

しかし、例外的にシリアスな場面が二つあった。
ブラックマスクが店で気に入らない女の服を切れと命令するところ。これは怖い(>y<;)
それと、ハーレイ・クインが信用していたとある人物が金のために裏切って去っていくところ。これは辛い(:_;)

アクションは格闘技が中心。見せ場が多くて、思わず「スタントさん、乙っ❗」と叫びたくなった。
それと車&バイク&ローラースケートの追跡劇も見せ場だった。

マーゴット・ロビーは『スキャンダル』とは役柄のベクトルが正反対の方向。よくぞ演じました。
悪役のユアン・マクレガーはグッジョブ✨であった。最近の映画では二枚目の悪人というのが流行っているのかな(^^?
音楽は懐かしい曲も多数。ハートの「バラクーダ」、好きでよく聞きましたよ~🎵

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2020年7月19日 (日)

「ハスラーズ」:女たちの悪だくみ

監督:ローリーン・スカファリア
出演:コンスタンス・ウー、ジェニファー・ロペス
米国2019年

リーマンショック後の不景気で立ち行かなくなったストリップクラブのダンサーたちが、ウォールストリートで金のありそうな男から金をかすめ取る--という「女たちの悪だくみ」(あるいは復讐)の実話である。

構成はコンスタンス・ウー演じる主人公が2007年からの出来事を2015年に記者に回想して語るというものだ。
ストリップクラブというとステージ上で踊るのを見るのかと思ったら、それだけではなく客の男の身体の上ですりつけるように踊るのである。知らなかった(!o!) さらに個室に行ったら何をしてようが店は不問、てなこともあるらしい。

新入りで入った主人公が先輩のラモーナ(ジェニファー・ロペス)のダンスに魅入られる場面はまさに圧巻としか言いようがない。御年50歳とは信じられねえ~。
その場面だけでなくロペスの豪快演が見ものである。「男が男に」ならぬ女が女に惚れるたぁこういうことか✨という冒頭から息をつかせず、見ごたえ満点だ。

主人公とラモーナは疑似姉妹関係を築くが、バーに来た男たちから財布の中身を頂く方法は完全に犯罪である。グループのメンバーを増やし荒稼ぎするうちに、女たちの連帯もグズグズと崩れ去る。背景に経済格差が断固と存在することが描かれる。
しかし敗けつつも感動を与えるのはこれまた確かだ。

ロペスがオスカー候補から漏れたのが話題になったが、確かにダンスシーンだけでも大迫力。そして後光の如く放たれる〈姐御〉オーラ\(◎o◎)/!
彼女はインタビューであのポールのダンスの練習が大変だったと語ってたが、私なんかしがみついたまま1センチたりとも動けないに違いない。(小学校の体育で登り棒が苦手なヤツであります)

ダンスシーンをはじめ当時の曲が多く流れるが、ショパンの使い方がうまかった。
客席は白髪頭の高年男性と若い女性という二層に分かれていた。明らかに見る目的が異なりますな。

それから、被害にあった男性の名前の後半にピー音が入っていたのはなぜだろう。字幕も伏字になってたし。公開された後に訴訟か何かあったのか。謎である(?_?)

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