映画(タイトル「ナ」「ハ」「マ」行)

2020年1月 6日 (月)

「15ミニッツ・ウォー」:バスに向って撃て!

200106 監督:フレッド・グリヴォワ
出演:アルバン・ルノワール
フランス・ベルギー2018年

国際紛争による人質事件という実話を題材にしているのは『エンテベ空港の7日間』と同じだ。が、あちらは戦闘シーンが少なくて詰まんな~い(><)とお嘆きの諸氏諸嬢に、全力をこめてオススメしたい一作である。

舞台は1976年「フランス最後の植民地」💥ジブチで、独立派による小学校のスクールバス・ジャック事件が起こる。ソマリア国境近くにバスが移動し、このままだと子どもたちは殺されるか隣国に連れ去られるか、という事態になる。
そこで狙撃チームが招集され、現地へ急きょ向かうのであった。一同はいずれも優秀ながら「軍隊は規律が厳しくてやってられねえ」というはみ出し者ばかり。

さらに子どもたちを放っておくわけにはいかないと、小学校の女性教師がバスに自ら乗り込むという事態も発生。
しかしフランス本国政府は外交ルートで解決を目指していて、狙撃対が待機していてもなかなかゴーサインが出ない。彼らは緊張の中ジリジリしながら待つことになる。

ここで見てて混乱するのは、フランス軍に「外人部隊」と「憲兵隊」があって関係がよく分からないことである。狙撃チームのリーダーである主人公は元は軍にいたが、今は憲兵隊所属になっている。後で調べたら憲兵隊は半分軍隊で半分警察という組織らしい。

ということで、フランス側は組織ごとにバラバラで、犯人は犯人で隣国からの援助待ちで膠着状態が続く。
ラストはタイトル通りに終盤は期待に違わず怒濤のような銃撃が展開する。ものすごい迫力と銃弾使用量だ。『エンテベ』の時とは逆に、思わず「撃って撃って撃ちまくれー👊」と叫びたくなる。端緒となる狙撃シーンは狙撃兵だとここまでできるのかとビックリ。
一方、いくらなんでも味方にタマが当たらなさ過ぎだろう、とも思ったりした。

隊員一同の私生活の描写がほとんどないのも潔い。もろにサム・ペキンパー風の場面が幾つも登場するが、無常観あふれる後味などアルドリッチっぽさを感じさせるところもある。
ということで、この二人が好きなアクション・ファンは見て損無しだろう。

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2019年12月13日 (金)

燃える秋のパイク祭り「プライベート・ウォー」&「エンテベ空港の7日間」

191213a「プライベート・ウォー」
監督:マシュー・ハイネマン
出演:ロザムンド・パイク
イギリス・米国2018年

ロザムンド・パイクが戦乱の地を取材した実在のジャーナリスト、故メリー・コルヴィンに扮して半生を描いた映画。「バハールの涙」で登場した女性カメラマンのモデルとなった一人でもある。

英国の新聞記者として紛争地を巡っていたが、スリランカで地雷のために片目を失う。その後PTSDで入院したり、終始タバコを手離せずやアルコール依存、さらに夫とは離婚……というような状況が、回想とも幻想とも付かぬ状態でフラッシュバックと共に入り乱れるのだった。

リビア、シリア、アフガンなど戦闘状態の描写が恐ろしく迫力ありすぎて「こ、こんな所で取材するんか」と震え上がってしまった。--と思ったら監督はこれまでずっとドキュメンタリー畑だった「カルテル・ランド」の人だった。特に最後のシリアは本当に恐ろしい。こんな所で一日も暮らせないとヒシと伝わってくる。
戦闘下の病院で取材される役のエキストラは実際に難民だった女性たちを起用したとのことだ。

演出スタイルは戦場とPTSDの描写が続く中、「情」と「事実」の均衡がやや危うくなっているように思えた。
戦場や難民の描写は迫力あるのだけど、それ以外の心理描写や感情表現などは割と類型的なパターンで終わってしまっているような。その点が今ひとつだった。

上司である編集長の意図が不明。単にスクープ記事が欲しかったのか、そうではないのか。結果的に彼女を死地に追いやったように見えた。

ロザムンド・パイクは「荒野の誓い」とはまた異なる方向の熱演で圧倒。ニコ中アル中オバサン演技に全裸も辞さずである。実話ものによくあるように、最後に本人の映像が登場するが非常にそっくり。話し声も区別が付かないほどだ。
なお、彼女の死は爆撃に巻き込まれたようだが、ピンポイントで狙われた暗殺という説があるらしい。

予告を見た時に、これから公開の「エンテベ空港の7日間」と合わせて「秋のパイク祭り」と出たのには笑ってしまった。
ただチラシの「挑む女は美しい」のコピーは野暮の極みですね👊


191214b「エンテベ空港の7日間」
監督:ジョゼ・パヂーリャ
出演:ロザムンド・パイク、ダニエル・ブリュール
イギリス・米国・フランス・マルタ2018年

同じくパイク祭り💥……とはいえ主役はD・ブリュールの方である。
1976年の史上有名なハイジャック事件を、発端からイスラエル軍部隊が突入する「サンダーボルト作戦」までの顛末を描いたものだ。といっても、犯人の心理や政治の駆け引きが中心で、過去に三回映画化されたようなアクション・ファンが見てスッキリするような軍事ものではない。

イスラエル人が多数乗った飛行機をハイジャックした犯人4名のうち、ドイツ人の二人をブリュールとパイクが演じている。
クールマン(パイク)は過激派同志のマインホフを信奉しており、冷徹でユダヤ人に差別的で容赦ないのだが、もう一人のボーゼは元・編集者という「文弱の徒」だけあってどうもフラフラと逡巡して定まらない。
ハッと気付けば自分のやってることはナチスと変わらないではないかと悩み、パレスチナ人の仲間からもなじられる始末。
鬼💢のパイクに揺れるブリュール--といった調子である。彼はこの手の弱気演技をやらせたら天下一品といえるだろう。

彼らは所詮「ガイジン部隊」に過ぎなかったのか。背後にPFLPや着陸地ウガンダの悪名高きアミン大統領などの思惑が交錯する。
イスラエル側ではラビン首相と国防相のペレスが対応を巡ってチクチクとやり合う。ペレスを演じているE・マーサンは普段いい人役が多いが、ここでは老獪さを巧みに見せていて注目だろう。

結局、イスラエル軍がウガンダ完全無視で勝手に突入するが、ここら辺の戦闘描写はあっさりとしたものだ。人質の死者はほとんどなく、イスラエル軍が1名。
なのにウガンダ兵の死亡者が45名⚡と、桁違いに多かったのがラストで明らかにされる。これは驚いた。他国の紛争が原因で殺されては浮かばれまい。なんだかなあという気分になってしまった。
なるべく事実に即して描いているということで、まさにヒーローのいない闘いなのだった。監督は若手のブラジル人。これからも期待である。

さて、兵士の一員の恋人がダンサーという設定で劇中にそのダンスシーンが数回挿入されている。チラシや宣伝などを見ても全く言及されてなくて知らなかったのだが、イスラエルの有名なバットシェバという舞踏団とのことだ。
これがネットの感想を見ても批判が圧倒的に多い。ラストの突入シーンには交互にステージ本番を迎えたダンスが入る。クライマックスに余計なものを入れるなという意見だろう。
しかし私には非常に面白くて興奮した。むしろ現在からの批評的な視点を感じさせ緊張感を高めているのではないか。

ずらりと並べた椅子に座った人々が順繰りに同じ素早い動きを行い、服を脱ぎ捨てていくが、一人だけ同じに出来ずに何度も床に倒れ伏してしまう。人々が着ているのが伝統的なユダヤ教徒の服装であることから、監督は世界の和平への動きについていけないイスラエルの孤立を表すと考えているそうだ。
だが、一方で逡巡する主人公の姿を表しているようにも見えた。他の人々はみな良きにつけ悪しきにつけ自分の確たる考えを持ち突き進んでいくのに、自分だけは同じようにできずに傷つき倒れてしまう。そんな焦燥感を感じさせた。

エンドクレジットの「ウサギとカメ」みたいなダンスも面白かった。常に速い速度を保ってきれいなフォームで走っている者はいつまでもゴールにたどり着けない。
しかし、まともに真っ直ぐには進めず這うようにして歩き、コースを外れてフラフラと曲がりくねりつつ行く者の方が先に到着する……これまた極めて示唆的である。

このダンス絶対ナマで見たい!来日したら必ず行く(!o!)と思ったら、なんと3月にさいたま芸術劇場に来るではないの❗ なんだよ~、どうせだったら映画がらみで宣伝してくれればいいのにさ。大人の事情とかあるのかしらん。
191214c

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2019年12月 4日 (水)

「僕たちは希望という名の列車に乗った」:人生片道切符

191204 監督:ラース・クラウメ
出演:レオナルド・シャイヒャー
ドイツ2018年

ベルリンの壁ができる前、東独の学校で起こった事件。ハンガリー動乱によって市民が犠牲になったのに対し、教室で授業時に黙祷したのが大事になる。
恐らく高校生たちがあまり深く考えずにノリで始めたことと思うが、当時の東独は日本と同様に敗戦国で占領中。ソ連がらみの事案なので許される事ではない。政府から首謀者を出せと迫られて、友情にも家族にも亀裂が入る。
血気盛んな若者たちと、ワケありの過去を背負って生気を失った影のような親世代の対比が痛々しい。

教室で「多数決」って久し振りに聞いた気がする。同時に、呪文のようでもあるな。正義の呪文。
終盤の感動的なシーンは某名作史劇映画を想起させるものだったけど、この部分も実話なのだろうか。

邦題はネタバレしてる割には、実は何も言ってないのと同じじゃないのかね。原題は「沈黙する教室」で「飛ぶ教室」をもじったって本当か?

男子生徒役の若い役者たちの顔力(かおぢから)が強かった!
特にクルト役の子がブラピとディカプリオ足して二で割ってさらに濃くしたような顔立ちであった。

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2019年10月10日 (木)

「未来を乗り換えた男」:終着の港

191010 監督:クリスティアン・ペッツォルト
出演:フランツ・ロゴフスキ
ドイツ・フランス2018年
*DVDにて鑑賞

久方ぶりに「映画館で見ておけばよかったと大後悔」案件に出会ってしまった。思えばハネケの『ピアニスト』以来である。
どうしてロードショー時に見なかったかというと、同じ監督の作品『東ベルリンから来た女』『あの日のように抱きしめて』は見ていた。しかし「面白いけど今ひとつ」な感じだったのである(特に『あの日』の方)。それで今回はどうしようかと迷っているうちに公開終了……と見送ることに。
とっころが(!o!)そういう場合に限って面白かったりするのだ。

冒頭、カフェで二人の男がドイツ語で会話している。その内容からどうもドイツからパリに逃げてきているらしく、ドイツ軍が迫りつつあるので新たな逃走先を探している様子だ。
となればこれは時代は大戦中、パリのユダヤ人の話かと思うが、人々の服装も街中を頻繁に疾走するパトカーも現代のものにしか見えない。

主人公の男はたまたま自殺した作家の遺品を手に入れ、その身分証や旅客船の切符を利用しようとする。そしてマルセイユに向かうのだった(これも命がけ)。
港町では国外脱出を図る人々であふれ、米国の領事館ではビザを得ようと長い行列が待っている。時間だけが経つ。残された時間は少ないというのに。
そこで、別れた夫を探して街中をさまよい歩く女に出会うのだった。

原作はユダヤ人作家によって1942年に書かれたにも関わらず、背景である街並は現在のものである。従って過去の話ではなく、新たにこれから発生する難民問題を近未来的に描いているようにも見える。

さらに不思議なのは、語り手のナレーションと映像の描写が異なることだ。
全てを観察しているとある登場人物が語り手で、「その日はすごく寒かった」と語っているのに映像では初夏の日差しで人は袖を腕まくりして歩いている。「二人は熱烈なキスを繰り返し」とあるが、彼らは喋っているだけだ。あるいは既に知り合いである親子について、初めて会ったような説明が入る。
そのような矛盾した語りが幾度も挿入されるのだ。これは恐らく原作の文章から取っているのだろうが、映像との齟齬が強烈な違和感を生む。ほとんどめまいに近い感覚である。

明るい陽光の下、大きなトランクを転がす観光客たちが闊歩する。窓から臨む輝く青い海と高層ビルそして客船、バルの外の舗道を行き交う乗用車--ここに何かが起こっているとは到底思えない。
しかし明るい港町は同時に暗い迷宮であり、主人公はその地を亡霊のようにさまよう。彼が隠れるホテルは沈鬱で、国外へ逃れようとする人々が絶望と共に息を潜めて待つ。何を待つ?--破滅なのか。この落差は大きい。
不穏、不穏、いずこにも不穏さが充満している。そこから逃れようはないのだ。

遂に町へ侵攻してきたドイツ軍は、同時にテロリストを捜索する警官のようにも、また反政府デモを鎮圧に向かう機動隊のようにも見える。もはや区別は付かない。
だが、それらの全ては明晰で影一つない風景の下で起こるのである。

それにしても終盤の展開には意表を突かれた。ええーっ(>O<)と驚いてしまった。加えて、断ち切られたようなラストがまた衝撃。その後のクレジットにかかるトーキング・ヘッズが明るい曲調にも関わらず(歌詞の訳が付いててよかった)ますます不安をかき立てる。
とにかく全編緊張感に満ちていて目が離せなかった。

さて、船旅で脱出がダメならピレネー山脈を越えるルートがあるというセリフが出てくるが、ベンヤミンは実際に米国へ渡航しようとするもビザが下りず、徒歩でスペインに向かうが国境で拒否されて山中で自殺したそうである。

主演のフランツ・ロゴフスキは見ただけでは思い出せなかったけど、ハネケの『ハッピーエンド』でプッツン息子をやってた人。あのカラオケ(?)場面には笑った。
希望の灯り』では内向的で地味でサエない若者だったが、本作ではもっとアクティヴで外見もスッキリしていて別人のようだ(同じ顔なのに)。ただ、双方とも人妻を追いかけるという点では似ている。
出演作まだ4本? 今度は全く違う役柄で見てみたい。今後の注目株だろう。
相手役のパウラ・ベーアは、同じ監督の過去作に出ていたニーナ・ホスに似ているような。

思えばデュラス原作の『あなたはまだ帰ってこない』と、この映画は表裏を成しているようだ。『あなたは~』ではパリが舞台で女が捕らえられた夫を探してさまようが、こちらはマルセイユで夫を捜し回る女を、さらに主人公が追い求める。
ただ前者はフォーカスをぼかしたり鏡を使うなど凝った映像で幻惑する女の心理を表していたのに対し、こちらは明るい陽光の下、鮮明な光景の中で全てが繰り広げられる。
いずれも戦争の混乱の中で現実が溶解していく。両者を見比べてみるのもいいかもしれない。

最初に書いたように、大きなスクリーンで見たかった--特に明るく迷宮的な町並の映像を。
一方でDVDなら不明に思った所を何度も後戻りして見られるから、このような謎めいた構造の作品を見るには向いているとも言える。
よく映画館でリアルタイムで見てて分からない部分があったりすると「TV放映かDVDでまた見直すぞー」と思うんだけど、実際に見直すことはほとんどないからね(+_+)

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2019年8月30日 (金)

「ホワイト・クロウ 伝説のダンサー」:壁の西側へ跳躍せよ

190829 監督:レイフ・ファインズ
出演:オレグ・イヴェンコ
イギリス・フランス2018年

冷戦時代、ヌレエフ亡命の顛末を描く。単なる「事件」ではなく、貧しい少年時代、バレエ学校、パリ公演の3つの時代を並行しつつ彼の内面に迫っていく構成だ。注意深く見てないと学校時代と公演直前がゴッチャになる可能性がある。

彼の強烈な自負心と背中合わせの劣等感に驚かされる。ただ、実際のヌレエフは憎めない「人たらし」だったようで、そこら辺の描写はあまりない。
それと、セクシュアリティの描写は妙に曖昧なのはどうしたことよ。ホモセクシュアルだったのは公然の事実のはずだが、ぼかした表現しか出てこない(下着姿で友人と二人でいる、など)。
それなのに師匠の家(狭い)に居候させて貰ってるうちに、奥さんと……のくだりはやけにハッキリ描いている。
師匠役のレイフ・ファインズが心なしか嬉しそうに「寝取られ亭主」役を演じているように見えるんだけど(^0^;)

華やかな舞台と裏返しとなる反復する練習と脚にきしむ床の描写が頻繁に入り、「ダンサーはつらいよ」な側面も忘れていない。
絵画を連想させる映像も印象が強い。実際にルーヴルに展示されている絵画もそうだが、明らかにハンマースホイ(ハマスホイ?)を意識した部屋の光景も登場する。映像に関してもファインズは監督としての力量を示したといえるだろう。

主役を演じているのはダンサーから抜擢された若者とのことだが、目ヂカラがすごい。
子ども時代の少年は顔立ちが似てるので選んだのかと思ってたら、最後にちゃんと踊った(カワイイ)のでこれまたビックリよ。
あのポルーニンも役柄自体は端役だけど登場する。単独で踊る場面があり、またサービスショット(!o!)も登場するので、ファンは要チェックであろう。ポルーニンも役者志望らしいが、彼が主役ではなかったのは目ヂカラ💥が足りなかったせいだろうか。
あと、女友達役のアデルも魅力大(*^^*)

それにしても花の都パリ✨である。ハイカルチャーからアンダーグラウンド、聖と俗(クレイジー・ホースも登場)入り交じり混在する都市、なるほど親も祖国も捨ててもいいと思うかもしれない。地下酒場の歌の場面など音楽の使い方もうまい。
レイフ・ファインズにはこれからも役者と監督の両刀で活躍して欲しい。

芸術満載の世界から終盤は、亡命騒動でいきなりハラドキのサスペンスに。KGBのおぢさんはあの後、責任を取らされてシベリア送りになったりしてのだろうか(汗) 宮仕えもつらいよ。一方、空港警察のおぢさんたちはノンビリしてるようで小粋。お国柄ってヤツですかね。
ヌレエフの亡命についてよく知らなかったのだが、『アラベスク』の第2部はこの事件をふまえてこそ描かれたのだなあと、今更ながらに実感した。

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2019年8月26日 (月)

「マルリナの明日」:首なき暴走

190826 監督:モーリー・スルヤ
出演:マーシャ・ティモシー
インドネシア・フランス・マレーシア・タイ2017年

予告を見てなんじゃこれは?と仰天して見に行ってしまった映画である。
舞台はインドネシアのとある島。荒野の一軒家で細々暮らす未亡人がいる。これが、この島の風習らしいのだが、なんと亡くなったダンナはミイラになって同じ家の中にいるのであった(~o~)
それに目を付けたならず者の一団、乱暴狼藉を働き大事な家畜を奪ってしまう。しかし、彼女はレイプ野郎のボスの首をナタでぶった切って反撃、証拠として警察に持って行こうとするのである。

予告ではてっきり「ガルシアの首」のパロディなのかと思ったが、実際見たらそういうわけではなかった。(邦題は意識してるよね)
女性監督による「インドネシアで女主人公でナタでウェスタンやって何が悪い」みたいな堂々たる開き直りだった。まこと天晴れな監督根性である。

バスも霞んで見える延々と続く広野、家に鎮座するミイラ、やる気ゼロの警察(これは日本も同じか)。馬の代わりにロバにまたがり、首を傍らにぶら下げて道を進む。
また途中で女の子(父親に酷使されているらしい)と水浴びをするつかの間の美しい叙情的光景もあり。

そしてラストは……うわ~(>O<) 果たして快作か怪作なのか。もう分かりません!
いやしかし、最後に女は勝つ! 女にとっては力づけられる映画に違いない(多分)。
それにしても出てくる男がどれもロクデナシばかり。唯一バスの運転手はワリを食ってかわいそうだった。

ただ、客席は女はほとんどいなくて中高年のオヤジさんばかり。なんでだ(^^?
キャプテン・マーベル』と並べて遜色ない「闘う女」映画に違いなし!

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2019年8月11日 (日)

「バイス」「記者たち 衝撃と畏怖の真実」:表裏なき戦い

190811 「バイス」
監督:アダム・マッケイ
出演:クリスチャン・ベール
米国2018年

「記者たち 衝撃と畏怖の真実」
監督:ロブ・ライナー
出演:ウディ・ハレルソン、ジェームズ・マースデン
米国2017年

イラク戦争を扱った二作が同時期に日本公開された。内容は一つの事象の表面と裏面を描いている。さて、どちらが表でどちらが裏かというと……。

先に見た方がいいのは『バイス』だろう。
ブッシュ政権下で副大統領を務めたチェイニーが主人公である。副大統領というとお飾り的ポジションかと思っていたら、彼については違ったらしい。「お飾り」のなのはブッシュ(息子)大統領の方だったのだ(!o!)

元々はチェイニーもどうしようもないダメダメ男であった。だが、しっかり者で優秀な妻に叱咤激励され尻をたたかれ真っ当な(「正しい」という意味ではない)政治家に。で……美談になるはずが、そこからまだ続きがあった。その道は地獄へ(当人ではなく国民が)。その行き着く先は戦争。911に乗じて石油利権獲得のためにイラク攻撃したのである。

有名な役者連が実在かつ健在の政治家を演じるというと、思い出すのはオリバー・ストーンの『ブッシュ』だ。全く同じ時期を描いているが、短期間で撮ったためかなんとなくワイドショーの再現ビデオ風だった。
一方こちらは「語り」が面白い。語り手の正体が謎で最後まで引っ張っていく。かと思えば寝室でシェイクスピアの台詞が出てきたり、エンドクレジットでひっかけがあったり。脚本でオスカー候補になったのは伊達ではない。おちょくりとシリアスが絶妙な配分具合となっている。

主演のクリスチャン・ベールもまたノミネートされた価値はある熱演だ。しかし、例のごとく体重大幅増強(20kgとか💥)で、一部に「C・ベールが実物に合わせて太ったり痩せたりするよりも、元から似ている人をキャスティングすればいいのでは?」という意見があるのも頷ける。(『ブッシュ』ではリチャード・ドレイファスだった)
妻のエイミー・アダムスやサム・ロックウェルの大統領も評判だったが、私が一番すごいと思ったのはラムズフェルドを演じたスティーヴ・カレルだ。物置みたいな場所で泣く場面にほとほと感心した。

なお臓器移植の話は『ハウス・オブ・カード』にも出てくるのだが、あの元ネタはチェイニーなのだろうか? だとしたら恐ろし過ぎである( ̄。 ̄;) そういや夫と妻の共謀関係という点も……。

エンド・クレジット始まったら帰ってしまった客が数人いた。まだオマケがあるので帰ってはモッタイナ~イ。最近の映画はうかつに帰れませんな。


『記者たち 衝撃と畏怖の真実』は『バイス』で政治家たちが暗躍していた時に、市民やメディアはどんな様子だったのかが分かる。
大手メディアが愛国心をあおり国民は熱狂--という中で、中堅新聞社の記者たちが地道な調査報道を続けて事実を暴く、というこれまた実話である。

監督のロブ・ライナーが怒りの自作自演(演出&出演)しているだけあって、不正告発はストレートに伝わってくるが、91分で伝えるイラク戦争の真実、みたいな調子で旨味に欠ける。しかも、ある程度予備知識が無いと何が起こっているのか見ててよく分からないというトホホ(+_+)な状態になるのであった。日本人だと予習が必要だ。従って『バイス』の後に見た方がわかりやすいということになる。
こちらも豪華出演陣なんだけどねえ。

そもそも政治ネタの調査報道なんて地味なものだからあまり映画向きの題材ではない。それを考えると『大統領の陰謀』はよくできていたなと思う。
ジャーナリズムや米国現代史に興味ある人、あるいは主役二人のファンにはオススメか。
音楽がどこかで聞いたような気がすると思ったら、『ハウス・オブ・カード』のジェフ・ビール担当だった。

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2019年6月29日 (土)

ルース・ベイダー・ギンズバーグ祭り「ビリーブ 未来への大逆転」&「RBG 最強の85才」

190629a「ビリーブ 未来への大逆転」
監督:ミミ・レダー
出演:フェリシティ・ジョーンズ
米国2018年

85歳にして米国の現役最高裁判事、女性では史上二人目だというルース・ベイダー・ギンズバーグ。その人生をたどる。
法律家を志し名門ハーバード大学院に入学するも、なんと当時の女性の割合は0.1パーセント以下。しかし、家事が彼女より得意な夫と共に家庭を築きつつ首席で卒業。
だが、どこの法律事務所も女を雇ってはくれなかったのである……。仕方なく大学の教員業に。

伝記ものの問題は、大きな功績を成し遂げた人物が波乱万丈な人生を送っているかというとそうとは限らないことだ。
画期的な裁判を勝ち抜いてきたとはいえ、殺人事件のような犯罪ではなく行政訴訟の類いだから、衝撃の事実が今明らかに(!o!)なんてことはなく、あくまで弁論で進行する。しかもすこし気が緩むと「あれっ、今なんて言ってた?」てな字幕見逃しが頻発するのだった。

娘との世代対立など盛り込むも、監督の演出は一本調子でメリハリに欠ける。内容からして客は女性が多いのかと思ったら、意外にも中高年男性がほとんど。どうも社会派映画だと受け取られたらしい。後ろの席ではイビキが聞こえ、近くの高年男性は途中で帰っちゃった。
主役のフェリシティ・ジョーンズは「よくやってる」感はあるけど、実際のご本人はもっと興味深い人物なんじゃないの💨などと思ってしまった。むしろ家事でも仕事でも妻を支える優れものの夫役アーミー・ハマーの方が、好感ポイントが上だったのは仕方ないだろう。

個人的には、大学の授業で取り上げられた事件の判例の一つが少し前に日本で起こったのと似ていて(ひどいDVを夫から受けていた妻が逆襲したのを、罪を問われる)、性差別案件は米国の50年遅れなのが分かってガックリきた。

既に今年の最凶邦題賞に決定確実なタイトルであるが、「ドリーム」「ビリーブ」と来て……次は「トラスト」かな。長音入るなら「スピーク」「ウォーク」あたりか。


190629b「RBG 最強の85才」
監督:ベッツィ・ウェスト、ジュリー・コーエン
出演:ルース・ベイダー・ギンズバーグ
米国2018年

さて、そのRBGご本人を取材したドキュメンタリーである。
アカデミー賞では長編ドキュメンタリーと歌曲の2部門でノミネート。さらにMTV映画賞ではリアルライフ・ヒーロー賞に加え、格闘シーン賞「ルース・ベイダー・ギンズバーグ対不平等」👊でも候補になるという評判ぶりだ。

冒頭彼女の大衆的な人気の高さが描かれる。若い女性を中心に支持され、グッズが作られ、SNLでもネタになるというぐらいキャラクター化しているのだった。これはトランプ以後に最高裁判事(大統領が任命する)のリベラル×保守の比率を彼女の存在が握っているという理由もあるだろう。とにかく日本では想像も出来ない人気なのだ。(その分、毀誉褒貶が様々にあって大変そう)

その半生は『ビリーブ』で描かれたのと大体重なる。そして肝心の本人は、小柄で特徴ある華奢な声で穏やかに喋る。予想より遙かに静かでチンマリとした外見。ただし、弁舌を振るう時を除いて、だ。
彼女の人物像を語る人々としてビル・クリントンやグロリア・スタイネムも登場するとは知らなかった。

しかし、さらに予想を裏切ったのは夫マーティンであろう。映画で好評だったアーミー・ハマー版よりももっとユーモアあって楽しい好人物だった(料理得意なのは事実)。こういう人が共にいたから先駆的な活動が出来たのだなあとヒシ感じた。
というわけで、やはりフィクションより実物の方が面白かったのだった。

マスコミやTVで騒がれていることについて、娘と息子が「母は家のTVの付け方知らないはず」と言っているのには笑ってしまった(*^O^*)

なお、取り上げられている裁判例の一つに、妻を早く亡くした夫が子育てをしているのに男は育児手当を貰えないのはおかしいと行政を訴えたものがあった(映画だと介護手当になっていた)。その夫は「男性差別」だとG・スタイネムに文句を言っていたけど、それはお門違いであろう。
そもそも男女の伝統的な性別役割分業に基づいて、当時は「介護や保育は女の本能であり、男のやることではない」「男であればそんなことはしない」「そんなことをする者は男ではない」という観点から手当は女にしか支給しないと決められたのである(それを決めたのも男であろう)。そしてそのトバッチリを受けたわけで、根源は男女の格差なのだ。

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2019年4月10日 (水)

「バハールの涙」:ノー・ウェイ・トゥ・ヘヴン 男子無用の戦場

190410
監督:エヴァ・ユッソン
出演:ゴルシフテ・ファラハニ、エマニュエル・ベルコ
フランス・ベルギー・ジョージア・スイス2018年

2014年、フランス人女性ジャーナリストがシリアでクルド人の女性兵士たちを取材する。彼女はそこでバハールという女性部隊の隊長と知り合い、戦闘地域へと赴く。
バハールの語る回想と現在の戦闘が交互に描かれる。

回想部分は過酷な場面が続く。バハールは自らも職業を持ち夫と息子と暮らしていたが、ISの襲撃によって成人男性は全て殺され、女は奴隷として売られることになる。
これが捕虜とかではなく、文字通り「奴隷」制度でありIS勢力の個人の家に売られていく。しかも奴隷市場で最も値段が高いのは彼女のような大人ではなく、少女だというのだ。ええーっ(>O<) どこの国でもお下劣野郎が考えることは同じだぜ💢

そして臨月の妊婦を連れての逃走劇。そこでの「人生で最も重要な30メートルよ!」は心を刺すセリフだと誰もが思うだろう。

戦闘場面もまたかなりの迫力である。イスラム教徒は「女に殺されると天国に行けない」と信じているとのことで、女性部隊が先頭に立って突進する。
興味深かったのは、戦闘で死んだばかりの敵兵士が持っていたスマホに電話がかかってきて、その男の兄と会話するくだりである。いかにもネット時代の殺伐とした状況だ。

バハールの瞳は常に悲しみに満ちているが、一旦戦闘となれば鬼神の如く容赦がない。演じているゴルシフテ・ファラハニは『彼女が消えた浜辺』で奥さん役やってた人だよね。心打たれる好演です。

一方で、女子の部活合宿を思わせるような女性兵士たちの日常あり、また夜間の爆撃シーンの壮絶な美しさ、湧き上がる噴煙の不思議な造形など引き付けられる描写も多い。
物語は壮絶だが、全て淡々としている。無機的な音楽も良い。

ただ、映画の宣伝でジャーナリストの存在についてほとんど触れられていないのはなぜだったのか。取材中に片目を失い、地雷で同じくジャーナリストの夫を亡くしたというやはり壮絶な人物(複数のモデルがいるとのこと)なんだけど(?_?)
ノーベル平和賞のナディア・ムラドに関連させてさかんに宣伝してたから、そちらは言及しなくてよいと判断したのだろうか。
彼女の役柄については桜井一樹が、「敵」と同時にさらに別の第三者の存在が物語を強靭にしていると書いていたのが、大いに頷けた。まさに彼女は不必要ではなく、いなくてはいけない存在だったのである。

なお、逆ベクデル・テストはパスしない(多分)。男性だけで会話する場面がほとんどないからである。

見てて疑問だったのは、主人公はイスラムではなくヤズディ教徒なのだが、戦闘中で敵から同じ部隊の兵士が「異教徒め」と罵られると、その兵士は「ばか、私はイスラム教徒だ」と答えたこと。
ISに奴隷にされていた女性を集めた部隊だから、宗教混合部隊とかあるのかね? ちょっと考えられない。
それとクルド語で自爆兵のことを「カミカゼ」と言っていたのは驚いた。日本スゴイ……のか💧

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2019年2月20日 (水)

「ホイットニー オールウェイズ・ラヴ・ユー」:成功と醜聞は表裏一体

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監督:ケヴィン・マクドナルド
イギリス2018年

ホイットニー・ヒューストンといっても、活躍してた当時は歌手としてはあまり関心がなく、ラジオやMTVでよくかかっていたのを漠然と聞き流していた程度だった。
個人的には音楽面より映画『ボディガード』の出演がハマリ役で印象が強い。ただ、ケビン・コスナーの方が株の上昇度は大きかったかも(人気が決定的となった)。
従って、その後のスキャンダル(夫のB・ブラウンがらみ)や2000年代に入ってからの凋落ぶり、さらには突然の死についてもあまりよく知らない。風の噂に聞く程度であった。

そんな彼女の生涯についてのドキュメンタリーである。監督のケヴィン・マクドナルドは『ラストキング・オブ・スコットランド』で知られるようになったが、過去にドキュメンタリーもよく撮っている。実は見たのも忘れていたのだが、『敵こそ、我が友 戦犯クラウス・バルビーの3つの人生』が、今回の作品に一番近いかも知れない。

ホイットニーと言えば、モデルやっていたというぐらいの容姿で、周囲に母親や親戚のディオンヌ・ワーウィックなど歌手として活躍してる者も多いということから、てっきり音楽ファミリーのサラブレッドのような印象を持っていた。しかし実際は全く違っていた。
母親はバック・ヴォーカリストとして巡業の日々で不在、子どもの頃は兄弟と共に他の家へ預けられていたというツラいものである。

ようやくレコードデビューを果たすも、回りは猛母、金に細かい父(マネージャーをやっていたが決別)、ダメ兄とドラッグ兄に囲まれ、結婚したボビ夫はDV野郎であった。
そんな身近な人物のエピソードをインタビューによって容赦なくほじくりかえしていく。ナレーションもなく後は過去映像をかぶせるぐらい。まことドキュメンタリーのお手本のようで、その容赦ない手腕に感心する。これで遺族公認とは驚いてしまう。

いくら稼いでも周囲に金がジャブジャブと流れ出していき、父親とは訴訟騒ぎ、無二の親友とは結婚後疎遠に、タバコにドラッグ、一人娘は不安定、歌唱力も低下--と全てが悪い方向に転がっていくのであった。

2時間強の長さだが途中でだれることもなく、最後に衝撃の事実に至る。これは米国で出ている伝記本にも書かれたことがない話らしい。見終わった後なんともいえない気分になった。

『ボディガード』で彼女には輝かしい華があったのは確か。日本でも大ヒットして満員のロードショー館で見た。あのイメージが残っている。
考えてみると、ミュージカル出身以外の歌手で当時映画に出て大成功した数少ない例かも知れない。プリンスもマドンナもうまく行かなかった。音楽と映画の両方で活躍する人はいるが、どちらか片方にギャップがある。最近ではレディー・ガガくらいだろうか。
なお、あの大ヒット曲「オールウェイズ・ラヴ・ユー」は実はカントリー・ソングで、最初に作曲して歌ったのはドリー・パートンだったそうだ。小林克也の番組でD・フォスターが話しててビックリ。知らなかった

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こうして見ると、彼女の生涯はほとんど「山岸凉子」案件だと気付いた。山岸マンガの登場人物に彼女はピッタリと重なる。猛母、強権父、家庭の不和、DV、児童虐待、離婚などなど、短編でもよく取り上げられた要素がテンコ盛りである。そのまま山岸凉子が彼女の伝記を描いてもおかしくないほどだ。

多くの山岸作品では、特別な能力を持つ天才や異才が共同体の中で自らの力を発揮しようとして成功する、あるいは挫折するという構造が中心となっている。その行く手を阻むのは共同体内の軋轢であり、決して同等の才能を持つライバルではない。
かつて、橋本治はそれを「主人公とその従者」という観点で分析したが、後の作品からは「従者」がいなくなってしまった。
今連載中の『レベレーション』でも主人公のジャンヌ・ダルクを支える従者はいない。これから火刑に向かって暗い坂を転がり落ちていくだけのジャンヌの姿に、ホイットニーが重なるのである。

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