映画(タイトル「ナ」「ハ」「マ」行)

2021年9月11日 (土)

「プロミシング・ヤング・ウーマン」:少女老いやすく復讐なり難し

監督:エメラルド・フェネル
出演:キャリー・マリガン
イギリス・米国2020年

今年のオスカーで5部門候補になり脚本賞獲得。キャリー・マリガンも主演女優賞の下馬評高かったが取れずに終わったものの、話題の一作である。

正直、理解に苦しむ映画だった。登場人物のほとんどが何を考えているのかよく分からないのだ。
例えば『ライトハウス』はホラーだか幻想ものだか、話自体はぶっ飛んでいて訳ワカランものであった。だが、少なくとも登場人物がその時どういう精神状態でそういう行動をするのかは大体理解できた。
しかし、こちらはその点がさっぱり理解できない。

事前の情報では友人をレイプして死に追いやった不埒な野郎たちに鉄槌を下すというような内容とのことだった。でも全く違った。
ヒロインは事件に衝撃を受け、夜な夜な町へ繰り出してわざとそのたぐいの男をおびき寄せ「お仕置き」をする(あくまでも「お仕置き」程度の教育普及活動)。危なっかしい橋を渡っている。逆ギレされたらどーするの、などと心配しちゃう。

だがなぜそこまで友人の死にのめり込んでいるのか、理由は描かれていない。長年に渡って自分を捨てて投げやりな日常を送り、自暴自棄としか思えない行動を続けているのにだ。親友だからなのか、それとも友人以上の関係だったのか?

それから小児科医の男も謎である。付き合いたいというのは分かるが、いきなり××入りのコーヒー出されて飲むか(?_?) フツー飲まないだろう。(そんなコーヒー出す方も出す方だが)
また一度、彼に腹を立てたのにまた彼女が戻ってきた理由も不明だ。唐突に元に戻っちゃう。理由は観客が勝手に推測するしかない。

終盤の「突入」の意図についても同様。
巷の感想見ると、最初から戻るつもりはないと覚悟していたという解釈を幾つも見かけたが、だとするとあまりにも無意味な行動では(?_?)
さらに最初の設定では、最後のシークエンスはなかったという……ええー(+o+;) それじゃますます無意味じゃないの。
現実に起こっている種類の犯罪をモデルにして作っているのだから、できればもっとサバイブの方向に導くものにしてほしかった。

シュシュでくくったかわいいノートに「教育指導」した奴(男に限らず)を執拗に記録していくことが、女の子っぽいやり方というのであろうか。力ある男にひねりつぶされても仕方ないというのなら、無力感にとらわれること甚だしい。

あと、映画作りの基本的なミスが見受けられたのも気になった。カットによって服の乱れが統一されてないとか、狭い場所でのカメラの位置が変とか……。シロートの私が気づくんだから専門家が見たらもっとあるのでは?と疑っちゃう。
それと「枕」のシーンだが、スタントを使わずにマリガン本人がやってたというのを聞いてびっくりした。あれこそスタントを使うところでは💦 実際、事故になりそうだったらしい。
あと使われてる曲の歌詞は訳してほしかった。オバサンは最近の流行の音楽にはうといので(^^;ゞ

というわけで、期待していたのにガッカリであった。

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2021年8月25日 (水)

「ブラック・ウィドウ」(字幕版):腐敗オヤヂ退散

監督:ケイト・ショートランド
出演:スカーレット・ヨハンソン
米国2020年

アベンジャーズの一員ブラック・ウィドウの初ソロ作品。
コロナ禍より前に撮影は終了していたらしく宣伝映像が映画館の予告枠で流されていたが、結局一年以上待たされての公開である。
シリーズ内のタイムラインでは『シビル・ウォー』の後ということらしい。

待たされただけあって大いに期待して見に行ったが、正直期待しすぎたかな~という印象だった。

本業(?)は女スパイで特殊能力や超能力の類いは持っていないブラック・ウィドウゆえ、アクションは生身の格闘系が中心である。それが長時間しかも何度も繰り返されると、見ている方も身体が痛くなってくる。あ、もちろんカーアクションもあるけど。
女性スタントの方々、お仕事お疲れさまですっ\(◎o◎)/!

その間に挟み込んでくるのが、子どもの頃にスパイ家族の一員として米国に潜入していたエピソードで、疑似家族の絆を強調。さらに米国で陰謀論的にと言っていいほど広がっている少女虐待人身売買ネットワークの存在も絡んでくる。

文字通りオヤジ臭フンプンたる野郎が作った悪のシステムを、女たちが自らの力で撃破するという展開は、昨今の風潮からするとスッキリする展開のはずである。しかし、どうもスッキリしないのはナターシャが「薄幸の女」(古いタイプの)だからだろうか。

まあ、そういう場合は悪役の顔を五輪がらみで浮上した不愉快な人物(IOC会長、モリモリ、メダルかじり市長など)に挿げ替えて見ればうっぷんが晴れるだろう。
とりあえず、主人公も「薄幸の女」から「わきまえない女」にバトンタッチするみたいだし。

監督は『さよなら、アドルフ』の人で、あれは衝撃的な作品だったが(日本では感動作として宣伝されたのが残念)途中で間延びして長過ぎるのが難点だった。今回も同様に良作ではあるけど長いと感じた。

ナターシャの妹役として登場するのはフローレンス・ピュー。そういや『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』でも妹役だった。
トム・ホランドが「永遠の弟」なら、彼女は「永遠の妹」ですかね(^^)
ウィリアム・ハートが痩せすぎててビックリした。大丈夫かしらん?

字幕版の上映回数があっという間に減ってしまって焦った💦 やはり最初の一週間に見ないとダメだね。

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2021年8月 4日 (水)

「マーティン・エデン」再見

210804 TVがあまりに五輪だらけなのでツ●ヤで『マーティン・エデン』を借りてきて再見した。最初の感想はこちら

長さが2時間強なのを3時間以上かけて見直した。こんなに全力で見たことは久しくないというぐらいリキを入れて鑑賞したので、グッタリと疲れてしまったですよ(^O^)
結構記憶違いしていた部分があって、これじゃブログ記事訂正しなくちゃいけないかもと思い一部訂正した。やはり一度見ただけじゃダメである。特に最近は老化現象甚だしいのでよく覚えられないのも問題💣

気が付いた点を挙げてみる。
主人公が初めてブルジョワ一家の屋敷に行った時に、令嬢エレナはドビュッシーをピアノで弾いて聞かせる。その時母親が彼女を見る視線は誇らしげに見守るようである一方、自分が丹精した花壇の花を満足気に眺めているようでもある。
これは当然「どこの馬の骨か分からないようなヤツにこの娘をやってなるものか!」という固い決意と裏表となるだろう。

エレナの方はというと、主人公がフライング拍手をしてしまった時に他の家族は「なにやってんだ」という感じなのに、彼女は「まだ終わりじゃないのよ」みたいな屈託のない笑みを見せる。基本的に性格の良い娘なのである。

あと印象的なのは、2つの場面でしか登場しないが古道具屋(?)の二人のオヤジだ。この二人の関係がどうもよく分からない。太った方が店主のようだけど、もう一人は兄弟でもなし店員でもなし、共同経営者でもないようだし、正体不明。原作には書かれているのだろうか。
母親役の女優さんを筆頭に脇の俳優がみな味がある。

後半の売れっ子作家の時期に入った最初、いきなり仮面を付けて決闘を行う場面が登場する。これはよく見ると盛装した紳士淑女が見物しているのだ。
あわやという時に友人と編集者が駆けつけて決闘相手と道化に金を渡して中止させる。道化たちが終了のお辞儀をすると見物人からご祝儀の札束がばらまかれるのだった。
決闘は池を背景に行なわれていたが、その池の向こう岸では白い服を着た人々がダンスしている……これは一体何なんだ~\(◎o◎)/!

衣装や小道具もチェックしてみた。
下宿先の奥さんに亡くなった夫のスーツや靴を借りて着せてもらうのだけど、微妙にサイズが合ってない感が出ている。さらにそれでブルジョワ一家のパーティーに行って浮いている様子が際立って見えるのだ。

古道具屋で入手したタイプライターは作家志望の時期には、まさに「作家であること」の象徴であったが、実際に人気作家になってしまうともはや彼はタイプライターを使わない。録音機や秘書相手に口述筆記するようになっているのが極めて皮肉だ。

そういえば、紙に彼の名前を何回も書いているシーンがあった。それが映っているのが手と紙だけなので実際には誰が書いているのか分からない。しかも丸っこい子どものような字体である。
その後に、元・下宿先の奥さんに豪華な家を贈る場面になるのだが、その契約書(?)に主人公がサインした文字が先ほどの丸っこい字なのだ。つまりこの時のために練習していたということか?
作家として大成した彼とその丸文字のイメージが全くそぐわず、急激に変貌した主人公の二面性を示しているように思えた。

後半の主人公の豪華な邸宅の壁には絵画と並んで、エレナが会ったばかりの頃に彼を描いたスケッチが額に入れて飾ってあるではないか。やはり未練タラタラである。

最初に見た時にもハテ(・・?と感じたのだが、劇中に登場する映画館は劇場に付属した施設のようだ。出入口が劇場内部の舞台そばに直接繋がっていて、見終わった後に観客は無人の座席の間を通って外に出るようになっているらしい。これってイタリアにはよくある構造なのか(日本では知らず)。

あと印象的なのが、主人公を導く老紳士が病に臥せっている横に置いてある巨大で豪華な装丁の聖書である。ディレッタントにして社会主義者のこの人物が聖書を!?というのは驚きなのだが、さらにその後に意外な展開が待つのだ。
そういえば、この映画には宗教的な話題は全くと言っていいほど出てこない。主人公が戦うのはあくまで「世界」であり「神」は念頭にないようだ。(代わりにハーバート・スペンサーとは?)
周囲の庶民についても同様である。それだけにあの巨大な聖書は目立つ。

姉の家に居候している時の彼の部屋には、小さな電気スタンドが置いてある。読書などろくにしない時代に何に使っていたのだろうかと思うが、これが完璧にイタリアン・モダンデザインなのが不思議。色も粋な赤である。
一台欲しい(^^)

時代色はかなり排除されていて、明確なのはオープンリールのテープレコーダー、ダイヤル式の電話、令嬢の兄のマッシュルームカット(?)、旧式なTV(ただし白黒かカラー放送初期なのか不明)ぐらいだろうか。自動車も二つの場面(多分)しか出てこない。
時代背景が周到に攪乱されていると考えるべきだろう。

ということで掘り返すと幾らでもありそうだ(^^)
でも映画館の方がやはり没入度は高い。色調も違うし。フィルム撮影というのもあるのかな?


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2021年7月26日 (月)

「ハニーランド 永遠の谷」:自然と実物

監督:リューボ・ステファノフ、タマラ・コテフスカ
北マケドニア2019年
WOWOWで鑑賞

日本公開された時に見損なっていたのをようやく見た。
『パラサイト』と同じ年のアカデミー賞で、国際長編映画賞とドキュメンタリー長編賞の両方で候補になった珍しいケースと話題になったドキュメンタリーである(結局受賞はならず)。
さらに製作国が北マケドニアというのも珍しい。

中心となる人物は一見、普通のおばさん。しかし、その正体は「ヨーロッパ最後の自然養蜂家」であった!
年老いた寝たきりの母親と二人で荒涼とした土地の電気も水道もない一軒家(というより小屋か)で暮らし、近くの岩山や大木に蜂の巣を見つけては養蜂する。
それだけ見ていると第二次大戦前の話といっても通用するぐらいの生活だ。

どれだけド田舎かの話かと思って見ていると、最寄りのバス停からバスに乗れば、髪をグラデーションに染めたモヒカンヘアの兄ちゃんが乗ってたりするではないか。だからそんな田舎ではない。そして近くの町に行ってはハチミツをひと壜ナンボで売るのであった。

と、ある日隣の土地にトルコ人の大家族が移り住んでくる。子どもが大勢いて、孤独だった彼女は彼らと親しくなる。これまで変化というものに縁がなかった彼女の心境も、揺るがされるのだが……。
って、これフィクションじゃないんですか~っ\(◎o◎)/!と、その後は言いたくなるような怒涛の展開である。

見ていると1年足らずの出来事のように思えたが、実際は数年間の話でその間スタッフはずっと通って取材したのだという。その根性には感心するしかない。

全てが終わった後に彼女は荒野に出て一人たたずむ。その光景を見て思い浮かんできたのは『ノマドランド』だった。題名が半分同じだから(*^^)b……違~う💥

彼女は放浪者とは正反対で、地に根が生えたような長年の定住者。本人が移動しない代わりに隣人が来てはまた消えていく。移動し変化するのは周囲の方だ。
でも、もはや若くはない女が孤独の中に存在するのは同じ。そのような「絵」が似ている。

現実を厳しく掘り起こし、あからさまなまでに観客に見せた後に喪失感が襲う。とはいえ両者のラストの感触はまた異なる。
似ているような似ていないような--どっちだろう(^^?

それにつけても、主人公の存在感には圧倒される。いかにオスカーを獲得したF・マクドーマンドをもってしても彼女には絶対勝てない。
これだからドキュメンタリーは恐ろしい。

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2021年7月24日 (土)

「ノマドランド」/「ザ・ライダー」:演技と実物

「ノマドランド」
監督:クロエ・ジャオ
出演:フランシス・マクドーマンド
米国2020年

「ザ・ライダー」
監督:クロエ・ジャオ
出演:ブレイディ・ジャンドロー
米国2017年
アマゾンプライム鑑賞

アカデミー賞6部門ノミネートで3部門獲得、他にもヴェネチア映画祭でも最高の金獅子賞--🎀
前年の『パラサイト』に続き、この一年に話題をさらった作品と言ったらこれだろう。

キャンピングカーで広大な米国の土地で車上生活を送る中高年女性が主人公である。企業城下町で夫婦で暮らし家を建てたが、企業が撤退し(町ごと消滅💥)家も不況で失い夫が亡くなって、全てを失って追われるように旅に出る。
米国の広野には同じように暮らす人々(ノマド)が大勢いるらしい。

「現在には固執しない」と言っても、過去にはこだわっているように見える。キャンピングカーに思い出の品を山のように積んで引っ張って移動しているのだから。
「人生断捨離」という言葉が浮かぶ。捨てられぬ物があっても、それまでの人生は置き去りにできるようだ。

てな調子なので、貧困や格差という社会問題というより人間の生き方としての面が強調されている。あくまで自由な精神のありようだとして示される。主人公は定住する機会も得るけど、結局はそれを捨てて去っていくのだ。

プロの役者はフランシス・マクドーマンドとデヴィッド・ストラザーンぐらいで、それ以外のノマドは実際に放浪生活を送っている人たちだというのに驚く。
そのせいでかなりドキュメンタリー的な色合いが強い(そもそも原作がドキュメンタリーなのだが)。
現実にこういう暮らしをするのは大変だろう。トイレも風呂もままならず、病気になったりさらには車が故障したら大変だ。

荒野の風景や人々のたたずまいの映像が極めて美しい。ただ、個人的には「いい映画なんだけど好きとは言えない」類いの作品だった。まあ、これは好みの問題である。
それと音楽は「そこでL・エイナウディ使うのか👊」と言いたくなった。

マクドーマンドの演技は本物のノマドに混ざっても浮くことなく、オスカーの主演女優賞を(番狂わせで?)ゲットするだけのことはあった。
ただワニとヘビの場面は「地」ですかね。あれも演技だったらもう平伏するしかない。

捨てたい物に埋もれている中高年に推奨。


さて『ザ・ライダー』、実は『ノマドランド』公開よりも先にクロエ・ジャオの前作ということで予習として見た。
一応、劇映画なのだけどほとんどドキュメンタリーみたいである。というのも、主要人物はみな本人が本人役を演じているからだ❗

舞台はサウスダコタ、知識がなくて見ててよく分からなかったのだが先住民居住区なのだという。
主人公の若者は馬の調教師にしてロデオ大会の優秀な選手である。ある日大会中の転落事故で大怪我を負ってしまう。怪我を治してリハビリ……するはずが、そんなまだるっこしいことやってられるかと気は焦るばかり。心は復帰したくても身体の方はそうもいかない。そんな若者の静かな焦燥の日々が淡々と描かれる。

本人役を本人が演じているのは彼の友人や家族だけではない。華やかなロデオスターだったがやはり落馬事故で車椅子生活で言葉もままならなくなった先輩も、ビックリなことに当人が演じているのだ。
ただどうしても、人間同士の場面は見てて素人の演技なので吸引力には欠ける。良作と思えど、睡眠不足の時に見たら寝てしまうのではないかという印象も感じるだろう。

一方、広大な自然の描写や主人公が馬を馴らす場面は素晴らしい。特に後者はまるで優美で緊張感に満ちたダンスのようだ。目が離せない。
そういう点ではやはりこちらもドキュメンタリー部分が勝った作品だと言えるだろう。

見てて『荒野にて』を思い浮かべた。親とうまく行かない若者の焦燥と馬と荒野が登場するだけでなく、対象とカメラの距離の取り方が似ているような印象だった。(製作年は同じ)

データベースやアマプラのジャンル分けを見ると「西部劇」になっているんだけど、それでいいのか?

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2021年7月 4日 (日)

「ヒトラーに盗られたうさぎ」:子どももつらいよ

210704 監督:カロリーヌ・リンク
出演:リーヴァ・クリマロフスキ
ドイツ2019年

絵本作家であるジュディス・カーの自伝『ヒトラーにぬすまれたももいろうさぎ』を映画化したものである。
児童文学なので主人公は少女だが、必ずしも子ども向き作品というわけではない。

1933年、ベルリンで豊かに暮らすユダヤ人一家の9歳の少女、父は演劇評論家、母はピアニストという知識階級だ。しかし、ヒトラーの台頭を予見した父はスイスへ逃げることに決める。
この父親の決断は重大だったろう。というのもグズグスしていて国外へ脱出できず、結局収容所送りになったユダヤ人は多かったらしい。

都市の邸宅住まいから一気にアルプスの山の中へ。これがまたアルプスの少女ハイジそのまんまな豊か過ぎる自然の中の生活だ。
しかし、このままでは暮らしていけぬとフランスはパリへ--と思ったら不穏な情勢に。さらに英国へと移住する。それにつれて財産が尽きて食うや食わずの生活になっていく。

驚くのは少女と兄はその度に違う言語を学び、異なる習慣になじんで適応できちゃうことだ。さすがは子どもはたくましい。大人だったらそううまくはいかないだろう。
しかも、父親は食料を買う金にも事欠くのに、子どもたちに立派な教育を受けさせるために学費がかかっても良い学校を選ぶのである。価値観が違~う💥

そういや、なんでユダヤ人なのにクリスマスを祝うのかな(?_?)と疑問に思って見てたら、ちゃんと少女が父親に質問してましたな。

なぜヒトラーが「ももいろうさぎ」(少女が大切にしていた)を盗んだかというと、逃亡後一家の邸宅を含む財産を没収したからである。その中にウサギを置いてきてしまったのだ。
他にも、一家を見送った父の友人が後にユダヤ人の血が四分の一流れている理由で公職を追放されたりと、日常レベルで市民がどんどん追い詰められていく様子がよーく実感できた。

ただカロリーネ・リンクの演出はよく言えばオーソドックス、悪く言うと古めかしい。今一つ香辛料が足りない印象である。
父親役のオリヴァー〈帰ってきたヒトラー〉マスッチは『ある画家の数奇な運命』でのヨーゼフ・ボイス(をモデルにした役)同様に好演だった。

ところで邦題はなぜ「盗まれた」か「とられた」にしなかったのかね。絶対に後になって検索できなくなるに違いない。

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2021年5月16日 (日)

「ブラックアンドブルー」/「21ブリッジ」:白黒は決着つかず

210516a「ブラックアンドブルー」
監督:デオン・テイラー
出演:ナオミ・ハリス
米国2019年
DVD鑑賞

言うまでもなくブラックは肌の色でありブルーは警官の制服の色を示す。
故郷の街の役に立ちたいと戻ってきたアフリカ系新人女性警官は、警察と住人の対立の最前線に立たざるを得ない。そして昔の友人からは敵扱いされるのだった。
双方に付くことは不可能、どちらかの立場に取らばならないと忠告されて納得いかずモヤモヤしているうちに、身内の警官の不正と犯罪を目撃してしまう。

--と言うのが発端で、警察署と悪徳警官とギャングのボスから追い回される羽目に。一方、出会うストリートの住民は敵意か無関心、どちらかしかなくて助かる手段は全く見つからない。
ひたすら逃げ回る前半は手に汗握り、サスペンスとして面白かった。追い詰められてどうするかという所ではアクションも見せ場だ。ナオミ・ハリスは熱演である。

ただ見終わって思い返すとつじつまの合わなかったり適当なところもあったなあ(;^ω^)
脇役、特にゲーム少年をもう少し活用する筋立てにすればよかったのでは?とか、ギャングのボス簡単に人を信じてお人好し過ぎじゃないのか……などなど。まあ色々出てくるけど見ている間は気にならないからいいよね🆗

主人公はあくまで行動の人なので黒と青の両者の狭間での葛藤が少ないのは、ちょっと物足りない気もした。
それとガンアクションの最中に、倫理的な問題について理屈っぽい討論をするのは何とかしてほしい(^^;

もう一つの特徴は警官のボディカメラや住民のスマホ映像を多用していること。思わずG・フロイド事件やBLM運動を想起してしまうが、米国での公開はそれよりずっと前で、まるで予見していたようだ。
黒人街の雑貨屋で非常ボタンを押すと、まず店員自身が不審者として犯人扱いされて警官から脅される--この場面は非常に恐ろしい。やってられない気分になること請け合いだろう。

ということで、作りはB級以上A級未満だが、見る価値は大いにあり。


210516b「21ブリッジ」
監督:ブライアン・カーク
出演:チャドウィック・ボーズマン
中国・アメリカ2019年

米国公開時には今一つパッとしない評価&興収だった作品だが、「C・ボーズマン最後の主演作❗」みたいな宣伝文句を出されては見ないわけにはいくめえよ。

事前の印象だと、てっきり切れ者のボーズマン指揮する警察によってマンハッタン島が封鎖され、その中で逃げ場を失った犯人が「あ、この橋もダメ、あっちもダメだ」とジタバタする頭脳戦サスペンスかと思ったのだが全然違った。

ドラッグ争奪事件に端を発する派手な銃撃戦、カーアクション、逃走追跡劇などが立て続けにてんこ盛りで繰り広げられ、その合間にストーリーが挟まって進行するという印象である。
犯人二人組の設定や描写は良かったけど、開始後10分で私のようなニブい人間にも早々に真相が想像できてしまうのはなんとしたことよ。特にとある人物が最初から怪しさ大爆発💥である。もう少し隠す努力をしてほしい。

それからタイムリミット設定が生かされていないのもなんだかなあであった。銃撃戦については撃った弾丸が多けりゃ出来が良くなるわけではないと敢えて言いたい。

とはいえボーズマン最後の雄姿(アクション物での)を目に焼き付けておきたい人には推奨である。「疲れている男」という設定の役だけど確かにやつれているのよ(T^T)


以上、2作とも警察組織内の似たような不正を描いているが、他の映画やドラマでも見たことがあるので、恐らく実際に起こった事件を参考にしていると思われる。米国の作品はこういうの積極的に取り上げるのが常らしい。

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2021年4月14日 (水)

「ウルフウォーカー」/「ミッシング・リンク 英国紳士と秘密の相棒」:異種族との接近遭遇

210414a「ウルフウォーカー」(字幕版)
監督:トム・ムーア、ロス・スチュワート
声の出演:オナー・ニーフシー
アイルランド・ルクセンブルク2020年

秀作アニメを生み出すアイルランドのカートゥーン・サルーン長編第4作目である。内容をかなり乱雑にまとめれば、アイルランド版「もののけ姫」といったところか。
絵柄が超個性的だ。中世絵画風の立体感なしに描かれる町の遠景や城内。対して森はケルトの渦巻き文様に彩られた生命にあふれている。

舞台は17世紀半ばの英国統治下のアイルランドの町である。周囲は人を拒む森林に囲まれ、森とそこに住む狼への攻撃はその支配の一環なのだ。
父親が狼ハンターでイングランドから街にやって来た少女は、半分狼の種族の少女と知り合い仲良くなる。敵対する立場だが、二人は共にここではアウトサイダーでもある。

主人公の少女は最初向こう気が強くて狼を狩る気満々なのだが、厳しい現実にぶつかって泣くしかない。しかし、さらに成長して変貌を遂げる。
父親は娘に森でなく城の台所(これがまた、森と違って陰々滅滅とした場所)に行くよう命じる。だが、子どもの自立を止めることはできないという事実を認めるざるを得ないのだった。

映像、ストーリー共によく出来ているが、難点はあまりに「もののけ」過ぎるところだろう。
ただ狼少女は「もののけ」みたいに美少女ではないし(野性味あり過ぎ💦)、絵柄やデザインが非情に独特で、日本の商業アニメとは一線を画している。また、シスターフッドが強調されているのは今風だ。
最初、少年少女だった組み合わせを少女二人に変えたと監督がインタビューで語っていたが、代わりに父親の方は「やはりそう来たか」という定番な展開だった。

ところで登場する羊が『ひつじのショーン』ぽいのは、わざとかな(^^?

過去の3作品『ブレンダンとケルズの秘密』『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』『生きのびるために』(劇場公開名は『ブレッドウィナー』)は全てアカデミー賞にノミネートされているが、この作品もめでたく2020年長編アニメ賞ノミネートされた。


210414b「ミッシング・リンク 英国紳士と秘密の相棒」(字幕版)
監督:クリス・バトラー
声の出演:ヒュー・ジャックマン
カナダ・米国2019年

こちらは米国のスタジオ・ライカ新作。過去4作品のうち私が見たことあるのは『KUBO/クボ 二本の弦の秘密』と『コララインとボタンの魔女』である。特徴は精緻なストップモーション・アニメだ。
なお、こちらは2019年アカデミー賞の候補となった。

ストーリーはインディ・ジョーンズ+『失われた世界』+『八十日間世界一周』というところか。
未知の生物を探す英国紳士の探検家がいざ遭遇したら、外見はコワいが人語を解し知識も教養もあった!--ということから、その仲間を探す旅に共に出る。世界一周とは言わないが半周以上はするだろう。

映像はCGかと思っちゃうほどの繊細さと大胆さである。風になびく毛や密林の風景、特に人の表情は生きているようだ。
冒険ものとしては定番の酒場での乱闘から氷の山のアクションまで、とてもストップモーション・アニメとは信じられねえ~。
芸が細かすぎてモニター画面なんかでは分からない。大きなスクリーンで見られてヨカッタ(^.^)

自己チューな主人公が生き方を変えるというのはよくあるパターンの話だが、中心となる3人(2人と1匹?)の付かず離れずの関係がよかった。
ただ折角たどり着いたシャングリラの描写(映像面ではなく)が物足りない。あれほど行きたかった割にはなんだか表面的にスルーしてしまったような。映像面は完璧な反面、『KUBO/クボ』も脚本がイマイチだったからそこら辺を補強してほしい。

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2021年3月21日 (日)

「マーティン・エデン」:進むも後悔戻るも絶望

210321 監督:ピエトロ・マルチェッロ
出演:ルカ・マリネッリ
イタリア ・フランス・ ドイツ2019年

原作は作者J・ロンドンで舞台は米国、それをイタリアに移して映画化したものである。
文字もろくに読めぬ無学な船乗りの若者がブルジョワ階級のお嬢様と知り合い、知識と教養を身に付けて変貌していく。作家を志して苦労の末に人気と富を得るが、結局は幸福ではなく虚無にとらわれるというストーリーだ。

港町ナポリを舞台にし全体に古めかしい印象で、見る者がネオレアリズモを想起するような画作りになっている。しかし、いささか変なところがある作品でもある。
突然脈絡もなくイタリア歌謡ヴィデオクリップ風な場面があったり、モノクロ記録映像が挿入されるのだ。

さらに時代が全く判然としない。冒頭、作家である主人公がオープンリールのテープレコーダーに口述で吹き込んでいるのを見ると60年代かと思える。前半はその彼が若い頃というのだから40年代末か50年代初めあたりだろうか。
だが戦後ではなく、第一次大戦と第二次大戦の間の出来事といってもおかしくない。
一方、令嬢宅で知り合った老紳士に連れられて行ったサロンは19世紀末っぽい退廃さを醸し出しているし、大時代的な決闘の場面に至ってはバロック期の仮面劇の扮装で登場する。
このような不明確な混乱した時間の描き方は『未来を乗り換えた男』を思い起こさせる。こういうの個人的に好き(^o^)

一人の男の変転にあたかもイタリア近現代史がミッチリと凝縮されているようだ。
無垢な時代を過ぎれば、当然ながら政治や階層格差も看過できなくなる。集会で組合活動を批判した彼は逆に社会主義者だと誤解され、令嬢の母親から敵視される。
後年、人気作家となった彼の前に再び彼女が現れるが……耐え難いほどに皮肉な展開となる。
いずれの時代であっても主人公は満足と幸福を得ることはできない。一つを得れば他の一つを失う。絶望と後悔が付きまとい、遂には無学で何も知らないままでいる自分の姿を夢想するが所詮は虚しい。そのような世界である。

だが、それにしては一体このラストはなに(^^? まるで安っぽい青春映画のようにベタ過ぎではないか。最後でこれはないだろう💥
と思ったけれど、他の人の感想を読んでなるほどと考え直した。右に移民家族、左にファシスト、そして戦争の始まりを告げる声……となれば、彼はああするしかないのだ。
やはり一筋縄ではいかない映画だった。

それにしても、主役のルカ・マリネッリである⚡
彼の吸引力はすごい。長身で精悍な身体、目ヂカラが強く、その容貌はある時はアラン・ドロン、またある時はヘルムート・バーガーに似て見える。時代を超越した無垢と退廃が矛盾なく同居している。久々に現れた「ブロマイドが似合う男優スタア✨」といえよう。あと往年の手書き映画看板にも映えそうだ。
まさに絶妙のキャスティング。彼なくしてこの映画も成立しないと思えるほどにハマっている。彼の存在自体が映画の手法である「時代の惑乱」を体現しているといえる。
ヴェネチア国際映画祭の主演男優賞を獲得したのもむべなるかな、だ。

おかげで見終わった後に「俳優の身体における表象」ということをつらつらと考えこんでしまった。単なる「見かけ」とか「外見」とは異なる話である。

ということで、いつになったら大型ポスターとブロマイド5枚組発売してくれるのよ~。もう待てなーいO(≧▽≦*)Oキャー


【追記】DVDで再鑑賞し、記憶違いの部分を数か所訂正しました。その感想を新たに書きました。

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2021年2月24日 (水)

「メイキング・オブ・モータウン」:音楽と産業、その深い仲

210223c 監督:ベンジャミン・ターナー
出演:ベリー・ゴーディ、スモーキー・ロビンソンほか
米国・イギリス2019年

米国はデトロイトの地に発するモータウン・レーベル。創始者ベリー・ゴーディJr.がスモーキー・ロビンソンと共に爺さん漫才して笑わせつつ、その音楽とビジネスの歴史を語るドキュメンタリーだ。
ゴーディが頑固オヤジ風なのに対して、ロビンソンの喋り方がなんとなくオネエっぽいせいもあって対照的でいいコンビである。
テンポよく進み……進み過ぎて全く知識のない人には付いていけない可能性はあるけど面白かった。

基本的には「光と影」ではなく「光と光」を描いている。ヒット曲を製作する方法をデトロイトの自動車工場から学ぶという発想が語られる。
また天才少年時代のマイケル・ジャクソンやスティーヴィー・ワンダーの映像が登場し、その輝きには目がくらむ。
一方、あの悪評ふんぷんだったダイアナ・ロス主演『ビリー・ホリディ物語』は名前が出て来たと思ったら、瞬時に通過であった。

70年代以降になると駆け足になってしまったのは、いかに「産業」を目指しても時代の変転についていくことは難しかったためか。それとも発祥の地デトロイトを離れたためだろうか。
それにしてもようやく今になってマーヴィン・ゲイの「ホワッツ・ゴーイン・オン」をしぶしぶ認めるとはゴーディもとんだ頑固者である。

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