映画(タイトル「ヤ」行~)

2022年9月 5日 (月)

中高年洋楽ロックファン必涙🎸ドキュメンタリー「リンダ・ロンシュタット サウンド・オブ・マイ・ヴォイス」「ローレル・キャニオン 夢のウェストコースト・ロック」

220906a「リンダ・ロンシュタット サウンド・オブ・マイ・ヴォイス」
監督:ロブ・エプスタイン、ジェフリー・フリードマン
出演:リンダ・ロンシュタット
米国2019年

なぜか最近絶賛人気継続中(?)の音楽ドキュメンタリー映画ブーム。おかげで次々と公開が続いておりますが、リンダ・ロンシュタットのファンでもなく録音を一枚も持っていないにもかかわらず見たのであった。
リンダというと次々とヒットチャートをにぎわした曲と派手な恋愛ゴシップでしか知らなかったのだが、すみませんっ_(_^_)_ガバッ 彼女についての認識を改めた。

音楽一家に生まれ、ジャズやクラシックなど様々なジャンルに触れて育ち、やがてカントリー・フォークのバンドを組んでLAに出て注目される。ソロ歌手として独立し連続して大ヒットを飛ばす。
一方でロック界という狭い男社会の中で、他の女性ミュージシャンと協働して助け合うようにもなる。

やがてヒット路線を自ら捨ててオペレッタ、ジャズ、自らの出自であるメキシコ音楽にも挑む……という多彩過ぎる活動歴なのだった。
驚いたのは、その度にヴォーカル・スタイルを巧みに変えること。特にマリアッチの歌唱はロックなどの時とは全く異なるもので、見事にものにして堂々たる歌いっぷりである。

また、当時のインタビュー映像を見ると明確に自分の主張を言葉で表現できる人なのだと感心した。
しかしやがて病がその彼女の「声」を奪ってしまうのだった。つらい(ーー;)
現在の彼女はそれを受け入れているように見えるものの、そう簡単なことではないだろう。

インタビューには過去に共演したドリー・パートンがまず一番に登場した。この手のドキュメンタリーの多くに出てくる彼女を米音楽界のご意見番、またはお局様🌟と呼びたい。
個人的にはボニー・レイットがかなり長く話してたのが嬉しかった。
他にジャクソン・ブラウン、付き合ってたJ・D・サウザー、アーロン・ネヴィルなどなど多数登場。
ドリーを真ん中に据えた女性トリオ・コーラスのバック・バンドにD・リンドレーがいたのに驚いた。

それにしても、付き合ってる男を次々変えてもジョニ・ミッチェルだと「恋多き女」なのに、リンダだと「浮気娘」になっちゃったのはなぜだったんでしょうか(+o+)

220906b
「ローレル・キャニオン 夢のウェストコースト・ロック」
監督:アリソン・エルウッド
米国2020年

今の若いモンは知らないじゃろうが、昔々ハリウッドに自然豊かな渓谷があってな。大勢の若いミュージシャンが住み着いて交流し刺激し合い、緩やかな共同体を築いておったのじゃよ。

--という、60年代後半から70年代にかけて存在した音楽コミュニティのドキュメンタリーである。当時の映像は少なく、その地を記録した二人の写真家へのインタビューとその作品を通して時代とミュージシャンを振り返る、という構成になっている。
ミュージシャン自身の回想も音声で入るが、今の彼ら自身を見せないというのが面白い。

タイトルだけだと昔のウエスト・コースト万歳ヽ(^o^)丿みたいな内容だと思えるけど、実際は世知辛い話題が結構出てきてシビアな印象である。
個性強すぎな白黒混合バンドのラブがドアーズの存在ためにヒットできず--というエピソードはロック勃興期ならではというところか。

上映時間120分て結構長いなあと思ったら、なんとTV用の1時間ものを2本つなげたそうである。なるほど……💦
で、前半60年代編はバーズ、バッファロー・スプリングフィールド、ママス&パパス、J・ミッチェルなどが登場。
しかし互いに助け合うなごやかな平和な環境はシャロン・テート事件とオルタモントの悪夢で終わりを告げる。

後半70年代編はJ・ブラウン、CSN(Y)、R・ロンシュタット。そして最後にグレン・フライが成功を渇望していたイーグルスが大ヒットし過ぎたことで、この地に引導を渡してしまう。なんたることだろうか。
当時の洋楽のファンならば一抹の感慨を抱かずにはいられないだろう。

歌詞の訳が全て字幕でついていたのがよかった💯
CSNのあの独特なコーラスはどこから生まれたのか、と長いこと疑問に思ってたけど、答えが分かって満足である。
初めて渡米したクラプトンが招待されたママ・キャスの家でジョニに出会い、彼女がギターを弾いている姿を近距離からガン見している写真に笑ってしまった。

チラシの英語で書かれたアーティスト名に、アリス・クーパーとリトル・フィートの名前が出ているのだが、登場してたっけ(?_?)

映画館内は懐かしさに涙ちょちょぎれる中高年観客多数であった。私も感慨深かったです。
もっとも私がリアルタイムで聞いてたのはこの後の時代だけど。(念為)

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2022年7月 2日 (土)

映画落穂拾い2022年前半編その1

忘れた頃の落穂拾い、期せずしてアニメ特集となりました(^^ゞ

「ロン 僕のポンコツ・ボット」
監督:サラ・スミス、ジャン=フィリップ・ヴァイン
声の出演:ザック・ガリフィナーキス
米国2021年
TV放送視聴

孤独な少年にプレゼントされた、みんなが持ってる友達ロボット。ずっと買ってもらえずに自分一人だけが持ってなかったので、喜んだのはいいものの贈られたのは不良品だった💥--というCGアニメ。
SNS依存の代わりに、子どもたちはロボット依存が甚だしくて全生活を頼り切っている。いかにも現代のお子様向きのテーマかもしれないが、あと10分ぐらい短い方がよかったんじゃないのと思ってしまった。

主人公がトムホっぽかったんで、ついスパイダーマン連想したりして。
友達みんなのため、さらには世界の平安のために大切なものを失うのをあえて認めるというのも似通っている。これも大人へ向かう試練というやつか。
悪役がS・ジョブズに似ているのは何か恨みがあるのだろうか(^^?と思ったりして。

結局、「ロボットが不良品」という一点だけで突破を図ったような気がしなくもない。ロボットはカワイイけどな。

しかしこのロボット、子どもより独居老人向けなんじゃないのか。話相手になって、荷物を代わりに運んでくれたり、杖代わりになったり、「えーと、向こうから来る人誰だっけ?」という時に「前の町内会長ですよ」と教えてくれたりして……孫より大事に思っちゃうかも。


「ミラベルと魔法だらけの家」
監督:バイロン・ハワード、ジャレド・ブッシュ
声の出演:ステファニー・ベアトリス
米国2021年
VOD視聴

こちらはディズニーアニメ。メガネのヒロインはチャーミング、家族のキャラクターも多様、音楽は良し、映像の色彩や動きは驚くほど(特にミュージカル部分の自在さ)……なんだけど、後半の展開についていけず肝心のテーマがよく理解できなかった。

バラバラになった家族が雨降って地固まるってことなのか(?_?)
家族の再生の話としても、どうにも複雑で回りくどく、遠くまで引っ張った挙句に元通りとは、納得いかない気分でモヤモヤする。
裏に何か意味があるんだろうとは思うものの、そこまで追求する元気も興味もないのであった。

結局ミラベルは「何者」なのか? 主人公は彼女じゃなくておばーさんの方だという説もあるし、ますます不明。音楽・映像に目が(耳が)くらみ脳ミソがついていかない。
というわけで前半9点、後半5点みたいな配分。分かる人だけに分かるミュージカル・アニメかな。
なお作中歌の「秘密のブルーノ」は大ヒット、再生回数で「アナ雪」を抜いてディズニー作品の中でトップになったとか。でも、アカデミー歌曲賞の候補になったのはこの曲ではなかったんだよね。


「アンネ・フランクと旅する日記」
監督:アリ・フォルマン
声の出演:ルビー・ストークス
ベルギー・フランス・ルクセンブルク・オランダ・イスラエル2021年

要するに「アンネの日記」のアニメ化ね--と思って興味が今一つ持てなかったが、そんな一言でまとめられるような単純なものではなかった。
さすがに『戦場でワルツを』のアリ・フォルマン監督、というところか。

現在、観光スポットと化しているアムステルダムの博物館、そこに保存されている事物のアンネの日記から少女が突然現れ、そして街中を歩き回る。

彼女は日記内に描かれるアンネの空想上の友達だった。しかし、彼女はアンネがその後どうなったか知らない。当然だ、日記はそこまで書かれる前に終わってしまっているのだから。

周囲の観光名所の数々に名が付けられ、象徴となってしまった「アンネ」現象に向ける視線は辛辣である。まるで本人に代わって批判しているようだ。

迫害から逃れ屋根裏に隠れ潜むユダヤ人と、警察の取り締まりを避け廃屋に集まり住む現代の難民や不法移民を重ね合わせるのは、まさに「今」にアンネを立ち現わせる試みと言えるだろう。
難民を迎えに来たバスがウクライナを連想させてウツウツとなってしまった。

結構クセのある作風なので、見る人を選ぶかもしれない。
ドイツ軍と戦う神話の軍団が「アベンジャーズ」みたいなのでちょっと笑ってしまった。

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2022年4月28日 (木)

「レイジング・ファイア」:香港アクションは不滅です!

監督:ベニー・チャン
出演:ドニー・イェン、ニコラス・ツェー
香港2021年

最近ではクライム・アクション、サスペンスの類いも香港より韓国映画の方が勢いが出てきていて、もはや完全に優勢になってきたのではと思っていた。
しかし間違いであった。お見それしましたっm(__)m

警部と元部下の対立、その原因となった過去の事件を背景に、ありとあらゆる種類のアクションてんこ盛りだ。ショッピングビルから狭い室内まで各種銃撃戦、スラム街の乱戦、下水道チェイス、さらに派手なカーアクション。
派手な爆弾事案があれば「ヒート」ばりの市街戦。これでクライマックスだ~っ--と思ったらまだまだ続くよ格闘肉弾戦。一年分のアクションをこれ一作で堪能した気分ですっかり満腹気分である。ごちそうさまです( ̄ーA ̄)フキフキ

さらに警察内部の不正&忖度がからむ。組織の大義名分と個人の正義との相克をどうするか、答えはあるようで無い。
そこに今の香港の状況への作り手たちの思いが浮かび上がってくるようだ。

ドニー・イェンのお肌がニコール・キッドマン並みにツヤツヤしているので、思わずスクリーンをガン見してしまった(^^;
ニコラス・ツェーの大胆にして神経質な悪役はお見事であった。
なお監督はこれが遺作とのことである。
爆音上映でもないのに、映画館の音が大きすぎてマイッタ。デカけりゃいいってもんじゃないのよ💢

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2021年10月17日 (日)

「ユダ&ブラック・メシア 裏切りの代償」:主役はどっちだ?

監督:シャカ・キング
出演:ダニエル・カルーヤ、レイキース・スタンフィールド
米国2020年
DVD視聴

アカデミー賞5部門候補になり2部門獲得!なのによもやのDVDスルーとはどうしたこったい(!o!) 『プロミシング・ヤング・ウーマン』も同じく5部門候補で、獲得したのは一つだけでも公開されたっていうのにさっ💨 やはり黒人が主人公だと敬遠されるのかね。
などと文句を言いつつツ●ヤの新作棚から早速借りてきた。

60年代末の米国シカゴ、ブラックパンサーの州支部に若干21歳で頭角を現した若い幹部がいた。FBIは危険人物としてマークし、ケチな車泥棒で捕まった男をスパイとして内部に送り込む。

教養豊かで演説がうまく統率力あるハンプトンという人物と運転者役で潜り込むオニールを、『ゲット・アウト』コンビであるD・カルーヤとL・スタンフィールドがそれぞれ対照的に演じる。
ハンプトンは投獄された挙句、最後には謀殺されるのだから確かに「救世主」と「ユダ」に違いない。さらに「ユダ」の後日譚もまた……。

ただ予想に反して、この二者が直接に親密な関係を示す場面は少ない。あくまで近くにいながらも部下の一人である。リーダーたるハンプトンに対し、オニールは側にいる脇役でしかない。両者の共通項は「裏切り」の実行者と被害者ということだけだ。そのことが後者の目を通して冷静に描かれる。
従って国家による犯罪が堂々と行われるというショッキングな内容とはいえ、人間関係の盛り上がりとドラマ性を求める人にはやや物足りなく感じられるかも。

演説場面に見られるように、卓越したカリスマをカルーヤはまさに熱演している。一方、スタンフィールドは裏切りの泥をかぶって生きるしかない男の卑小さを演じ、甲乙つけがたしである。
ここで、誰もが思うであろう疑問💣 この二人が揃って各賞で「助演」男優賞候補というのはなんでなの? どの部門に該当するのかは映画会社の方で決めるらしいが、この年の「主演男優」はC・ボーズマンに決まっているから勝てないと考えて二人とも「助演」にしたのだろうか。

アカデミー賞では二人とも同一部門ノミネートで、結果カルーヤが獲得した。通常だったら彼が「主演」でスタンフィールドが「助演」のダブル受賞もあったかもしれないのに、割を食ってしまったといえる。
他にFBI役ジェシー・プレモンスもよかった。

ところで、アカデミー賞授賞式後の記者会見で、カルーヤは他作品でノミネートされていたレスリー・オドム・ジュニアと間違えられて質問されたという非常識な事件が発生したらしい。
世評では「よく怒らないでガマンした」ということだったが、ここでブチ切れると「だから黒人は……」とか言われちゃうんだよね。つらい(=_=)

さて、ブラックパンサーというと「危険」⚡「過激」💥「暴力」👊というイメージが思い浮かぶ。しかしここに描かれているFBIの策謀を見ていると多分に情報操作があったのだろうと思えてくる。真実はどうだったのかね。
それとハンプトンは『シカゴ7裁判』にも登場していた知ってビックリ(◎_◎;) ちゃんと役名がクレジットされているではないの。最初だけ共同被告になっていた黒人の支援者で、傍聴席にいた人物だろうか?(よく覚えていない)

そういえば、マルコムXの場合も護衛係が密告者だったはず。至る所にスパイあり、だ。
もっともこういう手法はFBIに限らずどこの公安警察も使用するもののようだ。日本でも組合や学生運動盛んな時代はスパイを送り込んでいたらしい。どの集団だか忘れたが、確かナンバー2にまで上り詰めた例もあった。こうなると組織の乗っ取りである。

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2021年9月 5日 (日)

「ライトハウス」:なんで、私が灯台に!?

210905a 監督:ロバート・エガース
出演:ウィレム・デフォー&ロバート・パティンソン
米国2019年

*最後にネタバレ感想があります。

事前に「怖い映画」だと聞いていた。さらに「変な映画」だということだ。おまけにモノクロでスタンダードよりも狭い昔の画面サイズらしい。どうも嫌な予感がする。途中で映画館出たくなったらどうしようと不安であった。
しかし、狭い孤島の灯台でデフォーとパティンソンが二人きりでゴニョゴニョする話(誤解を招く表現)だとあっては、何がなんでも見に行かずばいられない。

心して映画館に向かった私であったが、予想は大きく裏切られた。「変」「怖い」に加えてもう一つ重要な要素があったのだ。
それは「笑える」であった。
なんなのよー、早く言ってよ~(^◇^)

老灯台守と組んで初めて孤島に向かう新人の若者。先輩から乾杯の酒をすすめられるが断って水を汲んで飲む。しかしその水は腐っていた。ギャハハハと嘲笑する先輩、憮然とする若者--いや、いくら何でもそんな真っ黒けな水(モノクロ映像にしても、だ)飲む前に気づけよという気がしないでもない。

その後はひたすらこき使われイヂメられる若者であった。しかも肝心の灯台には上らせてもらえない。ストレスで作業の合間に思わず××しちゃう毎日だ。
そして幻影なのかそれとも物の怪か、何かがいるような……。

てな具合で黒い水を飲んでから以降、全体の三分の一ぐらいは笑える場面だった。後半のアルコールが入ってから延々と続く二人の絡み合いとか。特に強風にあおられて●●●を浴びる場面なんて声出して笑ってしまった。
あれは爆笑するところでしょう(o_ _)ノ彡☆バンバン ギャハハハー(←懐かしい顔文字を使用してみました)

あと過去の名作の引用も多数出てくる。
ゴシックホラー味が強く『鳥』や『シャイニング』はモロにやってるし、全体の構造は『2001』っぽい(二人のキャラクターが孤絶した状態で争い、一人がスターゲイトに達する)。エガース監督は「灯台は男性のシンボル」と語っているが、ディスカバリー号も「精子の形に似ている」などと言われてましたな。
某場面はアルドリッチの『キッスで殺せ』の終盤だろう。他にも私の見ていない映画の引用が幾つもあるようだ、ベルイマンとか--。
ラブクラフトの映画化ってあるのかな(^^?

怪異譚と言ってしまえば収まりは付くが、解釈には困る作品である。
単純に考えてみると、ヘテロな男が二人狭い場所に閉じ込められればマウントを取り合った挙句、結局こうなるしかない💥ということだろうか。あまりに日常的に接近して暮らしていると、自我が溶解していく危険があるのかもしれない。

デフォー&パティンソンはほぼ二人芝居、お疲れさんです。
監督は……モロに自分の嗜好丸出しである。ああ、こういうのが好きなのだなというのが分かっちゃう。
陰鬱なモノクロ、冒頭の霧笛に始まる周到なサウンドデザイン、これに関しては映画館じゃないと迫力を楽しめないだろう。映画館での鑑賞を推奨したい。

210905b パンフレットは灯台日誌(?)風デザインで分厚くて凝った装丁である。なぜか中に6ページにわたって伊藤潤二の紹介マンガが掲載されている。こういうのは普通チラシに載せるものだけど、なかなかにコワイ。
個人的には吉田戦車で見てみたい。あとパロディ調の青池保子で少佐とZの組み合わせ--あまりにもモロかしらん。当然第三の男は部下Gだろう。


さて、私は観ている間まったく思い至らなかった解釈があるのだが、ネタバレなので行を開けて書く。

 

 

 ★★注意! 以下ネタバレがあります
             自己責任でご覧ください★★

 

 

他の人のツイッターでの解釈だが、老灯台守と若者は同一人物だというのだ。
な、なるほど!(ポンと手を打つ)
老人とは若者の罪悪感の表れであり脳内に出現したもので、そもそも灯台が実際に存在するのかも怪しい……というのである。
確かに二人が互いに語る過去はなんだか似通っているし、老人が若者のことを何もかも見透かしているというのもある。
ラストシーンもそれまでの状況からするとおかしい。現実とは思えない。

何より、若者が乗って逃げ出そうとしたボートを老人が壊してしまうのだが、その後の口論では彼は「お前が壊した」と事実と逆のことを言うのである。しかも若者はそれに反論しない。
二人ともボートを壊した犯人ということで、自分と自分で闘っているのである。

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2021年4月21日 (水)

セルゲイ・ロズニツァ〈群衆〉ドキュメンタリー3選:行列に並べば福来たる

210421a ロズニツァはベラルーシで生まれモスクワの映画大学で学び、現在ドイツ在住の監督である。過去にドキュメンタリー21作、劇映画4作を発表とのこと。
日本で彼の作品(比較的最近のもの3作)が一気に初公開された。

「国葬」
オランダ、リトアニア2019年

1953年スターリンが亡くなり、赤の広場で国葬が行われた。死の直後から公式映像が撮影されたのだが、なぜかお蔵入りになっていたらしい。残された大量のフィルム37時間分と国営ラジオ局の放送音声からロズニツァが当時の状況を再構成したものだ。

尺は135分だが、そのほとんどはスターリンの死を悲しむ大衆のプロパガンダ映像が延々と続く。
場所はモスクワだけではない。広いソ連の各地津々浦々に飛んでいる。様々な人々がスピーカーの元に集まって死亡の報を聞いて茫然とし、涙を流しつつ祭壇を作り献花する。

赤の広場では安置されたスターリンの遺体を参るために長大な行列を作り進んでいく。それがちょっとやそっとの長さではない。
よくあんなに行列を作って混乱が起こったり将棋倒しにならないなと驚くが、当時の東側特有の配給の行列慣れ(^^;なのか、それだけ統制されているからか。
シメはさらに大規模な国葬。軍も参加してここでも大行進が続く。

その間、字幕も撮影場所を示すぐらいで解説はない。ただただ人々の姿が圧倒的だ。ソ連が広大で多民族国家だったのも実感した。

映像はモノクロとカラーが混じっていて、極めて鮮明で驚く。さらに映像に重ねられた放送の音声、背景の雑踏や生活音も明瞭。後者は直接同時録音したものではないが、同時期のものをダビングしたらしい。経過した年月を考えると、相当の手間かけてブラッシュアップしたのだろう。

国葬の場面で、運ばれる棺の前を小さな赤い布団(?)みたいなのを捧げ持った軍人が十数人歩いている。一体何を持っているのかと思ったら、一個ずつ勲章を大切そうに乗せて歩いているのだった。
それを見て、しばらく前に行われたナカソネを送る会で祭壇に巨大な勲章(の模型?)が飾られていたのを思い出した。

個人崇拝の行きつく先は宗教と全く同じ形である。今それが鮮やかに立ち現れる。似たようなことは少し前の日本でもあったし(戦前ではなく)これからも起こる--などと考えてしまった。

ところで、弔問に訪れた若き中国人は周恩来だそうな。


「アウステルリッツ」
ドイツ2016年

こちらはベルリン近くの元・強制収容所を見学に訪れた人々をひたすら延々と撮ったいわゆる「観察映画」だ。

こういう場所を見学するのがダーク・ツーリズムというらしい。
事前に知らなければレジャー施設と思うだろう。晴れた夏の日なので人々の多くはTシャツ短パン姿。笑いさざめき自撮りに忙しい。門の外の混雑は休日の上野公園なみだ。建物内は芋を洗うが如し。長い行列に団体行動。解剖台や焼却炉を覗き込む。中には死者を冒涜するような行動をする者もいる。

固定カメラは施設ではなくもっぱら人々に焦点を合わせている。しかもモノクロだ(なぜにモノクロ……?)。
一か所だけ見る者が一様に沈鬱で困惑した表情を浮かべるのだが、そこに何があるのかは映画の観客には分からない。
字幕が付くのはツアーガイドの説明の部分だけである。しかも説明の声はアフレコしたらしい。人々のざわめきなどの環境音はダビングとのことだ。(加えて焼却炉場面は別の施設の光景とか)

全ての要素を並列して投げ出し、映画の観客に「さあ、どうだ」と言っているようである。しかしずっと見ていると虚しくなり疲労のみが溜まってくる。
とにかく場面転換も少ないので眠気が這い寄って来るのに要注意だろう。


「粛清裁判」
オランダ、ロシア2018年

世評では三作のうち一番面白いと言われていたが、個人的に眠気度最高値💤だったのがこれだっ(>O<)

1930年スターリン独裁下のソ連、モスクワでクーデターの容疑で8人が逮捕される。
その公開裁判の記録映画が残っていたのを発掘し、編集したものである。これも映像がクリアなのに驚く。
オリジナルの方の記録映画は2時間半あったそうだが、2時間強に短くしてある。それでもかなり長~く感じた。

ソ連でのトーキー最初期の映画とのことだが、裁判の発言はともかく背景のざわめきや椅子の音はダビングらしい。それに対比するように市民の行進場面が付け加えられている。

裁判の容疑はクーデターを企てたということでいずれも地位の高い技術者たちだ。彼らが市民が埋め尽くす公開の法廷の場で弁明する。
彼らは容疑を認めているのだが、どうもその容疑も釈明も具体性に欠けていてひたすら謝罪に終始している。まるで懺悔大会のようだ。

スルスルと進行しながら実態のつかめぬ裁判の映像--問題はこれらの容疑が全てでっち上げだったということだ。裁判自体がプロパガンダだったのである。しかし、死刑判決が下されても被告たちは受け入れる。
その時の裁判長や検事を務める者の行く末(多くは悲惨な運命)も合わせてみると、スクリーンに浮かび上がってくるのは「闇」なのであった。


以上、結局三作皆勤してしまった。最初はそのつもりはなかったのだが(◎_◎;)
多分コロナ禍で外国映画の公開が滞っていたせいだろう。大作エンタメ映画が公開されていたら絶対そちらに行ってたに違いない。
見てしまったのは怖いもの見たさか。あるいはゾンビ愛好者がゾンビ映画を見に行くのと同じ気分なのか。
果たして私はロズニツァ監督に手玉に取られていたのだろうか。
得られた教訓は「大行列、目的が違えど並んでしまえば皆同じ」である。

パンフレット買ったけど1400円ナリでかなりの厚さ、単行本と言っていいくらいだ。彼の劇映画もどんなものか見てみたい。
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2021年4月 5日 (月)

「ザ・バンド かつて僕らは兄弟だった」/「ラスト・ワルツ」再見:共同幻作

210405「ザ・バンド かつて僕らは兄弟だった」
監督:ダニエル・ロアー
出演:ロビー・ロバートソン
カナダ・米国2019年

ザ・バンドについては完全に門外漢だけど見に行っちゃいましたよ。
ロビー・ロバートソンが過去を振り返るドキュメンタリーである。

自らの生い立ちから始まり、ロニー・ホーキンスのバンドに参加、レヴォン・ヘルムと知り合って独立してバンドを結成し、やがてボブ・ディランのツァーでバックを担当する。
御存じの通り、このツァーはどこへ行ってもディランがブーイングでヤジり倒された。彼らにとっても本当に嫌でストレスだったのが語られる。レヴォンに至っては途中で逃走してしまった(ーー;)

アルバムを出して人気を得るものの、その間に自動車事故が起こったり、酒とドラッグでツァーが崩壊状態になったりして、ロビーはもうバンドとして続けていくことができないと思うようになる。そして解散へと心が傾いていく。
当時の映像が全て残っているわけではないが、写真などでうまく繋いでいるのでインタビュー中心でも飽きることはない。

間にホーキンス、スプリングスティーン、クラプトンなどが出てきてザ・バンドへの愛を語る。ピーター・ガブリエルが登場したのは驚いたけど、名前が出るまで誰だか分らなかったというのはヒミツだ(;^_^A
笑ったのはクラプトンで、彼らの音楽を聴いて大感動して参加させてくれと頼んだが断られたそうな。
スコセッシも数回出てくる。映画の話より、当時のザ・バンド自体についての言及が多い。

しかしこれはあくまでもロビーの語りである。今でも存命しているメンバーは他にガース・ハドソンだけで、しかも彼のインタビューはないのだ。
「兄弟」であった男たちの絆が崩壊し『ラスト・ワルツ』に至って終了する--という、ある種感傷的な流れで物語としてうまくまとまっているが、まとまり過ぎの感がある。
ファンの人はどう思うのだろうか。

『ラスト・ワルツ』からのコンサート映像も使われている。おかげでもう一度見たくなった。私が見たのは昔に一度だけで、共演してたミュージシャンのこともろくに知らなかった頃である。
ザ・バンドというのはあの時代では特殊な立ち位置で、比べられるのはリトル・フィートぐらいしか思いつかない。今だったら、ルーツ・ロックとかアメリカーナとか分類されるかもしれないが。
それと5人編成のロックバンドでキーボード2人というのも珍しくないか!?


「ラスト・ワルツ」
監督:マーティン・スコセッシ
出演:ザ・バンド
米国1978年

というわけで結局また見てしまった『ラスト・ワルツ』である。ツ〇ヤでレンタルしたらちょうどケーブルTVで放映していた。トホホ(+_+)
もっともDVDには特典のコメンタリーや映像が付いている。
前に見たのはどうもリバイバル上映で1999年らしい。それでも20年は経過しているわけだ。

今回改めて驚いたのは歌詞の字幕が付いてないことである。最近のコンサート映画は付いていることが多い(『ザ・バンド』でも同じ演奏場面にはあった)。ファンは分かっているからいいだろうけど、私のような門外漢にはキビシイ。
それどころか曲名も途中に出さない。エンドクレジットにまとめて記されているだけだ。

一度通して見てからコメンタリー付き(しかも2種類ある)で飛び飛びに見直したりして2倍以上の時間かかってしまった。何をやっているんだ(~_~;)

ゲストでまだ若くてツルピカのジョニ・ミッチェルが登場している。思わずそこは二度繰り返して見てしまった。
ニール・ダイアモンドは他の出演陣に比べると完全に「外様」で、公開当時「場違い」みたいな言い方をされてたのを思い出した。ロビーの人脈で出演したらしいが、確かに微妙な距離感である。

ヴァン・モリソンは激熱のパフォーマンスをやってみせた。なのに、あの変な衣装はなんなのよ(?_?)……と思ったら、2種類のコメンタリーともこの衣装のことを触れてたので皆同じに感じるらしい。
ボブ・ディランについては撮影しない約束で弁護士が見張っていて、撮り始めると猛抗議してきた。それを、ビル・グラハムが会場から叩き出したという話には笑った。
当時の撮影スタッフのコメントではスコセッシが相当に細かくうるさくて辟易してたらしいのがうかがえる。

以前見た時には印象に残らなかったが目を引いたのは、インタビュー場面でリック・ダンコがフィドルを小脇に挟むようにして持って弾いてみせたことである。当然弓は上下垂直に動かす。こんな弾き方があるのかとビックリした。
これじゃ、ルネサンスやバロック期のような昔に楽器をどんな持ち方してたかなんて、今では完全には分からんわなあ。

見直してみて、スコセッシはロビー・ロバートソンを主演に据えた映画(テーマは有終の美学✨)を作りたかったのだなあ、と思ってしまった。コンサートの準備段階から関与していたというのだからなおさらである。もうこれは「共作」と言っていい。ドキュメンタリーでありながら「虚構」のような。
そうしてみると『ザ・バンド』の方は、結局そのテーマをさらに後から補強する役目を果たしているようである。
問題は他のメンバーが解散を考えてなかったということだわな💥
とすれば、40年後のロビーの語りは「弁明」とも受け取れる。

後に知られるようになったことだが、ライブ場面の音はほとんど後から差し替えやタビングしてあるらしい。あちらのコンサート映画では珍しくないことだそうだ。
差し替えてないのはレヴォン・ヘルムとマディ・ウォーターズだけとのこと。
マジですか(!o!) ますます虚構味が……💦

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2021年1月14日 (木)

映画落ち穂拾い 2020年後半その2

210114a「ファヒム パリが見た奇跡」
監督:ピエール=フランソワ・マルタン=ラヴァル
出演:ジェラール・ドパルデュー、アサド・アーメッド
フランス2019年

反政府運動のためにバングラデシュにいられなくなりパリにやってきた父子の実話である。難民として入国するも申請が通らず、父親の働き口もない。
しかし、国内でチェスのチャンピオンだった少年の才能が身を助けることになる。言葉もわからぬまま連れて行ったチェス教室にいたのは、優秀ながらガンコ者の指導者(ドパルデュー)であった。

彼と子役少年の演技で見せる作品で、笑いあり感動ありの良くも悪くも予告から想像できる範囲内ではある。
本当に父子を救ったのは、チェス教室のマネージャー女性による大統領への皮肉な一撃だろうか。でも移民・難民のための小学校がちゃんとあるのは感心した。
チェス教室の生徒はユニークな子たちをよく集めたという印象だ。

子どもは異国の言葉でも覚えるの早いね。フランス語を覚えない(覚えられない?)父親を批判する意見を見かけたけど、大人になってしまうとそう簡単にはいかないだろう。
日本でも小学生の子が親の通訳代わりをすることが多いらしい。
まあ、日本だとさっさと強制送還ですかね((+_+))


210114b「2分の1の魔法」(字幕版)
監督:ダン・スキャンロン
声の出演:トム・ホランド、クリス・プラット
米国2020年

兄と弟が魔法の失敗で行方不明の父の上半身を求めて三千里……なんだけど(ちょっと違うか)、どうも最後までノレなかった。
兄弟愛と父子愛のダブル攻撃で、見てる間中「感動しなくちゃ、感動するんだ」と強迫観念がつのってくるがうまくは行かない。

そもそも昔は使えていた魔法が失われつつある世界という設定自体が、どうでもいいとしか思えず。折角のピクサー印なのだが、なんだかなあ。
とりあえず、トム・ホランドは「永遠の弟」ですね(^^)

ピクサー新作『ソウルフル・ワールド』は劇場公開されず残念無念である。非常に評価が高いのに(;_:)


210114c「オフィシャル・シークレット」
監督:ギャヴィン・フッド
出演:キーラ・ナイトレイ
英国2018年

イラク戦争で実は「大量兵器はなかった!」と認定されて(注・日本を除く)から幾年月。その背後にあった国家間の陰謀の証拠を、マスコミにリークした職員がいたのだった(実話)。

……といってもスパイ映画のようなアクションやサスペンスがあるわけではない。
信念を持った一人の女性の行動とそれに応えたジャーナリズムが並行して描かれるという、大変に地味な作りである。愚直なまでにストレートな描写が続く。
それを演じる役者たちの力量が最大の見せ場だろう。

それにしても裁判の行方は呆気に取られてしまった。なんなのよ💥

ギャビン・フッド監督はこの路線が行けそうでよかった。『エンダーのゲーム』なんかどうしようと思ったもんね。
キーラ・ナイトレイの方はレイチェル・ワイズの後継者路線を取ってもよさそうな印象だ。レイフ・ファインズは出ると知ってなかったら最初分からなかったかも(;^_^A
それから米国の記者はリス・エヴァンスだった。かなり久し振りに見た気がする。


210114d「ようこそ映画音響の世界へ」
監督:ミッジ・コスティン
米国2019年

業界の人間ではないシロートには知られていない分野について、紹介&解説してくれるドキュメンタリー。

私は映画を見ている時は、視覚の方に集中力を全部取られてしまうので、音楽や音響の方にはあまり注意が行かない。だからこういう解説はありがたかった。エンドクレジット眺めていて「これはどういう役目なんだろう」という疑問が少しだけ解けた。
しかも「映画館の音」として実際に体験できるのだから、やはり映画館で見ないともったいない。

取り上げられているのは『スター・ウォーズ』や『地獄の黙示録』などメジャーな作品が多かった。米国以外やマイナー作品は少ない。一応「正史」と考えれば仕方ないということだろう。
歴史、功績者、実際の作業編と三つに分かれているので、明確に章立てした方が分かりやすかったと思う。

このドキュメンタリーには出てこないが個人的に音が記憶に残っているのは『脱出』。常に川の水音が流れていて気分が悪くなるぐらいであった。

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2020年12月 3日 (木)

「LORO(ローロ) 欲望のイタリア」:怪人復活

監督:パオロ・ソレンティーノ
出演:トニ・セルヴィッロ
イタリア2018年
DVD鑑賞

ソレンティーノはどうも作風が苦手だけど、以前同じく政治家もので同じくトニ・セルヴィッロ主演の『イル・ディーヴォ 魔王と呼ばれた男』を見たので、今回も蛮勇を奮って鑑賞することにした。
主人公は伊首相を計9年間も務めたベルルスコーニ。メディア王にして犯罪疑惑があり、派手なセックススキャンダルにも事欠かない。
イタリア事情にうといとどんなヤツだっけ?とピンとこないが、オバマ大統領夫妻(当時)が訪れた時に「日に焼けている」などと(首相なのに)発言した人物である。そういや、トランプ大統領に似ているような。

本作もやはり社会派映画ではなく、シュールな映像にぶっ飛んだ構成である。さらに派手な美女がエロい格好でワラワラと多数登場する。
ただ150分は長すぎに感じた。そもそも元は二本の作品なのをまとめて短縮版にしたというのだから余計に訳が分からなくなる。

前半は地方でくすぶっている若い実業家が、エロくて美人なおねーさん方を集めて(オーディションまでやる)失脚し隠遁生活を送るベルルスコーニになんとか食い込もうと努力する。彼らはは日がな元首相の別荘のそばでバカ騒ぎを繰り広げる。
一方、その広大な別荘でベルルスコーニは何をしているかというと、復活を目指して陰謀をめぐらすこと、そして妻との関係を取り戻そうとすることである。
仮面のごとき笑いを顔面に張り付けたセルヴィッロが迫力である。笑っちゃうけど。

ラストについてはよく理解できない。エアコンの寒風(ゼロ℃設定!)で凍死する羊、そして災害の瓦礫の中から発見される十字架のキリスト像……宗教的な意味があるとは思えるが(?_?)

実在の政治家たちが登場するので、やはり事前にイタリアの政治情勢を予習しておかないとかなり分かりにくい。
ここでは主人公はあくなき権力欲を持っていても、もはやあがくだけの「哀れな老人」として描かれている。しかし、なんと本作が作られた後にまた国会議員として返り咲いているのだ。まさに魑魅魍魎である。
そんな権力者についてこんな映画作っちゃって監督大丈夫かしらん、と心配になったほどだ。

米・英・露・ブラジル、そしてイタリア……ろくでもないリーダーは世界のどこにでもいるのだと分かって、却って安心した。日本だけじゃないよーヽ(^o^)丿
日本版をこういう手法で作ったら面白いかも。ただ、美女盛りだくさんパーティでなくて「桜を見る会」になるけど(;^_^A それはそれで笑えそうな。

「地方都市はエロい美女がいっぱいいる」というのは……イタリアではそうなのか👀と驚いた。

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2020年10月13日 (火)

「その手に触れるまで」「ルース・エドガー」:男のいない男たちの世界

201012a 「その手に触れるまで」
監督:ダルデンヌ兄弟
出演:イディル・ベン・アディ
ベルギー・フランス2019年

「ルース・エドガー」
監督:ジュリアス・オナー
出演:ナオミ・ワッツ
米国2019年

今回のお題は「構ってほしい、異文化のはざまに立つ良い子の少年」である。共通項は「女教師」「母親」「女の子」だ。

『その手に触れるまで』はカンヌの常連ダルデンヌ兄弟がやはり監督賞を獲得した新作。
ベルギーに暮らす移民(モロッコ系?)の少年アメッド、少し前まではゲームに夢中だったのに今はネットでイスラム過激思想にはまり、地元の指導者の元に通いだす。そして母親や言葉や勉強を教えてくれた女性教師に反発するのであった。

まだ13歳なのでその直情ぶりは融通が利かず笑っちゃうほどなのだが、教師への敵意はただならぬもの、しかもシツコイとなると話は違ってくる。
とはいえ、いくら彼が幾ら信仰の鎧で身を固めてようと、現実の少女の前では崩壊してしまうように付け焼刃である。あるいはそんな中二病的世界観では健康で無邪気な牧場女子のリアリティに太刀打ちできないというべきか。

純粋ゆえの過激と無謀さを淡々と描き、そのように幼い価値観があちこちにフラフラと曲がってはぶつかる様子を見守る映画である。
もっとも私は根が疑り深い人間なので、ラストに至っても「まだやる気か(!o!)」などとドキドキしてしまったですよ、トホホ(^^;ゞ
そのラストで邦題の意味が判明するが、それでもなんだか生ぬるい感じがするこのタイトルはどうにも気に食わねえ~っ👊

言葉ではなく反復する動作を積み重ねていくのは、いつものダルデンヌならではである。
少年がイスラムの教えに沿って執拗なまでに手洗い(といってもコロナウイルス以降の世界では珍しくもなくなったが)、口の中を洗う動作の反復、そして農作業の身体の動きの積み重ね……。
こういう単純な動作をダルデンヌは撮るのがうまい。つい見入ってしまうのであった。


201012b さて、『ルース・エドガー』は宣伝や広告でかなり観客をミスリードしているが、実際には『その手に触れるまで』と構図や設定がほぼ同じである。予告がサスペンスっぽい作品のように見せていても全く違う。

主人公の高校生は常に賢くてよい子である。というのも元はエリトリア(?)の少年兵という出自で、今は米国中産階級の白人夫婦の養子になっているからだ。「更生」の証として、また養父母の期待に応えるためにはそう振舞わねばならない。そのような状況ににウンザリしている
その不満からか、身近にいる女性教師に敵意を向けるようになる。

もっとも大人をなめくさって自らの能力に疑いを持たない傲慢な若者はどこにでもいる。ただこの場合常軌を逸している。『その手~』のアメッドと同様で異様なほどに執拗なところまでそっくりだ。

『その手~』では少年の父親は不在ということだったが、こちらには身近な男性がいることはいる。しかし場当たりな反応の養父や調子のよい校長はいてもいなくても存在でしかない。
結局のところ若者の相手をしてやっているのは、やはり女性教師と母親と同じ学校の女の子であり、彼が敵対するのも利用するのもみな女なのだった。

これはまたもや「不満を抱く若者を構わざるを得ないのは女」事案ではないか。(過去の例→『ブレッドウィナー』『家族を想うとき』
「なんで女にばかりコマッタ若いもんの尻ぬぐいをさせるかなー。どうしてそんなに女に頼るの。男もちゃんと相手してやればいいのに」と思ってしまったのは事実である。

原作は芝居ということで、ほとんどは役者の会話で進行する。ここはダルデンヌ兄弟とは大きな違いだ。そして(日本でも同様なのだが)この手のあえて不愉快さをまき散らすタイプの芝居を書く者の、鼻持ちならない尊大さに辟易してしまった。

さらに加えて人種差別を扱っていながら、別の偏見を強化するような内容なのはどうよ。出自や生育環境が複雑な人間は信用できないとか、子どもの頃に暴力的な環境に育った人間は本質的に変わらず暴力的であるとか--そういう言説を半ば肯定しているのではないか。
また作り手のミソジニーがにじみだしているような部分も感じる。標的の教師はフェミニストっぽいし、東洋系のガールフレンドはまるでエイリアンのように不気味な存在に撮られている。そして母親は「愚か」である。

ナオミ・ワッツやオクタヴィア・スペンサーをはじめ、いい役者を揃えているのにねえ。モッタイナ~イ💨

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