映画(タイトル「ヤ」行~)

2026年8月23日 (日)

「落下音」:曖昧な母

260823 監督:マーシャ・シリンスキ
出演:ハンナ・ヘクト
ドイツ2025年

今期最大の恐怖、といっていい映画だった。
ドイツの農村地帯に立つとある家、そこで四つの異なる時代の住人たち、少女とその家族の存在が脈絡なくスイッチして描かれる。よほど注意深く見ていないとどれがどの時代やら混乱してしまうだろう。

時代順にみると、第一次大戦下・1940年代・1980年代(東西冷戦下)・現代となる。三つ目までは同じ一族だが、「現代」は廃屋となった家に越してきた家族が住人だ。
いずれの時代も少女が中心となって描かれる。彼女たちの目撃した光景、あるいは体験した出来事が不穏さと共に周囲の空気に溶解していく。
彼女たちの生きづらさ、あるいは苦痛、暴力--これらは耐えがたいものでありながら、いつでもどこでも普遍的に存在するものでもある。そして絶え間ないノイズ、かすかに存在する視線はどこから発しているのか。
分からない。分からないことだらけである。

第一の時代は閉鎖的で露骨な家父長制下での子どもたちの受難。第二の時代では敗戦による女たちの混乱が描かれる。
最初は気付かなかったのだが、第三の時代の少女アンゲリカが性虐待を受けているという指摘にはハッとした。あの自暴自棄に近い奔放さと挑発的なしぐさはその表れだったのだ。思いも及ばずうかつであった。
では一見平穏そうな第四の時代についてはどうか。何もなさそうだが、夫婦が自らの性行為を子どもに見せるのは立派な虐待である。その証拠に、その場面のすぐ後で幼い妹が泣く場面が挿入される。
姉の方も鬱屈を抱えている。それは近所に越してきた年上の少女を見るまなざしに収斂される。

この映画を思い返すたびに何か既視感が強まっていったのだが、今ここに至ってゲルハルト・リヒター「ビルケナウ」の元となった強制収容所の写真だと思い至った。あの曖昧さと遠さ、何かが起こっているのだが何なのか判然としない。しかし恐怖が感じられる。そんな印象だ。他にもリヒターを意識したような場面があった。(リヒターだけでなく別のアーティストや作品の引用もあるらしいが)

しかし、見ていて一番の恐怖は第一の時代--そこにおいて直接的には描かれなかった子どもたちの母についてである。
亡くなった幼い娘の遺体と共に写した写真の中、撮影する間にも悲しみで慟哭しているのだろうか。静止していることができないため、その姿は完全にぶれていて形も定かではなく亡霊のようだ。娘へと延ばされた腕とおぼしき白い影もぶれて曖昧である。しかしそこから執念に近い強い感情が発せられている。その内心は決して明かされない。
語られず顧みられぬ母、曖昧で消えゆく母。歴史の中に溶け行く母。私はこの光景に耐えがたい恐ろしさを感じた。夜中に思い出すと眠れなくなる。これ以上の恐怖はない。
しかも彼女はこの後、息子や娘を死地へと追い込む役割を夫と共に果たすのだ。

これを鑑賞することは滅多にない体験だが、面白いとも楽しいとも言えない。万人にはとてもお勧めできない映画だろう。


以下ネタバレになるが、多分パンフレットの誤った内容(勘違い?)のせいだろうか、誤解している人が多い箇所を2点指摘したい。
*第一の時代で両親が長男を突き落としたのは、息子を戦場に送るのが忍びないという親心からではない。末の娘がはっきりと「労災」のため、つまり金のためだと述べている。
*第二の時代で女たちを川に入っていくのは入水自殺のためではない。向こう岸に渡って逃げようとしたからだ。渡りきることができずに亡くなった者もいたということだろう。

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2026年6月 2日 (火)

「私がビーバーになる時」(字幕版):トゲトゲとモフモフの間

260601 監督:ダニエル・チョン
声の出演:パイパー・クールダ
米国2026年

ピクサー映画新作、見る予定はなかったけど高評価が多かったので行ってみた。字幕版やっている所が少ないっ。仕方ないけど。

大学生であるヒロインは一般の観客が見るとかなり感情移入しにくい人物である。小学生の頃から動物愛が高じて彼らのこととなるとどんな場所にも突撃を辞さず。人間に対しては常に不信感溢れる戦闘モードだ。おまけに髪の毛はその性格を表すようにグルグルと逆立っている。

目下の敵は開発ゴリ押しの市長だ。亡き祖母も愛した川や森を守らねば💢と戦う日々。そんな時に大学で、動物ロボットに意識を転送して森の中の動物コミュニティに潜り込む研究が進んでいることを知る……。
あら不思議😶髪の毛逆ち性格もトゲトゲしているヒロインも、ビーバー(のロボット)になるとモフモフしてかわいいではないか。同じ場面でも潜入モードと人間視線モードが異なるのが面白い。

その後は森の危機を巡って怒涛の展開でアクションが連続だ。年寄りにはもはや頭が付いていけねえ~。見回せば周囲の客は若い者が多数である。
そんなドタバタの中でも、主人公は攻撃して暴れているのだけではイカンと多くのことを学び取っていくのであった。

しかし今回のピクサーの売りは、森と川の生態の静かな美しさの描写だと見た。現実よりもさらに美しい世界を注視せよ。
でもやっぱり年寄りは疲れる映画ではある(>_<) 
最近動物アニメ・ラッシュなのはなぜ? 『野生の島のロズ』『Flow』『パフィンの小さな島』……他にもあるかな。

見て初めて知ったが、主人公は日系だったのね。名字がタナカなのである。
それと敵役の市長の設定が、母親と二人暮らしで甲斐甲斐しく介護もしているというのも目新しかった。
見に行ったシネコンではM菱地所のCMを長々やってて辟易。あそこがやってることは本作では敵認定されるんじゃね(・・?

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2025年6月26日 (木)

人間無用!海と島と動物アニメ・その1「野生の島のロズ」(字幕版)

250626 監督:クリス・サンダース
声の出演:ルピタ・ニョンゴ
米国2024年

なぜか共通項が多いアニメ作品が続けて公開された。流行なのでしょうか。
第1弾はあまりの大好評なので見に行った大手ドリームワークス作品。

名も知らぬ~🎵遠き島に流れ着くロボット一体あり。人間の与えるタスクを達成するのが役目のロズが、人間のいない島でようやく見つけた仕事は雁のヒナの「子育て」であった。
まだ小さいうちはピーチクとまとわりついていたのに、思春期ともなるとふてくされて反抗的。やがて立派に成長して渡り鳥として自立……。
ロボットは性別ないはずなのになぜ「母親」になるのか--などと文句を付けるのは野暮。
お子様を映画館に連れてきたお母さんお父さんが怒涛のように涙を流す(T^T)のは必至だろう。

島の光景、植物、動物全てが美しく鮮やかな色彩で生き生きと動く。憎たらしいはずの回収役ロボさえ魅惑的だ。
キツネのしっぽのモフモフ感はたまらない💖 モフモフしたいぞっ。

子育てや周囲の動物たちと付き合う中でロズの内部にも芽生えてきたものがあった。果たして、メカニクスとプログラムの間に心が生じるのであろうか。いや、むしろこれは「生じてほしい」と願う物語なのだろう。
それよりも大きな疑問は弱肉強食、食物連鎖の輪を断ち切った後に島での「食糧」問題はどうするのか(?_?)ということだ。そこら辺はうまくごまかされたという感じ。
ところでゴールデンゲートが崩落しているというのは--大きな戦争が起こった後の世界なんだろうか。

キツネの声をペドロ・パスカルがやっているというのは聞いていたが、ビル・ナイやマーク・ハミルも担当していたとは全く分からなかった。

アカデミー賞作曲賞・音響賞・長編アニメーション賞候補。事前の下馬評ではアニメーション賞は固いということだったのだが……。

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2025年3月15日 (土)

つらい職場特集・酒場編「ロイヤルホテル」

250315 監督:キティ・グリーン
出演:ジュリア・ガーナー
オーストラリア2024年

昨今の映画にしては短い91分。しかしその3倍ぐらいに感じた。「まだ、この状況続くの? 耐えられねえ~😱」というぐらい。
同じ監督(主演も同じ)の前作『アシスタント』も相当イヤな話だったが、こちらはさらに上回るイヤさである。
楽しい女二人の観光旅行のはずが旅費が無くなって、オーストラリアの荒野でパブの住み込みバイト--したらそこは酔っ払い野郎どもの巣窟であった。

セクハラ暴言当たり前、ひどい出来事が次々と起こる。果たして報酬をちゃんともらえるのかも不安だ。怪しい男も出没する。もっと恐ろしいのはこれが実話でドキュメンタリーを元にしているということである。
夢の豪州、広くて怖いぞ。さすが『マッドマックス』の舞台となっただけはある。グリーン監督はオーストラリア出身ということだ💦

この状況に対して一人は慣れようとし、もう一人は抵抗しようとする。その選択による顛末を彼女たちの責任に帰すわけには行くまい。いずれにしてもどうにかやり過ごすしかないのだ。

そのモヤモヤをラストシーンが吹き飛ばす。でも絵面が他の某映画と重なるような……よくある定番シーンなんですかね。偶然か(^^;
ヒューゴ・ウィーヴィングが酒場のオヤジ役で特出。エンドクレジットの曲がカッコよかったです。

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2024年11月11日 (月)

ベロッキオ監督とこだわりの誘拐事件特集

241110a ★「エドガルド・モルターラ ある少年の数奇な運命」

監督:マルコ・ベロッキオ
出演:パオロ・ピエロボン
イタリア・フランス・ドイツ2023年

イタリア映画祭続きでベロッキオ監督作を。これは確か昨年の映画祭で上映して、今年本邦劇場公開となった。
ついでに--2010年の映画祭でベロッキオが来日した時のエピソードをこの記事の後半に書いた。ここでは彼の返答した内容は書かなかったが、「どこの国にもそれぞれいいところと悪いところがある」(だから自国を断罪しても仕方ない)というような意味の発言だった。

1850年代半ば、ボローニャのユダヤ人家族から教会の指示を受けて6歳の少年が連れ去られる。理由は赤ん坊の時に洗礼を受けたから……。そうするとキリスト教徒になるという理屈らしい。そもそも洗礼って聖職者でなくても誰でもできるんかいっ(!o!)などと異教徒には理解不能な事案である。
誘拐事件として当時は周辺国だけでなく米国にも伝わって大騒ぎになったという。

少年は修道院に入れられ環境が激変する。社会への衝撃よりも、取り戻そうとする両親の苦闘と少年の困惑に重点が置かれて描かれる。
それから傲慢の塊のような教皇の醜態も相当なもんである。ロスチャイルド家から多額の借金をしながら、地元のユダヤ人コミュニティに対してはちまちまと脅して恫喝する……思わずムカーッ<`~´>
イタリア映画祭の『グローリア!』も合わせて見ると、イタリア社会の一部では教皇を頂点とする教会の権威主義が相当憎まれていると思えた。

役者の演技と重厚な画作りは素晴らしいが(ちょっと画面暗めだけど)、成人になってからのエドガルドの心理状態がよく分からなかった。家族から引き離され異質な世界に放り込まれたことによるアイデンティティの不安定さなのか、それともPTSDなのか。
イタリア近代史とカトリック信仰を知らないと難しい部分がある。この事件がきっかけで内戦が起きたということなのかな(?_?)

終了後、パンフレットの見本を手に取って中身を見るふりをしながらスマホで撮影しているヤツを目撃した(某評論家の論考ページだった)。
諸物価高騰の折、仕方ないとはいえるけどセコイ👊セコイ過ぎるぞっ🆖

241110b
★「夜の外側 イタリアを震撼させた55日間」

監督:マルコ・ベロッキオ
出演:ファブリツィオ・ジフーニ
イタリア・フランス2022年

そもそも全6編のTVシリーズとして制作されたようなのだが、イタリアでは放映前に前後編に分けて劇場公開。日本も同様の形で公開となった。私は映画館に2回通ったが、朝から籠って通しで鑑賞した人も多かったようだ(^^;

ベロッキオ監督はモーロ元首相誘拐事件を以前にも描いている。それなのに再び、しかも今度は全6話で人物ごとのオムニバス形式で作るとはよほどのこだわりだ。それだけの大事件だったわけだが。
結果は……重量級340分を見たかいがあった\(~o~)/

前半3章はモーロ本人と解決に奔走する者たち(内相と教皇)を描き、後半は犯人の女性テロリストとモーロ夫人が主人公、そして終章を迎える。確かに配信ドラマシリーズっぽい構成ではある。
そんな中で何やら怪しい陰謀が背後にうごめいているのがちらちらと垣間見えるのであった。そして第一章冒頭の「え、これはどういうことか?」と疑問符が浮かぶ謎の場面の意味が判明する。

教会で一番偉い教皇が救おうと力の限りに祈っても神は応えない。ならば他の誰が祈っても無理だろう。さらに地位とコネを使って身代金を集め交渉しても無駄に終わるのなら、地上の権力など意味はないということだろうか。もっとも、イエスのように十字架を担いで歩いている者をもはや救えるわけはないのだが。
それなら政界の権力者はどうなのか🙄 そこには神ならぬ妖怪どもがうごめいているようだ。
狐や古狸が跋扈するイタリア政界は日本に似ている所がある。政権を取ると大臣や政務官のポジションを順に回したり。さすがにイタリア料理店でディナー食べながら密談をしたりはしないようだ(^O^)
当時の政治状況をやはり予習していくべきだったと思った時には後の祭りだった。人物の把握のためにも結局プログラムを買う羽目になった。

長丁場とはいえグイグイ引っ張っていく。既に起こったことを変えようもないが、激動の歴史を渾身のパワー(ベロッキオ85歳🌟)をもって今新たに問い直す力作といえるだろう。
映像的には照明の使い方が目を引いた。役者についてはそもそもベテラン勢ぞろいだが、元々監督は「目力の強い女」を描くのを得意技としてきたということで、モーロ夫人役のマルゲリータ・ブイが複雑な心境をを好演。


なおついでに声を大にして叫んじゃうのだが、上映館ル・シネマのオンライン・チケットのサイトやたらと使いにくいぞ~💢 嫌がらせじゃないかと思うほど。なんとかしてくれ。
241110c

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2024年10月28日 (月)

イタリア映画祭2024

241028 非常に遅くなってしまいましたが、一応鑑賞記録として書きます(^^;ゞ
今年はLFJのチケ争奪戦に完敗したのでイタリア映画祭に参加することになった。もっとも朝から晩まで朝日ホールに籠る元気はありませぬ(-_-;)
てへきれば来年はLFJも両方頑張りたい。

★「グローリア!」
監督:マルゲリータ・ヴィカリオ
出演:ガラテア・ベルージ
イタリア・スイス2024年

241028b ヴェネツィア、女子孤児院が舞台ときてこのタイトルとなれば当然ヴィヴァルディ🎻かと思うが、時代設定は1800年なのでもっと後の話である。
教会付属孤児院の女子オーケストラが人気となっているが、楽長である神父は音楽的才能には欠けている。

そこへ教皇が訪問するということで新曲を作って披露しなければならぬ……なんとかせねば😱と焦ることに。
そんな権力志向の塊で鼻持ちならない神父を娘たちが協力して最終的に打倒する。そこで重要な役割を果たすのがまだ世に出る前の試作品のグランドピアノ、そして喋らず楽器も弾けぬメイドの娘だ。

オーケストラは当時の曲を演奏するがつまらなくて堅苦しいというイメージで描かれ、コンマスの娘は天才肌で気位が高い。
一方、メイド娘が気ままに奏でるのは完全に現代のポップスである。そこら辺はファンタジーということらしい。個人的にはあまり面白い音楽とは思えなかった。民族音楽味が入ってればいよかったのに。
当時の風俗の再現度は高く映像は美しいが、各エピソードが散漫に綴られていて求心力に欠けるのが難。

241028c 上映後に監督のQ&Aがあった。元々シンガーソングライター兼女優で、初監督作とのことだ。
当時の女性奏者も作曲したはずだがほとんど残されていない。そのような状況は今でも変わらず、女の子たちにエールを送る意図があった。
音楽はモダンなので、映像としては当時を厳密に再現した。
キャスティングは時間がかかった。女優達に弦楽のコーチを付けて2か月半練習させた。
チェロ担当娘役は、本業は歌手で演技は初めて……などなど。

質問はすべてQRコードでスマホから送る方式。おかげで質問よりも長々と持論を述べる映画ファンが遮断されてよかった。

終了後、エレベーターで一緒になった人が「去年はすごい豪華ゲストだった、サイン貰った」などと話していた。
しかしこんな円安ではうかつに海外からゲストも呼べないのう(*_*;


241028d ★「ルボ」
監督:ジョルジョ・ディリッティ
出演:フランツ・ロゴフスキ
イタリア・スイス2023年

180分⌚正直言って長かった(◎_◎;) 舞台は大戦前のスイス、流浪の民イェニッシュ(「ロマ」とは起源が異なるらしい)の男が兵役に取られた間に一家離散の憂き目にあう。
実際、彼らはロクな教育を施さないからという名目で子どもたちの連れ去りが行なわれたらしい。

しかしそれは口実で子どもたちは劣悪な環境で労働力としてこき使われるのが関の山だったもらしい。主人公は子どもを探そうと悪戦苦闘し、うまく成り上がっていく。
主役のF・ロゴフスキは七つの顔を持つ男の如き活躍。ある時は移動生活者として日銭を稼ぎ、ある時は裕福な貿易商、寒さに震える国境警備兵、伊達男の女殺しなどなど。

主人公の人間像がどうも不明。大道芸で日銭を稼いでた男が、いきなり金銭を得て紳士然とした振る舞いをできるかね(?_?) なんだかロゴフスキありきで何とか成立しているような印象だった。
彼の熱心なファンのみに推奨。
過去のイタリア映画祭で同じディリッティ監督作を見た時の感想はこちら。


241028e ★「僕はキャプテン」
監督:マッテオ・ガローネ
出演:セイドゥ・サール
イタリア・ベルギー・フランス2023年

過去に2回カンヌで授賞し、本作はヴェネチア映画祭で監督賞(新人俳優賞も)獲得し、さらにアカデミー賞国際映画賞にノミネート……というガローネ監督であるから、この後てっきり日本で公開されると思って、鑑賞予定から外していた。
とっころが(!o!)この時点ではまだ日本公開が決まっていないということが分かり、あわてて前日にチケットを入手したのであった。(結局公開されずじまい)
評論家筋には評価が低かったらしいのも一因か。

セネガルでくすぶる若者二人。冴えない毎日に飽き飽きして、ヨーロッパへ渡って音楽で一旗揚げようじゃないか(^O^)/と金を貯めていざ出発する。止めてくれるな🛑おっかさん、そして妹たちよ。しかしうまい話など世界中のどこにも存在しないのだった。
セネガル→マリ→リビア……その後はひたすら恐ろしい方向へゴロゴロと転がっていく。

「ご都合主義」「ファンタジー仕立てにして逃げている」--などという批判も見かけるが、とことんリアリズムに振ったら正視もできないような話である。
それよりラストシーンをあの時点で止めたのをどう解釈するかだ。その後に来るのは果たしてハッピーエンドなのか不吉な結果なのか。イタリア人が見れば明確にわかるのだろうか。
そういう意味ではまさにイタリア映画なのかも。

移民・難民の悲惨な実情を描いたものは最近では『人間の境界』があった。同じ年のヴェネチア映画祭でこの二つはなんと監督賞を分け合っている。
あちらでは様々な理由で自国にいられなくなり家族ごと出国する形がほとんどである。一方、こちらは食い詰めたわけでもなく単にヨーロッパに憧れて渡ろうとする。この二つを並べていいものか(・・? こんな奴らは来ないでくれとイタリア人なら言いたくなるかも。
だが、洋の東西を問わず軽薄な若者が考えなしなのはいつの時代も同じ。彼らは充分にその報いを受けたのである。


★「まだ明日がある」(日本公開タイトル「ドマーニ! 愛のことづて」)
監督:パオラ・コルテッレージ
出演:パオラ・コルテッレージ
イタリア2023年
*オンライン視聴

どんな内容なのか全く分からず(チラシの紹介文は曖昧な文章だった)、結局後から評判がいいと聞いて映画祭のサイトでオンライン視聴をした。

1946年のイタリア、夫から激しいDVを受けている妻は何かを心待ちにしているようである。折しも古くから知り合いの修理工の男が町を出ていくという--。

フェミニズムやシスターフッドを描いて評価が高かった本作、監督兼主演のコルテッレージはイタリアでは有名な喜劇女優とのことである。そのせいとは思えないけどなんだか非常に重くてシリアスな中に笑える場面が混じっていて、ホッと一息つくというよりは「えっ、これ笑っていいの(・д・ ≡ ・д・)キョロキョロ」みたいになってしまうのは困ったもんだ。

バカ息子たちのバカ騒ぎぶりには笑いよりも殺意を抱くほどだし、夫が暴力を振るう場面は加工した映像使ったりしてぼやかしてはいるが、事前に経験者への警告を出しといた方がいいレベルである。
ということで見ててカドカドした感触がどうも合わずに終始した。

ラストはなるほどそうだったのか!と思った。イタリアと同じく敗戦国であった日本もこんな感じだったのだろうか。今では隔世の感としか言いようがない。

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2024年10月11日 (金)

映画落穂拾い・ツイッターX編

ブログに感想を書けなかった映画の備忘録がわりです。

追い詰められ型。主人公が追い詰められちゃいます。

「リアリティ」

「キリング・オブ・ケネス・チェンバレン」

「インスペクション ここで生きる」

ヒーローもの特集。

「スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース」

「マダム・ウェブ」

「ザ・フラッシュ」

小学生の女の子が主役。

「コット、はじまりの夏」

「窓ぎわのトットちゃん」

まだ続く。

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2024年9月 5日 (木)

映画落穂拾い・ツイッターX編

そもそも当ブログの宣伝という目的ツイッター(当時)を始めました。当初は鑑賞後に140字内で簡単に感想を書いてその後にブログに長文で書いていました。しかし、やがてツイッターの文章が段々長くなり、暇と余裕がなくてブログに書き直しもできず……という状態になってしまいました。無念であります。

さらに最近は老人脳のせいで見たこと自体を忘れてしまうようなケースもあるため、そこでせめてタイトルだけは載せてツイッターXのリンクを張ることにしました。かなり適当に書いているので、単なる記録ということです。
それにしてもツイッターXもいつまで続くのか心配ですね(^^;

まずはロズニツァ監督編
「ミスター・ランズベルギス」

「新生ロシア1991」

「破壊の自然史」


「ジ・オファー ゴッドファーザーに賭けた男」
これはTVシリーズです。

「パリタクシー」

「ぼくたちの哲学教室」

「ロスト・キング 500年越しの運命」

まだまだ続きます。

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2024年8月18日 (日)

映画落穂拾い・いつまでも見られると思うな劇場未公開作品特集

★「こいつで、今夜もイート・イット アル・ヤンコビック物語」
監督:エリック・アペル
出演:ダニエル・ラドクリフ
米国2022年

WOWOWで本邦初公開。ある年代以上の洋楽ファンならみんな知っているアル・ヤンコビックの伝記……とは名ばかりの怪作・奇作・珍作である。全体の92%はデタラメとパロディだろう。でもご当人を知らない若いモンは半分信じちゃったりするかも(;^_^A

ダニエル・ラドクリフはアルを熱怪演(歌は吹替らしい)しているが、トレードマークのメガネとチリチリ髪とアロハシャツを取っ払うと、外見で似ている部分はほぼない。逆に言えばこの3点があれば誰でもアルになれるぞ👍
なお、ご本人もひそかに特出している(見てても分からなかった)。

成り行きでアコーディオンを手にした若者が、替え歌で一世を風靡するも方向転換してオリジナル曲で勝負。すると逆に替え歌にされたって……ウソも大概にせえよ💥である。
推測するに、実話なのは両親との葛藤部分とレコード会社で「替え歌なんか誰か聞くか」と罵られたところぐらいか。さらに物語はぶっ飛んだ方向へ進んでいく。
テーマは例え変であってもそんな自分自身を認めよ、と一応言っておこう。

パーティー場面ではピーウィー・ハーマン、ウルフマン・ジャック、ディヴァインにダリやウォーホルなどがウロウロする。
マドンナについては主要人物になっているのだがかなりひどい悪女扱い(エヴァン・レイチェル・ウッドが怪演)。ご本人は怒らなかったのかね(^^?

誰も予想しえなかった衝撃の結末😱に続き、エンドクレジットが始まってしばらくすると笑撃のシーンが出現するので見逃さぬように。

さて、この邦題は苦肉の策でひねり出したのだろうか。でもそもそもアルを知らない人は『イート・イット』も知らないだろうから完全に意味不明なのでは?


★「レンフィールド」
監督:クリス・マッケイ
出演:ニコラス・ホルト、ニコラス・ケイジ
米国2023年

ダブル・ニコが豪華共演!ということでごく一部で話題ながら未公開だった問題作を、ケーブルTVの配信で鑑賞した。

舞台は現代、ニコケイのドラキュラに下僕レンフィールドがこき使われて幾年月が経過していた。教会の自助グループに参加して、パワハラ上司の悩みをつい告白してしまうのであった。
レンフィールド自身は吸血鬼じゃないのね(初めて知った(^^;)。

そこへ街にはびこるマフィアと熱血警官(全くわきまえないオークワフィナ)が絡んできて、血がドバドバ飛ぶのは当然だが腕やら脚やらも飛ぶし、派手なアクションがこれでもかと繰り広げられる。思わず口アングリの過剰な迫力である。スタントの方々オツ✨ですと言いたくなるほど。

みどころはなんと言っても、ドラキュラを嬉しそうに演じながらいじめるニコケイに、長身を縮めるようにしていぢめられるホルトであろう。これは見逃せねえ~👀
果たして強圧的なボスから逃れられるか--極めて現代的な問題でもある。古の産物ドラキュラとのギャップがバカバカしい。

監督はクリス・マッケイ。『レゴ・ムービー』とか『レゴ・バットマン』やった人なのに、これの前作は全く話題にならなかったようだし、どうなってるんですかね?


★「ベスト・オブ・エネミーズ 価値ある闘い」
監督:ロビン・ビセル
出演:タラジ・P・ヘンソン、サム・ロックウェル
米国2019年

アマプラ鑑賞。黒人女性が主人公なので日本では例の如く配信スルーである。
1971年ノースカロライナ、タラジ・P・ヘンソン扮する公民権運動活動家とKKK団支部長(サム・ロックウェル)が親友になるという嘘のような実話だ。

ヘンソンは地元住民に何かあれば白人議員に抗議をいとわぬウルサ方で、返す刀でエリート黒人もバッサリ⚡ ロックウェルはKKKに入って初めて自己を承認されて居場所を見出した男である。役者二人とも後ろ姿だけでもその人物像を的確に表現しているのに感心した。
他にお懐かしやアン・ヘッシュが彼の妻役で出演。

この対照的な両者がどうあっても仲良くなるなど考えられない。そんな状況がユーモア交じりに描かれるが段々と笑えない事態へ……(-_-;)
演出はテンポよくツボを外さず面白かった。テーマとしては町の騒動の顛末と男の自己回復が中心なので、どちらかというとロックウェルの方が主人公だろう。

両者の問題解決の手法として「シャレット」(アクセントは後半にある)なる方式が採用される。聞いたこともないが、作中でも知っていた人物はほとんどいないと描かれている。
対立する住民同士の時間をかけた検討会(?)みたいなものだが、さすが米国ならではという印象。日本では成立しそうにない。

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2024年7月31日 (水)

「リトル・リチャード アイ・アム・エヴリシング」:我が音楽を行く

240731 監督:リサ・コルテス
出演:リトル・リチャード
米国2023年

私はリトル・リチャードについてほとんど知らない(!o!)ことに気付き、ロック者としてこれではイカン⚡と思い立った。
ドキュメンタリーだがご当人は2020年に亡くなっており、過去の映像、インタビュー、友人知人・関係者の証言から構成されている。CNNの制作らしい。

貧しい子ども時代から音楽業界へ入っり家族11人を養ったという経緯の中で、ロックンロールの創始者としての強烈な自負が語られる。JBもジミヘンも弟分で教えてやったし、デビュー時のビートルズやストーンズからは崇拝されたのも事実だ。(ただしデビュー時のプレスリーには敵愾心を抱く)

当時としては珍しくゲイであることを公にし奇抜で強烈なステージは模倣者を生んだ。しかし実際には彼ではなく、後進のミュージシャンの方が大成功するのだった。さらに神への信仰との間で引き裂かれ、ロックンロールから足を洗い結婚する--など激しく揺れ動く。
クイアな在り方を示すことで他人を解放したが、自分自身を解放するのは困難だったという指摘がしみる。

様々な素材の編集も手際よく、卓越したミュージシャン・パフォーマーの伝記として、若者文化胎動期の米国時代背景や黒人ミュージシャンの困難などがよく分かった。才能豊かではあるが偉人ではない、天才の肖像画でもなく、生ける矛盾のような存在である。
見て聞いて興味深いドキュメンタリーだった。長年の不遇から、終盤のようやくの授賞式シーン(1997年)ではちょっともらい泣きしちゃった(T^T)
ただ途中で3曲ばかり挿入される、現在の無関係なミュージシャンの演奏はなんだったのよ💀

あれだけヒット曲作ったのにほとんど印税貰えなかったとは💸ひどい話だが、当時の黒人ミュージシャン契約あるあるですかね。
某有名バンドの某有名曲が彼の曲をモロにパクっていたことを後から知った。とすれば、彼が自分が不当に扱われてきたと怒りと不満を見せても仕方ないだろう。

ジョン・ウォーターズは崇拝のあまり、口ひげは彼を真似しているとか。知らなかった。
「クイア」の意味が少し分かりました。

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