映画(タイトル「ヤ」行~)

2023年12月17日 (日)

「マイ・エレメント」&「私ときどきレッサーパンダ」:移民二世女子の憂鬱と爆発

231216「マイ・エレメント」(字幕版)
監督:ピーター・ソーン
声の出演:リーア・ルイス
米国2023年

そもそも恋愛ものはどうも苦手だし、近作を見てると「もうピクサー印はいいかな~」と全く見るつもりなかった。しかしネットでは好評ばかり流れて来るので「本当に面白いんかい(・・?」と見に行ったら……本当に面白かった!

四種類の元素人間がそれぞれテリトリーに別れて暮らす都市とは、もろにニューヨークっぽくて人種のアレゴリーだろう。
過去に火気人間のヒロインの両親が旅立ってきた地は中華風である。では都市を最初に作り上げた水気人間は白人なのか。

そんな設定で今さら『ズートピア』みたいな移民ネタやられてもなーとは思ったものの、実際にはそれぞれ水・火・土・風のエレメントの表現や小ネタの連続の見事さに思わず感心。特に水のピチョン💧とした描写や炎の燃え上がる様子はあまりに見事で理屈を超えるものがあった(土と風は出番が少ないだけにちと手抜きか)。

ヒロインは両親の作り上げた店を手伝って働き、有能でしっかり者で勝気だけど常に今一つ自信がない。不安定なため時折感情のコントロールができず燃え上がる爆発的発作を起こす。
そういう若い女性が親の期待(特に父親)にどう応えるのかという問題と、移民二世の葛藤がうまく合わせ技で描かれている。最後にそれにカタを付ける。

恋愛ものとしても楽しかった。貧しい下町で生まれ育ち何かと切羽詰まっているようなヒロインに対し、相手の水男は涙もろくて汗かきでいかにも育ちのいいボンボン風という組み合わせ。互いに補強し合っている関係である。
それにしても水男の涙もろさがあそこでああなるとは想像だにせず。
久々に泣いて笑ってピクサー印に満足できましたヽ(^o^)丿

さて字幕版に関しては日中にはやらず夕方以降だけで、しかも小さめのシアターなのでほぼ満員。当然子どもはいなくて若者率なんと98%だ❗ えっ、もしかして私が場内でよもやの最高齢?(思わず周囲を見回す)
ウッソー、そんなのイヤ~~っ(゚д゚)!
ま、照明落ちて暗くなってしまえば分からんけどな。

隣の若いカップルの女性の方に気を取られた。作中の笑うべきところで笑い、小ネタには律儀に反応し、意外な展開の場面では「あーっ」と声を小さく出し、もちろん最後は号泣。(私もマスクの隅を濡らしましたよ😢)
彼氏の方もヨシヨシとかしてないで一緒に泣いてやれよ、コノヤロー( -o-)/☆

彼女こそ映画の理想的な観客であると感じた。
日頃、平均年齢高過ぎなミニシアターをうろついてて「ピクサー新作だって?最近今イチだよなー」みたいなアラ探しモードで最初から斜めに見ているような、自称ファンの濁った眼と心とは全く異なるのである。
深~く反省しました。

なお、なぜ海外アニメを上映館や回数が少なくても字幕版で見るかというと、大手のアニメは映像の完成よりも声優のセリフを先に録音する方式を取っているからだ。そのオリジナルを味わいたいのよ。
もちろん字幕優先といっても例外はある。『シンプソンズ』とか『ダウントン・アビー』(実写だけど)はさすがに吹替だわな。


「私ときどきレッサーパンダ」(吹替版)
監督:ドミー・シー
声の出演:ロザリー・シアン
米国2022年

CATVで視聴。残念ながら吹替版しかなかった。
『マイ・エレメント』と設定が似ているが、同じピクサー印でもこちらはもっと若い子向けだった。
主人公はトロントに住む中国系の女の子13歳。家業を手伝い、母親の前ではよい子である。

一方、学校では個性的すぎる友人たちとつるみ、アイドルに夢中でお転婆に過ごす--という毎日だったはずが、ある朝目を覚ますと自分が寝床の中で一匹の巨大なレッサーパンダに変わっているではないかっ💥
すったもんだの挙句、感情をコントロールできずに爆発させるとパンダが発現することが分かった。
……ということは、パンダにならないためにはこれからは全てを抑えて大人しく生きていかねばならぬ。これが「大人の女」になるための規範を象徴していることは言うまでもないだろう。
しかも母親が常に監視モードの恐るべきストーカー過保護母なのだ。コワッ(>y<;)

思春期と反抗期と女の子らしくなければならないプレッシャーがパンダ現象に凝縮されている。そして恐ろしくもぶっ飛んだ方向へ物語は展開する。女の子たちのアイドル熱狂ぶりもすごいが、それと同じくらい破壊の描写がこれでもかと来て迫力である。
ただ屈託のないラストがヤングアダルト向けという印象だ。

時代は2002年に設定されている。恐らくスタッフたちの子ども時代にあたるのだろう。お懐かしやたまごっち。スマホは存在せず金持ちの少年だけがケータイを持っている。
それにしても、一番ありそうでなさそうなのは友人3人の存在。あんな友達なかなか作れないよねえ。( -o-) sigh...


この二作の共通点は非常に大きい。登場する家族設定と同様、監督も東アジア系だ。
『マイ・エレメント』ではヒロインは父親の意に沿おうと頑張る。こちらでは娘が母の意図に押しつぶされそうになるも、立場を理解して互いに歩み寄り仲良くなる。
しかし『パンダ』の主人公の成長した姿がやがてそのまま『エレメント』になるのは間違いない。
さて、彼女が将来異なる民族の彼氏を連れてきたら母親はどうするだろうか😑

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2023年10月27日 (金)

「ヨーロッパ新世紀」:熊のような人のような

231027 監督:クリスティアン・ムンジウ
出演:マリン・グリゴーレ
ルーマニア・フランス・ベルギー2022年

冒頭、字幕が言語によって色分けされているという注意書きが出てギョッとする。ルーマニア語、ハンガリー語、英・独語などその他の言語……加えて字幕が出ない言語もあるのだ。

舞台はルーマニアの森林迫る地方の村だ。過去には村内にいたロマを追い出し、移住者であるハンガリー人とは共生しつつも反目の種を抱えている。
描かれている時期はクリスマスから新年にかけてだが、それらの祭りも遠い昔の隣国との「因縁💥」がにじみ出てくる。

トラブルは地元のパン工場が従業員としてスリランカ人たちを雇ったことから噴出する。村人は報酬のいいドイツへ出稼ぎへ行くので、賃金が安くて誰も来ないのだ。
しかし自分たちも他国に出稼ぎしているのに、地元にスリランカ人が来るのは我慢できない。しまいには「触ったパンを食べたくない」などと言いだす。

彼らがカトリックにもかかわらず村民の声に押されて教会から排除する神父、やる気のない警察も問題だが、ネットで不穏な空気が流れているのに全く気に留めない工場オーナーもいい加減だ。

たまりにたまった不満と憎悪が村長を迎えて開かれた住民集会シーンで爆発する。ここは固定カメラによる17分間の長回しで紛糾が迫力だ。背景にEUの政策も関係していて、NGOのフランス人もその矛先から逃れられない。
だが東欧ではなく日本でもこのようなことはいつでも起こるだろうと思ってしまう。(既に起こっている?)

どこにでもいる普通の人々の偏見と対立を容赦なく描いたのはお見事。
ただ前半のスローペースぶりはやや参った。しかも中心人物は出稼ぎ先で失敗した粗暴で子どもっぽい男--そいつに延々付き合わされるのには辟易である。別に主人公に好感を抱く必然はないが、見ててイライラしてしまうのは精神衛生上よろしくない。
さらに、あれこれあった後に少年が喋りだす場面は陳腐……(--〆)

そして多くの人が解釈に困るラストシーンのくだり、これは何❓❓
正直、訳分かんねえ~~(>O<)

結論は前半グダグタ、集会シーンは一見の価値あり。でもラストの意味不明さが全てを台なしにしてしまう。

以下、ネタバレモードでラストについて考えてみよう。

 

★★この先はネタバレになります★★

 

終盤の一連のシーン。
主人公と付き合っている工場の女性経営者が風呂から出てきて服を着る。その横にフランス男がいる--ということは二人は深い関係だろう。男がライフルを受け取って主人公のところへ返しに行く。
付き合っている男から借りたものを他の男に返させるというのは、こりゃ絶縁状の代わりである。そして長い付き合いの女が、そんなことをしたら主人公がどういう反応をするか予想が付かないはずがない。

主人公は銃を持って女の家へ行くが、なぜか玄関のドアには鍵が掛かっていない。しかも裏口のそばで背を向けてわざとらしくチェロを弾いているではないか。
女は初めて気づいたように謝りながら、裏口から外へ後ずさる。そこで男が銃を撃つがそれが女に向けたのか、背後に出現したクマに向けたのは分からない。さらに進むと数匹のクマが男を迎える。ただそのクマは中に人間が入っている着ぐるみにしか見えない。

ここから導き出されるのは、女は他の者と共謀して男をおちょくった。銃は空砲に入れ替えていた(そんな描写はないが)としか思えない。
しかし、だとしてもどうしてそんなことをするのかは理由は不明である。
それとも何かを象徴しているのだろうか(?_?)

朝日新聞のインタビューで監督は「果たして自分は人間なのか動物なのか。悪は自分の外にあるのか、内にあるのか。それを見極める瞬間」であると語っているが、そんなことは全く窺えなかったのは確かだ。

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2022年9月 5日 (月)

中高年洋楽ロックファン必涙🎸ドキュメンタリー「リンダ・ロンシュタット サウンド・オブ・マイ・ヴォイス」「ローレル・キャニオン 夢のウェストコースト・ロック」

220906a「リンダ・ロンシュタット サウンド・オブ・マイ・ヴォイス」
監督:ロブ・エプスタイン、ジェフリー・フリードマン
出演:リンダ・ロンシュタット
米国2019年

なぜか最近絶賛人気継続中(?)の音楽ドキュメンタリー映画ブーム。おかげで次々と公開が続いておりますが、リンダ・ロンシュタットのファンでもなく録音を一枚も持っていないにもかかわらず見たのであった。
リンダというと次々とヒットチャートをにぎわした曲と派手な恋愛ゴシップでしか知らなかったのだが、すみませんっ_(_^_)_ガバッ 彼女についての認識を改めた。

音楽一家に生まれ、ジャズやクラシックなど様々なジャンルに触れて育ち、やがてカントリー・フォークのバンドを組んでLAに出て注目される。ソロ歌手として独立し連続して大ヒットを飛ばす。
一方でロック界という狭い男社会の中で、他の女性ミュージシャンと協働して助け合うようにもなる。

やがてヒット路線を自ら捨ててオペレッタ、ジャズ、自らの出自であるメキシコ音楽にも挑む……という多彩過ぎる活動歴なのだった。
驚いたのは、その度にヴォーカル・スタイルを巧みに変えること。特にマリアッチの歌唱はロックなどの時とは全く異なるもので、見事にものにして堂々たる歌いっぷりである。

また、当時のインタビュー映像を見ると明確に自分の主張を言葉で表現できる人なのだと感心した。
しかしやがて病がその彼女の「声」を奪ってしまうのだった。つらい(ーー;)
現在の彼女はそれを受け入れているように見えるものの、そう簡単なことではないだろう。

インタビューには過去に共演したドリー・パートンがまず一番に登場した。この手のドキュメンタリーの多くに出てくる彼女を米音楽界のご意見番、またはお局様🌟と呼びたい。
個人的にはボニー・レイットがかなり長く話してたのが嬉しかった。
他にジャクソン・ブラウン、付き合ってたJ・D・サウザー、アーロン・ネヴィルなどなど多数登場。
ドリーを真ん中に据えた女性トリオ・コーラスのバック・バンドにD・リンドレーがいたのに驚いた。

それにしても、付き合ってる男を次々変えてもジョニ・ミッチェルだと「恋多き女」なのに、リンダだと「浮気娘」になっちゃったのはなぜだったんでしょうか(+o+)

220906b
「ローレル・キャニオン 夢のウェストコースト・ロック」
監督:アリソン・エルウッド
米国2020年

今の若いモンは知らないじゃろうが、昔々ハリウッドに自然豊かな渓谷があってな。大勢の若いミュージシャンが住み着いて交流し刺激し合い、緩やかな共同体を築いておったのじゃよ。

--という、60年代後半から70年代にかけて存在した音楽コミュニティのドキュメンタリーである。当時の映像は少なく、その地を記録した二人の写真家へのインタビューとその作品を通して時代とミュージシャンを振り返る、という構成になっている。
ミュージシャン自身の回想も音声で入るが、今の彼ら自身を見せないというのが面白い。

タイトルだけだと昔のウエスト・コースト万歳ヽ(^o^)丿みたいな内容だと思えるけど、実際は世知辛い話題が結構出てきてシビアな印象である。
個性強すぎな白黒混合バンドのラブがドアーズの存在ためにヒットできず--というエピソードはロック勃興期ならではというところか。

上映時間120分て結構長いなあと思ったら、なんとTV用の1時間ものを2本つなげたそうである。なるほど……💦
で、前半60年代編はバーズ、バッファロー・スプリングフィールド、ママス&パパス、J・ミッチェルなどが登場。
しかし互いに助け合うなごやかな平和な環境はシャロン・テート事件とオルタモントの悪夢で終わりを告げる。

後半70年代編はJ・ブラウン、CSN(Y)、R・ロンシュタット。そして最後にグレン・フライが成功を渇望していたイーグルスが大ヒットし過ぎたことで、この地に引導を渡してしまう。なんたることだろうか。
当時の洋楽のファンならば一抹の感慨を抱かずにはいられないだろう。

歌詞の訳が全て字幕でついていたのがよかった💯
CSNのあの独特なコーラスはどこから生まれたのか、と長いこと疑問に思ってたけど、答えが分かって満足である。
初めて渡米したクラプトンが招待されたママ・キャスの家でジョニに出会い、彼女がギターを弾いている姿を近距離からガン見している写真に笑ってしまった。

チラシの英語で書かれたアーティスト名に、アリス・クーパーとリトル・フィートの名前が出ているのだが、登場してたっけ(?_?)

映画館内は懐かしさに涙ちょちょぎれる中高年観客多数であった。私も感慨深かったです。
もっとも私がリアルタイムで聞いてたのはこの後の時代だけど。(念為)

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2022年7月 2日 (土)

映画落穂拾い2022年前半編その1

忘れた頃の落穂拾い、期せずしてアニメ特集となりました(^^ゞ

「ロン 僕のポンコツ・ボット」
監督:サラ・スミス、ジャン=フィリップ・ヴァイン
声の出演:ザック・ガリフィナーキス
米国2021年
TV放送視聴

孤独な少年にプレゼントされた、みんなが持ってる友達ロボット。ずっと買ってもらえずに自分一人だけが持ってなかったので、喜んだのはいいものの贈られたのは不良品だった💥--というCGアニメ。
SNS依存の代わりに、子どもたちはロボット依存が甚だしくて全生活を頼り切っている。いかにも現代のお子様向きのテーマかもしれないが、あと10分ぐらい短い方がよかったんじゃないのと思ってしまった。

主人公がトムホっぽかったんで、ついスパイダーマン連想したりして。
友達みんなのため、さらには世界の平安のために大切なものを失うのをあえて認めるというのも似通っている。これも大人へ向かう試練というやつか。
悪役がS・ジョブズに似ているのは何か恨みがあるのだろうか(^^?と思ったりして。

結局、「ロボットが不良品」という一点だけで突破を図ったような気がしなくもない。ロボットはカワイイけどな。

しかしこのロボット、子どもより独居老人向けなんじゃないのか。話相手になって、荷物を代わりに運んでくれたり、杖代わりになったり、「えーと、向こうから来る人誰だっけ?」という時に「前の町内会長ですよ」と教えてくれたりして……孫より大事に思っちゃうかも。


「ミラベルと魔法だらけの家」
監督:バイロン・ハワード、ジャレド・ブッシュ
声の出演:ステファニー・ベアトリス
米国2021年
VOD視聴

こちらはディズニーアニメ。メガネのヒロインはチャーミング、家族のキャラクターも多様、音楽は良し、映像の色彩や動きは驚くほど(特にミュージカル部分の自在さ)……なんだけど、後半の展開についていけず肝心のテーマがよく理解できなかった。

バラバラになった家族が雨降って地固まるってことなのか(?_?)
家族の再生の話としても、どうにも複雑で回りくどく、遠くまで引っ張った挙句に元通りとは、納得いかない気分でモヤモヤする。
裏に何か意味があるんだろうとは思うものの、そこまで追求する元気も興味もないのであった。

結局ミラベルは「何者」なのか? 主人公は彼女じゃなくておばーさんの方だという説もあるし、ますます不明。音楽・映像に目が(耳が)くらみ脳ミソがついていかない。
というわけで前半9点、後半5点みたいな配分。分かる人だけに分かるミュージカル・アニメかな。
なお作中歌の「秘密のブルーノ」は大ヒット、再生回数で「アナ雪」を抜いてディズニー作品の中でトップになったとか。でも、アカデミー歌曲賞の候補になったのはこの曲ではなかったんだよね。


「アンネ・フランクと旅する日記」
監督:アリ・フォルマン
声の出演:ルビー・ストークス
ベルギー・フランス・ルクセンブルク・オランダ・イスラエル2021年

要するに「アンネの日記」のアニメ化ね--と思って興味が今一つ持てなかったが、そんな一言でまとめられるような単純なものではなかった。
さすがに『戦場でワルツを』のアリ・フォルマン監督、というところか。

現在、観光スポットと化しているアムステルダムの博物館、そこに保存されている事物のアンネの日記から少女が突然現れ、そして街中を歩き回る。

彼女は日記内に描かれるアンネの空想上の友達だった。しかし、彼女はアンネがその後どうなったか知らない。当然だ、日記はそこまで書かれる前に終わってしまっているのだから。

周囲の観光名所の数々に名が付けられ、象徴となってしまった「アンネ」現象に向ける視線は辛辣である。まるで本人に代わって批判しているようだ。

迫害から逃れ屋根裏に隠れ潜むユダヤ人と、警察の取り締まりを避け廃屋に集まり住む現代の難民や不法移民を重ね合わせるのは、まさに「今」にアンネを立ち現わせる試みと言えるだろう。
難民を迎えに来たバスがウクライナを連想させてウツウツとなってしまった。

結構クセのある作風なので、見る人を選ぶかもしれない。
ドイツ軍と戦う神話の軍団が「アベンジャーズ」みたいなのでちょっと笑ってしまった。

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2022年4月28日 (木)

「レイジング・ファイア」:香港アクションは不滅です!

監督:ベニー・チャン
出演:ドニー・イェン、ニコラス・ツェー
香港2021年

最近ではクライム・アクション、サスペンスの類いも香港より韓国映画の方が勢いが出てきていて、もはや完全に優勢になってきたのではと思っていた。
しかし間違いであった。お見それしましたっm(__)m

警部と元部下の対立、その原因となった過去の事件を背景に、ありとあらゆる種類のアクションてんこ盛りだ。ショッピングビルから狭い室内まで各種銃撃戦、スラム街の乱戦、下水道チェイス、さらに派手なカーアクション。
派手な爆弾事案があれば「ヒート」ばりの市街戦。これでクライマックスだ~っ--と思ったらまだまだ続くよ格闘肉弾戦。一年分のアクションをこれ一作で堪能した気分ですっかり満腹気分である。ごちそうさまです( ̄ーA ̄)フキフキ

さらに警察内部の不正&忖度がからむ。組織の大義名分と個人の正義との相克をどうするか、答えはあるようで無い。
そこに今の香港の状況への作り手たちの思いが浮かび上がってくるようだ。

ドニー・イェンのお肌がニコール・キッドマン並みにツヤツヤしているので、思わずスクリーンをガン見してしまった(^^;
ニコラス・ツェーの大胆にして神経質な悪役はお見事であった。
なお監督はこれが遺作とのことである。
爆音上映でもないのに、映画館の音が大きすぎてマイッタ。デカけりゃいいってもんじゃないのよ💢

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2022年3月 5日 (土)

映画落穂拾い2021年後半これでラストだ編

落穂拾い感想についてはこれで2021年鑑賞分はようやく最終となります。(1本立てはまだまだ続くよ💦)

220305a「リスペクト」
監督:リーズル・トミー
出演:ジェニファー・ハドソン
米国2021年

アレサ・フランクリンの伝記映画--といっても描いているのは半生のみ。少し前にドキュメンタリーとして公開されて評判となった教会でのゴスペル・コンサート、その再現がクライマックスになっている。

若くして歌手として注目されるも、高名な牧師である強圧的な父親から逃れた先はダメ男なDV夫であった……というのは才能ある女の宿命なのか。
それに反するように、女の自立と団結が曲で歌われる。その時々の境遇や信条にふさわしい歌をうまく当てはめて使用されている。
さらにJ・ハドソンの熱演&熱唱と、父役のF・ウィテカーのサポート演技が光る。

音楽関係の場面も見どころが多い。最初の録音のスタジオでのどうにもうまくいかない雰囲気。
そしてよく知られるマッスル・ショールズ録音場面は、これまで伝え聞くのみだった。それが、これまた有名な(?)殴り合いシーンも含めて実際に目にできる嬉しさよ✨である。

ただ、ちょっとたるみを感ずる部分もあった。ハドソンの声はやはりアレサ本人とは違うなーと思ったり。でも歳を取るにつれて貫禄の付いた歌い方にしていくような小技は、さすがと言える。

映画のラストは30歳ぐらいだっけ? その後も色々と紆余曲折あったはず。なにせ私が初めてラジオで彼女を聞いたのは、さらにこの数年後である。ライヴ場面で盛り上げて終わりとしちゃうのは最近の流行りのようだ。

帰宅してミュージック・マガジン誌のアレサ特集を掘り出してみた。テッドについては「ほぼ女衒」と書いてあって、そりゃ大変だ~💥


「悪なき殺人」
監督:ドミニク・モル
出演:ドゥニ・メノーシェ
フランス・ドイツ2019年

「藪の中」だと事前に聞いてたが、そうではなくて人物ごとに同じ事件の経緯を繰り返して最後に玉ネギをむくように真実が明らかになるという仕様だった。そこには「幻想の愛」という一つのテーマがある。

そこで「予想もつかなかった」「そう来たか!」と感心するのか。それとも「いくつかの話を無理につなげただけじゃないの」「なんだかなあ」と思っちゃうか。人によるだろうけど、私は後者だった。
どうもフランス流のユーモアは苦手かも。

冒頭のヤギの場面はいつの時点なのか結局分からなかった。(最後の最後なのかな)
なお、犬を熱愛する人には鑑賞をオススメできません。


220305b「ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男」
監督:トッド・ヘインズ
出演:マーク・ラファロ
米国2019年

マーク・ラファロがプロデューサー兼主演で大企業を撃つ❗といった趣な、実話を元にした映画である。

「テフロン」加工で有名なデュポン社による環境汚染と健康被害の責任を追及した実在の弁護士が主人公だ。係争は長期にわたり未だ継続中である。
普通ならばドラマチックに盛り上げそうだが、そうはならずに淡々とした語り口だ。
事件に関わることによっての逡巡や悩みがジリジリと続く。それは勇壮なヒーロー像とは異なるものである。敵はあの手この手を繰り出し、現実の闘いはスッパリと終わらない。

ラファロは惑う男を演じて、演技賞ものであった。ティム・ロビンスも忘れちゃいかん。ビル・プルマンは見て最初分からなかったですよ(;^_^A

見ていて複数の日本の公害事件を思い出さずにはいられなかった。従業員に対して事実を隠して工場内で人体実験を行うとは、人間のやることではない(>O<)
ここでも出た!膨大な箱詰め文書。それにしても文書が残っていることは大切である。

……のではあるが、昔CNNで耳にした(別の作品の)映画評のフレーズ「ためにはなるが旨みのない、自然食のような映画です」というのを思い出してしまったのも事実。身体に悪いものも食べたくなっちゃうのよ~🍔

ところで、舞台のウェストバージニアって米国内でどういうイメージなんでしょうか?

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2021年10月17日 (日)

「ユダ&ブラック・メシア 裏切りの代償」:主役はどっちだ?

監督:シャカ・キング
出演:ダニエル・カルーヤ、レイキース・スタンフィールド
米国2020年
DVD視聴

アカデミー賞5部門候補になり2部門獲得!なのによもやのDVDスルーとはどうしたこったい(!o!) 『プロミシング・ヤング・ウーマン』も同じく5部門候補で、獲得したのは一つだけでも公開されたっていうのにさっ💨 やはり黒人が主人公だと敬遠されるのかね。
などと文句を言いつつツ●ヤの新作棚から早速借りてきた。

60年代末の米国シカゴ、ブラックパンサーの州支部に若干21歳で頭角を現した若い幹部がいた。FBIは危険人物としてマークし、ケチな車泥棒で捕まった男をスパイとして内部に送り込む。

教養豊かで演説がうまく統率力あるハンプトンという人物と運転者役で潜り込むオニールを、『ゲット・アウト』コンビであるD・カルーヤとL・スタンフィールドがそれぞれ対照的に演じる。
ハンプトンは投獄された挙句、最後には謀殺されるのだから確かに「救世主」と「ユダ」に違いない。さらに「ユダ」の後日譚もまた……。

ただ予想に反して、この二者が直接に親密な関係を示す場面は少ない。あくまで近くにいながらも部下の一人である。リーダーたるハンプトンに対し、オニールは側にいる脇役でしかない。両者の共通項は「裏切り」の実行者と被害者ということだけだ。そのことが後者の目を通して冷静に描かれる。
従って国家による犯罪が堂々と行われるというショッキングな内容とはいえ、人間関係の盛り上がりとドラマ性を求める人にはやや物足りなく感じられるかも。

演説場面に見られるように、卓越したカリスマをカルーヤはまさに熱演している。一方、スタンフィールドは裏切りの泥をかぶって生きるしかない男の卑小さを演じ、甲乙つけがたしである。
ここで、誰もが思うであろう疑問💣 この二人が揃って各賞で「助演」男優賞候補というのはなんでなの? どの部門に該当するのかは映画会社の方で決めるらしいが、この年の「主演男優」はC・ボーズマンに決まっているから勝てないと考えて二人とも「助演」にしたのだろうか。

アカデミー賞では二人とも同一部門ノミネートで、結果カルーヤが獲得した。通常だったら彼が「主演」でスタンフィールドが「助演」のダブル受賞もあったかもしれないのに、割を食ってしまったといえる。
他にFBI役ジェシー・プレモンスもよかった。

ところで、アカデミー賞授賞式後の記者会見で、カルーヤは他作品でノミネートされていたレスリー・オドム・ジュニアと間違えられて質問されたという非常識な事件が発生したらしい。
世評では「よく怒らないでガマンした」ということだったが、ここでブチ切れると「だから黒人は……」とか言われちゃうんだよね。つらい(=_=)

さて、ブラックパンサーというと「危険」⚡「過激」💥「暴力」👊というイメージが思い浮かぶ。しかしここに描かれているFBIの策謀を見ていると多分に情報操作があったのだろうと思えてくる。真実はどうだったのかね。
それとハンプトンは『シカゴ7裁判』にも登場していた知ってビックリ(◎_◎;) ちゃんと役名がクレジットされているではないの。最初だけ共同被告になっていた黒人の支援者で、傍聴席にいた人物だろうか?(よく覚えていない)

そういえば、マルコムXの場合も護衛係が密告者だったはず。至る所にスパイあり、だ。
もっともこういう手法はFBIに限らずどこの公安警察も使用するもののようだ。日本でも組合や学生運動盛んな時代はスパイを送り込んでいたらしい。どの集団だか忘れたが、確かナンバー2にまで上り詰めた例もあった。こうなると組織の乗っ取りである。

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2021年9月 5日 (日)

「ライトハウス」:なんで、私が灯台に!?

210905a 監督:ロバート・エガース
出演:ウィレム・デフォー&ロバート・パティンソン
米国2019年

*最後にネタバレ感想があります。

事前に「怖い映画」だと聞いていた。さらに「変な映画」だということだ。おまけにモノクロでスタンダードよりも狭い昔の画面サイズらしい。どうも嫌な予感がする。途中で映画館出たくなったらどうしようと不安であった。
しかし、狭い孤島の灯台でデフォーとパティンソンが二人きりでゴニョゴニョする話(誤解を招く表現)だとあっては、何がなんでも見に行かずばいられない。

心して映画館に向かった私であったが、予想は大きく裏切られた。「変」「怖い」に加えてもう一つ重要な要素があったのだ。
それは「笑える」であった。
なんなのよー、早く言ってよ~(^◇^)

老灯台守と組んで初めて孤島に向かう新人の若者。先輩から乾杯の酒をすすめられるが断って水を汲んで飲む。しかしその水は腐っていた。ギャハハハと嘲笑する先輩、憮然とする若者--いや、いくら何でもそんな真っ黒けな水(モノクロ映像にしても、だ)飲む前に気づけよという気がしないでもない。

その後はひたすらこき使われイヂメられる若者であった。しかも肝心の灯台には上らせてもらえない。ストレスで作業の合間に思わず××しちゃう毎日だ。
そして幻影なのかそれとも物の怪か、何かがいるような……。

てな具合で黒い水を飲んでから以降、全体の三分の一ぐらいは笑える場面だった。後半のアルコールが入ってから延々と続く二人の絡み合いとか。特に強風にあおられて●●●を浴びる場面なんて声出して笑ってしまった。
あれは爆笑するところでしょう(o_ _)ノ彡☆バンバン ギャハハハー(←懐かしい顔文字を使用してみました)

あと過去の名作の引用も多数出てくる。
ゴシックホラー味が強く『鳥』や『シャイニング』はモロにやってるし、全体の構造は『2001』っぽい(二人のキャラクターが孤絶した状態で争い、一人がスターゲイトに達する)。エガース監督は「灯台は男性のシンボル」と語っているが、ディスカバリー号も「精子の形に似ている」などと言われてましたな。
某場面はアルドリッチの『キッスで殺せ』の終盤だろう。他にも私の見ていない映画の引用が幾つもあるようだ、ベルイマンとか--。
ラブクラフトの映画化ってあるのかな(^^?

怪異譚と言ってしまえば収まりは付くが、解釈には困る作品である。
単純に考えてみると、ヘテロな男が二人狭い場所に閉じ込められればマウントを取り合った挙句、結局こうなるしかない💥ということだろうか。あまりに日常的に接近して暮らしていると、自我が溶解していく危険があるのかもしれない。

デフォー&パティンソンはほぼ二人芝居、お疲れさんです。
監督は……モロに自分の嗜好丸出しである。ああ、こういうのが好きなのだなというのが分かっちゃう。
陰鬱なモノクロ、冒頭の霧笛に始まる周到なサウンドデザイン、これに関しては映画館じゃないと迫力を楽しめないだろう。映画館での鑑賞を推奨したい。

210905b パンフレットは灯台日誌(?)風デザインで分厚くて凝った装丁である。なぜか中に6ページにわたって伊藤潤二の紹介マンガが掲載されている。こういうのは普通チラシに載せるものだけど、なかなかにコワイ。
個人的には吉田戦車で見てみたい。あとパロディ調の青池保子で少佐とZの組み合わせ--あまりにもモロかしらん。当然第三の男は部下Gだろう。


さて、私は観ている間まったく思い至らなかった解釈があるのだが、ネタバレなので行を開けて書く。

 

 

 ★★注意! 以下ネタバレがあります
             自己責任でご覧ください★★

 

 

他の人のツイッターでの解釈だが、老灯台守と若者は同一人物だというのだ。
な、なるほど!(ポンと手を打つ)
老人とは若者の罪悪感の表れであり脳内に出現したもので、そもそも灯台が実際に存在するのかも怪しい……というのである。
確かに二人が互いに語る過去はなんだか似通っているし、老人が若者のことを何もかも見透かしているというのもある。
ラストシーンもそれまでの状況からするとおかしい。現実とは思えない。

何より、若者が乗って逃げ出そうとしたボートを老人が壊してしまうのだが、その後の口論では彼は「お前が壊した」と事実と逆のことを言うのである。しかも若者はそれに反論しない。
二人ともボートを壊した犯人ということで、自分と自分で闘っているのである。

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2021年4月21日 (水)

セルゲイ・ロズニツァ〈群衆〉ドキュメンタリー3選:行列に並べば福来たる

210421a ロズニツァはベラルーシで生まれモスクワの映画大学で学び、現在ドイツ在住の監督である。過去にドキュメンタリー21作、劇映画4作を発表とのこと。
日本で彼の作品(比較的最近のもの3作)が一気に初公開された。

「国葬」
オランダ、リトアニア2019年

1953年スターリンが亡くなり、赤の広場で国葬が行われた。死の直後から公式映像が撮影されたのだが、なぜかお蔵入りになっていたらしい。残された大量のフィルム37時間分と国営ラジオ局の放送音声からロズニツァが当時の状況を再構成したものだ。

尺は135分だが、そのほとんどはスターリンの死を悲しむ大衆のプロパガンダ映像が延々と続く。
場所はモスクワだけではない。広いソ連の各地津々浦々に飛んでいる。様々な人々がスピーカーの元に集まって死亡の報を聞いて茫然とし、涙を流しつつ祭壇を作り献花する。

赤の広場では安置されたスターリンの遺体を参るために長大な行列を作り進んでいく。それがちょっとやそっとの長さではない。
よくあんなに行列を作って混乱が起こったり将棋倒しにならないなと驚くが、当時の東側特有の配給の行列慣れ(^^;なのか、それだけ統制されているからか。
シメはさらに大規模な国葬。軍も参加してここでも大行進が続く。

その間、字幕も撮影場所を示すぐらいで解説はない。ただただ人々の姿が圧倒的だ。ソ連が広大で多民族国家だったのも実感した。

映像はモノクロとカラーが混じっていて、極めて鮮明で驚く。さらに映像に重ねられた放送の音声、背景の雑踏や生活音も明瞭。後者は直接同時録音したものではないが、同時期のものをダビングしたらしい。経過した年月を考えると、相当の手間かけてブラッシュアップしたのだろう。

国葬の場面で、運ばれる棺の前を小さな赤い布団(?)みたいなのを捧げ持った軍人が十数人歩いている。一体何を持っているのかと思ったら、一個ずつ勲章を大切そうに乗せて歩いているのだった。
それを見て、しばらく前に行われたナカソネを送る会で祭壇に巨大な勲章(の模型?)が飾られていたのを思い出した。

個人崇拝の行きつく先は宗教と全く同じ形である。今それが鮮やかに立ち現れる。似たようなことは少し前の日本でもあったし(戦前ではなく)これからも起こる--などと考えてしまった。

ところで、弔問に訪れた若き中国人は周恩来だそうな。


「アウステルリッツ」
ドイツ2016年

こちらはベルリン近くの元・強制収容所を見学に訪れた人々をひたすら延々と撮ったいわゆる「観察映画」だ。

こういう場所を見学するのがダーク・ツーリズムというらしい。
事前に知らなければレジャー施設と思うだろう。晴れた夏の日なので人々の多くはTシャツ短パン姿。笑いさざめき自撮りに忙しい。門の外の混雑は休日の上野公園なみだ。建物内は芋を洗うが如し。長い行列に団体行動。解剖台や焼却炉を覗き込む。中には死者を冒涜するような行動をする者もいる。

固定カメラは施設ではなくもっぱら人々に焦点を合わせている。しかもモノクロだ(なぜにモノクロ……?)。
一か所だけ見る者が一様に沈鬱で困惑した表情を浮かべるのだが、そこに何があるのかは映画の観客には分からない。
字幕が付くのはツアーガイドの説明の部分だけである。しかも説明の声はアフレコしたらしい。人々のざわめきなどの環境音はダビングとのことだ。(加えて焼却炉場面は別の施設の光景とか)

全ての要素を並列して投げ出し、映画の観客に「さあ、どうだ」と言っているようである。しかしずっと見ていると虚しくなり疲労のみが溜まってくる。
とにかく場面転換も少ないので眠気が這い寄って来るのに要注意だろう。


「粛清裁判」
オランダ、ロシア2018年

世評では三作のうち一番面白いと言われていたが、個人的に眠気度最高値💤だったのがこれだっ(>O<)

1930年スターリン独裁下のソ連、モスクワでクーデターの容疑で8人が逮捕される。
その公開裁判の記録映画が残っていたのを発掘し、編集したものである。これも映像がクリアなのに驚く。
オリジナルの方の記録映画は2時間半あったそうだが、2時間強に短くしてある。それでもかなり長~く感じた。

ソ連でのトーキー最初期の映画とのことだが、裁判の発言はともかく背景のざわめきや椅子の音はダビングらしい。それに対比するように市民の行進場面が付け加えられている。

裁判の容疑はクーデターを企てたということでいずれも地位の高い技術者たちだ。彼らが市民が埋め尽くす公開の法廷の場で弁明する。
彼らは容疑を認めているのだが、どうもその容疑も釈明も具体性に欠けていてひたすら謝罪に終始している。まるで懺悔大会のようだ。

スルスルと進行しながら実態のつかめぬ裁判の映像--問題はこれらの容疑が全てでっち上げだったということだ。裁判自体がプロパガンダだったのである。しかし、死刑判決が下されても被告たちは受け入れる。
その時の裁判長や検事を務める者の行く末(多くは悲惨な運命)も合わせてみると、スクリーンに浮かび上がってくるのは「闇」なのであった。


以上、結局三作皆勤してしまった。最初はそのつもりはなかったのだが(◎_◎;)
多分コロナ禍で外国映画の公開が滞っていたせいだろう。大作エンタメ映画が公開されていたら絶対そちらに行ってたに違いない。
見てしまったのは怖いもの見たさか。あるいはゾンビ愛好者がゾンビ映画を見に行くのと同じ気分なのか。
果たして私はロズニツァ監督に手玉に取られていたのだろうか。
得られた教訓は「大行列、目的が違えど並んでしまえば皆同じ」である。

パンフレット買ったけど1400円ナリでかなりの厚さ、単行本と言っていいくらいだ。彼の劇映画もどんなものか見てみたい。
210421b

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2021年4月 5日 (月)

「ザ・バンド かつて僕らは兄弟だった」/「ラスト・ワルツ」再見:共同幻作

210405「ザ・バンド かつて僕らは兄弟だった」
監督:ダニエル・ロアー
出演:ロビー・ロバートソン
カナダ・米国2019年

ザ・バンドについては完全に門外漢だけど見に行っちゃいましたよ。
ロビー・ロバートソンが過去を振り返るドキュメンタリーである。

自らの生い立ちから始まり、ロニー・ホーキンスのバンドに参加、レヴォン・ヘルムと知り合って独立してバンドを結成し、やがてボブ・ディランのツァーでバックを担当する。
御存じの通り、このツァーはどこへ行ってもディランがブーイングでヤジり倒された。彼らにとっても本当に嫌でストレスだったのが語られる。レヴォンに至っては途中で逃走してしまった(ーー;)

アルバムを出して人気を得るものの、その間に自動車事故が起こったり、酒とドラッグでツァーが崩壊状態になったりして、ロビーはもうバンドとして続けていくことができないと思うようになる。そして解散へと心が傾いていく。
当時の映像が全て残っているわけではないが、写真などでうまく繋いでいるのでインタビュー中心でも飽きることはない。

間にホーキンス、スプリングスティーン、クラプトンなどが出てきてザ・バンドへの愛を語る。ピーター・ガブリエルが登場したのは驚いたけど、名前が出るまで誰だか分らなかったというのはヒミツだ(;^_^A
笑ったのはクラプトンで、彼らの音楽を聴いて大感動して参加させてくれと頼んだが断られたそうな。
スコセッシも数回出てくる。映画の話より、当時のザ・バンド自体についての言及が多い。

しかしこれはあくまでもロビーの語りである。今でも存命しているメンバーは他にガース・ハドソンだけで、しかも彼のインタビューはないのだ。
「兄弟」であった男たちの絆が崩壊し『ラスト・ワルツ』に至って終了する--という、ある種感傷的な流れで物語としてうまくまとまっているが、まとまり過ぎの感がある。
ファンの人はどう思うのだろうか。

『ラスト・ワルツ』からのコンサート映像も使われている。おかげでもう一度見たくなった。私が見たのは昔に一度だけで、共演してたミュージシャンのこともろくに知らなかった頃である。
ザ・バンドというのはあの時代では特殊な立ち位置で、比べられるのはリトル・フィートぐらいしか思いつかない。今だったら、ルーツ・ロックとかアメリカーナとか分類されるかもしれないが。
それと5人編成のロックバンドでキーボード2人というのも珍しくないか!?


「ラスト・ワルツ」
監督:マーティン・スコセッシ
出演:ザ・バンド
米国1978年

というわけで結局また見てしまった『ラスト・ワルツ』である。ツ〇ヤでレンタルしたらちょうどケーブルTVで放映していた。トホホ(+_+)
もっともDVDには特典のコメンタリーや映像が付いている。
前に見たのはどうもリバイバル上映で1999年らしい。それでも20年は経過しているわけだ。

今回改めて驚いたのは歌詞の字幕が付いてないことである。最近のコンサート映画は付いていることが多い(『ザ・バンド』でも同じ演奏場面にはあった)。ファンは分かっているからいいだろうけど、私のような門外漢にはキビシイ。
それどころか曲名も途中に出さない。エンドクレジットにまとめて記されているだけだ。

一度通して見てからコメンタリー付き(しかも2種類ある)で飛び飛びに見直したりして2倍以上の時間かかってしまった。何をやっているんだ(~_~;)

ゲストでまだ若くてツルピカのジョニ・ミッチェルが登場している。思わずそこは二度繰り返して見てしまった。
ニール・ダイアモンドは他の出演陣に比べると完全に「外様」で、公開当時「場違い」みたいな言い方をされてたのを思い出した。ロビーの人脈で出演したらしいが、確かに微妙な距離感である。

ヴァン・モリソンは激熱のパフォーマンスをやってみせた。なのに、あの変な衣装はなんなのよ(?_?)……と思ったら、2種類のコメンタリーともこの衣装のことを触れてたので皆同じに感じるらしい。
ボブ・ディランについては撮影しない約束で弁護士が見張っていて、撮り始めると猛抗議してきた。それを、ビル・グラハムが会場から叩き出したという話には笑った。
当時の撮影スタッフのコメントではスコセッシが相当に細かくうるさくて辟易してたらしいのがうかがえる。

以前見た時には印象に残らなかったが目を引いたのは、インタビュー場面でリック・ダンコがフィドルを小脇に挟むようにして持って弾いてみせたことである。当然弓は上下垂直に動かす。こんな弾き方があるのかとビックリした。
これじゃ、ルネサンスやバロック期のような昔に楽器をどんな持ち方してたかなんて、今では完全には分からんわなあ。

見直してみて、スコセッシはロビー・ロバートソンを主演に据えた映画(テーマは有終の美学✨)を作りたかったのだなあ、と思ってしまった。コンサートの準備段階から関与していたというのだからなおさらである。もうこれは「共作」と言っていい。ドキュメンタリーでありながら「虚構」のような。
そうしてみると『ザ・バンド』の方は、結局そのテーマをさらに後から補強する役目を果たしているようである。
問題は他のメンバーが解散を考えてなかったということだわな💥
とすれば、40年後のロビーの語りは「弁明」とも受け取れる。

後に知られるようになったことだが、ライブ場面の音はほとんど後から差し替えやタビングしてあるらしい。あちらのコンサート映画では珍しくないことだそうだ。
差し替えてないのはレヴォン・ヘルムとマディ・ウォーターズだけとのこと。
マジですか(!o!) ますます虚構味が……💦

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