映画(最近見た作品)

2019年9月17日 (火)

「COLD WAR あの歌、2つの心」:生きて別れし物語

190917 監督:パヴェウ・パヴリコフスキ
出演:ヨアンナ・クーリク、トマシュ・コット
ポーランド・イギリス・フランス2018年

イーダ』の監督の新作はカンヌで監督賞受賞、オスカーも3部門ノミネートという高評価だった。どうも恋愛映画っぽいということで、二の足を踏んでいたのだが評判が良かったので見ることにした。

戦後数年経ったポーランドから始まる。冒頭農民たちによって歌われる、野卑にして強烈なエネルギーを持つ民族音楽に引きつけられる。
場面はそのまま歌手のオーディション場面に繋がり、一人の若い女が注目される。年齢は若いがどうも過去に色々ありスネに傷持つ強烈な個性の人物のようだ。
その女と、彼女を採用した作曲家兼合唱団の指揮者の男との長きにわたる複雑な関係が描かれる。

くっ付いては離れ、離れてはまた片方が追いかける--ということを繰り返すが、その間女は他の男と結婚していたり、と一筋縄ではいかない男女の仲である。
私は恋愛ものが苦手なので、どうにもよく理解できない。その心理は不可解である。
特に後半、ケンカを繰り返した挙げ句に男が投獄されると分かっていて女を追っていく件りとその後に至っては、性急すぎる展開もあってよく分からん。
と思っていたら、終わった後に近くの女性客が「なんで(男が)あそこで戻っちゃうのよ~」と話していて激しく同感だった。
理解できないのは私だけではなかったようだ。ホッ(^o^)

当時のポーランドの政治状況は直接語られることは少なく、音楽の有り様を通して描かれている。素朴な民謡がアレンジされて合唱曲になり、やがて政治体制を翼賛するような大がかりな舞台公演と化し、最後にはエンターテインメントとして他国でも上演する。
しかし最初の野卑なテイストは失われても、やはりその音楽はそれぞれに魅力はあるのだ。「2つの心」という古い曲の変遷がそれを表す。
それ以外にもパリでヒロインが当時流行始めた「ロック・アラウンド・ザ・クロック」で踊り狂ったり、故国の「サマーフェスティバル」でボサノバをやる気なさげに歌う場面などあり、面白い。
まさに「歌は世につれ世は歌につれ」🎵である。

そしてパリでの生活だが、『ホワイトクロウ』ではあれほど魅力的に描かれたあの街が、時代がずれるとはいえ、薄汚くスノッブで鼻持ちならない場所となっているのは興味深い。両方足して2で割ればちょうどいいのかね(^^;
また全編モノクロの映像は強烈である。特に日差しを映した場面が印象に残る。さすが撮影賞にノミネートされただけはあると感じた。
ヒロイン役のヨアンナ・クーリクはジェシカ・チャスティン似の強気っぽい美人。『イーダ』にも歌手役で出ていたらしいのだが、覚えていないです(^^ゞ

見た後で監督のインタビューを読んだら、この物語は監督自身の両親をモデルにしていると知って驚いた。なんと二人はヨーロッパを股にかけ40年もの間別れたり復縁したりを繰り返していたのだという。映画よりもさらにスケールが大きい。ビックリである。

私はそれを知った時、二人の子どもである監督はそれをどう思っているのかなあと疑問に思った(事実を述べているだけで彼の心境は特に語っていなかった)。
それをモノクロ90分にまとめ上げた手腕はかなりのもの。
そうなると、あの理解に苦しむラスト(あの場所に行って○○して●●する)も、彼にとって親に対する心情の決算だったのだろうか……。

ただエンドクレジットに「ゴルトベルク」を流したのはさすがに意味不明。『イーダ』でもコラール前奏曲使っているからバッハ好きなのかしらんとは思うけど。最近「ゴルトベルク」やたら使われ過ぎ💢という意見をいくつか見かけた。
普通だったらショパンの「マズルカ」だと思うが。当たり前すぎ?

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2019年9月11日 (水)

「新聞記者」:ヒューマン・ドキュメント スクープしなけりゃ意味ないよ

190911 監督:藤井道人
出演:シム・ウンギョン、松坂桃李
日本2019年

過去に度々「日本では社会派映画の伝統は途絶えた!なんてこったい(>O<)」みたいなことを書いてきたので、その手前どんなもんかと見てきましたよ。
結論から先に言うと、これって「社会派」なのか?と思わざるを得ない内容であった。

まず、女性記者の設定に驚く。日本人と韓国人のハーフでしかも米国からの帰国子女(母語は英語のようである)、失脚した記者であった父親の復権のためにわざわざ日本で自らも新聞記者となる--って、どうしてこういう複雑な設定にしたのか、事情を理解するだけで既に我が脳みそはオーバースペック状態だ。

彼女が取材しようとするのが内閣情報調査室の若手官僚で、外務省時代には上司がトラブルに巻き込まれた体験あり。
で、内調って何をしているのかというと、薄暗い大部屋で大勢がパソコンに向かってSNSに誹謗中傷や怪情報を書き込んでいるらしい。外部に指令飛ばしているシーンもあるけど(『ネット右翼とは何か』によると、実際には政府は直接に操作や指令はしていないもよう)。これがなんだか、よくある「悪の巣窟」っぽいイメージなのだ。
しかもSNSしか操作対象のするメディアはないようで、あたかもネットが世界全てのよう。

皆さん優秀な頭脳を持った超エリートなのに暗い所でゴソゴソしているだけなんて、人的資源の無駄遣いではないか。モッタイナーイ(~o~)
しかも、内調の場面は直接の上司と官僚男しか顔がハッキリ出てこない。同じ職場に考え方正反対のヤツとかいれば、ドラマ的に対立点が明確になると思うんだが。

一方、記者の職場の描写も判然としない。周囲の同僚は突出して動き回る彼女を、あたかも異星から来た「困ったチャン」の如く生暖かく見守るという風情。同僚たちについて個々に明確に描かれていないので、役者の顔でしか区別できない。上司のデスクの立ち位置も不明である。
さらに驚いたのが、主人公が書いたスクープ記事について、上司が大手新聞が後追いしたので「よくやった」と褒めたこと。記事の価値は大手紙が認めるかどうかなのか? ちゃんと裏取りして構成も考えて見事に記事にしたとかじゃないのか。
部外者には全く理解できない業界である。

加えて、劇中に原作の望月記者など実在の人物たちのトークがTV番組として背後に流される。わしゃσ(^_^)既に脳の老化が始まっているので、劇中の台詞とトークを両方同時に聞き取れる能力はないのよ。
あと、意味のない手ぶれカメラ止めて欲しい。それも手ぶれの域を超えたかなりの揺れで目が回る(@_@)かと思った。

それ以外にも???印が付く場面や設定がある。
しかし裏話を聞くと、実はなんと最初の段階では半ドキュメンタリーの造りになっていて、トークの場面と実名のドラマを組み合わせたものになっていたという。それを監督が脚本を書き直したというのだ。
ええーっ、それじゃかなりとっつきにくい特殊な映画では(?_?) 『バイス』みたいな感じでもなさそうだし。

記者と官僚男が協力して闇の真相に迫るという形を取るが、結局のところ疑惑の解明とか社会への影響などはあまり重きを置かれてない。そもそも立ちはだかる外部の障害は上司の恫喝ぐらいである。
中心は謎やサスペンスではなく、困難にあった時の個人の慟哭とか煩悶という人間ドラマを描きたかったようだ。

190912 たまたま最近、斉藤美奈子の『日本の同時代小説』(岩波新書)を読んだのだが、それによると明治二十年代に近代文学なるものが勃興した時「ヘタレな知識人」「ヤワなインテリ」が主人公であった。「グズグズと悩み続けるハムレット型の「青年」たち」である。
これって、まさにこの映画の若手官僚そのまんまじゃないの。
文学では戦後から現代に至るまで様々に変遷してきたが、まだ映画にはそのような主人公像が生き残っているのだろうか。

しかもグズグズと悩み続けて、生まれたばかりの赤ん坊と一緒にヨメさんにハグしてもらう始末。この嫁さん大変だな、子どもがもう一人いるんだもん。自分だって帝王切開して大変だったつーのに。
私だったら、妻は何も分かってない設定にして「この子には習い事二つぐらいはさせたいし、いい学校にやりたいから、○○くん(←名前忘れた)のお給料だけに頼るのは心配。私もそのうちパートで働くねー」と無邪気に語って、主人公をさらに追い詰めるようにしたい。

ということで、ここに至って記者がなぜオーバースペックな女性であるのか分かった。
漱石の『三四郎』の主人公を翻弄するのが、明治時代の「都会派のギャル・美禰子」ならば、現代の超エリート官僚男に対するのは出自も文化も全く異なるバイリンガルの帰国子女でなくてはならないのだ。

かくして社会派映画ではなく「文学」を見たのであった。
そもこういう題材が選ばれること自体少ないので批判するのもマズイかなーと思うが、褒めている感想が多いのでこれぐらいいいよね。

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2019年8月30日 (金)

「ホワイト・クロウ 伝説のダンサー」:壁の西側へ跳躍せよ

190829 監督:レイフ・ファインズ
出演:オレグ・イヴェンコ
イギリス・フランス2018年

冷戦時代、ヌレエフ亡命の顛末を描く。単なる「事件」ではなく、貧しい少年時代、バレエ学校、パリ公演の3つの時代を並行しつつ彼の内面に迫っていく構成だ。注意深く見てないと学校時代と公演直前がゴッチャになる可能性がある。

彼の強烈な自負心と背中合わせの劣等感に驚かされる。ただ、実際のヌレエフは憎めない「人たらし」だったようで、そこら辺の描写はあまりない。
それと、セクシュアリティの描写は妙に曖昧なのはどうしたことよ。ホモセクシュアルだったのは公然の事実のはずだが、ぼかした表現しか出てこない(下着姿で友人と二人でいる、など)。
それなのに師匠の家(狭い)に居候させて貰ってるうちに、奥さんと……のくだりはやけにハッキリ描いている。
師匠役のレイフ・ファインズが心なしか嬉しそうに「寝取られ亭主」役を演じているように見えるんだけど(^0^;)

華やかな舞台と裏返しとなる反復する練習と脚にきしむ床の描写が頻繁に入り、「ダンサーはつらいよ」な側面も忘れていない。
絵画を連想させる映像も印象が強い。実際にルーヴルに展示されている絵画もそうだが、明らかにハンマースホイ(ハマスホイ?)を意識した部屋の光景も登場する。映像に関してもファインズは監督としての力量を示したといえるだろう。

主役を演じているのはダンサーから抜擢された若者とのことだが、目ヂカラがすごい。
子ども時代の少年は顔立ちが似てるので選んだのかと思ってたら、最後にちゃんと踊った(カワイイ)のでこれまたビックリよ。
あのポルーニンも役柄自体は端役だけど登場する。単独で踊る場面があり、またサービスショット(!o!)も登場するので、ファンは要チェックであろう。ポルーニンも役者志望らしいが、彼が主役ではなかったのは目ヂカラ💥が足りなかったせいだろうか。
あと、女友達役のアデルも魅力大(*^^*)

それにしても花の都パリ✨である。ハイカルチャーからアンダーグラウンド、聖と俗(クレイジー・ホースも登場)入り交じり混在する都市、なるほど親も祖国も捨ててもいいと思うかもしれない。地下酒場の歌の場面など音楽の使い方もうまい。
レイフ・ファインズにはこれからも役者と監督の両刀で活躍して欲しい。

芸術満載の世界から終盤は、亡命騒動でいきなりハラドキのサスペンスに。KGBのおぢさんはあの後、責任を取らされてシベリア送りになったりしてのだろうか(汗) 宮仕えもつらいよ。一方、空港警察のおぢさんたちはノンビリしてるようで小粋。お国柄ってヤツですかね。
ヌレエフの亡命についてよく知らなかったのだが、『アラベスク』の第2部はこの事件をふまえてこそ描かれたのだなあと、今更ながらに実感した。

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2019年8月26日 (月)

「マルリナの明日」:首なき暴走

190826 監督:モーリー・スルヤ
出演:マーシャ・ティモシー
インドネシア・フランス・マレーシア・タイ2017年

予告を見てなんじゃこれは?と仰天して見に行ってしまった映画である。
舞台はインドネシアのとある島。荒野の一軒家で細々暮らす未亡人がいる。これが、この島の風習らしいのだが、なんと亡くなったダンナはミイラになって同じ家の中にいるのであった(~o~)
それに目を付けたならず者の一団、乱暴狼藉を働き大事な家畜を奪ってしまう。しかし、彼女はレイプ野郎のボスの首をナタでぶった切って反撃、証拠として警察に持って行こうとするのである。

予告ではてっきり「ガルシアの首」のパロディなのかと思ったが、実際見たらそういうわけではなかった。(邦題は意識してるよね)
女性監督による「インドネシアで女主人公でナタでウェスタンやって何が悪い」みたいな堂々たる開き直りだった。まこと天晴れな監督根性である。

バスも霞んで見える延々と続く広野、家に鎮座するミイラ、やる気ゼロの警察(これは日本も同じか)。馬の代わりにロバにまたがり、首を傍らにぶら下げて道を進む。
また途中で女の子(父親に酷使されているらしい)と水浴びをするつかの間の美しい叙情的光景もあり。

そしてラストは……うわ~(>O<) 果たして快作か怪作なのか。もう分かりません!
いやしかし、最後に女は勝つ! 女にとっては力づけられる映画に違いない(多分)。
それにしても出てくる男がどれもロクデナシばかり。唯一バスの運転手はワリを食ってかわいそうだった。

ただ、客席は女はほとんどいなくて中高年のオヤジさんばかり。なんでだ(^^?
キャプテン・マーベル』と並べて遜色ない「闘う女」映画に違いなし!

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2019年8月17日 (土)

「荒野にて」:父一人馬一匹子ひとり

監督:アンドリュー・ヘイ
出演:チャーリー・プラマー
イギリス2017年

思い出したのはケン・ローチの『ケス』である。あれは孤独な少年とタカの物語だったが、こちらは競走馬と少年の物語。ロードムービーであるところが『ケス』とは違っている。

米国の田舎町、少年は父親と共に引っ越してきたばかりで完全に孤独である。それまではハイスクールに通っていたようなのだが、父親は全く無関心で、そもそも不在が続き生活費すらろくに渡していない。家の中はまだ段ボールが積んであるままだ。

たまたま馬主の男に気に入られて、その厩舎でバイトすることになる。そして年老いた競走馬の世話を熱心にする。もはや勝てないその馬が処分されることを知って、連れて逃げるのだった。

そして邦題にあるように荒野をさまよう。道もないのでロードムービーでなくて荒野ムービーだろう。馬を連れて出たはいいが、少年自身は乗馬も出来ないのだ。運搬トラックのガソリン代もない。
しかし荒野にいた時はまだよかったかもしれない。本当の荒れ野は広野でも山でも道路でもなく、人間が殺伐と暮らす都会の方だったのが分かる。それが淡々と語られる。

見ていてこの世界のつらさ苦しさがじわじわと迫ってくる。
果たして約束の地はあるのか。わずかに明るい結末が救いであり、それが『ケス』とは異なる部分である。「刑務所に入ってもここに戻ってもいい?」という台詞が泣ける。

しかし、こうして見ていてなんだか私は派手なエンタメ映画を鑑賞しているのと同じように、孤独な少年の苦悩や悲しみを娯楽として消費しているだけではないのかとも思えてきた。
そうしてますますウツウツとなってしまった。だからといって、どうするわけでもないのだが(=_=)

最近、ルーカス・ヘッジスを始め若手の役者が才能を見せているが、この少年役のチャーリー・プラマーもかなりのものである。
父親が入院してしまい、今は疎遠になってしまった伯母を頼ろうと提案するのだが父親に却下されてしまう。その時の微妙な表情が大変うまくて驚いた。瞬時に入れ変わるかすかな期待と落胆……。
ここで演出(監督は『さざなみ』の人)や役者が下手だと、観客は台詞のテキストで判断するしかない。父親の言うことをよく聞く少年の真意は果たしてどうなのか--と疑問に思うより前に瞬時に見る者を納得させる。これって当たり前のようでなかなか実際には難しい。

馬主のオヤジさんは最初帽子かぶっていて、アップの場面がなくてよく顔が分からなかったのだが、喋る声がどこかで聞いたような……と思ったらスティーヴ・ブシェミだと気付いた(^^ゞ(遅い!) いい味出してます。
モロにアメリカな話なのだが、イギリス映画なのね。
原題は馬の名前「リーン・オン・ピート」。「ピートに任せとけ」って感じ?

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2019年8月11日 (日)

「バイス」「記者たち 衝撃と畏怖の真実」:表裏なき戦い

190811 「バイス」
監督:アダム・マッケイ
出演:クリスチャン・ベール
米国2018年

「記者たち 衝撃と畏怖の真実」
監督:ロブ・ライナー
出演:ウディ・ハレルソン、ジェームズ・マースデン
米国2017年

イラク戦争を扱った二作が同時期に日本公開された。内容は一つの事象の表面と裏面を描いている。さて、どちらが表でどちらが裏かというと……。

先に見た方がいいのは『バイス』だろう。
ブッシュ政権下で副大統領を務めたチェイニーが主人公である。副大統領というとお飾り的ポジションかと思っていたら、彼については違ったらしい。「お飾り」のなのはブッシュ(息子)大統領の方だったのだ(!o!)

元々はチェイニーもどうしようもないダメダメ男であった。だが、しっかり者で優秀な妻に叱咤激励され尻をたたかれ真っ当な(「正しい」という意味ではない)政治家に。で……美談になるはずが、そこからまだ続きがあった。その道は地獄へ(当人ではなく国民が)。その行き着く先は戦争。911に乗じて石油利権獲得のためにイラク攻撃したのである。

有名な役者連が実在かつ健在の政治家を演じるというと、思い出すのはオリバー・ストーンの『ブッシュ』だ。全く同じ時期を描いているが、短期間で撮ったためかなんとなくワイドショーの再現ビデオ風だった。
一方こちらは「語り」が面白い。語り手の正体が謎で最後まで引っ張っていく。かと思えば寝室でシェイクスピアの台詞が出てきたり、エンドクレジットでひっかけがあったり。脚本でオスカー候補になったのは伊達ではない。おちょくりとシリアスが絶妙な配分具合となっている。

主演のクリスチャン・ベールもまたノミネートされた価値はある熱演だ。しかし、例のごとく体重大幅増強(20kgとか💥)で、一部に「C・ベールが実物に合わせて太ったり痩せたりするよりも、元から似ている人をキャスティングすればいいのでは?」という意見があるのも頷ける。(『ブッシュ』ではリチャード・ドレイファスだった)
妻のエイミー・アダムスやサム・ロックウェルの大統領も評判だったが、私が一番すごいと思ったのはラムズフェルドを演じたスティーヴ・カレルだ。物置みたいな場所で泣く場面にほとほと感心した。

なお臓器移植の話は『ハウス・オブ・カード』にも出てくるのだが、あの元ネタはチェイニーなのだろうか? だとしたら恐ろし過ぎである( ̄。 ̄;) そういや夫と妻の共謀関係という点も……。

エンド・クレジット始まったら帰ってしまった客が数人いた。まだオマケがあるので帰ってはモッタイナ~イ。最近の映画はうかつに帰れませんな。


『記者たち 衝撃と畏怖の真実』は『バイス』で政治家たちが暗躍していた時に、市民やメディアはどんな様子だったのかが分かる。
大手メディアが愛国心をあおり国民は熱狂--という中で、中堅新聞社の記者たちが地道な調査報道を続けて事実を暴く、というこれまた実話である。

監督のロブ・ライナーが怒りの自作自演(演出&出演)しているだけあって、不正告発はストレートに伝わってくるが、91分で伝えるイラク戦争の真実、みたいな調子で旨味に欠ける。しかも、ある程度予備知識が無いと何が起こっているのか見ててよく分からないというトホホ(+_+)な状態になるのであった。日本人だと予習が必要だ。従って『バイス』の後に見た方がわかりやすいということになる。
こちらも豪華出演陣なんだけどねえ。

そもそも政治ネタの調査報道なんて地味なものだからあまり映画向きの題材ではない。それを考えると『大統領の陰謀』はよくできていたなと思う。
ジャーナリズムや米国現代史に興味ある人、あるいは主役二人のファンにはオススメか。
音楽がどこかで聞いたような気がすると思ったら、『ハウス・オブ・カード』のジェフ・ビール担当だった。

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2019年7月24日 (水)

「誰もがそれを知っている」:ファミリー・アフェア 後から効く~

190724 監督:アスガー・ファルハディ
出演:ハビエル・バルデム、ペネロペ・クルス
スペイン・フランス・イタリア2018年

ファルハディ監督の新作はスペインを舞台にして、ペネロペ・クルス&ハビエル・バルデム夫婦共演という大ネタを投入である(もっとも、役柄自体は夫婦ではなくて「元恋人」という設定)。

スペインの田舎町からアルゼンチンの資産家に嫁いだ女が、妹の結婚式のために子どもたちと共に帰郷する。しかし、十代の娘が誘拐され身代金の請求が……。
スペインでは実際に悲惨な誘拐事件が起こっていて、かなり国中を揺るがす大きな騒動となったらしい。それを踏まえて話が展開する。その事件の記憶があるためにうかつに警察へも訴えられない。
だが、どうもこの誘拐事件は見ていると何かが引っかかるのであった。

バルデム扮するかつての恋人の男は、元カノに降りかかった災難に対し奔走する。自分の農場で働く季節労働者(その多くは移民らしい)や、自分の妻が教えている矯正施設の生徒を疑う。そこには普段は隠された差別感が緊急時には露呈するということが、さりげなく描かれている。
また、そもそも女の父親は元地主で、対外的にはその強権的な性格が嫌われているし、家族内もドロドロしている。
と、ファルハディお得意のイヤ~ン案件が続出するのであった。

しかし、どうしたことであろうか。これまでの監督作品にあった人物を追い詰めるような緊迫性はなく、スター俳優二人を迎えたためかなんとなくライトな仕上がり。メロドラマ調に流れているような印象で、物足りないままに終わってしまったのだった。本来ならば「うわー、もうイヤだー」とパッタリ倒れたくなるような内容なのが普通だろう。
--と、思っていたのだ、当初は。

だが、段々と時間が経つにつれて思い返す度にイヤ~ン味が増して感じられるようになってきたではないか。こ、これは……相当にひどい話じゃないの!(詳しい内容は、下記のネタバレ線以下に記述)。
時間差でイヤさ全開になるとは、監督の芸風もますます磨きがかかってきたようである。
今回も彼は身近な家族内にペタリとくっ付いている、善とも悪とも決めつけられないけど醜悪な部分を掘り出すのに成功したようだ。

190724b 娘役のカルラ・カンプラがなかなかの演技を見せる。若いのでこれからの期待株か。情けない父親役のリカルド・ダリンは「瞳の奥の秘密」などで知られる渋い二枚目俳優。こういう役も完全にこなしているのはさすがである。

大判のチラシにあった辛酸なめ子イラストのストーリー紹介があまりにも的確で笑ってしまった。→確かに、ペネロペ・クルスの憔悴ぶりの落差はすごい。


------------------------★ネタバレ注意★-----------------------

以下は完全ネタバレです。自己責任でお読みくだせえ( ^o^)ノ


バルデム扮する男は農場を失い、妻も彼の元を去る。しかし、最後に彼は自分に娘がいたことを初めて知って、その幸福感にベッドに横たわってかすかに微笑む。

だが、その一方でそれに等しいぐらい身近な近親者である兄が自分を裏切っていることを知らない。そのやり口は狡猾で、警察に通報させないためにわざわざ警察OBのアドバイザーを紹介までする。
扱いやすい子どもの弟の方ではなく、わざわざ十代の娘を誘拐するからには完全な部外者の犯行ではなく、男の財産も狙っているのは明らかだが、「誰もが知っている」のだから容疑者は町の住民全員でおかしくはない。

それを、期せずして攪乱するのがアルゼンチン人の夫の存在である。性格は神頼みで成り行き任せ。そのような人物だからこそ娘は生を受けたわけだが、全くの他人である男が自分の身代金を払ったことを娘に問われても何も答えない。
こりゃ、後々まで禍根を残すだろうなあ……と想像すると、ますますイヤさ加減が増すのであった

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2019年7月19日 (金)

「たちあがる女」:アイスランディック・ソウル 不屈の闘い

監督:ベネディクト・エルリングソン
出演:ハルドラ・ゲイルハルズドッティル
アイスランド・フランス・ウクライナ2018年

「変な映画」は数あれど、それにプラスして面白いというのはあまりない。しかし、このれがまさにそうであった。こんな映画を生み出したアイスランド恐るべし。

表の顔は中年女性、アマチュア合唱団の指導者。しかしてその実体は--環境を守るため破壊工作に日夜はげむコードネーム「山女」であったのだ!
疾きこと風の如し、矢を放っては送電線をぶっ壊し、大地や風の動きで追っ手を素早く察知、姿を潜める。
ただ、逃走経路は計画段階でちゃんと確保した方がいいと思うんだけど……💨

映画の感想では「女ランボー」などと評されていたが、不動の意思をもって美しい野山をひた走る主人公はさながら中年ナウシカのように見える。
宮崎駿の原作マンガでは結末でナウシカは市井の人に戻ったと書いてあるが、あたかも中年になったナウシカが環境破壊に怒り再び立つ(*`ε´*)ノ☆となったら、こういう感じではないか。なにせドローンの接近を素早く聞きつけちゃうんだから。

現在の標的は拡張計画中のアルミ工場で、中国資本がらみらしいのが描かれる。以前、この本を読んだ時に中国のアフリカ大陸への食い込み具合に驚いたが、実際ヨーロッパにもかなり進出しているそうだ。アイスランドというと、日本と違ってもっとゆったりとした国だというイメージがあるものの、監視カメラやドローン・警察のヘリによる追跡、ネット盗聴など物騒な面も登場する。

しかしこの映画の一番の驚きは、本来劇伴として背景に流れるはずの音楽を実際にミュージシャンが画面に登場して演奏することなのだ(!o!) オルガン、ドラム、スーザフォン(変わった組み合わせ)の奏者が付かず離れずヒロインと共に行動して(たまに休憩したりする)、その状況に合わせて音楽を奏でるのだ。
こんな発想見たことも聞いたこともねえ~。驚きである。
途中からは地声3人の女性コーラスも加わる。ブルガリアン・ヴォイスっぽいけどアイスランドにもあるんだーと思っていたら、ウクライナの伝統音楽らしい。

音楽だけでなく映像のセンスや編集のテンポもいい。この監督、これが2作目だというからこれからも期待大だろう。
あと、ヒロインの「活動」に巻き込まれて毎度必ずトバッチリを受ける外国人観光客のおにーさん。笑っちゃうのだけど、監督の前作にも登場しているそうな。次作にも出して欲しい。

ラストの光景はぼーっと見ていて気付かなかったのだが、主人公の活動と直に関わっていたのだった。恥ずかしながら他のネットの感想読んでて気付きましたよ(^^ゞ ヒントは自室で流れているTVニュースである。
最後まで演奏団を付き従え、断固として進む彼女の姿に感動である。

また邦題に文句つけたい。主人公はとっくに「たちあがって」いるのだから(「立ち上がる」じゃないので検索もしにくい)、ここは一つ「不屈の女」ぐらいにして欲しかった。

ところで、本作はジョディ・フォスターの監督・主演でハリウッド・リメイクの予定らしい。彼女がやったら余計に中年ナウシカっぽいかも。

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2019年6月29日 (土)

ルース・ベイダー・ギンズバーグ祭り「ビリーブ 未来への大逆転」&「RBG 最強の85才」

190629a「ビリーブ 未来への大逆転」
監督:ミミ・レダー
出演:フェリシティ・ジョーンズ
米国2018年

85歳にして米国の現役最高裁判事、女性では史上二人目だというルース・ベイダー・ギンズバーグ。その人生をたどる。
法律家を志し名門ハーバード大学院に入学するも、なんと当時の女性の割合は0.1パーセント以下。しかし、家事が彼女より得意な夫と共に家庭を築きつつ首席で卒業。
だが、どこの法律事務所も女を雇ってはくれなかったのである……。仕方なく大学の教員業に。

伝記ものの問題は、大きな功績を成し遂げた人物が波乱万丈な人生を送っているかというとそうとは限らないことだ。
画期的な裁判を勝ち抜いてきたとはいえ、殺人事件のような犯罪ではなく行政訴訟の類いだから、衝撃の事実が今明らかに(!o!)なんてことはなく、あくまで弁論で進行する。しかもすこし気が緩むと「あれっ、今なんて言ってた?」てな字幕見逃しが頻発するのだった。

娘との世代対立など盛り込むも、監督の演出は一本調子でメリハリに欠ける。内容からして客は女性が多いのかと思ったら、意外にも中高年男性がほとんど。どうも社会派映画だと受け取られたらしい。後ろの席ではイビキが聞こえ、近くの高年男性は途中で帰っちゃった。
主役のフェリシティ・ジョーンズは「よくやってる」感はあるけど、実際のご本人はもっと興味深い人物なんじゃないの💨などと思ってしまった。むしろ家事でも仕事でも妻を支える優れものの夫役アーミー・ハマーの方が、好感ポイントが上だったのは仕方ないだろう。

個人的には、大学の授業で取り上げられた事件の判例の一つが少し前に日本で起こったのと似ていて(ひどいDVを夫から受けていた妻が逆襲したのを、罪を問われる)、性差別案件は米国の50年遅れなのが分かってガックリきた。

既に今年の最凶邦題賞に決定確実なタイトルであるが、「ドリーム」「ビリーブ」と来て……次は「トラスト」かな。長音入るなら「スピーク」「ウォーク」あたりか。


190629b「RBG 最強の85才」
監督:ベッツィ・ウェスト、ジュリー・コーエン
出演:ルース・ベイダー・ギンズバーグ
米国2018年

さて、そのRBGご本人を取材したドキュメンタリーである。
アカデミー賞では長編ドキュメンタリーと歌曲の2部門でノミネート。さらにMTV映画賞ではリアルライフ・ヒーロー賞に加え、格闘シーン賞「ルース・ベイダー・ギンズバーグ対不平等」👊でも候補になるという評判ぶりだ。

冒頭彼女の大衆的な人気の高さが描かれる。若い女性を中心に支持され、グッズが作られ、SNLでもネタになるというぐらいキャラクター化しているのだった。これはトランプ以後に最高裁判事(大統領が任命する)のリベラル×保守の比率を彼女の存在が握っているという理由もあるだろう。とにかく日本では想像も出来ない人気なのだ。(その分、毀誉褒貶が様々にあって大変そう)

その半生は『ビリーブ』で描かれたのと大体重なる。そして肝心の本人は、小柄で特徴ある華奢な声で穏やかに喋る。予想より遙かに静かでチンマリとした外見。ただし、弁舌を振るう時を除いて、だ。
彼女の人物像を語る人々としてビル・クリントンやグロリア・スタイネムも登場するとは知らなかった。

しかし、さらに予想を裏切ったのは夫マーティンであろう。映画で好評だったアーミー・ハマー版よりももっとユーモアあって楽しい好人物だった(料理得意なのは事実)。こういう人が共にいたから先駆的な活動が出来たのだなあとヒシ感じた。
というわけで、やはりフィクションより実物の方が面白かったのだった。

マスコミやTVで騒がれていることについて、娘と息子が「母は家のTVの付け方知らないはず」と言っているのには笑ってしまった(*^O^*)

なお、取り上げられている裁判例の一つに、妻を早く亡くした夫が子育てをしているのに男は育児手当を貰えないのはおかしいと行政を訴えたものがあった(映画だと介護手当になっていた)。その夫は「男性差別」だとG・スタイネムに文句を言っていたけど、それはお門違いであろう。
そもそも男女の伝統的な性別役割分業に基づいて、当時は「介護や保育は女の本能であり、男のやることではない」「男であればそんなことはしない」「そんなことをする者は男ではない」という観点から手当は女にしか支給しないと決められたのである(それを決めたのも男であろう)。そしてそのトバッチリを受けたわけで、根源は男女の格差なのだ。

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2019年6月17日 (月)

「キャプテン・マーベル」:あなたの掻いた左目が痛い

190617 監督:アンナ・ボーデン、ライアン・フレック
出演:ブリー・ラーソン
米国2019年

アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』の最後の最後に名前だけ登場して気を持たせたヒーローが満を持して登場である。
                      ここにグースのシッポが❗→

しかも巷の噂によると女性でMCUシリーズ最強のパワーだというじゃありませんか💥

期待大で見に行った。がしかし、これもまた情報量が多くてあっという間に二転三転と話が進む(@_@) 「あっ、見逃した」「あれ?今なんて言った」状態が多発。とても脳ミソの活動がついて行けません。
もう一度見て色々と確認したかったけど行く機会を逃した。レンタルかTV放映待ちである。

話のツボは記憶を失った主人公が自らの過去を見いだし取り戻し、さらに真の敵を認識すること。そして、それがかつて「女だから」と押さえつけられていた抑圧を跳ね返す姿と同期することである。
こう、文字にすると教条的で真っ当すぎる印象だが、ストーリーと映像の合わせ技で見せられると感動が押し寄せてくるという次第だ。

舞台は90年代でまだお肌がツルピカなフューリーが登場する。現在のS・L・ジャクソンが演じた映像を修正したそうな。スゴイね、もう何でもありだ。
背景の描き方を見るともはや90年代も懐古の対象になったかという印象である。
バックに流れるのはグランジ系。ナイン・インチ・ネイルズあたりはメジャーだけど、他は名前は知ってる程度、あるいは名前も聞いたことないバンドもあり。やはりこの時代はロックの細分化が進んだ時代だからか。

もう一つの注目点は猫のグースの大活躍。猫ファンは必見だね(^_^)b フューリーは「ネコちゃ~ん=^_^=」とまさに「飼わせていただいている」状態のかわいがりよう。でも『アベンジャーズ』シリーズには出てこないからその後どこに行っちゃうの?
ここは一つ、岩合さんによる「銀河ネコ歩き」を制作してもらいたいものである。
「今回は視聴者のご要望によりブラックホールに来てみました。やあグース、いい猫(こ)だね~。はい、ブラックホールの淵でゴロゴロしてみて」

主演のブリー・ラーソンは、闘う女性ヒーローとして終始仏頂面を維持。愛想笑いも見せねえぞという気概を感じさせるキャラクターで、ここまでくると潔い。
遂に彼までヒーロー物に参戦かい(!o!)と感慨を抱かせるジュード・ロウは「謎の上司」として登場しつつ、ちょっとコメディ・タッチが入ってたようだ。

そして『インフィニティ・ウォー』の続編ではきっと大活躍を見せてくれるに違いないと思っていたのだけどね、この時は……。

ところで、フューリーは『ウィンターソルジャー』では信頼していた人物の裏切りにあって片目を失ったと語っていたらしいが(観たけど忘れました)いいのか(?_?)こんな経緯にして。
ネコがらみでは、とある場面で昔懐かしTVドラマ「素浪人・月影兵庫」を思い出してしまったのは私だけであろうか。(一定の年齢以上じゃないと分からないネタ) 焼津の半次~♪ってヤツですよ。

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