映画(最近見た作品)

2017年5月28日 (日)

「おとなの事情」:知らぬが仏、知れば鬼

監督:パオロ・ジェノヴェーゼ
出演:ジュゼッペ・バッティストン
イタリア2016年

イタリア製喜劇。それもかなり黒~い笑いに満ちている。いや、それより笑うに笑えないというところか。

幼なじみの仲良し男四人組が、恒例の夕食会を行う。今宵も皆、奥さん同伴でメンバの一人の自宅マンションに集合。このマンションが低層でかつ広い!(うらやましい)
もっとも、バツイチのオタク系教員の男は恋人を連れてくると言いながら、病気で来れなくなったと一人でやって来たけど。

今では職業も家庭の事情も異なる彼ら、チクチクと不穏な会話が飛び交う。
そのうち、妻の一人が全員のスマホ・ケータイをオープンにしてやり取りを聞かせ合うゲームをしようと言い出した。全員、互いに秘密はないのだから、とok
そして食卓の上を電話とメールが入り乱れる。

結果は……恐ろしい秘密がボロボロと(ーー;) 明るみに出る不和annoyリアルタイムで広がる亀裂punch 見ているだけで冷汗が出てウギャーッ(>O<)となるのは間違いない。

しかし驚いたことに、ラストはそれまでの経緯を全てひっくり返すような意外なものになっているのだsign03 こりゃ、一体どういうこったい。

多くの人はこれを、登場人物が何もなかったことにしているのだと解釈してたが、そうじゃないだろう。この結末は、ある意味「並行世界」である。(SFじゃないけど)
作り手はハッキリと具体的に「異なる世界」だと示している。獣医妻の口紅とか、弁護士の妻が出て行った時間差とか、イヤリングの件とか。

パンフレットでは、監督が結末の方が実際に起こったことだと明言しているそうだ(私はパンフを買わなかったので詳細不明)。
虚偽と破滅、一体どちらがいいのかと観客に問うているようである。もっとも、いくら隠してても早晩バレそうな秘密もチラホラsweat01 いずれにしても安泰ではいられない奴もいるのは確か。

舞台はほとんどマンションの一室に限られている。しかも、ほとんど食卓に輪になって座って喋っている場面ばかり。しかし、セリフや編集が巧みで飽きさせることがない。
現場の撮影方法など疎くて知らないけど、1人がテーブルで喋ってる場面を切り返して反対側から撮ったら、向かい側のカメラが入っちゃわないのか? うまく隠しているのか、それとも同じ場面を繰り返して撮影しているの?(とてもそうは思えないが)
もちろん、役者の皆さんもリアリティのあり過ぎな演技で感心の一言である。

原題をそのまま英訳すると”PERFECT STRANGERS”となるらしい。意訳すれば「夫婦は他人の始まり」ってとこか。
まことに濃ゆい大人向けの皮肉なコメディである。さすがイタリアだね~。

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2017年5月21日 (日)

「海は燃えている イタリア最南端の小さな島」:異なる世界の片隅に

170521
監督:ジャンフランコ・ロージ
イタリア・フランス2016年

ベルリン映画祭で受賞したということでも話題になったドキュメンタリー。
イタリアの端っこののどかな島の生活と、小型船に定員の十倍も乗り、地中海を渡ってきてその近海に流れ着くアフリカ・中東の難民たちの姿を捉える。

難民は直接島に漂着するわけではないから、島民とは接触することはない。唯一の例外が島の医師で、彼はかなりの数の難民の検死を行なうそうである。

島の生活はまるで昭和の日本のよう。島民は漁で生計を立て、ラジオからはイタリア歌謡としか形容しようがない音楽が流れる。一人の少年の日常に密着するが、ネットもゲーム機もなし。廃墟となった家に潜り込み、木の枝を削ってパチンコを作り、戦争ごっこに興ずる。
一体いつの時代だ~(@_@;)

一方、救助を求める難民船に入ったカメラは船の最下層に積み重なる数々の死体をとらえる。生き延びた人々も茫然としパニック症状で震えが止まらなかったり、泣きだしたりする。
こちらの方の映像は極めて衝撃的だ。見ていて冷汗が出る。
しかし、カメラはあくまでも淡々と、決して交わらぬ島民と難民の姿を並行して撮っていくだけだ。同じ時、同じ場所に、両極端に異なる世界が互いに接することなく存在する不思議。

難点は島民の描写に明らかに演出が入っていること。そうすると、この平穏さも作為的に強調されたもんじゃないの?などと疑わしく思ってしまう。
さらに延々と日常生活を撮っているもんだから(スパゲティ食べてるところとか)、退屈過ぎて映画館内を眠気虫が跋扈し、文字通り「沈没」してしまうのであった。
こういう対比が「わざとらしくてイヤng」という意見が出てきても致し方ない。

個人的にはもう少し島の場面を削って短くしてほしかった(上映時間は2時間弱)。ただ、この「退屈さ」こそが監督の意図したところかもしれないが。

第2次大戦中に島の沖を軍艦が通った話が出てきたが、それを考えるとこの島は歴史的に海上交通の要衝にあるのかも知れない。
そういう部分ももう少し知りたかった。


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2017年5月 7日 (日)

映画短評その2

170507
★「ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち」
監督:ティム・バートン
出演:エヴァ・グリーン、エイサ・バターフィールド
米国2016年

原作は児童文学のファンタジーかな? ティム・バートン節炸裂impactと言いたいところだが、そういうわけではなかった。
導入部がちょっと長い。主人公の少年がペレグリンの屋敷に入ってから、ようやくおなじみ奇妙奇天烈バートン世界が展開する。

しかし、どうも見た後にスッキリしない。この手の設定が複雑なファンタジーというのは、その枠組みを構築して維持し、それに沿ってストーリーを成立させるだけで大変な労力が必要で、息切れ状態になってしまう。
読者や観客の方は、理解しようとするだけで訳ワカラン状態になるのが常。似たようなのが『ライラの冒険』だった。

で、全体の印象はとっちらかって求心力なし--というところか。よく分からんけど、結局ハッピーエンドってことで終わるのであったfujiメデタシよ。

ジュディ・デンチやサミュエル・L・ジャクソン(悪役なのに迫力なし)はもったいない使い方。パイプをふかすエヴァ・グリーンはカッコ良かったが。
それから、ルパート・エヴェレットは全く気付かなかった。エンド・クレジットを見て、えっあの人物なのかい(^^?)状態である。
少年役のエイサ君が、背が伸びちゃってビックリ。成長期の子はあっという間に変わっちゃうね。
過去の映画のパロディがたくさん出て来てたようだけど、分かったのは『シャイニング』と『アルゴ探検隊の大冒険』ぐらいだった。
遊園地の場面に監督本人が出てたよね)^o^(


★「ラビング 愛という名前のふたり」
監督:ジェフ・ニコルズ
出演:ジョエル・エドガートン、ルース・ネッガ
米国2016年

異人種間の結婚を違法とする法律が1950年代の米国には、州によって存在していたsign03とは驚きだが、それに対して裁判を起こした夫婦がいた。最高裁で勝訴するまでが描かれる。

一貫して夫婦愛だけをピンスポット的に取り上げていて、背景の社会の動き(公民権運動とか)は意図的にカットされている。そこが「声高に差別を訴えない」として好評だったようだ。
だが、一方で背景が描かれていないとよく分からないところがあって隔靴掻痒の感がある。

1人目の弁護士は売名行為で声を掛けてきた? ワシントンになじめなかった理由はなんなのか? バージニア州に戻ってきて隠れ住んでいたのに逮捕されなかったのは何故? 子どもを学校にやってたらバレるんじゃないのか。
……などなど表で語られなかった部分が多数あるように思える。

そんな部分を主役の二人の演技が救っているようである。ジョエル・エルガートンは外見はほとんど変わっていないのに、若い時の朴訥とたイメージから中年になって頑固おやじ雰囲気を醸し出している。ルース・ネッガはそれを支えるしっかり者の奥さん風。二人ともアカデミー賞候補となった。ヨカッタgood


★「パッセンジャー」
監督:モルテン・ティルドゥム
出演:ジェニファー・ローレンス、クリス・プラット
米国2016年

なんだか珍品SFを見せられたという気分。いや、SFにもなってない「SF未満」であろうか。

120年もかけた宇宙旅行。その間、大勢の乗客はコールドスリープしているのだが、なぜか一人だけ早く目覚めてしまった男……なんと残り時間90年(☆o◎;)ガーン!! こりゃないよ~と驚くのは当然だろう。
前半『シャイニング』や『2001』の引用が出てきて、心理サスペンス的展開になると思いきや、恋愛もの→アクションという予想外の方向に行ってしまうのだった。

さらに、元々結末は違ったのを変更したんじゃないかという疑惑も出現。船長にアンディ・ガルシアをキャスティングしておきながら一瞬しか登場しないのである。

実際結末まで見ると、これじゃあ別の案があったのだったらそっちの方がよかったのでは?と思ってしまう。ところが、とあるサイトで紹介されてたオリジナルの結末は、予想をはるか斜め上を行くトンデモなものだったのだ。こりゃ、SF未満どころか「超SF」だいっtyphoon

宇宙船の造形は面白いし映像もキレイ。比べて、宇宙船内のデザインは平凡。船員の制服はスタトレか(?_?)
主演のジェニファー・ローレンスとクリス・プラットがもったいなかった。

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2017年5月 6日 (土)

「未来を花束にして」:参政権ないぞ、議会逝ってよし

170506
監督:セーラ・ガヴロン
出演:キャリー・マリガン
英国2015年

今から100年前英国で起こった婦人参政権を獲得するための闘争を、一人の平凡な女工の存在に仮託して描いている。ヒロインが参加することになった運動は中でも過激に先鋭化した急進派だと思われる。なにせ爆弾作って爆破事件まで起こすんだから。それ以外の団体は登場しないので運動の全体像は分からない。

工場でのセクハラ事案、母親には親権がないとか、ヒロインがハンスト中に食物を流し込まれる場面など見ていてへこむ。さらに運動に参加する女たちに投げつけられる誹謗の言説は、現在とあまり変わらないのでウツになる。
その割には主な男性陣(ブレンダン・グリーソンの警部、ベン・ウィショーの夫)がひどい奴には描かれていないので、男性も安心してご覧いただけます(^<^)
そのせいか、観客の男女比が半々だったのは意外であった。

メリル・ストリープが出演時間は短いながら、存在感たっぷり。あれ以上長く出てたら助演女優賞候補になっちゃったりしてflair
彼女の扮するパンクハースト夫人はアジ演説で「もう50年も待った。私たちはこれ以上待てない(*`ε´*)ノ☆」と檄を飛ばす。
それにならって、現代日本を顧みれば「保育園落ちた、日本死ねpunch」から一年余。未だに改善されていないのだから、もう待てん<`ヘ´>やはり爆弾でも作るしかないのだろうか。

邦題が原題に比べて詰まらないというので、ネットの話題になったが、この手の邦題の最大の問題は当たり障りの無さから「後で思い出せなくなる」「区別が付かなくなる」ことである。「花束を未来にして」とか「未来へ花束から」でもなんら変わらないのだ。

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2017年5月 3日 (水)

映画短評

最近どうにも忙しくて、土・日曜にもブログ更新できないことが多々あり。未だ書いていない映画の感想が増えていく一方である。ただ、一旦書き始めると今度は長くなってしまう。困ったもんだ( -o-) sigh...
そこで書きそこなっていたのをここにチョコチョコと書きたい。

★「ガール・オン・ザ・トレイン」
監督:テイト・テイラー
出演:エミリー・ブラント
米国2016年

3人の女をめぐるサスペンス。一見幸せそうに見えても実は……と数組のカップルの醜い真実と、「家庭」なるものの虚無が露わになってくる。
中心となるエミリー・ブラントのヒロインはアル中で挙動不審、陰々滅滅な展開で引っ張っていくが、ラストで呪縛が解けてなんとか救われた気分になる。
原作は読んだことはない。小説なら3人の女たちを立場をじっくりと描けたんだろうと想像できるけど、映画ではそうはいかぬ。なので、ラストがやや性急な印象だ。

とはいえ113分間、見ごたえあり。
メガン役のヘイリー・ベネットは顏も雰囲気もジェニファー・ローレンスに似ている。役柄も年齢的にちょうどローレンスにぴったり合ったものだ。(当て書きした?)
ルーク・エヴァンスはイヤな男がよく似合うのう(^O^;)


★「五日物語-3つの王国と3人の女」
監督:マッテオ・ガローネ
出演:サルマ・ハエック
イタリア/フランス2015年

『ゴモラ』『リアリティー』のガローネ監督が、なぜかファンタジーを作った(^^?)
原作は17世紀初めに書かれたナポリの民話集とのことで、3話のオムニバス形式になっている。ただ、使用言語はイタリア語じゃなくて英語なんである……。

美しくて残酷なファンタジーshine だがここには萌えとかフェチとかロマンとか一切なく、そういうものに全く拘泥していない。あたかも『パンズ・ラビリンス』からオタク要素を抜き去ったような作風である。ただただ冷徹だ。

ロマンスに憧れる姫がドジな父王の失態で「鬼」にヨメにやられてしまう物語は、「ゲーム・オブ・スローンズ」の異民族(野蛮な)の王との政略結婚を思い出させた。このエピソードの教訓は「幸せは自分で勝ち取らなければダメng」ってことだろうか。
関係ないけど、このお姫様が弾いてた楽器はビウエラかね?

世界遺産になっている城など古い建築の映像も美しい。


★「ミス・シェパードをお手本に」
監督:ニコラス・ハイトナー
出演:マギー・スミス
イギリス2015年

ホームレスのオバサンに軒を貸したら、なんとそのまま15年(!o!)
劇作家が実際に体験した話を芝居にし、さらにそれを映画化したものである。主演の二人は舞台と同じ役者らしい。
予告やあらすじだと感動系の話だと思ってしまうが、全く違う。実際にはかなり辛辣で皮肉たっぷりの英国風ユーモアに満ちている。

見ていて、ミス・シェパードがどうしてピアノを禁止されたのか今一つ分からなかった。ともあれ、彼女を演じたマギー・スミスの演技にひたすら感服。若い女優が束になってもかなわないという印象だ。さすがである。

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2017年4月30日 (日)

「彷徨える河」:闇の奥の奥の闇

170430
監督:シーロ・ゲーラ
出演:ヤン・ベイヴート
コロンビア・ベネズエラ・アルゼンチン2015年

コロンビア映画史上初めてアカデミー賞外国語映画賞の候補になったという作品。
アマゾンの密林の中、河沿いに独り暮らすシャーマンの元へ米国人の学者が、幻の薬草を求めて訪れる。長い孤独の中で記憶さえ失ったシャーマンは、数十年前にドイツの民族学者が同じものを探して現われたのを突然思い出す。

この時代を隔てた、二つの河を遡る旅を重ねるように交互に辿っていく。
その旅は当然『闇の奥』を想起させるが、こちらの主人公は西欧人ではなく先住民側のシャーマンである。しかし、狂気と混迷の旅であることは変わらない。異文化と衝突して混乱するのは西欧人だけではないのだ。

特に不気味なのは河の途中にある、白人の僧が建てたカトリックの修道院のエピソードだ。現地の子どもたちが大勢いて、神の名のもとに狂的な支配と統率を行なっている。二度目の旅でもまだその修道院は残っているのだが……恐ろしい(>y<;)

入れ子になった構造、モノクロの映像は圧倒的、これがマジック・リアリズムというやつか(!o!) いささか長く感じたが、歴史の上に堆積した人々の悲惨と傷が余すところなく描かれている。

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2017年4月 9日 (日)

「哭声/コクソン」:恐怖の三択

監督:ナ・ホンジン
出演:クァク・ドウォン
韓国2016年

國村隼が出演し男優賞を受賞して話題となった韓国製ホラー。あまりにも話題なので行ってみた。

ひなびた山村で一家殺戮という猟奇的な殺人事件が起こる。犯人はその家族の一員で、さらに他所で殺された別の男の死体も一緒に見つかる。毒キノコを食べたための錯乱が原因という結論になるのだが、山の奥の小屋に住みついてる謎の日本人がどうも怪しいという噂が広がるのだった。

そのうち新たな一家の殺戮事件がおこり、さらに主人公である警官の小学生の娘にも、犯人に共通する悪魔付きのような症状が出る。焦る主人公は暴走punch

聖書の引用から最初はミステリっぽく始まって、てっきり閉鎖的な村で日本人の男をめぐる疑心暗鬼がグルグル渦巻いていくような展開になるのかと期待していたら、そうはならずにイッキに不条理なホラーへと突入する。
いくらいい加減な性格とはいえ、警官としてどうよ的な放りっぱなし多過ぎ。日本人男のパスポートをスマホで撮ったはいいが、その後どうなったのか? また、同僚の警官が小屋で証拠になるようなものを見つけたのに何も言わずに出てきてしまうのも変だ。(操られていたとか言わないでくれい)

それを除けば「ド派手なもんを見せてもらいました」という気分である。祈祷師のお払いの場面はあまりに派手すぎて(ガムラン入ってた?)笑っちゃうくらいだし、ゲロ場面はこんなすごいのは見たことねえ\(◎o◎)/!とあっけにとられて感心してしまう(ここも笑った)。

それに子役の女の子のハイテンション演技も見ものである。國村隼に引けを取らない怪演であろう。
いや、全てにおいてハイテンションでテンコ盛り。あまりに過剰なんで展開から目が離せないけど疲れてしまう(上映時間も長い)。結局それに尽きる。韓国映画パワー恐るべしimpact

あと、私はつくづくホラーは性に合わないと自覚した。見ててイライラして腹立ってきちゃうんだよねえ。一応、昔のホラーの名作なんかは見てるんだけどsweat01
で、謎が明確に解決されずに放置されて終了してしまう。最近のホラーはこんな感じなのか。まあ、見た人同士で謎についてワイワイやり合うにはいいだろうが。

祈祷場面で互いに攻撃しているようで、実は……というひっかけのあたりは面白い。しかし、「読者への挑戦」があるような本格推理小説なら全ての情報が提示されていなくては「フェア」ではないけれど、この手の映画では情報を出すも隠すも作り手の勝手、胸先三寸である。

以下に取りあえず思い出せる謎を列挙。

家に下がっている干からびた巨大ブルーベリー(?)みたいな植物の役割は何か。
死者がいた軽トラの周囲のローソクは誰が何のために置いたのか。
そもそもゾンビはなんの目的なのか。
被害者の持ち物は何のために使われたのか。
終盤に謎の女と主人公が話している時に挿入される自宅のシーンはリアルタイムで起こっているのか、それとも主人公の想像か。
逃走する祈祷師に虫を送ったのは誰?
ラストの日本人男の変貌は助祭の幻想かリアルなのか。

主人公の周囲に出没する謎の三者が上記の謎にどう関わっているかで解釈は違ってくるし、三者同士の関係も一部不明である。それどころか湿疹事案だって誰が起こしているのか怪しい。
だからと言って、それらの謎が解明されたところでこの映画への評価が変わるわけでもないのだ。

ということで、やはりキノコ説が一番説得力ありそう(^^;)

観客は老若男女一つの層に片寄らず入っていたが、謎なのが数年ぶりに映画館来たような中高年女性を複数見かけたこと。座席指定の入替制を知らないぐらいである。國村隼のファンかsign02

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2017年4月 2日 (日)

「アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男」:凡庸ならざる悪

170402
監督:ラース・クラウメ
出演:ブルクハルト・クラウスナー
ドイツ2016年

近年「アイヒマン」ブーム到来(?_?) というわけでもなかろうが、アイヒマン関連の映画がまた一つ。これはあの裁判の前日譚である。あの裁判に至るまでは実は大変な困難があったのだpunchという実話だ。

1950年代の末、フランクフルトで鬼検事長である主人公が、戦犯アイヒマンがアルゼンチンにいるというタレこみの手紙を受け取る。だが、検察や政界もナチの残党がいるので妨害され逮捕できない。
インターポールに依頼するも、政治犯は対象外とのこと。で、遂にイスラエル秘密警察モサドに接触するのだった。バレれば国家反逆罪になってしまう。

とにかく主人公のオヤジ検事が強烈なキャラクターである。「正義のためなら台所がなんだ!」とか「憲法があるだけで安心してはダメだ」などキビシイ主張をし、テレビ番組にも出たりする。(冒頭、実物が出演した番組の映像から始まる)

彼の原動力は、戦前収容所に入れられたが「ナチに協力する」と証文を書いて出してもらった--という自らの過去への激しい後悔であったのが途中で明らかになる。
これに、協力する部下の若い検事(架空の人物とのこと)が罠に陥れられる話が絡んで来る。
主人公が持つもう一つの「秘密」を共有するこの部下が、若い頃の彼が過去にありたかった姿を投影している、という感想を読んで、なるほどと思った。

というわけで、感動というよりも重いという雰囲気が全編覆っているのだった。映像もそれに合わせたか、なにやらフィルムノワールっぽい暗い色調である。

戦後のドイツをナチが牛耳っていたというのは知らなかった。当然、彼の行動は監視されていた。
この後の時代の話が『顔のないヒトラー』になるらしい。どのようにドイツが変化したのか、見逃してしまっていたので今度見てみたい。

ところで、ここに登場するアイヒマンは「凡庸」ではなく真に「悪」に見えるのだが、実際どうだったんでしょな(?_?)

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2017年3月19日 (日)

「沈黙 -サイレンス-」:わたしが・棄てた・神

170319
監督:マーティン・スコセッシ
出演:アンドリュー・ガーフィールド
米国・イタリア・メキシコ2016年

スコセッシが遠藤周作の『沈黙』の映画化を熱望しているという話を耳にしたのは十数年前だろうか。しかしその話は立ち消えになったり復活したり……その度に出演者として上がる名前も変わっていったように記憶している。
ロケ地がニュージーランドから台湾に変更されたのも、途中で大物プロデューサーが手を引いてしまったかららしい。大変である。

その間に彼は雇われ仕事作品の『ディパーテッド』でオスカーを取ってしまった。その後もあきらめることなく、まさに執念の一言であろう。
実際には原作を読んだのは28年前ということで、その長さにさらに恐れ入る。

私が原作を読んだのは、昔の「狐狸庵先生」ブームのおかげで、そこから読み始めてシリアスな作品に至るというパターンだった。やはり『イエスの生涯』を読んだ高校の同級生と共に「イエス萌え~heart01」になったりした。
しかし、あまりにも読んだのが昔過ぎて(ウン十年前)原作の『沈黙』はおぼろげにしか覚えていないのであった。

人によって感想は様々なこの映画、私は感動よりも見ててウツになった。
『闇の奥』よろしく異文化の未知の土地に上陸した若い司祭二人が住民と関わり、その地の海辺から緑深き山の中を徘徊した揚句、片方の主人公がたどり着いたのはオドロオドロな恐怖の王国--ではなくて整然とした奉行所、清潔なお白洲、人情のかけらもなき役人が支配し、強固な官僚主義が存在するゆるぎなき帝国だったのであるsign03 全くもってイヤーンな「日本」そのものだ。これでウツにならずして何であろうか。(しかも史実を元にしている)

加えて、そこで繰り広げられる言説が「日本スゴイ」っぽいものから踏絵を「踏めばよいのだ、踏めば」とか「彼らが苦しんでいるのはお前のせいだ」まで、現在でも立派に通用している論理ならぬ理屈ばかりである。
期せずして(いやもしかして意識して?)、監督は原作にもあった「日本イヤンng」な部分を描き尽くしているのであった。

民衆にしてもお上にしても異文化たる宗教を飲み込み同化していく。その圧力の「洗礼」を受けて遂に屈して踏み絵を踏んだ後の、A・ガーフィールド扮する主人公の呆けたような表情が印象に残る。(或いは彼の師フェレイラの後ろめたい表情も)
とすれば、ラストシーンはまさに主人公が完全に日本に「同化」できたということなのだろうか。つまり、日本的なキリスト教の受容を会得したという意味で、彼は真に日本人になったということか。

「踏み絵」について「そんなもの踏むだけなら踏めばいいじゃないか」という意見を幾つか見かけたが、警察によるでっち上げで有名な「志布志事件」では「踏み字」や「踏み絵」(一説に家族の写真を使用したとか)が使われたというから、現代でも十分に使用可能な手段なようである。

かようにシリアスでヘヴィな題材ではあるが、過去の日本の描写はガイジンにここまで描かれちゃっていいのか~sweat01、日本映画負けてるよsign01と思ってしまうレベルなので、一見の価値はあると言っていいだろう。
ただ、主人公が水面に映る自分の顔をイエスに重ねる場面とか、踏み絵をやった後の衝撃描写などはやや「やり過ぎ」に思えた。
登場する日本人がみんな英語(劇中設定はポルトガル語)うまいのは……突っ込まない方が吉であろう。

見ていて「こりゃ、客入らないだろうなあempty」と思ったのも事実。有名俳優が出ているとはいえ、ウツ展開であまりに暗い話だ。
実際、監督が28年間かけた渾身の一作、米国ではコケてしまい次作はネットドラマを撮る羽目になったとか……(-_-;) 当地で公開が遅れたそうで、アカデミー賞に撮影賞しかノミネートされなかったのもマイナスだったか。

役者に関しては窪塚洋介やイッセー尾形の世評が高いが、後者についてはオーバーアクトにいささか辟易した。ただでさえ芝居がかった人物なのに、それを芝居っ気タップリに演じたら屋上屋を重ねてどうするよtyphoonってなもんである。
窪塚のキチジローはなんか子どもっぽくて何も考えてない印象。あれ(?_?)原作ではもっと狡猾で複雑なキャラクターだったんじゃないの(かなり記憶薄れているが)と疑問に感じた。
どこかで見たようだなあと思ったら、なんと『アーロと少年』の「少年」を連想したのだった。
そもそもワンコぽい。飼い主にワンワンと付いてきて、他所からエサをぶらつかされると我を忘れてそちらに走って行ってしまい、食い終わるとまた飼い主にワンワンとすり寄ってくる。飼い主は「トホホ、しょうがないなあ」と頭をなでてやるしかないのだ。

よかったのは塚本晋也と笈田ヨシだろう。失礼ながら塚本晋也がこんなにうまい役者だとは知らなかった。大昔に『鉄男』見たきりで……すいません、『野火』はコワくていまだに見てないんですう(>y<;) 許してー。あの海での処刑の場面には驚いた。CGとは思えないし、ホントにやってるのかdanger 死ぬ~(@_@;)
笈田ヨシは最初の登場場面から目を引く。まあ、彼ぐらいの年季の役者なら当然ですかね。
ガイジン勢ではアダム・ドライヴァーが、あれこの人こんなだったっけ(?_?)と思うぐらいになんだか顔つきが違って見えてビックリ。『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』でライトセーバーでコンソールぶっ叩いていたヤツとは別人としか思えん。

あと、片桐はいりの老婆とスモウレスラーのような刑吏が登場するところは、数少ない笑う場面ということでよろしいんだろうか(^○^) PANTAも出ていたらしいが、全く分からなかった。

音楽はほとんどノイズか環境音楽か?と言っていいほど、目立たない使い方をしていた。そもそも「音楽」だったのかearも分からん。冒頭とラストの虫の声と合わせているみたいだ。

それにしてもスコセッシはつくづく「青二才」の人物が好きなんだなあと感じた。映画マニアに熱狂的な彼のファンがいるのもこういう点からかと納得した。


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2017年3月 5日 (日)

「ブルーに生まれついて」「MILES AHEAD/マイルス・デイヴィス 空白の5年間」:吹く前に吸え!

170304
「ブルーに生まれついて」
監督:ロバート・バドロー
出演:イーサン・ホーク
米国・カナダ・イギリス2015年

「MILES AHEAD/マイルス・デイヴィス 空白の5年間」
監督:ドン・チードル
出演:ドン・チードル
米国2015年

誰でも思わず比較してしまうこの2本、同時期に活躍した有名なジャズ・ミュージシャンを取り上げたものである。生涯を描く「伝記」形式ではなく、特定の数年間を切り取って描く手法も似ているという--。偶然としたら驚きだが、製作年が同じなのでどちらかがパクったということもなさそうだ。

「ブルー~」はイーサン・ホークがトランぺッターのチェット・ベイカーになり切り演技している。
チェットは主演映画を撮ろうというぐらいに人気はあれど、クラブで先鋭的な演奏を繰り広げるマイルスを聞かされるとどうも分が悪い。
おまけにヤクがらみの暴力沙汰で顎を骨折して楽器を吹くこともできない羽目になる。

が、捨てる神あれば拾う女あり。役者志望の女性が現れて彼を支える--はずであるが、彼女は架空の存在ということだ。その後ラブロマンスと再起の物語が展開する。
ラストはミュージシャンの業を感じさせるものだ。素晴らしい演奏ができるのなら、十字路で悪魔に魂を売ることぐらいなんだというのか。かくして愛に背を向けて再び破滅の道へ進むのであった。
このラストには思わず涙目になっちまったい(/_;)

ただ、実際のチェットはどーしようもない人間だったみたいで、ここに描かれたエピソードは彼の音楽のイメージにふさわしく、かなり甘味にコーティングされたもののようだ。
楽器の演奏は現在のミュージシャンが吹いているそう。
納得いかないのは、父親から「オカマのような声で歌う」とケナされた高音の歌声なのに、イーサン・ホーク自身が普通の声で歌っている点だ。ぜひとも再現してほしかった。


「マイルス~」の方となると、ストーリーはもっとハチャメチャだ。実際にあった活動休止の「空白の五年間」に何があったのか、を明らかにするという趣向。その時盗まれた新作テープを探して、銃を振り回し車で追跡劇をしたり暴れたりするアクションもどきになっている。
珍道中のお供は落ち目の音楽ライター(ユアン・マクレガー)であるよ。

主演のドン・チードルに至っては監督・製作も担当というのめりこみ振りだ。
実際にあったマイルスの逸話の断片がちりばめられていて、ファンならより楽しめるらしい。そのせいか客席の9割が中高年男性だった。
トランペットの演奏は実際のマイルスの録音を使用。ラストは時間を超えたセッションnotesとなり、歳取ったH・ハンコックやW・ショーターと《ドン・チードル》マイルスとの夢の共演が繰り広げられる。音楽担当のR・グラスパーも嬉しそうに参加していた。(ついでながらベースの女性がカッコ良かったshine

「ブルー~」との共通点をあげると、特定の期間を取り上げていること以外に、
過去の回想が錯綜する。
妻の活動(こちらはダンサー)を妨害する。
主役のなり切り度高し。
事実をあえて変えている部分も多い。
共演者の支えが大きい。ユアン・マクレガーはユーモラスでいい味出している。「ブルー~」では妻役のカーメン・イジョゴ(「ファンタスティック・ビースト」の議長役でしたな)が非常に魅力的で、評価5割増しにしたくなるぐらい。
170304b

どちらもミュージシャンとその音楽が生み出す、ファンの妄想をそのまま映像にした印象だ。
例え、事実と違ってもどうだというのだgoodと開き直っているようである。確かに、ファンの数だけミュージシャン像は存在するのだろう。


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