映画(最近見た作品)

2021年2月24日 (水)

「メイキング・オブ・モータウン」:音楽と産業、その深い仲

210223c 監督:ベンジャミン・ターナー
出演:ベリー・ゴーディ、スモーキー・ロビンソンほか
米国・イギリス2019年

米国はデトロイトの地に発するモータウン・レーベル。創始者ベリー・ゴーディJr.がスモーキー・ロビンソンと共に爺さん漫才して笑わせつつ、その音楽とビジネスの歴史を語るドキュメンタリーだ。
ゴーディが頑固オヤジ風なのに対して、ロビンソンの喋り方がなんとなくオネエっぽいせいもあって対照的でいいコンビである。
テンポよく進み……進み過ぎて全く知識のない人には付いていけない可能性はあるけど面白かった。

基本的には「光と影」ではなく「光と光」を描いている。ヒット曲を製作する方法をデトロイトの自動車工場から学ぶという発想が語られる。
また天才少年時代のマイケル・ジャクソンやスティーヴィー・ワンダーの映像が登場し、その輝きには目がくらむ。
一方、あの悪評ふんぷんだったダイアナ・ロス主演『ビリー・ホリディ物語』は名前が出て来たと思ったら、瞬時に通過であった。

70年代以降になると駆け足になってしまったのは、いかに「産業」を目指しても時代の変転についていくことは難しかったためか。それとも発祥の地デトロイトを離れたためだろうか。
それにしてもようやく今になってマーヴィン・ゲイの「ホワッツ・ゴーイン・オン」をしぶしぶ認めるとはゴーディもとんだ頑固者である。

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2021年2月22日 (月)

「ダンサー そして私たちは踊った」:明日なき舞踏

210223b 監督:レヴァン・アキン
出演:レヴァン・ゲルバヒアニ
スウェーデン・ジョージア・フランス2019年
DVD鑑賞

個人的にはほとんどなじみがない国ジョージアが舞台。ジャンル分けしたら青春ものプラス、ダンスといったところか。
伝統的な民族舞踏があり、その舞踏団の研修生たちと同性愛を絡ませて、社会に充満する因習と閉塞感からの解放を描いている。
なので公開当時はかなり物議をかもしたらしい。ちなみに監督はスウェーデン系ジョージア人とのこと。

国立の舞踏団だというのに床は剥げてるし手すりは壊れてるし、本当に「未来はない」感が甚だしく伝わってくる。まさに青春の悶々……そのせいか若者たちはみなタバコ吸いまくりだ🚬(最近の映画では珍しい)

ただ挿入される伝統音楽は素晴らしい。ダンスの伴奏で奏でられるパーカッション、そして静かに加わってくるアコーディオンの響き。
さらに、誕生日の集まりに男たちが歌う美しいアカペラ曲。ブルガリアンヴォイスの男声版のようである。

主人公の青年は頭のてっぺんからつま先まで完全ダンサー体型、目が大きくて小顔である。実際に本物のダンサーだそうだ。
彼がヤケになって自室のポスターや何やらはがしまくる場面があるのだが、ヨレヨレになった『千と千尋』のカオナシのポスターだけ思いとどまるシーンがある。なぜにカオナシ?(ちなみに演じているご本人の私物だとか)
それほどまでに好きだとは……✨ 遠い異国まで達するハヤオの威力恐るべし。

あと見た人はみんな思うだろうが、バイト先レストランの肉まんとギョーザ足したような郷土料理食べてみたい(^^)

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2021年2月21日 (日)

「真夏の夜のジャズ」:真昼のヨットハーバーにモンクの硬質なピアノが流れるのだ

210223a 監督:バート・スターン、アラム・アヴァキアン
米国1959年

コンサート映画の名作としてよく知られるドキュメンタリー。これで4回目のリバイバル上映だそうだ。ジャズは門外漢なので今回初めて見た。
1958年のニューポート・ジャズ・フェスティバルに加え、同時期に行われたヨットのレース場面、そして風光明媚な港町の光景が並行して(バラバラに)収められている。

一番驚いた点は「なぜにチャック・ベリーが出ているの?」である。当時だとまだジャンル分けが緩いのだろうか。バックのベテラン・ジャズミュージシャンたちがノリノリで共演している。特にクラリネットのソロのおじさんがド迫力の吹きまくりだ🎶

その後のチコ・ハミルトンは一転して情念と沈思渦巻く演奏を展開して、これまた引き付けられる。それから昼間の緩い時間に登場したアニタ・オデイが強烈だった。
ルイ・アームストロングやマヘリア・ジャクソンは生きてる姿を拝ませてもらっただけでもアリガタヤ(^人^)という感じ。

聴衆の場面は、明らかに仕込みや別撮りが多そう。ファッショナブルな客についてはモデルや役者に頼んだのかしらん。夜の公演で踊っている場面もアヤシイ。それだったら演奏の映像をもっと入れてくれと言いたくなった。
ヨットの試合場面も中途半端な挿入だし、オシャレな映画を目指したのかね。

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2021年2月20日 (土)

「スウィング・キッズ」:前半よいよい後半はこわい

監督:カン・ヒョンチョル
出演:D.O.、ジャレッド・グライムズ
韓国2018年
DVD鑑賞

朝鮮戦争中、米軍が管理する捕虜収容所あり。対外メディア向け宣伝のために、捕虜の中でダンスチームを結成させて踊らせようとする。任務を任されたのはタップダンサー出身の黒人兵士である。
というわけで、定番『ロンゲスト・ヤード』風にまずダンスできそうなヤツをスカウトすることから開始だ。

デコボコなチームがなんとか息を合わせ晴れて踊りまくる--という感動系ドタバタコメディかと思って見ていると大間違い(!o!)
確かに前半は完全笑わせモードなのだが、後半は一気に陰惨で暗い展開に。こんな話になろうとは誰が想像したであろうか💥ってなもん。

しかも収容所が極めて変な設定になっている。北朝鮮側の捕虜が入れられてるのが、韓国側支持に回る者たちが現れ、二つのエリアに分かれて対立して暮らすようになる。
その中で互いにいがみ合おうと殺し合おうと管理者たる米軍は放置。外部のスパイがウロチョロしようと気にしない。それどころかとばっちりで米軍兵士が被害を受けても何もしないのである。

こんな収容所実際にあったのか?と思ったけど、これはまさに朝鮮半島そのものの状況を象徴しているのではないか。となればハッピーエンドになるわけもない。対立と混乱と死者だけが積み上がっていく。
気合の入ったダンスシーンは楽しいだけにつらい。

なお、兵士役はブロードウェイの一流ダンサーを招いたとのこと。エンドが出た後を注目するべし。

 

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2021年2月 7日 (日)

ネトフリ温故知新「シカゴ7裁判」「Mank/マンク」

「シカゴ7裁判」
監督:アーロン・ソーキン
出演:サシャ・バロン・コーエン、エディ・レッドメイン
米国2020年

「Mank/マンク」
監督:デヴィッド・フィンチャー
出演:ゲイリー・オールドマン
米国2020年

ネットフリックス配信前の限定劇場公開作品で過去の事件を知る。便利な世の中になったもんです。

今は昔、1968年8月にシカゴで民主党大会の際に暴動あり。どこかで聞いたような気が……と思ったら、シカゴ(←こちらはバンド名)がこれを題材に曲を作ってましたな。
ベトナム反戦運動がらみで警官隊や州兵と衝突👊、首謀者とされて逮捕されたシカゴ・セブンこと、7名の裁判は米国法廷史に残るほどの悪名高いものであった。

市民デモと公権力の対決となると、本作公開時にまだくすぶっていたBLM問題を嫌でも想起せずにはいられない。まさに時節にあった内容と言えるだろう。
共謀したと訴えられても7人は立場も所属する団体も思想も異なっていて、告訴されたという以外はバラバラである。そんな7人や関係者を演じる役者はまさに「豪華出演陣」と強調文字で書きたくなる。
ただ人物が多過ぎで名前が覚えられない事案が発生。老化脳でスマン(^^ゞ

特に皮肉とジョークで全てをはぐらかせていくホフマン(サシャ・バロン・コーエン)と、真面目な活動家ヘイデン(エディ・レッドメイン)は衝突必至の対照が面白い。トム・ヘイデンて聞いたことある名前だと思ったらジェーン・フォンダと一時結婚してたのね。
それと裁判官のフランク・ランジェラの超悪役ぶりも見事だ。

アーロン・ソーキンは脚本を書いてスピルバーグの監督で話が進んでいたが、結局ダメで自分で監督することになったらしい。
題材は興味深いし、脚本にも文句はないけど、正直言って「もし他の人が監督していたら……」なんて想像してしまうのも事実である。終盤の盛り上がりが怒涛の勢いになるはずが、感動するより先に観客を置いてけぼりにして、音楽がうるさいほどに盛り上がってしまうのはかなりの問題ではないだろうか。


210207 続いての『Mank/マンク』はオーソン・ウエルズの『市民ケーン』の内幕を描く--となれば、オールドな映画ファンは見ずにはいられないだろう。
とはいえ、私は『市民ケーン』自体は昔(●十年前)に数回見たきりである。今さら見返すのもなんだかなあということで、あらすじをネットで確認するだけの手抜き復習で見に行ってしまった。

内幕と言っても、基本的には脚本家のハーマン・J・マンキウィッツが一軒家に閉じこもって(怪我をして動けない)『市民~』の脚本を書く経過をたどるだけである。
彼が監督のジョセフ・L・マンキーウィッツの兄とは知らなかった。一応、ウエルズと共同で書いたということになっているが実際には諸説紛々らしい。本作ではハーマンが一人で書いたことになっていて、ウエルズはほとんど登場しない。

そして戦前のハリウッド事情、モデルとなった資産家とハーストとその愛人マリオン、MGMのメイヤー、大恐慌などについてハーマンの回想が交錯する。かなり暴露的内容なので完成前から噂が噂を呼ぶ。
それだけにハリウッドの歴史を知らないと分かりにくいだろう。要・事前学習(人名も多いし)である。

モノクロ画面で冒頭のタイトルから当時の映画のスタイルをなぞっているのは大変なこだわりだ。レズナー&ロスの劇伴音楽もそれっぽいし。画面にフィルム交換のマーク(だよね?)まで入れているのは笑った。
ただ白黒のコントラストが少なくて照明も暗いので、かなり不明瞭な映像である。その割にはスクリーン・サイズがスタンダードではないのは手抜きではないか。配信前提だからかな(^^?

ゲイリー・オールドマン演じるハーマンはかなりアクの強い人物である。アルコールが手放せず、反骨精神に満ち誰に対しても常に皮肉満載の辛辣な物言いをする。
主人公とそっくりな人物どこかで見た(アル中と家族への態度以外)……と思ったら『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』だった。こういうのが理想の脚本家像なのであろうか。

分からないのは、事前に脚本家としてのクレジットは無しというのを念押しされて頷いてたのに、結局なぜそれを翻したのかである。それに関しては描かれていなかったような。
また、本来の「バラのつぼみ」の意味を分かって書いていながら、マリオンに対して「君のことじゃない」とどうして平然と言えるのか。そりゃ無理だろう、と言いたくなる。
さらにこの映画が何を描こうとしているのかも曖昧としている。つまらなくはないけど。
私としては、ウェルズとハーマンが共謀して「ケケケ、やったぞ。ざまーみろ」とほくそ笑むような話が見たかったかな(^◇^)

当時の選挙と捏造ニュースの件りについては、トランプ政権下の米国を重ね合わせていることがよーく分かった。ただ、公開された頃には既に選挙でバイデン勝利が決まっていたために、ちょっと時機を逸した感があったのは残念である。


さて、『市民ケーン』についてケネス・アンガーの『ハリウッド・バビロン』にどう書かれてるか見たくて本棚から必死に堀り出した。
「新聞界のおぞましき帝王」ハーストとマリオンについては「周知の事実でも、一度として新聞は、その関係を報じたことはない」。

そして自分のヨットでマリオンとチャップリンがイチャつくのを目撃したハーストは銃を発砲。しかし撃たれたのは別の人物で、病死としてもみ消してしまったのであった。
また彼女の演技をけなしたメエ・ウエストには、風紀団体を隠れ蓑にして誹謗中傷を繰り返した。

L・B・メイヤーは「イタチのようにずる賢く、根っからの女好き」。
「金物屋」から成り上がった彼はボクシングの腕に覚えあり、シュトロハイムとチャップリンをぶん殴ってKOしたエピソードが載っている。

映画公開されて、作中の主人公があの言葉をつぶやくことが性行為(どういう行為かはご想像)を思い起こさせるためハーストは激怒した。しかし「ピストル沙汰に及ぶこともなく、オーソンとマンキーウィッツはなんとか勝利をくすねとり、カネでは買えない栄誉をものにした」とある。

そして「『市民ケーン』、映画史上に燦然と輝く悪ふざけ」と締めくくっている。
やっぱりハリウッドって所は……(◎_◎;)


ネトフリで温故知新--『シカゴ7』は劇場公開する予定がコロナ・ウイルスのせいで配信に回されてしまい、『マンク』はフィンチャー監督が父親が書いた脚本をなんとか映画化したくてネトフリでようやく可能に、と経緯は異なれど作品自体の「帯に短しタスキに長し」という印象は相変わらずであった。

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2021年1月28日 (木)

「ある画家の数奇な運命」:アーティスト人生双六

210127a 監督:フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク
出演:トム・シリング
ドイツ2018年

画家ゲルハルト・リヒターをモデルにした映画でナチスがらみだという--となれば、絶対に見なくてはイカン!と勢い込んで見に行った。
もっとも主人公の名前は違うし、本人が喜んで監督の取材に応じたにもかかわらず完成後に「こんなのは自分じゃない」と否定したとか。(元々、変わった人物らしい)

ナチス政権下での少年時代、叔母が精神病院に入院→ガス室送りとなった前半から、戦後は元ナチス高官の医者だった男の娘と知り合い、さらに西側へ亡命して画家として成功するという怒涛の半生が描かれるが、いかんせん長過ぎる。
上映時間3時間強💥 もちろんもっと長い映画はあるし、面白ければ短く感じただろうけど……(=_=) 無駄な部分を切れば少なくとも30分は短くなったんではないか。
それと作品中でテーマが分裂しているようにも感じた。

210127b 美大で学ぶ場面で最初にポロック風に描いてみたり、色々な作風に挑戦する経緯に実際に存在する他の画家の作品(っぽいもの)を出してくるのはなんだかなあ。
ただ、作品ではない地の映像にリヒターぽいシーンが登場する。(水着の妻、叔母の髪型、寝室のローソクなど)

なんで主人公がやたらと「子ども」にこだわるのかと思ったら、「悪い遺伝子」を断つために殺された叔母さんの遺伝子が、断絶せずに継承されるということのようだ。でもそこにこだわるというのは、また別の血統主義ではないのかなどと疑問が湧き上がってくるのであった。

この映画がリヒターの一作の迫力を超えるかというと……まあ微妙である。
ベクトルが逆だが同じ要素(画家と国家、評価の変転、美大での授業・学生たちなど)が散りばめられているワイダの遺作『残像』と比べると、その足元にも及ばないと断言したくなる。

主役のトム・シリングは可もなく不可もなくだが、妻の父役のセバスチャン・コッホが舅の圧を感じさせるイヤ~な悪役演技で見事。嫁いびりも嫌だけど舅のムコいびりもコワイのう(+o+)
また、ヨーゼフ・ボイスとおぼしき教授役のオリヴァー・マスッチも好演だった。

一つ驚いたのは、後半に登場する作品を実際にリヒターの「下請け」で描いていた画家に頼んだと監督が語っていたこと。あれは本人が描いてなかったのか!


リヒターを初めて知ったのは恥ずかしながらソニック・ユースのアルバム・ジャケットからである(^^;ゞ
東ドイツで西側の「成金資本家」向け作品が批判される場面があったが、結局彼が現在の高額で取引される大作画家の代表のようになってるのは皮肉としか言いようがない。
210127c

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2021年1月14日 (木)

映画落ち穂拾い 2020年後半その2

210114a「ファヒム パリが見た奇跡」
監督:ピエール=フランソワ・マルタン=ラヴァル
出演:ジェラール・ドパルデュー、アサド・アーメッド
フランス2019年

反政府運動のためにバングラデシュにいられなくなりパリにやってきた父子の実話である。難民として入国するも申請が通らず、父親の働き口もない。
しかし、国内でチェスのチャンピオンだった少年の才能が身を助けることになる。言葉もわからぬまま連れて行ったチェス教室にいたのは、優秀ながらガンコ者の指導者(ドパルデュー)であった。

彼と子役少年の演技で見せる作品で、笑いあり感動ありの良くも悪くも予告から想像できる範囲内ではある。
本当に父子を救ったのは、チェス教室のマネージャー女性による大統領への皮肉な一撃だろうか。でも移民・難民のための小学校がちゃんとあるのは感心した。
チェス教室の生徒はユニークな子たちをよく集めたという印象だ。

子どもは異国の言葉でも覚えるの早いね。フランス語を覚えない(覚えられない?)父親を批判する意見を見かけたけど、大人になってしまうとそう簡単にはいかないだろう。
日本でも小学生の子が親の通訳代わりをすることが多いらしい。
まあ、日本だとさっさと強制送還ですかね((+_+))


210114b「2分の1の魔法」(字幕版)
監督:ダン・スキャンロン
声の出演:トム・ホランド、クリス・プラット
米国2020年

兄と弟が魔法の失敗で行方不明の父の上半身を求めて三千里……なんだけど(ちょっと違うか)、どうも最後までノレなかった。
兄弟愛と父子愛のダブル攻撃で、見てる間中「感動しなくちゃ、感動するんだ」と強迫観念がつのってくるがうまくは行かない。

そもそも昔は使えていた魔法が失われつつある世界という設定自体が、どうでもいいとしか思えず。折角のピクサー印なのだが、なんだかなあ。
とりあえず、トム・ホランドは「永遠の弟」ですね(^^)

ピクサー新作『ソウルフル・ワールド』は劇場公開されず残念無念である。非常に評価が高いのに(;_:)


210114c「オフィシャル・シークレット」
監督:ギャヴィン・フッド
出演:キーラ・ナイトレイ
英国2018年

イラク戦争で実は「大量兵器はなかった!」と認定されて(注・日本を除く)から幾年月。その背後にあった国家間の陰謀の証拠を、マスコミにリークした職員がいたのだった(実話)。

……といってもスパイ映画のようなアクションやサスペンスがあるわけではない。
信念を持った一人の女性の行動とそれに応えたジャーナリズムが並行して描かれるという、大変に地味な作りである。愚直なまでにストレートな描写が続く。
それを演じる役者たちの力量が最大の見せ場だろう。

それにしても裁判の行方は呆気に取られてしまった。なんなのよ💥

ギャビン・フッド監督はこの路線が行けそうでよかった。『エンダーのゲーム』なんかどうしようと思ったもんね。
キーラ・ナイトレイの方はレイチェル・ワイズの後継者路線を取ってもよさそうな印象だ。レイフ・ファインズは出ると知ってなかったら最初分からなかったかも(;^_^A
それから米国の記者はリス・エヴァンスだった。かなり久し振りに見た気がする。


210114d「ようこそ映画音響の世界へ」
監督:ミッジ・コスティン
米国2019年

業界の人間ではないシロートには知られていない分野について、紹介&解説してくれるドキュメンタリー。

私は映画を見ている時は、視覚の方に集中力を全部取られてしまうので、音楽や音響の方にはあまり注意が行かない。だからこういう解説はありがたかった。エンドクレジット眺めていて「これはどういう役目なんだろう」という疑問が少しだけ解けた。
しかも「映画館の音」として実際に体験できるのだから、やはり映画館で見ないともったいない。

取り上げられているのは『スター・ウォーズ』や『地獄の黙示録』などメジャーな作品が多かった。米国以外やマイナー作品は少ない。一応「正史」と考えれば仕方ないということだろう。
歴史、功績者、実際の作業編と三つに分かれているので、明確に章立てした方が分かりやすかったと思う。

このドキュメンタリーには出てこないが個人的に音が記憶に残っているのは『脱出』。常に川の水音が流れていて気分が悪くなるぐらいであった。

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2020年12月29日 (火)

「幸せへのまわり道」:ホノボノのホは、ホラーのホ

監督:マリエル・ヘラー
出演:トム・ハンクス
米国2019年

米国に国民的子ども向け番組あったそうな。その名は「ミスター・ロジャースのお隣さん」。三十数年も続いた長寿番組だ。
この映画は大人気司会者のロジャースにまつわる感動実話である……と思ったら大違いですのよ、奥さま(!o!)

主人公は「エスクァイア」誌の記者で、皮肉でシニカルな記事を得意としているらしい。しかも私生活では家族を捨てた父親を恨んでいて、姉の結婚式で殴り合いを始める始末。家でも子どもが生まれたばかりで妻とはどうもうまく行っていない。要するに暗くてうっとうしいヤツなのである。
それがロジャースの取材を命じられる。時は1998年、既に番組は30年続いていて超有名人。だが主人公は子ども番組なんか興味はないと不満ブツブツ💢だ。

かなり変な映画である。作品全体がカウンセリングみたいで、主人公のアンガー・マネジメントをやっているような構造なのだ。
さらに件のTV番組はミニチュアの町に住むロジャースがお隣さんを招いて悩みを聞くという形式を取っている。その番組自体の形式とも重なるのである。

怒りを内心にため込んでいる主人公はしぶしぶ取材に行って、謎対応をされる。自分が質問しても逆に探られているようだ。果たして内面を探っているのは自分なのか、それともロジャーズの方なのか段々と怪しくなってくる。
ジワジワと染みてくるイメージ。あるいはブラックホールみたいに吸い込まれていく感じ……(>y<;)

一体、彼は世間がそう見ているように、本当に裏表なき「善人」なのだろうか。そもそも、それほどの善人がこの現実に存在しうるのか。全くつかまえ所がない。
こんな男が独裁者とか新興宗教の教祖じゃなくてよかった。もしレクター博士がこのロジャースみたいだったら、1万人血祭りにあげても誰も気にしないだろう。
そんな人物をトム・ハンクスが神技で演じている。

このように繊細で不気味な演技を彼ができるとは今まで知らず。月影先生なら「トム、恐ろしい子!」と言うだろう。オスカーとゴールデン・グローブの候補になったのも納得だ(ブラピに負けちゃったけどな(^^;)。

笑ったのは二人で地下鉄に乗る場面だ。主人公が「いつも使っているんですか?」と驚いていると(この頃のニューヨークは治安が非常に悪かったはず)周囲の乗客が一斉に番組の主題歌を歌いだす。戸惑ってあたりを見回せば、絶対に子ども番組には縁のなさそうな黒人のアンチャンたちまで楽し気に歌っているではないか。そりゃそうだろう、彼らだって昔は子どもだったのだから。
それにノレずに自分一人だけ疎外感を味わう気まずさ。うわー、いたたまれねえ~💨

一方、コワかったのは「古ウサギに会いたい」とロジャースが操る人形に言われるところ。この時、画面の中心にあって主人公に迫ってくるのは、操る彼ではなく人形の方なのである。記憶に隠された内奥のさらに奥まで侵入してくるこれは何か。まさにニーチェの「深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ」そのままではないか。
私はこの場面を見た時にあまりの恐ろしさに「ギャーッ(>O<)」と叫びたくなった。
これは感動実話ではない。最恐のホラーである。

人形と言えば最初にTVのスタジオを訪ねた時に、彼が姿を隠して人形を操っているのを半分だけ見せる(表情は見えない)場面も印象的だった。
監督は誰かと思ったら『ある女流作家の罪と罰』のマリエル・ヘラーではないですか。他の役者の演技の引き出し方もうまい。音楽の使い方も。

ロジャースは主人公の悩みを解き放つ。彼の番組の「お隣さん」のように。そして主人公が住む家もまた彼のミニチュアの中に納まったのだ。
でもロジャース自身は幸福になれたのかな……(^^?

この映画のチラシはゲットし損ねたのだが、宣伝やソフトのパッケージに使われている写真は、まさに番組にお隣さんとして招かれた主人公が幸せそうに微笑んでいる場面だ。しかしこんな場面は作中には存在しないんだよね。
この写真もそれを知って見るとジワジワと来る。


実は見るかどうか長いこと迷っていて公開期間の終了ギリギリになってしまったけど、見てヨカッタ(^.^)b
ただ、なんでこういう邦題にしたのかは全く不明である。いい加減にしてくれー👊

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2020年12月22日 (火)

ヴァン・ホーヴェ演出作品上映会「じゃじゃ馬ならし」:悲劇の如き君なりき

201222 会場:東京芸術劇場
2020年11月6日~8日

本来は演出家イヴォ・ヴァン・ホーヴェが自らの劇団と共に来日して『ローマ悲劇』を上演するはずだったそうな。だがコロナのため公演中止。代わりに過去作品の記録映像を3作上映することになった。
私はその中でシェイクスピアの喜劇『じゃじゃ馬ならし』を見た。彼の演出作品は以前に『オセロー』の来日公演に行ったことがある。

思い返すと『じゃじゃ馬ならし』はどうも過去に戯曲を読んだこともなく舞台も見たことがないのに気づいて、事前にあらすじチェックして行った。情けない次第である。
上映時間は2時間弱なので、オリジナルの上演をかなりカットしてあったようだ。冒頭の部分は恐らく数十分飛ばしている。

この喜劇の問題は、現代の基準からすると絵に描いたような「男尊女卑」である。なので今上演する場合にはヒロインは実は夫を騙してうまく操っているという解釈でやるのと、フェミニズム的な立場から批判するという2つのパターンがあるらしい。
ヴァン・ホーヴェの演出は完全に後者だった。もうこれは喜劇ではないというぐらい。

なんたる過激で暴力的(18禁場面もあるし)なことか! 舞台の上は嵐🌀が常に吹き荒れていた。
妹ビアンカは美人・清純・貞淑なはずなのだが、ここでは男たちと遊ぶ「あばずれ」状態という設定。もはやスカートの体をなしていない超ミニスカート姿で誘惑しまくる。
姉のカタリーナは常に妹と比較されては認められず精神が不安定、ガラス張りの部屋の中で妹が男とキャッキャッ💕と騒いでいる横でイライラして暴れ憎悪する。
まさに姉妹相克。これが彼女が「じゃじゃ馬」である真相らしい。
父親というと、娘たちの結婚で利益を得ようと狙うのみである。

さらに姉妹に群がる男たちは隙あらばドタバタと互いにマウント合戦。救いがたい状況だ。
夫がカタリーナを「調教」する場面は明らかにDVであり、見ていると気分が悪くなる。彼はいきなり彼女に別の名をつけるが、そもそも異なる名前で呼ぶこと自体が虐待ではないか。
また彼女へ攻撃の刃を向ける前に、彼が使用人や服屋に執拗なイチャモンをつけてパワハラを見せつける。これもDVの典型だろう。
いかに暴れ者のじゃじゃ馬でも、この時代は親が決めた結婚なら従うしかない。それらは「愛」の名のもとにかき消されるのだ。

ラストのカタリーナの長台詞はカメラがアップで撮っていた。でも、ここは引きの画面で見たかった。しかしそうすると彼女の「涙」が見えなくなってしまうし、演出の意図も分からなくなる。ただ、明らかに観客の大半が見えないものを映像ではアップで見せるのはどうなのかね。

あとやたらと飲食物を吐き散らすのは勘弁してくれ~💥 こういう演出を他にも見かけるけど苦手。特にピザを吐き戻す場面は……(=_=)
でも、これを毎晩演じる役者はタフとしか言いようがない。

このイヴォ・ヴァン・ホーヴェ演出の『じゃじゃ馬ならし』、2009年に静岡で上演したようである。実演で見たらすごい衝撃だったろうな。

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2020年12月15日 (火)

「シチリアーノ 裏切りの美学」:我が追憶の犯罪

201215 監督:マルコ・ベロッキオ
出演:ピエルフランチェスコ・ファヴィーノ
イタリア・フランス・ブラジル・ドイツ2019年

マフィア実話ものであるが、コッポラやスコセッシの米国製とは全く異なる感触の作品。さすが本場イタリアもんは濃い~のなあ♨

主人公はシチリア島のマフィアの派閥リーダーの一人。抗争のため海外で逃亡生活を送るも、故郷では身近な者が次々と殺される。
ここら辺は義理も人情もヘッタクレもなしの殺戮戦(死者数のカウントが画面に出てきて冷汗である💦)であり、その描写は『仁義なき戦い』を思わせる。
しかし現地警察に逮捕されて本国へ移送。そこで、マフィアの一掃を目指す判事に協力を依頼され、組織を裏切ることにするのだった。

一転、後半は彼が証言する裁判劇となりまさに「仁義なき法廷」となる。よく映画で様々な国の裁判を見るとそれぞれに違うなあと感心することが多い。ここでも密告で逮捕された大勢のマフィア(100人ぐらい?)が法廷内の鉄格子のはまった小スペースに入れられて立ち会うというオドロキの状態だ。しかもヤジを飛ばし放題。まさに「野獣の檻」である。

こりゃ話を面白くするための誇張ではないの(^^?と思っちゃうが、新聞のインタビューで、ベロッキオ監督は裁判のマフィアたちの醜態は実際あった通りだと語っていた。
本作の副題に「美学」とあるが果たしてそんなものはあったのだろうか。そんな疑問を抱くのは間違いない。

その後の展開もヒヤ~ッ(;・∀・)となるようなもの。車の爆破場面はあまりに恐ろしくて呆気に取られてしまった。(あれって高架ごとやったんだよね?)

抗争勃発から経過をたどり、終盤には主人公は老境に達して回想モードとなる。思い起こすは自らの行なった犯罪である。
--というのはどこかで見たような(?_?) 思えば『アイリッシュマン』のラストもそんな感じだったな。あれも実話が元だが、犯罪と共に生きた人間は似通うのか。
製作時81歳のベロッキオ、老境どころか濃すぎる映画を作ったのだった。

難点は、人物が多数現れては消えていくのでとても覚えられないこと。特に最近とみに物忘れがひどくなってるんでキツイ(^^;ゞ
なお主人公の最後の回想に出てきた人物が誰だか分からない、という感想を幾つか見かけたが、「いつも息子と一緒にいる男」ですよ。あの場面があるとないとでは大違いだ。

シチリアの方言のなまりが強すぎて法廷で理解できないと苦情続出という場面があった。日本公開では普通に字幕が出ていて理解できたんだけど、吹替えはどうするのだろうか。いっそハナモゲラ語に……💥

それから「カミカゼ」という言葉が出て来たのも驚いた。『バハールの涙』のクルド語に続いてイタリア語でも使われているのだ。「カロウシ」と共に完全に国際語になっているのかね。
日本コワイよ(>_<)

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