映画(最近見た作品)

2018年7月14日 (土)

「タクシー運転手 ~約束は海を越えて~」:ドライヴ・トゥー・フリーダム 決死取材は片道切符

監督:チャン・フン
出演:ソン・ガンホ
韓国2017年

光州事件、当時新聞で見た記憶があるもののその内容はほとんど知らなかった。
韓国でも現在の政権になって風通しが良くなったせいだろうか、過去の事件の内実を暴いたものが堂々と作られてヒットしているようだ。

事前の宣伝だと、在東京のドイツ人記者が民主化運動弾圧の噂を聞きつけ、韓国へ。そこで出会ったタクシー運転手と共に、事件が起こる光州へ潜入する。その二人の絆を描く実話……というような印象だったが、若干違った。
これは「タクシー運転手同士」の絆の話だったのであるsign01

こういう過去の大事件を取り上げつつもエンタメの基本を押さえているのには恐れ入る。笑い、涙、サスペンス、アクション、社会性--ありとあらゆるものが入っている。ラストは怒涛のような感動である。
137分とは思えないほど。見ててあっという間に経ってしまった。

しかし、正直なところ事件自体が悲惨で衝撃的である上に、感情表現が過多なので、そのタブルパンチで見てて倒れそうになってしまった。もうお腹いっぱい、これ以上何も入らねえ~(@_@)
いや、けなしているわけではないんですよsweat01

作中ではソン・ガンホ演じるタクシー運転手はかなりいい加減な奴であり、金になりそうな仕事なので、英語もロクに出来ないのに他の運転手から依頼を横取りした、という設定である。
しかし、実際には以前から記者とは知り合いで、英語も話せて外国人ジャーナリストをよく乗せていた人だったという。

また、ハラハラドキドキと感動をさらに5割増しさせ、運転手の絆を強調するラストのカーチェイスもフィクションとのことだ。
一方、ドイツ人記者の方は何を思いどう考えていたのか、ほとんどその内奥は描かれない。徹底的な他者である。従って、運転手仲間の方に比重が置かれ感情移入するのは当然だろう。

毎度ながらソン・ガンホは名優ぶりを発揮。「いいヤツ」で子ども思いだが、ずる賢く打算的なのが、終盤に向かって変化していく--というような役柄だ。こういうある意味ベタな役をやっても嫌みがない。
それを支える他の運転者役の「地味顔」(←誰かの感想で見かけた表現)な方々(韓国映画でよく脇役で見かけるけど、いまだ名前憶えてないm(__)mスマヌ)もグッジョブであった。

ところで、邦題の「約束は海を越えて」について「韓国とドイツは地続きだ!」という指摘あり。確かにそうだわ(・o・) まさに日本の「島国根性」的表現というところか。

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2018年7月 5日 (木)

「アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル」:アメリカン・ウーマン 血と汗と涙のトリプルアクセル

180705
監督:クレイグ・ギレスピー
出演:マーゴット・ロビー
米国2017年

公開される前から「アリソン・ジャネイの毒母bombぶりがすごい」と話題になっていた本作、おかげで彼女はオスカーの助演女優賞を獲得したぐらいだ。

1994年に起こった「ナンシー・ケリガン襲撃事件」、フィギュア・スケートのファンでもない私には「ああそんなこともあったな」という程度の記憶しかないのだが、翻って考えれば、ファンでなくても知っているのだから、当時相当の話題になったわけである。

スケートの技術的な面では極めて優秀だったトーニャ・ハーディングが、なぜライバルを襲撃したなどというスキャンダルに巻き込まれたのか。
そもそも、貧しい家庭ながらも幼い彼女にフィギュアを習わせ、一旗揚げようと猛訓練する母親……しかし、問題なのはそれだけではなかった。後半は毒母から縁が切れても今度は、若くして結婚したDV亭主、さらにそのアヤシイ友人が、彼女の人生をかき乱すのであった。
もっとも、彼女の方も全く負けていない。かなりのビッチぶりを発揮だ。

この4人はそもそも「不誠実な語り手」である。本当のところ、事件の真実は分からない。で、映画は疑似ドキュメンタリー風に彼らに過去の事件を語らせる。さらに、それ以外の場面でもカメラ目線で喋らせて、それぞれの立場と正当性を主張させるのだ。
なるほど、複数の関係者の主張が食い違う事件についてはこのような描き方が有効かもしれない。例えば『デトロイト』とか……。でも、あの題材でこんな手法取ったら冗談じゃすみませんわな(@_@;)

全編シニカルなコメディタッチで、脱力系の笑いに満ちているが、それでもヒロインが鏡の前で号泣する場面はド迫力だった。なんだかこの全く共感しがたい人物に同情してしまう。
演じたマーゴット・ロビーさすがであるflair オスカー、候補にはなったけど取れなくて残念でした。

返す刀で、さんざん大騒ぎした揚句にO・J・シンプソン事件が起こると波が引いたようにいなくなってしまったマスメディアを斬り、狭量なスポーツ界を指弾、さらには米国風サクセスストーリー自体を批判し、感動を求めスキャンダルの好きな観客をも避難する。
演出と脚本、編集共にお見事である。
おっと、普通の試合中継では見ることができない間近なスケート場面の映像も、思わず見入ってしまうものだった。

ラストに当時のニュース映像がちょっと流れるが、実物のご本人はM・ロビーよりもずっと華奢な感じでお人形みたい。だから、言動とのギャップが余計に目立ったんだよね。

亭主役はバッキーことセバスチャン・スタン--って、えー(!o!)言われないと分からなかった。
あと、その友人ショーン(P・W・ハウザー)については「絶対に見ているだけでイライラする」「二度と目にしたくない」超弩級の悪役、久々の出現であるannoy チラシによるとこの男は「自称元諜報員。実際はニートで童貞」とか書かれちゃってるのだが、これって典型的中二病か……(+o+)

なお、使用されている音楽が懐かし過ぎ。ハート、ZZトップ、バドカン、フリート・ウッドマック、このあたりはみんなアルバム買いましたヽ(^o^)丿
と思ったら、ネットの感想に「歌謡ロック」とか書かれていて、そうか、私は歌謡ロックが好きだったんだ~notesと今さらながら自覚した次第である。


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2018年7月 1日 (日)

「アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー」:オールスター・バトル 世界は君の手に

180701
監督:アンソニー・ルッソ、ジョー・ルッソ
出演:ロバート・ダウニー・Jr
米国2018年

「アベンジャーズ」シリーズも遂に3作目。でも、これで終わらなくて後に続編あり、というのは以前から聞いていたが、実際見るとあと一回で片が付くんですか~(>O<)と叫びたくなった。
何せ、マーベルのヒーロー全員集合みたいな感じで(欠席者あり)、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』が新たに参入。しかもストーリー上、これが一番重要な位置付けになっているのには驚かされた。あ、『ドクター・ストレンジ』も新規参入でしたな。(おかげで、事前にTV放映を見てしまったじゃないの)

しかも、それぞれのシリーズは全く性格が異なってキャラクターのノリも違うのに、そのテイストを残したままよくぞ合体できたものよ。その手腕には頭が下がる。
一番、ワリを食ってるのはキャプテン・アメリカか。見せ場はあまりなし。盾を返却しちゃったからかしらん?

加えて、銀河を股にかけた複数の戦闘を同時並行して描くという離れ業である。問題は、見ているこちらが老化激しく記憶力減衰のため「あれっ?6個のインフィニティ・ストーンてどんなだっけdanger」になってしまったことだろう。
と、思ったらこちらのブログでちゃんと解説してくれてました。予習復習に大変役立ちます(^.^)d

その戦闘シーン、最強の敵サノスとその手下たちが宇宙から次々と襲撃してくる。で、これまでの作品ではなんとかなっていた個々の能力の描き方が、さすがに無理になってきたのではないかと感じてしまった。いくらなんでもブラック・ウィドウみたいに「生身」の人間が異種生物と闘うのは難しいんじゃないんですかね(^^?)

……と、そんなことをよく考える暇もなく次々へと展開して、最後にはあっと驚く結末に至る。おまけに、スパイダーマンとアイアンマンの絡みのシーンではちょっと涙ぐんじゃったしsweat02
ええー(>O<)どうなっちゃうのtyphoonギャーッ……と叫びたくなるのをこらえたまま終了。は、早く続きが見たい。しかも、新キャラクターが参入の予兆もありだ。
というわけで、口アングリ状態のまま終了。この後どうなるか判明するまでは評価もくだせねえ(いや、もちろん面白かったですけど)。次回持越しである。

様々なキャラクター登場しての複数展開なので、ちゃんと把握できたのかも心もとないので、もう一度ぐらい見たかったのだが、結局ヒマがなくて無理だった。
そのうちTV放映するだろうから、その時に見直そう。

なお、お気に入りの場面は、慣れぬパワードスーツに悪戦苦闘するハルクを、冷たく見下ろす『ブラックパンサー』のオコエ姐さん。厳し過ぎよんheart04

ところで、米国では興行的に大人気を博した本作(この文章を書いている時点でまだランキングに入っている)、日本では今一つパッとしなかった。まあ『名探偵コナン』が、ぶっちぎりで強すぎたとはいえ……。
日米でこんなに差が出たのは、日本人は複数の話が同時的に重なり合うような話に慣れていないからだ、という説を見かけた。しかしそれだったら、他シリーズに関係なく単品で鑑賞可能な『ブラックパンサー』もまたウケなかったのはおかしい。何か他の理由があるんですかねえ。


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2018年6月25日 (月)

「女は二度決断する」:リベンジ・オブ・ネメシス 嘆きの聖母

180624
監督:ファティ・アキン
出演:ダイアン・クルーガー
ドイツ2017年

これを見た人は、終盤までは『スリー・ビルボード』に似ている--と思うだろう。

双方とも母親である女性が家族を理不尽な犯罪によって殺され、司法や行政が正しく対応せず、犯人は罰せられない。周囲の人々も無理解である。
そしてふつふつと湧き上がる復讐の念thunder

で、結末まで行って「二度決断」とはこういうことかと分かった。でも、何やらモヤモヤするものを感じてしまった。確かに意見が分かれる結末ではあるが、その決断自体よりも「これはこうに決まってて、あれはああなんだから」というような展開がどうも納得できない。ヒロインの人物設定もストーリーに沿うようなものになっている。
結論ありきで、そこに至るまでの描写には何一つ揺らぎはないのである。(ヒロインが決断に迷う、ということを言いたいのではない)
そういう点でも、『スリー・ビルボード』に似ている。
こう感じてしまったのは、この映画の前に『ニッポン国VS泉南石綿村』を見たせいかもしれない。(このドキュメンタリーにも被害者の遺族が登場する)

加えて、映画全体がダイアン・クルーガーの泣きの演技に頼りっぱなしなのも気になった。そりゃ、見ている側はもらい泣きしてしまうわなあ(/_;)
考えてみれば、彼女はこの演技でカンヌの女優賞、『スリー・ビルボード』のフランシス・マクドーマンドもアカデミー賞主演女優賞を獲得している。やはり「母親」役は受賞率が高いのか。

アキン監督作は『消えた声が、その名を呼ぶ』はよかったが、その次の『50年後のボクたちは』今イチどころか今サンぐらいだった。もう次作は見ないかも。

ところで、ヒロインがサムライの入れ墨をするのは、特攻精神を表わしている--って本当かいsign03
それと、ドイツの裁判ものってあまり見た記憶がないが、刑事裁判で被害者も弁護士雇って参加するのは驚いた。しかも、検事はほとんど発言しなくて、被害者側ばかりが反対尋問するってのはどういうこと。控訴するかどうかも被害者が決めるのか(?_?)

朝日新聞の映画欄で、記者がアキン監督に論争を挑むようなインタビューをしたということで話題になったが、どのメディアを見ても同じような生ぬるい記事よりはいいんじゃないかと思ったですよ。


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2018年6月19日 (火)

「ニッポン国VS泉南石綿村」:アンフェア・ジャッジメント 人生に控訴はない

180619
監督:原一男
日本2017年

原一男のドキュメンタリーというと、大昔『ゆきゆきて、神軍』を見たきりである。この最新作は上映時間が3時間半を超えるとあって、見るかどうか迷ったがエイヤッimpactという気合と共に行ったのであるよ。

取り上げられているのは2006年に大阪で始まった石綿(アスベスト)の被害者の訴訟である。建築に使われてきた石綿は吸い込むと数十年後に肺にガンなどを発症する。被害者は工場の労働者、その家族、周辺住民だ。
ただ、訴訟の相手はその工場ではなく、映画のタイトル通り国である。国は以前からその健康への影響がある事を把握していたにも関わらず、それを隠し無作為だったのだ。薬害エイズやハンセン病患者隔離問題と同様のパターンである。

集団訴訟なので原告の数は多いが、その中の十数人に取材あるいは密着していく。当人は亡くなって、遺族が加わっている人もいる。当時の工員には、遠い離島の村の住民や在日朝鮮人も多かった事が描かれる。

前半が人物紹介編だろう。その病状や参加した動機も様々である。
高裁で国は敗訴するが、控訴することを決定する。当時は民主党政権で、裏情報として当時の長妻大臣は反対だったが仙石官房長官が断固として主張して譲らなかったという話が流れてくる。そのため、最高裁へ。
しかし、その間も原告側からは死者が出るのだった。

後半は「行動」編というべきか。
訴訟団の団長が首相官邸へ直訴しようと新幹線の中で仲間に呼びかける。この場面について「原監督がたきつけたのではないか」という意見があったが、確かにかなりそれっぽいと思う。もはや取材を越えて「共犯」関係であろう。
このため、団長と弁護団のいさかいも発生。(心なしか、ここらあたりのカメラからは活気のようなものを感じるon

最高裁でも勝訴したはいいが、年数や立場などによって判決から外されてしまう人が数人出る。その一人(正確には遺族)が厚労省前でメガホンでを通して語る慟哭の訴えには思わずもらい泣きしてしまった。どのくらい泣けるかというと『リメンバー・ミー』に匹敵するぐらいであるsweat02(←しょうもない比較ですいません)

しかしその後、厚労大臣(この頃には自民党政権)と手紙のやり取りしたり面会して、その遺族はコロッと態度が変わってしまう。
観客の側から見てると「えっ!どうして?」と驚く。まこと、人間の行動と感情は度し難いものよ。矛盾のない人間なぞ、フィクションの中にしかないのだなあとつくづく感じたのだった。

国との和解(この場からは、団長と原監督は排除されてしまう)後に、監督は何人かに「不満はないですか」と聞いて回るが否定的な返事は帰ってこない。取材している監督の方の不満だけが伝わってくるようだ。

最後に大臣が大阪の患者の自宅へお見舞いに来る。大臣が間に合わず訪問した時点で、亡くなっていたのだが、その直後にメディアのインタビューに答えた患者の娘さんの感想が、淡々とシラけていてなんだか笑ってしまった。

見る前は上映時間長いと思ったが、実際に見てみるとそんなことはなかった。それよりも登場する方々が多いんで、老化現象でめっきり記憶力が落ちている私には覚えられなくて混乱。字幕で何回か出して欲しかった。(海外のドキュメンタリー見てると、既出の人でも字幕を出す)
「共犯関係」を隠さぬ原監督のドキュメンタリー、扱っているテーマは悲劇だが面白いとしかいいようがない。
なお、詳しい内容は《キリンが逆立ちしたピアス》で紹介されております。

それにしても「息を吸うことも吐くこともできない」とはいかなる苦しみであろうか。恐ろしくて想像することもできない。

石綿被害の訴訟は複数の地区で起こったが、その影響はあった。当時私の職場で自治体からビルの調査が来たのだ。調査、っても別に検査員が来るわけでなく、こちらの施設管理の担当者が目視するだけの話である。
確か、昭和40年代末か50年代に建てられたビルだが、当然石綿が使われている(この時代の建築物はそうらしい)。しかし「表面が塗り込められているから大丈夫」ということになった。
そうなると、もし地震や災害で倒壊・ひび割れなどあったらそこから石綿が出てしまうわけである。実質上の対策なしng さらに、床のピータイルも石綿が使われていて(これも時代によって異なる)、しかも古くて割れているのに、やはり「問題なし」で終了。ふざけるなと言いたくなった。


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2018年6月16日 (土)

「ラブレス」:サーチ・アンド・ロスト 非情の町

180616
監督:アンドレイ・ズビャギンツェフ
出演:マリヤーナ・スピヴァク、アレクセイ・ロズィン
ロシア・フランス・ドイツ・ベルギー2017年

前作『裁かれるは善人のみ』は国内で非愛国的と非難されるも、国外で映画賞に数多くノミネートされたズビャギンツェフ。この新作もオスカーは取り損ねたものの、米国ではLA批評家協会賞外国映画賞、そしてカンヌでは審査員賞を受賞している。

2012年のロシア、巷では「世界の終りが来る」という噂が漠然とした不安と共に流れている。
主人公は離婚寸前の夫婦で、夫は一流企業に勤める高給取り、モデルのような容姿の若い妻は美容院を経営している。二人にはそれぞれ愛人がいて、特に夫の相手は妊娠中。もはや関係は完全に壊れていて、双方とも別れる気満々fullである。
しかし、問題は小学生の息子がいることだ。夫婦のどちらとも引き取る気はさらさら無いのだ。互いに子どもを押し付け合う二人……。
そんな二人だから、ある夜息子が行方不明になったのに気付きもしなかったのであるdanger

失踪届を出すという騒ぎになって、徐々にこの夫婦の背景が明らかになってくる。
妻はデキ婚で若くして結婚したが、その理由の一つは実家を出たかったらしい。さらに年上の男性に惹かれるのは、不在の父親の代わりを求めているように見える。
夫はかつてはどうだったのか分からないがいい加減な性格で、年下の若い娘に目移りする性癖がある。しかも、離婚騒動が知れれば会社を首になるのを恐れている。

そして妻の実家を訪ねれば、これが恐ろしげなド田舎の一軒家。まるでD・リンチ映画にそのまま出てきそうなたたずまいである(>y<;)コワー
中にいるのは世にも猛烈な毒母bomb 見ている観客も倒れそうだ。
振り返ってみると、妻が息子の朝食の食べ方を厳しく見張って文句をつける場面があったが、実は彼女は全く同じことをこの毒母にされていたのではないかと思えてくる。


 ★注意sign01以下、結末は明かしていませんが、ネタバレ度高し。これから見るので何も知りたくない、という人は避けた方がいいかもです。


やる気のない警察の代わりに、捜索をボランティア組織に頼ることになる。そして市街や周辺の林を探索して回るのだった……。
こういうボランティア団体はロシアに実在するらしい。専門家として冷静に対処する彼らと、事件で内心を露呈しますます傷を大きくしていく夫婦が対比的に描かれる。

その内面を表象するようなそれぞれの家(部屋)の内部、そして周囲の風景--これまでのズビャギンツェフ監督の作品同様、冷徹で容赦ない描写である。

延々と続く捜索の光景、そして遂には、カメラはあきらめたように全く何も起こらない町の風景を映し出す。
廃墟のビル、森の中、川、マンションのエレベーター、バス停--。

これは退屈だろうか? いや、その変哲のない光景にさえ何かただならぬ気配が存在するのが感じられる。それは少年の「不在」の気配である。

”もうあの少年はいない””もうあの少年はいない””もうあの少年はいないのだ”

あらゆる光景がそう囁いてくる。
そして、ラストシーンに至っては……あんまりだー(ToT)と叫びたくなってしまった。
映画を見てこれほど打ちのめされたのは、久々である。私は映画館の出口をヨロヨロと這い出る羽目になった。

しかし、これはただこの夫婦だけの問題ではない。背景には体制の不穏、隣国の戦乱、市民の享楽的生活、社会の不寛容、家族関係の破綻などが存在する。それはいわゆる先進国社会では共通の問題なのだ。

正直、ズビャギンツェフ監督またやってくれたねgoodという気分だ。
特に衝撃が大きかったのは、ビルの廃墟場面。実在するものを撮影に使ったとおぼしいが、恐ろしいほどの迫力で壮絶としか言いようがない。昔の廃墟アートを想起させる。

エンドクレジット眺めてたら、夫役がアレクセイ・ロズィンだったのでビックリ(!o!) 彼は前々作でどうしようもないボンクラ息子、前作ではボンクラ警官の隣人、とボンクラ演技が絶品だった常連役者である。しかし、今回はいかにも高給取りっぽい雰囲気を醸し出してて全く気付かず(ヒゲ生やしてたしsweat01)。さすが役者であ~る。でも、そう言われれば微かにボンクラ味があるような……(^O^メ)
なお主人公の勤める職場で、同僚がくだらない冗談を言ってはヒンシュクを買う場面あり。いやー、ロシアでもオヤジギャグ言う奴がいるんだ。核兵器と共にオヤジギャグを全世界から廃絶banしよう。

さて、夫婦が子どもを押し付け合うという事案について、「これだからロシアは……」みたいな意見を見かけた。でも、こういうことは日本だってあるんじゃないの(?_?)
しばらく前の新聞記事で見たのは、夫婦が別居してどちらも子どもを引き取るのを拒否したために、なんとその中学生の娘は施設に入らざるを得なかったという。両親とも健在なのに、だ。

また、警察が失踪者の探索に熱心でないというのは、日本の警察も同じだろう。というのも、9割の行方不明は二、三日後に見つかるかららしい。
例の「タリウム殺人」の関連で見た報道(かなりうろ覚えでスマン)では、被害者の一人が行方不明になって、警察に捜索願を出したが全く動いてくれず、仕方なく家族が探偵に頼んで探してもらったことから発覚したという。もし、家族が自ら動かなかったら未だに発見されてないかも。

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2018年6月 7日 (木)

「ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男」:ロンドン・アンダーグラウンド 首相はつらいよ

180607
監督:ジョー・ライト
出演:ゲイリー・オールドマン
イギリス2017年

『ダンケルク』は未見だし、英国近現代史にも疎い私σ(^^)なので、アカデミー主演男優賞とメイクアップ&ヘアスタイリング賞のお手並みを拝見しに行きましたよ。

チャーチルの実物はよく知らねど、別人のようにふくれあがったゲイリー・オールドマンが、押しの一手で困難な時期の指導者を熱演する。まさに一見の価値はあり。

党内のパワーバランスで首相になったものの、与党内でも嫌われ者につき議会運営に苦闘する。国王ともうまく行っていない。
しかし一方でナチスドイツの脅威が迫るのであった。和平か抗戦かpunch その揺れる数か月(首相就任からは一カ月間)に的を絞って描く。

ストーリーだけだとオヤジな政治家たちが暗い議事堂や地下の作戦本部でウロウロするのに終始してしまうのを、秘書や奥さんなどの女性からの視線や戦場場面を入れて単調さを防いでいる。
英国の議場って今でもあんな狭苦しいの? あれじゃ日本みたいに居眠りなんかしてたら一発でバレますわな(^○^)

ただ、後半の展開はやや強引過ぎではdashとも感じた。
チャーチルがロンドンの地下鉄に乗って市民の声に直に触れ(このことはフィクションらしい)、それに勇気づけられ声を引用しつつ、抗戦の演説を熱くブチ上げる。大変、威勢よく意気上がる展開であるが、地下鉄で職工風の男がドイツが攻めて来たら「棒を持ってでも戦う」と断言する場面を見て、「そういや昔、竹ヤリで首都決戦bomb」などと言って負けた国があったなあなどと思い出してしまうと、その熱気も冷めるというものだ。
まあ、その後ロンドンも空襲を受けるのだが……。

勝てば官軍、勝てば竹ヤリも美談になるというわけか。
そこら辺りは深く考えずに、重厚味あふれるセットや照明、撮影、役者の演技を楽しむべき作品かも知れない。

公開後、インドの評論家(?)が「チャーチルはこんなエエ奴じゃないわい」と批判した話が伝わってきた。それに対して「2時間の映画にテーマと直接関係ない部分まで入れられる訳がない」という反論があった。
しかし、歴史とは過去のものではなく現在の視点に他ならず、実話に基づいた歴史映画の二時間の中に何を取捨選択するかという事自体が、既に「政治」の表出に他ならない。

ということで、インド側からは是非、極悪支配者チャーチルに一矢報いる『バーフバリ』風活劇を作っていただきたい。

ところで、終盤、チャーチルの奥さんが軍服着て写真を撮る時に憂鬱そうな顔だったのは何故? その後何もなくて終わっちゃったんだけど(?_?)


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2018年6月 4日 (月)

「ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書」:ハーストーリー 男たちと悪だくみ

180604
監督:スティーヴン・スピルバーグ
出演:メリル・ストリープ
米国2017年

事前の予告や宣伝だと、政府対新聞の衝突impactを描いた社会派映画という印象だったが、実際見たらそうではなかった。
むしろ突然重責を負わされた女性の戸惑いと葛藤がメインであった。

メリル・ストリープ扮するキャサリン・グラハムはワシントン・ポストの社主だが、元々はダンナが亡くなったために仕方なく引き継いだという経緯がある。1971年当時はメディアでそのような地位に着いた女性は皆無だったとのことだ。
経営に不安ある中、銀行が出資するかどうかという時に、ベトナム戦争について政府の不正を暴く文書を入手。編集サイドでは当然掲載したいが、そうなると法廷沙汰は避けられず、銀行は手を引くのが予想される。
彼女は役員会と編集側の板挟みになる。

セレブな私生活の中でもまだ男女の障壁が存在する時代であるのがさりげなく描かれ、ましてや公の場では……という時代、本来はエエとこの奥さまであったグラハムが断固とした決断下す経緯を描いていく。
裁判所を出た彼女を階段で若い女性たちが支持の眼差しで迎える場面に、監督の訴えたいことは端的に表れていると言えよう。
いやー、こんなに女性にエールを送っている映画とは予期しませんでしたよ(^.^)b

メリル・ストリープはもはやアカデミー主演女優賞に毎年特設枠を設けてもいいくらいである。トム・ハンクスも安定の演技だが役柄的にはやや助演寄りだった。

ひょいひょいと動き人物の関係と心理を表わすカメラワーク、家々に飾られた花々が微妙にその場の状況を示唆する、勇気を鼓舞して躍動する輪転機--など、もはやスピルバーグの演出は職人芸とも言うべき見事さである。これがトランプ出現後の米国に危機感を持って、短時間で撮られたとはとても信じられない完成度だ。

ラストは、続いて起こったウォーターゲート事件を描く『大統領の陰謀』へと完全に重なるのであった。
見ていて、現在の日本と重なる部分多々あり。とても他人ごとではないtyphoon しかし、今の日本のメディアには期待できないのであった(+_+)

とはいえ、スピルバーグの天才は疑うところはないけど、やっぱり『大統領の陰謀』の方が面白いよなあ、などと思ってしまうのもまた事実なのであるよ。


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2018年5月25日 (金)

「リメンバー・ミー」(字幕版):ノー・ミュージック、ノー・ライフ 瞼の爺

180525
監督:リー・アンクリッチ、エイドリアン・モリーナ
声の出演:アンソニー・ゴンサレス
米国2017年

ふと気付いたら2カ月間も日本の映画興収ベスト10に入り続けた本作、さすがピクサーだ……というより、日本人こういうのが好きなんだなあ(!o!)なんて思っちゃいました。

『ブラックパンサー』が全編アフリカ押しだったのと同様、こちらは完全「メキシコ押し」。舞台やキャラクター、声を演じる役者もみな完全統一だ。

少年ミゲルは家業の靴屋より音楽をやりたいが、なぜか家では音楽はタブー。原因は大昔にミュージシャン目指して妻子を捨てた爺さんの爺さん(曾々爺さんてことですね)にあった。
彼はひょんなことから死者の国に迷い込み、曾々爺さんを探す羽目になる。

今回の特徴は鮮やかなネオンカラー。当地のお祭り「死者の日」や死者の国の描写で、ふんだんに美しく使われている。
もう一つは人物の顔の造形だ。『トイ・ストーリー』から幾歳月。昔は人間や生き物は今一つな出来だったが、ここでは本物の人間よりも(?)表情豊かだ。男の子が大人に対して不満を抱きムッとした顔をするあたりはお見事。こちらに感情が伝わってくる。
曾ばあさんのシワシワな顔の変化も見どころだろう。

死者の国では過去に亡くなった親類縁者がホネホネ状態で生活(?_?)している。伝説の大物スターの大邸宅には警備員がいて--というところで「この死人たち、生きてる時も警備員だったのかしらん」などと思ってしまった。あの世に行っても働かなきゃいけないのかいsweat01

本作はアカデミー賞の長編アニメーション賞と歌曲賞を獲得した。公開前にTVでアカデミー賞の中継を見た私は「なんかパッとしない曲だなあ」と正直思った。セットは作中のコンサート場面を復活させてて(というのは映画鑑賞後に分かったが)豪華だったけど、曲自体はかな~り地味である。事前の下馬評で受賞確実crownだったというのが疑問だったほどだ。しかし……

私が悪うございましたm(__)mガバッ

終盤で改めてこの歌が使われる場面になって、もう号泣である(T^T) 客席を見回すとみんな泣いていた。映画見てこんなに泣いたのは久し振りである。泣かすな、バカ~annoyと言いたくなるぐらいだ。また、そこまでと違って素朴なトーンで歌われるのもいい。
てなわけで、涙のラストが全てのわだかまりを押し流したのであったよ。

靴屋か音楽かみたいな強制をする「家」とはどんなものよngという意見を見かけた。確かに、「昼は靴屋で、夜は流しのギター」に変身してもいいんじゃないかと思う。ラストでは靴屋やめちゃってたっけ? そういう極端な家に生まれたという設定かも)^o^(
ただ、曾々爺さんは音楽の道あきらめて戻ってきても、きっと2、3か月もするとムズムズしだしてまたどっか行っちゃう可能性大と見た。

犬のダンテと猫(名前忘れた)は何者(^^?)

字幕版で見たのだが、少年が逃走中に死者男の腕だけ持って先に来ちゃう場面、予告でもやっててその時はセリフがジョークっぽい訳で(確かこっちも字幕?)笑わせたはずなんだが、本編では普通の訳になってた。残念である。


冒頭上映の短編は「アナ雪」の、短編というより番外編(20分近くある)だった。布の感触とか素晴らしかったが、もっと寒い時に見たかったですよ(+_+)


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2018年5月 9日 (水)

「ハッピーエンド」:ファミリー・トラブル 幸せならスマホしよう

180509a
監督:ミヒャエル・ハネケ
出演:イザベル・ユペール
フランス・ドイツ・オーストリア2017年

前作『愛、アムール』がカンヌのパルムドールやさらにはアカデミー賞外国語映画賞まで取ってしまったハネケ。しかし、最新作はそれを反省したかのようにまたもやイヤミと皮肉に満ちたものであった。

冒頭、スマホの画面が写る。どうやらどこかの家庭で洗面所にいる女性を撮って、明らかにSNSに流している。続く映像も同じ家のようだが、ペットのハムスターを殺し、さらに穏やかならぬ事態を映し出していく。
と思えば、突然に工事現場で大規模な事故が起こる様子を淡々と捉えた監視カメラの映像が続く。

イザベル・ユペール扮するアンヌは親の事業を継いだやり手の経営者(こういう役多いですな)で、その息子は先ほどの事故を起こした工事の責任者である。しかし、有能なアンヌに対し、「無能」で引け目を感じている。
引退したどうも父親はボケかかっているように見える。
アンヌの弟は離婚して二度目の妻子と共に実家の豪邸に同居しているが、元の妻が急死し小学生の娘も生活に加わる。その少女が冒頭のスマホ映像を撮った本人なのである。

その穏やかならざる一族に、さらに何やら不穏なことがヒタヒタと続いて描かれる。
工事で怪我をしたとおぼしき作業員の家へ息子が(恐らく)謝罪に行った揚句、ブン殴られる。その一部始終をロングの長回しで捉えるカメラのイヤらしさよspa 同様に老父が車椅子で街をさまようのをやはり延々と撮る。ハネケ流のイヤミ炸裂だ。
おかげで、近くの座席で見てた中年女性は途中で席を立って出て行ってしまったではないか。どーすんのよ~(^_^メ)

加えて、パソコンのモニター画面に出現するいかがわしく濃厚なメール。誰が誰に送っているのか?

自殺願望をチラつかせる老父を演じるのはジャン=ルイ・トランティニャンで、ユペールとの父娘組合せは、どう見ても『愛、アムール』を思い起こさせる(人物の設定は全く異なるのだが)。その彼に亡き妻を介護した体験を、毒舌で否定的に孫娘へ語らせるとなると、「どうあっても、もう『愛』なんて語らねえぞ、コンチキショー」という監督の決意を感じるのであった。

「死」という共通する要素を見出した少女とその祖父と繋がりは、「家族」からはみ出した者同士の共感であり、抵抗である--とも解釈できる。
だが一方で、ヒマや金を持て余したら「死」を引き寄せて戯れるほかない空疎な姿に見えた。

最後にまたもスマホの映像で終了するが、そこに描かれているのは悲劇なのか喜劇なのか、もはや観客の側には分からないのである。
ちなみに、映画のチラシも通常のB5でなくてスマホサイズの比率で作られている。最初、気付かなかったですよ(^^ゞ

名優たちの中で、少女役のF・アルデュアンの目力の強さに驚いた。(彼女が「Iheart01JAPAN」のTシャツ着ているのは、日本の某事件をモデルにしているから--というのはホントか?)
また、クラシック・ファンにはガンバ奏者のヒレ・パールが出演しているのも驚きだろう(そのままにガンバ奏者の役)。『愛、アムール』ではA・タローの出演が話題となったが、今作の彼女は重要な人物とはいえ、セリフは一言ぐらいしかない。ただし、マラン・マレ(?)の「フォリア」の終章をかなり乱暴に弾く場面あり。
コンサートでの彼女は明るい美人さんshineという印象だが、作中では淫蕩でビョーキな雰囲気だ。加えて、かつてハネケ映画の常連だったJ・ビノシュにかなり似ているのに気付いた。


ところで、スマホでなんでもかんでも撮りたがる風潮、全く今どきの若いモンは……と言いたくなるところだが、翻って考えてみるに、頼まれてもいないのに見た映画や読んだ本の感想を延々とネットに綴るという行為も似たもんではないか。
さらに、私の父親の世代は(戦前生まれ)文学青年のたしなみとして、日記をつけるというのがあったらしい。他人に知られたくない行為をわざわざ文章にして記録し、さらにそれを他人の見られるような所に放置するというのは、やはり他者に公開したいという欲望があったのではないかとしか思えない。
それを思えば、昔も今もメディアが変わっただけでやってる行為は変化なし、といえるだろう。

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←このスチール写真、少女だけカメラ目線になっている(もちろん意図的)、という指摘があった。


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