映画(最近見た作品)

2018年11月 7日 (水)

「アントマン&ワスプ」:スモール・オア・ラージ 値段は同じ

181107
監督:ペイトン・リード
出演:ポール・ラッド
米国2018年

第1作目「アントマン」は未見だった。ところが、この続編が米国で公開されるとエラい人気で、しかも予告(の断片)を見ると面白そう。
しかし1作目を見てないんでは話にならないということで、急きょレンタルで借りて見たのである。そしたら実際面白いではないですかヽ(^o^)丿
で予習もバッチリgood 意気込んで映画館に行った……が。

バツイチで娘とは別居中のスコットはヒョンなことから身の丈1.5センチのアントマンになって大活躍。その仕組みはナノ粒子とか量子世界がなんたらとか説明あったようなのだが、徹底した文系脳の私には理解不能なので省略する。
ところが前作の後に『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』が勃発して参戦し、とばっちりを受けてFBIにより自宅軟禁状態となるのであった。

そこに新たな敵が現れトラブル発生thunderになり、いかにFBIの目をかわして大きくなったり小さくなったりしつつ戦って暴れられるかが見どころ。
その間にも、M・ペーニャのギャグ攻撃あり、特出M・ファイファー驚愕の若さの秘密問題など発生。
しかし、アクション場面の一番面白い所はほとんど予告で見ちゃったような気が……。それと個々のギャグや要素が単独では面白いんだけど、全体として見ると詰め込み過ぎ?と思わざるを得ない。
折角のローレンス・フィッシュバーンもあまり生かされてなくて、もったいない印象である。

見終わって振り返ると、前作は世界の運命を決する闘いが繰り広げられるのが子ども部屋の中とか、巨大で暴走する「きかんしゃトーマス」がコテッとなったりというギャップが面白かったのだが、今回はあまりそういうのがない。
いや、キティちゃんや表の騒ぎに気付かないカフェの中の客というのはあったものの今一つなのだった。
前回では大きかった主人公の家庭関係の部分も、問題なしになっちゃったしな。
理由は何かというと、脚本家(エドガー・ライト)交代のせいなのかね(?_?)

このように個人的には盛り上がれなかったのだが、エンドロールが始まってすぐに挿入されたシーンは……ええっ、よもやの『アベンジャーズ』に繋がるのかsign03
こりゃ大変だ~\(-o-)/
というわけで続く大活躍が期待されるのであった。正直『シビル・ウォー』では小者感(いや実際「小者」なんだけど)強かったからな。

ところで、小さくなった時って質量はどうなるの?大きさに比例するのか。ということは悪漢を投げ飛ばすのは普通サイズで、その次の瞬間に小さくなってるってことですな。


| | トラックバック (0)

2018年10月30日 (火)

「沖縄スパイ戦史」:ホラーか現実か

181030
監督:三上智恵、大矢英代
日本2018年

離島の村に学校の先生がやって来た。若い男性でカッコ良くて優しく人気者となった。ある日突然、隠し持っていた軍刀を抜くまでは……。
これ、怖くないですか(>O<;) ホラー映画のネタになりそう。

戦争中の波照間島、若い男は皆戦争に行ってるから、いるのは年寄りと女子どもばかり。彼の命令通りに島を出ていくしかなかった。移住先はマラリアが蔓延する島で、多くの人がバタバタと亡くなっていったのだった。
その男の正体は陸軍中野学校(当時スパイを養成していた)の工作員だったのであるdanger

一方、沖縄本島では中野学校から正式に若い将校が派遣され、ミドルティーンの少年たちを集めてゲリラ戦やスパイ戦の訓練をした。米軍が上陸して来た時に狙撃したり、わざと投降して潜入し、食料庫や弾薬庫を爆破したという。
その少年兵の部隊を作ったのは降伏の一年前。そんな時から、上陸してくる米軍へのゲリラ戦を予測していた作戦を練ったのかのかというのにまた驚く。

さらに別の地域では、山に隠れた敗残兵が米軍のスパイと思われる人物のリストを作成して殺していく。地元の有力者や教師が「国士隊」を作り協力。かくして住民同士で監視・密告・殺害が起こる。
しかし、このような事実は最近まで協力者が生き残っていたので明らかに出来なかったという。

以上のように3本のTVドキュメンタリーをつなげたような作りになっているが、全て事実というインパクトは十分すぎるほどである。こんな恐怖映画のような話を取材できた二人の監督には感心する。(やはりTV界の人らしいが)

これらの作戦は沖縄の後の「本土決戦」に向けての予行実践であった。決して住民を救うためのものではない。いざとなれば使い捨てだ。映画は、そこから現在の沖縄での自衛隊基地配備への是非へと繋がっていくのであった。
映画のタイトルはもうちょっとなんとかしてほしかった。内容に合っていないし、見る気が減退しそうdown


| | トラックバック (0)

2018年10月23日 (火)

「スターリンの葬送狂騒曲」:バトル・フィールド 継ぐのは誰か

181023
監督:アーマンド・イアヌッチ
出演:スティーヴ・ブシェミ
フランス・イギリス・ベルギー・カナダ2017年

「ヒトラー」の次は「スターリン」映画ブーム来たるsign03というわけではないだろうが、近現代ヨーロッパ史における最悪独裁者一、二の座を争う人物といえる。その彼の死をめぐるドタバタ劇である。コメディ仕様となっているが、シリアスな調子でやったらとても正視できぬ陰惨な史実だ。

強権を振るう彼が別荘で倒れるが、優秀な医者はみんな粛清してしまったんでロクな治療も受けられない--ってマジですか(^^?)と疑いたくなるようなエピソードが続く。
死後は別荘の使用人や警護の兵士は連行&殺害。スターリンの息子は挙動が変で、周囲の後継者争いは熾烈を極める。
その騒ぎの中でフルシチョフは虎視眈々と策謀をめぐらすのであった。

フルシチョフ役のS・ブシェミ他、芸達者な面々がドタバタと権力闘争を繰り広げ、笑い声も随所に上がった。個人的にはもっとブラックな感じが好きだが、事が事だけに調子に乗ってあまり事実と異なることも描けないだろうとは思う。
でも、国葬の棺の横でブシェミが横歩きする場面は、思い出すたびに笑ってしまうのであったよ(^◇^)
監督は英国人でTVシリーズの監督などやっていたらしい。いかにも英国流のユーモアである。

事前にこのあたりのソ連戦後史を予習しておけばよかったと後悔。なお、映画館は満員御礼状態fullであった。


| | トラックバック (0)

2018年10月16日 (火)

「秋のソナタ」:マザー・アンド・ドーター 恩讐のかなた

181016
監督:イングマール・ベルイマン
出演:イングリッド・バーグマン、リヴ・ウルマン
スウェーデン1978年

「ベルイマン生誕100年映画祭」の上映作品の一つ。イングリッド・バーグマンの遺作としても有名である。
早い話が母娘激突の物語である。しかし、どうも不自然な部分が幾つか見受けられる。監督はあまり整合性とか気にしないで脚本書いたのだろうか(?_?)と思ってしまった。

田舎町に夫と共に暮らすリヴ・ウルマン扮する娘が、有名なピアニストである母親(バーグマン)を自分の家に招く。しかし、自ら招いておきながら娘は夫に「なんで平気な顔して来られるのかしら、信じられないわ」などとグチる。
かようにねじくれた母娘関係は再会した最初は波風も立たぬように取り繕っているが、早々に崩れてきて、その深夜に激突する。

この激突場面が「ついにキターッ━(゚∀゚)━!!」みたいに、両者ともに待ち構えていたようでわざとらしいし、部屋で母親が状況説明みたいな独り言を言うのも変である。そういや、別の場面で娘が神秘主義にはまっているような様子を見せるのも唐突過ぎやしないか?
そもそも、ピアニストとしてのキャリアを何より重視する母親が二人も子どもを作るかというのもかなり疑問だった。

両者が言いたい放題で全て言い合い、過去の記憶やら葛藤やら素顔をさらけ出して罵り合った後は、登場人物だけでなく見ている観客もまたバッタリと床に倒れ伏したい気分になっただろう。それほどに「疲れる~dash」場面である。

もっとも一番の見どころはそれよりも前、まだ表面上の仲の良さを取り繕っている時点での、二人がそれぞれショパンの曲をピアノで弾く場面だろう。
娘の演奏を聞く間に母の顔に様々な思いがモザイク状に交錯する。拒否と肯定、好感といら立ち。一方、娘が聞く側に回った時に浮かび上がる心からの畏敬の表情--お見事としか言いようがない。これだけでも一見の価値はある。そういや、ハネケはこういうところに影響受けたのか、というのも感じた。
このピアノといさかいの場面、誠に理解しがたい母と娘の関係の表裏を表わしているといえよう。

冒頭にヘンデルのリコーダーによるソナタが流れる。これは意外(!o!) あと、バッハの無伴奏チェロも劇中に使われていた。ベルイマンはバロック好きだったのかしらん。

終演後に「こんな映画、金出して見るもんじゃないな」とか文句付けてるオヤジがいて、うっせー、だったら見にくんな(*`ε´*)ノ☆と言いたくなった。

ベルイマン祭りでは他に『魔術師』を見た。あともう一本ぐらい見たかったが、映画館内があまりに寒くてtyphoon(注-真夏である)行くのがイヤになってしまった。
スクリーンは作品のサイズに関係なく横長のままで、その真ん中に上映していた。両サイドにいわゆるマスクというのは下がっていない。
今までこういうのを気にする人の意見を読んでもピンと来ず「別にいいんでは(^^?)」と思っていた。しかし、このやり方でモノクロ作品の夜の場面を上映すると、どこからどこまでが映画の画面なのか、地のスクリーンと区別が全く区別が付かないのであった。なんとかしてくれい……(+o+)トホホ


| | トラックバック (0)

2018年10月 7日 (日)

「インクレディブル・ファミリー」:男女ヒーロー活躍機会均等法

181007
『Mr.インクレディブル』は当時見たものの、あまり積極的に面白いと思わなかった。何でだろう(?_?) この度続編をやるというので、レンタルで見直してみた。そうしたら、前よりも面白く感じたじゃあないですか。
ということで14年ぶりの新作を見に行ったのだった。

多くの人が同様の感想を述べているように、冒頭がなんと前作の終わりからそのまま続いているのには驚いた。街中で暴れまくってヒンシュクを買い、結局「ヒーロー暮らしはつらいよ」状態で、こそこそとモーテル暮らしに。

しかし、捨てる神あれば助ける神ありflair 裕福な支援者が現れたのであった。ヒーローの沙汰も金次第ってことか。まったくもって世知辛い。
そこでヒーロー推進の新プロジェクトとして、亭主のボブことMr.インクレでなくて妻ヘレンことイラスティガールを前面に押し出すということになったのだった。

ボブは家事や育児でてんてこ舞い、しかしヘレンの方はこれまでそれらを完璧にこなし、さらにヒーローとしても優秀さを発揮しまくっている。えーと、てことはボブは別に表に出なくていいんじゃないの。
ボブはそれを自覚せずに調子こいたことを発言したりして、妻に睨みつけられる場面もある。こりゃあ、夫婦間の不均衡問題はどうなるよ。
だが結局、夫婦よりも子どもたちが活躍することで、この問題はうやむやになってしまうのであった。

一方、悪役の方はヒーローにこだわりがあったようなのだが、結局何をしたかったのか見ててよく分からなかった。
もちろん、派手なアクションシーンとか赤鬼状態の赤ん坊の暴れ具合など、見てて楽しくて文句はない。

それからジャズっぽい音楽も、背景設定の50年代風にピッタリはまっていた。とりわけエンドロール終盤に、コーラスでそれぞれのキャラクターのテーマが歌われるところはゴージャスですごい迫力。是非最後まで聞き(見)ましょう(^.^)b

このシリーズはそもそもヒーローとその愛好者がヒーローの存在について自己言及する物語であり、私のようにそれに思い入れがない人間にはあまりのめり込めないのではないかと思う。前作が最初気に入らなかったのはそういう理由かも。

冒頭の短編はご時勢か中国もの。中国系監督による家族再生の話である。最初、中華料理がテーマかと思ったけど違った)^o^( 肉まんより小龍包が食べたくなりましたrestaurant


| | トラックバック (0)

2018年10月 3日 (水)

「バトル・オブ・ザ・セクシーズ」:男と女の間には山より高いネットがある

181003
監督:ヴァレリー・ファリス、ジョナサン・デイトン
出演:エマ・ストーン、スティーヴ・カレル
イギリス・米国2017年

テニスに縁のない私は「キング夫人」の名前に記憶はあっても、こんな「男女対決」あったとは知らず。
時は1973年、現役女子テニス・トッププレイヤーと、昔は有名でした感あふれる元男子チャンピオン(55歳)の対決。この二人のスポーツ・ネタでグイグイ攻めていくのかと思っていたら、予想に反してそうではなかった。

前段として、女子選手の報酬額が非常に低いのに抗議して、キングが独自に女子だけの団体を結成するというエピソードが登場する。(背景に70年代初めの女性運動の機運がある)
さらに彼女が世に隠れて同性の恋人と付き合い始める。こちらの問題へかなり重きが置かれているのは意外だった。

栄光は過去に遠のき公私ともに下り坂で追い詰められているリッグスの、女子選手にイチャモンを付けることで注目を集めようとする様子が、かなり同情的に描かれている。観客はこの人物に同情しても、あまり反感は抱くことはないだろう。
キングは対決試合の申し出を無視していたが、あまりの彼の悪目立ちぶりに怒り、遂に挑戦を受ける。さらにマスコミのバカ騒ぎも容赦ない。その間に「忍ぶ恋」が絡むという次第。

悪役は全米テニス協会の会長(ビル・プルマン)が一手に引き受けている。悪の黒幕、ラスボスshadowみたいな印象。
あと、キングのライバルで対照的な「良妻賢母」のマーガレット・コート。悪役というほどではないが、かなりワリをくっている。実際はどうだったんだろうね。
終盤、ヒロインが一人で試合に赴く後姿の孤独には、思わず涙が出た(T_T)

タイトルには「男女間」だけでなく当時の性的マイノリティーの葛藤も含まれているように思えた。
ただ、もっとスポーツ界の内幕を見たかったという人もいるかも。対決自体はこの映画のチラシの写真みたいにアッサリした感触である。

正直言って、エマ・ストーンがここまで達者な役者だとは思っていなかった。おみそれしましたm(__)m
S・カレルはもう何をやらせても完璧ですshine


| | トラックバック (0)

2018年9月30日 (日)

「スパイナル・タップ」:バンドあるある

監督:ロブ・ライナー
出演:クリストファー・ゲスト
米国1984年

あの伝説のロック映画が今、初の正式公開!ということで見てきた。もっともソフトでは出ていたらしい。
今でいう「モキュメンタリー」、疑似ドキュメンタリーの走りで、英国のバンドの米国ツァーを取材するという体裁を取っている。もっともらしく、バンドの歴史やインタビューも登場。
監督のロブ・ライナーも実際に監督役で顔を出している。

元々は地元の友人同士のフォーク系(?)デュオが、時代に即して姿を変え、その後ビートルズ風→サイケデリック・ロック→ハードロック/ヘビメタ*今ココflairという変遷を遂げて、晴れてツァー開始\(^o^)/という状況から始まりだ。
バンドを見ていて(聞いて)思い浮かぶは、チープ・トリック、キッス、ヴァン・ヘイレン、AC/DC……まあ、特定のバンドではなくそれらのイメージを混ぜ合わせたものと言っていいだろう。
音楽自体も、いかにも当時はやっていたサウンドや曲である。そして歌詞はものすごくバカバカしくて笑える。これが全部オリジナルで作ったというから大したもの。

そしてバンドを次々と襲うトラブルdanger
歴代ドラマー謎の連続死。アルバム・ジャケットのデザインでもめて発売中止。メンバーの女が音楽に口を出す。
ツァー中に、主要メンバー仲たがい(そういや、実際に来日中にメンバーの一人が帰っちゃったバンドありましたな)。大規模豪華セットを作ったはずが使えず。ホテルの部屋撮り損ない。
マネージャー辞職。人気がなくなって音楽性の方向を変える。軍の基地にドサ回り。

と畳み掛けられれば気付く。なるほどこれは「バンドあるある」だっ(!o!) バンドにまつわるどこにでも起こる事案を笑いと共に積み重ねているのである。
しかし、楽屋を出て迷子になってステージにたどり着けず--なんて本当にあるの?

さらにトラブルで解散寸前のバンドが日本経由で復活fujiって、なんかどっかで聞いたことがあるような……と思ったら「アンヴィル!」だった。でも向こうはもっと後に作られた実際のドキュメンタリーなんだけど??

ロックファンなら必見の笑いと感動の一作に間違いない。
この、バンドであるスパイナル・タップは実際にバンドとしてコンサートにも出てたとか。まさに虚実の間をすり抜ける奴らであろう。
しかし、あの恥ずかしい歌詞を歌ってたのか。まあ、どこのバンドも似たようなもんですかねdash

| | トラックバック (0)

2018年9月24日 (月)

「ザ・ビッグハウス」:見えない所に真実はあり

180923
監督:想田和弘ほか
米国・日本2018年

想田監督のドキュメンタリー、過去に見たのはこちら→(『精神』『Peace ピース』『選挙2』

この度のテーマは米国文化の華ともいえるフットボールである。ただ、いつもと異なるのは、大学の授業として学生たちを含めて総勢17人で撮影したということだ。フットボールの試合という取材場所は同じでも、どこに目をつけるかはそれぞれの撮影者次第なのである。(ただし編集は想田監督)
ということで、単にスポーツの試合というだけでなく、多面的に対象が浮かび上がる結果になった。

舞台となる《ザ・ビッグハウス》とは、ミシガン州アナーバー市にある巨大スタジアム。驚くことに収容人数は全米最大の10万人で、市の人口とほぼ同じとのこと。州立ミシガン大学アメフトチームの本拠地で、試合となると各地から観衆が集まってくる。
見ていると、その規模の大きさに驚いてしまう。

大きな人波に地元は大賑わいで、飲食店も繁盛。
道端では辻説法、選挙の応援、各種宗教の勧誘、ストリートミュージシャンなどなどあらゆるものが押し寄せるのであった。
スタジアム前ではチョコレート売りの黒人の親子が。父親が指導して男の子に売らせる様子に『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』を思い出してしまった(娘を連れて観光客に香水を売りつける場面あり)。

スタジアムの内部は厨房(すごい量の料理)、救急士、清掃員、高額なVIP席、さらには場内アナ、チアリーダー、マーチングバンド、試合にも華麗なチアリーディングshineにも背を向け監視する警備員など、あらゆるものが画面に登場する。。
しかし、肝心の試合だけはこの中にほとんど描かれることはない。

チームの監督のインタビューや、試合に合わせたホームカミング・パーティー(結局同窓会みたいなものなのね)の様子によって、これほどの巨大なイベントが成立する背景が分かる。
州立大とはいえ、予算のほとんどは裕福な卒業生の寄付に頼っていて、アメフトチームの成績によって額が左右されるという。
チームが大学の存在を支え、市の主要産業の一つとなっているのだ。したがって、チームの監督が高給を得て、選手がハリウッドスター並みに人気があるのも当然である。

--と、このような実相がナレーションもない中、明らかになっていくのだった。
多くの人々が集まり楽しむ巨大なパワーが集積する試合の陰に、シビアな現実が潜む。大いに見ごたえありのドキュメンタリーだった。
まあ、しかしこれだけ巨大なのも米国ならでは、という感がある。

話はそれるが、かつて読んだドキュメンタリー本『ミズーラ』には、モンタナ州立大学のフットボール選手のレイプ事件が取り上げられている。犯人はスター選手で、本を読んだ時にはピンと来なかったが、この映画に描かれているのと同様な地元の英雄で、やはり大学の名声や価値を担っていたのだとしたら、被害者がそれを訴えるのは相当な勇気が要っただろう(実際、誹謗中傷にさらされる)。それを実感した。

さて、この手法で日本を描くとしたら題材は何がいいだろうか?

N大アメフト部……(>y<;)イヤダー
大相撲……(・o・)エエーッ
目線を変えて
国会……(@_@;)ナンダカナー
それなら
コミケsign03……(!o!)これだっ
巨大イベントで、、国内外で興味を持つ人多数いるはず。その裏側にはみな興味津々。ドキュメンタリーを作る価値は充分あり。(作る方は大変そうだが)面白そう。
ぜひお願いします(^人^)


| | トラックバック (0)

2018年9月13日 (木)

「ルイ14世の死」:実録・あの人の最期は

180912
監督:アルベルト・セラ
出演:ジャン=ピエール・レオ
フランス・ポルトガル・スペイン2016年

ルイ14世が病床に就き臨終を迎えるまでの数週間を、ジャン=ピエール・レオがひたすら演じ続けるというので話題になった作品である。
冒頭以外はずっと王の寝室と控えの間ぐらいしか登場しない。彼はほとんど寝たきりで、半分眠っているかごく少量の食事を取るぐらいしかしない。
周囲には侍従や医者たちがいて、たまにマントノン夫人や王太子などが見舞いに現れては消えるぐらいだ。
そういう点ではかなり退屈である。

見ててこれはJ・P・レオのパフォーマンスをひたすら見る映画だなと思った。こういうパフォーマンス系の作品がたまにある。
私が最初に意識したのはM・ハネケの『セブンス・コンチネント』である。
これは映画館で初めて見たハネケ作品で、上映したユーロスペースは満員だった。座席はすべて埋まり、私は通路に座って見た。この監督はこんなに人気があるのかsign01とビックリしたもんである。
しかし、同じ映画祭で他の作品はそんなに客が入っていなかった。要するに『セブンス・コンチネント』は、一家が自宅の中の家財道具を壊しまくるシーンが延々と続くのだが、その行為が話題になっていたので、みんな見に来たらしい--とかなり時間が経過してから気付いた。

映画のテーマとか意図とか演出とか関係なく、作品の中で行われるパフォーマンスを特化して見るということはある。
派手なアクションがある映画では「細けえことはいいんだよ」と大雑把な展開だったり、見事な特撮の怪獣が暴れ回るような内容ではまず一番の注目は怪獣impactである。さらには『ウィンストン・チャーチル』だってそうだろう。あれは英国の宰相の伝記を見に行くのではない、G・オールドマンの名人芸とメイクアップを見るために行くのである(そうだと意識してなくても)。

で、本作もやはり同じように感じた。観客が延々と眺めるのは瀕死状態のJ・P・レオなのである。
当時の史料を元に再現し、小道具や衣装もそのまま復元し、ドキュメンタリー風に撮っているとのこと。その割にはルイ14世の本物の寝室は派手過ぎなのでやめた、というのは、ちといい加減ではありませんか。
あと、音楽好きの王だというのに音楽がほとんど出てこない! 古楽ファンは期待して行くとガッカリであるdown
唯一、宗教曲らしいのが流れるのだがなんとモーツァルト……(・o・) エンドロールにはクープランの「スルタン」が流れるが、大仰なオーケストレーションによる演奏だ。

瀕死パフォーマンスを楽しめるのならいいが、そうでない人は眠ってしまっても仕方ないだろう。

ラストにビックリするような場面が出てくるが、これを蛇足として見るかシニカルかつ批評的視点ととらえるかによっても、評価は異なってくるだろう。

監督は『アンナ・マグダレーナ・バッハの日記』を撮った映画作家ユイレ&ストローブの後継だそうだが、正直50年早いと思った。


| | トラックバック (0)

2018年8月23日 (木)

「マルクス・エンゲルス」:ジャスト・ザ・トゥー・オブ・アス 萌える革命

180823
監督:ラウル・ペック
出演:アウグスト・ディール、シュテファン・コナルスケ
フランス・ドイツ・ベルギー2017年

flairマルクス生誕200年ですよ。原題は「若きマルクス」で邦題は「マルクス・エンゲルス」。当然『マルクス=エンゲルス全集』があるんで、こういうタイトルになったんだろう。しかし、これだとフ女子ならずとも「で、どっちが攻めでどっちが受けなんですか~(^^?)」と質問したくなるのは仕方あるまい。

実際、見てみるとそういう内容……ではもちろんないsign01
19世紀中ば、若いマルクスはドイツで政治活動のため検挙→パリで出版事業、エンゲルスと意気投合→退去命令を食らってベルギーへ→食い詰めて英国にも出没する。
貴族出身の奥さんを伴い(駆け落ち?)子どもも生まれるが、常に生活不安定。

エンゲルスは金持ちのブルジョワの子弟で、英国では工場の運営を任される一方で、階級搾取問題に目を向ける。
私生活はぶっ飛んでいたもようで、伝統的男女関係なんかは無視である。さりげなくマルクスの金銭的援助もしたりする。

二人とも若いんで思想的師匠や政治活動の先輩にケンカ売ったり、豹変したり、暴走気味だ。そんな彼らが欧州を行きつ戻りつしながら、政治結社「正義者同盟」の内部抗争に打ち勝ち「共産党宣言」へと至るまでを描く。ヤッタネpunchと喜びに燃えたくなる。

ただ、ヤクザの抗争とは違ってそれほど起伏ある物語とはならないため、なんとかメリハリをつけようと苦労している様子がうかがえた。最初の方のベッドシーンはなくてもいいんじゃないの?という意見に、私も賛成である。
マルクスの奥さん(ヴィッキー・クリープス好演)は同志的存在で、討論などに加わって堂々と意見を述べている(エンゲルスのパートナーのバーンズも同様)のは、そうだったのか!と驚いた。女はすっこんでろい<`~´>とか言われないのね。
ハリウッド映画ではないので、作中で使われている言語はそのまま独・仏・英三か国語が入り乱れる。ま、日本ではそのまま全部字幕だからあまり齟齬を感じないがsweat01

エンディングは突如ボブ・ディランが流れて、歴史物から急に現代へと直結するのが新鮮だった。
監督のラウル・ペックは日本で同時にドキュメンタリーの「私はあなたのニグロではない」も公開されるという珍しい事態。私は、ディランが最後に流れたのを取り違えて書いてしまった。こちらの方でしたな(^^ゞ
作った作品数は少ないが、今後も注目の人だろう。
岩波ホールは珍しく(!o!)若い人もかなり来ていて混んでいた。

エンゲルス役のシュテファン・コナルスケは青い瞳が大きくキラキラshineしていて、何やら熱に浮かされたように人を引き込む魅力がある。マルクスが意気投合して思わず額にキスしてしまうのもむべなるかな、という感じだ。実物のエンゲルスもこんなだったのだろうか。
というわけで、やっぱり「どっちが攻めでどっちが受けなんですか~(>O<)」と聞きたくなってしまうのであるよ。


| | トラックバック (0)

より以前の記事一覧