映画(最近見た作品)

2020年9月28日 (月)

「ハリエット」:聖女か闘士か紙幣の肖像か

監督:ケイシー・レモンズ
出演:シンシア・エリヴォ
米国2019年

米国で公開された時から「懐かしい(#^.^#)」と思ってぜひ見たかったものだ。
なぜ懐かしいかというと、子どもの頃小学校と中学校の図書館に新日本出版社の児童向け世界全集が入っていて(『世界新少年少女文学選』)、その中にこの映画の主人公であるハリエット・タブマンの伝記『自由への地下鉄道』があった。
それを気に入って、子どもなので何度も何度も繰り返して同じ本を読んだ。……とはいえ、××年も前の昔のことであり、内容はあまり覚えていない(^^;ゞ

時は19世紀半ば、ハリエットは米国中部メリーランド州の農場の奴隷だったが、南部に売り飛ばされそうになり脱走する。しかし逃げたままでではなく、奴隷たちを逃す「地下鉄道」の活動に参加。危険を承知で農場一帯と北部を危険を冒して行き来する「英雄」となる。
彼女はドル紙幣の肖像になることが決まっている(トランプは嫌がっているらしいが)ほどだ。

折しも米国から始まったBLM運動が世界を揺るがす真っ最中。意気込んで見に行ったのである。が、実際には歴史映画として社会構造に鋭く切り込むというような作りではなく、あくまで真面目な文科省推薦風「偉人伝」であった。教科書にそのまま載ってもいいぐらい……(・o・)
タイトル役のシンシア・エリヴォの顔力と歌声に引っ張られて見るような印象である。

恐らくは青少年が見てもいいように、農場主息子との関係が曖昧にしか描かれない(「大人は察してください」的)、ジャネール・モネイ演じる保護施設の女主人の描写が曖昧にぼかされているなど、物足りない印象がある。
とはいえ、年若い黒人の女の子たちはこの映画を見て勇気づけられることだろう。

初めて知ったのは、同じ農場の中に既に自由となっている解放された奴隷とそうでない者が混ざって働いていること。確かハリエットの夫も解放奴隷である。
あと「所有している奴隷の数で家の格が決まる」というのもオドロキであった。

史実を離れて見てみると『キャプテン・マーベル』『ハーレイ・クイン』と同じ構造を持っているのに気づく。すなわち「私に男の干渉も承認は要らない、所有もされない」だ。白人男はもとより同胞の男に対してもそういう態度を示す。
やはり同じくテーマは「女の覚醒と自律」なのである。

特徴的なのはかなり宗教性が強調されていたこと。彼女はジャンヌ・ダルクのように神がかりになって特別な能力を発揮し、象徴的存在として周囲からみなされる。
『自由への地下鉄道』ではそういう部分はなくて黙々と逃亡活動に従事していたように描かれていたので、こんな人物だったのかと驚いてしまった。

それから、黒人問題を扱った歴史ものだとこれまでメインキャラクターに一人ぐらいは「黒人を助ける善良な白人」が登場するものと思っていたけど、全く出てこなかったのは珍しい。(端役には登場する)
もはや「善い白人」は必要ないのか。あの、良い子には絶対見せられない恐ろしい『バース・オブ・ネイション』だっていたのに……。時代は変わったのであろうか?

ここにも最近流行の美男の敵役が登場。ハリエットにシツコク執着する農場主の息子は一部で人気のジョー・アルウィンが演じている。
白人の追跡者に協力する黒人の若者役(ヘンリー・ハンター・ホール)が若い頃のジミヘンを思わせる印象で注目だ。

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2020年9月22日 (火)

「囚われた国家」:売国ならぬ売星の輩

監督:ルパート・ワイアット
出演:ジョン・グッドマン
米国2019年

B級SF設定プラス『影の軍隊』的レジスタンスものという、かなり珍しい取り合わせの映画。といってもかなり地味な作りで、もしコロナウイルスの影響で洋画の新作が入って来なくなったという事態がなければ、大々的な公開はなかったろう類の作品である。

異星人に侵略支配された近未来の地球、侵略者は地下で地球の資源を発掘奪取して自星に送る一方、地上では傀儡政権を操り人々を支配しているのであった。
--ってモロにナチス占領下のフランスっぽい。
なのでテーマは「抵抗」、レジスタンス物の名作『影の軍隊』を引き合いに出す人がいるのも納得だ。

かつての戦争の名残か、湖岸(舞台はシカゴだからミシガン湖?)に巨大戦闘ロボの残骸が残されたままになっている光景が面白い。
人々には監視装置が付けられていて、立入禁止区域に行ったりすると異星人の探索隊がすっ飛んでくる。一方で、「昔はひどい状態だった」と侵略者を支持する人間も多いのである。

そんな中でレジスタンス活動が進められていき、ストーリーは二転三転どう進んでいくのか読めなくてドキドキしながら見ていた。
アッと驚く結末で、見ごたえ大いにありの良作だった。

難点はエイリアンの造形がキモ過ぎて、とても支持する人間がいそうには思えないこと。
それから、レジスタンスではない普通の市民の描写がもう少しあってもよかったのではないか。最近のSFなど突飛な設定を描く作品で、そういう描写を飛ばしてしまうパターンが多い。そういう背景を描かないと設定の説得力に欠けると思う。

重低音の効いたサウンドもさらに迫力を増加していた。ただ、カメラを意味もなく振るのは勘弁してほしかった。
役者ではヴェラ・ファーミガがいい味出してました。
それにしても、壁を築き格差を広げ資源を収奪する異星人とは何者を表しているのだろうかね(^^?

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2020年9月18日 (金)

ナショナル・シアター・ライブ「夏の夜の夢」:ブランコに乗ってさかさまに

200918 作:ウィリアム・シェイクスピア
演出:ニコラス・ハイトナー
主演:オリヴァー・クリス、グェンドリン・クリスティー
上演劇場:ブリッジ・シアター

恐らく『夏の夜の夢』は、シェイクスピア作品の中でこれまで一番見ているものではないかと思う。実演もそうだが、映画化作品や舞台収録を含めるとさらに回数が増える。
だから、もうこれ以上見なくてもいいかなと迷っていたのだが、以前に斬新な『ジュリアス・シーザー』をやったN・ハイトナー演出で、使っている劇場も同じということで見に行った。

まさに行って正解✨ これまでの中でこんな涙流すほど大笑いしたナツユメはなかったと断言しよう。

冒頭に堅苦しい修道服やスーツを着たアテネ市民が現れ、列をなして聖歌を歌いながら行進する。ここではアテネは父権主義的な統制国家であり、人々の様子は『侍女の物語』を想起させるものとなっている。
そこでの若者たちへの意に添わぬ結婚の命令は、家父長制度の抑圧に他ならない(ように見える)。

さらに意表をついてきたのは、森に舞台が移ってから。なんと妖精の王オベロンと妃ティターニアを役割交替しているのである(!o!)
つまりパックを使役して惚れ薬を塗らせるのはティターニアの方で、職人ボトムを熱愛するのはオーベロン……(>O<)ウギャーッ 一緒に嬉しそうに泡だらけのバスタブ入っちゃったりして、王様としての沽券は丸つぶれ状態なのだ。これは抱腹絶倒。
一方、ティターニアは『ゲーム・オブ・スローンズ』でも活躍したグウェンドリン・クリスティーなので威厳あり過ぎだ。

今回も客のいるフロアが上下してどんどん変形するステージになっている。立ち見の観客は森の住人&アテネ市民としてすべてを目撃だ。客のノリもよい。
加えて、妖精たちは空中ブランコに乗って人々の頭上を飛び回ってさらに盛り上げる。パック役の俳優は猛特訓したと語っていた。

「夏夢」というと、これまでどうも終盤の職人たちの素人芝居の部分の存在が腑に落ちなかった。さんざん二組のカップルがバカ騒ぎをした後に重ねて、あの間の抜けた芝居を見せられるのはなぜか(^^?
紹介のあらすじ文を幾つか読んでみたけど、どれもこの部分はカットして書いている。あってもなくても意味なくない?と思うのは仕方ないだろう💦

過去に見たジュリー・テイモア版の「夏夢」ではシロートの芝居にも胸打たれる瞬間があった--という解釈だった。
こちらではアテネ公の硬直した父権主義を揺るがすきっかけになる、というもので重要な位置を占めている(芝居自体はあっさりしているが)。
果たしてシェイクスピアの意図は不明だが、これを見て初めて職人たちの芝居の存在意義が分かったような気がした。単なるドタバタじゃないのよ。

というわけで大いに楽しめたナツユメだった。大満足である(^^)

 

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2020年9月11日 (金)

映画落ち穂拾い 2020年前半その3

200911a「帰ってきたムッソリーニ」
監督:ルカ・ミニエーロ
出演:マッシモ・ポポリツィオ
イタリア2018年
DVD鑑賞

ご存じ『帰ってきたヒトラー』のイタリア・リメイク版だが、うーん(ーー;)という印象である。
ヒトラーの代わりにムッソリーニというアイデアは誰でも思いつきそうなのは、いいとして🆗 ただ、全体に短縮した上に、さらにメタ構造だった終盤の展開を削ってあるのでかなりライトな仕上がりだ。(「右」ではなくて「軽」の方)

イタリアは「70年間の間に63人も首相が変わった」とか「ベルルスコーニは既にやってる」など自国向け自虐ネタはちゃんとやっている。
残念ながらオリジナル版がよく出来ているのを再確認することになった。しかしイタリアの政治状況も大変だのう(~o~)

独・伊と来たら次は日本がやらずば面目が立たない(ー_ー)!!と思えど、人物の選択が問題だ。終戦時かその直後には亡くなっていて、老若男女によく知られている……って、誰かいるかねえ。

200911b「T-34 レジェンド・オブ・ウォー」
監督:アレクセイ・シドロフ
出演:アレクサンドル・ペトロフ
ロシア2018年
DVD鑑賞

第二次大戦中ドイツ軍の捕虜となったソ連兵が、戦車の演習相手に選ばれ宿怨の敵と闘うことに--。
ということで、定番の捕虜収容所ものプラス『ロンゲスト・ヤード』みたいな設定で、戦車戦というよりは独ソ因縁のサッカー対決ぽいのであった。

砲弾がかすると内部ではあんな風になるんだーなどと驚きの連続の一方で、スローモーション連発で戦車版「マトリックス」みたいだなと思ったり。
終盤はゴーストタウンでの西部劇もどきの対決。それを人間でなくて図体の巨大な戦車がやるから口アングリだ。
と思ったら、騎士道時代を彷彿とさせる決闘へなだれこむのであった。

恩讐の彼方に戦車を愛した男たちがいる!……と戦車のセの字も知らないのに感動の涙を流しちゃったですよ。

国家を超える究極の戦車愛と男同士の熱~い友愛💕楽しませてもらいました(^O^)/


200911c「存在のない子供たち」
監督:ナディーン・ラバキー
出演:ゼイン・アル・ラフィーア
レバノン・フランス 2018年
DVD鑑賞

最近、大爆発事件でも話題になったレバノンのベイルート。その貧しい家庭で暮らす少年の物語である。
子だくさんの家庭ゆえに学校に行くこともなく働いて金を稼いでいる。しかも出生届も出ていないことが途中で判明……。
この少年を取り巻く周囲はあまりに過酷でその描写は容赦ない。ストーリーも救いなく展開するけど、ラストにはハッとする。

役者は弁護士を演じている監督以外はみな素人だという。主人公役の少年は実際に似た境遇だったという。
それにしても、あの赤ん坊にはどうやって演技付けたの?などと思ってしまった。

見ていて「以前にも外国映画で子どもが赤ん坊を連れ歩く話があったはず……」と頭の中にチラついて思い出したのは『さよなら、アドルフ』。敗戦直後のドイツを舞台にした映画だった。こちらの赤ん坊はもっとひどい目にあうのである。ウワー(>O<)

この映画はレバノンの話だが、日本にも戸籍のない子どもたちがいて、そのまま大人になった人々がいる。外国人や難民とは関係なく、である。遠い他国の話ではない。

オスカーにノミネート&カンヌで審査員賞を獲得。監督は『歌声にのった少年』に出ていたとか。コンテストの司会役かしらん(?)

200911d「さらば愛しきアウトロー」
監督:デヴィッド・ロウリー
出演:ロバート・レッドフォード、シシー・スペイセク
米国2018年
DVD鑑賞

伊達男ロバート・レッドフォード引退記念興行作品である。
実在の無血無傷銀行強盗を演じてはいるが、頭からしっぽの先までレッドフォードの伊達男ぶりがぎっしり詰まっていた。おなかいっぱいで、10年分ぐらい彼を見たという感じ。レッドフォードとシシー・スペイセクのファンに推奨。
キース・キャラダインどこに出ていたのか最後まで分からなかったです(・o・)

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2020年9月 7日 (月)

「ナイチンゲール」:地と人心の果てで

監督:ジェニファー・ケント
出演:アシュリン・フランチオージ
オーストラリア・カナダ・米国2018年

19世紀イギリスが囚人流刑の地としていたタスマニア。彼らを植民地の労働力として使役するのである。そこに送られたアイルランド女性の悲惨な物語だ。
彼女は監獄を出してもらいその地で伴侶を得たが、同時に流刑地を管理している英国軍の将校に「愛人」扱いされている。
とあるきっかけで将校たちにレ●プされた上に夫と子どもを殺される--というのが発端。
復讐に燃える彼女は先住民の若者をガイドとして雇い、将校たちを追跡する。

と、まるで西部劇そのままの展開である。西部劇といってもマカロニ・ウエスタン仕様。繰り広げられる陰惨な暴力、あまりにも残酷な場面ばかりなので見ていて消耗してしまった。また出会う白人のほとんどが凶悪で残酷な奴ばかりなんだよねー。
追跡の過程で、最初は差別意識と嫌悪丸出しだったヒロインが先住民の若者と理解しあっていくのもやはり西部劇の定番といえる。

後半の展開はやや迷走気味か? 観客の方はテンションを保持して見続けるのにかなり気力が必要だ。
主人公が歌うアイルランド民謡(タイトルはその曲名)と先住民の踊りと歌が並行して扱われ、幻想的な光景が描かれる。現実がどうしようもない時に幻想(ファンタジー)へと行きつくしかないのがつらい。

悪役である将校は二枚目でルックスはよい(これまた最近の映画の傾向)、かつどうしようもなく差別的で卑劣な男権主義者。そのような役柄を熱演⚡とホメたくなる。
あとレ●プシーンはこれからの時代、何か別の描き方が欲しい。監督が女性であるならなおさらである。これも定番と言えばそれまでだが。

アイリッシュ・トラッドの歌が美しくて悲しい。エンドシークレットでチーフタンズの名前を見かけたような(^^?

 

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2020年9月 5日 (土)

「娘は戦場で生まれた」:想像の埒外

200905 監督:ワアド・アル=カティーブ、エドワード・ワッツ
イギリス・シリア2019年

2012年から激動するシリアの状況をスマホで撮り続けたドキュメンタリー。
アレッポ大学在学中に反政府デモ活動に参加した女性が、空爆が激しくなる中も反体制派の拠点であるアレッポに留まり撮影し、それを発信していく。

その間に、負傷者を治療する救急病院の医師と結婚しマイホームを得て娘も誕生する。そんな日常のホームビデオっぽい映像が全く境がなく、そのまま激しい砲撃が襲う街に繋がっていく。その落差に衝撃を受ける。
その悲惨な状況は、あまりに怪我人が多いので病院に運ばれてきてもベッドがなくて床の上で診断を下すしかないほどだ。

病院で撮影していると運び込まれた負傷者の母親が突然「撮っているの!」と彼女に向かって叫ぶ。当然、そんな時にカメラを回しているなんてひどい💢と怒るのかと思いきや、「(この有様を)全部撮って」と言うのである。

あまりにも恐ろしい状態で、見ててボー然とする。自らの想像力の限界に倒れたくなってしまった。

それにしても、このような中で家庭を作り共に生きていこうとする意志の強さに心を打たれる。
彼女は娘を生んだから強くなったのか、強いから娘を生めたのか--平和な日本では考えもつかない。

ところで同じくやはりシリアを撮って共にオスカーの長編ドキュメンタリー賞(2019年)候補になった『ザ・ケーブ』(監督は『アレッポ 最後の男たち』の人)の方は結局公開ないんですかねえ。

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2020年8月30日 (日)

METライブビューイング「ヘンデル アグリッピーナ」:母の愛はコワし

200830 演出:デイヴィッド・マクヴィガー
指揮:ハリー・ビケット

マクヴィガーの演出でヘンデルというと『ジュリオ・チェーザレ』が話題になった。ダニエル・デ・ニースがこれで人気急大上昇した。
今回は『アグリッピーナ』を演出、ヘンデル先生イタリア時代の作品である。

タイトルのアグリッピーナはローマ皇帝の后にしてネロならぬネロ-ネの母親。彼女が策謀をめぐらして息子を皇帝の座につけようとする歴史ものだ。

結論から言うと、ヒジョ~に面白かった\(◎o◎)/!
大河ドラマ1年分ぐらいが約4時間に凝縮されてて、権力・色と欲・愛憎・そして嘘と真実(いや嘘に嘘を重ねればやっぱり嘘)と、あらゆる要素がてんこ盛り状態だ。満腹、いやあたしゃ満足よ🆗 久々に晴れ晴れとした気分となった。

この上演では舞台は現代風に置き換えられている。ネローネはパンクにーちゃんスタイルでヤク中のドラ息子。ポッペアは取り巻きとパーティに明け暮れるセレブ女。オットーネは真面目過ぎな軍人。
そしてアグリッピーナは強烈な猛毒母である。息子の意志なんぞどうでもよく、ひたすら彼を帝位につけようとする野望の邁進には思わず口アングリだ。そんなゆるぎない悪女をジョイス・ディドナートが堂々と演じている。
一方、オットーネはいじめられ役で同情を集める。演じるイェスティン・デイヴィスは今にも上目遣いに「いぢめる?」などと言いそうだ。
あとネローネのケイト・リンジーには驚いた。フラフラした足つきやら体幹が全く定まらぬ様子はまさに不良少年である(見てて笑っちゃうけど)。なんでもこの役になって鍛錬した挙句、スマホの顔認識が使えなくなってしまったというのはスゴイ。

この物語を普通に解釈すると、多分思い込んだら一途の母親が息子のためになりふり構わず猪突猛進するという、分からなくもないがどうもねえ……みたいなヌルい話になってしまう。
それを、アグリッピーナを冷徹で計算ずくな毒母とし、息子のことを想っているようで実は自らの支配欲で動いていると見なした演出はお見事で、極めてスリリングである。その冷酷ぶりに観客は震えあがるだろう。

ネロとポッペアのその後の行く末を考えると、どうやって結末付けるのかと思ったが、ちゃんとハッピーエンド💕になっていたので呆れました(^◇^)

25歳の若さで書いたとは信じられないぐらい、ヘンデル節は既に炸裂。しっかりと堪能できた。映像の方は一瞬ぐらいしかオーケストラを映さず、もっと見せてほしかったなあ。
恐らく当時のヘンデル先生が弾きまくり見せ場ならぬ聞かせ場だったろう長いソロの場面は、地下の酒場でピアノ(チェンバロ)弾きがノセまくって客一同がダンスに興じるという設定で大笑いした。

さて、最初の方で私は「歴史もの」と書いたが、幕間のインタビューでは歌手たちがこの作品を「喜劇」と言っていた。つまりシリアスではなく笑って見る作品ということなのね。
となると、この話の後日譚にあたるモンテヴェルディの『ポッペア』もやはり当時の人々は喜劇と考えて見ていたんだろう。次に『ポッペア』見る(聞く)時はそう思って鑑賞することにしよう。

この上演の収録は2月の末。3月の半ばにはコロナウイルス感染拡大でMETも休業してしまったということだから、ギリギリ間に合ったわけである。

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2020年8月23日 (日)

「ハーレイ・クインの華麗なる覚醒 BIRDS OF PREY」:凶暴なだけじゃダメかしら

200823 監督:キャシー・ヤン
出演:マーゴット・ロビー
米国2020年

『スーサイド・スクワッド』の後日譚、というかスピンオフ?
実は私見ておりません...((((((((( ((;-o-)コソコソ
それでも話はよーく分かったので見てない人でも大丈夫。
いやもうほんとにバカバカしくてくだらなくてメチャクチャでデタラメな内容。よい子はもちろんよい大人にも見せられねえ~💣

泣く子も黙るジョーカーの女として好き勝手していたハーレイ・クイン、突如フラれて追い出される。これまではジョーカーの威光で何をされてもおとなしくしていた街中の悪党たちは、積年の恨みを今こそ晴らさんと次から次へと襲撃してくるのであった。
気が付けば周囲は敵だらけ~(゚∀゚)という次第。

敵と鉢合わせする度に、相手に対して彼女がやったことが箇条書きになってズラズラと画面に出てくる。それを見る限り向こうが怒っても当然としか思えないものも多い。
中でも「激おこ」状態なのがユアン・マクレガー扮するブラックマスクで、彼に対する悪行の箇条書きが多すぎてスクリーンからはみ出してしまうほど。(当然字幕版では追いつきません)

なんとか撃退していくものの、遂に窮地に至り追い詰められるが……。
一人の男の庇護下にあった女がそれを失った時に、また別の男に依存しようとするが、それではイカンと反省し自立へと「覚醒」する--というのが本作のキモである。
そしてたまたま「協力」せざるを得なくなった女たちとともに、悪党どもを迎え撃たんとするという次第だ。
だから、男を敵視しているという意見は全くの誤解なのよねっ(・∀・)b

ただアクが強くてブラックなノリなので、日本人向きではないかも。あまりのバカバカしさはもはや爽快の域に達しているが、真面目な人は怒り出しそうだ。
特に終盤に登場する遊園地が変テコで、ディズマランド(バンクシーの)っぽくてそのイカレ具合に爆笑してしまった。

しかし、例外的にシリアスな場面が二つあった。
ブラックマスクが店で気に入らない女の服を切れと命令するところ。これは怖い(>y<;)
それと、ハーレイ・クインが信用していたとある人物が金のために裏切って去っていくところ。これは辛い(:_;)

アクションは格闘技が中心。見せ場が多くて、思わず「スタントさん、乙っ❗」と叫びたくなった。
それと車&バイク&ローラースケートの追跡劇も見せ場だった。

マーゴット・ロビーは『スキャンダル』とは役柄のベクトルが正反対の方向。よくぞ演じました。
悪役のユアン・マクレガーはグッジョブ✨であった。最近の映画では二枚目の悪人というのが流行っているのかな(^^?
音楽は懐かしい曲も多数。ハートの「バラクーダ」、好きでよく聞きましたよ~🎵

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2020年8月15日 (土)

「レ・ミゼラブル」「ルーベ、嘆きの光」:生まれは双子、育てば別人

200815 「レ・ミゼラブル」
監督:ラジ・リ
出演:ダミアン・ボナール
フランス2019年

「ルーベ、嘆きの光」(「ダブル・サスペクツ」)
監督:アルノー・デプレシャン
出演:ロシュディ・ゼム
フランス2019年
*日本未公開、WOWOWで放映

『レ・ミゼラブル』はサッカー・ワールドカップの応援に沸くパリの街から始まる。熱狂して三色旗を振り回す人々--その中にアフリカ系の少年たちが混じっているが、彼らが無賃乗車して帰っていくのは近郊の犯罪多発地区である。

というドキュメンタリー的な冒頭からつかみはオッケーだ🆗
その街では複数の人種・民族によるグループが対立し、その間を警官が威圧するようにパトロールする。それは安全や秩序を維持するためではなく、権力を背景にした差別振りまく示威行動なのである。
他所から異動してきた刑事はそのやり方に違和感を抱くが、打開するのは簡単なことではない。

そして、悪ガキのいたずらに端を発してその危うい均衡が壊れ、一触即発状態へと向かう。もはや国家秩序自体が底辺からグズグズと崩れかけているのを、イヤというほどに見せつける。恐ろしい。
見たら絶対ドヨーンとした気分になるだろうなと思って行ったら、やっぱりドヨーンとなった。
さすがドキュメンタリー出身の監督、その場にいるような迫力に終始ハラハラドキドキしていた。血圧も上昇してたに違いない。

ラストについては、第三者の立場から見れば少年に対して「ギャーやめて~。投げないでー(~O~;)」と叫びたくなる。しかし少年の立場からすれば当然「投げる」。やらない理由はどこにもない。
でも、少年の方に同調してその行為に快哉を叫べるのは、自分が「やられない」側だと信じている者だけだろう。日本人の大人にそれに該当する者はいるかな(^^?
ああいうエンディングは結局、観客はその先に自分の見たいものだけを見るのだろう。

さて、驚いたのは映画に描かれた全てのシーンはこの地区の出身者である監督が実際に目撃したものだということだ(ラストも含めて)。
彼の立場はカメラ小僧の少年で(演じているのは実の息子らしい)、全三部作になるとのこと。次を見る気になるかどうかは、気力体力次第である。

もう一つビックリなのは役者に素人を多く使っているのにも関わらず、アドリブは全くなくほぼ脚本通りだという。畳みかけるような映像や編集のせいか、そんな計算されたものとは思わなかったので意外だった。

なお、この映画は朝日新聞の「働く」というコーナーで「映画配給」というシリーズに取り上げられていた。
邦題をどうするか迷った挙句(31も案があった)あえて原題のままに決めたそうな。「下手な邦題や副題を付けたら作品のニュアンスを崩す」から。
また監督はカンヌで審査員賞を取った後、買い手が殺到してネットフリックスからも話があったが断った。配信では不可能な、観客と交流することを望んだからだという。


『ルーベ、嘆きの光』は『レ・ミゼラブル』の後に見ると驚くこと請け合いである。
舞台であるベルギー国境近くにあるルーベという町は監督の出身地であり、フランス国内で最も貧しく住民の45%が貧困状態で、凶悪犯罪が多発するという。冒頭の字幕のメッセージには、作中の事件は全て事実だとある。ドキュメンタリー映画が原作とのことだ。
この町の警察に刑事が赴任してくるのが発端となり、彼を通して町を見ることになる。
そして主要人物以外は現地の住民を役者として起用している。

えっ❗これって『レ・ミゼラブル』とほとんどソックリじゃないですか(!o!)
しかしこれほどに成り立っている要素がかぶりながら、出来上がった作品は全くの正反対だった……なんでこうなるの?

作品のタッチは極めて内省的。うらぶれた街に起こる犯罪は車の保険金詐欺から放火殺人まで大小さまざまに起こるが、どんな犯罪であっても、さしたる激動もなく淡々と通り過ぎていく。
バックに時代遅れではないかと思うほどにクラシカルで流麗な音楽が流れるのが、それに拍車をかける。

新任の刑事は敬虔なカトリックだが神に祈っても効き目はないようだ。
移民出身の署長はオバマ似のアフリカ系で思索家のように見える。彼の家族がみな故郷の国に戻ってしまったと聞き、刑事が「なぜ戻ったんですか」と尋ねると「それよりなぜ私が残ったのかを問え」と答える。

例えここに善が存在しているとしても、夜のうらぶれた街へと吸い込まれていくしかないのだろう。
見ていて退屈に思う人がいるかもしれないが、心にジワジワとしみてくるものがある。私も歳をくったせいだろうか、『レ・ミゼラブル』よりこちらの方に引き寄せられるのだ。

本作はレア・セドゥがスッピンで出演してるのも話題になったらしい。彼女が演じているのは今や死語だが「はすっぱな女」、まさにこれである。
が、スッピンであれだけキレイなんだからやはり超が付く美人✨に間違いないだろう。もしフルメイクして豪華なドレスを着て現れたら、目がくらんで倒れ伏してしまうかもしれない。

このブログを書くのに検索してみたら、なんとつい最近『ダブル・サスペクツ』というタイトルになってソフトが出ていた。だがパッケージのジャケ写真や宣伝文句を見るとあたかもサスペンス映画……全く違~う(>O<)


さて、似ているようで似ていないこの二作はフランス国内の映画賞を争った(発表は今年の2月末)。一体、国内ではどのように比較されたのだろうか、知りたいものである。
『レ・ミゼラブル』はセザール賞12部門候補で4部門受賞。観客賞という一番ヒットした映画への賞まで取ったのは驚きだ。またカンヌ審査員賞獲得、アカデミー賞の国際映画賞候補。
『ルーベ』はセザール賞7部門候補で主演男優賞受賞。さらにこちらもカンヌのコンペに出品されたというのは、どういうことよ(?_?)
セザール賞の監督賞には両者ともノミネートされていたが、受賞したのはポランスキーで大騒動……なんかフランス映画界、波乱と嵐を求めていないか。

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2020年7月31日 (金)

「ジュディ 虹の彼方に」:スタア再生

200731 監督:ルパート・グールド
出演:レネー・ゼルウィガー
米国2019年

ジュディ・ガーランド47歳、この世を去る直前に行なったロンドンでのショーを中心に、彼女の境遇と最後の日々を描いている。
酷使され悲惨だった子役時代の回想が現在と交互に挿入され、なぜそのような状態になったのかを観客によーく分かるようになっている。

かなり泣かせる内容だ。特に二人組の部屋で歌うところで涙(T^T)
子役時代のエピソードはまさに未成年虐待だろう(さらにセクハラ、あるいは性的虐待も仄めかされている)。常に他人にコントロールされる人生で、その体験が彼女の内部を長年支配してきたことが、終盤のケーキのシーンに表れているようだ。想像するとツライ(>_<)

金銭的に困り、子どもたちと離れてツアーに出かけざるを得ず、ヨレヨレとして精神的に不安定、ロクでもない男に引っかかる--という状態のジュディを、レネー・ゼルウィガーは完璧に演じている。歌ってる場面にも説得力あるのがよい。
アカデミー賞をはじめ主演女優賞連続獲得は確かに納得の出来である。

最後をコンサート場面で盛り上げるのは最近の流行りなのかな(^^?
ミッキー役はロビー・ロバートソンに似ているような気がした。

原作は舞台だったそうである。となると主役の女優の独り舞台的なものになるのだろうか。ステージ上で実力が試されるシビアな作品となるだろう。舞台版も見てみたい。
美空ひばりのAI復活みたいなものでは絶対不可能である。

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