映画(最近見た作品)

2017年7月17日 (月)

「ムーンライト」:テンダネス タフでなくては生きていけない

170717
監督:バリー・ジェンキンズ
出演:トレヴァンテ・ローズ
米国2016年

日本では果たして公開されるのか危ぶまれていたほどだったのが、アカデミー賞取り違え事件によって劇的なまでに盛り上がり、なんと「今ここで公開せずしていつやるかーっon」という勢いで前倒しで日本でも公開されたのだった。

広告の写真が3分割になっている通り、一人のアフリカ系でゲイの少年が成長していく過程を三つの時代に分けて描く(その度に呼び名も変わる)。その描写は地味で淡々としているが、映像は計算され尽くしていて色彩もその空気も美しい。
引き合いに出されていたのがウォン・カーワイで、監督も影響を認めている。しかし、私はカーワイ作品を見たことがないのだった。許して~_(_^_)_

アフリカ系少年、貧困地区、同性愛、ドラッグディーラー、毒母、いじめ、児童虐待……とある意味刺激的な要素が並ぶが、先に書いた通りにその描写は奇をてらうものでもなく、感動をあおるようなものでもない。非常に内省的であり、深夜に微かな虫の声に耳を澄ましているような印象だ。えー、言い換えればエンタメ感は全くない作品ということである。

ヤク中の毒母一人子一人暮らしで、いじめられっ子で繊細な少年が生きていくにはこの世界はハード過ぎる。結局、親切にしてくれたドラッグ・ディーラーの男を仮の父親のようにして、自らも同じマッチョな道を歩む。他に身近なロールモデルがいないから。
しかし、身体はいくら鍛えられても魂はそうはいかない。強固な肉体と身振りの内側はまだ柔らかい少年のままなのである。
そして「初恋の男」との再会……。

あまりに繊細shineロマンティックheart02
これ以上行ったら陳腐になってしまうのではないかというギリギリのところで成立しているように思えた。
監督も舞台になっているのと同じ地区の出身だそうだ。自分の過去の状況も投影されているのだろうか。

オスカー作品賞で勢いを得たついでか?新聞の夕刊に8ページに渡る全面広告が載っていたのには驚いてしまった(!o!) 全面広告って高いのに採算取れるんかいsign02--なんて余計な心配をしてしまったですよ。

助演男優賞の獲得のマハーシャラ・アリは出演時間は短いものの、さすがに渋~い味を出して引きつける。TVシリーズ『ハウス・オブ・カード』でも曲者ぞろいの役者の中で目立っていただけはある……といっても、元々いい役なんだけど。
M・アリつながりで、ぜひ彼も出演している『ヒドゥン・フィギュアズ』の公開を願うと祈って(^人^)いたら、公開決定でメデタイこってす。(邦題問題が炎上したが)


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年7月 8日 (土)

「午後8時の訪問者」:エマージェンシー 堕ちた女医、真夜中の往診

170709
監督:ジャン=ピエール・ダルデンヌ、リュック・ダルデンヌ
出演:アデル・エネル
ベルギー・フランス2016年

ケン・ローチと同様にカンヌの常連、ダルデンヌ兄弟。その新作は珍しくサスペンスthunder そんな触れ込みで宣伝や予告もその線だったが……やっぱり違ったですよ(^^;)

町の小さな診療所で臨時の医師を務める女性医師。診療時間が過ぎた後にドアのベルが鳴った時、彼女は応対に出ず、若い研修医に対しても引き止める。しかし、それが翌日死体となって発見された若い娘だったことが判明する。
自責の念に駆られ、せめて娘の身元をハッキリさせて葬りたいと調べて回ることになる。

一体殺人なのか、殺人としたら誰が犯人なのか……作品の主眼はそこにはない。
彼女が娘の知り合いを探して街を歩き回るうちに様々なもの、そして人が浮かび上がってくるという次第だ。そういう点では前作の『サンドラの週末』と似ている。

『わたしは、ダニエル・ブレイク』と同じような社会問題を扱っていても、タッチは全く正反対。こちらは暗くて地味だし、話が進むにつれて人間の卑小さ、弱さがジンワリと滲み出してくるようだ。思わず机に突っ伏して泣きたくなっちゃう。
でもやっぱりケン・ローチよりこっちの方が好きなんです(*^^)b

サスペンスといやあ、電話(スマホ)の呼出音と診療所の入り口ブザー。鳴るたびにギャッと飛び上がっちゃったimpact

それにしても、いつもダルデンヌ兄弟の作品を見ていて引き付けられるのは、ストーリーとはさほど関係ないような、主人公の身振りである。
『息子のまなざし』で大工である主人公がスタッと家具の上に飛び乗ってしまう描写、『ある子供』の「子供」が所在無げに池の水をかき回す場面、『少年と自転車』の美容師のハサミと手の動き、あるいは『サンドラの週末』でまぶしい陽射しの中を歩き回るサンドラ……。
他の監督の映画ではここまで役者の動作が気になることはない。不思議である。

今作では、ヒロインは顔は常に愛想のない仏頂面をしていて喋る時もぶっきらぼうなのに、一方診察する動作は極めて相手に対して親密なのだ。診察場面以外でも「ああ、若い娘さんがトレーラーの中で見知らぬ男とそんなに接近してはイカン(>O<)」とオバハン心をハラハラさせてしまう。

そのような相反する人物像が導き出す結果は、やはり複雑で不条理で一つの面からは割り切れないものであった。

驚いたのは、診療所に医者一人しかいないこと。看護師も受付もいないのだ。医療事務なんかどうするの? ベルギーでは実際こうなのかねsign02
日本だったら、都市部にこんな診療所あったら待合室が常に満杯状態になりそうで、とてもやってられません。


余談だが、エンドクレジットやってる(客電ついてなくて暗い)時に、隣のオバサンがスマホ取り出して眺めててまぶしくてマイッタ。ダルデンヌ作品だから音楽も流れないし、画面見てないんだったら外に出ればいいじゃないの。他人には眩しいんだよannoy

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年6月18日 (日)

「わたしは、ダニエル・ブレイク」:ビリーブ いつか給付金を貰える日まで

170618
監督:ケン・ローチ
出演:デイヴ・ジョーンズ
イギリス・フランス・ベルギー2016年

一旦、監督引退宣言をしながら世情に憤り復活し、ついでにこの作品でカンヌでパルムドールまで取っちゃったケン・ローチ。
見れば直球過ぎるほどの怒りの爆発annoyであった。

発端は、持病のため医者から労働を禁じられている主人公が、役所(の委託機関?)から就労可能と判断されて補助金を止められてしまったことだ。
電話で長時間待たされてイライラしていて、担当者と言い合いになってしまったことが原因だと思われる。しかし、結果として働けないのが分かっていながら失業保険を貰うために、手書きの履歴書(パソコン出来ないので)を配って歩いて偽りの就労活動しなければならない羽目になる。
一方、同じように役所に来ていた失業中のシングルマザーと知り合う。

意図的だろうが、ここには「善人」しか登場しない。普通だったら、主人公は短気なクレーマー親爺だろうし、シングルマザーは自堕落で時として育児放棄、二人の子どもは言うこと聞かずに勝手気まま、隣人の怪しい密売屋は迷惑かけ放題。パソコンカフェの若者だって、声かけたらそんな親切に教えてくれるとは思えん。

しかし、そのような要素はこの問題には関係ない!<`ヘ´>と全て切り落としているのである。さらには労働大臣の名前を出して批判punch 直球勝負たる所以だ。

もっとも主人公は不屈の頑固オヤジというわけでもない。落書き事件でハイになるも、とっ捕まって警察に説教されればショボンとなってしまうところなど、笑ってしまう。
でも、ラストの一言には涙が出る。

設定やストーリーは『ティエリー・トグルドーの憂鬱』や『幸せなひとりぼっち』(←見たけど遂に感想書けず)に似ていて、どこの国も同じような問題が存在するのだなとヒシと感じた。

ケン・ローチ、まだまだ活躍しなけりゃならないようである( -o-) sigh...

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年5月28日 (日)

「おとなの事情」:知らぬが仏、知れば鬼

監督:パオロ・ジェノヴェーゼ
出演:ジュゼッペ・バッティストン
イタリア2016年

イタリア製喜劇。それもかなり黒~い笑いに満ちている。いや、それより笑うに笑えないというところか。

幼なじみの仲良し男四人組が、恒例の夕食会を行う。今宵も皆、奥さん同伴でメンバの一人の自宅マンションに集合。このマンションが低層でかつ広い!(うらやましい)
もっとも、バツイチのオタク系教員の男は恋人を連れてくると言いながら、病気で来れなくなったと一人でやって来たけど。

今では職業も家庭の事情も異なる彼ら、チクチクと不穏な会話が飛び交う。
そのうち、妻の一人が全員のスマホ・ケータイをオープンにしてやり取りを聞かせ合うゲームをしようと言い出した。全員、互いに秘密はないのだから、とok
そして食卓の上を電話とメールが入り乱れる。

結果は……恐ろしい秘密がボロボロと(ーー;) 明るみに出る不和annoyリアルタイムで広がる亀裂punch 見ているだけで冷汗が出てウギャーッ(>O<)となるのは間違いない。

しかし驚いたことに、ラストはそれまでの経緯を全てひっくり返すような意外なものになっているのだsign03 こりゃ、一体どういうこったい。

多くの人はこれを、登場人物が何もなかったことにしているのだと解釈してたが、そうじゃないだろう。この結末は、ある意味「並行世界」である。(SFじゃないけど)
作り手はハッキリと具体的に「異なる世界」だと示している。獣医妻の口紅とか、弁護士の妻が出て行った時間差とか、イヤリングの件とか。

パンフレットでは、監督が結末の方が実際に起こったことだと明言しているそうだ(私はパンフを買わなかったので詳細不明)。
虚偽と破滅、一体どちらがいいのかと観客に問うているようである。もっとも、いくら隠してても早晩バレそうな秘密もチラホラsweat01 いずれにしても安泰ではいられない奴もいるのは確か。

舞台はほとんどマンションの一室に限られている。しかも、ほとんど食卓に輪になって座って喋っている場面ばかり。しかし、セリフや編集が巧みで飽きさせることがない。
現場の撮影方法など疎くて知らないけど、1人がテーブルで喋ってる場面を切り返して反対側から撮ったら、向かい側のカメラが入っちゃわないのか? うまく隠しているのか、それとも同じ場面を繰り返して撮影しているの?(とてもそうは思えないが)
もちろん、役者の皆さんもリアリティのあり過ぎな演技で感心の一言である。

原題をそのまま英訳すると”PERFECT STRANGERS”となるらしい。意訳すれば「夫婦は他人の始まり」ってとこか。
まことに濃ゆい大人向けの皮肉なコメディである。さすがイタリアだね~。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年5月21日 (日)

「海は燃えている イタリア最南端の小さな島」:異なる世界の片隅に

170521
監督:ジャンフランコ・ロージ
イタリア・フランス2016年

ベルリン映画祭で受賞したということでも話題になったドキュメンタリー。
イタリアの端っこののどかな島の生活と、小型船に定員の十倍も乗り、地中海を渡ってきてその近海に流れ着くアフリカ・中東の難民たちの姿を捉える。

難民は直接島に漂着するわけではないから、島民とは接触することはない。唯一の例外が島の医師で、彼はかなりの数の難民の検死を行なうそうである。

島の生活はまるで昭和の日本のよう。島民は漁で生計を立て、ラジオからはイタリア歌謡としか形容しようがない音楽が流れる。一人の少年の日常に密着するが、ネットもゲーム機もなし。廃墟となった家に潜り込み、木の枝を削ってパチンコを作り、戦争ごっこに興ずる。
一体いつの時代だ~(@_@;)

一方、救助を求める難民船に入ったカメラは船の最下層に積み重なる数々の死体をとらえる。生き延びた人々も茫然としパニック症状で震えが止まらなかったり、泣きだしたりする。
こちらの方の映像は極めて衝撃的だ。見ていて冷汗が出る。
しかし、カメラはあくまでも淡々と、決して交わらぬ島民と難民の姿を並行して撮っていくだけだ。同じ時、同じ場所に、両極端に異なる世界が互いに接することなく存在する不思議。

難点は島民の描写に明らかに演出が入っていること。そうすると、この平穏さも作為的に強調されたもんじゃないの?などと疑わしく思ってしまう。
さらに延々と日常生活を撮っているもんだから(スパゲティ食べてるところとか)、退屈過ぎて映画館内を眠気虫が跋扈し、文字通り「沈没」してしまうのであった。
こういう対比が「わざとらしくてイヤng」という意見が出てきても致し方ない。

個人的にはもう少し島の場面を削って短くしてほしかった(上映時間は2時間弱)。ただ、この「退屈さ」こそが監督の意図したところかもしれないが。

第2次大戦中に島の沖を軍艦が通った話が出てきたが、それを考えるとこの島は歴史的に海上交通の要衝にあるのかも知れない。
そういう部分ももう少し知りたかった。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年5月 7日 (日)

映画短評その2

170507
★「ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち」
監督:ティム・バートン
出演:エヴァ・グリーン、エイサ・バターフィールド
米国2016年

原作は児童文学のファンタジーかな? ティム・バートン節炸裂impactと言いたいところだが、そういうわけではなかった。
導入部がちょっと長い。主人公の少年がペレグリンの屋敷に入ってから、ようやくおなじみ奇妙奇天烈バートン世界が展開する。

しかし、どうも見た後にスッキリしない。この手の設定が複雑なファンタジーというのは、その枠組みを構築して維持し、それに沿ってストーリーを成立させるだけで大変な労力が必要で、息切れ状態になってしまう。
読者や観客の方は、理解しようとするだけで訳ワカラン状態になるのが常。似たようなのが『ライラの冒険』だった。

で、全体の印象はとっちらかって求心力なし--というところか。よく分からんけど、結局ハッピーエンドってことで終わるのであったfujiメデタシよ。

ジュディ・デンチやサミュエル・L・ジャクソン(悪役なのに迫力なし)はもったいない使い方。パイプをふかすエヴァ・グリーンはカッコ良かったが。
それから、ルパート・エヴェレットは全く気付かなかった。エンド・クレジットを見て、えっあの人物なのかい(^^?)状態である。
少年役のエイサ君が、背が伸びちゃってビックリ。成長期の子はあっという間に変わっちゃうね。
過去の映画のパロディがたくさん出て来てたようだけど、分かったのは『シャイニング』と『アルゴ探検隊の大冒険』ぐらいだった。
遊園地の場面に監督本人が出てたよね)^o^(


★「ラビング 愛という名前のふたり」
監督:ジェフ・ニコルズ
出演:ジョエル・エドガートン、ルース・ネッガ
米国2016年

異人種間の結婚を違法とする法律が1950年代の米国には、州によって存在していたsign03とは驚きだが、それに対して裁判を起こした夫婦がいた。最高裁で勝訴するまでが描かれる。

一貫して夫婦愛だけをピンスポット的に取り上げていて、背景の社会の動き(公民権運動とか)は意図的にカットされている。そこが「声高に差別を訴えない」として好評だったようだ。
だが、一方で背景が描かれていないとよく分からないところがあって隔靴掻痒の感がある。

1人目の弁護士は売名行為で声を掛けてきた? ワシントンになじめなかった理由はなんなのか? バージニア州に戻ってきて隠れ住んでいたのに逮捕されなかったのは何故? 子どもを学校にやってたらバレるんじゃないのか。
……などなど表で語られなかった部分が多数あるように思える。

そんな部分を主役の二人の演技が救っているようである。ジョエル・エルガートンは外見はほとんど変わっていないのに、若い時の朴訥とたイメージから中年になって頑固おやじ雰囲気を醸し出している。ルース・ネッガはそれを支えるしっかり者の奥さん風。二人ともアカデミー賞候補となった。ヨカッタgood


★「パッセンジャー」
監督:モルテン・ティルドゥム
出演:ジェニファー・ローレンス、クリス・プラット
米国2016年

なんだか珍品SFを見せられたという気分。いや、SFにもなってない「SF未満」であろうか。

120年もかけた宇宙旅行。その間、大勢の乗客はコールドスリープしているのだが、なぜか一人だけ早く目覚めてしまった男……なんと残り時間90年(☆o◎;)ガーン!! こりゃないよ~と驚くのは当然だろう。
前半『シャイニング』や『2001』の引用が出てきて、心理サスペンス的展開になると思いきや、恋愛もの→アクションという予想外の方向に行ってしまうのだった。

さらに、元々結末は違ったのを変更したんじゃないかという疑惑も出現。船長にアンディ・ガルシアをキャスティングしておきながら一瞬しか登場しないのである。

実際結末まで見ると、これじゃあ別の案があったのだったらそっちの方がよかったのでは?と思ってしまう。ところが、とあるサイトで紹介されてたオリジナルの結末は、予想をはるか斜め上を行くトンデモなものだったのだ。こりゃ、SF未満どころか「超SF」だいっtyphoon

宇宙船の造形は面白いし映像もキレイ。比べて、宇宙船内のデザインは平凡。船員の制服はスタトレか(?_?)
主演のジェニファー・ローレンスとクリス・プラットがもったいなかった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年5月 6日 (土)

「未来を花束にして」:参政権ないぞ、議会逝ってよし

170506
監督:セーラ・ガヴロン
出演:キャリー・マリガン
英国2015年

今から100年前英国で起こった婦人参政権を獲得するための闘争を、一人の平凡な女工の存在に仮託して描いている。ヒロインが参加することになった運動は中でも過激に先鋭化した急進派だと思われる。なにせ爆弾作って爆破事件まで起こすんだから。それ以外の団体は登場しないので運動の全体像は分からない。

工場でのセクハラ事案、母親には親権がないとか、ヒロインがハンスト中に食物を流し込まれる場面など見ていてへこむ。さらに運動に参加する女たちに投げつけられる誹謗の言説は、現在とあまり変わらないのでウツになる。
その割には主な男性陣(ブレンダン・グリーソンの警部、ベン・ウィショーの夫)がひどい奴には描かれていないので、男性も安心してご覧いただけます(^<^)
そのせいか、観客の男女比が半々だったのは意外であった。

メリル・ストリープが出演時間は短いながら、存在感たっぷり。あれ以上長く出てたら助演女優賞候補になっちゃったりしてflair
彼女の扮するパンクハースト夫人はアジ演説で「もう50年も待った。私たちはこれ以上待てない(*`ε´*)ノ☆」と檄を飛ばす。
それにならって、現代日本を顧みれば「保育園落ちた、日本死ねpunch」から一年余。未だに改善されていないのだから、もう待てん<`ヘ´>やはり爆弾でも作るしかないのだろうか。

邦題が原題に比べて詰まらないというので、ネットの話題になったが、この手の邦題の最大の問題は当たり障りの無さから「後で思い出せなくなる」「区別が付かなくなる」ことである。「花束を未来にして」とか「未来へ花束から」でもなんら変わらないのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年5月 3日 (水)

映画短評

最近どうにも忙しくて、土・日曜にもブログ更新できないことが多々あり。未だ書いていない映画の感想が増えていく一方である。ただ、一旦書き始めると今度は長くなってしまう。困ったもんだ( -o-) sigh...
そこで書きそこなっていたのをここにチョコチョコと書きたい。

★「ガール・オン・ザ・トレイン」
監督:テイト・テイラー
出演:エミリー・ブラント
米国2016年

3人の女をめぐるサスペンス。一見幸せそうに見えても実は……と数組のカップルの醜い真実と、「家庭」なるものの虚無が露わになってくる。
中心となるエミリー・ブラントのヒロインはアル中で挙動不審、陰々滅滅な展開で引っ張っていくが、ラストで呪縛が解けてなんとか救われた気分になる。
原作は読んだことはない。小説なら3人の女たちを立場をじっくりと描けたんだろうと想像できるけど、映画ではそうはいかぬ。なので、ラストがやや性急な印象だ。

とはいえ113分間、見ごたえあり。
メガン役のヘイリー・ベネットは顏も雰囲気もジェニファー・ローレンスに似ている。役柄も年齢的にちょうどローレンスにぴったり合ったものだ。(当て書きした?)
ルーク・エヴァンスはイヤな男がよく似合うのう(^O^;)


★「五日物語-3つの王国と3人の女」
監督:マッテオ・ガローネ
出演:サルマ・ハエック
イタリア/フランス2015年

『ゴモラ』『リアリティー』のガローネ監督が、なぜかファンタジーを作った(^^?)
原作は17世紀初めに書かれたナポリの民話集とのことで、3話のオムニバス形式になっている。ただ、使用言語はイタリア語じゃなくて英語なんである……。

美しくて残酷なファンタジーshine だがここには萌えとかフェチとかロマンとか一切なく、そういうものに全く拘泥していない。あたかも『パンズ・ラビリンス』からオタク要素を抜き去ったような作風である。ただただ冷徹だ。

ロマンスに憧れる姫がドジな父王の失態で「鬼」にヨメにやられてしまう物語は、「ゲーム・オブ・スローンズ」の異民族(野蛮な)の王との政略結婚を思い出させた。このエピソードの教訓は「幸せは自分で勝ち取らなければダメng」ってことだろうか。
関係ないけど、このお姫様が弾いてた楽器はビウエラかね?

世界遺産になっている城など古い建築の映像も美しい。


★「ミス・シェパードをお手本に」
監督:ニコラス・ハイトナー
出演:マギー・スミス
イギリス2015年

ホームレスのオバサンに軒を貸したら、なんとそのまま15年(!o!)
劇作家が実際に体験した話を芝居にし、さらにそれを映画化したものである。主演の二人は舞台と同じ役者らしい。
予告やあらすじだと感動系の話だと思ってしまうが、全く違う。実際にはかなり辛辣で皮肉たっぷりの英国風ユーモアに満ちている。

見ていて、ミス・シェパードがどうしてピアノを禁止されたのか今一つ分からなかった。ともあれ、彼女を演じたマギー・スミスの演技にひたすら感服。若い女優が束になってもかなわないという印象だ。さすがである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年4月30日 (日)

「彷徨える河」:闇の奥の奥の闇

170430
監督:シーロ・ゲーラ
出演:ヤン・ベイヴート
コロンビア・ベネズエラ・アルゼンチン2015年

コロンビア映画史上初めてアカデミー賞外国語映画賞の候補になったという作品。
アマゾンの密林の中、河沿いに独り暮らすシャーマンの元へ米国人の学者が、幻の薬草を求めて訪れる。長い孤独の中で記憶さえ失ったシャーマンは、数十年前にドイツの民族学者が同じものを探して現われたのを突然思い出す。

この時代を隔てた、二つの河を遡る旅を重ねるように交互に辿っていく。
その旅は当然『闇の奥』を想起させるが、こちらの主人公は西欧人ではなく先住民側のシャーマンである。しかし、狂気と混迷の旅であることは変わらない。異文化と衝突して混乱するのは西欧人だけではないのだ。

特に不気味なのは河の途中にある、白人の僧が建てたカトリックの修道院のエピソードだ。現地の子どもたちが大勢いて、神の名のもとに狂的な支配と統率を行なっている。二度目の旅でもまだその修道院は残っているのだが……恐ろしい(>y<;)

入れ子になった構造、モノクロの映像は圧倒的、これがマジック・リアリズムというやつか(!o!) いささか長く感じたが、歴史の上に堆積した人々の悲惨と傷が余すところなく描かれている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年4月 9日 (日)

「哭声/コクソン」:恐怖の三択

監督:ナ・ホンジン
出演:クァク・ドウォン
韓国2016年

國村隼が出演し男優賞を受賞して話題となった韓国製ホラー。あまりにも話題なので行ってみた。

ひなびた山村で一家殺戮という猟奇的な殺人事件が起こる。犯人はその家族の一員で、さらに他所で殺された別の男の死体も一緒に見つかる。毒キノコを食べたための錯乱が原因という結論になるのだが、山の奥の小屋に住みついてる謎の日本人がどうも怪しいという噂が広がるのだった。

そのうち新たな一家の殺戮事件がおこり、さらに主人公である警官の小学生の娘にも、犯人に共通する悪魔付きのような症状が出る。焦る主人公は暴走punch

聖書の引用から最初はミステリっぽく始まって、てっきり閉鎖的な村で日本人の男をめぐる疑心暗鬼がグルグル渦巻いていくような展開になるのかと期待していたら、そうはならずにイッキに不条理なホラーへと突入する。
いくらいい加減な性格とはいえ、警官としてどうよ的な放りっぱなし多過ぎ。日本人男のパスポートをスマホで撮ったはいいが、その後どうなったのか? また、同僚の警官が小屋で証拠になるようなものを見つけたのに何も言わずに出てきてしまうのも変だ。(操られていたとか言わないでくれい)

それを除けば「ド派手なもんを見せてもらいました」という気分である。祈祷師のお払いの場面はあまりに派手すぎて(ガムラン入ってた?)笑っちゃうくらいだし、ゲロ場面はこんなすごいのは見たことねえ\(◎o◎)/!とあっけにとられて感心してしまう(ここも笑った)。

それに子役の女の子のハイテンション演技も見ものである。國村隼に引けを取らない怪演であろう。
いや、全てにおいてハイテンションでテンコ盛り。あまりに過剰なんで展開から目が離せないけど疲れてしまう(上映時間も長い)。結局それに尽きる。韓国映画パワー恐るべしimpact

あと、私はつくづくホラーは性に合わないと自覚した。見ててイライラして腹立ってきちゃうんだよねえ。一応、昔のホラーの名作なんかは見てるんだけどsweat01
で、謎が明確に解決されずに放置されて終了してしまう。最近のホラーはこんな感じなのか。まあ、見た人同士で謎についてワイワイやり合うにはいいだろうが。

祈祷場面で互いに攻撃しているようで、実は……というひっかけのあたりは面白い。しかし、「読者への挑戦」があるような本格推理小説なら全ての情報が提示されていなくては「フェア」ではないけれど、この手の映画では情報を出すも隠すも作り手の勝手、胸先三寸である。

以下に取りあえず思い出せる謎を列挙。

家に下がっている干からびた巨大ブルーベリー(?)みたいな植物の役割は何か。
死者がいた軽トラの周囲のローソクは誰が何のために置いたのか。
そもそもゾンビはなんの目的なのか。
被害者の持ち物は何のために使われたのか。
終盤に謎の女と主人公が話している時に挿入される自宅のシーンはリアルタイムで起こっているのか、それとも主人公の想像か。
逃走する祈祷師に虫を送ったのは誰?
ラストの日本人男の変貌は助祭の幻想かリアルなのか。

主人公の周囲に出没する謎の三者が上記の謎にどう関わっているかで解釈は違ってくるし、三者同士の関係も一部不明である。それどころか湿疹事案だって誰が起こしているのか怪しい。
だからと言って、それらの謎が解明されたところでこの映画への評価が変わるわけでもないのだ。

ということで、やはりキノコ説が一番説得力ありそう(^^;)

観客は老若男女一つの層に片寄らず入っていたが、謎なのが数年ぶりに映画館来たような中高年女性を複数見かけたこと。座席指定の入替制を知らないぐらいである。國村隼のファンかsign02

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧