映画(最近見た作品)

2018年8月18日 (土)

「ウインド・リバー」:スノー・アンド・デッド 闇に向かって撃て!

180818
監督:テイラー・シェリダン
出演:ジェレミー・レナー、エリザベス・オルセン
米国2017年

半年前ぐらいだろうか、米国映画情報番組で興収ランキングに入っていて紹介されてて、是非見たいと思ったのがこの映画である。
その後日本で音沙汰なくて、果たして公開されるのか危ぶんでいたのだが、ようやくロードショーの運びとなった。
メデタイヽ(^o^)丿

で、実際見た感想はというと……うーむ、正直期待し過ぎたのかなあ(+_+)というもんだった。

米国はワイオミング、先住民の居住地で若い娘の死体が発見される。雪の中、極寒なのに裸足で手袋もなし。近くに住居はなく、レイプの痕跡あり……。
FBIの女性捜査官が派遣されてきて、死体発見者のハンターに協力を依頼する。なにせ、広大な地域なのに地元の警察は6人しかいないのだ。

雪の広野の中に横たわる死体--極めて興味を引く発端で期待も高鳴るというものだ。
しかし、この捜査の中心となる二人ともが白人というのは何とかならんかったのだろうか? どちらかが先住民かまたはその血を引いているぐらいの設定にしないと、物語の趣旨に合わない。
しかも、エリザベス・オルセン扮するFBIは、その人物のバックグラウンドがほとんど描かれず(「フロリダ出身」というぐらい)、「若い/女性/事情を知らない/捜査官」という記号的な存在以上のものではないのである。
いくらオルセンが涙を流して熱演しても、これはいかんともしがたい。

それから、石油掘削地って企業の私有地扱いなのか? 武装した警官何人も連れて行かねばならないということは治外法権みたいになってるのか? ほとんど説明がないのでよく分からない。(そこで、騒動が起こりそうになった時に、警官の一人がFBIに「見なかったんだな!」と詰め寄るのもなんの事か分からなかった。私がどこか見逃したかしらん)

西部劇っぽいという意見を幾つか見かけたが、私もそう思う。往年の西部劇に倣うなら主人公二人が白人なのも納得だろう。
一方、西部劇ならキモと言えるはずの撃ち合いの場面は、何が何やらよく分からずあっという間に終了。ライフルの場面は迫力あったけど。
西部劇をなぞるならそういう所もキチンとやって欲しい。

ところが、事件の解明部分はほとんど唐突に捜査側とは全く無関係に挿入されたように描かれる。この部分はその後の顛末を考えると誰も知りえない状況である。
そんな知りえない描写を事細かに描いたという目的は、ただ一つ、ラストでの主人公の行為を正当化するためであろう。
そういや、唐突に事件の真相が明らかにされてしまうというのは『ビューティフル・デイ』でも、同様だったのを思い出した。
順を追って事態を徐々に明らかにさせていくという手順を描くのが、面倒くさいのか。
監督は脚本家として名を上げてきた人らしいけど、かなり問題である。

あと、見てて気になったんだけど、娘が雪原に倒れてて、その足跡を逆にたどって犯行現場を見つけるのは、吹雪が頻繁に起こるがら無理dangerというのは分かる。しかし、それだったらスノーバイクとか雪上車の痕跡も消えちゃうと思うんだけど……。事件から何日も経ってるよね(?_?)

かように細かいことが気になってしまった。世評では高評価の作品なんだけどねえ。
最近、こんなんばっかである(+o+)トホホ 

加えて、映画館でラストのいちばんいい所で、高齢のオヤジが3回もスマホの呼出音鳴らして、集中力が削がれてしまった。最悪だ_| ̄|○
鳴ったら即切って欲しい(というか、最初からバイブか電源オフにしてくれ)。相手の名前確認してんじゃねーよannoy

なお、先住民の女性が殺されて発見、という事件は頻繁に起こっているらしい。この映画見た後にも5人の子の母親が殺されたというニュースが流れた。米国の暗黒面だろう、コワ過ぎだ。


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2018年8月12日 (日)

「フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法」:プロミスト・ランド おかあさんといっしょ

監督:ショーン・ベイカー
出演:ウィレム・デフォー
米国2017年

フロリダのディズニーランドのすぐそばに安モーテルあり。外壁はディズニー風味でキラキラした色に塗られているが、住民の実態は支援団体の食料無料配布車が回ってくるほどに貧しい。観光客を乗せた航空機がひっきりなしに行き交い、その落差が甚だしい。
日本だとモーテルは一時的な宿泊と思うが、かの国では常泊している人が多いそうなのだ。

そんな中に若い母親と娘がいる。母親の方は定職を持たず、その日暮らし。娘は小学校低学年だが、折しも夏休み、ご近所の悪ガキどもと一緒にやりたい放題に遊びまくる。
彼らを見守るのがW・デフォー扮する管理人だ。きちんと規則を守らせ、文句をつける時はちゃんと言うが、一方で施設の保守点検に修理をし、さらには子どもたちの安全にも目を光らせる。

--と、書けば連想するのがケン・ローチの『わたしは、ダニエル・ブレイク』である。
若いシングルマザーと保護的立場の中年男性という組み合わせは似ているし、特に母親がやる行動はほとんど同じと言ってよい。
ただ、ローチ作品の方は意図的に母親を真面目な人物で好感度高く描いているが、こちらの母親は正反対。無軌道で粗暴でプッツンしてしまう。若くて学歴も金も職もなく、やる気も持久力も持てないまま、貧困から抜け出せない。
幼い娘を愛してはいるが、母親もまだガキっぽさから脱していないのだった。

このような状況が、子どもたちと母親が遊び&暴れまくるシーンが続く中で、徐々に浮かび上がってくる。
正直なところ、この一連の「遊び」の場面は退屈だった。演じている子どもたちをそのまま遊ばせて撮ったっぽくて、メリハリなくただ長い(ーー;)
もちろん、この映画は好評で見た人の多くは面白かったんだろうけど、私個人からすればこれに付き合うのは退屈で疲れるという印象だった。

でも私は、珍しくアカデミー賞の助演男優賞に選ばれたW・デフォーを目当てに見に行ったのだよ。
いやー、彼の演技は素晴らしかったですよ\(◎o◎)/!
安モーテルでも完全に断固として管理しようと心を砕き、子どもたちには厳しくしながらもちゃんと見守る。しかし、一方でモーテルのオーナーには頭が上がらずヘコヘコとしてしまい、落ちてるゴミをコソコソと拾い集めるという正反対の態度を、矛盾なく演じていた。彼に助演男優賞crown取って欲しかったぜい。(あくまでも私見)

この映画の作り手は当然分かって描いているはずだが、いかに母親が娘を愛していようが彼女がやっていることは虐待と見なされるなるだろう。(だから、管理人は終盤で肩の荷を下ろしたように一服しようとする)

そんな、娘と母親の夢の世界は今や崩れた。そして……向かったのはファンタジーの国だった。このラストにはさすがに驚いた。
もうそこにしか彼女の行く場所はないのである。

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2018年7月29日 (日)

「イカリエ-XB1」:ファイナル・フロンティア 前世紀との遭遇

監督:インドゥジヒ・ポラーク
出演:ズデニェク・シュチェパーネク
チェコスロヴァキア1963年

S・レム原作(日本では未訳)、1963年チェコ製SFである。『2001年』や『スタートレック』に影響大--となれば、やはり元SF者としては見に行かずばなるまいよ。

2163年、地球外生命とのファーストコンタクトを求めて巨大宇宙船が旅立つ。乗員は科学者の男女40名。船内にはスポーツジムなど娯楽施設も完備、ダンスパーティをやったりもするのだ。(未来のダンスはちょっと笑ってしまうかも)
このような設定や指令室の内部を見ると、確かに『スタトレ』の元ネタっぽい。
また、宇宙船内部の通路のデザイン、丸いポッドに乗って船外活動に出るという場面は『2001』に似ている。
音楽はバリバリの電子音楽で、今聞くとレトロフューチャーっぽいのだった。

もっとも、50年代にはハリウッド製のSF秀作も多く作られていて、この作品もその影響を受けているのは否定できないだろう。当然、東側では公開もされなかったろうから密かに見たのだろうか。

事故で死者が出たり、病気が流行ったり--というアクシデントの中で、興味深いのは途中で遭難した地球の宇宙船を発見する件りである。争いのためか全員死亡しているが、乗員はナチスのような軍服を、女性はドレスを着ていて、極秘裏に第2次大戦中末期のあたりに旅立ったように見える。しかも、核ミサイルを搭載していたのだ。
副船長は「アウシュヴィッツ」と「ヒロシマ」を「20世紀の遺物」と呼び、ここで遭遇したことに驚く。
2163年にはこの二つが消滅して無縁になっていると、映画の作り手は考えたのであろう。しかし、現実には世紀をまたいでも絶縁できていないわけなのだが……。

ラストは、明確には描かれていないものの明るい展望への示唆で終わる。
ここから、ファースト・コンタクトの相手がソラリスの「海」へと至った、レムのその後について考えざるを得ないのだった。

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2018年7月26日 (木)

「私はあなたのニグロではない」:イン・ザ・ヒート・オブ・ヘイト 今ここにある差別

180726
監督:ラウル・ペック
米国・フランス・ベルギー・スイス2016年

ドキュメンタリーというと、普通は特定の個人や出来事をカメラが追うという形を思い浮かべるが、これは違う。
アフリカ系作家ジェームズ・ボールドウィンが遺した30ページのテキスト(朗読はサミュエル・L・ジャクソン)と、彼の演説・講演・TV番組などの映像・音声、さらに過去の様々なメディアの映像をコラージュしたものである。
言ってみれば、近現代の米国における「人種差別」のイメージそのものを描いているのだ。

1957年、白人しかいない高校にただ一人入学した黒人の少女の報道をパリで見て、ボールドウィンは衝撃を受け、米国に帰国したという独白から始まる。

あまりのひどい状況に彼ともう一人の作家がロバート・ケネディに面会して「大統領が一緒に登校すれば」と進言するが、「見世物だ」と一蹴される。(結局女子生徒は4日としか登校できなかったらしい)

続いて、暗殺された3人の黒人指導者(メドガー・エヴァース←B・ディランが歌を作った、マルコムX、キング牧師)について回想する。
その合間に講演や番組でのトークでの、彼の鋭い舌鋒が紹介され、さらに昔の映画や写真の一部が流れる。
サイレント時代の「アンクル・トム」、ミュージカル「パジャマゲーム」、さらにはA・ヘプバーンの「昼下がりの情事」まで。そして一見感動的なはずのシドニー・ポワチエの「手錠のままの脱獄」「夜の大捜査線網」を当時の黒人たちがどう見ていたかも語られる。(当然、「世評」とは逆)

そして最後には、白人の側こそが「ニグロ」を必要としているのではないかimpactという痛烈な問いに至るのだった。
その厳しい批判はR・ケネディの「いつかは黒人の大統領も登場……」という発言に対しても、「大人しくしてりゃそのうち大統領にしてやるだとさ!」(ちょうどオバマの映像が映し出される)と向かうのだった。

かようにボールドウィンの弁舌は聞いていて鋭く迫力がある。そして流される映像と共に差別にまつわるイメージが今そこに茫洋と立ち上がる。
非常に見ごたえありのドキュメンタリーだった。シメのディランの歌に意表を突かれて、大きな効果あり。

ただ、字幕でテキスト読んでよく理解しようとしても、どんどん次の文章へ行っちゃうのでこちらの理解が追い付かんのであった_| ̄|○トホホ 映像に気を取られすぎてもまた分からなくなる。吹替えだとまだよかったかも。

しかし、『タクシー運転手』と続けて見たのだが、いずれも他国の話(回りまわって無関係ではないとはいえ)。これが日本や自分自身に向かってくるようなテーマだったら、正視していられるだろうか--などと心細く思ってしまうのもまた事実である。


テーマに全く関係ないけど、過去の映画やTVの映像で『駅馬車』のスタントはやっぱりすごいなあとか、『ゴングショー』懐かしいなあ(実は大好きでよく見てたsweat01)とか思ってしまった。
で、その中に、とある映画の白人のチンピラが黒人を殴り倒す場面が出てきたのだが、そのチンピラ役どこかで見たなと思ったら若い頃のリチャード・ウイドマークで驚いた。
彼は悪役出身だったけど、こういう役もやっていたわけだ。

さて、監督のラウル・ペックはアフリカ系でハイチ出身なのだが、彼が2000年に作った『ルムンバの叫び』という劇映画、日本で公開された時見に行ってたのだ(!o!) コンゴで実際にあった大統領暗殺事件を描いたものだが、当時「ミステリマガジン」誌の裏表紙に広告を出てたくらいで、よくできた政治サスペンスだった。
この監督さんもなかなか興味深い人物ですな。


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2018年7月14日 (土)

「タクシー運転手 ~約束は海を越えて~」:ドライヴ・トゥー・フリーダム 決死取材は片道切符

監督:チャン・フン
出演:ソン・ガンホ
韓国2017年

光州事件、当時新聞で見た記憶があるもののその内容はほとんど知らなかった。
韓国でも現在の政権になって風通しが良くなったせいだろうか、過去の事件の内実を暴いたものが堂々と作られてヒットしているようだ。

事前の宣伝だと、在東京のドイツ人記者が民主化運動弾圧の噂を聞きつけ、韓国へ。そこで出会ったタクシー運転手と共に、事件が起こる光州へ潜入する。その二人の絆を描く実話……というような印象だったが、若干違った。
これは「タクシー運転手同士」の絆の話だったのであるsign01

こういう過去の大事件を取り上げつつもエンタメの基本を押さえているのには恐れ入る。笑い、涙、サスペンス、アクション、社会性--ありとあらゆるものが入っている。ラストは怒涛のような感動である。
137分とは思えないほど。見ててあっという間に経ってしまった。

しかし、正直なところ事件自体が悲惨で衝撃的である上に、感情表現が過多なので、そのタブルパンチで見てて倒れそうになってしまった。もうお腹いっぱい、これ以上何も入らねえ~(@_@)
いや、けなしているわけではないんですよsweat01

作中ではソン・ガンホ演じるタクシー運転手はかなりいい加減な奴であり、金になりそうな仕事なので、英語もロクに出来ないのに他の運転手から依頼を横取りした、という設定である。
しかし、実際には以前から記者とは知り合いで、英語も話せて外国人ジャーナリストをよく乗せていた人だったという。

また、ハラハラドキドキと感動をさらに5割増しさせ、運転手の絆を強調するラストのカーチェイスもフィクションとのことだ。
一方、ドイツ人記者の方は何を思いどう考えていたのか、ほとんどその内奥は描かれない。徹底的な他者である。従って、運転手仲間の方に比重が置かれ感情移入するのは当然だろう。

毎度ながらソン・ガンホは名優ぶりを発揮。「いいヤツ」で子ども思いだが、ずる賢く打算的なのが、終盤に向かって変化していく--というような役柄だ。こういうある意味ベタな役をやっても嫌みがない。
それを支える他の運転者役の「地味顔」(←誰かの感想で見かけた表現)な方々(韓国映画でよく脇役で見かけるけど、いまだ名前憶えてないm(__)mスマヌ)もグッジョブであった。

ところで、邦題の「約束は海を越えて」について「韓国とドイツは地続きだ!」という指摘あり。確かにそうだわ(・o・) まさに日本の「島国根性」的表現というところか。

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2018年7月 5日 (木)

「アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル」:アメリカン・ウーマン 血と汗と涙のトリプルアクセル

180705
監督:クレイグ・ギレスピー
出演:マーゴット・ロビー
米国2017年

公開される前から「アリソン・ジャネイの毒母bombぶりがすごい」と話題になっていた本作、おかげで彼女はオスカーの助演女優賞を獲得したぐらいだ。

1994年に起こった「ナンシー・ケリガン襲撃事件」、フィギュア・スケートのファンでもない私には「ああそんなこともあったな」という程度の記憶しかないのだが、翻って考えれば、ファンでなくても知っているのだから、当時相当の話題になったわけである。

スケートの技術的な面では極めて優秀だったトーニャ・ハーディングが、なぜライバルを襲撃したなどというスキャンダルに巻き込まれたのか。
そもそも、貧しい家庭ながらも幼い彼女にフィギュアを習わせ、一旗揚げようと猛訓練する母親……しかし、問題なのはそれだけではなかった。後半は毒母から縁が切れても今度は、若くして結婚したDV亭主、さらにそのアヤシイ友人が、彼女の人生をかき乱すのであった。
もっとも、彼女の方も全く負けていない。かなりのビッチぶりを発揮だ。

この4人はそもそも「不誠実な語り手」である。本当のところ、事件の真実は分からない。で、映画は疑似ドキュメンタリー風に彼らに過去の事件を語らせる。さらに、それ以外の場面でもカメラ目線で喋らせて、それぞれの立場と正当性を主張させるのだ。
なるほど、複数の関係者の主張が食い違う事件についてはこのような描き方が有効かもしれない。例えば『デトロイト』とか……。でも、あの題材でこんな手法取ったら冗談じゃすみませんわな(@_@;)

全編シニカルなコメディタッチで、脱力系の笑いに満ちているが、それでもヒロインが鏡の前で号泣する場面はド迫力だった。なんだかこの全く共感しがたい人物に同情してしまう。
演じたマーゴット・ロビーさすがであるflair オスカー、候補にはなったけど取れなくて残念でした。

返す刀で、さんざん大騒ぎした揚句にO・J・シンプソン事件が起こると波が引いたようにいなくなってしまったマスメディアを斬り、狭量なスポーツ界を指弾、さらには米国風サクセスストーリー自体を批判し、感動を求めスキャンダルの好きな観客をも避難する。
演出と脚本、編集共にお見事である。
おっと、普通の試合中継では見ることができない間近なスケート場面の映像も、思わず見入ってしまうものだった。

ラストに当時のニュース映像がちょっと流れるが、実物のご本人はM・ロビーよりもずっと華奢な感じでお人形みたい。だから、言動とのギャップが余計に目立ったんだよね。

亭主役はバッキーことセバスチャン・スタン--って、えー(!o!)言われないと分からなかった。
あと、その友人ショーン(P・W・ハウザー)については「絶対に見ているだけでイライラする」「二度と目にしたくない」超弩級の悪役、久々の出現であるannoy チラシによるとこの男は「自称元諜報員。実際はニートで童貞」とか書かれちゃってるのだが、これって典型的中二病か……(+o+)

なお、使用されている音楽が懐かし過ぎ。ハート、ZZトップ、バドカン、フリート・ウッドマック、このあたりはみんなアルバム買いましたヽ(^o^)丿
と思ったら、ネットの感想に「歌謡ロック」とか書かれていて、そうか、私は歌謡ロックが好きだったんだ~notesと今さらながら自覚した次第である。


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2018年7月 1日 (日)

「アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー」:オールスター・バトル 世界は君の手に

180701
監督:アンソニー・ルッソ、ジョー・ルッソ
出演:ロバート・ダウニー・Jr
米国2018年

「アベンジャーズ」シリーズも遂に3作目。でも、これで終わらなくて後に続編あり、というのは以前から聞いていたが、実際見るとあと一回で片が付くんですか~(>O<)と叫びたくなった。
何せ、マーベルのヒーロー全員集合みたいな感じで(欠席者あり)、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』が新たに参入。しかもストーリー上、これが一番重要な位置付けになっているのには驚かされた。あ、『ドクター・ストレンジ』も新規参入でしたな。(おかげで、事前にTV放映を見てしまったじゃないの)

しかも、それぞれのシリーズは全く性格が異なってキャラクターのノリも違うのに、そのテイストを残したままよくぞ合体できたものよ。その手腕には頭が下がる。
一番、ワリを食ってるのはキャプテン・アメリカか。見せ場はあまりなし。盾を返却しちゃったからかしらん?

加えて、銀河を股にかけた複数の戦闘を同時並行して描くという離れ業である。問題は、見ているこちらが老化激しく記憶力減衰のため「あれっ?6個のインフィニティ・ストーンてどんなだっけdanger」になってしまったことだろう。
と、思ったらこちらのブログでちゃんと解説してくれてました。予習復習に大変役立ちます(^.^)d

その戦闘シーン、最強の敵サノスとその手下たちが宇宙から次々と襲撃してくる。で、これまでの作品ではなんとかなっていた個々の能力の描き方が、さすがに無理になってきたのではないかと感じてしまった。いくらなんでもブラック・ウィドウみたいに「生身」の人間が異種生物と闘うのは難しいんじゃないんですかね(^^?)

……と、そんなことをよく考える暇もなく次々へと展開して、最後にはあっと驚く結末に至る。おまけに、スパイダーマンとアイアンマンの絡みのシーンではちょっと涙ぐんじゃったしsweat02
ええー(>O<)どうなっちゃうのtyphoonギャーッ……と叫びたくなるのをこらえたまま終了。は、早く続きが見たい。しかも、新キャラクターが参入の予兆もありだ。
というわけで、口アングリ状態のまま終了。この後どうなるか判明するまでは評価もくだせねえ(いや、もちろん面白かったですけど)。次回持越しである。

様々なキャラクター登場しての複数展開なので、ちゃんと把握できたのかも心もとないので、もう一度ぐらい見たかったのだが、結局ヒマがなくて無理だった。
そのうちTV放映するだろうから、その時に見直そう。

なお、お気に入りの場面は、慣れぬパワードスーツに悪戦苦闘するハルクを、冷たく見下ろす『ブラックパンサー』のオコエ姐さん。厳し過ぎよんheart04

ところで、米国では興行的に大人気を博した本作(この文章を書いている時点でまだランキングに入っている)、日本では今一つパッとしなかった。まあ『名探偵コナン』が、ぶっちぎりで強すぎたとはいえ……。
日米でこんなに差が出たのは、日本人は複数の話が同時的に重なり合うような話に慣れていないからだ、という説を見かけた。しかしそれだったら、他シリーズに関係なく単品で鑑賞可能な『ブラックパンサー』もまたウケなかったのはおかしい。何か他の理由があるんですかねえ。


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2018年6月25日 (月)

「女は二度決断する」:リベンジ・オブ・ネメシス 嘆きの聖母

180624
監督:ファティ・アキン
出演:ダイアン・クルーガー
ドイツ2017年

これを見た人は、終盤までは『スリー・ビルボード』に似ている--と思うだろう。

双方とも母親である女性が家族を理不尽な犯罪によって殺され、司法や行政が正しく対応せず、犯人は罰せられない。周囲の人々も無理解である。
そしてふつふつと湧き上がる復讐の念thunder

で、結末まで行って「二度決断」とはこういうことかと分かった。でも、何やらモヤモヤするものを感じてしまった。確かに意見が分かれる結末ではあるが、その決断自体よりも「これはこうに決まってて、あれはああなんだから」というような展開がどうも納得できない。ヒロインの人物設定もストーリーに沿うようなものになっている。
結論ありきで、そこに至るまでの描写には何一つ揺らぎはないのである。(ヒロインが決断に迷う、ということを言いたいのではない)
そういう点でも、『スリー・ビルボード』に似ている。
こう感じてしまったのは、この映画の前に『ニッポン国VS泉南石綿村』を見たせいかもしれない。(このドキュメンタリーにも被害者の遺族が登場する)

加えて、映画全体がダイアン・クルーガーの泣きの演技に頼りっぱなしなのも気になった。そりゃ、見ている側はもらい泣きしてしまうわなあ(/_;)
考えてみれば、彼女はこの演技でカンヌの女優賞、『スリー・ビルボード』のフランシス・マクドーマンドもアカデミー賞主演女優賞を獲得している。やはり「母親」役は受賞率が高いのか。

アキン監督作は『消えた声が、その名を呼ぶ』はよかったが、その次の『50年後のボクたちは』今イチどころか今サンぐらいだった。もう次作は見ないかも。

ところで、ヒロインがサムライの入れ墨をするのは、特攻精神を表わしている--って本当かいsign03
それと、ドイツの裁判ものってあまり見た記憶がないが、刑事裁判で被害者も弁護士雇って参加するのは驚いた。しかも、検事はほとんど発言しなくて、被害者側ばかりが反対尋問するってのはどういうこと。控訴するかどうかも被害者が決めるのか(?_?)

朝日新聞の映画欄で、記者がアキン監督に論争を挑むようなインタビューをしたということで話題になったが、どのメディアを見ても同じような生ぬるい記事よりはいいんじゃないかと思ったですよ。


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2018年6月19日 (火)

「ニッポン国VS泉南石綿村」:アンフェア・ジャッジメント 人生に控訴はない

180619
監督:原一男
日本2017年

原一男のドキュメンタリーというと、大昔『ゆきゆきて、神軍』を見たきりである。この最新作は上映時間が3時間半を超えるとあって、見るかどうか迷ったがエイヤッimpactという気合と共に行ったのであるよ。

取り上げられているのは2006年に大阪で始まった石綿(アスベスト)の被害者の訴訟である。建築に使われてきた石綿は吸い込むと数十年後に肺にガンなどを発症する。被害者は工場の労働者、その家族、周辺住民だ。
ただ、訴訟の相手はその工場ではなく、映画のタイトル通り国である。国は以前からその健康への影響がある事を把握していたにも関わらず、それを隠し無作為だったのだ。薬害エイズやハンセン病患者隔離問題と同様のパターンである。

集団訴訟なので原告の数は多いが、その中の十数人に取材あるいは密着していく。当人は亡くなって、遺族が加わっている人もいる。当時の工員には、遠い離島の村の住民や在日朝鮮人も多かった事が描かれる。

前半が人物紹介編だろう。その病状や参加した動機も様々である。
高裁で国は敗訴するが、控訴することを決定する。当時は民主党政権で、裏情報として当時の長妻大臣は反対だったが仙石官房長官が断固として主張して譲らなかったという話が流れてくる。そのため、最高裁へ。
しかし、その間も原告側からは死者が出るのだった。

後半は「行動」編というべきか。
訴訟団の団長が首相官邸へ直訴しようと新幹線の中で仲間に呼びかける。この場面について「原監督がたきつけたのではないか」という意見があったが、確かにかなりそれっぽいと思う。もはや取材を越えて「共犯」関係であろう。
このため、団長と弁護団のいさかいも発生。(心なしか、ここらあたりのカメラからは活気のようなものを感じるon

最高裁でも勝訴したはいいが、年数や立場などによって判決から外されてしまう人が数人出る。その一人(正確には遺族)が厚労省前でメガホンでを通して語る慟哭の訴えには思わずもらい泣きしてしまった。どのくらい泣けるかというと『リメンバー・ミー』に匹敵するぐらいであるsweat02(←しょうもない比較ですいません)

しかしその後、厚労大臣(この頃には自民党政権)と手紙のやり取りしたり面会して、その遺族はコロッと態度が変わってしまう。
観客の側から見てると「えっ!どうして?」と驚く。まこと、人間の行動と感情は度し難いものよ。矛盾のない人間なぞ、フィクションの中にしかないのだなあとつくづく感じたのだった。

国との和解(この場からは、団長と原監督は排除されてしまう)後に、監督は何人かに「不満はないですか」と聞いて回るが否定的な返事は帰ってこない。取材している監督の方の不満だけが伝わってくるようだ。

最後に大臣が大阪の患者の自宅へお見舞いに来る。大臣が間に合わず訪問した時点で、亡くなっていたのだが、その直後にメディアのインタビューに答えた患者の娘さんの感想が、淡々とシラけていてなんだか笑ってしまった。

見る前は上映時間長いと思ったが、実際に見てみるとそんなことはなかった。それよりも登場する方々が多いんで、老化現象でめっきり記憶力が落ちている私には覚えられなくて混乱。字幕で何回か出して欲しかった。(海外のドキュメンタリー見てると、既出の人でも字幕を出す)
「共犯関係」を隠さぬ原監督のドキュメンタリー、扱っているテーマは悲劇だが面白いとしかいいようがない。
なお、詳しい内容は《キリンが逆立ちしたピアス》で紹介されております。

それにしても「息を吸うことも吐くこともできない」とはいかなる苦しみであろうか。恐ろしくて想像することもできない。

石綿被害の訴訟は複数の地区で起こったが、その影響はあった。当時私の職場で自治体からビルの調査が来たのだ。調査、っても別に検査員が来るわけでなく、こちらの施設管理の担当者が目視するだけの話である。
確か、昭和40年代末か50年代に建てられたビルだが、当然石綿が使われている(この時代の建築物はそうらしい)。しかし「表面が塗り込められているから大丈夫」ということになった。
そうなると、もし地震や災害で倒壊・ひび割れなどあったらそこから石綿が出てしまうわけである。実質上の対策なしng さらに、床のピータイルも石綿が使われていて(これも時代によって異なる)、しかも古くて割れているのに、やはり「問題なし」で終了。ふざけるなと言いたくなった。


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2018年6月16日 (土)

「ラブレス」:サーチ・アンド・ロスト 非情の町

180616
監督:アンドレイ・ズビャギンツェフ
出演:マリヤーナ・スピヴァク、アレクセイ・ロズィン
ロシア・フランス・ドイツ・ベルギー2017年

前作『裁かれるは善人のみ』は国内で非愛国的と非難されるも、国外で映画賞に数多くノミネートされたズビャギンツェフ。この新作もオスカーは取り損ねたものの、米国ではLA批評家協会賞外国映画賞、そしてカンヌでは審査員賞を受賞している。

2012年のロシア、巷では「世界の終りが来る」という噂が漠然とした不安と共に流れている。
主人公は離婚寸前の夫婦で、夫は一流企業に勤める高給取り、モデルのような容姿の若い妻は美容院を経営している。二人にはそれぞれ愛人がいて、特に夫の相手は妊娠中。もはや関係は完全に壊れていて、双方とも別れる気満々fullである。
しかし、問題は小学生の息子がいることだ。夫婦のどちらとも引き取る気はさらさら無いのだ。互いに子どもを押し付け合う二人……。
そんな二人だから、ある夜息子が行方不明になったのに気付きもしなかったのであるdanger

失踪届を出すという騒ぎになって、徐々にこの夫婦の背景が明らかになってくる。
妻はデキ婚で若くして結婚したが、その理由の一つは実家を出たかったらしい。さらに年上の男性に惹かれるのは、不在の父親の代わりを求めているように見える。
夫はかつてはどうだったのか分からないがいい加減な性格で、年下の若い娘に目移りする性癖がある。しかも、離婚騒動が知れれば会社を首になるのを恐れている。

そして妻の実家を訪ねれば、これが恐ろしげなド田舎の一軒家。まるでD・リンチ映画にそのまま出てきそうなたたずまいである(>y<;)コワー
中にいるのは世にも猛烈な毒母bomb 見ている観客も倒れそうだ。
振り返ってみると、妻が息子の朝食の食べ方を厳しく見張って文句をつける場面があったが、実は彼女は全く同じことをこの毒母にされていたのではないかと思えてくる。


 ★注意sign01以下、結末は明かしていませんが、ネタバレ度高し。これから見るので何も知りたくない、という人は避けた方がいいかもです。


やる気のない警察の代わりに、捜索をボランティア組織に頼ることになる。そして市街や周辺の林を探索して回るのだった……。
こういうボランティア団体はロシアに実在するらしい。専門家として冷静に対処する彼らと、事件で内心を露呈しますます傷を大きくしていく夫婦が対比的に描かれる。

その内面を表象するようなそれぞれの家(部屋)の内部、そして周囲の風景--これまでのズビャギンツェフ監督の作品同様、冷徹で容赦ない描写である。

延々と続く捜索の光景、そして遂には、カメラはあきらめたように全く何も起こらない町の風景を映し出す。
廃墟のビル、森の中、川、マンションのエレベーター、バス停--。

これは退屈だろうか? いや、その変哲のない光景にさえ何かただならぬ気配が存在するのが感じられる。それは少年の「不在」の気配である。

”もうあの少年はいない””もうあの少年はいない””もうあの少年はいないのだ”

あらゆる光景がそう囁いてくる。
そして、ラストシーンに至っては……あんまりだー(ToT)と叫びたくなってしまった。
映画を見てこれほど打ちのめされたのは、久々である。私は映画館の出口をヨロヨロと這い出る羽目になった。

しかし、これはただこの夫婦だけの問題ではない。背景には体制の不穏、隣国の戦乱、市民の享楽的生活、社会の不寛容、家族関係の破綻などが存在する。それはいわゆる先進国社会では共通の問題なのだ。

正直、ズビャギンツェフ監督またやってくれたねgoodという気分だ。
特に衝撃が大きかったのは、ビルの廃墟場面。実在するものを撮影に使ったとおぼしいが、恐ろしいほどの迫力で壮絶としか言いようがない。昔の廃墟アートを想起させる。

エンドクレジット眺めてたら、夫役がアレクセイ・ロズィンだったのでビックリ(!o!) 彼は前々作でどうしようもないボンクラ息子、前作ではボンクラ警官の隣人、とボンクラ演技が絶品だった常連役者である。しかし、今回はいかにも高給取りっぽい雰囲気を醸し出してて全く気付かず(ヒゲ生やしてたしsweat01)。さすが役者であ~る。でも、そう言われれば微かにボンクラ味があるような……(^O^メ)
なお主人公の勤める職場で、同僚がくだらない冗談を言ってはヒンシュクを買う場面あり。いやー、ロシアでもオヤジギャグ言う奴がいるんだ。核兵器と共にオヤジギャグを全世界から廃絶banしよう。

さて、夫婦が子どもを押し付け合うという事案について、「これだからロシアは……」みたいな意見を見かけた。でも、こういうことは日本だってあるんじゃないの(?_?)
しばらく前の新聞記事で見たのは、夫婦が別居してどちらも子どもを引き取るのを拒否したために、なんとその中学生の娘は施設に入らざるを得なかったという。両親とも健在なのに、だ。

また、警察が失踪者の探索に熱心でないというのは、日本の警察も同じだろう。というのも、9割の行方不明は二、三日後に見つかるかららしい。
例の「タリウム殺人」の関連で見た報道(かなりうろ覚えでスマン)では、被害者の一人が行方不明になって、警察に捜索願を出したが全く動いてくれず、仕方なく家族が探偵に頼んで探してもらったことから発覚したという。もし、家族が自ら動かなかったら未だに発見されてないかも。

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