映画(最近見た作品)

2020年12月 3日 (木)

「LORO(ローロ) 欲望のイタリア」:怪人復活

監督:パオロ・ソレンティーノ
出演:トニ・セルヴィッロ
イタリア2018年
DVD鑑賞

ソレンティーノはどうも作風が苦手だけど、以前同じく政治家もので同じくトニ・セルヴィッロ主演の『イル・ディーヴォ 魔王と呼ばれた男』を見たので、今回も蛮勇を奮って鑑賞することにした。
主人公は伊首相を計9年間も務めたベルルスコーニ。メディア王にして犯罪疑惑があり、派手なセックススキャンダルにも事欠かない。
イタリア事情にうといとどんなヤツだっけ?とピンとこないが、オバマ大統領夫妻(当時)が訪れた時に「日に焼けている」などと(首相なのに)発言した人物である。そういや、トランプ大統領に似ているような。

本作もやはり社会派映画ではなく、シュールな映像にぶっ飛んだ構成である。さらに派手な美女がエロい格好でワラワラと多数登場する。
ただ150分は長すぎに感じた。そもそも元は二本の作品なのをまとめて短縮版にしたというのだから余計に訳が分からなくなる。

前半は地方でくすぶっている若い実業家が、エロくて美人なおねーさん方を集めて(オーディションまでやる)失脚し隠遁生活を送るベルルスコーニになんとか食い込もうと努力する。彼らはは日がな元首相の別荘のそばでバカ騒ぎを繰り広げる。
一方、その広大な別荘でベルルスコーニは何をしているかというと、復活を目指して陰謀をめぐらすこと、そして妻との関係を取り戻そうとすることである。
仮面のごとき笑いを顔面に張り付けたセルヴィッロが迫力である。笑っちゃうけど。

実在の政治家たちが登場するので、やはり事前にイタリアの政治情勢を予習しておかないとかなり分かりにくい。
ここでは主人公はあくなき権力欲を持っていても、もはやあがくだけの「哀れな老人」として描かれている。しかし、なんと本作が作られた後にまた国会議員として返り咲いているのだ。まさに魑魅魍魎である。
そんな権力者についてこんな映画作っちゃって監督大丈夫かしらん、と心配になったほどだ。

米・英・露・ブラジル、そしてイタリア……ろくでもないリーダーは世界のどこにでもいるのだと分かって、却って安心した。日本だけじゃないよーヽ(^o^)丿
日本版をこういう手法で作ったら面白いかも。ただ、美女盛りだくさんパーティでなくて「桜を見る会」になるが(;^_^A それはそれで笑えそうな。

「地方都市はエロい美女がいっぱいいる」というのは……イタリアではそうなのか👀と驚いた。

| |

2020年11月23日 (月)

「グレース・オブ・ゴッド 告発の時」:被害者からの脱出

201123 監督:フランソワ・オゾン
出演:メルヴィル・プポー
フランス2019年

フランソワ・オゾンがいつもの作風を封印✖ カトリック教会の聖職者による少年への性的虐待事件(実話)をシリアスに描いたものである。

とある司祭に虐待の被害を受け、数十年経過した後に告発した3人の男性をリレー形式に取り上げている。彼らは社会に広く呼び掛け、被害者団体を作って加害者の司祭だけでなく隠ぺいした教会をも告発するのだった。
だが、教会からは無視、社会からの反発など様々な困難が続く。

中年になって自分の妻や子どもに被害体験を明らかにするのは勇気がいるだろうが、身近な人の支えがなくては戦うのは難しい。そのようなジレンマがあるし、被害者も一枚岩ではない。
一人は信仰が揺らぎ、別の一人は団体のリーダーになって行動し、もう一人は完全に人生が破綻している。
さらにまだ一人いるのだが、彼は「仲間に嘲笑される」と告発に参加するのを拒否するのだった。

カトリック教会と言えば国境を越えた巨大権力組織でもあるわけで、それに対する闘いをあくまでも個人の視点から訴えている。
これらを淡々とじっくりした調子で描いていくから、所によっては単調に感じられるかもしれない。しかし、数十年間にわたる沈黙の意味と個人の煩悶を描き、さらに団体を作る経緯やその意義という面まで踏み込んでいるのはこれまでになかったことだ。
社会派作品として見る価値大いにあり💡

ところで、被害者は資産家が多いなあと思って見ていたら、加害の舞台となったスカウト活動は費用が掛かるので金持ちの子弟じゃないと参加できない、とのことである。なるほど……(;一_一)

 

| |

2020年11月 8日 (日)

映画落ち穂拾い 2020年後半その1

「悪の偶像」
監督:イ・スジン
出演:ハン・ソッキュ
韓国2019年

政治家が息子のひき逃げ事件の隠ぺいをはかる(;一_一)……というのなら、政争サスペンスだろうと思って見に行った私が悪かった。

登場人物が全員モンスター化するという斜め上どころか異次元突入の展開である。暴力てんこ盛りの終盤に至って、これは社会派ものではなくて『コクソン』と同系統だと判明したのだった。
「全員怪物」って「全員善人」と同じくらい詰まらない状況だと理解していただきたい。
またやたら長いんだよなー。見終わってガックリしてしまった_| ̄|○

素朴な疑問→一人の人物の怪物度が後半に突出して明らかになってくるのだが、そんなだったら最初から逃亡しないで凶暴さを発揮してたらいいんじゃないの?


201108「グッドライアー 偽りのゲーム」
監督:ビル・コンドン
出演:ヘレン・ミレン、イアン・マッケラン
米国2019年
DVD鑑賞。

騙されるミレン×騙すマッケラン……💥 名優二人が丁々発止のコンゲームを繰り広げるのかと思ったら、実際は全然違った。
前半はともかく、後半はにわかに重苦しい内容になっていく。見ていてこんなはずではなかった感が押し寄せるのであった。

ネタバレするわけにもいかないが、色んな要素を詰め込み過ぎな印象だった。一つのアイデアから全体を構築する力業の技術がないからこうなっちゃうのかね。
役者の「それらしさ」に頼りすぎなのもどうかと思う。
まあ、ロードショー料金払って見なくてよかったな、というのが最終的な結論である。


「SKIN/スキン」
監督:ガイ・ナティーヴ
出演:ジェイミー・ベル
米国2019年

白人至上主義者の若者の実話だそうである。今なおBLM問題密かに進行中、差別する側に焦点を合わせ密着して描いた本作はまことに時節に合っているといえよう。

冒頭に同じタイトルの短編(アカデミー賞獲得)が併映になってて、先にそれを見ただけでもう倒れそうになってしまった。内容は本編とは異なるのだがあまりにも驚異的な描写である。

その後にさらにプラスして本編2時間弱はヘヴィ過ぎだった。
少年の頃に白人至上主義グループのリーダー夫婦に拾われ、親代わりと思って活動してきた主人公。その身体には差別的なシンボルのタトゥーだらけだが、しかし心の方は段々と疑問を抱くようになっていた。

重苦しくて耐えられなくてつらい--このつらさを見続けるのは限度を越える。結末が前向きだからかろうじて救われるが、正直もう少しテンポよく短くしてほしかった(=_=)
それと、どうして主人公がグループを受け入れがたく思うようになったのかが描かれていない。(シングルマザーと出会う前から既に兆候があった)
差別主義グループを描いた映画としては『帰ってきたヒトラー』の監督の過去作『女闘士』の方が完成度は高かったかなあ。
ただタトゥー除去の場面は……絶句としかいいようがない⚡

ヴェラ・ファーミガが暖かくて冷たい矛盾した存在の「ママ」を好演。メアリー・スチュアート・マスターソンが出ていたのに全く分からず、後になって知ってようやくFBIか(!o!)と気付いた。
なおワンコ🐶が好きな人は見ないことをオススメする。


「悪人伝」
監督:イ・ウォンテ
出演:マ・ドンソク
韓国2019年

原題通り(「極道、警官、悪魔」)にヤクザと刑事と殺人鬼の三つ巴の闘いである。
シリアルキラーを捕まえるために暴走刑事とヤクザの組長が協力するという発想はよし!と言いたいところだが、暴力の三乗で刺激が強すぎて私などは胃もたれが(^^ゞ
わんこそばならぬ「わんこから揚げ」のように、食べても食べてもシツコイから揚げが上から降ってくるようだ。

マ・ドンソク組長が超人過ぎて、比べると殺人鬼が小物にしか思えないのが問題。もっとも、あの組長の車をブチ当ててさらに狙おうとする神経自体が、イカレている証明と言えなくもない。私だったら地球の果てに逃走しちゃうよ。
終盤の、狭い路地でのカーチェイスはお見事であった。

謎なのは二人の私生活の描写が全くないことである。普通、組長にはケバい愛人が3人ぐらいいて日替わりで巡回。刑事には給料の安さを愚痴る悪妻がいるのがお約束ではないだろうか。
そういうのは一切出てこない。二人の相合傘💓のシーンはファンへのサービスですかね。

ともあれマ・ドンソクのファンは見て損なし🆗--と言いたいところだったが、平日の昼間で観客が少ないとはいえ、その中で女は私一人だった。
なんで(^^?

| |

2020年10月26日 (月)

「透明人間」:見えなきゃ怖いが見えたらもっと怖い

監督:リー・ワネル
出演:エリザベス・モス
米国2020年

『アップグレード』がB級ぽいとはいえ好評だったリー・ワネル、新作は立派にA級の完成度だった。
既に古典と化している透明人間ネタとストーカーの恐怖を合体させた発想はお見事である。

DV男である恋人の豪華な邸宅から女が密かに逃走する。友人の家に匿ってもらうのだが……誰もいないはずが何かの気配が(>O<)
「誰かがいる、見張られている!」とヒロインが主張しても、観客以外の人物にはその恐怖はノイローゼか精神錯乱としか見えない。

周囲で不可解な出来事が起こり平静が保てず、身近な人間をどんどん失っていくつらさと絶望はまさにストーカー被害者の孤立だろう。そして最大の恐怖とは女の心身を支配したいという相手の男の欲望に他ならないことが明らかにされていく。
何もない空間を意味ありげにとらえるカメラ、波の轟音から微細な気配まで感じさせる音響が巧みだ。(音の良い映画館がオススメです)
音楽もかなりなもん。エンドクレジットで弦の音がグルグルとスクリーンを囲んで回っている(ように聞こえる)のには仰天した。

展開も二転三転、気が抜けずにハラドキしながら注視である。
ほぼ出ずっぱりのE・モスはスクリーンを一人で背負って立つ力演だった。正気を失った表情が迫力あり。
監督にはこれからも期待したい。

ただ、主人公と刑事の関係が今一つ不明だった。「異性だけど親しい友人」でいいのかな?(説明なかったような) 本当なら女刑事にした方がシックリくると思うのだが。それだと「男対女」みたいになっちゃうから避けたのか。

予告に出てくる場面なので書くが、この透明人間は白いペンキをかけられるよりコーヒーの粉の方が効果があるのでは?
監督の前作でも本作でも、孤独な若い富裕な男が超モダン建築な家(海辺というのも同じ)に住んでいるのだが、モダン邸宅ってこの手の映画では定番過ぎの設定だろう。
たまには緑と自然あふれるベニシアさんの庭✨みたいな家に住んでる富豪が見たいのう。

| |

2020年10月24日 (土)

「ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語」:結婚は女の墓場か花道か

201024 監督:グレタ・ガーウィグ
出演:シアーシャ・ローナン
米国2019年

恥ずかしながら原作未読であります(^^ゞ
ということで事前にあらすじと作者オルコットの生涯について解説してある求龍堂グラフィックの「若草物語 ルイザ・メイ・オルコットの世界」を図書館で借りてきて、手っ取り早く予習した。

その上でこの映画を見ると、作者自身の実話とジョーを完全重ね合わせたメタフィクションの構造となっている。で、公開決定時から「なんじゃ、この邦題は~💢」と非難轟轟だったタイトルが、この構造を実は示していた事に驚いた。……でも、やはりサブタイトルに回した方がよかったとは思うがな。
それも含めて美術や衣装から役者のキャスティングまで色々な要素がよく出来ていて完成度が高かった。
だからと言って手放しでほめたいかというと微妙である。まあ単に好みの問題だが。

あと、過去と現在形の部分を映像の色調を変えているけど区別しにくいし、過去の方が暖色系というより黄色っぽくて汚ならしい色なのが難点である。

テーマについては、「女」の問題は現代も昔も変わらないねえ。
「結婚は女の花道」とか「自立か従属か」とか「先立つものは金」とか……。
ここに口出してくるローリーって、鬱陶しいヤツだなと思っちゃった(^^;ゞ 原作でもあんな感じの男なのかしらん?

彼は長女のメグに合コン(?)目的のダンスパーティーで出会って、難癖付けて偉そうに説教するんだけど、この場面でピンクのドレス着たエマ・ワトソンがまたよく似合っててかわいいんだよねー。(衣装さん、もっとダサいドレス選んで~🆑……アカデミー賞の衣装デザイン賞取ったけどさ)
お前のようなチャラ男には言われたくねえな~(`´メ)という感じだ。逆に、女が美貌を武器にエエ男を探して何が悪い👊すっこんでろと言いたくなっちゃう。
もちろん、演じているT・シャラメはそのイヤミな部分もちゃんと出していて適役だと思いましたよ(^^)

四姉妹でどう見てもベスよりエイミーの方が年上に見えるのはわざとなのか。役者の実年齢もそうらしいけど。ベス役は『シャープ・オブジェクツ』の妹役だった。だから「妹」感が強いのかな。
脇も母親ローラ・ダーンに伯母メリル・ストリープという最強の布陣のキャスティングである。ただ、クリス・クーパーは分からなかったですよ……💦

| |

2020年10月13日 (火)

「その手に触れるまで」「ルース・エドガー」:男のいない男たちの世界

201012a 「その手に触れるまで」
監督:ダルデンヌ兄弟
出演:イディル・ベン・アディ
ベルギー・フランス2019年

「ルース・エドガー」
監督:ジュリアス・オナー
出演:ナオミ・ワッツ
米国2019年

今回のお題は「構ってほしい、異文化のはざまに立つ良い子の少年」である。共通項は「女教師」「母親」「女の子」だ。

『その手に触れるまで』はカンヌの常連ダルデンヌ兄弟がやはり監督賞を獲得した新作。
ベルギーに暮らす移民(モロッコ系?)の少年アメッド、少し前まではゲームに夢中だったのに今はネットでイスラム過激思想にはまり、地元の指導者の元に通いだす。そして母親や言葉や勉強を教えてくれた女性教師に反発するのであった。

まだ13歳なのでその直情ぶりは融通が利かず笑っちゃうほどなのだが、教師への敵意はただならぬもの、しかもシツコイとなると話は違ってくる。
とはいえ、いくら彼が幾ら信仰の鎧で身を固めてようと、現実の少女の前では崩壊してしまうように付け焼刃である。あるいはそんな中二病的世界観では健康で無邪気な牧場女子のリアリティに太刀打ちできないというべきか。

純粋ゆえの過激と無謀さを淡々と描き、そのように幼い価値観があちこちにフラフラと曲がってはぶつかる様子を見守る映画である。
もっとも私は根が疑り深い人間なので、ラストに至っても「まだやる気か(!o!)」などとドキドキしてしまったですよ、トホホ(^^;ゞ
そのラストで邦題の意味が判明するが、それでもなんだか生ぬるい感じがするこのタイトルはどうにも気に食わねえ~っ👊

言葉ではなく反復する動作を積み重ねていくのは、いつものダルデンヌならではである。
少年がイスラムの教えに沿って執拗なまでに手洗い(といってもコロナウイルス以降の世界では珍しくもなくなったが)、口の中を洗う動作の反復、そして農作業の身体の動きの積み重ね……。
こういう単純な動作をダルデンヌは撮るのがうまい。つい見入ってしまうのであった。


201012b さて、『ルース・エドガー』は宣伝や広告でかなり観客をミスリードしているが、実際には『その手に触れるまで』と構図や設定がほぼ同じである。予告がサスペンスっぽい作品のように見せていても全く違う。

主人公の高校生は常に賢くてよい子である。というのも元はエリトリア(?)の少年兵という出自で、今は米国中産階級の白人夫婦の養子になっているからだ。「更生」の証として、また養父母の期待に応えるためにはそう振舞わねばならない。そのような状況ににウンザリしている
その不満からか、身近にいる女性教師に敵意を向けるようになる。

もっとも大人をなめくさって自らの能力に疑いを持たない傲慢な若者はどこにでもいる。ただこの場合常軌を逸している。『その手~』のアメッドと同様で異様なほどに執拗なところまでそっくりだ。

『その手~』では少年の父親は不在ということだったが、こちらには身近な男性がいることはいる。しかし場当たりな反応の養父や調子のよい校長はいてもいなくても存在でしかない。
結局のところ若者の相手をしてやっているのは、やはり女性教師と母親と同じ学校の女の子であり、彼が敵対するのも利用するのもみな女なのだった。

これはまたもや「不満を抱く若者を構わざるを得ないのは女」事案ではないか。(過去の例→『ブレッドウィナー』『家族を想うとき』
「なんで女にばかりコマッタ若いもんの尻ぬぐいをさせるかなー。どうしてそんなに女に頼るの。男もちゃんと相手してやればいいのに」と思ってしまったのは事実である。

原作は芝居ということで、ほとんどは役者の会話で進行する。ここはダルデンヌ兄弟とは大きな違いだ。そして(日本でも同様なのだが)この手のあえて不愉快さをまき散らすタイプの芝居を書く者の、鼻持ちならない尊大さに辟易してしまった。

さらに加えて人種差別を扱っていながら、別の偏見を強化するような内容なのはどうよ。出自や生育環境が複雑な人間は信用できないとか、子どもの頃に暴力的な環境に育った人間は本質的に変わらず暴力的であるとか--そういう言説を半ば肯定しているのではないか。
また作り手のミソジニーがにじみだしているような部分も感じる。標的の教師はフェミニストっぽいし、東洋系のガールフレンドはまるでエイリアンのように不気味な存在に撮られている。そして母親は「愚か」である。

ナオミ・ワッツやオクタヴィア・スペンサーをはじめ、いい役者を揃えているのにねえ。モッタイナ~イ💨

| |

2020年10月 4日 (日)

「コリーニ事件」:裁かれる法

201004 監督:マルコ・クロイツパイントナー
出演:エリアス・ムバレク
ドイツ2019年

ドイツの弁護士兼作家のフェルディナント・フォン・シーラッハのミステリー小説の映画化。原作は未読。なんと原作は読んだらしいのだが全く記憶にない💦

新米弁護士が国選弁護士として引き受けた事件はなんと、彼が子どもの頃に世話になった人物の殺害事件だった。しかも、犯人は動機や関係など一切黙秘という不可解さ。
それでもなんとか弁護しようと奮闘する。

謎の解明に向かう後半にから終盤になって畳みかけるような展開に意表を突かれた。米国とはまた違うドイツの裁判模様も面白い。新米弁護士の成長譚にもなっている。

久々に見ごたえありの重厚作品だといえるだろう。容疑者黙秘の不可解な事件から浮かび上がる過去、個人が行った過去の問題行為もさることながら、さらにそれを容認する社会と法の告発へと向かう。そういうところに現代ドイツならではの作品だと感じた。

原作ではない設定らしいが、主人公はトルコ系である。かつて親しかった被害者の孫娘が主人公に向けて放つ一言が心をグッサリ刺す。あらわになるその本心がコワいのよ……。

語らぬ犯人をフランコ・ネロが演じていいて、まさに重鎮という言葉を思い浮かべてしまった。役者としても役柄としてもだ。

難点をあげると構成や展開がスッキリせず不器用な印象だった。あと音楽がちょっとうるさかった。
主人公が弁護をすると利益相反にならないんだろうか⁉
あと先輩弁護士はなぜ事件を引き受けるように勧めたのかな(?_?)

| |

2020年9月28日 (月)

「ハリエット」:聖女か闘士か紙幣の肖像か

監督:ケイシー・レモンズ
出演:シンシア・エリヴォ
米国2019年

米国で公開された時から「懐かしい(#^.^#)」と思ってぜひ見たかったものだ。
なぜ懐かしいかというと、子どもの頃小学校と中学校の図書館に新日本出版社の児童向け世界全集が入っていて(『世界新少年少女文学選』)、その中にこの映画の主人公であるハリエット・タブマンの伝記『自由への地下鉄道』があった。
それを気に入って、子どもなので何度も何度も繰り返して同じ本を読んだ。……とはいえ、××年も前の昔のことであり、内容はあまり覚えていない(^^;ゞ

時は19世紀半ば、ハリエットは米国中部メリーランド州の農場の奴隷だったが、南部に売り飛ばされそうになり脱走する。しかし逃げたままでではなく、奴隷たちを逃す「地下鉄道」の活動に参加。危険を承知で農場一帯と北部を危険を冒して行き来する「英雄」となる。
彼女はドル紙幣の肖像になることが決まっている(トランプは嫌がっているらしいが)ほどだ。

折しも米国から始まったBLM運動が世界を揺るがす真っ最中。意気込んで見に行ったのである。が、実際には歴史映画として社会構造に鋭く切り込むというような作りではなく、あくまで真面目な文科省推薦風「偉人伝」であった。教科書にそのまま載ってもいいぐらい……(・o・)
タイトル役のシンシア・エリヴォの顔力と歌声に引っ張られて見るような印象である。

恐らくは青少年が見てもいいように、農場主息子との関係が曖昧にしか描かれない(「大人は察してください」的)、ジャネール・モネイ演じる保護施設の女主人の描写が曖昧にぼかされているなど、物足りない印象がある。
とはいえ、年若い黒人の女の子たちはこの映画を見て勇気づけられることだろう。

初めて知ったのは、同じ農場の中に既に自由となっている解放された奴隷とそうでない者が混ざって働いていること。確かハリエットの夫も解放奴隷である。
あと「所有している奴隷の数で家の格が決まる」というのもオドロキであった。

史実を離れて見てみると『キャプテン・マーベル』『ハーレイ・クイン』と同じ構造を持っているのに気づく。すなわち「私に男の干渉も承認は要らない、所有もされない」だ。白人男はもとより同胞の男に対してもそういう態度を示す。
やはり同じくテーマは「女の覚醒と自律」なのである。

特徴的なのはかなり宗教性が強調されていたこと。彼女はジャンヌ・ダルクのように神がかりになって特別な能力を発揮し、象徴的存在として周囲からみなされる。
『自由への地下鉄道』ではそういう部分はなくて黙々と逃亡活動に従事していたように描かれていたので、こんな人物だったのかと驚いてしまった。

それから、黒人問題を扱った歴史ものだとこれまでメインキャラクターに一人ぐらいは「黒人を助ける善良な白人」が登場するものと思っていたけど、全く出てこなかったのは珍しい。(端役には登場する)
もはや「善い白人」は必要ないのか。あの、良い子には絶対見せられない恐ろしい『バース・オブ・ネイション』だっていたのに……。時代は変わったのであろうか?

ここにも最近流行の美男の敵役が登場。ハリエットにシツコク執着する農場主の息子は一部で人気のジョー・アルウィンが演じている。
白人の追跡者に協力する黒人の若者役(ヘンリー・ハンター・ホール)が若い頃のジミヘンを思わせる印象で注目だ。

| |

2020年9月22日 (火)

「囚われた国家」:売国ならぬ売星の輩

監督:ルパート・ワイアット
出演:ジョン・グッドマン
米国2019年

B級SF設定プラス『影の軍隊』的レジスタンスものという、かなり珍しい取り合わせの映画。といってもかなり地味な作りで、もしコロナウイルスの影響で洋画の新作が入って来なくなったという事態がなければ、大々的な公開はなかったろう類の作品である。

異星人に侵略支配された近未来の地球、侵略者は地下で地球の資源を発掘奪取して自星に送る一方、地上では傀儡政権を操り人々を支配しているのであった。
--ってモロにナチス占領下のフランスっぽい。
なのでテーマは「抵抗」、レジスタンス物の名作『影の軍隊』を引き合いに出す人がいるのも納得だ。

かつての戦争の名残か、湖岸(舞台はシカゴだからミシガン湖?)に巨大戦闘ロボの残骸が残されたままになっている光景が面白い。
人々には監視装置が付けられていて、立入禁止区域に行ったりすると異星人の探索隊がすっ飛んでくる。一方で、「昔はひどい状態だった」と侵略者を支持する人間も多いのである。

そんな中でレジスタンス活動が進められていき、ストーリーは二転三転どう進んでいくのか読めなくてドキドキしながら見ていた。
アッと驚く結末で、見ごたえ大いにありの良作だった。

難点はエイリアンの造形がキモ過ぎて、とても支持する人間がいそうには思えないこと。
それから、レジスタンスではない普通の市民の描写がもう少しあってもよかったのではないか。最近のSFなど突飛な設定を描く作品で、そういう描写を飛ばしてしまうパターンが多い。そういう背景を描かないと設定の説得力に欠けると思う。

重低音の効いたサウンドもさらに迫力を増加していた。ただ、カメラを意味もなく振るのは勘弁してほしかった。
役者ではヴェラ・ファーミガがいい味出してました。
それにしても、壁を築き格差を広げ資源を収奪する異星人とは何者を表しているのだろうかね(^^?

| |

2020年9月18日 (金)

ナショナル・シアター・ライブ「夏の夜の夢」:ブランコに乗ってさかさまに

200918 作:ウィリアム・シェイクスピア
演出:ニコラス・ハイトナー
主演:オリヴァー・クリス、グェンドリン・クリスティー
上演劇場:ブリッジ・シアター

恐らく『夏の夜の夢』は、シェイクスピア作品の中でこれまで一番見ているものではないかと思う。実演もそうだが、映画化作品や舞台収録を含めるとさらに回数が増える。
だから、もうこれ以上見なくてもいいかなと迷っていたのだが、以前に斬新な『ジュリアス・シーザー』をやったN・ハイトナー演出で、使っている劇場も同じということで見に行った。

まさに行って正解✨ これまでの中でこんな涙流すほど大笑いしたナツユメはなかったと断言しよう。

冒頭に堅苦しい修道服やスーツを着たアテネ市民が現れ、列をなして聖歌を歌いながら行進する。ここではアテネは父権主義的な統制国家であり、人々の様子は『侍女の物語』を想起させるものとなっている。
そこでの若者たちへの意に添わぬ結婚の命令は、家父長制度の抑圧に他ならない(ように見える)。

さらに意表をついてきたのは、森に舞台が移ってから。なんと妖精の王オベロンと妃ティターニアを役割交替しているのである(!o!)
つまりパックを使役して惚れ薬を塗らせるのはティターニアの方で、職人ボトムを熱愛するのはオーベロン……(>O<)ウギャーッ 一緒に嬉しそうに泡だらけのバスタブ入っちゃったりして、王様としての沽券は丸つぶれ状態なのだ。これは抱腹絶倒。
一方、ティターニアは『ゲーム・オブ・スローンズ』でも活躍したグウェンドリン・クリスティーなので威厳あり過ぎだ。

今回も客のいるフロアが上下してどんどん変形するステージになっている。立ち見の観客は森の住人&アテネ市民としてすべてを目撃だ。客のノリもよい。
加えて、妖精たちは空中ブランコに乗って人々の頭上を飛び回ってさらに盛り上げる。パック役の俳優は猛特訓したと語っていた。

「夏夢」というと、これまでどうも終盤の職人たちの素人芝居の部分の存在が腑に落ちなかった。さんざん二組のカップルがバカ騒ぎをした後に重ねて、あの間の抜けた芝居を見せられるのはなぜか(^^?
紹介のあらすじ文を幾つか読んでみたけど、どれもこの部分はカットして書いている。あってもなくても意味なくない?と思うのは仕方ないだろう💦

過去に見たジュリー・テイモア版の「夏夢」ではシロートの芝居にも胸打たれる瞬間があった--という解釈だった。
こちらではアテネ公の硬直した父権主義を揺るがすきっかけになる、というもので重要な位置を占めている(芝居自体はあっさりしているが)。
果たしてシェイクスピアの意図は不明だが、これを見て初めて職人たちの芝居の存在意義が分かったような気がした。単なるドタバタじゃないのよ。

というわけで大いに楽しめたナツユメだった。大満足である(^^)

 

| |

より以前の記事一覧