映画(最近見た作品)

2022年5月19日 (木)

「スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム」「ザ・バットマン」:歳をくっても青二才

220519a「スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム」
監督:ジョン・ワッツ
出演:トム・ホランド
米国2021年

「ザ・バットマン」
監督:マット・リーヴス
出演:ロバート・パティンソン
米国2022年

最も能天気に始まった本『スパイダーマン』シリーズ、一年目は部活にパーティ、二年目は修学旅行、そして三年目は--一気に雰囲気チェンジ⚡ 能天気なお子ちゃまメンタルだった若者が、全てを手放し自己の確立と自立への道を歩むというシビアなものであった。

思いがけない邂逅と、全てを覚悟した最後の決断。ついにこれで学校も「卒業」だ。これまでのシリーズを知る人間には、涙と感動でスクリーンを見る眼が曇るのは必至だろう。

……とは思うものの、心の隅で「やり過ぎじゃないの?」とか「なんだかなあ」などと感じちゃったのも否定できぬ。そこまで畳みかけて感動させたいか??というのは言い過ぎかな。

やはりこれはスパイダーマンが本当に好きな人にこそふさわしい映画なのだろう。
私のように各シリーズを適当につまんで見ている人間には向いてないようだ。そもそも過去作復習するの面倒くさい、などと思っている段階で失格だ~。

それにしても豪華出演陣には目がくらむ✨ 一体これで採算がとれるのか(?_?)などと心配しちゃったが、公開するなり特大大大ヒットで、あっという間に取り戻せたらしい。
まあ、とりあえずウィレム・デフォーとアルフレッド・モリナのファンは見て損なしとだけは言っておこう。

ただ、クライマックス後の状態がどういうものなのか今一つよく分からなかった。少なくともIDは存在しているんだよね。そうじゃなきゃ不法入国者と同じになっちゃう。

それにしてもパラレルワールドにマルチバース💥両方揃ったらもはやなんでもありじゃないの、などと思ったりして。


220519b 続いて『ザ・バットマン』、SNS上の略号は「ザバ」だ。
これまでのバットマンは表の顔は推定年齢30代、富豪の軽薄なプレイボーイだった。しかし、この度のシリーズでは一転してバットマンなり立てホヤホヤのまだ2年。当人は、若くて資産があるのに暗い洞窟内で孤独に暮らすヒッキーの変人として市民に認知されている。
冒頭数分見ていると「あー、今度の主人公は鬱陶しいヤツだ」と悟れる仕組みだ。

出だしはサイコホラー風に始まるのだが、主人公の謎の解明方法は旧弊なハードボイルド式だ。つまり、怪しいと思われる関係者に突撃👊し、新たな方向を示唆する証言を得て、またその対象に突撃して新たな証言を--というのを繰り返していくのである。
これではいくらリドラーが謎を出しても甲斐がないだろう。

しかも相手がシリアルキラーだったのがいつの間にか社会に不満を持つテロリストになり、最後にはバットマンに個人的恨みを抱く●人になってしまう。一体お前は何がしたいんだ。
格差問題持ち込んで「持たざる者の不幸」と言っても、たくさん持ってる奴もやはり不幸で陰々滅滅とした顔をしてるのだからどうしたらいいのかね。

街は暗い割には普通にニューヨークにしか見えず、格闘シーンは妙にモサモサしている。これはわざとだろうか?

折角のパティンソンはマスクをかぶっている時は2割、かぶってない時も前髪のせいで5割ぐらいしか顔が見えない。困ったものよ(-_-メ) これでは『ライトハウス』の方がよほどたっぷりパティンソンを眺められるぞ。ヒゲはやしてるけどな。
リドラーやペンギンはほとんど顔が分からず、中身が誰でも変わらないのではとか思ってしまった(^^;

良かったのはゾーイ・クラヴィッツとジェフリー・ライトかな。
キャットウーマンのマスクは鼠小僧っぽかった。ネズミならぬ猫娘かっ=^_^=


以上の二作に描かれたような若いモンを生暖かく見守ってやれないというのは、自分がまだ未熟者だということであろう。猛省したい。

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2022年5月 9日 (月)

「愛すべき夫妻の秘密」:笑うべきドラマの笑えない事情

監督:アーロン・ソーキン
出演:ニコール・キッドマン
米国2011年
アマゾン・プライム視聴

アーロン・ソーキンの監督脚本最新作は日本では配信のみで劇場公開がなかった。米国では劇場でも上映されたが、賞レース参加のためだったようだ。
その甲斐あってか中心の3人が俳優賞にノミネートされた作品である。

個人的にはシットコム女優ルシル・ボールを主人公にした映画だというので是非とも見たかった。というのも、子どもの頃にTVで『ルーシー・ショー』は毎週やってて大好きだったのだ。また高橋和枝の吹き替えがピッタリ過ぎで、毎回欠かさず楽しみにして見ていた。もう懐かしさの極み✨だ。

しかし、アーロン・ソーキンであるがゆえにそう一筋縄ではいかない。
映画は彼女の主演ドラマ『アイ・ラブ・ルーシー』のとある回が作られる一週間を舞台にしている。昔の時代なので、スタジオに客を入れてその前で演じて生放送する。脚本の検討から放送まで、それを一週間単位で繰り返していくのである。(過程が詳細に描かれていて面白い)

その問題の一週間に「危機」は訪れた。新聞が彼女に関するスキャンダルをすっぱ抜くのかもしれないのだ。それは「赤狩り」と「浮気」である。その二つに彼女とその夫(ドラマ内でも夫婦役を演じる)の過去の総てが凝縮されている。

才能あるが型破りで映画女優としては成功できなかったルシル、キューバ移民で苦労人だがモテ過ぎミュージシャンの夫。彼らは同じ家に暮らしながら完全すれ違い夫婦生活を送っていた。
その解決法が連続ドラマでの「夫婦共演」だった。彼女はそのために努力を尽くす。しかし、その関係が突然やって来た危機の下でどうなったのか、顛末を描くという次第である。

見始めて『アイ・ラブ・ルーシー』は夫婦出演なのに、どうして私が見てた『ルーシー・ショー』では「赤毛の未亡人」だったのかと最初疑問に思ったが、そういうことだったのかい(~o~)

迫りくる新聞発表のタイムリミット、脚本と演技の細部にわたってこだわりぬいた変更に次ぐ変更。そしておなじみ喋りまくるソーキン節の登場人物たち(字幕読むのが追い付かねえ~💦)。
加えて当時のTV業界が今では考えられないようなタブーを抱えていたのにもビックリだ。「妊娠」「出産」という設定は禁止、妊婦は登場人物になれない。「年下の夫」も「キューバ人」もダメ。
それらをぶち破ったのがルシルなのである。知らなかった(!o!)
キャサリン・ヘップバーン風な常にパンツルック、恐れを知らず妥協もしない。

ドラマに登場する「ルーシー」を演じるニコール・キッドマンはあまりにそっくりなので衝撃を感じたほどだった。ウン十年も前に見たTVの印象が脳内にまざまざと蘇ってくる。特にイタリアでブドウを踏むというネタで笑いを取る場面、ああいう感じである。
他に夫役バルデム、共演者役シモンズも好演。ソーキンより完全に役者の映画だ。

加えて、疑似回想ドキュメンタリー風の語りを入れる手法はかなり疑問だった。当人たちはとっくに亡くなっていて、役者が演じているのだからなんだかなあ。
邦題は見てみると「そういう意味で付けたのか」と理解はできるが、やっぱり訳わかんないタイトルである。なんとかしてくれ💢

それにしても米国でも若いもんは彼女のこと知らないだろう。やはり映画賞の投票者の大部分を占める高い年齢層向けか。

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2022年4月28日 (木)

「レイジング・ファイア」:香港アクションは不滅です!

監督:ベニー・チャン
出演:ドニー・イェン、ニコラス・ツェー
香港2021年

最近ではクライム・アクション、サスペンスの類いも香港より韓国映画の方が勢いが出てきていて、もはや完全に優勢になってきたのではと思っていた。
しかし間違いであった。お見それしましたっm(__)m

警部と元部下の対立、その原因となった過去の事件を背景に、ありとあらゆる種類のアクションてんこ盛りだ。ショッピングビルから狭い室内まで各種銃撃戦、スラム街の乱戦、下水道チェイス、さらに派手なカーアクション。
派手な爆弾事案があれば「ヒート」ばりの市街戦。これでクライマックスだ~っ--と思ったらまだまだ続くよ格闘肉弾戦。一年分のアクションをこれ一作で堪能した気分ですっかり満腹気分である。ごちそうさまです( ̄ーA ̄)フキフキ

さらに警察内部の不正&忖度がからむ。組織の大義名分と個人の正義との相克をどうするか、答えはあるようで無い。
そこに今の香港の状況への作り手たちの思いが浮かび上がってくるようだ。

ドニー・イェンのお肌がニコール・キッドマン並みにツヤツヤしているので、思わずスクリーンをガン見してしまった(^^;
ニコラス・ツェーの大胆にして神経質な悪役はお見事であった。
なお監督はこれが遺作とのことである。
爆音上映でもないのに、映画館の音が大きすぎてマイッタ。デカけりゃいいってもんじゃないのよ💢

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2022年4月17日 (日)

「フリー・ガイ」:黒メガネの目覚め

監督:ショーン・レヴィ
出演:ライアン・レイノルズ
米国2020年
*TV視聴

正直あまり期待していなかったので、ロードショー時には見ないでWOWOWかツ●ヤに出てくるまで待つことにしていた一作。
ゲームネタの話らしいが、そもそも私はゲームをやらん人間だしなー。

そんなわけで期待値ゼロで見始めたのだが……

なんだよ、面白いじゃねえか~っ(>O<)

オンライン・ゲーム内で銀行員という平凡なキャラクターの男、いつも簡単に殺される日常を繰り返していたが、ひょんなことから自分がゲームのキャラクターだと自覚する。そして虚構と現実の双方で「危機」が起こりつつあることも知るのだった。

ゲームをやってる人なら色々と小ネタが分かるんだろうけど、全くゲームしない人間でも単純に楽しめた。
粗暴で巨悪なキャラクターを現実で操っている人間が全くかけ離れているのが笑える。特にチャニング・テイタム扮する強面傭兵集団ボスの実像が情けなさ過ぎ(;・∀・)

そもそもなぜ男が真実に目覚めたのかという謎解きがなるほどと納得し、発生した「恋」の行く末をどうするんだと思ったら、そういう風に解決するのかと感心した。アクションとドタバタ展開だけじゃなくて、隠しメッセージもあって鑑賞後感はスッキリ&ポジティヴだった。
終盤の目まぐるしいゲーム世界の映像も鮮やか。
平凡さを出したレイノルズは好感度高い主人公。ジョディ・カマーはゲームキャラとリアル人間の差をよく表していた。

原作のないオリジナル作品で大ヒットになるのは最近では珍しいそうである。よく出来ている。
ところで疑問が一つあり。ゲーム内の展開は毎日クリアされるが主人公の記憶だけ残っているという展開だよね。
ということは、彼は毎朝誰かをぶん殴って黒メガネを入手しているのかな(^^?
それからジョン・カーペンターの回顧上映の予告を見ててふと思ったのだが、「黒メガネをかけると真実が見える👀」というのは『ゼイリブ』が元ネタなのだろうか。

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2022年4月 5日 (火)

「ダ・ヴィンチは誰に微笑む」「皮膚を売った男」:アート界の一寸先は金

220405a「ダ・ヴィンチは誰に微笑む」
監督:アントワーヌ・ヴィトキーヌ
フランス2021年

「皮膚を売った男」
監督:カウテール・ベン・ハニア
出演:ヤヤ・マヘイニ
チュニジア・フランス・ベルギー・スウェーデン・ドイツ・カタール・サウジアラビア2020年

『ダ・ヴィンチは誰に微笑む』はカネにまみれた美術市場を題材にした仰天のドキュメンタリーである。

突如、出現したレオナルド・ダ・ヴィンチの絵画「サルバトール・ムンディ」。
なぜか米国の民家の廊下に飾られていたのが「発見」され、2005年にニューヨークの美術商が13万円で購入。「修復」して鑑定を行ったものの結果は曖昧なまま真作として公に英国の「ダヴィンチ展」で展示される。

そのまま様々な国の色んな人物が絡んで値段がどんどん上がっていく。
怪しいと判断してサザビーズが扱わなかったものを、クリスティーズが現代アート路線のような派手な宣伝をして競売にかける。
裏付けもなく確実ではないものに大金を出す。最後の落札額はなんと510億円💴
証言するのは、美術商、研究者、ジャーナリスト、オークション会社、学芸員、匿名の(モザイク入り)フランス政府関係者などなど。もはや虚像でしかない価値に振り回される様相を、ドキュメンタリーとして確実に洗い出していくのであった。

うさん臭い人物が次から次へと登場するのがたまらない( ̄▽ ̄)
『テネット』にそっくりなロシアの実業家(まさにこれが「オリガルヒ」というヤツであろう💥)も一時の所有者となる。自由港を所有してそこの倉庫に美術の収集品を保管してあるって、そのまんまじゃないですか。モデルにしたのかしらん。

結局、今あの絵がどこにあるのかは判然としないそうだ。
名作も一寸先は闇。アートの世界は奇々怪々⚡転がる絵画に苔は付かない……けどマネーは増える。もうバカバカしくて面白い。

ところで、過去に紹介した『アートのお値段』というドキュメンタリーで最後に登場するのが実はこの「サルバトール・ムンディ」だった。
これを見た時に投機の対象となる現代作品をなぎ倒して最高額を得たのがこの「古典」作品だったというオチで驚いたのだが、実は現代アート売買の手法を取っていたというのならさもあらん、である。

220405b
さて同じ現代アートつながりの『皮膚を売った男』、こちらは劇映画だ。

シリアで迫害を受け難民となってレバノンに逃亡した男が、なんとか恋人のいるベルギーに行こうとする。その時、アーティストから奇抜な申し出を受ける。背中にアート作品としてのタトゥーをして、自ら「美術品」となってビザを取得するというのである。
もちろん、美術展で「展示」される義務など負わなければならない。

人間ならダメだけど芸術作品なら移動できるとはどういうことだろうか。現代アートと難民と自由の問題に鋭く迫る着想だ。

……ではあるが、発端は辛辣でもその後の展開はなんだかパンチに欠けている。見てて消化不良な気分になった。コメディタッチで世界の矛盾を皮肉る作品と解釈すればいいのかね。

実際に存在する(人間の背中にタトゥー)作品によって着想したらしい。その作者自身も端役で出演している。従って、現代アートの在り方にかなり親和的である。
アーティストの大半は詐欺師同然などと思っている人間にとってはやや肩透かしな内容だ。

ただ美術館のシーンなどは撮影の工夫が凝らされ非常に美しい。モニカ・ベルッチが特出。
アートの未来を躊躇なく信じられる人向け。

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2022年3月26日 (土)

「パワー・オブ・ザ・ドッグ」:大いなる西部で叫ぶ

220325 監督:ジェーン・カンピオン
出演:ベネディクト・カンバーバッチ
米国・イギリス・ニュージーランド・カナダ・オーストラリア2021年

本来ネトフリ配信作品であるが、開始前の映画館特別上映で見た。
1920年代のモンタナで牧場を営む兄弟。威圧的で容赦がない兄に対し従順で大人しい弟--正反対の二人であったが、長年共に過ごしてきたらしい。

驚くのはいい歳した兄弟なのに同じ一つのベッドに寝ていることである(狭苦しい💨)。部屋がないわけではなく、住んでいるのは立派な大邸宅なのだ。しかし、弟が近隣に住む未亡人と結婚したことから関係が揺らぐ。
前半は突然に変化した生活に、兄フィルに扮するカンバーバッチの悶々としたアップが続く。同時に再婚相手のローズにとっても同じ屋根の下に暮らすのは大きな圧力だった。

そして彼女の連れ子の少年が牧場に現れたことでさらに変化が生じ、後半は何やらサイコホラーかサスペンスか、みたいな雰囲気になってくる。『2001』のリゲティを思わせるJ・グリーンウッドの音楽が煽ってさらに拍車をかける。
そして、中心の4人の誰もが最初に見た通りの人物ではないことが徐々に明らかになるのだった。

その中でも特に浮かび上がってくるのは一人の孤独な男の肖像である。宣伝の段階で過去の別の映画が引き合いに出されていて「こりゃネタバレだっ(!o!)」問題が生じたけど、それよりも連想するのは『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』だろう。

傲慢で粗野と見えて実は大学出で教養があり手先も器用、何一つ表面には見せないという矛盾に満ちた人物像をカンバーバッチは的確に演じている。
対するキルステン・ダンストのローズは、幸福を願いながら細いヒールの足元みたいに不安定。弟(ジェシー・プレモンス)の優しさと穏やかさは無神経と紙一重、そして軟弱な息子役のコディ・スミット=マクフィーもジワジワと来る。
彼ら4人の演技は全くもってケチが付けようがない。

こんな内容ではネットフリックスでしか資金を出してくれないなーと思う。一方、モンタナの広大な風景(実際のロケ地はニュージーランドだが💦)の美しさは大スクリーンで見なけりゃソンソン👀のレベルだろう。
案の定、サム・エリオットがこんなのはカウボーイじゃない<(`^´)>とケチをつけて話題になった。同じくモンタナの牧場とカウボーイたちを描く(と言っても、現代のだが)TVシリーズ『イエローストーン』を作っているテイラー・シェリダン監督ならなんと言うだろうか。聞いてみたいところだ。

問題は、兄弟のバックグラウンドが仄めかされるだけでよく分からない部分があること。両親との関係も不明である。
それと前半のテンポがゆったり過ぎなのが難点だ。

今年のアカデミー賞では最多11部門ノミネートとなった。はてどのくらい取れるだろうか。俳優部門は4人とも入っているけど難しいようだ。カンバーバッチは主演男優賞確実と思ったものの、ウィル・スミスの方に行くのかな……(?_?)
スミット=マクフィーは、まるで金子國義描く若者みたいで思わずスクリーンをガン見してしまった。


さてその後、物語の背景を詳しく知りたくなって原作小説を読んだ。
版権の関係なのか、なぜか角川文庫と早川書房のハードカバー版が数か月の差で出版された。しかも書名が、冒頭に「ザ」があるかないかという微妙な差をつけている。
値段を考えれば文庫版一択だ……が、本屋で散々迷って見比べた挙句(スイマセン)早川の『ザ・パワー・オブ・ザ・ドッグ』(山中朝晶訳)を選んだ。説明的な部分の訳文が丁寧な印象を受けたからである。値段は3倍だけどな(;^_^A

原作小説はトマス・サヴェージが1967年に出したものだ。読んでみて映画はかなり原作に忠実だったことに驚いた。
ローズの食堂でのトラブルや、終盤のフィルと少年が関わる過程はわりとあっさり短めの記述である。映画の方が長く膨らませている。

原作に詳しく描かれているのは、ローズと先夫のなれそめと結婚生活だ。夫がどのように死に至ったのかはかなり重要だろう。
それから兄弟の若い頃のエピソード。特に面白かったのはフィルが西海岸の名門大学に入学した時の「事件」だ。資産家の子弟ということで、数多ある友愛会から勧誘がひきも切らず招待された。しかし、入会決定最終日に彼は学生たちに小バカにした態度を見せて全てを否定して立ち去ったのである。
そのとばっちりで二年後に弟が入学した時には、期待して待ち構えていたのに誰も誘ってくれなかったという……(^O^;)

とにかく彼は「俗物」が嫌いなのだ。その代表は自分の両親であり、結局牧場から追い出してしまう。そして今や「俗物」の最たるものがローズなのである。
彼女の未熟なピアノも我慢ならない(元々は映画館で無声映画の伴奏をやっていた)。映画内でも描かれていたが、芸術の才能にも秀でた彼はバンジョーで楽譜なしで彼女より遥かに正確に同じ曲を弾ける(ちなみに、バンジョーは非常に演奏が難しい楽器らしい)。
またフィルは年にニ、三回しか床屋に行かない(弟が車に乗せて町へ出かける)とあるが、そうなると行く直前は手入れなしのロン毛にモジャモジャ髭という恐ろしい外見になってたはず⚡

というようにフィルとローズの心理状態はかなり詳細に描写している。ローズが大邸宅の中で孤独に追い詰められていく様子はまるで『レベッカ』のようである。
あと先住民の父子について二章をさいて描いているが、映画では一瞬しか登場しない。

全体としては異なる人物の異なる時期の各エピソードのつなげ方がやや乱暴に投げ出されているような気がした。そのせいか読後は映画よりアッサリ感がある。
もっとも「衝撃のラスト」を事前に知って読んだせいかもしれないが。
発表当時、舞台となっている1920年代は既に古めかしい過去の時代となっていただろう。しかし懐古するのではなく、突き放した極めて現代的な物語となっている。

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2022年3月14日 (月)

「ほんとうのピノッキオ」「ホフマニアダ ホフマンの物語」:よい子には見せられねえ~!古典名作映画化作品

「ほんとうのピノッキオ」
監督:マッテオ・ガローネ
出演:ロベルト・ベニーニ
イタリア2019年

「ホフマニアダ ホフマンの物語」
監督:スタニスラフ・ソコロフ
ロシア2018年
*TV録画視聴

よい子は絶対鑑賞禁止💥 悪い大人にだけ推奨の2作を紹介したい。

まず、最初は『ゴモラ』『ドッグマン』などのマッテオ・ガローネ監督が、自国の超有名童話を実写映画化した『ほんとうのピノッキオ』である。
「ピノキオ」といやあ誰でも知っているよ(^O^)bと言いたいが、実際に原作をちゃんと読んだ人は少ないのではないか。私も小さい頃に絵本で読んだ気がするが、ほとんど覚えてない。かろうじて記憶しているのは鼻がのびるところぐらいだ。

原作が出たのは19世紀末、その当時の社会をあくまでもリアルに小汚く描き、背景として奇想天外な教訓話が進行していく。
木片の時から暴れん坊(^^?なピノッキオは、作り主のジェペット爺さんが質入れして買ってくれた教科書を持って学校へ向かうはずが人形芝居小屋へ行ってしまう。
こりゃ、悪い子というよりは欲望と好奇心に素直に従って気まぐれに動いているような感じだ。おかげで波乱万丈な物語は紆余曲折して続くのであった。

その世界は醜悪で精緻、グロテスクと華麗さ、卑俗と潔癖が同居している。
子どもたちを集めて売り払う人さらい、厳しく代償を要求する雑貨屋、虐待と紙一重な体罰の学校などが登場するが、実際に当時存在したものだろう。
そんな写実の中にカタツムリの侍女(かなり不気味)、忠告・説教するコオロギ、サルの裁判官などどれも違和感なく溶け込んでいる。人形芝居の操り人形たちはあくまでも糸が付いたまま動くのだった(^▽^;)
最後はメデタシメデタシで終わるが、なんとなく湧き上がる「これでいいのか」感も含めて、まさにそのままの映画化といえる。

ただ、ワルモノのネコとキツネだけは人間っぽい外見なのはなぜなのだろうか。しかも、彼らの食い意地の迫力と終盤のヨレヨレと哀れな姿の描写は全くもって容赦がない。
なおピノッキオたちを海で助けるマグロ(?)には久しぶりに「人面魚」という言葉を思い出した(^^;;;コワイヨ~

ジェペット爺さん役は『ピノッキオ』にこだわりを持つロベルト・ベニーニ。なに、今年70歳だって? 若い💡

もうこの「ピノキオ」が本場もんで本命、これ以上のものはないっ❗……と断言したいところなのだが、ロバート・ゼメキス監督、爺さん役トム・ハンクスで映画化進行中らしい。(ただし、ディズニーなんで過激な描写は期待できず)
それどころか、ギレルモ・デル・トロもストップモーション・アニメ製作中だとか。
今なぜピノキオなのか? その謎を解くためにはさらにオタクの密林奥深く探検隊が進まねばなるまいよ。


ドイツの作家E・T・A・ホフマンというとオペラ『ホフマン物語』バレエや『くるみ割り人形』『コッペリア』で知られるのだが、そのどちらの世界にも疎いのでこれまで名前を聞いたぐらいだった。
『ホフマニアダ』は彼が夢想した物語群を、作者自身の境遇と共に映像化したロシア製ストップモーション・アニメである。
この手法は『ホフマン物語』と同じものらしいが、取り上げられている小説は異なるようだ。

しがない官吏生活に汲々とするホフマンは、歌劇場に就職を目指しつつ幻想的かつ悪夢的な物語を綴る--。
それらは彼自身を取り込んで、陰鬱な生活の周囲に万華鏡のように断片として散りばめられ、観る者を幻惑する。
その映像の印象はコワい・キモい・エロいの三拍子~🎵 こりゃ圧倒された。

特に「砂男」の部分はドロドロした悪夢のよう。映画館の大画面で観たら恐怖で震え上がりそうだ。良い子にはとても見せられねえ。夜中にうなされちゃう。
木の枝に絡んだヘビ娘の色気たっぷりの妖しい動きよ。見ていいのは悪い大人だけ!
渾身の力を込めて描かれたいかがわしさに感動するのは間違いない。

作ったのは老舗アニメスタジオだそうだけど、これからもプーチンの横暴に負けずエロくてコワい作品を出してほしい。

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2022年3月 5日 (土)

映画落穂拾い2021年後半これでラストだ編

落穂拾い感想についてはこれで2021年鑑賞分はようやく最終となります。(1本立てはまだまだ続くよ💦)

220305a「リスペクト」
監督:リーズル・トミー
出演:ジェニファー・ハドソン
米国2021年

アレサ・フランクリンの伝記映画--といっても描いているのは半生のみ。少し前にドキュメンタリーとして公開されて評判となった教会でのゴスペル・コンサート、その再現がクライマックスになっている。

若くして歌手として注目されるも、高名な牧師である強圧的な父親から逃れた先はダメ男なDV夫であった……というのは才能ある女の宿命なのか。
それに反するように、女の自立と団結が曲で歌われる。その時々の境遇や信条にふさわしい歌をうまく当てはめて使用されている。
さらにJ・ハドソンの熱演&熱唱と、父役のF・ウィテカーのサポート演技が光る。

音楽関係の場面も見どころが多い。最初の録音のスタジオでのどうにもうまくいかない雰囲気。
そしてよく知られるマッスル・ショールズ録音場面は、これまで伝え聞くのみだった。それが、これまた有名な(?)殴り合いシーンも含めて実際に目にできる嬉しさよ✨である。

ただ、ちょっとたるみを感ずる部分もあった。ハドソンの声はやはりアレサ本人とは違うなーと思ったり。でも歳を取るにつれて貫禄の付いた歌い方にしていくような小技は、さすがと言える。

映画のラストは30歳ぐらいだっけ? その後も色々と紆余曲折あったはず。なにせ私が初めてラジオで彼女を聞いたのは、さらにこの数年後である。ライヴ場面で盛り上げて終わりとしちゃうのは最近の流行りのようだ。

帰宅してミュージック・マガジン誌のアレサ特集を掘り出してみた。テッドについては「ほぼ女衒」と書いてあって、そりゃ大変だ~💥


「悪なき殺人」
監督:ドミニク・モル
出演:ドゥニ・メノーシェ
フランス・ドイツ2019年

「藪の中」だと事前に聞いてたが、そうではなくて人物ごとに同じ事件の経緯を繰り返して最後に玉ネギをむくように真実が明らかになるという仕様だった。そこには「幻想の愛」という一つのテーマがある。

そこで「予想もつかなかった」「そう来たか!」と感心するのか。それとも「いくつかの話を無理につなげただけじゃないの」「なんだかなあ」と思っちゃうか。人によるだろうけど、私は後者だった。
どうもフランス流のユーモアは苦手かも。

冒頭のヤギの場面はいつの時点なのか結局分からなかった。(最後の最後なのかな)
なお、犬を熱愛する人には鑑賞をオススメできません。


220305b「ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男」
監督:トッド・ヘインズ
出演:マーク・ラファロ
米国2019年

マーク・ラファロがプロデューサー兼主演で大企業を撃つ❗といった趣な、実話を元にした映画である。

「テフロン」加工で有名なデュポン社による環境汚染と健康被害の責任を追及した実在の弁護士が主人公だ。係争は長期にわたり未だ継続中である。
普通ならばドラマチックに盛り上げそうだが、そうはならずに淡々とした語り口だ。
事件に関わることによっての逡巡や悩みがジリジリと続く。それは勇壮なヒーロー像とは異なるものである。敵はあの手この手を繰り出し、現実の闘いはスッパリと終わらない。

ラファロは惑う男を演じて、演技賞ものであった。ティム・ロビンスも忘れちゃいかん。ビル・プルマンは見て最初分からなかったですよ(;^_^A

見ていて複数の日本の公害事件を思い出さずにはいられなかった。従業員に対して事実を隠して工場内で人体実験を行うとは、人間のやることではない(>O<)
ここでも出た!膨大な箱詰め文書。それにしても文書が残っていることは大切である。

……のではあるが、昔CNNで耳にした(別の作品の)映画評のフレーズ「ためにはなるが旨みのない、自然食のような映画です」というのを思い出してしまったのも事実。身体に悪いものも食べたくなっちゃうのよ~🍔

ところで、舞台のウェストバージニアって米国内でどういうイメージなんでしょうか?

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2022年2月15日 (火)

「MONOS 猿と呼ばれし者たち」:進撃の小人

220215 監督:アレハンドロ・ランデス
出演:ジュリアンヌ・ニコルソン
コロンビア・アルゼンチン・オランダ・ドイツ・スウェーデン・ウルグアイ・スイス・デンマーク2019年

いずこの国かは不明だが、南米とおぼしき山岳地帯。8人の少年兵が米国人女性の人質を監視しつつ暮らしている様子が描かれる。詳しい説明は何もない。
たまに監視役が来るぐらいなので部活みたい。一同、遊び半分で訓練やったりして「ごっこ」っぽくもある。このように最初はのんびりした雰囲気だったのが、ある出来事をきっかけに段々と混沌と狂気へと転がっていくのだった。

指令が出て今度はジャングルへ移動すると、完全暴走してすっかり『地獄の黙示録』状態へと変わる。
緊張感が空気に常に充満し、不穏過ぎる劇伴音楽が拍車をかける。
高山の風景は壮絶だったが、その分美し過ぎて不吉だ。ジャングルの方は湿気がビッチョリして不快指数200%は間違いない。

ただ、緊張がダラーンと長く続くので観客のこちらも精神的に耐えられなくなって、見てて疲労困憊した。「一体どうなるんだろう」と思って見てたけど、結局どうにもならなかったとゆう……(*_*;
描かれる膠着状態はある種の「退屈」の連続でもあるのだが、それが作品として描かれた「退屈」なのか、作品自体が退屈なのか区別が付かないのだ。
こんな気分になるために金払ったのかなあ((+_+))と自問自答してしまった。

ランボー役やってるのは女の子だったと後で知ってビックリだ❗
監督はブラジル人とのことだが『進撃の巨人』見たことがあるのだろうか。なんとなく連想した。見たとしたらアニメだろうけど。
河の中の水泡のシーンは、以前に埼玉近代美術館の展覧会で見た映像作品を思い出した。

 

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2022年2月11日 (金)

「ハウス・オブ・グッチ」:見出しは東スポ、記事の中身は……

監督:リドリー・スコット
出演:レディー・ガガ、アダム・ドライヴァー
米国2021年

恥ずかしながら、三度のご飯よりもゴシップやスキャンダルの類いが好きな性格だ。この映画、予告を見るとモロにその路線ぽいではないか。有名ブランド一族の化かし合いらしいぞ!? 期待に胸が高鳴っちゃう。
事前の予想は、もうラーメン食べに行ったら、スープの脂とダシが濃くてコ~ッテリ、太麺がドンと投入されてるし、こりゃもう食いきれねえー。これ以上食ったら血圧とコレステロール値が爆上がりだーっ⚡と白旗を上げたくなるようなドロドロの映画に違いない。
そしたら結果は

予告が一番面白かったかな……(・o・)

なんかすごーく軽い塩味で薄いスープを通してドンブリの底の模様が見える。間にヒョロい麺が数本見え隠れして泳いでる、みたいな感じなのだ。
個性のあり過ぎな人物を演技力のある役者にやらせて様々な具を投じてもケレン味はなし、スープ自体がおいしくなるわけでもなかった。

中心人物たるグッチ家のマウリツィオが「アダム・ドライバーの外見をしている」以外の個性がないのは大問題だろう。弁護士志望の青白いインテリかと思えば、妻の実家の労働者たちと仲良く付き合えるし、妻に押されてマクベスよろしく共犯関係を結んだはずが、突然イヤになって別の女に乗り換え--って、このくだりは突然の展開で前触れも伏線もなく心境の変化も不明である。

レディー・ガガ扮する妻も同様で、見た目「ガガっぽい」で全てを押し切ろうとしているかのようだ。彼女がマウリツィオに積極的にアタックしたのは欲に眼がくらんだだけではなく愛情があったに違いない--というのは、ガガのファンならそう考えたくなるかもしれないが、作品内に何一つ描かれてない以上その推測は牽強付会だと言われても仕方ない。

『パワー・オブ・ザ・ドッグ』では登場人物全員が見た通りの人間ではないことが明らかになるわけだが、逆にこちらの映画では全員見た通りの人間である。
というか、見た目以外の特性はない。ジャレッド・レトに至っては全身やり過ぎ感横溢している。

それと、一体何を描きたかったのか分からないのも困ったもんだ。成り上がり女の「毒婦伝」なのか、男社会の中で抑圧された「女性の自立と逆襲」か、またはセレブとなった一族の「お家騒動」、はたまた有名企業の「同族経営の弊害と危機」、あるいはファッション産業史における「老舗ブランドの栄枯盛衰」--そのいずれでもなさそうだ。
あと、ファッションを扱っているのに全くファッショナブルではないのが意外だった。

結局「こういう事件があった」という以上のものがなくて残念無念である。どうせなら、東スポ記事ぐらいにやってほしかったのにさ……。
見出しにつられて記事を読み始めたら途中で、ん(?_?)なんかおかしいなと思ってよくよく見てみたら隅に「広告記事」の文字を見つけた、てな調子だ。
やはり私は監督のリドリー・スコットとは相性が悪いようである。

そういや、グッチ家の遺族はこの映画を批判しているそうな。でも、一家がもう経営に携わっていない(と、ラストに説明字幕が入る)企業としてのグッチはいい宣伝だと考えているのではないかね。
「グッチ銀座は劇中に登場するバッグや服など、ブランドの歴史を象徴するアーカイブを店内に展示している」と新聞記事にあった。ついでに銀座の地下道の柱に映画の広告やってた(数十本の柱のモニターにずらっと同じ宣伝が流れる)のも費用出したんじゃないの。←疑り深い奴(^ω^;)

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