音楽

2024年4月 1日 (月)

「マエストロ:その音楽と愛と」:悩み相談・妻が段々コワくなっていきます。どうしたらよいでしょうか?

240401 監督:ブラッドリー・クーパー
出演:ブラッドリー・クーパー
米国2023年

ネトフリ配信前の劇場公開で鑑賞。
レナード・バーンスタインの半生を描いた作品ということで、クラオタな方々の間で話題沸騰💥……というようなことはなくて一部の映画ファンがザワザワしていたようだ。なにせプロデューサーにスコセッシやスピルバーグが入っている。
さらに直前には監督・主役を兼ねるB・クーパーの付け鼻が「いくらユダヤ人が鼻が大きいといったって大きすぎでは」と批判されたというどうでもいいニュースまで流れた。

実際見てみるとバーンスタイン像のうち「音楽」は2ぐらいで「愛」が8くらいの割合を占めている。よって彼の音楽家としての活動をよく知っている人が見るのが前提だろう。何も知識のない人が見たら、多分「音楽の偉い人」としか思えないはず。

妻とのなれそめとその後の結婚生活の紆余曲折を描いたといっても、妻の方は女優としてのキャリアを放棄したことについて不満を持っているのかどうかまず不明。子どもができてスターの妻として彼を支えてどう思っているのか。「浮気」については出てくるけど不和の原因はそれだけだったのか。

その根本のところがはっきりしないので「なぜか妻が段々コワくなっていく」という不条理な話になっちゃう。バーンスタインの方の事情も曖昧な描写なので判然とせず。
結局のところ夫婦の出会いといさかいに終始した印象だった。ドラマとして見ていて面白いかというと、観客それぞれというしかない。
まあ子どもたちが本作を全面支援しているようだから仕方ないのかね……。

美しい映像や凝った構図、面白いカメラワークには目が奪われる。巨大「スヌーピー」の出現するタイミングに驚いたり。でも前半モノクロで後半カラーにした意図は不明だ。いや、意図はあるんだろうけど効果的なのかは疑問である。

ブラッドリー・クーパーのソックリなり切りぶりは迫力である。監督・主演だけでなくさらに脚本・製作にも入っているという大活躍だ💨 妻役のキャリー・マリガンはキュートかつ怖いが果たしてオスカーにノミネートされるほどだったかはどうかな。

メイクアップはソックリぶりを助けるだけでなく、高齢になってからのシワやシミの作り込みも力業である。オスカーのメイクアップ&ヘアスタイリング部門候補も納得の出来(獲得はできなかったが)。
上映が終わった後に数人の女性客が、最後に登場する(エンドロール中に)指揮場面は本人かどうかでさかんに議論していた。
あれは本物の映像でしょう。まあそんなに分からなくなるほどにクーパーがそっくりだったというわけだ。

もう一つ印象に残ったのは喫煙場面がやたらと多いこと。みんなタバコ吸いまくっていて、それこそキスする時も吸いながらなのである。食卓で食事しながらも当たり前だ。確かに昔はみんなどこでも吸っていたが、いくらなんでもここまでやるか💀だ。

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2023年8月24日 (木)

「TAR/ター」:立てば指揮座れば作曲歩く姿はハラスメント

230824 監督:トッド・フィールド
出演:ケイト・ブランシェット
米国2022年

今年度上半期最大の話題作・問題作なのは間違いなし⚡
ケイト・ブランシェットが、ベルリン・フィル初の女性主席指揮者にして同性愛者、激しい権力志向、セクハラ、パワハラ当たり前という特異な人物を、事前の予想を遥かに超えて見事に体現していた。主人公の秀でた才能(と実は必死の努力も)と共に尊大さ、卑賎さを容赦なく描き出している。
彼女の個人芸をみっちり見せられたという感があり、もう頭からしっぽまでケイト様がギュギュッ🈵と詰まっていると言ってよい。

人事権を振り回し、能力無視でお気に入り奏者をえこひいき、専横のナタで一刀両断、小学生に対しても手心は加えず。返す刀で「差別野郎のバッハの音楽は聞かない」という学生を厳しく問い詰めてとことんやり込める。

だが一筋縄にはいかない。映画としては持って回ったようないわくありげなシーン続出、どうも鼻をつままれたような気分だ。そもそも常に彼女を隠し撮りしているのは誰だ? ラインで悪口書き合っている二人も誰かは明確でない。演出脚本編集映像、何一つそのままには受け取れぬ。頭が混乱してくる。
一体どう見たらいいのか(◎_◎;) そもそも一回見ただけでは分からない(一瞬で通り過ぎる場面が重要だったり)箇所が多数というのもなんだかなー。

ホラーっぽいのも余計に混乱に拍車をかける。幽霊やら怪奇現象が主人公の混乱による幻影でなくて、実際に出没しているという設定ならもはや何でもありだ。
そのせいか、人によって解釈が様々に分かれる。いや、見た人の数だけ解釈はあると言っていいだろう。

そもそも敵が多いうえに、栄光の極みでキャンセルカルチャーがらみで失脚する。その没落後の描写に結構時間をかけているのに驚いた。これが鼻持ちならない横暴な中年男だったらラストシーンは皮肉だと思えるが、ブランシェット扮する主人公はあまりに魅力的なのもあって、どん底を脱した前向きな結末に見える。

ラストをアジア蔑視、ゲーム音楽差別と見る人も多いようだ。しかし、それまでを思い返してみると指揮者と演奏家(あと作曲家も)の中だけで展開して「聴衆」は登場しない。なにせ冒頭のインタビューで「リハーサルですべて完成してしまう」と語っているぐらいだから、本番の演奏で聴衆がどう反応しようと関係はないのだ。
作曲家-指揮者-演奏家で成立する閉ざされたサークル--しかしラストで初めて聴衆が登場するということは、主人公にとって新たなフェーズに入ったことを示している。過去の因縁の堆積、栄光と失敗の歴史などからほぼ逸脱しているジャンルと聴衆だからこそ新しい未来は可能となる🌟と思えた。

変な映画に違いないが面白かったのは確か。158分もあっという間だ💨 ただトッド・フィールド監督の作品は初めて見たが、他のも見たいという気にはあまりならなかったりして……。
ケイト・ブランシェットは実際にオーケストラを指揮したり、バッハをピアノで弾きながら講釈したりと驚くべき役作り。さらにほぼ画面に出ずっぱりだが全く飽きさせない。
最終的にアカデミー主演女優賞を取り損ねた問題については、たとえ神技に近い怪演といえどアカデミー賞の性格上、投票者が「ケイトはもう既に貰ってるし、これからもまたチャンスがあるはず」と考えてミシェル・ヨーに投じても仕方ないなと思う。私だってそうしたかも。

また、クラシック音楽についてのウンチク話や議論がかなり多かった。指揮者論に始まり、音楽と時間の関係、過去の作曲家についてなどやたらと長く語られる。クラシックファンが食いつきそうな内容なのだが、燃え上がっているのは映画ファンの方が圧倒的に多かったのは不思議だ。
クラシック音楽業界の歴史というかゴシップというか、あまり詳しくないのでこちらのブログ評はかなり参考になった。過去の指揮者の因縁、レコード蹴っ飛ばし場面の意味、英国音楽は下に見られている、などなど。

そして問題の「バッハは20人も子どもを産ませた差別主義者だから作品を聞かない」である。まあ、わざと分かりやすくバカバカしい例を選んだのだろうと思うけど(^^;
この発言した学生への攻撃を主人公はやり過ぎだという意見を幾つも見たが、冗談ではない。私だったら廊下の端まで投げ飛ばしてやる~(`´メ)
バッハ先生の名誉のために、同時代作曲家の子どもの数を調べてみた。正直言って作品数はあるが実際の子どもについては記述のないものが多い。

テレマン10人、ドメニコ・スカルラッティとブクステフーデ5人、シュッツとラインケン2人。ヘンデルは諜報活動にいそしんでいたためか0人、あとヴィヴァルディもなし--って一応カトリックの司祭だから当たり前か。
ということでバッハの20人はさすがに多いという結論になる。もっとも最初の奥さんと添い遂げてたらこんなに多くはなかったと思うが。
そんなことを言ったら、今の世に8人目の子どもができたと発表したジョンソン元英首相はどうなる。ミック・ジャガーも8人いるらしいがあくまで公称で、はて実際は😑

それと現在だって子どもが多くても犯罪にはならない。一方、ジェズアルドなんか浮気した妻と相手の男とついでに自分の子どもまで殺害している。現在の日本の基準で言えば死刑間違いなし(゚д゚)! でもジェズアルド作品は普通に聞かれてるよねー。


今回他の人の解釈を知りたくて色々と検索したが、文章よりYouTubeでの動画投稿で語っている人が遥かに多いのに驚いた。米国からスクリプト取り寄せてまで分析している人がいたり。
もはやテキストベースで周回遅れで映画の感想書いている時代ではないのね(+o+)トホホ 自らの無知を反省である。

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2023年8月 6日 (日)

「モリコーネ 映画が恋した音楽家」:見てから聞くか、聞いてから見るか

230806 監督:ジュゼッペ・トルナトーレ
出演:エンニオ・モリコーネ
イタリア2022年

最初は見る気がなかった。なぜかというと157分⏩という長尺だし、モリコーネが担当したような昔のイタリア映画はほとんど見てない。トルナトーレ監督の『ニュー・シネマ・パラダイス』だって未見なのであーる。
しかしあまりに絶賛評を多く見かけたので行ってみた。

その結果、なるほどこれは映画館で鑑賞するのがデフォルトだと納得した。だって映画音楽なんだもん(*^▽^*)
そしてタイ焼きのように頭からシッポまでモリコーネとその音楽がギュッと詰まっている印象である。堪能しました♪

ドキュメンタリーとしては本人や周囲の人々のインタビューで彼の経歴をたどっていくわけだが、最初から順風満帆なわけはない。音楽学校へ行ったものの就職口がなく、クラブやキャバレーで演奏したり編曲したり。
映画音楽の世界へと進むも、当時は低級な音楽とされていたため恩師と疎遠になる。売れっ子になって様々な作風で実験的な試みをしたり、と思えばまたオーケストラ路線に戻したり。
色々と事情あってキューブリックとの仕事を逃したのは残念無念とのこと。もし仕事してたら二人でチェスを指したかな。

というようないきさつを実際の音楽と共にたっぷりと見せて聴かせてくれるのだった。
私は未見の作品があまりに多くて反省。本作を見た後に『ミッション』をようやく鑑賞した。本人は絶対にアカデミー作曲賞を獲得すると確信していたのに、なぜか取ったのはハービー・ハンコックという……❗❓

非常に多くの人々が彼について語る中、パット・メセニーが何度も登場してて、彼がモリコーネに傾倒しているのを初めて知った。同じような方向の音楽を目指しているらしいこともだ。
メセニーの音楽はガチなジャズからオーケストラを付けたような作品まで多種多様で、チャーリー・ヘイデンとのアルバムではカバーしてもいるが、取り上げたからと言ってそこまで傾倒しているとは思わなかった。
しかしそういわれてみれば納得である。

近年、音楽ドキュメンタリーが次々と公開されているがその中でも見ごたえ聞きごたえ大いにありの一作だろう。

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2019年4月 2日 (火)

このスピーカーを墓標にしてくれ 初心者モード・オーディオ購入記

先日、アンプとスピーカーを買い替えた。そもそもは買って10年経ってないマランツのアンプが音がたまに出なくなったことが原因。実は買って4年目には完全に出なくなり修理してもらったことがあったのだ。また故障では買った方がいいと考えた。
しかしCDプレーヤーならともかくアンプが10年もたないとはひどい。どうなってんだ。

まずどこで買うか考えねばならぬ。前に買った秋葉原の電気店は既に閉店している。かといってオーディオ初心者もどきが専門店行っても相手にしてもらえないだろう。 仕方なく量販店にする。数店回ったがAV売場はどこも大きいが、音楽のオーディオの方はあまり力が入ってない。
試聴スペースが広い店は常駐の店員がいないし、店員がいる所は試聴スペースが貧弱。困ったもんである。 結局、店員が常駐している所に行ったが、果たしてその選択が正しかったのかどうか。
で、価格帯と重量(重すぎて自分で持ち上げられないのは困るので)の条件を言ったら、ほとんど選択の余地はなかった。

すすめられたのはデノン(私の世代だとデンオンと書いてしまいそう)とマランツ。後者には今使ってるヤツで懲りたのでデノンを選んだ。
ちなみに、その前に他の系列の量販店で試しに重量の多いアンプは困るのでと聞いてみたら、「軽いですよ~」とか言って、なんと真空管のヤツをすすめてきた。トーシロに真空管なんか売りつけるな!

しかしデノンのアンプの問題は端子の数が少ないこと。同クラスのマランツのアンプなら端子がたくさんあるのに、デノンにはないのだ。
私が持っている機器を繋ぎきれないという問題が発生。 CDプレーヤー、CDレコーダー、カセットデッキ、アナログプレーヤー、FMチューナー、TV音声。
TVは光ケーブルにするとしても数が足りない。結局あまり普段使ってないカセットデッキとCDレコーダーを使用時にプラグを差し替えることで決着した。 時代とはいえ、このデノンにはチューナー用の端子がないのにはビックリ。代わりにネットワークオーディオの端子に繋ぐしかなかった。

スピーカーの重量が結構あるので、自宅に設置に来てもらった。担当のおにーさんはAVの方は詳しいようだったが、オーディオ系はよく知らないらしく(これも時代か)「PHONO」の意味が分からなかった。おかげでアナログプレイヤー繋げる端子がないと言い出す始末であった。これにも驚いた。
もうひとり来た年下のおにーさんの方は結構詳しいらしく、そこら辺は知っていた。しかし、カセットデッキについては「さすがにこれは分かりません(@_@;)」と、使い方を全く知らないようだった。

スピーカーはブックシェルフ型を買うつもりだったのが、ついうっかりお高いトールボーイ型を選択してしまった。そのため自分では設置できず……。 20キロ以下なら持ち上げられるかと思ったけど、移動する時は横に引きずるしかない。大丈夫なのか自分でも不安である。

このような苦労はあったが、実際に聞いてみると価格に比例して音が良くなったのは確か。もう自分が死んだら墓石の代わりに使ってもらうしかない。
音が変わったのは古楽、R&B。意外にも正統的なアメリカンロックやフォークはあまり変化なかった。
古楽で通奏低音がバリバリ聞こえるようになったのは嬉しいぞ。コントラバスの弓さばきまで目に見えるよう。
結局、音質の変化以前に今まで聞き取れなかったような微細な音が聞こえるようになったのは大きい。もう何十回も聞いた大貫妙子のCDかけたら、これまで気付かなかったバックのアコギの音が聞こえたのには驚いた。

逆にロバート・グラスパーのような情報が多いサウンドを聞いてると疲れてしまう。困ったもんだ。しかも大して音量あげてないのに超低音がズンズン響き過ぎで音圧高く、下の階に響いたらどうしようと思うほどだ。この手の曲をかける時にはトーンコントロール変えるしかないのかね。

これで一件落着と言いたいところだが、前のアンプと同じ頃に買ったCDプレーヤー(これもマランツ)がやはり調子悪く、消費税上がる前に買い替えるしかないという--。金が出ていくよ~\(-o-)/
それと、スピーカー良くしたらコードも交換した方がいいと言われた。で、勧められたのがなんと1メートル1万円💥
そんなの左右の分買ったらプレーヤーが買えちゃうわいっ<`~´>

 

 

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2011年2月 8日 (火)

さらば池袋HMV

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1月の末に池袋HMVのクラシック売場に行ったら改装工事中だった。掲示を読むとこれまで別区画にあったポピュラー系やDVDなどの売り場を全部詰め込んでしまうらしい。

ついに来る時がキタ━━━(>y<;)━━━!!
少し前にワールド・ミュージックやサントラのあった売り場のスペースが統合されちゃった時からいつかこうなるだろうとは予測していたのだが。
HMVはネット販売中心に移行するという方針だと聞いていたから、完全撤退しないだけマシなのか

で、今日、たまたま池袋行ったんで新装開店を見てきたわけだ。
その結果は……もう二度と行くことはあるまい、池袋HMV(T_T)/~~~サヨーナラ~

あっ(+o+)でもポイントが少しだけどたまってたはずだから、使わなくては
ジェフ・ベックのライヴでも買って終わりにするかなっと。
と思ったら、ネット販売でもポイント使用できんのね(^^)ゞ

もうあとクラ売り場で使えるのは渋谷タワーと銀座ヤマノぐらいか。新宿タワーは担当者変わったせいか、何気に「ぬるい」んだなー。

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2010年12月30日 (木)

「未来型サバイバル音楽論」

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USTREAM、twitterは何を変えたのか
著者:津田大介+牧村憲一
中公新書ラクレ2010年

牧村憲一という人は団塊世代で、シュガーベイブから始まってプロデューサー業に携わり、さらには渋谷系の立役者ともなった人。彼と津田大介との対談、過去と現代そして未来の音楽シーンを展望するそれぞれの文章を交互に挟むという体裁の本である。

正直、ネットで自分の作品を発表したいような人には非常に役立つ内容であるが、私のように聞き手オンリーで、加えて携帯型音楽プレーヤーを使う気もない人間には将来がどうなるかは読んでもあまり見えてこないのであった。
日本のレコード業界でのレーベルの勃興については「なるほど、そうだったのか」と面白かったけどさ。

音楽CDの売り上げは激減しているそうだが、一方でネット配信も横ばいらしい。一体、どうなるんですかね( -o-) sigh...


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2005年9月30日 (金)

レコードの溝の間に潜む何ものかについて

学生の頃は金が無かったので、秋葉原から御茶ノ水まで歩いて(秋葉原までは定期があった)中古レコード屋を漁りに行った。当時は輸入盤は高くて3000円ぐらいしてたので、安いレコードや日本で廃盤になってしまったものは中古で漁るのがもっぱらだったのである。(注-もちろんCD出現以前のヴィニール盤の頃の話)

そんな風にしてレーナード・スキナード Lynyrd Skynyrd のアルバムも中古で買った。その中古盤は既に散々聴かれたのかジャケットも盤面もヨレヨレしていたが、私はさらに何十回も聴きまくった。きっとレコードの溝がすり減って深くなった事だろう。(^o^;

後にCDが普及するようになってからは、また彼らのアルバムをCDで買い直した。ヴィニール盤で揃えて持っているにもかかわらずCDでまた揃え直したというのは、彼ら以外はランディ・ニューマンと、このブログ及びハンドル名の由来となっているスティーリー・ダンぐらいである。

しかし、それほどレーナード・スキナードのことを好きだったにもかかわらず、当時から長い事ウン十年にも渡って溶けない疑問があった。それは--
「どーして、ファーストからサード・アルバムは大好きなのにそれ以降の作品は今イチに思えるのであろうか?」
ということだった。

彼らは米国南部出身のいわゆるサザン・ロックに分類されるバンドだ。バンド名を冠したタイトルのファースト(1973年)を出して以来、一貫して豪快なギターを売り物にしたコシのあるハードなサウンドが特徴であった。それはどのアルバムでも変わりはない。しかし、どういう訳か「好きだーっ \(^o^)/」と言えるのは三枚目までで、四枚目以降は「ビミョ~」になってしまうのであった。どう聴き比べてみても、曲作りといい、サウンドといい、演奏といい、それほど変化はないと思えるにも関わらずだ。
データ的にはプロデューサーがそれまでのアル・クーパーからトム・ダウドに交替した、ということぐらいしかない。でも、実際の違いはド素人の私にはよく分からないのであった。

さて「ミュージック・マガジン」誌9月号を見ていたら、そのアル・クーパーのインタヴューが載っていた。長い事活動をしていなかったが、なんと日本の方が再評価されていて、
それがきっかけでまた現役復帰したのだという。
そのインタヴュー記事の最後の方にレーナード・スキナードの話が出てくる。それによると、二枚目のアルバム(記事では「最初のアルバム」となっているがアルの勘違いだろう)の名曲「スイート・ホーム・アラバマ」でアコースティック・ギターを入れるように進言したのは彼であり、またあの印象的な女声コーラスを後からダビングして聞かせて、使うようにバンドに納得させたということもやったとの事だった。

そもそも「スイート・ホーム・アラバマ」はニール・ヤングが南部男をけなした曲に対する「よそ者が何を言うかね」というアンサー・ソングだが、女声コーラスやアコースティック・ギターによって何となくノンビリした諧謔的な響きになっている。それをアル・クーパーが作り出していたものとは意外であった。
 

彼らが曲を聞かせてくれると、僕の頭の中には完成したレコードが聞こえる。それは神から授かった才能なんだ。

米国のロックバンドの多くはレコード・デビューの前にクラブなどの演奏で経験を積んでいて、既に自分たちのサウンドを確立しているはずである。特にライヴやってなんぼのハードロック系のバンドなんかは、ライヴの生きの良さをそのまま伝えるのが録音の主な目的だろう。(まあ、中にはレコードと違って現物聞いたらあまりにも下手くそなんで、あらビックリというパターンもあるが)
しかし、それでもなお実際のバンドの出す音とレコードの溝に刻まれる音の間にある何ものか--目には見えず耳にはしかと聞き取れないモヤモヤした何ものかが存在し、それを金魚すくいのようにサッとすくい上げて最良の形にするという作業を、優れたプロデューサーは成しうるものだったのだ。そして、そのサウンドのわずかに思える差がプロデューサーの個性の違いとなるのだろう--。

というわけで、ウン十年越しの疑問がこのインタヴュー記事でようやく解けてスッキリしたのである。

なお、レーナード・スキナードって何それ(?_?)という人はこちらのネットラジオ局でヘヴィ・ローテーションでかかっているので聴いてみるといいかも知れない。「JUKEBOX」のコーナーからは聴きたい曲をリクエストもできる。ただ「クラシックロック」と言っても全体的にかなりハードロック寄りのようなので苦手な方はご注意。

それにしても、「スイート・ホーム・アラバマ」の入っている「セカンド・ヘルピング」ってなにげに名曲ぞろいのアルバムであるなあ--と、今回久しぶり(ウン年ぶりぐらい)に聴いてみて改めて感じた(ジャケットのデザインは今イチ……今ゴ今ロクであるが)。

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2005年7月19日 (火)

MDに呪いをかける

TEAC製のMDデッキが故障してしまった。買ってまだ二年である。
そもそもこれを買ったのは、数百枚ある(これでも引っ越しの時にウン百枚捨てて来たのだ)LPレコードを、将来のためにダビングしておこうと考えたからである。将来のためというのは、今あるレコードプレーヤーが壊れてしまった時のことだ。

テープデッキは二台あるが、カセットテープはもうすぐ消滅してしまうのではないかと予想したのだ。だから、テープに録音したライブ番組などもダビングしようと考えた。
それまで、私はMDプレーヤーを持っていなかった。音楽は家でしか聴かないので(ウォークマンの類いは昔一台買ったきりだ)、MDというメディアには全く縁がなく、触るのも二年前が初めてだった。

しかし、実際の所ダビング計画は遅々として進まず、単にNHK-FMのクラシック番組を録音しただけであった。長時間録音できるので、その点だけはカセットテープよりいい。
結局6枚分だけ録音した。

そして--7枚目にしてデッキはぶっ壊れてしまったのである!
ちゃんとタイマーをセットしたのに、録音されていない。おかしいと思って取り出そうとすると、中でゴトゴトいってるだけでディスクが出て来ない。何回かいろんなボタンを押してみてようやく出て来る。最初ディスクに欠陥があると思って交換してみたが、同じ事であった。
たった6枚しか録音していないんだよっ! なんで壊れるのかっ。
全然モトが取れてないぞ!!ゴルァ

さて……どうしたものか。
保証期間は過ぎているので、修理を頼むと出張代を取られてしまう。加えて部品交換なんぞしたら、たちまち購入価格と大して変わらなくなってしまう。かといって、秋葉原の購入店まで手で持って運ぶなんてとてもできない。

ということで、今の私にできるのはMDというメディアが衰退して、この世から早く消えてしまうように呪う事だけであった。くっそ~~、許せん(`´メ)

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