書籍・雑誌

2026年4月 8日 (水)

「幻想文学怪人異人列伝」

260408 国書刊行会編集長の回想
著者:磯崎純一
筑摩書房2026年

サブタイトルにある通り、編集者が澁澤龍彦から山尾悠子まで担当した様々な文人たちのエピソードを綴ったものである。担当した書籍・全集は1984年の『フランス世紀末文学叢書』から2023年『アーサー・マッケン自伝』まで、約40年間に渡る。
『肉体の死と悪魔』とか『日本幻想文学集成』など当時(一部で)話題となった懐かしい書名が頻出する。

全集については小説家や評論家に編者として作品選択や解説を割り当てて担当してもらう。とある人に依頼したら、他巻の担当になっていた橋本治や須永朝彦(二人ともまだ若い頃)と一緒にされたくないと断られたことがあったという。
--などという興味深いウラ話も色々とあり。

個人的には松山俊太郎、須永朝彦の章が興味深かった。松山はあまりに「怪人」過ぎる、こんな人物がいるのか💥という印象だ。
彼の『奇想礼賛』は買ったはいいけど積読となっている。すみませーんm(__)m 読みます。

須永朝彦はお懐かしや!てな印象だ。彼が関わった新書館の本はよく目にしたし何冊かはまだ持っている。しかし実際にはその活動は多岐にわたっていた。
「この摩訶不思議な作家から感知していたあのクィアな肌触り」それに魅せられた著者は長く付き合い、彼の死、さらにその死後のことまで綴っている。それはかつての〈幻想文学〉の栄枯盛衰に重なるようである。

私も年寄りになった証拠か、当時の幻文系ファンダムの熱気なども思い出したりした。今でははるか遠い記憶だ。

国書刊行会という出版社は全く異なる二種類の本を出していて、以前から果たして「同じ会社とは信じられない」などと疑ったものだ。しかし最終章では就職してから初代社長との因縁を描いており、会社の由来を読んで納得した。

文中に「弥縫策」とか「筺底」などという読み方も意味も分からない単語が出てきて焦った。お恥ずかしいっ💦


なお奥付の著者略歴を見ると、別名で古楽関係書に執筆者として参加とあり驚いた。なるほど国書刊行会から出ていた『古楽CD100ガイド』はそういうことだったのか……。

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2025年12月29日 (月)

「迷宮」上・下

251228 著者:マイクル・コナリー(古沢嘉通・訳)
講談社文庫2025年

ロス警察の未解決事件班担当刑事レネイ・バラードのシリーズ新作である。
冒頭から銃とバッジを盗まれるという大ピンチに陥る。バレればクビじゃすまないという事態だ。なんとか取り戻そうと密かに犯人探しをするが……。

上巻の帯には「議事堂襲撃事件犯による大規模テロを阻止せよ」とあり、下巻は「ブラック・ダリア事件の真相に迫る」となっている。
車上荒らしというある意味チンケな犯罪から、そんな大事件(それも全く種類が異なるもの二件)に一作の中でつなげられるのかと思ったが、ちゃんとたどり着いているのには驚いた。
それはバラード個人の大活躍もあるが、それだけでなく同時に地道な捜査のたまものであることも示される。超人的なヒーローものではなく、あくまでも警察小説の形を取っている所以だろう。

後半にかなり驚く展開があり、そういうところをあざといまでの力業で成立させてしまうのがいかにもコナリーらしい。
やたらとうるさい上司、上層部同士の対立、他の部署との駆け引き--今回も捜査を阻む警察組織の暗部がいやというほど描かれている。

バラードの「師匠」である先輩元刑事のボッシュも老いたりとはいえ登場するが、それよりもボッシュの娘マディの活躍貢献度が大きい。私の脳内イメージでの彼女はTVシリーズと同じになってしまい困ったもんである。
ボッシュの方は明らかにTVのT・ウェリバーとは異なるタイプのはずだが(コナリーは人物の外見の描写をほとんどしないので確信はない)これも脳内が浸食されつつある(>_<)
今回新たに登場した警察本部長は「背が高く、男前」で黒人、スーツではなく制服を着て登場する。となるとどうしてもドラマの方の本部長役ランス・レディックの顔が浮かんでしまう。彼は2023年に亡くなっており、それが本作をコナリーが書いている途中だったかどうかは不明だが、意識的に「キャスティング」したのだろうか。

未解決事件班はバラード以外は皆ボランティアというのが強調されていて改めて色々考えた。警察側の理由は経費節減だろうが、ボランティアする側(引退した捜査関係者など)はいざ大事件となれば拘束時間が長くなるだろうから割に合わない気がする。
それとも捜査は三日やったらやめられない、損してもやりたいということだろうか。

次作はこれまでのシリーズに関係ない全くの新作だと訳者あとがきにあってビックリした。もちろん出たら読むけどさ。

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2025年10月 9日 (木)

「磔の地」

251009 著者:ジェイムズ・リー・バーク(吉野弘人 訳)
新潮文庫2025年

お懐かしや刑事ロビショー・シリーズが復活した!
彼が暮らすルイジアナ、かつて組合運動家が惨殺されるという事件が起こり二人の遺児は児童施設へ送られた。しかもその現場を父親と共に発見したのは少年時代のロビショー自身である。
歳月が経ち、遺児たちが戻ってきた。姉は気鋭の社会派フォトジャーナリスト、弟は映画監督として--。
これで何も起こらないわけがない。

主人公の危惧の通り、事態は徐々に転がり始めて留まることはない。
何か事件が起こって犯人を捜すという形ではなく、小さな齟齬や過去の因縁が膨れ上がって破局に向かっていく。スッパリ割り切れる所はないのだ。
ラストで綴られる彼の感慨が全てを語っている。

豊かで美しい自然描写、地域に根付く歴史の暗い影、錯綜する人間関係……かつてのシリーズと同様に堪能した。
1998年出版の本書がなぜ今訳されたのかは分からないが、取りあえず日本語で読めたことは大いにメデタイ。

ジェイムズ・リー・バークの作品は二つのシリーズがそれぞれ角川文庫と講談社文庫から出ていて、その10冊は今でも持っている。ページの紙はすっかり黄色くなってしまったが……。
なぜシリーズ途中で訳されなくなってしまったのか?当時疑問に思った。本国で作者が書かなくなってしまったのか、それとも日本で海外ミステリブームがちょうど終わったからか。
その頃は知る手段がなくて分からなかったが、恐らく後者かなと思えた。

本書巻末の著作リストを見るとロビショーのシリーズは最近まで続いているようだ。ぜひとも続きを出してくださいませ(^人^;

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2025年8月18日 (月)

「私立探偵マニー・ムーン」

250818 著者:リチャード・デミング(田口俊樹 訳)
新潮文庫2025年

1948~51年に米国のミステリ雑誌に掲載された7編の短編が収録されている。主人公は大戦帰りで片足を失った義足の私立探偵。若い頃の乱闘で鼻が曲がるなどして自他ともに認める「醜男」であるが、不思議なことに美女にモテモテ✨である(美女はもれなく毎回登場)。

不可解な殺人事件、頭をぶん殴られて気絶、銃を突きつけられて絶体絶命、謎の女に怪しいカジノの経営者--などなどハードボイルドの定番がこれでもかと揃っている。しかし、起こる殺人事件は密室だったり、第一容疑者に鉄壁のアリバイありとか凶器が行方不明になったり一筋縄ではいかない。
そしてなぜか最後は探偵が一同を集めて必ず事件の謎解きをするという本格ミステリ・モードになるのだった。これは驚きである。

主人公をひいきにしてるんだか嫌いなんだかよく分からないデイ警視を初め、レギュラー陣も充実。古さを全く感じさせない(これは訳者の功績もあるだろうが)。隅から隅まで楽しめる一冊である。

作者はE・クイーンのゴーストライターをはじめTVドラマ小説版、ノンフィクションまで幅広く作品数も多くて、こんな人がいたのかとこれまたビックリだった。

ところでIMEの日本語変換で「ぶおとこ」が変換できなかった。否定的な意味の単語だからかな(?_?)

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2025年7月12日 (土)

「魂に秩序を」

250712 著者:マット・ラフ(浜野アキオ 訳)
新潮文庫2024年

「新潮文庫史上最厚」と銘打たれた文庫本である。確かに厚い😦
主人公は多重人格者。自身の内部に「家」を築いてなんとか他の人格と共存していた。ところが職場に来たバイトの娘も多重人格なのが判明。その出会いが謎を引き出し、さらなる混乱を生む。

まず、人格が統制できずに次々と変わるのを自らの視点から見る描写に驚く。ほんの一瞬後のはずが、実際は何日も経っていて全く知らない場所にいるとか。パニックになっても仕方ない。
しかしそれよりもさらに多重人格になる原因となった親の虐待の描写が恐ろしい。あまりにコワくて泣いちゃうぐらいだ。
一方で、酒好きの人格が勝手に飲みまくって泥酔して失敗--というパターンが繰り返されるのはやや不満である。

トラブル発生が連続して起こり過ぎて、主人公がこだわる「謎」の解決はどうでもよくなってしまうのはなんだかなあとも感じた。
そして、長い! その原因は起こったこと全てとそこにあるもの全てを描写しているからだろう。「省略してもいいんだよ」と言いたくなる。
その結果が、片手では持って開いていることもできない分厚さになっているのではないか。

「最厚」といっても分冊にすればいいじゃないかと思うが、そうすると価格は倍近くになってしまうから、あくまで一冊にこだわったのかね。それとも厚さで目を引く戦略か。
とにかく読んでて(持ってて)疲れた。

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2025年4月26日 (土)

「タイタン・ノワール」

250425 著者:ニック・ハーカウェイ(訳:酒井昭伸)
ハヤカワ文庫2025年

タイトルからなぜか土星(の衛星)を舞台にしたSFミステリかと思い込んでいたが違った。タイタンは神話の巨人のことだった。
舞台は恐らく欧州のどこかの都市(ギリシャ?)、近未来といってもテクノロジーが発達しているようには思えない。唯一異なるのが若返り医療が存在し、それを受ければ不老不死(少なくとも病気や怪我は克服)となることである。

それは薬剤の投与によるものなのだが、実は一気に若返るものの身体が巨大化してしまう。金がかかる上に都市を支配する一族の血統やコネも必要となる。かくして長身・長命の金持ちと、貧民は目に見えて分断される。

そんなSF設定であっても、主人公の私立探偵が事件を探って回るのはむしろ古めかしいまでの正調ハードボイルド世界なのだ。
富裕層が住む街に対して反体制派が集う下町、クラブでの乱闘、怪しい暗黒街の顔役、軽口をたたく探偵は必ずぶん殴られて失神する。定番が揃っていると言ってもよい。

そのアンバランスさが面白かったが、いかんせん長い。設定を説明するだけで長くなるのは仕方ないとはいってもなー。
続編書くつもりらしいと解説にあったが本気かな(^^?

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2025年1月 5日 (日)

「エイレングラフ弁護士の事件簿」

250105 著者:ローレンス・ブロック(田村義進 訳)
文春文庫2024年

弁護士の看板を掲げながら法廷には立ったことない男……いや正確に言えば、その男が扱うといつも裁判が開かれる前に事件はカタが付き依頼人が無罪放免になってしまうのである。
そんな事件が12件、約40年に渡りその「事件簿」に書き足されてきた。

中には自分が犯人なのを認めている者にさえ彼は「あなたは無罪です」と断言し、「無罪にならなかったら依頼料は不要」とさえ告げて、いつの間にか釈放に至ってしまうのだ。摩訶不思議とはこのことか。
しかし彼は金の取り立てには厳しい。いわゆる成功報酬というヤツである。彼の手腕を認めず金額の大きさゆえケチろうとするならば、また牢獄に逆戻りしてもおかしくない。

詩を愛し、頭のてっぺんからつま先まで徹底した洒落者のこの男は、カネはかかるが最強(恐?)弁護士として認めなければなるまい。

昨年末の各種ミステリベストテンにランクされた本書、ブロックの短編の名手ぶりがいかんなく発揮されている一冊だ。

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2024年10月15日 (火)

「復活の歩み リンカーン弁護士」上・下

241015 著者:マイクル・コナリー(古沢嘉通 訳)
講談社文庫2024年

リンカーン弁護士シリーズもはや7作目である。
刑事ボッシュシリーズの方は遂に終了し、そのまま主人公も永久消滅か(T^T)とファンを涙目にさせたたあの日から一年経った。しかし、なんと彼は異母弟のリンカーン弁護士の新作で復活しているじゃありませんかっ。

前回の事件の絡みでハラーの下には冤罪事件の依頼が殺到、ボッシュは取り上げるかどうか検討する調査をもっぱら担当することになる。警察に所属していた頃は使えていたツールが使えず四苦八苦。ボッシュの章は三人称、ハラーの章は一人称で交互に描かれる。
選ばれたのは夫を殺害したとされる妻の事件。既に事件の裁定は受け入れて服役中なので、再審ではなく人身保護を請求するという仕組みである。素人にはなかなか難しい。

腐敗した警官、金もうけ第一のチンピラ弁護士……冤罪が起こった闇が明らかになると共に、裁判の方も山あり谷ありの展開。その手際は相変わらず見事である。
なによりもファンにとっては、ハラーの車の運転席にボッシュが座っているということ自体が嬉しいのであった。

ただ、聖書を踏まえた書名の邦題はもう少し何とかしてほしかった。いくらなんでもそのまんま過ぎだろう。
なお米国では既に出ているコナリーの次作は女性刑事バラードのシリーズらしい。これまた楽しみで待ちきれない~(#^.^#)

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2024年4月27日 (土)

「奏で手のヌフレツン」

240427 著者:酉島伝法
河出書房新社2023年

この作者の本は以前『皆勤の徒』(短編集)を読んだが、タイトル作は非常に読みにくい作品だった。そのせいか結局感想を書けずに終わった。
本作はそれに次ぐくらいに読み進めにくい長編である。

恐らくは、閉ざされた球体の内側の表面(裏面?)に築かれた世界に人々が暮らしている。
その中のとある家族の年代記--といっても単為生殖し苦痛を教義として信仰する生命体なのだ。外見は細かくはどのようなものか分からない。一応、人類と同じようではある。

その球体には五つの町がある。5個の太陽がめぐり、選ばれた人々の108本の脚によって支えられ宙を進んでいく。それをコントロールするのは音楽--らしいのだがこれまたどうなってるのか正直分からない。

読みにくいというのは、文中に使用されている形容の単語が三重ぐらいに表象を裏切っているからだ。それは脳内にイメージを直接築くのを妨げる。

例えば煩悩蟹(ぼんのうがに)、節苦(せっく)、爛蛋(らんたん)、焙音璃(ばいおんり=楽器)といった奇妙な名称があふれている。それだけでない。「彗星」とはこの世界で「馬」の役割を役割を果たす生物で、その外見は大きな甲虫でありロープを伝って上下移動もするのだ。
しかし読むとどうしても「彗星」のイメージが浮かんで邪魔されてしまう。

なぜこのような異様な世界になったのか。どうも過去に何か罪悪と災厄が起こったためらしいことが匂わされている。
そうなると生活がいかにかけ離れているようでも、もしかしたらこれは人類の一部が行き着いた未来の姿なのかもと疑ってしまう。

そんな中、終末の予兆が起こる……。これは一度破滅しかけた世界が再生へと向かう力業の物語である。

難点は一族の中で歴代の主人公となる者たちが性格の違いがなくて、みな同じように思えることだ。しかも登場人物みんな名前が4~6文字の似たような語感のカタカナになってて区別が付けられねえ~( ̄д ̄)
あ、でも単為生殖だからそれでいいのか(^O^;) でもきょうだいの違いはあるんだよねえ。

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2024年4月14日 (日)

「フキダシ論 マンガの声と身体」

240414 著者:細馬宏通
青土社2023年

「いろんな種類のフキダシが紹介されてる本だろう」と、気軽な本かと思って読み始めたら全く違っていた。マンガのフキダシがいかに読者の視覚を枠やコマを超えて導いていくかという考察なのだった。

コマ割りについてはこれまで色々と論じられてきて本も複数出ている。しかしそれとはまた異なるものだ。
一つのフキダシには話し手、その相手、語られる内容がおのおの存在する。しかもそれらが必ずしもコマ内に描かれているとは限らない。複雑に絡み合って紙面での展開を認知させていく。

よくよく考えるとそれを読み取るのはある種の能力である。マンガを読むことができないという人がいるのも納得だ。
三原順作品を分析した章があるが、フキダシと読み手の視線とさらには登場人物の視線が大胆に交錯しており目が回りそうだ。
翻って考えればマンガ家はそれだけ高度な作業を恐らくはほとんど無意識で行っている?ということだろうか。凡人には不可能なことである。

取り上げられているマンガは時代もジャンルも様々である。一番古いのは『のらくろ』だ。その中の一枚絵の分析には感心した。フキダシが時間と空間を構築する。

 

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