文化・芸術

2022年4月26日 (火)

東京・春・音楽祭2022 ミュージアム・コンサートを聞く

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今年も恒例ハルサイのミュージアム・コンサートに行ってきました(^^)/
会場は3回とも東京都美術館講堂です。

「フェルメールと17世紀オランダ絵画展」記念コンサート1
演奏:名倉亜矢子&永田斉子
2022年3月20日

修復成ったフェルメール「窓辺で手紙を読む女」を見ようとする人でごった返す都美術館。到着した時には既に展覧会のチケットは当日分完売の表示が出ていた。

展示場とは反対に位置する講堂は開場時間になっても人が少なく静かなもんであった。--と思ったら、以前は自由席だったのが指定席になってたのね(^^;;;
全然気づかなかった💦 危うく適当な座席に座ってしまうところだった。

プログラムはフェルメールと同時期の作曲家の歌曲をソプラノとリュートで演奏するというもの。特にオランダ人のホイヘンスという作曲家を軸にして構成しているとのことだった。
彼は王子の秘書官にして詩人、リュート奏者、作曲家でレンブラントとは知り合いで、フェルメールとは生没年が近い人物である。

登場する作曲家たちは名前も聞いたことのない人物が多かった。ヴァレという人は当時のオランダの代表的なリュート奏者だが、フランス生まれで恐らくプロテスタントであるためにオランダへ行ったとか。なかなか聞けない曲がほとんどで貴重な機会であった。
ホイヘンスがフランス志向がありパリで楽譜を出版したということで、ランベールの歌曲でラストとなった。

空気の乾燥のせいか名倉氏の声の調子がベストではないように思えた。そうでなくとも残響のない会場で歌うのは大変だ~⚡
リュートも音は明確に聞き取れるものの、潤いのない響きになってしまい残念だった。やはり会場は重要である。

この時は上野動物園がまだ休園しているのに驚いた。フェルメールの絵の行列もパンダの行列も同じぐらいだろう。激混みの美術館はよくて、220426b
なんで動物園はダメなのさ(-_-メ)


「フェルメールと17世紀オランダ絵画展」記念コンサート3
演奏:上尾直毅
2022年3月30日

この日は上尾氏がフェルメールと同時代のオランダで演奏されたとおぼしきチェンバロ曲を演奏した。
探してみたけれど意外にもオランダの作曲家のものは少なかったという。当時の人は他国の曲を楽しんでいたらしい。

エウェーリンク、フローベルガー、ダングルベールなどの中で、ステーンウィックという作曲家はなんと本邦初演だそうだ(!o!)
オランダに留学していたこともあって、当時の音楽事情、宗教家より商人が強かったとか、アムステルダムの土地柄など解説話が尽きず、下手すると演奏時間より長くなるのではと心配するほどだった(^^)
アンコールはオランダ国歌。1500年代に印刷譜が出ていたそうな。

上野の桜はいい塩梅に咲いて、平日の昼間だったが人出が多かった。
宴会は禁止のはずだけど、美術館脇の芝生は閉鎖されてないのでシート敷いて飲食している人たちもいたり……(^▽^;)


220426c「スコットランド国立美術館 THE GREATS 美の巨匠たち展」プレ・コンサート1
演奏:松岡莉子&中藤有花
2022年4月6日

フェルメールの方は終了、今度は22日より開催予定展覧会のプレ・コンサートである。もはや温か過ぎで上野公園の桜はほとんど散ってました。
スコットランド国立美術館の収蔵品展ということで、スコットランドの伝統曲をケルティックハープとフィドルの組み合わせで聞くという内容。
古楽のアプローチと違ってPAシステムを使っていたし、衣装やステージマナーか異なるところなども興味深く観察したりして👀

曲目は古くから伝わる作者不詳のトラディショナル・ソングと、作曲家によって作られ民衆に愛されたスタンダード・ナンバーを織り交ぜて演奏された。主にダンス・メドレーと抒情的な曲である。
この組み合わせだとなんとなく「無印BGM」的ヌルさを予想してしまうが、ナマで聴くと格段に迫力あり。聞けてヨカッタ✨
ダンス曲は聞いていると踊りたくなるものもあり、足で拍子を取るだけで我慢した。
アンコールは「蛍の光」のオリジナル版。

ケルティックハープは伝統的な楽器で、普通のハープだとペダルで半音を変えるが、これは弦の上部に並んでいるレバーで調節するもの。従ってメドレー曲だと途中でイッキにレバーを上げ下げして操作が忙しい。
途中で小型アコーディオン風のコンサルティーナも登場。スコットランド美術館の創立とほぼ同じ1850年頃に作られたオリジナル楽器だそうである。

なお、フィドルについてはかねてから「バイオリンと全く変わらない」と聞いていたが、どうして違う名前なのだろうと疑問に思っていた。解説によると、貴族が使っていたヴァイオリンを庶民も弾くようになって区別(差別?)するために「あれはフィドルだ」と言うようになったとのこと。
そうだったのか(!o!)と激しく納得した。

ハープの松岡氏は以前スコットランドに留学していたそうな。で、現地では国立美術館は無料で入れるそうである。
一方、今回の展覧会は(^^?とチラシを見てみたら、一般券1900円ナリ💴

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東京文化会館周囲にある植え込みのベンチ。いわゆる排除アートの類いだろう。
「誰も寝てはならぬ!」という堅固な意思を感じさせる。

 

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2021年11月 6日 (土)

「みみをすますように 酒井駒子展 もういちど」

211106a 会場:PLAY!MUSEUM
2021年9月18日~11月14日

立川にて宿願の酒井駒子展を見てきた。春にも開催していたのだが、コロナ禍で会期が短くなったのでこの秋に再展示してくれたのである。(追加作品あり)

初めて行った会場なのでよく分からなかったのだが、シールを渡されてこれを見える所に貼っておけば1日の内に何度でも入れるようだった。会場内でも付けてなければいけないのかな。とりあえず服の上腕に張り付けてる人が多かった。

多くの作品は絵本の内容に沿って連続して原画を見せる形になっている。
ただ、壁に掲示するだけじゃなくて木製の台の横や上面に設置しているものもあった。中には低いテーブルの天板にガラスをかぶせて置いてあったり……(テーブル脇の椅子に座って眺める)。

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中には絵本の内容に合わせた展示法も。『よるくま』の原画は黒いカーテンで周囲を囲われた暗いスペース内にあった。夜の気分🌙
また巨大ディスプレイで流す作品もあり(『ゆきがやんだら』だったかな)。

原画のほとんどは小さく、その小さいところにさらに繊細に描かれている。小さい子の髪がボワッとなっているところ、子猫のヒゲやウサギの頭のフワ~としてるところ、夜の闇のボンヤリしているところなどなど、穴が開くほど眺めてしまった(^^)
段ボールに直に描いている作品が結構な数あって、保存が効くのだろうかなどと心配になったり。
駒子ワールドにじっくりと全身浸れて嬉しかった💕

211106d 酒井駒子の絵は美しくて可愛くてホワホワしていてちょっと秘密めいていて、でも芯が一本シンッと通っているのだよね✨
そして、それら全ては現在の私にはない要素ばかりなのだ..._| ̄|○ ガクッ

平日の昼間なので、客は家族連れや子どもはいなくてほとんど女性ばかりだった。男は3人ぐらい見かけた。
図録は小型だけど分厚くて国語の辞書みたい。しかもハードカバーだ。4千円以上するので、迷った挙句買うのをやめた……が、今は激しく後悔している。
買えばよかったーっ(>O<)

代わりにポスターを購入。2種類あったので両方買うべきだった。880円ナリ。
カレンダー売ってたら絶対ゲットするぞーと意気込んでたら売ってなくてガックリだい。


なお同時に、1年間展示の「ぐりとぐら しあわせの本」も併設されていた。あのぐりぐらの世界が等身大(?)に再現されてその中で遊べるというもの。小さいお子ちゃまはこちらの方が嬉しいかな(^^?

巨大片手ナベにこんもりふくらんだ黄色いカステラも、もちろんある。カステラは小さいスポンジ製のかけらが詰まってて絵本さながら取り出してみんなに配れるようになっていた。
若い女の子たちがキャーキャー言いながら自撮りしていた。
オバサン一人ではただ眺めるのみである。無念。
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2021年11月 2日 (火)

「美男におわす」

211102a 会場:埼玉県立近代美術館
2021年9月23日~11月3日

埼玉の数少ない文化的施設である県立近代美術館にて「美男におわす」展を見てきた。
この美術館はトガった内容の展覧会が多いので(今回の前には「ボイス+パレルモ」展をやっていた)こんなとっつきやすい印象のテーマでやるとは驚きであった。

内容は近世以降の日本美術に描かれた美女ならぬ「美男」を追及するという、ありそうでないものだ。
展示物は近世の浮世絵、近代の日本画・挿絵、現代のマンガ(とゲーム)、現代アート作品からなっている。

特に浮世絵、日本画、挿絵に見る美男の系譜には思いのほか重点が置かれていた。ずっと辿っていくと、既に近世から近代にかけて市民の美男像が形成されているのが分かる。美術史的にも見ごたえがあった。
月岡芳年の描く美男を見ているとついニヤニヤ笑いが浮かんでしまい、マスクのおかげで周囲から見られずに済んでヨカッタ。

少女マンガのコーナーはそもそも美男が頻出するジャンルであるためか、竹宮惠子(ジュネ誌の表紙など)、よしながふみの『大奥』、『パタリロ』に限定されていた。

現代アート作品の多くは大作が最後の部屋に展示されていた。ただ、近世・近代の作品が数が多くリキを入れて見過ぎたので、たどり着いた時には疲労困憊してしまった(~_~;)
以前はこんなことなかったのに、トシは取りたくないものである。

211102b ここ数年の新しい作品が多く、初めて見る作家がほとんどだった。
目立つ場所に「肉食男」と「草食男」を対比して描いた木村了子のド派手で巨大な屏風が鎮座していた。肉食草食といっても恋愛のことではなく、文字通りの「食」である。
右側には派手な若者たちがヒャッハーと牛を追い回してその肉でバーベキューしている。反対側は農作業にいそしむ(でもなんかイヤらしい)若者たちがいる。こんな派手な屏風を購入して置ける場所が果たして日本に存在するのか、などと思ってしまった。
あと、なぜか朝日新聞の近藤康太郎記者を思い浮かべちゃうのは私だけかな(^^; 九州の支局で田んぼを耕し米を作ったかと思えば、次は山の中で猟師をやってる人である。

このコーナーでは「美男」の美をそのまま描くのではなく、距離を置いた位置から検証するような視線で見ているような作品が多かった。
もはや、美術において素直に美男を賛美することは不可能な時代なのだろうか。

他には、金子國義の「殉教」はイヤらしさが充満(誉め言葉)。舟越桂の人物像はどうもいつも静かに怪しい気を放っていて、今回も不気味に感じた。

図録を買おうか迷ったが、いつも買ってはそのまま読まずに放置してしまうから止めたのであった。


さて、失敗したのは美男展の方を見終わって「よし、次はコレクション展だーっ」と地下の展示場に突入💨しようとしたら「作品入れ替え中」で閉まっていたことであった。あまりの衝撃にそのままスロープの床に倒れた。
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←宮島達男の作品は今日もコインロッカーの中でカウントしている。
しかし、美術館のサイトには何の記述もないのはどーしたことよ(ほかの常設作品についても)💢



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2021年1月28日 (木)

「ある画家の数奇な運命」:アーティスト人生双六

210127a 監督:フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク
出演:トム・シリング
ドイツ2018年

画家ゲルハルト・リヒターをモデルにした映画でナチスがらみだという--となれば、絶対に見なくてはイカン!と勢い込んで見に行った。
もっとも主人公の名前は違うし、本人が喜んで監督の取材に応じたにもかかわらず完成後に「こんなのは自分じゃない」と否定したとか。(元々、変わった人物らしい)

ナチス政権下での少年時代、叔母が精神病院に入院→ガス室送りとなった前半から、戦後は元ナチス高官の医者だった男の娘と知り合い、さらに西側へ亡命して画家として成功するという怒涛の半生が描かれるが、いかんせん長過ぎる。
上映時間3時間強💥 もちろんもっと長い映画はあるし、面白ければ短く感じただろうけど……(=_=) 無駄な部分を切れば少なくとも30分は短くなったんではないか。
それと作品中でテーマが分裂しているようにも感じた。

210127b 美大で学ぶ場面で最初にポロック風に描いてみたり、色々な作風に挑戦する経緯に実際に存在する他の画家の作品(っぽいもの)を出してくるのはなんだかなあ。
ただ、作品ではない地の映像にリヒターぽいシーンが登場する。(水着の妻、叔母の髪型、寝室のローソクなど)

なんで主人公がやたらと「子ども」にこだわるのかと思ったら、「悪い遺伝子」を断つために殺された叔母さんの遺伝子が、断絶せずに継承されるということのようだ。でもそこにこだわるというのは、また別の血統主義ではないのかなどと疑問が湧き上がってくるのであった。

この映画がリヒターの一作の迫力を超えるかというと……まあ微妙である。
ベクトルが逆だが同じ要素(画家と国家、評価の変転、美大での授業・学生たちなど)が散りばめられているワイダの遺作『残像』と比べると、その足元にも及ばないと断言したくなる。

主役のトム・シリングは可もなく不可もなくだが、妻の父役のセバスチャン・コッホが舅の圧を感じさせるイヤ~な悪役演技で見事。嫁いびりも嫌だけど舅のムコいびりもコワイのう(+o+)
また、ヨーゼフ・ボイスとおぼしき教授役のオリヴァー・マスッチも好演だった。

一つ驚いたのは、後半に登場する作品を実際にリヒターの「下請け」で描いていた画家に頼んだと監督が語っていたこと。あれは本人が描いてなかったのか!


リヒターを初めて知ったのは恥ずかしながらソニック・ユースのアルバム・ジャケットからである(^^;ゞ
東ドイツで西側の「成金資本家」向け作品が批判される場面があったが、結局彼が現在の高額で取引される大作画家の代表のようになってるのは皮肉としか言いようがない。
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2021年1月25日 (月)

「不確かなロマンス もう一人のオーランドー」:身体と鑑賞の限界

210125 振付・出演:フランソワ・シェニョー
音楽監督・演出:ニノ・レネ
会場:彩の国さいたま芸術劇場大ホール
2020年12月19日

フランス人のアーティストとミュージシャン4人による公演である。本来はもう少し早い時期に3か所でやるはずだったが、時期をずらした上で来日、二週間の自主隔離の後に公演回数を減らして開催された。

内容は三部に分かれていて、ジェンダーを横断する人物をそれぞれシェニョーが歌いつつ踊って表現する。V・ウルフの「オーランドー」同様に複数の時代・人物に転生するというものだ。
男装した娘の兵士、両性具有の聖者、ロマの女……いずれもスペインの伝説に残る人物なのだという。

シェニョーの身体はまさに狂乱&惑乱の極みだった。3人を演じて激しく踊り、3種類の声で歌う(さすがにアルトのパートはキツそうだった)。加えて「足」も素足・竹馬・バレエシューズ・ハイヒールなどと変化する。常にまともには歩いてはいない。
あまりの激しさに見る側も絶えず緊張を感じてしまうほどだ。
また高いハイヒールでフラメンコを踊ったのも迫力だった。かと思えば戦前のキャバレー風になったりと目が離せない。

とりわけ竹馬に乗って踊るのは驚いた。一瞬でも止まったら倒れてしまうではないか❗
しかも飛び跳ねたり、片足振り上げたり--もう人間離れしている。見てて、そんなにしてまで何故踊る?と問いかけたくなる(愚問だけど)。
ギリギリまでの身体の酷使に、見ている側は身の置き所なく感じてくるのであった。

最後は拍手喝采だった。ブラ禁なので小声でブラボーをつぶやいていた客も(^^;
近くの客の話が漏れ聞こえてきたことによると、この演目はパリで大人気でチケットがなかなか手に入らないほどらしい。そのせいかほぼ満員の入りだった。

音楽もスペインの古い民謡や舞曲からピアソラまで時代を超越していく。共演のミュージシャンはバンドネオン、パーカッション、ガンバ、テオルボ&バロックギターの4人でバンドネオン以外は古楽の演奏家である。(ル・ポエム・アルモニークやリチェルカール・コンソートなどに参加)
それぞれ見せ場(聞かせ場)のソロがあり、演奏だけでなく途中でシェニョーを人形遣いのように支えるなどパフォーマンスに関わる場面もあった。
一番熱狂的だったのはバンドネオン。弦の古楽器は広めの会場でPAシステム通して聞くと弱い感じになってしまった。それから四角い枠に革を張ったピザのケースみたいな打楽器は何(^^? 初めて見ました。
ついでにシロートの素朴な疑問だが、テオルボとかガンバは下手すると演奏時間より調弦している時間の方が長くなる楽器のはずだけど、途中で調弦している様子が見られない(これはオペラなどの公演でも同様)。どうなってるの?

残念だったのは、歌詞がよく分からなかったこと。視覚的にジャマなので字幕を出さない方針だったのだろうけど、ダイレクトに内容が分からず歯がゆい感じだった。入場後にあまり時間がなくて解説の歌詞をよくチェックできなかったのも失敗。

カーテンコールで演出のニノ・レネも登場した。派手なロン毛で、さらに舞台衣装みたいなファッション(上半身は薄い網シャツ)で出てきてビックリである。正直他のメンバーより一番派手で目立つ💡
普通、演出家というと地味~な黒服で端っこにそそくさと現れてはすぐに消える、みたいなのでこの派手さは衝撃だった。

終演後、人気のない劇場地下に行ってチラシをゴソゴソとあさっていると、先ほどの網シャツに黒の毛皮ジャケットだけ羽織った彼が颯爽と通り過ぎていった。ロン毛・長身・美男と三本揃ってまさに「山岸凉子のバレエマンガに登場する花形ダンサー」そのもの✨である。茫然と見送った。


さて、一つグチを書かせてもらう。
開演30分前に会場に着くと外に長い人の列ができている。どうも検温に手間取って入場に時間がかかっているらしい。12月とはいえ気温の低い夜である。寒風が強く渦を巻いて吹いていて震え上がった。
スタッフの人が感染予防のため「間隔を開けて並んでください」と定期的に言いに来るが、こんな強風じゃウイルス飛沫も瞬時に吹き飛びますっ(>y<;)
入場してからも周囲は席の座り間違いがやたらと発生して(なんで?)落ち着かなかった。トホホである(+o+)

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2020年7月14日 (火)

「深井隆 物語の庭」

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会場:板橋区立美術館
2020年3月14日~6月28日

本来は5月10日までだったのだが、コロナウイルス流行で中断し、終期を延長して再開となった。
行くかどうかグズクズしていたのを最終週にようやく行った。

展覧会の告知を見るまでこの深井隆という彫刻家を全く知らなかった。藝大の教員だったが、退任してから群馬と板橋にアトリエがあって活動しているとのこと。
木彫作品はクスノキを使用して作っているらしい。

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中心はその木彫の馬や椅子の連作である。かなり大型のもので(馬は実物大?)鮮やかに目を引く。置いてあるだけで、その存在のささやかな圧が感じられた。空間を生かした配置のせいもあるだろう。
椅子は実際には座ることのできない幻想の椅子。あくまでも人間は不在だ。

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会場に入ってすぐの小さな緑っぽい家や庭は、あくまで明晰で静かな印象だ。緑色の塗料が薄くなってところどころ木の地の色が見えるのがなんともよい。
何やら生とも死ともつかぬものが周囲の空気ににじみ出てくるのが感じられた。

小さな会場なのでじっくりと二度見て回った。
平面作品もあった。特に二匹の青い馬を描いた作品が美しくて引き寄せられた。給付金貰ってそれで買えるかしらん(゜゜)ナンチャッテ
代わりにポスターを購入。図録は--最近は買っても見ないまま放置してしまうことが多いのでパスした。

200714a ただ会場はやはり行きにくい。確か過去にそれを自虐ネタにした展覧会やってなかったっけかな(^^;? 駅からバスで往復するのと同じ時間で見て回れちゃうのはなんだかなあという気もする。

撮影可ということだったが、どうも会期中に撮影しまくり、シャッター音連発してうるさいというトラブルがあったらしい。周囲に配慮して撮るようにと注意があった。
確かに他の展覧会でも見に来たのか撮影しに来たのか分からないような人がいた。特にひどかったのは塩田千春展。撮影に夢中になって背後の作品の糸に引っ掛かりそうだった。

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2020年2月 9日 (日)

「ダムタイプ|アクション+リフレクション」

200209 会場:東京都現代美術館
2019年11月16日~2020年2月16日

パフォーマンス・グループのダムタイプの展覧会である。といっても、パフォーマンス自体をやるわけではないから、どうなっているのかと思ったら、それまでの活動と並行して制作された巨大なインスタレーションが中心だった。

それ以外には過去の記録--長いガラスケースにチラシやパンフなどを時代順に展示したものと、分厚い大きなファイルがあった。後者は着想メモなども入っているらしいが、私が行った時は一人の中年男性が長時間独占していて全く見ることはできなかった。
前者は行ったことも忘れていたワタリウムでの展示の記録もあったりして懐かしかった。

入ってすぐある16台のターンテーブルの作品はどう鑑賞したらいいのか迷った。それぞれが勝手に音やノイズを光とともに発しては沈黙するというのを、あらかじめプログラムされて繰り返している。
しばらく眺めてから、16台の間をそぞろ歩いてランダムな音に耳を傾ければいいのだと思った。

「LOVERS」は故・古橋悌二名義で過去に東京オペラシティアートギャラリーで展示されたのを見たことがある。それよりもだいぶ狭い空間に設置されているが、これが元々の構想にふさわしいらしい。
裸の男女の映像が複数、周囲の壁にバラバラに投影されてランダムに駈け寄ったり抱き合ったりする(ように見える)。監視スタッフの人に尋ねたら、インタラクティブに客の動きに対応するような仕組みではないらしい。

これを見ている途中に制服姿の高校生の団体が入ってきて、ものすごい勢いで一周して出て行った。その速さに驚いた。美術の授業……なんだろうか。隣でやってるミナペルホネンの方が目当てだったのかもしれない。

壁一面の巨大ビデオ・インスタレーションはソニー系列が協力しているだけあって、とてもクリアで美しかった。ただ、ずっと見ていると目がチカチカしてしまう。

最後にはパフォーマンス「pH」で使用された移動するトラスが縮小サイズで再現されていた。床面数十センチを一定の間隔で進んではまた戻ってくる。上演時にはダンサーはその上を飛び越えたり下を潜ったりしていたものだ。

この展示では床面に入ることができて、客が飛び越えてよいらしい。しかし、あの高さをまたげる人はかなり身長ないと無理では……(^^; 引っかかって壊したりして。私の身長では潜るしかない。
平日に行ったので客が少なく誰もトライする人はいなかったが、休日だったらいただろうか。ぜひ見たかった。

過去のパフォーマンスのビデオは3カ所にあったが、かなり狭いスペースに押し込められていた。もう少し広い場所だったらよかったのに。
過去の活動を映像で見せるのが主眼ではないということなのだろうが、リアルタイムで見てない人はそれでしか知りようがないのから、何とかしてほしかった。

彼らのパフォーマンスを実際見たのは「pH」が1回、「S/N」が2回である。
「S/N」を見て驚いたのはダンサーたちが後ろ向きに倒れてバタンと落ちる動作だった。それまでステージ上であんな動きを目にしたことはないので衝撃だった。
「pH」では3人の女性ダンサーがずーっと動きっぱなしで、床面を容赦なく移動するトラスを飛んだり避けたりする。しかもハイヒールを履いているのだ。
観客はそれを上方から見下ろす形式なのだが、いつか引っかかるのではないかとハラハラしながら見続けることになる。その間中ジリジリとした緊張が続き、見ているだけで冷や汗をかいてしまうのだった。
こちらの記事を読むとやはり大変だったもよう。

なお、都現美では同時期に「ミナ ペルホネン/皆川明 つづく」も開催していて、様々なメディアで紹介されたせいかこちらの方は女性を中心にかなりの盛況だった。
チケット売り場は同じなので、土日は長い行列ができてダムタイプだけの入場券を買うのにも50分待ちだったらしい。

ついでにコレクション展も見た。
岡本信次郎という画家の巨大作品がバカバカしくて面白かった。偏執的かつナンセンスな筆致で自分が生きてきた戦中戦後が描かれ、東京大空襲と湾岸戦争が並列されるのだった。
フィリピン女性への虐待被害を綴ったブレンダ・ファハルドの連作には、日本での事件も出て来てウツになるのは必至だろう。

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2020年1月24日 (金)

「ニューヨーク・アートシーン」

200124a ロスコ、ウォーホルから草間彌生、バスキアまで
会場:埼玉県立近代美術館
2019年11月14日~2020年1月19日

埼玉の数少ない文化的施設である県立近代美術館で開催。現代アートの代表的作品が作者ごとに1~3点展示されている。サブタイトルに「滋賀県立近代美術館コレクションを中心に」とあり、日本国内を巡回しているらしい。

ウォーホル、ロスコ、シンディ・シャーマン、バスキア等々。デュシャンの便器もちゃんとあり。現代美術の教科書そのままと言っていいくらいに有名作品が多数展示されている。実物をまとめて見られるので学生さんや入門者にもオススメだろう。

個人的にはロスコの独り占め状態にニヤニヤとし、アド・ラインハートの黒色にやられた。黒といえばステラの「ゲッティ廟」も巨大で迫力だった。以前にも見たことがあるはずだが、ドーンと迫るものがあった。
ウエイトレスがコーヒーを注ぐ姿を描いたジョージ・シーガルの像は、よくこんな瞬間を捉えたものよ--と言いたくなるほどに密かに息づいていた。
あと、久し振りにボロフスキー作品を見た。オペラシティの「歌う男」の作者である。カバンを持った男の影だけが浮かび上がる。あの脱力ユーモアがいい。

小さい子を抱きかかえて見て回ってる若いお母さんがいて大変そうだった(ダンナの方は赤ん坊の寝ているベビーカーを押してゆっくり鑑賞)。どれを見ても「これなに?」とひっきりなしに聞かれて「おマルだねえ~」(デュシャンの便器のこと)などと答えていた。
ちと年齢的に早すぎではあるが、でも今から見せておけば将来は立派なアーティストになるかも(^^)

荷物用コインロッカーの中に常設展示されている宮島達男の作品は、まだ透明の扉の奥で数字を刻んでいた。もう25年も経っているのかと驚いてしまった。
あれは世界の電気が尽きる日まで展示されるのだろうか。
彼の作品もやはりオペラシティの外階段にある(階段に埋め込まれた数字が明滅している)が、停止しているものが結構ある。やはり野外だと維持が難しいようだ。

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2019年12月29日 (日)

やなぎみわ展「神話機械」&ライブパフォーマンス「MM」

191229 会場:神奈川県民ホールギャラリー
2019年10月20日~12月1日

やなぎみわは昔、写真を中心に活動していた頃は東京で展覧会があって何回か見ることができた。その後、関西に拠点を構えて演劇やパフォーマンスをやるようになってからは縁がなくなってしまった。
神奈川芸術劇場でも上演したことがあったのだが、気付いた時には終わっていた。今回は、事前に展覧会があると知って行くことが出来たのである。
期間の終わりの二日間だけライブでパフォーマンスをやるということで、埼玉から何回も行くのは面倒なので、両方同じ日に見ることにした。ライブのチケットで展覧会にも入れるのだ。

展覧会は大型写真作品と巨大演劇空間「神話機械」、演劇作品4本のアーカイブからなる。
写真の方は2000年代初めのものが中心。女の子が童話の登場人物や自分が老婆になった時を創造してその姿に扮する。(過去の感想
中に映像作品で、少女と老婆が互いに寝かしつけようと格闘するのが笑えた。最後には童話風のセットそのものが崩壊していく。

「次の階を探して」は架空のエレベーターガールたちを美しいが無機的な空間に配置した、初期のシリーズの一つ。1996年作品で今となっては懐かしい。赤いハイヒールの革作品は初めて見たけど #KuToo の先取りかも。

広いスペースを使った「神話機械」は最近の作品。動きがプログラムされたマシンが4台あって、空間の中を動き回って無人のパフォーマンスを行う。これは時間を決めて日に3回稼働していた。
痙攣してのたうつような動きをするだけのものもあれば、ベルトコンベア上のドクロを壁に向かって投擲するマシンもある(当然ドッカンと大きな音がする)。と思えばセリフを語って移動するものもあった。
動いてない時は巨大インスタレーションとして見ることができる。

また演劇アーカイブ・コーナーでは過去の作品4作が資料と映像でたどれるようになっていた。東京ローズを題材にした「ゼロ・アワー」が面白そう。中上健次の原作による「日輪の翼」はトレーラーで移動し各地で上演したらしい。横浜に来た時に見たかった。

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さて、二日間のみのライブ・パフォーマンスはギャラリー閉館後に行われた。
「神話機械」のスペースでトランスジェンダーの役者とマシンが共演するというもので、「ハムレット」とハイナー・ミュラーのテキストを使用。音楽も奏者は観客からは見えないが即興でその場で付けているとのことだった。
一時間ぐらいの長さで、シェークスピアやギリシャ神話の登場人物が交錯する。ミュラーの作品を知らないと難解な部分を感じた。
役者の身体と言葉が神話と権威に絶えず疑問と異議を唱える。床でのたうったり拍手喝采したりドクロを壁に投げつけたりする機械は、その良き助演者というところだろうか。

終了後は、やなぎみわとハイナー・ミュラーの翻訳者、神奈川県立近代美術館の館長のアフタートークがあった。各地を回るうちに内容は変化しているとのこと。劇場ではなく美術館という開放的なスペースでやることに意味がある、などという話もあった。

埼玉からはさすがに遠くてトークを聞いて帰ったら11時過ぎていた。おまけに寒い日だったし{{ (>_<) }}ツカレター
最初の方にも書いたが、最近は関西中心の活動なので情報を得にくい。今回この展覧会を知ったのはたまたま見た「神奈川芸術プレス」というPR誌に紹介記事が載っていたからである。
表紙が来年の二月末に神奈川でヘンデルのオペラ『シッラ』をやるファビオ・ビオンディで、インタビューも入っている。これを読むために貰ったら、その次のページがやなぎみわ展の記事だった。そうでなかったらこの展覧会が開催されたこと自体も知らなかったろう。
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2019年9月23日 (月)

「アートのお値段」:ノー・モア・マネー 芸術家のラスボスはあの人

190923 監督:ナサニエル・カーン
出演:アート界の皆さん
米国2018年

現代アートに興味のある人は見て損なしの面白いドキュメンタリーだった。
金、かね、カネ……の面からアートの価値を徹底追求。アーティスト、コレクター、サザビーズの担当者(オークショニアっていうの?)、評論家が様々に語る。「ギャラリスト」というのは「画商」のことか(?_?)

教科書に載るような過去の古典的名画は供給が限られているが、現代アートは作者が生きてて作品が作られ供給され続けるので、投機の対象となるのだという。
しかし、いくら高額で転売されても作った本人自身の儲けになるわけではないのがまた問題だ。
もはや「作品=カネ」はこの社会のシステムの一部として定着しているようだ。

実際に本人が登場して語るアーティストはJ・クーンズ。大きな工房を持ち何人ものスタッフが絵筆を握って制作。本人は直接描いたりしない。でも作るのは巨大インスタレーションだから莫大な金が動く。
売れっ子クーンズの逆がラリー・プーンズという画家(私はこの人知らなかったです)。過去に人気があったが忘れ去られている。
アフリカ系女性のN・A・クロスビーは、自分の絵画の値段が高騰していくのを達観したように眺めている。「アフリカ系」と「女性」というキーワードがさらに価値を押し上げているのかも知れない。

G・リヒターは作品はコレクターが持っているのではなく、美術館にあるのが望ましいと語った。サザビーズの担当者(リヒター押し)はその話を聞いて「倉庫で死蔵されるだけ」と笑った。
……だが、待ってくれい。バブル期に日本で民間に買われた大作アート(キーファーなど)は結局画商の倉庫で「塩漬け」になったという話を聞いたぞ。その後どうなったのか神のみぞ知る、である。

それ以外にバスキアやダミアン・ハーストの名が上げられ、高額な彼らの作品が紹介される。あの「牛の輪切り」はもはや過去の栄光になっているみたいだが。

一方、「多くの人がアートの『値段』は知っていても『価値』は知らない」と語る老コレクターが登場。彼の高額そうなマンションには高そうな作品がいくつも飾られている。彼はシニカルだがアートを愛しているのは間違いないだろう。
彼の出自が明らかになるくだりは興味深い。そんな彼でも監督のインタビューの果てにたどり着いた「芸術とは何?」という問いには答えられないのだ。

彼が熱心に自分のコレクションについて語る姿や、実際にアーティストの制作過程見せることによって、現代アートがよく分からない人への入門にもなっているようなのは面白い。
だがその現代アートというテーマにもかかわらず、それをひっくり返すオチ(ダ・ヴィンチの某作品がらみ)が最後に来たのには笑ってしまった。

なお、先日イギリスの宮殿に展示されていた黄金の便器(約1億3500万円の価値)が盗まれる事件が起きたが、この便器も作中で紹介されていた。材質は黄金なれど普通の便器のように配管され使用可能。
米国の美術館で展示されている場面では長蛇の列ができていた。個室で実際に使用できたらしい。それなら私も使ってみたいわい( ^^)/
なお、これ自体は「過剰な富を批判した作品」とのことだ。

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