文化・芸術

2024年5月 7日 (火)

「アブソリュート・チェアーズ」

240507a 会場:埼玉県立近代美術館
2024年2月17日~5月12日

県民の義務として行ってきました(^O^;
そもそも椅子の所蔵が多い近美、いろんな椅子が展示してあるのかなと予想してたら、思いのほか椅子の概念に迫る内容であった。

既存の椅子を使用した作品、椅子を描いた平面作品、新たに作った変わりダネ椅子、椅子の存在を問うもの、椅子に関する報道写真なども。車椅子を使ったプロジェクトと映像記録もあった。
240507c 椅子と権力についての考察が語られているが、それなら排除ベンチをもう少し深掘りしてほしかった。

古いものはデュシャン、草間彌生、岡本太郎など。実際に座れるものも多かった。岡本太郎は当然ながら座りにくい椅子。とりあえず座面が凸面なのは尻痛物件である。
不用品を利用して大きな缶に丸太をギッシリ詰めたヤツは、実際座ると痛そうで痛くなかった。

透明な樹脂に椅子の形にナフタリンを封じ込めたものが面白い。封入口のシールを剥がすとナフタリンが蒸発しちゃうらしい。240507e
「終の棲家」というタイトルの段ボール製ベンチあり。名前など個人データを書きこむ項目が印刷してある。そのまま棺桶になるのであろうか😑
工藤哲巳というアーティストがフランスに招かれた時に、イヨネスコにムカついて作ったインスタは怒りが爆発していてド迫力だった。

240507f 階下のコレクション展では所蔵椅子を一挙公開していた。折角だから企画展に来た人をもっと誘導するようにすればいいのに。気付かないで帰ってしまった人も多いのではないか(?_?)
こちらの展示作は座れないが上階のロビーに置いてあるものは座れる。この日も長いソファ(一応コレクションの一つ)240507b に、数人がぐたーっと休んでいた。

帰りに公園の芝生に一つ設置してあるカプセルハウスを近くでよーく眺めて帰った。


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2023年11月28日 (火)

「野又穫 Continuum 想像の語彙」

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会場:東京オペラシティアートギャラリー
2023年7月6日~9月24日

空と雲を背景にした明るく奇妙な建造物の数々を描き続ける野又穫。その作品の多くは明るいイメージだが人の姿はなく、ただ構築する意志のみが感じ取れるものだ。
以前、同じ会場の上階での展覧会を見たのだがあれから20年近く経ったとは……。私も歳を取ったのう(ーー;)などと感慨を抱いちゃう。

今回は作風の変化ごとに大体4つの時代に分けて展示している。代表的と言える1990年代の大型絵画を最初に持ってきて、次に初期のもの。珍しく人物が描きこまれている作品がある。
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そして徐々に発展変化を遂げる2000年代。ここでは堕落の象徴バベルの塔を描いてさえも明快さと澄み切った意志が感じられる。

しかしその後に東日本大震災が起こった。当時朝日新聞連載のコラムで彼のイラストを見ていた者は作風の「崩壊」に驚いただろう。
その時期を脱した後の絵画をちゃんと見たのは今回が初めてだが、似たような構造物であってももはや不安と不均衡の予感なしには見られないのだ。特に震災直後の絵画はコスタビっぽく(不条理と皮肉)感じた。231128c

とはいえ見ることの喜びが確かにそこに存在するのは変わらないのである。

結局図録を買ってしまった。重くて金が飛んでいった(・・;) しばらくぶりに行ったら隣接するアートショップが改装している。以前はゴチャゴチャしてて何があるか分からない面白さがあったのに、なんだかスッキリし過ぎになってて不満よ。


同じ会場の企画展で「Babel 2005」を見たのは2007年だった。その時の感想はこちら
下の階でのティルマンス展と共に、上階で野又穫をやったのは2004年のようだ(ブログを書き始める前のことである)。

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2023年5月19日 (金)

東京・春・音楽祭2023「憧憬の地 ブルターニュ」展記念コンサート2:異郷の音で踊り、指輪に目がくらむ

230518b 演奏:大竹奏ほか
会場:国立西洋美術館講堂
2023年4月14日

フィドルの大沢奏をリーダーとするミュージアム・コンサートである。演奏されたのはブルターニュのダンス音楽や伝統歌だ。器楽のメンバーは他にハーディガーディ&バグパイプ近藤治夫、チェロ高群輝夫である。

最初に展覧会の方の内容や、そもそも「ブルターニュといってもそりゃどこよ❗❓」みたいな人のために、美術館の研究員の人からスライドを使って事前解説があった。

コンサートの方はダンス曲では民族衣装を着けた愛好家のグループ(多分)によるダンスの実演付きだった。数人で横に手握ったり腕を組んだりして繋がってステップを踏みつつ横移動していくような形である。素朴でのんびりした印象のダンスではあるが、当地の祭りで住民みんな張り切って踊りまくるとすごい勢いになるのかもしれない。
踊ったのは女性4人男性1人で、男性は曲によってパーカッションを担当していた。

曲自体はケルト系で、ダンス曲だけでなく結婚式の定番とか国歌(ブルターニュの)も含まれていた。最近の演奏の傾向か、フィドルとチェロの組み合わせだとかなりスタイリッシュな音に聞こえる。しかし、そこに近藤治夫のバグパイプやハーディガーディが入ると俄かに「野蛮」な音になるのが面白かった。

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終演後は公演チケットでそのまま美術展に入れる。同じハルサイのミュージアム・コンサートでも都美術館だとそのような恩恵はない。さすが国立であるよ(*^^)v
正直言って19世紀から20世紀初めの画家が中心で、顔ぶれ的にあまり興味がないところなのでざっと見した。

ブルターニュというのが当時の画家たちの間に流行っていて、素朴な土地柄の人々と美しい風景というのが彼らの好みに合ったようだ。留学していた日本の画家たちも題材にしている。ゴーガンの作品群が目玉のようで……むむむ苦手よ(^▽^;)
ルドンの小さな風景画が2枚だけあった。藤田嗣治の「十字架の見える風景」がちょっと陰鬱なトーンで目立っていた。
とはいえ、国内各地の美術館の所蔵品から「ブルターニュ」しばりでこれだけ集めるのは大変だったかも。担当者の方、ご苦労さんです✨
なお美術展の企画で一番楽なのは「〇×美術館展」というヤツだそうだ。改装などの時期に合わせて丸ごと借りればいいかららしい。

230518c その後はサッと帰ろうかと思ったが、常設展の中に「指輪コレクション」展があったのでつい寄ってしまった。もちろん企画展のチケットがあれば無料で入れる。
様々な種類の指輪が美しく展示されている。数が多くて素晴らしい、ウットリしたと言いたいところだが、小さい上に薄暗い中でポイント照明を当てているので細かいところはよく見えない。それでも見ごたえはあった。
細かく石を見たければ図録を買えということなのは仕方ないか。見終わって外へ出るともはや夕方であった。

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2023年4月 4日 (火)

「戸谷成雄 彫刻」

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会場:埼玉県立近代美術館
2023年2月25日~5月14日

文化果つる地埼玉で数少ない文化施設である県立近代美術館。今期の企画展を始まってすぐの時期に行ってきた。
これまで全く知らなかった人なのだが、秩父にアトリエがあって主に木を素材にした彫刻家とのことである。
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木材をチェンソーで削ったり、作品の一部を燃やしたりした大掛かりな作品群が代表作のようだ。「木彫」というイメージを超えている。
1980年代、海岸に角材などでできた造形物を幾つも並べて一斉に火をつけるというパフォーマンスの記録映像があった。夕方から夜にかけて炎の光景が美しい。

素材は他にも色々あり、石膏を使った作品が軽さが感じられて興味を引く。ポンペイに題材を取った棺のような初期作品はなかなか迫ってくるものがある。


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⬅こちらは地下のスペースにデンとすえられた巨大な立方体。細い隙間が幾つも走っているがそこを覗いてもほとんど中を窺うことはできぬ。
しかし上から見ると全く異なるイメージが出現する--⬇230302tb



木製の巨大な象(というよりマンモスか)があってかなりの迫力だった。遠目にはワラのように見える表面は照明によってかなり印象が変わりそう。巨大すぎてスマホで撮るのをあきらめたが、一見の価値はある。
人によって好みは違うだろうけど、私は木彫の奥の奥へ達しようとする作品よりも少し外れたものの方が多彩なイメージが感じられて面白かった。

館内はほぼ貸し切り状態でしたよ💦
常設展は私が行った時期、模様替え中で休止期間(=_=) 地下ではグループ展を一つしかやってなかったのでそもそも人が少なく静かだったせいもあるだろうが……。
埼玉県民はもちろん県民でない人も見に行きましょう(^O^)/

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2022年7月21日 (木)

「ゲルハルト・リヒター展」

220720a 会場:東京国立近代美術館
2022年6月7日~10月2日

今季話題の展覧会の一つには間違いないだろう。6月末に、暑かったけど素早く行ってきた。事前学習のために買った「ユリイカ」も「BT」もろくに読んでないままという無謀さである。
地下鉄の駅から美術館まで徒歩数分しかないのだが、この日はその距離でも全身の血液が沸騰しそうな猛暑だった。

会場配布のリーフレットには「順路はない」と書いてあるが、やはり入口に近い「アブストラクト・ペインティング」か連作「ビルケナウ」から見てしまうのは仕方ないだろう。
初期(1965年)の写真を元にした「モーターボート」のような古い作品もあるが、大半は2000年代に入ってからのものである。それでもかなりの多様性があり、70歳過ぎてからも相当精力的に制作し続けていたらしいのがよく分かる。
これではすべての年代を網羅した回顧展なぞやったら大変なことになりそうだ。

220720b 他には幾何学的な面を見せる「カラーチャート」シリーズと横長に超大な縞々「ストリップ」も目を引く。ラッカー塗料とガラス板から成る偶然の産物の「アラジン」、風景写真の絵葉書(?)に異化作用のように油絵具を塗った「オイル・オン・フォト」など--ずっと見ていくと絵の色や形よりも、その画材の質感こそが一番重要だと思えてくる。
しかしそれは印刷物や他のメディアを通してではなく、実物を見てみないと分からないものなのだ。

「アブストラクト~」で、ある部分はヘラでこそぎ取られ、またある部分は照明を反映してギラリンと輝く油絵具。チラシにも220720c 使われている「エラ」の絹の表面のような質感。ツルリとしたガラス絵。
それらは表象を超えて、あたかも材質こそが本質であるかのように見る者に迫ってくる。
そういえば、リヒターが鏡やガラスにこだわりを持った作品を作り続けているのも初めて知った。

そう考えると、どうとらえていいのか分からないのはやはり「ビルケナウ」である。
ユダヤ人収容所内をとらえた恐ろしい4枚の写真--といっても、物的にはモノクロのボケたスナップなのだが、作者が長年こだわり続け作品にしようとし、遂には全てを塗りこめてしまった4つの大作だ。
外見的には「アブストラクト~」の範疇に入るだろう(色彩の傾向は若干異なる)。しかし部屋の入口に写真が展示され、それを下敷きにして描かれたと解説してあれば見る者は当然4枚の絵画を凝視し、その悲惨な光景を必死で透かし見ようとするのは当然だ。
でも、それはできるはずがない。元の絵は完璧に塗りこめられているのだから。

さらに謎なのは、反対側の壁にその4作の完全原寸大写真コピー(ただし区切り線が入っている)を対置していることなのだ。
さきほど私は「材質こそが本質」と書いたが、ここでは当然オリジナルの材質感は完全に消去されツルリンとした表面となっている。
これはどういうことなのだろうか? すべての質感を消し去った先に何があるのか。

塗りこめられた過去の恐怖と、その物体としての存在感を消し去った写真コピー。そのはざまが「見る」という行為の意味を激しく問いかけてくる。
そして部屋の奥の薄暗い巨大なガラス(鏡?)が両者の間で戸惑ってウロウロとする鑑賞者の姿をぼんやりと映し出すのだった。

なおホロコーストを題材にした大作というと、キーファーの「マイスタージンガー」を思い出してしまった。「ビルケナウ」は抽象画だが、こちらはあくまで具象画である(とはいえかなり抽象度が高い)。しかし両者とも塗り込め度の執念はかなり似ている。
「マイスタージンガー」はタイトル以外の情報がないまま見たとしても何やら怖い。歌合戦の場面だろうと思って見てもやっぱりマジに怖い。

220720d そこに抽象と具象の差異があるのだろうか。🎵抽象と具象の間には深くて暗い河がある🎶と言ってよいのか。

所要時間は意外に短くて45分ぐらいで一回りできた。おかげで行ったり来たりして、「ビルケナウ」は三回も見てしまった。土日は混んでいるだろうから分からないが。9月あたりにもう一度見たい気もする。
だが入場料2200円⚡で「ユリイカ」、「BT」、図録と揃えたら、諭吉が一枚飛んでっちゃう。文化的生活を送るには金がかかるのであるよ(+o+)

なお、コレクション展の2階にもリヒターの小コーナーがあるのでお忘れなく。
同じフロアに会田誠や村上隆の昔の作品(日韓の女子高生が旗振ってる屏風と、タミヤのシリーズ)があってもはや「懐かしい」という感じだった。光陰矢の如しとはこのことだいっ。
常設展は冷房効き過ぎて、半袖では震え上がりそうだった。


ところで昔はよく買っていた「BT」誌、隔月刊だったのがこんどは季刊になっちゃうのを編集後記で知った。やはり雑誌メディアは厳しいのだな。
「芸術新潮」みたいに年に一度ヌード特集(さもなくば春画特集)やればよかったのかも💨

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2022年4月26日 (火)

東京・春・音楽祭2022 ミュージアム・コンサートを聞く

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今年も恒例ハルサイのミュージアム・コンサートに行ってきました(^^)/
会場は3回とも東京都美術館講堂です。

「フェルメールと17世紀オランダ絵画展」記念コンサート1
演奏:名倉亜矢子&永田斉子
2022年3月20日

修復成ったフェルメール「窓辺で手紙を読む女」を見ようとする人でごった返す都美術館。到着した時には既に展覧会のチケットは当日分完売の表示が出ていた。

展示場とは反対に位置する講堂は開場時間になっても人が少なく静かなもんであった。--と思ったら、以前は自由席だったのが指定席になってたのね(^^;;;
全然気づかなかった💦 危うく適当な座席に座ってしまうところだった。

プログラムはフェルメールと同時期の作曲家の歌曲をソプラノとリュートで演奏するというもの。特にオランダ人のホイヘンスという作曲家を軸にして構成しているとのことだった。
彼は王子の秘書官にして詩人、リュート奏者、作曲家でレンブラントとは知り合いで、フェルメールとは生没年が近い人物である。

登場する作曲家たちは名前も聞いたことのない人物が多かった。ヴァレという人は当時のオランダの代表的なリュート奏者だが、フランス生まれで恐らくプロテスタントであるためにオランダへ行ったとか。なかなか聞けない曲がほとんどで貴重な機会であった。
ホイヘンスがフランス志向がありパリで楽譜を出版したということで、ランベールの歌曲でラストとなった。

空気の乾燥のせいか名倉氏の声の調子がベストではないように思えた。そうでなくとも残響のない会場で歌うのは大変だ~⚡
リュートも音は明確に聞き取れるものの、潤いのない響きになってしまい残念だった。やはり会場は重要である。

この時は上野動物園がまだ休園しているのに驚いた。フェルメールの絵の行列もパンダの行列も同じぐらいだろう。激混みの美術館はよくて、220426b
なんで動物園はダメなのさ(-_-メ)


「フェルメールと17世紀オランダ絵画展」記念コンサート3
演奏:上尾直毅
2022年3月30日

この日は上尾氏がフェルメールと同時代のオランダで演奏されたとおぼしきチェンバロ曲を演奏した。
探してみたけれど意外にもオランダの作曲家のものは少なかったという。当時の人は他国の曲を楽しんでいたらしい。

エウェーリンク、フローベルガー、ダングルベールなどの中で、ステーンウィックという作曲家はなんと本邦初演だそうだ(!o!)
オランダに留学していたこともあって、当時の音楽事情、宗教家より商人が強かったとか、アムステルダムの土地柄など解説話が尽きず、下手すると演奏時間より長くなるのではと心配するほどだった(^^)
アンコールはオランダ国歌。1500年代に印刷譜が出ていたそうな。

上野の桜はいい塩梅に咲いて、平日の昼間だったが人出が多かった。
宴会は禁止のはずだけど、美術館脇の芝生は閉鎖されてないのでシート敷いて飲食している人たちもいたり……(^▽^;)


220426c「スコットランド国立美術館 THE GREATS 美の巨匠たち展」プレ・コンサート1
演奏:松岡莉子&中藤有花
2022年4月6日

フェルメールの方は終了、今度は22日より開催予定展覧会のプレ・コンサートである。もはや温か過ぎで上野公園の桜はほとんど散ってました。
スコットランド国立美術館の収蔵品展ということで、スコットランドの伝統曲をケルティックハープとフィドルの組み合わせで聞くという内容。
古楽のアプローチと違ってPAシステムを使っていたし、衣装やステージマナーか異なるところなども興味深く観察したりして👀

曲目は古くから伝わる作者不詳のトラディショナル・ソングと、作曲家によって作られ民衆に愛されたスタンダード・ナンバーを織り交ぜて演奏された。主にダンス・メドレーと抒情的な曲である。
この組み合わせだとなんとなく「無印BGM」的ヌルさを予想してしまうが、ナマで聴くと格段に迫力あり。聞けてヨカッタ✨
ダンス曲は聞いていると踊りたくなるものもあり、足で拍子を取るだけで我慢した。
アンコールは「蛍の光」のオリジナル版。

ケルティックハープは伝統的な楽器で、普通のハープだとペダルで半音を変えるが、これは弦の上部に並んでいるレバーで調節するもの。従ってメドレー曲だと途中でイッキにレバーを上げ下げして操作が忙しい。
途中で小型アコーディオン風のコンサルティーナも登場。スコットランド美術館の創立とほぼ同じ1850年頃に作られたオリジナル楽器だそうである。

なお、フィドルについてはかねてから「バイオリンと全く変わらない」と聞いていたが、どうして違う名前なのだろうと疑問に思っていた。解説によると、貴族が使っていたヴァイオリンを庶民も弾くようになって区別(差別?)するために「あれはフィドルだ」と言うようになったとのこと。
そうだったのか(!o!)と激しく納得した。

ハープの松岡氏は以前スコットランドに留学していたそうな。で、現地では国立美術館は無料で入れるそうである。
一方、今回の展覧会は(^^?とチラシを見てみたら、一般券1900円ナリ💴

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東京文化会館周囲にある植え込みのベンチ。いわゆる排除アートの類いだろう。
「誰も寝てはならぬ!」という堅固な意思を感じさせる。

 

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2021年11月 6日 (土)

「みみをすますように 酒井駒子展 もういちど」

211106a 会場:PLAY!MUSEUM
2021年9月18日~11月14日

立川にて宿願の酒井駒子展を見てきた。春にも開催していたのだが、コロナ禍で会期が短くなったのでこの秋に再展示してくれたのである。(追加作品あり)

初めて行った会場なのでよく分からなかったのだが、シールを渡されてこれを見える所に貼っておけば1日の内に何度でも入れるようだった。会場内でも付けてなければいけないのかな。とりあえず服の上腕に張り付けてる人が多かった。

多くの作品は絵本の内容に沿って連続して原画を見せる形になっている。
ただ、壁に掲示するだけじゃなくて木製の台の横や上面に設置しているものもあった。中には低いテーブルの天板にガラスをかぶせて置いてあったり……(テーブル脇の椅子に座って眺める)。

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中には絵本の内容に合わせた展示法も。『よるくま』の原画は黒いカーテンで周囲を囲われた暗いスペース内にあった。夜の気分🌙
また巨大ディスプレイで流す作品もあり(『ゆきがやんだら』だったかな)。

原画のほとんどは小さく、その小さいところにさらに繊細に描かれている。小さい子の髪がボワッとなっているところ、子猫のヒゲやウサギの頭のフワ~としてるところ、夜の闇のボンヤリしているところなどなど、穴が開くほど眺めてしまった(^^)
段ボールに直に描いている作品が結構な数あって、保存が効くのだろうかなどと心配になったり。
駒子ワールドにじっくりと全身浸れて嬉しかった💕

211106d 酒井駒子の絵は美しくて可愛くてホワホワしていてちょっと秘密めいていて、でも芯が一本シンッと通っているのだよね✨
そして、それら全ては現在の私にはない要素ばかりなのだ..._| ̄|○ ガクッ

平日の昼間なので、客は家族連れや子どもはいなくてほとんど女性ばかりだった。男は3人ぐらい見かけた。
図録は小型だけど分厚くて国語の辞書みたい。しかもハードカバーだ。4千円以上するので、迷った挙句買うのをやめた……が、今は激しく後悔している。
買えばよかったーっ(>O<)

代わりにポスターを購入。2種類あったので両方買うべきだった。880円ナリ。
カレンダー売ってたら絶対ゲットするぞーと意気込んでたら売ってなくてガックリだい。


なお同時に、1年間展示の「ぐりとぐら しあわせの本」も併設されていた。あのぐりぐらの世界が等身大(?)に再現されてその中で遊べるというもの。小さいお子ちゃまはこちらの方が嬉しいかな(^^?

巨大片手ナベにこんもりふくらんだ黄色いカステラも、もちろんある。カステラは小さいスポンジ製のかけらが詰まってて絵本さながら取り出してみんなに配れるようになっていた。
若い女の子たちがキャーキャー言いながら自撮りしていた。
オバサン一人ではただ眺めるのみである。無念。
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2021年11月 2日 (火)

「美男におわす」

211102a 会場:埼玉県立近代美術館
2021年9月23日~11月3日

埼玉の数少ない文化的施設である県立近代美術館にて「美男におわす」展を見てきた。
この美術館はトガった内容の展覧会が多いので(今回の前には「ボイス+パレルモ」展をやっていた)こんなとっつきやすい印象のテーマでやるとは驚きであった。

内容は近世以降の日本美術に描かれた美女ならぬ「美男」を追及するという、ありそうでないものだ。
展示物は近世の浮世絵、近代の日本画・挿絵、現代のマンガ(とゲーム)、現代アート作品からなっている。

特に浮世絵、日本画、挿絵に見る美男の系譜には思いのほか重点が置かれていた。ずっと辿っていくと、既に近世から近代にかけて市民の美男像が形成されているのが分かる。美術史的にも見ごたえがあった。
月岡芳年の描く美男を見ているとついニヤニヤ笑いが浮かんでしまい、マスクのおかげで周囲から見られずに済んでヨカッタ。

少女マンガのコーナーはそもそも美男が頻出するジャンルであるためか、竹宮惠子(ジュネ誌の表紙など)、よしながふみの『大奥』、『パタリロ』に限定されていた。

現代アート作品の多くは大作が最後の部屋に展示されていた。ただ、近世・近代の作品が数が多くリキを入れて見過ぎたので、たどり着いた時には疲労困憊してしまった(~_~;)
以前はこんなことなかったのに、トシは取りたくないものである。

211102b ここ数年の新しい作品が多く、初めて見る作家がほとんどだった。
目立つ場所に「肉食男」と「草食男」を対比して描いた木村了子のド派手で巨大な屏風が鎮座していた。肉食草食といっても恋愛のことではなく、文字通りの「食」である。
右側には派手な若者たちがヒャッハーと牛を追い回してその肉でバーベキューしている。反対側は農作業にいそしむ(でもなんかイヤらしい)若者たちがいる。こんな派手な屏風を購入して置ける場所が果たして日本に存在するのか、などと思ってしまった。
あと、なぜか朝日新聞の近藤康太郎記者を思い浮かべちゃうのは私だけかな(^^; 九州の支局で田んぼを耕し米を作ったかと思えば、次は山の中で猟師をやってる人である。

このコーナーでは「美男」の美をそのまま描くのではなく、距離を置いた位置から検証するような視線で見ているような作品が多かった。
もはや、美術において素直に美男を賛美することは不可能な時代なのだろうか。

他には、金子國義の「殉教」はイヤらしさが充満(誉め言葉)。舟越桂の人物像はどうもいつも静かに怪しい気を放っていて、今回も不気味に感じた。

図録を買おうか迷ったが、いつも買ってはそのまま読まずに放置してしまうから止めたのであった。


さて、失敗したのは美男展の方を見終わって「よし、次はコレクション展だーっ」と地下の展示場に突入💨しようとしたら「作品入れ替え中」で閉まっていたことであった。あまりの衝撃にそのままスロープの床に倒れた。
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←宮島達男の作品は今日もコインロッカーの中でカウントしている。
しかし、美術館のサイトには何の記述もないのはどーしたことよ(ほかの常設作品についても)💢



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2021年1月28日 (木)

「ある画家の数奇な運命」:アーティスト人生双六

210127a 監督:フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク
出演:トム・シリング
ドイツ2018年

画家ゲルハルト・リヒターをモデルにした映画でナチスがらみだという--となれば、絶対に見なくてはイカン!と勢い込んで見に行った。
もっとも主人公の名前は違うし、本人が喜んで監督の取材に応じたにもかかわらず完成後に「こんなのは自分じゃない」と否定したとか。(元々、変わった人物らしい)

ナチス政権下での少年時代、叔母が精神病院に入院→ガス室送りとなった前半から、戦後は元ナチス高官の医者だった男の娘と知り合い、さらに西側へ亡命して画家として成功するという怒涛の半生が描かれるが、いかんせん長過ぎる。
上映時間3時間強💥 もちろんもっと長い映画はあるし、面白ければ短く感じただろうけど……(=_=) 無駄な部分を切れば少なくとも30分は短くなったんではないか。
それと作品中でテーマが分裂しているようにも感じた。

210127b 美大で学ぶ場面で最初にポロック風に描いてみたり、色々な作風に挑戦する経緯に実際に存在する他の画家の作品(っぽいもの)を出してくるのはなんだかなあ。
ただ、作品ではない地の映像にリヒターぽいシーンが登場する。(水着の妻、叔母の髪型、寝室のローソクなど)

なんで主人公がやたらと「子ども」にこだわるのかと思ったら、「悪い遺伝子」を断つために殺された叔母さんの遺伝子が、断絶せずに継承されるということのようだ。でもそこにこだわるというのは、また別の血統主義ではないのかなどと疑問が湧き上がってくるのであった。

この映画がリヒターの一作の迫力を超えるかというと……まあ微妙である。
ベクトルが逆だが同じ要素(画家と国家、評価の変転、美大での授業・学生たちなど)が散りばめられているワイダの遺作『残像』と比べると、その足元にも及ばないと断言したくなる。

主役のトム・シリングは可もなく不可もなくだが、妻の父役のセバスチャン・コッホが舅の圧を感じさせるイヤ~な悪役演技で見事。嫁いびりも嫌だけど舅のムコいびりもコワイのう(+o+)
また、ヨーゼフ・ボイスとおぼしき教授役のオリヴァー・マスッチも好演だった。

一つ驚いたのは、後半に登場する作品を実際にリヒターの「下請け」で描いていた画家に頼んだと監督が語っていたこと。あれは本人が描いてなかったのか!


リヒターを初めて知ったのは恥ずかしながらソニック・ユースのアルバム・ジャケットからである(^^;ゞ
東ドイツで西側の「成金資本家」向け作品が批判される場面があったが、結局彼が現在の高額で取引される大作画家の代表のようになってるのは皮肉としか言いようがない。
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2021年1月25日 (月)

「不確かなロマンス もう一人のオーランドー」:身体と鑑賞の限界

210125 振付・出演:フランソワ・シェニョー
音楽監督・演出:ニノ・レネ
会場:彩の国さいたま芸術劇場大ホール
2020年12月19日

フランス人のアーティストとミュージシャン4人による公演である。本来はもう少し早い時期に3か所でやるはずだったが、時期をずらした上で来日、二週間の自主隔離の後に公演回数を減らして開催された。

内容は三部に分かれていて、ジェンダーを横断する人物をそれぞれシェニョーが歌いつつ踊って表現する。V・ウルフの「オーランドー」同様に複数の時代・人物に転生するというものだ。
男装した娘の兵士、両性具有の聖者、ロマの女……いずれもスペインの伝説に残る人物なのだという。

シェニョーの身体はまさに狂乱&惑乱の極みだった。3人を演じて激しく踊り、3種類の声で歌う(さすがにアルトのパートはキツそうだった)。加えて「足」も素足・竹馬・バレエシューズ・ハイヒールなどと変化する。常にまともには歩いてはいない。
あまりの激しさに見る側も絶えず緊張を感じてしまうほどだ。
また高いハイヒールでフラメンコを踊ったのも迫力だった。かと思えば戦前のキャバレー風になったりと目が離せない。

とりわけ竹馬に乗って踊るのは驚いた。一瞬でも止まったら倒れてしまうではないか❗
しかも飛び跳ねたり、片足振り上げたり--もう人間離れしている。見てて、そんなにしてまで何故踊る?と問いかけたくなる(愚問だけど)。
ギリギリまでの身体の酷使に、見ている側は身の置き所なく感じてくるのであった。

最後は拍手喝采だった。ブラ禁なので小声でブラボーをつぶやいていた客も(^^;
近くの客の話が漏れ聞こえてきたことによると、この演目はパリで大人気でチケットがなかなか手に入らないほどらしい。そのせいかほぼ満員の入りだった。

音楽もスペインの古い民謡や舞曲からピアソラまで時代を超越していく。共演のミュージシャンはバンドネオン、パーカッション、ガンバ、テオルボ&バロックギターの4人でバンドネオン以外は古楽の演奏家である。(ル・ポエム・アルモニークやリチェルカール・コンソートなどに参加)
それぞれ見せ場(聞かせ場)のソロがあり、演奏だけでなく途中でシェニョーを人形遣いのように支えるなどパフォーマンスに関わる場面もあった。
一番熱狂的だったのはバンドネオン。弦の古楽器は広めの会場でPAシステム通して聞くと弱い感じになってしまった。それから四角い枠に革を張ったピザのケースみたいな打楽器は何(^^? 初めて見ました。
ついでにシロートの素朴な疑問だが、テオルボとかガンバは下手すると演奏時間より調弦している時間の方が長くなる楽器のはずだけど、途中で調弦している様子が見られない(これはオペラなどの公演でも同様)。どうなってるの?

残念だったのは、歌詞がよく分からなかったこと。視覚的にジャマなので字幕を出さない方針だったのだろうけど、ダイレクトに内容が分からず歯がゆい感じだった。入場後にあまり時間がなくて解説の歌詞をよくチェックできなかったのも失敗。

カーテンコールで演出のニノ・レネも登場した。派手なロン毛で、さらに舞台衣装みたいなファッション(上半身は薄い網シャツ)で出てきてビックリである。正直他のメンバーより一番派手で目立つ💡
普通、演出家というと地味~な黒服で端っこにそそくさと現れてはすぐに消える、みたいなのでこの派手さは衝撃だった。

終演後、人気のない劇場地下に行ってチラシをゴソゴソとあさっていると、先ほどの網シャツに黒の毛皮ジャケットだけ羽織った彼が颯爽と通り過ぎていった。ロン毛・長身・美男と三本揃ってまさに「山岸凉子のバレエマンガに登場する花形ダンサー」そのもの✨である。茫然と見送った。


さて、一つグチを書かせてもらう。
開演30分前に会場に着くと外に長い人の列ができている。どうも検温に手間取って入場に時間がかかっているらしい。12月とはいえ気温の低い夜である。寒風が強く渦を巻いて吹いていて震え上がった。
スタッフの人が感染予防のため「間隔を開けて並んでください」と定期的に言いに来るが、こんな強風じゃウイルス飛沫も瞬時に吹き飛びますっ(>y<;)
入場してからも周囲は席の座り間違いがやたらと発生して(なんで?)落ち着かなかった。トホホである(+o+)

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