音盤紹介

2010年1月10日 (日)

リュリ 叙情悲劇「カドミュスとエルミオーヌ」:復古的にして新鮮

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演出:バンジャマン・ラザール
出演:アンドレ・モルシュほか
演奏:ヴァンサン・デュメストル&ル・ポエム・アルモニーク
会場:オペラ・コミック座(パリ)
2008年1月(初演1673年)
*DVD

先日行った「ヘンデル・オペラの名アリア」で、バロック・オペラのジェスチャーや照明法を復元したものを拝見させてもらった。興味深かったけど、はてこれを全編、現代の公演でやっても面白いものなんだろうか?という大いなる疑問を感じたのは事実である。

そこで、ヘンデルならぬリュリのオペラを完全復元したというこのDVDを見てみた(もちろん日本語字幕付き)。なにせ「ヴェルサイユ・バロック音楽センターの長年にわたる研究成果をもとに、衣装や音楽・ダンス・楽器、歌詞の発音や役者の所作などはもとより、前景・中景・後景といったプラン、舞台装置や背景絵画、さらには照明の光源にいたるまで、徹底して17世紀当時のスタイルを復元」というのだ。

照明はもちろんローソクによるフットライトを使用。歌手たちの顔の化粧は、その下側からの光に映えるような形で白塗りだ。手と腕を中心にしたジェスチャーは「ヘンデル・オペラの名アリア」の時よりはもっとさりげない感じだが、どうも美しく見えるように手も化粧しているようだった。
歌手は大抵の場合客席のほうに向いて歌い(表情がよく見えるように)二重唱の曲でも互いに向かい合って歌うということはほとんどない。
衣装は豪奢で思わずウットリ。当時の貴族たちの生活を想像しちゃったりして--crown 愛の神が付けてる昆虫の触角みたいな長~い羽飾りにはビックリよ。

物語はあって無きが如し。流浪の王子カドミュスが、巨人族の支配するギリシアの地でエルミオーヌに恋するが、彼女は巨人の長の許嫁だった。しかしその背後では神々同士の諍いがあり、突然舞台に出現しては二人の邪魔をしたり応援したりする。言ってみれば他愛のないファンタジーのようだ。
そのせいか、これまで全曲録音さえされたことがなかったという。

プロローグでは本物の炎と共に嫉妬の神が怪物と共に現われたかと思えば、天井から太陽神がピカピカと降りてきて追い払う。嫉妬の神の背後で踊るダンサーは糸で釣られている者と舞台上にいる者が組んで、宙でくるくる回ったりしてサーカスみたいfuji
第一幕以降も似たような感じでダンサーが大活躍だった。アフリカ人のダンスにさらに「巨人」が加わって踊る場面や、主人公とエルミオーヌが別れた後の場面で、鏡の前で彫像が動き出したかのような踊りなどが印象的で、しかもすべてバロック・ダンスによるものだ。
他には巨大なドラゴン(ハリボテだけど)が出現したり、そのドラゴンの歯をまくと甲冑の兵士がワラワラと出てきたり--。奇想天外な物語を忠実に実現していくのだった。
ただ、劇場の舞台が昔のバロック劇場ほど奥行きがないようで、大がかりな場面転換については物足りなかった。

歌手は合唱を除いても17人という多めの人数(バロック・オペラにしては)だが、主人公のアンドレ・モルシュをはじめ全員文句な~しの出来に思えた。エルミオーヌ役のクレール・フィリアトルはル・ポエム・アルモニークの来日メンバーに入っていた(お笑い担当の従者役の人も確かいたような)。

どの瞬間を取っても全てが優雅であり、祝祭的であり、観る者に圧倒的な幸福感shineを与える。古臭くも退屈でもない。不思議である。これこそ「魔法」というべきか。

演出は「聖アレッシオ」もやってたバンジャマン・ラザール。音楽総監督と指揮は昨年来日したヴァンサン・デュメストルだ。来日公演では地味にテオルボを弾いていたが、指揮ぶりもなかなか立派なもんである。
ラザールは生年1977年というからこの時30歳そこそこnew え゛~っ、若い!ビックリだ。デュメストルも外見は似たような感じだから、同じく30代前半か(?_?;
オーケストラも若い人が多かったし、やはり本場には才能ある人がゴマンといるんだのうflairと、そういう面でも感心してしまった。
大枚六千円の元は完全に取れたというべきだろう。テレビをそのうち買い替えたら、もっとデッカイ画面で再鑑賞したいもんである。


さて冒頭の話題に戻すと、この手法が果たしてヘンデルのオペラにも通用するのかというとなんとも言いがたい。リュリの時代からヘンデル先生全盛期まで40~50年の差はある。作品の内容はもちろん、聴衆層も異なっていただろうし。
結局よくワカランというのが結論である。

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2009年8月13日 (木)

Bruce Cockburn”SLICE O LIFE”

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サイドバーの「聴かずに死ねるか」でも紹介している、カナダのベテラン・シンガーソングライター、ブルース・コバーンの二枚組新アルバムである。デビュー盤から既に40年も経っているが、弾き語り形式のソロ・ライヴを出したのは初めてのようだ(バンド形式では過去に出している)。

さすがにデビュー時からではないが、長年聴いてきた私にしてもそれほど内容に期待していたわけではない。何しろもはや64歳であるし、前作のアルバムは可もなく不可もなくの「並」状態だった。が、実際聴いてみると……

恐れ入りましたっ! <(_ _)> ペコリン

というほどの出来。すいませんすいませんrecycleと思わず謝っちゃうぐらいだ。
複数の会場で行われたライヴをつなぎ合わせたものなのだが、うまく編集されているのと客席とのノンビリした感じのやり取りが収録されているせいか、一夜の公演をそのまま収録したように聞こえる。
しかし、演奏の方は先鋭極まりない。特に二枚目の冒頭、ブルース風というより呪術的にさえ思える鋭いフレーズの反復に終始する"Wait No More"から、荒廃した都市の光景を静かに歌った"The City Is Hungry"、オリジナルは9.11事件の直後に作曲された力強いメッセージを含む"Put In Your Heart"と続くあたりは、おそろしいほどの迫力に満ちている。

正直言って、私がここ数年に聴いたあらゆるジャンルの音楽の中で、最も心を打たれたものである。そしてたった一人の人間による表現がこれほどの力を持つことに、心から感服した。いや、驚愕したと言った方がいいだろうか? だから恐れ入ってしまったのである。
元々優秀なソングライターであり、歌い手としても魅力的な声の持ち主だが、こうしてアコギ一本の弾き語りで聞かされると、さらにギターの並々ならぬ腕前にも改めて驚かされる。ギターの音の背後に別の楽器の音が聞こえてくるような気さえするほどだ。
曲・歌・ギターの三つとも揃ってのボルテージの高さにもはや脱帽状態である。

興味がある方はユーチューブでこれが見つかったのでお聞き下せえ。
前作のアルバム時の写真では白髪と共に真っ白なヒゲもじゃ状態で、もろにジーサンぽくなっちゃっててちょっと泣けたが、今回はヒゲもなくてスッキリ若返ってたイメージになってたんでよかった(*^^*)


さて、彼の長いキャリアを調べようとしても、残念ながらネット上ではまとまった日本語での記述はほとんど見つけることはできない。本国カナダや米国のサイトならあるだろうけど……。あんまりちゃんと調べてないがこちらのページぐらいなものか(ここのリストの後にもう一枚アルバム"Life Short Call Now"が出ている)。
ランディ・ニューマンあたりもそうだが多分、この年代のアーティストを最初から聴いてたような人は、世代的にネットに縁遠い人が多いんだろうか(?_?) だから見つからないのかも知れない。

私がブルース・コバーンを聞き出したのは、1984年の"Stealing Fire"からだ。きっかけは当時ちょうどMTV勃興期で、いかにマイナーなミュージシャンでもヴィデオ・クリップを作ればTVでかかったのである(REMなんかもそうやって知ったバンドだった)。

そのTVで初めて聴いた曲は"If I Had A Rocket Launcher"である。歌の内容は「ヘリコプターがやってくる。今日は2回目だ」と中南米の村を襲う武装ヘリの光景に始まり「一体、何人の子どもが死んだのか、誰も知るものはいない。もしこの手にロケット・ランチャーを持っていたら、あいつらに思い知らせてやるのに!」という誠に激越なものだった。なんでも、どこかの放送局では「暴力を奨励する」などと放送禁止になったとかならなかったとかいうウワサも納得な強烈さだ(もちろん、テロを奨励しているのではなくbomb当時の中南米での紛争の背後にいた米国を暗に抗議したものである)。
このビデオもユーチューブにあるが、改めて今見ると結構青二才ぽい感じなんでちと意外だった。もっとも、現在の私は当時の彼の年齢をとっくに越えているせいで(^^;そう見えるんだろうけど。

"If I Had A Rocket Launcher"はこのライヴ盤でもアンコールで歌われている。でも、激越な感じよりもむしろ哀愁を含んでいるような印象が強いのが不思議である。そういえば、"Put In Your Heart"も原曲が9.11に対抗するような前向き力強さで歌われていたのに、ここではむしろ切実な響きを感じさせる。長い歳月の間に、世界も彼の歌も変化したのだろうか。

以前新聞の記事で読んだことだが、人間の声帯の筋肉の動きがピークなのは二十歳ぐらいなのだという。その頃まではいかに歌いまくって酷使してもすぐ筋肉が元の形に戻るらしいのだが、歳を取ってくると声帯を休ませないと元に戻らないのだそうな。しかし、不思議なことにどんなジャンルの歌手であろうと二十歳そこそこで人の心を揺り動かしたりシミジミさせる者はほとんどいない(というか、個人的にはお目にかかったことがない)。そこには正しくテクニックとは全く別のものが存在するのだろう。

そんな彼の作品だが、最近日本で再発された初期のアルバム数枚以外は入手しにくい状態である。アマゾンで見ても80~90年代のものは絶滅寸前だ。リアルのCD屋でもブルーレイのせいで売り場縮小となったHMV某店なんか全く役に立たない。先日、しばらくぶりに渋谷のタワーに行ったら、さすがに結構揃っていたが……。

彼は過去に二度(?)ほど来日しているようだ。ニール・ヤングの前座として来日の時は私もチケットを買った。もちろん、お目当てはブルースの方である。しかし、N・ヤングが来日中止して公演もお流れになってしまい残念無念に泣いたのであった。もっとも、彼だけは小さなホールでライヴをやったらしい。しかしネットも何も存在しなかった時代、後になってから知ってまたもや泣いたのである(T^T)クーッ

U2が自作の中で歌詞を引用したこともあるほどのミュージシャンズ・ミュージシャンのブルース・コバーンだが、一体この目で、いやこの耳で銀色の雨のような美しいあのギターを聴く事ができる機会がめぐってくるだろうか?

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←これは当時購入した"Stealing Fire"のヴィニール盤である。ジャケットは二種類あるようだ。
やはり若いです……。

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2009年4月25日 (土)

旧盤発掘:SDREの巻

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Sunny Day Real Estate
"Sunny Day Real Estate-LIVE"(Sub Pop)

積ん聴き状態のCDの山から発掘。
サニー・デイ・リアル・エステイトは以前、雑誌でU2系サウンドのインディーズ・バンドと紹介されていて、CDを買って聴いてたことがある。しかし、その時には既に解散してしまってた。
カンサス出身で、実際の活動期間は1990年代後半あたりだろう。

で、ふと「なんかロックっぽいの聴きたいなー」と未聴CDの山をかき回して見つけたのがこれ。だが、実際に聞き出してみると非常に鬱屈しているサウンドである。全くすっきりした気分にはならない。ライヴ盤でこの鬱屈度は大したモン。
ウツな時に聴くとさらにウツになってどっぷりウツ気分になれるだろう。(←これはホメ言葉ですよ、念為(^.^;)

ジャケ・イラストが素人っぽく、録音も今イチ音の抜けが悪いので、まるで盗み録り海賊盤かと思いそうだが、レッキとした正規盤である。もっとも、バンドの演奏自体は極めて堅実だ。
1999年発売。サブポップ・レーベルがこの手のバンドを出していたのは彼らあたりで最後らしい。

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2009年4月 9日 (木)

旧盤紹介!こいつを聴かずにいたなんて

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Matthaeus Pipeiare/Missa"L'homme arme"(VIVARTE)
Paul Van Nevel & Huelgas Ensemble

「積ん読」ならぬ「積ん聴き」状態のCDの山の下から発掘した。ネーヴェル指揮ウエルガス・アンサンブルの1996年の録音である。15世紀後半から16世紀初頭の作曲家ピプラールの世俗歌曲と宗教曲を収録している。

まさに静謐にして濃密なる、この時期の無伴奏コーラスの神髄を聴くことができる。ウエルガス・アンサンブルにしては珍しく?男声に重きを置いた布陣のため余計にそう聞こえるのかも知れない。
男声だけの「ミサ・ロム・アルメ」だけでなく、他の曲も地に淀んだような低音部の響きが印象に残る。例の如く録音も良good
残念ながら日本ではこのレベルのコーラスを聴く事はなかなかできない。十ウン年ぐらい前?に品川の教会での彼らの公演を思い出すばかりだ。

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2008年3月 3日 (月)

ガッティの新譜来たる

エンリコ・ガッティ+アンサンブル・アウローラの新譜キタ━━━━(・∀・)━━━━ !!!!!
しかもヴィヴァルディのトリオソナタ集で、「ラ・フォリア」も入ってるじゃないですか。
ヤッタネ \(^o^)/
今を去ること××年前(多分)、NHK-FMでのライヴ放送を聴いて以来、待ってたのさっ。
もちろん即購入です。
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2008年1月11日 (金)

チャカ・カーン「ファンク・ディス」

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Chaka Khan:"Funk This"
Burgundy Records2007年

なんでもオリジナル・アルバムとしては約10年ぶりとのこと。新作曲とカヴァーが半々ずつぐらいで入っている。どの曲もエネルギッシュ極まりない。一体トシ幾つだ?とか思っちゃうほど。聞かせどころのツボを全く外してない。
女性シンガーはある程度歳を取ると、最前線にはついていけず別の路線へ変更--なんてパターンが結構あるから、この活躍ぶりは嬉しい限りだ。

途中にジミ・ヘンの「砂のお城」が出て来てビックリ(!o!)したかと思えば、さらにジョニ・ミッチェルの"Ladies' Man"はノリが良くてしばらく前に出たトリビュート盤なんかよりずーっといい出来。で、個人的には"You Belong To Me "が懐かしさにグッと来ました。オリジナルのマイケル・マクドナルドも登場してデュエットに、もう「ゆーびろんぐとぅみ~ぃ~」なんて一緒に歌っちゃうよ。~(^O^)~

アレンジもバックも言う事なし。よほど優秀なスタッフがいるのかと思ったら、プロデューサーがジャム&ルイスだった。もう、こちら方面の事情には完全に疎くなってしまったが、この二人まだ頑張ってたのねー。

今のところ一番のヘヴィー・ローテンション・アルバムである。

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フー・ファイターズ「エコーズ、サイレンス、ペイシェンス・アンド・グレイス」

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Foo Fighters:"Echoes, Silence, Patience & Grace"
RCA2007年

サイドバーの「聴かずに死ねるか」で紹介した時には四つ星をつけたんだけど--
すいませんでした _(_^_)_ ガバッ
五つ星に訂正させていただきます。

前作は二枚組になっていて、アコースティック・サイドとハードロック・サイドに別れていたが、あんまりアコースティック面の方が良くなかったという印象を受けた。(世評は逆だったみたいだが)なんか二枚分の代わりに中身が薄くなったような感じだったんだよねー。

しかし、今回は一枚だけでスッキリ(^o^)b ハード面とアコースティック面がほどよく混ざり合っておるではないか。やはり収録曲数を下手に増やすと気が抜けてタラタラになってしまう恐れがあるのよ。

デイヴ・グロールのボーカルもこれまでになく味わいがあって、噛めば噛むほど味が出るスルメ状態。いいのであ~る。

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2007年12月31日 (月)

ブクステフーデ・イヤーのラストに懺悔します

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実は武蔵野市民文化会館で12月27日にやったハンス・ダヴィッドソンのオルガン・リサイタルに行く予定だったのである。プログラムは前半ブクステフーデ、後半バッハでまことにブクステフーデ・イヤーの最終にふさわしい公演であった。

が--前夜の宴会で北海道のカニ鍋を食い過ぎたせいか、はたまた飲み過ぎたせいか、当日どうにも気分が悪くなってしまった(´Д`)
なんでも今年は温暖化のせいで北海道のカニがあまり取れない、とかいう新聞記事を読んだ記憶があった。なので「おのれ、折角の北海道カニをみすみす北に逃がしてロシア人なんぞに拿捕されてたまるか。プーチンの奴め許せん!食って食って食いまくるぞー」てな具合に日本人の誇りをかけて食べまくり、さらに4杯呑んだ酒が全て違う種類だったというのもあるだろう。
とにかく家を出る時間になっても起き上がれず、コンサートをパスしてしまったのであった。

ううう(><)、ブクステフーデ先生すいません<(_ _)>
これからはコンサートの前日に暴飲暴食しないように致します。

ということで、代わりにブクステフーデのCDを紹介して終わりにしよう。
『我らがイエスの四肢』は有名で色んなグループのディスクが出ているが、エリク・ファン・ネーフェル指揮のクレンデ(以前はアンサンブル・クレンデだったがいつの間にか「クレンデ」だけになっている)による演奏である。(Eufoda 1999年)

特徴はゆっくりしてて長い!ということだ。レコード屋に行って他のグループのCDを見てみたが、どの曲のも10分以上かけているのはなかった。しかし、この盤では3曲もある。「手」と「胸」なんか11分半近くもあるのだ。
どちらかというと、ルネサンス期の曲を専門にしているグループだからだろうか、じっくりとポリフォニーの絡み具合を聞かせるという印象である。なんか、じわ~んと感動が来る感じだ。
BCJの演奏を比べてみると、もっと軽快であっさりしている。アーティキュレイションのせいか曲によっては異なる曲のように聞こえるのもあるほど。

ただ、問題なのは個々の歌手があまり上手くなくてソロの部分が今イチに聞こえることだ。BCJは全員ソリストが日本人だが、それにしても比べると遥かに上手い。特に米良氏は絶好調の時期である。こういうのを聴いてしまうと、惜しい人が去ってしまいましたと思わざるをえない(T_T) まあ、ご本人が望んだ道を行っているのだから外野がとやかく言うことではないが。

もう一つの特徴は7曲目に「悲歌」が入っていて、全8曲になっていること。これはブクステフーデの父親の葬儀の時に実際にこのような形で演奏されたとのことである。この「悲歌」はとても素晴らしい。もう、聴く度に涙目になっちゃうというぐらい。
全体的に弦の音の心地よさと、この「悲歌」のためについ繰り返し聴いてしまうのであった。

ということで、ブクステフーデ先生許して(^人^)

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2007年12月 2日 (日)

Ferrara Ensemble "The Whyte Rose" (ARCANA)

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旧譜紹介。
フェラーラ・アンサンブルはクリフォード・ヤング(リュート弾き)が率いるルネサンス音楽グループ。バーゼルを本拠地にしているということぐらいしか分からない。

このCDは1999年の作品。サブタイトルに「シャルル突進公の時代のイングランド-ブルゴーニュの詩」とある。
ブルゴーニュ公シャルルは1468年に英王エドワード4世の妹マーガレットと結婚。これによる同盟は、当時の仏王にとっては脅威となったらしい。
タイトルとなっている「白薔薇」はマーガレットの愛称とのこと。

恐らく当時の宮廷でも演奏されたのだろう曲が収録されているが、作曲家が判明しているのは少なくほとんどはアノニマスだ。歌詞の言語も古英語、フランス語、ラテン語と様々である。

ルネサンス音楽のCDを聴くと「こんなに美しい曲がこの時代にあったのか!」と驚くことが結構ある。まさにこれもそうだ。冒頭のウォルター・フライの三重唱のモテットからシャンソン、舞曲、いずれも透徹した美しさに満ちている。

とりわけ注目ならぬ注耳曲はW・フライのアルトとテナーによるバラッド、7曲目のオケゲムの恋歌。後者はアルトのソロで伴奏の弦(viora d'arcoって何だっけ?)と声の響き具合が聴いてて快感である。
しかし、一番素晴らしいのは10曲目のビュノアのモテット"Anima Liquefacta Est/Stirps Jesse"だろう。無伴奏のアルト・テノール・バリトンの三重唱で、三者の声があたかも螺旋形を成して互いに絡み合っていくような美しいポリフォニーである。聴いていると目が回っていくような気分になる。詩の元ネタは雅歌だろうか。内容も哀切極まりない。

ここでアルトを担当しているのはLena Susanne Norinという女性だが、そもそも女声アルトにしろ男声カウンターテナーにしろ、良ければ極楽のように素晴らしく、ダメなのは地獄の底に落ちた気分になるようにダメなもので、「並」とか「ほどほど」というのは聴いたためしがない。なぜだか不思議なもんである。彼女の声はビロードのような滑らかさで高音から低音まで聞かせてくれる希少な極楽レベルだ。

このCD、残念ながら現在は廃盤とのこと。中古などでお探し下せえ。

ところで、この時代の背景などを知るためにネット探索したが、歴史上の一人の人物にテーマを特化したブログが幾つも存在しているのを初めて知った。世にブログの種は尽きまじですなあ。


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2007年11月 3日 (土)

アイリス・ケネディ「タイム・トゥ・セイル」

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オーマガトキ 原盤2001年作

実はセカンド・アルバムの『ワン・スウィート・キッス』を先に買っで聴いていたのである。不満はないけど、今イチのめり込んで聴くというとこまでは行かなくて、今度はさかのぼってファーストを聴いてみた。

アイリス・ケネディはアイルランド出身の歌手。元・教員で90年代から地元で音楽活動を続けてきたとのこと。このアルバムでは10曲中7曲がトラディショナル・ソングで、私でも知っている超有名曲が多数収録されている。
それ以外の曲(サンディ・デニーのとか)もよい。全体的に飾り気なしの、しみじみとした味わい。

セカンドよりこちらの方が気に入った。どこがどう違っているのか分からないが、サウンド・プロダクションの微妙な差だろうか。とにかく現在の愛聴盤の一つになっている。

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